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第11話 ◆・・・ 追憶 ~駆け出し女王と獅子皇女の縁~ ・・・◆


・・・・私自身が命を狙われている・・・・


当時はもう選定の儀から数年が経っていた。

故に忘れかけていた頃。

騎士王の警告は遂に、シルビアへ現実となって降りかかった。


襲われた当時。

その時のシルビアは、宮中で一人になった所を狙い澄ましたかのように襲われた。

メイドに変装して紛れ込んでいた刺客に対して。

ただ、普段のシルビアなら軽く返り討ちに出来た。

それが小さくない手負いとなって、更にはリーザによって救われる。

自分を襲った刺客は最期、気色悪い不気味な笑みを湛えた。


・・・・・聖女。貴様など最早どうでも良い。だが、腹の中身は目障りだ・・・・・


リーザが使った魔導で刺客は自白を強いられた直後。

横槍同然に干渉した別の力で激しく燃え上がると、瞬く間に灰と化した。

この時、リーザは自分とは別の何か。

人でも精霊でもない別の何かが刺客を燃やした・・・・・


途端に思い出した騎士王の警告。

シルビアは、自身が得体の知れない何かから襲われた事実。

更に、狙いが自分ではなく宿った命の方であると知って露骨に狼狽えるくらい恐怖した。


あの程度なら楽に躱せると思った凶刃。

ところが、自分の身体は思う様に動いてくれなかった。


『シルビィ~。あんたさぁ・・・・妊婦の自覚が全然なんよねぇ。バカなんじゃない』


自分では何ともない。

シルビアは、刺客に襲われるまで。

身体がこんなに重くなっていた事実を、指摘された通り全く自覚していなかった。


妊娠。

そこはシルビアも自覚していた。

もっとも、これもつわりらしいつわりも無く。

それで余計に普段を装う事が出来ていたシルビアにとって。

本人が神経を尖らせた部分。

それは、自分の妊娠を決して公には出来ない。

女王は未だ独身だった。


女王暗殺未遂の事件。

この件を知るのは幼馴染みの親友と精霊だけ。

それ以外には完全に伏せられた。


事件の後。

シルビアは、それ以降からは特に身辺の状況に神経を尖らせるようになった。

ただ、忘れかけていた騎士王との会談。


自分が既に命を狙われている・・・・・

そう警告した騎士王からの続く言葉を、シルビアはこの時になって鮮明に思い出していた。


『そう遠くない将来。貴女が子を産む時が来たならば。その時はリーザが貴女を守ってくれるでしょう。貴女の母親が初産で死にかけたとき。リーザと貴女の父親との間で一つの約束事が結ばれたようなのです』


騎士王は自分が将来、そこで子を宿す事になったのなら。

そして、生まれた子供が男子であれば・・・・・


『貴女の産む最初の命が男子であれば。その者を騎士として。特に善き心根を備えさせるように』


思い出した記憶へ。

シルビアは宿ったこの命。

それが男の子だと。

直感はそこから間もなく、だから狙われた・・・・・


鮮明に思い出せたからこそ。

シルビアは当時、儀式の後で直ぐリーザを呼び出して問い質した事もある。

ただ、その時には何か茶化された感じで躱された。


危機を救ってくれたリーザへ。

シルビアは再び母のことで、父に何を約束させたのか。

既に為人を分かっているだけに今更ではあったが、この時のリーザもその点について。

此方の知りたいことは何一つ話してくれなかった。

けれど・・・・・


『じゃあ、これだけは教えてあげる。フォルスはユリナが心底大好きだった。だからね。あたしはフォルスの願いを叶えてやったんさね。そんでシルビィのことも一応は守ってあげる。代金は回収しないといけないからね♪』


