第16話 ◆・・・ 現実を知る ・・・◆
『マイロード。先ずは此方へ目を通して欲しいのです』
あれは発足式を終えた直後。
アスランはティアリスから『二人だけで話がしたい』と、そうして二階の部屋へ赴いた。
雰囲気がそうだったように。
ティアリスの表情と声は、普段よりもずっと真剣だった。
二階の部屋へ入った所で、アスランは自分の机の上に置かれた書類。
ただ、発足式の前には無かった。
ティアリスは、アスランが女王から受けた特務よりも先に。
レーヴァテインとミーミルの二人が瓦礫となった兵舎から集めたこの書類。
此方に今直ぐの目通しを求めた。
アスランもティアリスがこんな表情をしている。
雰囲気だけで何か在るくらい。
そして、目の前に置かれた書類への疑問。
この書類は何なのか。
『それも含めて、故に先ずはマイロードに目通しして欲しいのです』
何か伏せている。
それか、今は話せない何かが在る。
アスランがシルビア様から受けた特務は、それでいて期限が設けられていない。
だからと言って、後回しにして良い訳ではない。
『マイロード。この書類は、マイロードが女王より命じられた件。それとも決して無関係ではないのです』
僕の1番は、やはり1番だった。
アスランは自分の椅子に座った。
そして、用意された書類。
その1枚目に視線を落とした。
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レーヴァテインとミーミルが集めた書類。
アスランは最初、ティアリスの言う通りに目を通した。
けど、一度目を通した所で理解らない所だらけ。
そこへ今度はミーミルが姿を現した。
賢神は主へ。
これを探すときにも脳筋牛乳馬鹿は散々足を引っ張った。
それでも。
自身の献身的努力はこうして現に在ると。
アスランは長い前置きを、先ずは聞かされた。
『我が君。ティルフィングと同じで、故に私も今は答えを教えられません。ですが、我が君ならば辿り着ける。そのための手解きをさせて頂きます』
表向き。
アスランは二階の部屋で、賢神を教師に勉強中。
そう聞いたハンスは『それで構わない』と、下旬には実力考査もある理由は、今は勉強の方が優先されるべき。
この点はマリューも同じだった。
幼年騎士の身で、しかし、所属は近衛にある。
更には女王陛下より治安維持の統括責任者にされた身分。
ハンスは内心、自身にそのような役職が付けられたらと。
そうなれば間違いなく。
腹黒メガネに苛められる日々となる。
想像しただけで胃が痛むのは、それくらい宰相が恐ろしい事を理解っているからだった。
結果。
アスランは朝から二階で勉強中。
勉強しながら、時おり外へ出歩いた。
一方で、聖騎士ハンスと従騎士マリューの二人とも。
両名揃って陛下から受けた勅は、失墜した騎士の名誉の件。
名誉の回復とは、言うまでもなく信頼の回復である。
未だ幼いアスランとは別に。
二人が受けた勅命は、故に行動の中で示す必要があった。
ハンスとマリューは、それで現場労働へ特に身を置いた。
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新設された特務隊。
とは言え、普段の業務はバーダントと兵士達が日常的にしてきたことと何ら変わらないでいる。
バーダントは兵士長だった当時からの部下達と共に。
以前と然程には変わらない日常を送っていた。
それだけに、隊長となった5歳の男の子が朝から勉強でも困らないでいる。
寧ろ、未だ幼いのだから遊んだって構わない。
バーダントや兵士達はそうも思うのだった。
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最初に見た時にはよく分からなかった書類。
でも、途中から何かの帳簿なのかなって。
契約書。
領収書。
申請書。
で、そうしたものを纏めた書類。
だから、そんな風に抱いた僕の疑問は、だけど、何となく。
ミーミル先生は待っていたような感じだった。
『我が君。それでは一度、我が君の側の理へ戻りましょう』
僕の勉強と修行は今もだけど。
時間の概念が無い理の側で続いている。
戻って直ぐ、ミーミルは僕を連れて外へ出た。
行き先は王宮。
王宮の中にある経理局という場所へ。
僕を案内したミーミルは、以前にも来たことがあるのだろうか。
