第6話 ◆・・・ 幼年騎士を目指す子供 ⑦ ・・・◆
6回目のテストの後で、シルビア様からの贈り物を頂いてから数日が経ったある日。
アスランは、この日もいつもと同じ、昼食後から直ぐ教会の図書室に篭っていた。
今現在は、夕食後の自由時間からを、当然のようにエストの部屋で勉強している。
そして、これも決まって終わりを告げるのは、スレイン神父になっている。
以前までのアスランは、それこそ仲間外れが原因でポツンと唯一人。
他に誰も居ない部屋で、一人寝起きするのが普通だった。
アスランはエストの部屋で勉強するようになって以降。
エストが自発的にそうした部分もあるが。
此処で寝起きをする日々が、今は当たり前になっていた。
変わった部分と変わらない部分。
変わらないのは日課の修行。
それと、当番仕事の水汲み。
つまり、エストの部屋で寝泊まりする日々になっても。
アスランの一日の始まり方。
此処は変わっていない。
独りで空き部屋を使っていた頃から、アスランの身体は既に夜明け前の暗い時間帯でも。
自然と時刻が来れば、目覚まし時計が無くても、目を覚ます感覚が染み込んでいた。
だが・・・・・
エストと一緒に寝るようになって以降。
時々これが早くなった。
これは一緒に寝るようになったから知り得た事実。
どうやら、エストは夢の世界にいる間。
悪戯をする子供を、厳しく叱っているようだ。
それが現実世界で、未だ眠っているアスランへ。
加減無しに蹴飛ばしたり、グーパンで殴ったり・・・・・・
これなら未だマシな方。
酷い時は、肘打ちや踵落としで起こされた。
挙句、首を腕に挟まれて窒息しかけた事がある。
結果、アスランは生命の危機か、痛覚を酷く刺激されて目を覚ます。
独りでも無条件に安心して眠れた日々は、遠い彼方へと旅立たれてしまった。
そうした日々が常となって以降。
事実、一方的で虐待としか言えない起こされ方でも。
単に寝相が悪いを、軽く突き抜けた存在へ。
アスランは、何をどうしたら寝間着が此処まで肌蹴るのか。
酷い寝相で乱れた着衣は、そこで顕になった肢体を前にして、今朝は殴られた頬をさすりながら思わせた。
女性としての慎みや遠慮など、当然だが、そこには無い。
深く眠るエストは、在るがままを、アスランへ魅せつけた。
ちなみに。
エストは16歳。
ただ、修道服を着ている姿が実際よりも大人に映る。
反面、一般的には成長と成熟の時期にある。
救いという表現が適切かは別にして。
ベッドを共にする相手が、まだ4歳になったばかりの男の子。
これが同年代の男子であれば・・・・・・
しかし、現に4歳のアスランは、特段興味も関心も抱かなかった。
同時に、アスランを異性として全く見ていないエストが気を許している部分。
それは在るかも知れない。
また、この日も目から火花が飛び散る。
そんな言い方も、事実、アスランは激痛を伴って起こされた結果。
邪な劣情と呼べる部分については、今は未だ無縁のアスランが、隣で寝ているエストへ、『今日もか』という様な呆れた視線だけを向けていた。
映った寝間着は、肌蹴てパンツ以外は素っ裸。
口を開けた豪快な寝息は、女性らしく膨らんだ二つの双丘を何度も隆起させていた。
「・・・エスト姉。寝ている時は、間違いなく人間凶器だよなぁ。あと、いくらなんでもさぁ。胸とかおへそを晒したまま寝ると、風邪を引くぞって言いたい」
姉の酷い寝相を、今朝も仕方なく。
と言うか、エスト姉のこんな格好悪い所は、他の子供達が知ったらきっと悲しむ。
呆れの感情は、そうして再び漏れた。
いっぱいに吐き出した後で。
しかし。
アスランは未明の今朝も世話を焼いた。
眠っているエストを、起こさないように着替えた後。
アスランは、これも起こさないように神経を使いながら、エストの捲り上がったシャツを下ろす。
最後に上掛けを肩まで掛け直して、それから足音や物音を立てないよう部屋を後にした。
アスランは途中、自分の木剣を片手に掴むと、まだ星の光が映る空の下へ姿を現した。