約束の中身を明かさない理由。

リーザは私だけが納得出来る。

儀式の内容を明かせないそれと同じだと教えてくれた。


-----


アスランを身籠って命も狙われた。

そうしてシルビアは危機意識を殊更強く持った。

だから。

初めて妊娠している事実を、この時になって親友にだけ打ち明けた。


もっとも・・・・・

エレナは既に気付いていたそうだ。

そして、カーラもエレナから知らされた形で気付いて以降は、それで気を遣ってくれていたらしい。


ただ、父の武勇伝があるから娘の方も何かやらかすだろう。

そう言ったカーラの呆れ顔の隣で。

可笑しいを全く隠そうともしないエレナは『だよねぇ~』って一番笑っていた。


当時は大学の卒業を控えていた頃。

聖賢宰相が政治を離れたことで、色々と不安定な時期でもあった。

後任の宰相になったカーラは、そのせいか余計に冷たく感じることが増えていたように思う。


学生の身分で王位に就いた自分もそうだったが。

その数年後。

再び同じ様に学生の身分で宰相に指名されたカーラは当然、聖賢宰相が指名した後継者という事が国内は勿論。

国外からは特に注目された。

そこでカーラが受けた重圧。

はっきり言って、簡単に言い表せる類ではない。


だけど、カーラは政務と並行して自分の身辺の警護も抜かりなく整えてくれた。

それこそ無事に出産できる環境まで用意してくれた恩人ですらある。


・・・・・まさか。それでユフィまでが協力してくれたなんて・・・・・


あの唯我独尊。

ある意味で最も女帝らしい気位高いユフィが、自分のために周囲へ頭を下げた等。

シルビアがその事を知ったのは、それこそアスランを産んだ後である。


-----


シルビアがユフィと呼ぶ女性。

本名はユフィーリア・エオス・ラーハルト。

ヘイムダル帝国皇帝を父に持つ皇女は、写真で見る限りにおいて。

間違いなく絶世の表現さえ跪く美女である。


胸元と背中までかかるやや癖がかった金色の髪。

ユフィーリアの傲慢で気位高い性格とが重なると、猛る獅子の(たてがみ)の様にさえ映った。


背丈は女性の平均よりも高い。

それどころか、ユフィーリアの身長は一般的な男性の平均よりも上だった。

それもあって見目麗しい淑やかな姫君等の印象ともかけ離れている。

事実、ユフィーリアは姫らしく着飾ることも無ければ、淑やかに振る舞ったことすら一度も無い。

彼女が常に袖を通すのはオーダーメイドの軍服のみ。

父である皇帝から下賜された宝剣を腰に挿す姿に、周囲は畏怖を強く抱かされた。


やがて、軍組織に身を置いたユフィーリアだったが。

本来、軍に身を置いた皇子や皇女が戦場に立つことは絶対にない。

ところが、この不文律も、ユフィーリアは己の意志で覆すと、自ら兵を率いて戦場へ。


皇女は戦争の天才だった。

それこそ無駄のない用兵が繰り出す苛烈にして鮮やかとも評される手腕へ。

帝国内では、これを戦争が生み出した芸術とさえ口にする者が少なくなかった。


『獅子皇女ユフィーリア』


皇女の下で戦う将兵達からの最上級の尊称。

相対した敵側からは畏怖が込められた敬称。

戦場におけるユフィーリアの実力は、リーベイアでも屈指と評された。


周囲が抱くユフィーリアへの印象。

最もなものは恐怖。

理由の一つ、周囲の多くへ向けられるユフィーリアの瞳に温かみはない。

純度の高いエメラルドのような瞳は、それで睨み付けられると生きた心地がしない感を強く抱かされる。


皇女でありながら社交界とは無縁。

と言うよりも。