ここで働いている大人達は皆、ミーミルを知っているような感じだった。
初めて来た僕は、それでミーミルに案内されるまま。
経理局の中にある部屋の一つへ入った。
たぶん、応接室なんだろう。
向かい合うように置かれた長椅子と、その真ん中に置かれた縦長の机。
部屋はそれほど広くも無いのに、此処にはエアコンが在る。
鎮守府はバーダントさん達がサウナだって言うくらい暑い。
窓も開けて扇風機だって回しているのに。
温度計は50度に迫る時がある。
はっきり言って、外の地面に直接大きな日傘を挿して作った日陰の方が涼しい。
それで今は、更地のあちこちに大きな日傘が突き立ててある。
外で働くバーダントさん達が置かれた環境。
それと比べて、一日中ずっと誰かが居るわけでもないこの部屋。
なのに、こんな所にもエアコンが在る。
なんかさ。
こういうのは不公平なんじゃないかな。
経理局にはミーミルが何か頼んでいたらしい。
だから今はこの部屋で待っているんだけど。
待っている間ずっと。
僕は環境の不公平さばかりを考えていた。
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ミーミルが経理局に頼んでいたこと。
僕とミーミルが待っていた応接室には、それからしばらくして段ボール箱が幾つも運び込まれた。
目の前に積み上げられた段ボール箱。
何が入っているのだろうか。
そう抱く僕を座らせたまま。
ミーミルの方は一つ一つ中をさっと確認する程度。
最後の一つも中をさっと確認したミーミルは、何往復もした職員さんから受け取った書類へペンを走らせた。
「我が君。我が君が目を通された後に抱いた書類への疑問ですが。此処へ運び込ませた書類全てに目を通せば、それで理解る筈です」
そういう訳で、ここに積み上がった段ボール箱を今から鎮守府へ運ぶ。
ただ、どう見ても僕とミーミルだけでは持ちきれない。
「我が君。レーヴァテインめは、こういう時のための臣下です」
二人が何時でも何処でもじゃれ合っているくらい。
まぁ、そういう仲なのも理解っているけどさ。
それにしても。
・・・・・ミーミルは何となくだけど。カーラさんと似ている感じだね・・・・・
二人で持ち切れない量の段ボール箱はその後。
レーヴァテインとティアリス。
更にはコルナとコルキナまで呼んで。
終いには荷馬車を一台借りると、そうして鎮守府まで運び込んだ。
ミーミルが経理局に頼んでいた物の正体。
段ボール箱はどれも、何かの書類がビッシリ詰め込まれていた。
そして、ミーミルは此処からまた僕の先生になった。
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ミーミルとレーヴァテインが瓦礫になった兵舎から探し集めた書類。
それから、これはミーミルが経理局に頼んで用意して貰った書類。
勉強しながら両方とも目を通した今だから言えること。
オットーは中央兵舎で、帳簿を二つ作っていた。
一つは王宮の経理局でも把握している帳簿。
もう一つは、経理局が知らないオットーだけの帳簿。
これは憶測だけど。
経理局が知らない方の帳簿は、作ったのはオットーでも。
恐らくはオットーと他にも関わっている人達が居る。
ミーミルは先生をしながら。
それで調べる僕が理解らない部分を分かりやすく教えてくれた。
中でも悪巧みをする者達の常套手段。
例える相手を露骨にレーヴァテインにする所なんかは笑ってしまうくらい面白かった。
そういう面白くて笑ってしまう様な授業だったからね。
まぁ、だから分かりやすかった・・・かな。
勉強の成果だけど。
オットー達は、達というのもたぶん。
オットーのやった事に協力していた騎士なんだと思う。
それから、経理局が知らない方の帳簿。
ミーミル先生の言い方を借りると、オットー達は経理局が知らない方の帳簿で裏金を作っていた。
裏金作り。
法律の言葉では、着服とか横領とも言うらしい。
そして、着服も横領も犯罪になる。
それくらいもミーミル先生の授業で習いました。
経理局と中央兵舎との間で交わされる帳簿。
ミーミル先生の授業では、経理局からは中央兵舎へ。
そこで働く人達の給金が毎月必ず届けられている。
逆に、例えば中央兵舎で使う備品。
その備品を購入するための費用は、中央兵舎の方から経理局へ申請する形が採られている。
