第14話 ◆・・・ 在りし日の記憶 ・・・◆
これも血筋なのだろうか。
カーラは、バカ母を睨んだ後での午前中、自身の仕事を当然と処理し終えた後。
普段はこれも当然な午後の分を先に片付けるカーラは、しかし、程なく区切りが着いた途端。
意識は、ふと抱いたことへ赴いた。
記憶が辿る先月の事件。
そこで映した信じ難い一部始終・・・・・
ハンスが届けた報せで王宮を出た後。
最初に寄った詰め所から馬を駆って警鐘が鳴り響く現地へ到着したカーラが映した光景。
既に瓦礫と化した兵舎が在った敷地内で、半狂乱にも映ったオットーの怒声。
憤怒は表情さえ酷いものにすると、その唇は私と陛下にも法を無視した命令を叫んだ。
正騎士オットーの件は、これも彼の者が貴族の出である事も当然、把握している。
付け足すならば、オットーは貴族こそが最も優れた存在であり、故に貴族は貴族でない民を国の繁栄のために支配しなければならない。
こうも偏った思想を抱く愚者が何故、治安維持の要に就いているのか。
オットーのような貴族至上主義を抱く存在。
シルビアと私は、これも今更だが嫌悪している。
だが、単に嫌いだからを理由として。
それで先王時代から職に就いている者を除く行為。
此処はシャルフィの理念と法が許さない。
シャルフィには他国よりも優れた良い所がある。
一つは言論の自由。
言論の自由は国の理念に収まる。
そこから定められた法には『表現の自由』が明文化されている。
もう一つは思想の自由。
此方も理念の内に収まるもので、誰しもが当然と抱く思想について、それが他者の権利を犯さない限り。
或いは当人の胸の内に収まっている範囲には、定めた法が自由を与えている。
幾つかの他国には今も『言論統制』や『思想教育』が根強く残っている中で、だからこそ。
二千年は昔にシャルフィを建国した始祖は今でも。
故国へ世界で最も良心に重きを置いた理念という財産を残した賢王と言えよう。
しかも、建国の祖は自由という部分へ保険をかけた。
『自由とは単に自由に非ず。自由という権利には当然、行使される自由と同等の責任が生じる』
権利と責任は常に、天秤を何れにも傾かせない原則。
絶対的な王権を行使できる国王でさえ、この原則が適用されるを明文化した建国の祖は、無法無秩序の中で自由は存在しないを遺した。
故国の将来までを見据えた平和への想い。
故に、理念は此処から法が生まれた。
確かに貴族出身で思想には偏りもあるオットーだが、彼の者を要職へ就けたのは先王様。
それも当時はスレイン先生が宰相を務めていた時代ですらある。
つまり、この件はユリナ様も認めていたはず。
だが、人間とは欲深い傲慢な生き物だ。
また、立場が時として人を歪めてしまう。
詰まる所、オットーは己を律することが出来なかったのだ。
宰相として重責を担うカーラは当然。
何かしらの要職や地位に就く者については、一人残さず素性の洗い出しを済ませている。
現在の女王が描く未来像。
宰相カーラは、故にこれを脅かす危険性を常に監視していた。
オットーは危険性を孕んだ一人にすぎない。
それでも、此度はこの危険性が明確な殺意の牙を向いた。
『糞虫風情な孤児が、栄光ある騎士を名乗るなど言語道断』
だから、此処で討伐する。
ユリナ様が聞いたなら間違いなく叱っただろう。
そう言えば・・・・・
カーラの意識は少女だった頃へ。
当時は騎士王に強く憧れたバカ姫が、木剣を両手に暴れていた時期を辿った。
聖剣伝説物語。
シルビアは主人公の騎士王へ憧れていた。
だが、私は騎士王を、必ずしも偉大だとは思えなかった。
やっていることは大量殺戮。
聞こえの良い大義名分で誤魔化しているだけで、大勢の人間の命を奪った存在には違いない。
描写の中では武器を持たない。
あくまで想像にしか過ぎないが、幾つもの街や城をまるごと焼き払った表現には、恐らく戦争とは無関係な民だって居たのではないか。
作中では此処も、行使した騎士王が味方から賞賛を浴びている部分へ。
少女だった頃のカーラは、それで強い疑問を抱えていた。
そして、あの日・・・・・
少女だったカーラは、それで騎士王に強く憧れるバカ姫と大喧嘩した。