全く興味がない本人は、父である皇帝が呼ばない限り。

貴族や名家の者達が集う社交の場へ姿を現さなかった。


ユフィーリア本人は、自身が如何なく才能を発揮し、充足を得られる場所。

そこは『戦場』だけだと認めている。


現在の皇帝には幾人もの妻がいる。

ユフィーリアは、その妻の一人が生んだ娘に過ぎない。

ただ、当時、母親は身分が低い事を理由に、生まれたばかりの娘と二人。

皇家の直轄地で、保養地の一つ。

だが、帝都からは遠く離れた辺境の土地へ閉じ込められた。

そこに最も関わったのは、他の妃達の実家。

つまり、帝国で特に有名な貴族達である。


故に、幼少期のユフィーリアは冷遇された。

最もなものは、帝都に住む他の皇妃達とその実家が『存在していない』扱いにして来たこと。


反面、幼少期のユフィーリアは、自身の教育を任されたハルバートンが青年士官だったこともある。

生まれが多分に絡んだ幼い皇女の孤独へ。

ハルバートンはずっと『己を磨くことが強い存在へ至らせる』と説き続けた。


皇帝は幼年学校。

現在の初等科と中等科に当たるような学校に籍を置いていた当時。

その頃は未だ皇子だった皇帝は、そこで特に親しい関係となった年下のハルバートンをずっと重用して来た。

将来は立派な軍人になることを夢見ていたハルバートンは、年の割に高い背丈が目立つ男の子。

大きな身体に似合わない温和な性格。

実際、大きな身体で強面であれば迫力もあったに違いない。

だが、ハルバートンの面立ちは、性格と重なったような優しい印象が強かった。


やがて、皇子は若くして皇帝の座へ。

同じ頃、ハルバートンは自身を友と呼ぶ皇帝の口利きで、その皇帝も籍を置いた名門の士官学院へ。

士官学院を18歳の時に卒業したハルバートンは、そこで皇帝に呼び出されると、皇女の教育係を任された。


卒業後は軍組織の中で、そこから武勲を重ねて・・・何れは将軍と呼ばれる所へ。

元々あった高い背丈は、分厚い筋肉が逞しくも映させる。

未だ若い駆け出しの新米士官でしかないハルバートンは、特に初対面の先輩軍人から突然の敬礼を受けてしまうくらい。

既に威風堂々した貫禄が滲み出ていた。


ハルバートンは、学院の生徒として過ごした時間も、度々のように皇帝に呼び出されては相手を務めて来た。

当時、皇帝のお気に入りだからと囁かれたハルバートンは、指導教官達でさえ。

此処での成績など関係なく将来が約束された贔屓者・・・・そう思われて来た。


だが、ハルバートンの成績は寧ろ逆。

自身は皇帝の推薦が無ければ、伝統ある名門の士官学院へは、その入試さえ受けられなかった・・・・・

温和な為人の内側に強い芯を持つハルバートンは、それで周囲の数倍は軽く努力を積み上げた。

入学時点はともかく。

二年次へ進級した時には既に頭角を現す存在へ。

最終学年では学年首席を不動にしていた。


努力も研鑽も人数倍が当然だったハルバートンが、それで得た首席生での卒業。

けれど、此処から先の将来を嘱望された逸材は直後。

皇帝の命によって、出世には程遠い辺境地へと置かされた。

そして、当時は数えで4歳くらいの我が儘娘。

その教育係としての日々は、連日のように誰かへ謝罪するのが当前となっていた。


皇女でありながら帝都の女学院へは通えず。

理由は母親の身分が低いというもの。

ユフィーリアは、育った辺境の初等科へ通いながら。


・・・・・自分の存在を認めさせるためには軍人になる以外ない・・・・・


この辺りはハルバートンの存在感への羨望が根底にあったのだが。