孤児院の外へ出たアスランにとって、この瞬間からが、一日の始まりだった。
今はもう、エスト姉が付きっきりで勉強を見てくれる。
特に夕食後の自由時間がそうなった以降。
アスランの昼休みから午後の時間は、居心地の良い図書室で、文字の書き取り練習も終えた後から、本を読む時間が増えていた。
書き取りは続けている。
ただ、普通に読み書きができる段階へ至ったせいか。
初めて見る文字や、難しいと思った文字くらいを練習はしても。
既に当たり前の様に書ける文字まではしていない。
逆に文字を学んで読めるようになった事が、この頃の図書室はアスランにとって、実は知識の宝庫だと抱くようになっていた。
難読の文字が多く使われた『聖剣伝説物語』
高等科の生徒でさえ難しいと理解るシルビアは、故に、これを当たり前の様に読める。
未だ4歳で至ったアスランが秘めている伸びしろも、今を形作った基礎は間違いなく、この『聖剣伝説物語』という事も理解っていた。
しかし、この事実を知らない当人は、一番の目的を達成した後。
図書室に在る数多の蔵書へも、芽生えた関心が、手を伸ばし始めている。
教会の図書室には、その中には同じくらい難しい言葉ばかりが並んだ専門書や歴史本が、分かる者には場違いも思わせるくらい多数収められている。
アスランは、そういった蔵書を相手にして、辞書を片手に毎日ずっと読むことへ熱を注いだ。
最初にパラパラっと捲って興味や関心を抱いた本からでも。
いつしかアスランは、膨らむ関心が自然、読み漁るようになっていた。
そうして過ごす日々の中で。
アスランは、以降の自分自身の生き方にすら影響を及ぼした一冊の本と出逢った。
この運命も言い切れる革表紙の書籍は、偶然捲った最初の数ページの中で、『実在する魔法』という文字が、アスランの関心を射止めた。
今まで読んできた専門書と比べると、ずいぶん薄い本だったが、アスランはこの本を片手に勉強にも使う机へ真っ直ぐ歩き始めた。
タイトルは『魔法導力 その軌跡』
椅子に腰を下ろして、それから机の上で開いた本は、この瞬間、アスランの意識は全部が此処へと注がれた。
本の内容は、アスランの好奇心を、これでもかと疼かせ膨らませた。
最初から一気に読んだ後。
アスランの関心は、同じ魔導関係の本が他にないかと、図書室の本棚を、くまなく調べさせた。
結果的に、魔導の本は、この一冊だけだった。
それでも。
今度は意味がよく掴めなかった単語を一つ一つ。
アスランは辞書で調べながら再び読み込んだ。
そうして今のアスランなりに理解ったこと。
『魔導』とは、魔法導力の略称。
その中で、魔法とは魔導の一部らしい部分。
意味が今一つ理解出来なかった表現は、それこそ幾つもあった。
そして、調べようにも、表現の多くが辞書にさえ載っていなかった。
だが、アスランの無自覚はそこから、今度は意味の理解る部分をノートへ。
単語を一つ一つ拾う様な作業は、ノートの左端に縦列となって記された。
定規を使って引いた区切り線の右側で、理解る単語を繋ぎ合わせると、間に在る今一つ分からなかった部分が、何となく理解るかもしれない。
この時の何となくは、後からいくらでも直せるように鉛筆で書き込む。
アスランにこうした取り組み方法を教えたのは、それもエストだった。
午後も折り返しの頃・・・・
アスランは既にずっと。
それこそ自由時間の半分が過ぎた辺りまで、のめり込む様に没頭し続けていた。
この段階になって理解る部分だけを拾ったノートは、拾った単語だけで軽く十数ページに達した。
だが、こうして理解った魔法の解釈は以下の通り。
先ず、『魔力』とも呼ばれる人間が生まれた時から持っている『体内マナ』
そして、この魔力を引き出す道具。
『魔導器』と呼ばれる道具を使って起こす事象干渉を、『魔法』と言うらしい。
魔法=体内マナ+魔導器=事象干渉
また、魔法とは別の『導力』
魔法は人間が持っている体内マナを使うが。
一方で『導力』は、魔力を含んだ特殊な鉱石から生み出される力。
これを魔導器を使って事象干渉させる事を指すらしい。