そして、実際に購入したという証明書を付けることで。
申請を受けた経理局からは後日、中央兵舎が先に支払った分のお金が返って来る。
でもね。
この部分には決まり事もあるんだ。
先に買って、その後から代金を請求する仕組みには、上限が定められています。
上限を超える様な金額の場合。
その時には経理局が購入して良いという判断を下すまでは先に買えません。
そういう仕組みも勉強しました。
あと、こうした資金の流れは、必ず帳簿に記録を付けるという決め事もあります。
ただ、その中でオットー達は不正なお金を作ると私腹を肥やしていた。
この事実は、ミーミルが先生になって色々と教えてくれたから僕も知り得た。
でもさ。
知った後で、今更なんだけど。
と言うかね。
ティアリスはきっと最初から理解っていた筈なんだ。
だから理由が分からない。
分からないことはあるけど。
でも、きっと僕のために何か考えてくれたんだと思う。
ハンスさんやマリューさんはティアリスがそう言ったように。
僕も二人のことは尊敬しているし、手本にだってしている。
なのに。
同じ騎士でも悪いお手本が居る。
中央兵舎のことは、それで悪い手本が何人も居たんだって。
勉強した今はこれも理解ってる。
僕が読んだ物語に出て来る悪役には、そういう悪い事をするのは大臣とか貴族かな。
後は妖しい魔法を使う黒幕なんかも居たね。
現実は物語とも違う。
それくらいも理解っていたつもり。
けどさ。
やっぱりシャルフィの騎士が、それもシルビア様の騎士の中にね。
オットー達のような悪い事をしている騎士が居たなんて・・・・・
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コルナの帰りを見送った。
アスランも向きを変えると、足はハリボテ小屋の方へ歩み出した。
「僕が調べて、それで考えた事くらいまでは纏めたけど。でも、後のことはシルビア様の判断が要る」
王宮の経理局から中央兵舎へ届けられる予算。
人件費には、管轄に在る詰所で働く兵士達の給料も含まれていた。
兵士の給料は基本給と役職手当の他に、勤続年数によって加算される手当なんかも含まれる。
更に基本給は勤務日数の他、労働時間数で加算が含まれている。
朝6時から夕方18時までの日勤と、18時から翌朝6時までの夜勤。
二交代制の所だと、だいたいこんな感じで分けられている。
そして、この二交代制の日勤の場合。
所定労働時間は7時間。
休憩は2時間。
所定外労働時間は3時間。
予め一月分の勤務日数で固定される基本給は、所定労働時間によって計算されている。
つまり、所定外労働時間の3時間。
此処が勤務日数分は基本給に加算される扱いとなっている。
オットーが働いた不正の一つは、この3時間分を実際には支給していなかった件。
日勤で働く兵士達が貰える筈だった3時間分の手当て。
入隊一年目、新人の兵士の場合、1日当たりの給与を所定労働時間の7時間で割ると、1時間は1000ドルになる。
そして、所定外労働時間は法によって3割加算とされている。
つまり、1000ドルの3割加算は=1300ドル。
1300ドルで3時間は=3900ドル。
本来は1日当たりで1エルと900ドルを貰える。
ところが、オットーの不正で実際には7000ドルしか貰えなかった。
この不正は、夜勤の兵士が貰える手当でも当然と行われていた。
夜勤も所定労働時間は7時間。
仮眠を含めた休憩は4時間。
所定外労働時間は1時間。
夜勤の場合、深夜手当というものが所定労働時間と所定外労働時間に加算される。
深夜手当は3割増し。
だから、これも新人兵士を例えにすると、所定労働時間の1時間は1300ドルで計算される。
更に、所定外労働時間については、1300ドルの3割増しで1690ドルになる。
この計算で夜勤1日当たりは、9100ドルの基本給と1690ドルの加算=1エルと790ドルになる・・・のだが。
オットーの不正は先ず、所定外労働時間を1時間から2時間へ改ざん。
そこから所定外労働時間分の手当てを着服した件。
詰まる所、夜勤で働く兵士もまた所定労働時間分しか貰えていなかった。
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以前の中央兵舎の管轄に在る詰所は全部で60箇所。