既に歪んでいた幼い少女はそこから。

偉くなって周りを跪かせる。

そう頑なに抱くようになってしまった。


初等科時代のユフィーリアには同年代の友人。

そう呼べる存在は居なかった。

とかく周囲を見下すユフィーリアに、味方は皆無。

逆に同級生もそれ以外も。

周りは全部が敵勢力。

常に完全包囲された状態が当たり前。


そして、自分を包囲した敵からの攻撃は、これを全滅するまで徹頭徹尾叩く。

撤退も降伏も認めない。

誰かが止めに入らなければ、確実に死に至る。

それがユフィーリアの当然の在り様だった。


初等科での諍いを、ユフィーリアは、喧嘩ではなく戦争と位置付けていた。

勝った方が支配権を持つ。

入学からの数年間。

大きな喧嘩は殆どが新学年の最初の時期だけ。

此処で絶対的な支配権を掌握した後は、支配された側が逆らわない限り。

支配した側のユフィーリアもまぁまぁ穏便に過ごした。


そんなユフィーリアの当然は、初等科の4年次で終焉を迎える。

最上級生から気に食わないと、それを発端にした喧嘩は、そこから流血の事件へ。

当時のユフィーリアは、以前からハルバートンの部下が指南した剣術で、それこそ軍刀を平然と振り翳した。


自分に戦争を仕掛けた上級生を、完膚なきまでに討伐する。

初等科なら何処にでもあるような上下関係を、しかし、ユフィーリアの掲げた自己主張は、此処で剣を握らせた。


最上級生の側からすれば『下級生のくせに言う事を何一つ聞かない生意気な女』だったユフィーリアへ。

それも学校に軍刀を持ち込むと、同級生だけでなく上の学年の生徒さえ脅して屈服させるやり口は見過ごせない。


ユフィーリアはその日、自分を呼びだした最上級生が徒党を組んで。

此処までは昨日と何ら変わらない流れ。

だが、今回は相手が果物ナイフを片手に自分を囲んだ・・・・・


この時のユフィーリアは未だ、平然と相手を見下す余裕が在った。

自分に剣術を指導するシトレは恐ろしく強い。

此方は真剣で、シトレは掃除用の箒の柄で・・・なのに、いつも痣を作るのは自分の方。

シトレのことでは、ハルバートンの後輩くらいと、使う剣術が有名な流派に連なるくらいは聞いたこともある。


だから。

美少女を相手に、片手欠伸で滅多打ちに出来るシトレと比べれば。

こいつらは数は多くても。

そんな果物ナイフ(玩具)で脅した所で少しも怖くなんかない。


ユフィーリアは軍刀を当然のように抜いた。

これもいつものこと。

そして、相手の方も分かっているようで全く動じない。

きっと、恐らく脅しくらいにしか思っていないのだろう。


いい加減、鬱陶しい。

これは惨事を引き起こした後、返り血で紅く染まった皇女の口から吐き出された理由。


剣を抜いた後。

ユフィーリアは、此処までボス同然の態度を見せていた男子生徒を真っ先に突き刺した。

そこに躊躇いはなかった。


・・・・・軍刀を振り回して、まるで人殺しを楽しんでいるようにしか見えなかった・・・・・


ユフィーリアの剣で傷を負った男子生徒達は皆、一様に同じようなことを怯える声で口走った。

最上級生といってもまだ子供。

傷を負い、それで衣服も肌も赤黒い血痕ばかりが物語る。

未だ幼い子供の地獄を見た様な表情は、保護された後でも瞳が定まらないでいた。


死者が出なかったのが不幸中の幸いだった。

ユフィーリアが授業を受けている間、校内の別室には常に数人の兵士が詰めていた。

勿論、これもユフィーリアの教育を任されたハルバートンが、自分を含めて部下を交代で詰めさせたに過ぎない。