導力=特殊な鉱石+魔導器=事象干渉
魔法と導力。
この二つに共通する部分は魔導器。
二つの力は魔導器を使うことで、何方も事象干渉を起こせる。
それが『魔法導力』
略して『魔導』
本の内容は他に、人間が生まれた時から持っている体内マナにも触れていた。
誰もが体内マナを保有しているが、人によって保有量が異なるらしい。
因みに、本では『個体差』と記された表現が、辞書には『個体差』が載っていなかった。
しかし、アスランは『個体』と『差』の二つを、辞書を片手に調べた作業は、そして、自分なりの解釈へと繋げた。
魔導器。
挿絵が載ってないので、姿形は分からなかった。
けれど、これが魔力を含んだ特殊な鉱石と、人間が持つマナと呼ばれる魔力の二つ。
両方を事象干渉させるための道具全般を示すことは分かった。
教会の図書室に一冊だけ在った魔導の本から。
今のアスランが理解る部分だけを纏めると、こういう解釈になった。
ただ、この本は専門書ではないらしく、理解る部分からアスランが更に詳しく知りたかったことまでは載ってなかった。
今はもっと詳しく知りたい欲求が、胸の内で膨らんでいる。
けれど、そもそも高額の専門書を買うお金等は持っていない。
アスランが『魔導』の、特に魔法の部分にぐっと引き寄せられた理由。
そこには、文字を覚えるきっかけとなった『聖剣伝説物語』が根幹にある。
アスランも憧れる大英雄『騎士王』もまた、物語の中では、たくさんの魔法を使っていた。
大好きな聖剣伝説物語は、自分で読めるようになってから、もう何度も読み返している。
日々の剣術修行も同じ。
辿れば憧れへ繋がる。
それは今、出逢った一冊の本によって。
この時この瞬間から。
憧れの騎士王が使った魔法を、自分も覚えたいへ。
もしかしたら、自分も騎士王が使った魔法を使えるかもしれないを、強く抱かせたのである。
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「はぁ~・・・・・・」
子供とは思えない、ような大き過ぎる溜息は、諦め切れない感情の大きさを表していた。
アスランがそうなってしまった理由は、今し方まで神父様から聞いた話の内容にある。
結論から言えば、4歳のアスランは、今の段階で、魔導そのものを、これ以上詳しく学べない。
付け足すと、魔法を使うにしても『魔導器』が此処には無い。
それ以外にも魔法と導力。
つまり魔導なのだが、これには何方にしても魔導器が必要な点とは別に、『魔法式』というものが新たに必要だと知り得た。
だが、知った所で、肝心の魔法式が、この本には載っていなかった。
時間は今から少し前。
図書室で没頭していたアスランは、そこへ偶然やって来た神父様へ。
まぁ、神父様の方から声を掛けてくれるまで、アスランは夢中になっていたのだが。
だから、この時になって気付くと、当然のように調べて気になった事を尋ねたのである。
子供たちや修道女だけでなく、この地域では誰からも『神父様』と親しまれるスレイン神父は、年の頃は五十を越している。
見た目、平均的な背丈の割に少しやせ気味ではあるが、近所の力仕事も率先して手伝う等。
肉付きの良い男達の中に在って、重い荷物を楽々運ぶ姿も目立っている。
スレインの性格は、至って温厚に尽きるだろう。
日頃から温和な為人で知られるスレインは、近所の者達から言わせると『怒鳴った声を聞いた事が無い』くらい、怒るという事とは無縁にも映っていた。
周りは、よく話を聞いてくれる神父様も見知っている。
だから、ミサの無い日でも教会の礼拝堂には、常連の婆ちゃんを始め。
色んな人が相談事や世間話を持ち込むと、日中の大半が静けさとは無縁でもある。
あずき色の瞳と、短く整えられた深みのある茶色の髪。
肌色は、近所の畑仕事なども良く手伝うせいか、それで健康的な日焼けもするが。
季節が秋の終わり頃から冬になると、元の色白な肌へと戻る。
神父だけあって知識も豊富。
そういう声が当たり前のように聞けるくらい、近所では物知りな神父様としても頼りにされていた。