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姫の顔に傷をつけた。
叩かれた頬が赤くなった程度。
後は喧嘩の最中、引っ掻いた傷が瘡蓋を作ったくらい。
一方、カーラの顔も見事な青あざが出来た。
髪を掴まれて壁に顔を叩きつけられると、鼻血も流した。
ただ、カーラは牢に放り込まれた。
喧嘩に割って入った女官達の報せで、そのまま直ぐ兵士に拘束されたカーラは問答無用で牢送りになった。
見張りの兵士達の会話で、その時になって。
牢に入れられたカーラは自分がしてしまったことが、自分の両親へも重い罰が下される。
兵士達の会話は、両親が極刑にされてもおかしくない。
暗い牢の中で、カーラは独り酷く怯えた。
自分の考えは間違っていない。
喧嘩の原因となった聖剣伝説物語は、姫が憧れる騎士王。
やったことは無差別な大量殺戮。
それを自分達にだけ都合の良い『正義』で隠しただけの極悪人。
殺されたり奪われたから似たようなことでやり返しただけ。
そんな事の繰り返しは、掴み取った平和さえ偽物なんだと。
その事でシルビアと大喧嘩をした後。
カーラは自分が罰せられるくらいは構わない。
けれど、全く関係の無い父と母。
仕事に真面目な両親が同じ職場の他の大人達からも頼られている事が、カーラには何処か誇らしくもある。
胸の内で誇らしいを抱ける両親が、自分と姫様の喧嘩で極刑等と・・・・・
壁を背に蹲るカーラはずっと、終わらない自問自答に陥っていた。
どれくらい時間が経ったのかは分からない。
視線は床を映しながら。
蹲っていたカーラの耳に届いた兵士達を叱る声は間もなく。
同じ声が今度は自分へ。
けれど、叱る声とは違う。
はっきり申し訳ないを感じられる謝罪の声が、徐に顔を起こしたカーラはそこで、自ら牢の鍵を外して中へ駆け込んで来たユリナ様に抱き寄せられた。
『ごめんなさい。本当にごめんなさい』
ユリナ様は私を抱きしめながら、今にも泣きそうな声で何度も謝っていた。
カーラはそれから直ぐ、片手を繋ぐユリナ王妃に連れられるように牢から外へ。
そして、ユリナ王妃の私室で、王妃とスレインの二人から喧嘩に至った仔細を尋ねられた。
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喧嘩の原因が聖剣伝説物語だった。
その事は無論、ユリナとスレインの二人ともが聞き及んでいる。
ユリナとスレインは、子供達の喧嘩の件。
止めに入った女官達の報せは言うまでもなく。
寧ろそこから先の行き過ぎた行為。
エレナの話では、兵士達がカーラだけを虐げるように拘束して牢へ入れたなど。
しかも、それが娘を溺愛しているフォルスの怒り狂った所業では、二人揃って厳しく咎めたくらいもそう。
『シルビアは騎士王が絶対の正義だって。でも、私にはそうは見えない。騎士王だって戦争に関係ない人達ごと街や城を焼いている。魔法でたくさんの兵を殺している。大勢殺した極悪人だって・・・でも、それでシルビアを怒らせてしまいました』
見える傷は手当をしたと言っても。
今も下を向いている女の子の心が酷く傷付いているのは明らか。
喧嘩に至った理由を聞きながら。
スレインは、カーラの主張に何度も頷くことが出来た。
寧ろ、一つの作品からこれも真実と呼べる部分を、カーラが今の年齢で捉えている。
ある種、才能のような素質を感じ取っていた。
そして、同じ様に理由を聞いていたユリナは、カーラが抱えていた葛藤。
『殺されたから殺す。奪われたから奪う。大義名分さえ在れば、これが全部、正義になるなんて。私はそんな正義なら、正義なんてものは都合の良い罪の自己正当化にしか見えません』
だから、騎士王を絶対の正義だと憧れるシルビアと喧嘩になった。
シルビアは騎士王がしたことを、正義だからそれで良い。
『シルビアの言い分は、結局の所で勝った側がした事だけは黙認される。勝つためにした大量殺戮まで無かったかのように扱われる。その何処に正義が在るんですか!!』
学校に通っていると言っても未だ幼い。
それでも、ユリナは目の前で泣きながら葛藤を叫んだ。