学校長のみは素性を知る側で、故に必要な措置として認めていた事もある。


死者が出なかったのは結果に過ぎない。

事実、処置があと少し遅れれば間違いなく死者が出ただろう。


流血の惨事は、そこで十人を超す重傷者と、その数倍に至った軽傷者を生み出した。

軽傷者の殆どは事件と無関係な子供達。

事件中、それこそ必死で逃げる途中に転んだなど。


皇帝の娘でなければ・・・と。

この惨事が存在しなかった扱いで揉み消された後。

ユフィーリアは皇帝の命で、母親と引き離された。


ユフィーリアの身柄は、これも皇帝の命によって教育係のハルバートンへ。

今回は養女も同然のように預けられた。

そして、ハルバートンに育てられる形で・・・・・


中等科。

そこへユフィーリアが通うことは一度として無かった。

最もな理由は、初等科での惨事が皇帝からハルバートンへ隔離するよう命じたことである。

故に、教育を任されるハルバートンが選んだ者達。

勅命を後ろ盾に、何れも帝都の大学で指導ができる資格を持つ者達が皇女に与えられた屋敷に住み込むと、皇女だけの専属教師を務めた。


今も公には存在していない扱い。

自らは軍人以外に道はないと・・・・・

始め、そう頑なに抱く少女は専属の教師から学ぶ中で。


・・・・・私が皇帝になれば。全てを意のままに出来る・・・・・


皇帝だけが持つ絶対的な権力を、この手に掴む。

そこへ行く道程も幾つかある。

ただ、道程の一つ。

近道には違いないが、有力貴族の影響力が相応にある政界。

後ろ盾も無い上に、特に有名な貴族達からは嫌悪されている自分がそこへ一人乗り込んでも逆に潰される。


そんなことを当然と考えるようになったユフィーリアは、そして、別の道から至尊の位を奪うことを選択した。


後のユフィーリアが軍籍に身を置いたのは、それが至尊の位へ繋がる確実な道だと至ったからである。


帝国軍には軍属という制度がある。

軍属とは、主に将校に付人のような形で軍に籍を置く者を指す。

この制度では、肉親や縁者が軍において将校の身分であった場合。

軍人を志す子や孫は実地を含めて、直に手解きを受けられる場と機会を与えられる。

よって、軍属になった者は当該の期間。

指導を受け持つ将校の随員待遇で、実際の戦地へ赴くことが認められている。


当時、将官にまで出世したハルバートンは皇女の嘆願を受け入れて。

否、正確には立場を振り翳した脅し同然の命令に逆らえず。


こうして、ユフィーリアは中等科に通っている筈の期間。

その大半を専属教師達を連れ回しながら。

表向きには、ハルバートンの付人として戦地を転々としながら過ごした。


最初は確かに脅し同然。

だが、戦地を歩きながら学ぶユフィーリアを、此処では用兵学まで教える羽目になった一方のハルバートンの目には、まるで水を得た魚のようにも映っていた。

戦術論などの教本を幾冊も傍に置いて、食事と睡眠を忘れるくらい没頭する皇女の学ぶ姿勢。

時に教本からは矛盾しても。

現場でしか得られない独特なものに。

皇女の強い関心は自然、それも含めて確かな礎を成した。


好んで戦地ばかりを転々とした時間。

やがてユフィーリアは、ハルバートンの部下達が練り上げた作戦案。

これも始めは勉強だと軍議を見学していた皇女は、ある時を境に抱いた疑問を当然と口にするようになった後。

皇女は自分の指摘ヶ所へ、要領を得ない回答を述べるハルバートンの部下達を『貴様らは無能か』等と罵る始末。


挙句。