アスランが魔導の本と出会ったその日。
スレインが図書室へ赴いたのは、偶然だった。
この日のスレインは、午後になると教会の私室で、次回のミサへ向けた準備をしていた。
その最中に生まれた調べたい事が、必要な資料を求めたスレインを、当然と図書室へ赴かせたに過ぎない。
図書室へ入って直ぐ。
スレインは居るだろうも分かっているアスランが、今日も変わらず熱心に勉強している姿を映した。
夢中になって自習するアスランには、スレインも自然、表情が柔らかくなった。
大人が使う机の上では、一冊開いた本を前にして、その手前でノートへペンを走らせている。
今はもう見慣れた光景も、傍にはこれも開いた辞書が置かれている。
自分が来たことも、気付かないくらい集中しているアスランは、さっきからずっと辞書のページを捲って、何かを調べている・・・・・
これも相変わらずと言うか、今日も自分に気付かないくらい集中している姿へ。
スレインの胸内は、温かい思いを抱きながらも、さてさて何を勉強しているのか。
辞書を捲っては、ノートへペンを走らせる姿に、少し興味が湧いた。
スレインからすると、ただ見つめていた少しの時間も。
その間、全く気付く気配も無く。
それくらい集中しているアスランが、何度も辞書を開きながら。
時々、難しい表情にもなる。
スレインは、だから。
とても気になった。
アスランの勉強は、それをエストが手解きをしている。
けれど、今日のエストは忙しかったはず。
恐らく、此処へは未だ来れないだろう。
そこまで思い巡らせた後で、スレインは、今は自分の方が手も空いている。
調べ物はあるが、それでも急を要するものでもない。
後は、やはり気になった。
スレインは、歳不相応にも映るくらい集中して勉強しているアスランの姿勢へ。
ただ、分からない事があって辞書を度々使っているのだろう。
こんな姿を前にすると、胸内に、それなら少しくらいも抱く。
好ましくしか映らない学ぶ姿勢には、それで、理解る側の手解きがあって良い筈だ。
息を呑む音も殺したくらい、スレインはそっとアスランの隣まで足を運んだ。
背後へ回ると、アスランを、上から覗き込む様に映した視線の先。
スレインは此処で初めて、小さくない驚きは無言の表情にも顕になると、アスランが魔導を調べている事を知った。
はっきり言って、こんな事は、想像からも逸脱した感だった。
蔵書を全て管理しているスレインは、此処に一冊だけ魔導を紹介した本が在るを分かっている。
内容は、専門書ほど詳細ではないが、しかし、専門用語が幾つも使われていた筈。
そのため、これを理解するのは、少し難しいも憶えていた。
自らも読んだことのあるスレインは、その本を開いてノートへペンを走らせる。
視線は、アスランのノートへ移っていた。
一瞬。
背筋を強い痺れが走った。
ゾクッとさせられるくらい受けた驚きの強さが、スレインの瞳を、信じ難い感が大きく見開かせていた。
ノートだけを映したような視界は、大人でも難しいと抱く単語や熟語が、その一つ一つを縦に書き記した箇所から線を引いた右側へ。
右側には、辞書から得た意味が綴られると、一段下には単語同士を繋げた解釈らしい記述もあった。
スレインだから理解る専門用語も同じだった。
そして、恐らく専門用語のままでは辞書に載っていなかったのだろう。
用語を分解した筆跡は、そこから分解した単語を辞書で調べた後で、やはり、再度繋いで自分なりの解釈を綴る。
沸き上がった感心は、これが実に手間の掛かる勉強方法に対してのもの。
だが、かつては自分も同じように自習して来たのだ。
それでも。
当時のそれは、中等科へ通い始めてから。
それも。
『魔導革命の祖』と呼ばれる偉大な人物から頂いた薫陶のようなものを、実践したに過ぎない。
その者は、今では失われた言語とも呼ばれる、古い文字で記された文献を調べる時に置いて。
こうしたやり方を、地味でも欠かせない手法だと述べている。
そう聞いたことで、当時の自分は強い感動を受けたのだ。