大人の自分も、これが正しいと言い切れる答えなど持ち合わせていない。
けれど、ユリナは再び両腕を伸ばした。
そして、今も泣いているカーラをギュッと抱き寄せた。
『カーラ。私はカーラの言っていること。そこに何一つ間違いはない。私もそう思います。そして、ごめんなさい。私には今のカーラへ、これが最も正しい。そう言えるだけの言葉が在りません』
抱きしめた腕の中で、堪えようとしているのだろう。
ビクンと上下する両肩から伝わる重いを感じさせるそれへ。
ただ、ユリナにも絶対とか唯一と言い切れるだけの答えは紡げなかった。
『カーラ。私も特に子供だった頃はね・・・・・』
ユリナは今も泣いているカーラを、ずっと両腕の中へ包み込んだまま。
自身が幼かった当時は、同じ聖剣伝説物語を兄のように慕うスレインに良く読んで貰った。
そして、当時の自分は今のカーラみたいに影となった真実にまでは至らなかった。
『カーラの考え方は、私から見るとずっと大人です。ですから、今から話す私の考え方も。恐らくカーラには理解ると思います』
互いの考え方や在り様の違いは、異なる主張同士が対話では解決に至らない。
更に感情が混ざって最も悪い結末を生んでしまった。
これが戦争が今も無くならない真実の一つなのではないか。
何処にでもある程度の喧嘩もそう。
詰まる所、この何処にでも在る喧嘩程度を国同士でしてしまうのが戦争とも言える。
『私とスレイン兄様は、シャルフィが他所と大喧嘩することが無いように。そうならない様にするために出来ることをしています。だって、戦争になったらこうして瞳に映るシャルフィの日常が奪われてしまうのです。私は、そんな事を絶対に望みません』
喧嘩も戦争も同じ。
それをする者同士で、互いに自己の正当化。
自分達にだけは都合の良い正当化された言い分を、これも互いに『正義』だとか『大義』という表現で掲げているだけ。
要するに、悪い事だと分かっていて隠すための方便が欲しい。
『シャルフィの始祖。騎士王ユミナ・フラウ様は、確かに暗黒と呼ばれる時代を終わらせた英雄なのだと思います。ですが同時に、カーラの言ったような大勢の人達を殺してしまった存在には違いありません。物事には必ず、このように表の面と裏の面がある。でもね・・・・』
穏やかな声を紡ぐユリナの唇は、泣いた跡を残すカーラの見上げる表情に少し間を置いた後、間もなく微笑む様な面持ちを浮かべた。
『ユミナ・フラウ本人も貴女と同じ葛藤くらいはずっとだったのではないでしょうか。私はそう思うのです。望む未来への願いが理念を生み、生まれた理念は将来への想いの中で法秩序を生む。こんな言葉を遺した騎士王様だからこそ。誰よりもずっと孤独な部分を内に抱えていたのではないか。そんな風にも思えるのです』
理念は望む未来への願い。
そんな理念から生まれた法秩序に込められた想い。
当時は少女のカーラの胸の奥で、此処はストンと落ち着く様に収まった。
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過去へ意識を赴かせるカーラの表情が小さく笑っていた。
無自覚の内の、ほんの小さな笑みでも。
ユリナ様と言葉を交わした時間。
カーラの憧れは今も、あの約束が生きているからこそ。
『まったく、あの娘はどうしてこうもあの人に似てしまったのでしょうね』
あれは・・・確か、日常茶飯事の行き当たりばったりで悪戯を楽しむシルビアに呆れた時だった。
そう、これも毎度の様に怒られると理解っているから、今も何処かに隠れている。
再び、カーラの無意識は鼻で笑う仕草を覗かせた。
呆れ果てた。
と言うよりも、もう毎日の行事となっていたから余計、そうなのかも知れない。
その頃の私は、毎日のようにユリナ様と言葉を交わすのが普通だった。
簡単な家事の手伝いでも、公務での視察でも。
ユリナ様も私をよく誘ってくれた。
『カーラ。せめて貴女だけはシルビアを厳しく叱れる。そういう大人になって欲しいと・・・私はそう思っています』
エレナの方が面倒見も良くて、そうでなくともエレナの言うことには、シルビアが不思議と素直に従っている。
なのに、ユリナ様は何故?