ユフィーリアの独断は、それもハルバートンが自分の警護にと手配した20名程度の兵士だけを引き連れて本陣を離れた後。

既に膠着して睨み合いとなった主戦場は大きく迂回。

軍議の最中、そこに広げられた地図と両軍の配置状況。


ユフィーリアは、だからこそ此処に在る筈・・・・・

軍議では呆けた糞バカ士官の、教科書丸読みな珍解答に、それで腹も立てた。

けれど、ハルバートンには何かと世話になっている。

だから恩を売る。

それであの場は引き下がったに過ぎない。


ユフィーリアは、自分の読みの的中。

夜陰の真っ只中で、その瞳は敵軍の物資集積所を捉えると、僅かにも躊躇わず。

敵の数はそれなりでも。

先手必勝。

ぎりぎりまで接近した皇女と、上官命令は絶対服従の兵士達。

しかし、既に何をするのかを理解っている兵士達に迷いは無かった。


携行式の砲と詰められた焼夷弾。

それを最初から輸送車に詰めるだけ詰め込んで、攻撃対象を視認して以降は担ぐと徒歩。


静まり返った暗闇の向こうから突如鳴り響いた幾つもの発砲音。

銃の発砲音とは異なる爆発がかった砲の音は、間もなく集積所の守備を担っていた兵士達の頭上から飛来。

着弾の衝撃で炸裂した焼夷弾はそのまま炎の大波を起こすと、至る所で近くにいた兵士達を補給物資ごと飲み込んだ。


この時の奇襲は少人数故に、それもあって警戒網に触れることなく近付けた・・・とは後述であるが。

これが初陣とも呼べるユフィーリアの指揮は、僅かな戦力を一人も欠かすことなく一方的に燃やし尽くした。


それまで夜陰が占めた戦場は、両軍の何れにも衝撃を走らせたこの事態に、そこで真っ先に動いたハルバートンの逸早い行動が、帝国軍の勝利を決定づけた。

結果、ハルバートンは武勲を上げたのである。


ハルバートンは軍議の最中。

そこで激昂した皇女を、一先ず宥めることに尽力した。

一度席を外させて、そこで後からもう一度必ず。

皇女の意見も含めて、作戦案を見直す約束を条件に矛を収めて貰った。

この時には、ハルバートンも皇女へ。


・・・・・どうか、この場は指揮官である自分の顔を立てて欲しい・・・・・


部下への体面もある理由は平伏しての懇願へ。

それで今回は皇女も聞き届けてくれた。


ところが。

そうやって掴んだ束の間の安心は、事実、束の間でしかなかった。

再び軍議へ戻ったハルバートンへ届けられた急報。


『皇女とその警護の兵達が忽然と消えた』


急報を届けた兵の表情などは今更。

ハルバートンは直ちに捜索隊を編成すると既に夜陰の戦場へ。

最悪の事態さえ過る心境の中で、突然動いた戦局は同時に皇女が何かした結果だと・・・・・


武勲を上げたのはハルバートン。

表向きにはそういう扱いでも。

しかし、これを機に皇女の発言力。

それと行動力は一気に増した。


それでも。

場数を踏み、経験を積む毎に才能は示された。

最初は反発も招いた皇女の為人も、戦地を転々と行く中で認められるようになった頃。

ユフィーリアは、ハルバートンが麾下の連隊を総動員する規模の戦場で、この時は味方の数倍の数で押し寄せた敵国の戦力を壊滅させるという華々しい武勲を手にした。


実際には、これも表向きにはハルバートンの武勲になる筈だった。

だが、当のハルバートンが公にした報告書。


・・・・・当初、多大な苦戦が予想された此度の戦闘に際し、小官を含めた全てを指揮して一方的な勝利を掴み取った真実の功労者。その名はユフィーリア・エオス・ラーハルト皇女であることを此処に記すものである・・・・・