『努力とは、手間を惜しまないことに尽きる』
例え地味であっても。
先ず、理解らないままの紐を解く。
理解るまで解けた頃。
一つは全てへ繋がる。
そういう『確かなモノ』が礎になる。
スレインは、故に、まさか!!・・・と驚いたのだ。
目の前の子供は4歳になったばかり。
そもそも、この学び方は、教えられた所で身に付き難い、その事実も理解っている。
感情は、驚きからいっぱいに満たされた。
言いようがないくらいは、もう目頭までが熱くなっていた。
ただ、スレインは自らの内で沸き上がった感情へ、強い意識で自制を掛けた。
嬉しい驚きなのは事実でも。
スレインの優しさは、自習するアスランの集中を妨げてはいけない。
アスランが使っている辞書も、スレインは、これがエストの持ち物であることも知っている。
そして、エストがアスランへ、辞書を貸し与えていることも聞き知っている。
エストの辞書は、初等科に入学する子供なら、それで誰もが教科書とは別に与えられるものだった。
この辞書もしっかりした内容で満たされているが、各種の専門分野ごとに、それぞれに向けて編集された辞書とも異なるため。
要するに、特殊な意味合いの用語に関しては載っていない。
と言うか、汎用的な辞書だからこそ、初等科から大学を経ても日常的に使う分には困りもしない。
それでも。
この汎用性の高い辞書は、載っていない専門用語を、単語へ分解する事で、そうやって意味を調べたり、推測するという使い方が出来る。
ノートを見る限り。
スレインはアスランの理解力が、現在の年齢から考えても、かなり高い所に在る。
その証拠に、記された魔導については、概ね正しく捉えている感を得られた。
スレインはエストから聞く形で、アスランが文字の読み書きを学んだ経緯を知っている。
今は多忙を理由に訪れられないシルビア様が、来る度に決まって読み聞かせていた物語が、とても古い蔵書くらいも理解っている。
図書室に収めてある『聖剣伝説物語』
これは教会総本部から、無償で提供されたものだ。
とにかく古い本で、そして、全30巻で構成された大作の品でもある。
シルビア様が読み聞かせていたこの本は今。
週に一度か二度。
自分が読み手になって聞かせている。
シルビア様程ではないが。
子供達は静かに聞いてくれる。
同時に、此処で働く3人のシスターは、この時間を各自の仕事に傾けられる。
スレインは、シスター達の特に子供達の面倒を見切れない仕事量がある日を選んで、そういう日には仕事へ集中できるように負担を代わっていたのだ。
無論、一度に全てを読み切れる。
等と出来るわけがない。
大人の自分ですら一冊。
一冊読み終えるのに半日は欲しい。
だから、どうしても『続きはまた次回に』と、切りの良い所で終えている。
続きが気になる子供達からは、当然の様に不満の声が溢れる。
しかし、そこから。
今の所はアスランだけ、自発的に自分で読めるへ至った。
『スレイン神父。私はアスランから騎士になりたいと告げられた時にですが。たとえ孤児でも、努力すれば『幼年騎士』になれる。この事実を作るつもりでいます。実際、アスランは4歳よりも前に文字の読み書きが出来るようになりました。今の時点では任命できる実力とは到底言えませんが。此処からの努力次第では、初等科に入る前に任命できるとも期待しているのです。そして、孤児のアスランが幼年騎士へ任命された時・・・・それは、此処で生活する他の子供達にとっても。新たな希望を灯せる筈だと考えています』
過日、自分にだけ告げられた、女王シルビアの意思。
その考えは、スレインも良く理解っていた。
孤児院で育った子供は、初等科へ入学する際、此処を巣立つ。
そこから今度は学生寮での生活が始まる。
子供達は学生寮から学校へ通いながら。
やがて、卒業した後で、半数は進学している。
同時に、残りの半数は何かしらの職へ就いている。
今の制度なら、優秀な成績を修めれば、学費免除で中等科へ進むことも叶う。
勿論、今の制度は、孤児を差別しない。