王宮の外側で円を描く環状の大通りを境に、その内側を中央地区と呼ぶ。
外側はまた東西南北の門へ続く直線の大通りを境にして、4つの区で分けられている。
地図で見ると、外側4つの区と比べて中央地区の方が面積は広いようにも見えた。
60箇所に及ぶ詰所。
詰所は建物の大きさによって詰める人数が異なる。
ただ、それでも。
中央地区に在る60箇所の詰め所だけで、勤めている兵士の数は千五百人程。
日勤と夜勤の他、兵士の休日を意味する非番。
単純な三等分に置き換えると、それぞれは五百人程度。
その五百人程度を詰所の数で割ると、一ヶ所には八人くらい。
厳密には規模の小さい詰所だと、昼と夜とで二人ずつ。
そういう所もかなりある。
不正を調査する過程で中央地区を歩いたアスランは、同行したティアリスの話で、詰所の数だけはそれなりでも。
比して規模の小さい所は労働力が他よりも負担になっている。
自身が目にした印象もそうであり、見立てを話すティアリスもそうだった。
二人しかいない詰所では、特に休憩が無いに等しい。
それでも、貰える手当。
これが所定労働時間分というのは、直に話を聞いたティアリスから『上に立つ者が愚かだと、必然して皺寄せが末端にまで及ぶのです』と、表情と声から憤っているくらい。
『ですが、彼の者達の今を変えられる。それもマイロードに与えられた力です』
統括責任者に与えられた権限。
ティアリスの話しは、統括責任者となったアスランの権限で労働環境を良くも出来ると。
そして、これは出来る限り早急に行うのが最善策だとも話していた。
コルナに預けたシルビア様宛のノート。
そこには、オットー達の不正の件は勿論。
それとは別に、自身が歩いて見聞きした部分から考えたこと。
考えて作り上げた提案。
もとい草案と呼べるものが記されていた。
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ノートに記された不正の件。
オットーは兵士達が本来は貰えている手当。
それを不正に取得すると、裏金として蓄えていた。
管轄にある千五百人分ともなれば、手当だけでも1日当たりで546エルという概算になる。
概算を基に一ヶ月分を計算すると16380エル。
概算は新人兵士の手当てを基に計算しているため。
当然、勤続年数に応じた加算分。
それから役職によって得られる手当など。
実際には概算以上の金額が着服されたと考えられる。
こうした不正は確認出来る分だけで。
既に十年以上もずっと続いていた。
不正は給金だけでなく更に、備品の購入代金から改築や修繕費用に至るまで。
市場で売っている1本150ドル程度のペンも、納品書の記載では100本2エル。
そして、帳簿上にはこの100本のペンも、中央兵舎から管轄に在る詰所へ均等に支給したと記されていた・・・のだが。
アスランは隊長になって以降、バーダントを取次役にして当時の管轄に在った詰め所を全て調査した。
もっとも、この作業だって元はレーヴァテインとミーミルが集めてくれた書類在ってのもの。
アスランが女王へ届けたノートには、先ず備品購入の事実からして疑わしいが記されている。
納品書に記された業者の存在と店などの所在が不明。
そのため、納品書自体が架空である疑い。
最後に、管轄に在った詰め所の何れでも支給の事実が確認出来なかった。
そうした備品発注の納品書も、筆記用具だけで月に3回程度。
内容はどれも数字の大きな発注が行われている。
付け加えて、市場相場よりも高い金額での取引が常態化している点は、高い金額で購入した然るべき理由も見当たらない事で、アスランの所見は不正な資金を多く得ようとしたのではないか。
施設の修繕等に至っては、兵舎の改築記録と修繕の記録は在ったものの。
管轄に在る詰所は何処も同じ。
記録は在るのに、実際に修繕と改築が行われた事実が確認出来なかった。
にも関わらず、詰所の修繕と改築に絡んで申請された予算。
これが経理局からは支給されている。
当然、この予算も不正な裏金になった可能性は否定できなかった。
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「ティアリス。今の俺に出来る所まではやったと思う。それで、此処から先はシルビア様に決めてもらう必要があると思った。だから、あのノートはコルナに預けたよ」