それまではユフィーリアという名の皇女など存在しない。

けれど、ハルバートンが反発を招く覚悟で公式文書に残した跡は、報告を受け取った皇帝の一言によって。


『余は我が娘。ユフィーリアの武勲を誇りとする』


それまでずっと軍属という制度の中でハルバートンの付人だった皇女は、この時の武功を以って。

皇帝から最年少ながら元帥杖を与えられた。


これも慣例的な部分ではあるが、皇家の人間が軍人になる際には必然して軍の最高位が与えられる。

あくまで形式的な地位として、けれど、皇家の者へ命令を出す等。

絶対に認められない慣習は、故に最初から元帥の位が与えられる習わしとなったに過ぎない。


事実、ユフィーリアは華々しい武勲を上げた。

そして、元帥杖授与の式典よりも前。

父親は十数年ぶりに、娘と顔を合わせている。

この時の会談で父親は、娘の軍へ身を置く意思に異を唱えなかった。

それどころか・・・・・

父親は自身だけ持つ絶対権力を、娘の望む道のために行使した。


皇女が元帥杖を与えられる式典。

皇宮にある式典の間に集った者達の殆どが、罷り通った『存在しない』皇女を、式典用の軍服に袖を通して現れた美しい少女を初めて映した。

それ以前まで、皇女のことを些末にでも口にすれば。

他の皇妃達の実家。

公爵と侯爵の位をもつ者達によって葬られる。


ユフィーリアは皇帝の血を継ぐ一番最初の娘。

ところが、母親の身分。

爵位を持たない貴族という出自が、本来なら母子ともに暗殺されても不思議でない状況も。

皇帝が最も寵愛しているだけに、何かあれば真っ先に疑われる他の妃達にとって更には無実であっても。

一度でも皇帝に疑われれば、その先に待っているものは終わりでしかない。


だから、遠ざけた。

母子ともに殺さない代わりは何処か遠くへ。

丁度良い事に、皇家と縁のある辺境地が在ったからこそ。

そうして、世間的には存在しないを罷り通した。


数千人が集える式典の間で、ユフィーリアは元帥杖を与えた皇帝の口から発せられた『我が娘』発言もある。

自分の存在を無き者にして来た者達へ。

畏まって元帥杖を受け取ったユフィーリアは内心『次は貴様らだ』と、誰の目にも捉えられない程度。

それくらい僅かに微笑んだ。


皇帝より与えられた元帥杖を片手に、これもお披露目ならば当然と掲げた皇女へ。

拍手を送る側の本心は、既にこれから先の身の振り方へ傾いた。

これまでずっと存在を否定して来た者達と、その勢力に身を寄せていた者達。

逆に、そうした存在から暗に不遇を被らされた者達。


ユフィーリアは確かに、最初の娘には違いない。

だが、しかし、皇帝には以降から生まれた息子も居れば娘も居る。

母親が違うだけで、皇帝を父親に持つ子供が数人。


ところが。

何を思っているのか。

皇帝はこの日までに一度として。

皇位継承権はおろか、皇子と皇女の前に付けられる順位さえ口にして来なかった。


娘を皇帝に嫁がせた者達からすれば、思惑は別に生まれ順。

特に、皇位継承の権利は決まって皇子だけの慣習が在る。


だが、皇帝は元帥杖を掲げて拍手を受ける娘の名を呼んだ。

そして、名を呼ばれて姿勢ごと振り返ったユフィーリアへ。


・・・・・我が娘ユフィーリアよ。其方の大望は此処が終着に在らず。故に励むが良い。それまでは皇位の継承。余はその序列を定めないものとする・・・・・


鳴り響く拍手の音が、示し合せたかのような静寂を作ったのも束の間。

動揺を隠せない驚きはそこかしこから。


皇帝の口から初めて紡がれた皇位継承の序列。

今は未だ序列を定めない・・・としながらも。


既に皇帝の胸の内では、ユフィーリア皇女が最有力に在るくらい・・・・・

授与式から続く祝いの宴席。

いつもは玉座からワイングラスを片手に眺めているだけの皇帝が、それが今回は皇女を指名して一曲踊った事も絡んだ。


以後のユフィーリアは、社交界で必ずと言っていいほど話題に上る存在になった。

当然、これ見よがしに近付こうとする者達は、何とかして繋がりを持ちたい。

反対に、遠ざけて来た者達。

一部は滑稽とも映る醜態を晒した。


何故なら。

ユフィーリア皇女は『興味も関心も無い』の一言を理由として。

社交の世界に以降もずっと顔すら見せないまま。


その頃のユフィーリアは、確かに社交界に興味も関心も抱かなかった。

そして、此方は今直ぐ掌中に収めなければならない事案。

自分の派閥を作る上で、皇女は特に多忙を極めていた。


元帥に就任した翌日。

ユフィーリアは直ちに、自らの府を立ち上げた。

帝国軍を統括する元帥は、これも幾人か存在する。


その席へ新たに加わった皇女について。

先達にある他の元帥達は、此方も皇女だけに形式的なものだろう。

慣習もあっての当然の先入観は、しかし、皇帝が与えた元帥の位。

元帥杖とは別に書面となって与えられた詳細な事項。