定められた、生まれによる差別が無い社会。
此処は、シャルフィが他国より一歩も二歩も先駆けた、優れたを断言できる一面でもある。
ただし、制度によって定められた箇所には、孤児という境遇から初等科へ入学する子供達に対して、孤児院は6歳までの子供達を預かる施設との一文も明記されている。
そして、続く一文には、数えで7歳から始まる初等科での生活について、孤児院で育った子供達は、学校近くの『学生寮』での生活が義務付けられている。
この部分が、周囲の一部では、特殊にも映っていたようだ。
孤児でない子供達は当然、家族と暮らす家から学校へ通う。
また、学生寮自体は、孤児でなくとも入れる。
だが、そこでの集団生活と寮則が、一般家庭から見れば、やたらと厳しい。
これが理由で、孤児でない子供は入ろうとすらしない。
学生寮には、合同自習の際に、教鞭を執る教官が複数人いる。
教官達は、寮監を兼務する形で、子供達と共に生活している。
指導ははっきり言って優しくない。
他に食事の時間、入浴の時間、洗濯の時間等。
そうした全てが細かく定められている。
学生寮での子供達は、一学年から最終学年まで。
主に上の学年の子供が、下の学年の子供の面倒を見る。
一部屋には、二段ベッドが4台。
部屋の真ん中を通路が走ると、左右に2台のベッドが縦に繋がっている。
この一部屋に、一学年から最終学年の子供までが均等に割り振られる。
そして、これが学生寮での班になった。
学生寮では、美化活動が日々行われる。
これは屋内から寮の周辺までを区割りすると、半単位で毎日必ず、清掃活動に従事しなければならなかった。
子供達は学校から帰寮した後で、先ずは美化活動に赴く。
それから合同自習の時間が始まる。
学生寮の中にある大部屋は、勉強の他に食事もここでする。
合同自習の時間になると、子供達の誰もが怖いと抱く教官が教鞭をとる。
ただし、学校の宿題などがこの時間で片付いた。
あとは成績の良い子供ほどよく褒められるため、そうした子供たちは、この時間を苦にしていなかった。
学生寮での生活は、遊びたい盛りの子供たちにとっては、真実、物凄く厳しい。
周りの同級生たちが、帰宅後は自由に遊んだりして過ごせる時間も。
学生寮から通う子供は、怖いとすら抱く教官による指導の下で、毎日ずっと勉強漬けにされる。
だが、厳しい環境だからこそ、ここでの日常は必然して子供達へ。
先ず、規則正しい生活習慣を身に付けさせた。
更には、他の同級生よりも寮で過ごした子供達の方が、目に見えて学業成績が良かった。
今よりも前、当時のシャルフィには、現在では極刑も当然の慣習がまかり通っていた。
その一つ。
貴族は庶民を見下す。
見下される庶民は孤児を見下す。
そして、孤児は貴族の遊戯で殺されても構わない。
この悪しき慣習は、それを正したのが、シャルフィの先代国王である。
血の粛清は貴族の大半を葬った・・・・・等と。
確かな数字等は、一切公表されなかったために定かではないが。
けれど、当時、庶民と呼ばれる者達の間では、大袈裟な噂が独り歩きもしていた。
現在の女王、シルビアが即位した時には、俗に『孤児狩り』と呼ばれた貴族だけの遊戯も撲滅されていた。
この頃にはもう、行った貴族は当人の他、血族親族関係なく。
それこそ、男女も年齢も問わず。
全員が、財産を没収の上で、国外追放か極刑と明文化されていた。
言わば、それくらい。
先代国王は、この悪しき慣習に対して、誰よりも強く厳しく撲滅しようと徹した姿勢が伺える。
だが、確かに現在では、そこで、孤児狩りのような犯罪は無くなっても。
しかし、孤児に対する偏見や差別の意識は、未だ根深く残っていた。
故に、シルビアは、女王になった後からの大改革だけでなく。
実際には、目立ち難い所でも改革を続けているのだ。
それこそ、表向きには一切知らされていない改革が、今も続けられている。
『孤児に対する意識改革』
アスランも暮らす孤児院。
シルビアも頻繁に通った孤児院は、改革の伏線を担っていた。
そして、学生寮。