コルナを見送った後で戻る途中。
アスランはふと足を止めた。
漠然と見上げた夜空は、闇色の中で白い光を灯した星々と描かれた大きな川のようにも映る模様。
何か吸い込まる様な感で見入るそんなアスランの呟きへ。
「マイロードの御意のままに」
安心を抱ける声は背後から間を置かず返って来た。
後ろに立つティアリスに、アスランは自然と背中を預けた。
「マイロードはこの件。私が見る限り、とても勤勉に努めておられました。故にきっと、女王にもマイロードの心が届く筈です」
「うん。だけどさ・・・皆が最初から中身を教えてくれなかった理由。ミーミルは経理の勉強とも言ったけど。騎士の中には悪事に手を染める者も居る。そういう現実も、だから最初から教えてくれなかったんだよな」
アスラン自身、今回の件が確かに勉強にはなっている。
そこは素直にそう思えた。
納品書に記された備品の価格調査では、市場も歩いて聞き込みだってした。
中央兵舎へ納品した業者捜しは、だから、存在自体が怪しい扱いになっている。
市場でも商店街でも、そんな名前の業者を聞いたことが無い証言も多数得られた。
給与額の不正も、それでバーダントを始めとした管轄に在った詰め所で働く兵士達から集められるだけの明細を集めた。
そういう細かな作業もしたから、この不正が管轄の全てで行われていたという判断も出来た。
「マイロード。我らはマイロードにこの件を預けるべきか否か。最初から預けようとした訳ではありません。騎士という存在に強く憧れているマイロードだからこそ。故に我らも悩みました」
中央兵舎の瓦礫の中から機密書類を探し出す。
ティアリスも今は伏せたが、発端はコールブランドからの指示だった。
『主様には善き王になって貰います。ですが、今の主様は善き人達にだけ囲まれた部分が強過ぎるのです。貴女達にとって未だ幼い主様には酷だと思うくらいも理解りますが、しかし、此度の件は故にだからこそ。最大限に利用しなくてはなりません。私達の主様には、現実を知った上で正す力を。ここを今から備えて貰います』
・・・・・そうしなければ、主様は今の段階で到底御しえない力によって総てを失くします・・・・・
先月の事件。
顛末までを見届けたティアリスは、自らの王と剣を捧げた男の子の弱さ。
否、弱いのではない。
ただ、持ってしまった力の大きさに対して、自制出来る程の強い心が備わっていない。
此処をはっきりと焼き付けた。
大いなる力。
それを宿した主は、感情だけで世界を壊せる。
そうも言える兆候を示した。
オットーとロッシュ。
二人の私欲はサインツを殺害しようとしただけでなく。
その娘を攫って辱めようとした。
そして・・・・・
主は、故に我を忘れるほど憤怒に駆られた。
その時の主を飲み込んだ激情。
怒りの感情は、それだけで中央兵舎が瓦礫同然に崩れたことを、当の主は憶えていなかった。
だからこそ、コールブランドは未熟な主の未成熟な部分へ殊更の危惧を抱いた。
此度の不正を暴く調査も、主導したコールブラントの思惑は、それで主の未成熟な部分を育てる。
ティアリスは、背中から自分に寄りかかってくれる幼い主を見つめながら。
心中では以後も継続して何かしら行われるくらい。
けれど、コールブランドが抱く危惧には理解も出来た。
「ティアリス。風が冷たくなってきたから帰ろうか」
馴染んだ声は、何処にでも居るような子供の笑みを向けてくれる。
「そうですね。身体を冷やして風邪をひかれては困ります」
「うん。ハンスさんが復帰するまでは僕が寝泊まりしないと。と言うよりもだけどさ。騎士が持っている権限。ノートにも書いたけど、もう少し減らしても良いんじゃないかなって」
歩き始めた主の声は、それで色んな事を考えている。
話を聞きながら頷きもするティアリスは、しかし、今の状況が意図して作られたくらい・・・・・
「ティアリス。部屋に戻ったら少しだけ仕事をするよ。ちょっと思い付いたんだよね。だから忘れないようにノートに書き込んだら今日は寝るよ」
「分かりました」
再び頷きを返したティアリスだが。
「ですが、夜更かしは禁物ですよ」
自分の忠告を、主は素直に頷いてくれる。
けれど、今夜もきっと夢中になってペンを走らせる。
これも間違いないだろうとも抱いた。