『エレナは・・・そうですね。本当に良く出来た子だと思います。うちの娘に爪のあかでも煎じて飲ませてあげたいくらいです。ですが、上手く導いているようで。エレナはやはり、シルビアに肝心な所で甘いのです』
だからエレナに対して、シルビアは言う事を素直に聞けている。
単に駄目だと言わず、上手く落としどころを見つけている。
エレナには、そういう素質の様なものがある。
『まぁ、細かい所まで。それこそ本当に些細な部分さえも見えている。母親の私ですら気付けていない所まで見えているのです。娘はそういう意味でもですが、本当に恵まれている。だからこそ、私は余計にちゃんとして欲しい。そう思うのも当然でしょう』
王都へのちょっとした買い物の帰り道は、私はこうしてユリナ様のボヤキの相手さえ務められるようになっていた。
私は口が堅い。
だからかも知れないが、それも含めてユリナ様が本心を打ち明けてくれる。
この務めを、当時の私は特に誇りにしていた。
私との会話で、ユリナ様はシルビアが将来、何れは即位することに不安を隠さなかった。
あの性格で国王としての務めを果たす等。
『スレイン兄様のような出来た方でも居ない限り。私はシルビアが王になる等は賛成出来ないと思います』
うん。
それは、私も同感。
シルビアは昨日もだけど、自分が履いていたパンツ。
それを釣り餌にして、エロディエス団長を落とし穴に落とす悪戯を楽しんでいた。
仕掛けは単純。
透明な糸と針の付いたパンツを、それを団長がよく通る道で仕掛ける。
エロオヤジ丸出しな団長は、これが罠だと理解っていて追い掛ける。
脱ぎたての臭いも汚れも付いたパンツを血眼で追いかけるエロオヤジ・・・マジキモイ。
エロオヤジはそうして昨日も落とし穴にずっぽり。
けれど、凄まじい執念がシルビアの脱ぎたてパンツをガッチリ掴んで悦ばせていた。
今日はエレナのパンツが使われた。
つまり、明日辺りは私のを餌に使い兼ねない。
しっかり守らないと・・・あのキモオヤジに・・・私のパンツが穢される。
『ねぇ、カーラ。貴女は将来だけど、前に聞いた時は両親と同じように公務員になるって。いっそ、義兄様のように宰相なんてどうかしら。もしシルビアが即位なんてなったら・・・ええ、私はシルビアに最も厳しく出来る貴女を宰相にしたいのよね♪』
そんな会話も交わした。
時間は、あれから十年以上を過ぎている。
自然、懐かしむ様な穏やかさを浮かべるカーラは胸の内で、今もずっと抱く理想の女性へ。
・・・・・ユリナ様。私はこうしてバカ母の宰相をしていますよ。ですが・・・・・
そう。
ユリナ様はあの時、シルビアは王の器じゃないと言った後で。
『ちょくちょくサボる夫には、それでも義兄様が宰相をしている限り。シャルフィは安泰です。だから、義兄様には申し訳ないのだけど。シルビアが出来た夫を貰って、それで出来た孫を生んでくれたらって。ああ、出来たと言ってもあれですよ。物事の善悪、その分別がちゃんと出来る。サボり癖とか、ちょくちょく問題を起こしたりしない。そういう意味くらいの出来た・・・です』
要するに、ユリナ様はフォルス様からシルビアにではなく。
フォルス様が出来る限り国王を務められて、そこから出来た孫の方に譲られる流れ・・・・・
けれど、この当時の私は、表向き賛成だと頷きはしたものの。
胸の内では、あのシルビアに夫になっても良い等と言える稀有過ぎる逸材など。
それこそもう天文学的な確率でしか現れないだろうと思った。
・・・・・ですが、ユリナ様。確かにユリナ様のお孫様は、私に将来を期待させてくれましたよ・・・・・
「・・・だから。どうか安心していて下さい。ユリナ様との約束。私は生涯あの約束を果たします」
現実の此処には居ない。
それでも、瞳がはっきり映している幻の微笑む表情へ。
カーラの唇は、自分にしか聞こえない程度の声を紡いでいた。
程なく視線は卓に置いてある時計を映した。
示された時間に、カーラは今頃は発足式も終わっただろう。
打てるだけの布石は打った。
母親には伏せたまま、そこで神と呼ばれる者達にも。
特にアスラン様だけがティアリスと呼んでいる存在。
私の頼みに、ティルフィング殿は首を縦に頷いてくれた。
だから、この先は不安でも信じよう。
休憩を兼ねた昼食までの残り時間。
カーラの握るペン先が再び走り始めた。