寮監を含めた職員の全ては、補佐を務めるカーラの直属で構成されている。
一切、公になることの無い改革は、しかし、国民の偏見と差別意識を根本から覆す。
そのためには、孤児の方が優秀だという証明も必要だった。
学力も精神面も、他よりも優秀なのだと認知されれば。
自然、それまでの偏見と差別意識は、必然して変わるを迫られる。
故に、孤児院では早くから当番仕事をする習慣を植え付ける。
勿論、集団生活をする上での規則も同じ。
それを初等科からは、学生寮が引き継ぐ流れが、此処にある。
孤児と呼ばれる子供達ですら、真相を知らない。
けれど、学生寮に入っても集団生活の決まり事がある点は、掃除などの活動も慣れた感じで溶け込める。
勉強を教える教官は、厳しい態度が怖くも映るが。
テストで良い点を取れば、いっぱい褒めてくれる優しさもある。
特に、テスト結果が良い時などは、お菓子のご褒美が貰えるとあって、子供達は、お菓子目当てに勉強を頑張りもした。
まぁ、この辺りは飴と鞭だろう。
悪く言えば『洗脳』でしかないのだ。
だが、出来るだけ早く認識を改めさせるためには、故にどうしても要る。
今も孤児と呼ばれる子供達が、周囲から蔑まれている現実は、その子供達が示した『結果』が絶対欠かせない。
これも事実なのだ。
仕組んだ側から見て、この伏せられた改革は、着実に効果を得つつある。
勉強漬けにされた結果。
学生寮で暮らす子供達の学業成績は、全員が平均以上。
中には首席を掴んだ子供もいる。
身分や出自がまかり通った時代とは違う。
シルビアが掲げた『実力主義』は、新しい風潮を色濃く前面に押し出した。
女王の姿勢は、初等科を優秀な成績で卒業した、孤児と呼ばれる子供達にも、等しく相応しい待遇を約束した。
成績の優秀な者へ。
現在は、進学を望むのであれば、中等科から要する学費を、成績によって七割から全額を免除した。
つまり、最大で三割の学費負担を求められる扱いは、しかし、進学後の成績が優秀である場合などに免除される規定がある他。
例えば中等科を卒業した後で、そこからの就職先から得られる給金から、負担分を無利息で毎月一定額を支払えばいいも定められている。
ただし、この免除には、これまでと同じように学生寮から通う事も定められている。
中には成績に関係なく、卒業したら学生寮を絶対出て行く。
そう抱く子供も、毎年少なからずいる。
職人を目指す子供もいれば、王宮から開拓地区の土地を借りて、農家としてやって行く子供だっている。
ただ、何れにしても。
成績が周りより優秀だった事実は、卒業後もプラスに作用したことは間違いなかった。
意識変化の兆し。
近年、孤児と呼ばれる子供たちが、通う初等科において優秀な成績を修めている。
事実はそこから、進学した孤児の一部が、中等科の在籍期間中。
その間に高等科へ、『飛び級』による進学を果たした。
こうした事実は、先ず、王宮側が意図して宣伝のような発信を行う。
女王が定期の演説でも取り上げると、公報は当然と、大々的に取り扱った。
この流れは、民間の新聞各社にも、意識変化をもたらしている。
シルビアがこうした部分を、意識して露骨させる流れは、それよりも逸早く記事にしよう。
結果、新聞を読む多くは、トップの一面に載る記事だけに目が留まる。
劇的には変わらずとも。
孤児に向けられる視線は、その認識変化の兆候が、徐々に広がり始めた。
スレインは、女王が現在も伏せている改革へ、理解るからこそ、協力を惜しまない側に立っている。
脳裏に、アスランが『幼年騎士』へ任命されるような事になれば・・・・・・・
時代が一層変わったと見る目、これは間違いなく増える。
今も一生懸命に自習しているアスランの後ろ姿を、スレインは静かに見つめながら抱く。
アスランが押し開こうとしている扉は、容易なことではない。
だが、しかし。
自身は、今もこれからも、ずっと応援しよう。
この思いに、改革云々は、微塵も含まれていなかった。
2018.5.6 誤字の修正などを行いました。