現在の帝国正規軍は、総数規模を師団に置き換えると二十を超える。

そして、新たに元帥となったユフィーリア皇女。

皇女の直接指揮下に置かれるのは八つの師団。


つまり、皇帝は皇女を、形式的な元帥になどしていなかったのである。

この事実が判明したからこそ。

有力貴族の一部は、だから醜態と評されるくらい狼狽えた。


14歳のユフィーリアは、こうしてヘイムダル帝国内に自らの存在を示した。

同時に、内に在る野望。

野望を達するのに欠かせない『力』をも手にしたのである。


-----


今のシルビアにとって、ユフィは親友であり好敵手。

ヘイムダル帝国の第一皇女にして、現在は皇位継承権第一位を皇帝から認められる程の実力者。


そのユフィーリアは、シャルフィの国王夫妻が殺された事件の後。

事件から一年近く経った頃に、両国の関係改善を理由とした公には留学という名目でも。

しかし、実際にはヘイムダル帝国からシャルフィへ送られた生贄。

国王夫妻を殺されたシャルフィ側にとっての感情の捌け口。

それをぶつけられる相手役も、当時は女性という理由で皇位継承権を持っていなかった。

故に選ばれると送られたのである。


帝国の皇女。

にも拘らず、ユフィーリアは皇室専用の飛行船ではなく一般の飛行船でシャルフィの空港へ降り立った。

さらに、身の回りの世話をする侍女すら一人も付けず。

たった一人でやって来たユフィーリアは、そこが敵地である事を既に自覚していた。


シャルフィ側はヘイムダル帝国から皇女が留学する。

この辺りは女王が歓迎する姿勢を公に示した事情もあるが、両国の関係改善は特にノディオンが望んだこと。

その橋渡し役としてやって来た皇女を出迎えたシャルフィ側は、しかし、軍服姿で一人現れた皇女を前にして強い緊張だけを抱くことになった。


正装して出迎えた女王からは融和の印象を。

一方で、軍服姿の皇女からは距離と敵対心の印象が色濃く映った。


同い年の二人は高等科と大学。

そこではずっとクラスメイトだった。

それこそ席も隣同士。

まぁ、外交上の理由が絡んでいるのは間違いなかったが。


何かとサボり癖はあっても五指に収まるシルビアとは真逆。

気位が高過ぎることで周囲が近寄り難いユフィーリアの成績。

此方は常に三指に収まっていた。


学業では好成績を当然と修めるユフィーリアではあったが。

剣を使った模擬試合。

シルビアが得意とする独壇場へ挑むユフィーリアは、しかし、此処では完敗としか言えない敗北を舐めさせられた。


周囲がそう呼ぶ『悪戯好きな妖精と猛々しい獅子』な二人は、特に獅子の方が剣の勝負を連日挑んだことは当時の高等科で知らない者が居ない。

勝者は決まって妖精だったが・・・・・

時に揶揄う様な足払いや目くらましを織り交ぜる妖精は、それで獅子から悪戯好きとも皮肉られた。


シャルフィへ贄同然に送られたユフィーリアは、その為人が絡んで周囲から憎悪に満ちた反感を買う役にはなった。

無論、王宮内でも歓迎の空気は薄かった。

付け加えると、外交上の措置と上からの命令でなければ警護に就きたいと志願する者も居ない。

そうした状況に置かれていたユフィーリアは留学した最初の一年。

そこで幾度も暴漢に襲われることになった。


もっとも。

この時は寧ろ、襲った暴漢が哀れに映るくらいこっ酷くやられている。

そして、公には外交問題に発展してもおかしくない事案ではあったが。


『挑みたい者は何時でも挑んで来るが良い。だが、私はか弱い姫などではない。帝国軍元帥にして、これまでの戦歴に逃走は無い。当然、降りかかる火の粉はこれを全力で排除するだけである』


定期的に行われる女王の演説。

そこで改めて紹介されたユフィーリアの、宣戦布告とも受け取れるこの挨拶。

だからこそ、最初の一年間は特に暴漢が返り討ちに遭う。

そのため。

警護に就く者達は帝国の皇女を守るのではなく。

寧ろ、力量差を全く分かっていない哀れな暴漢を時に実力で宥める。

そういう役回りがいつしか常だった。


しかし、当時は宰相として国政を担ってきたスレインの悩みの種であったことも事実。

一方で、宰相の悩みは自由奔放な妖精によって解決へ至った・・・・結果的にではある。


毎日のように剣を交えたからこそ。

それで理解る部分が生まれた。

後になってそう述べた妖精は、日々挑んで来る獅子。

留学当初は学生寮の個室で、周りと同じように生活していた獅子の部屋には、いつしか妖精が住み込む様になっていた。

一つしかないベッドの半分を占拠すると、傍迷惑だと凄む獅子の隣で、終わるを知らない囀りを続ける妖精。


しばらくの後、ユフィーリアは王宮に在る迎賓館に居を移す事になる。

背景には、一般の女子寮に住み着いた女王が百合百合しい武勇伝を作ったからではあるが・・・・・

父親の遺伝子。

それは確かに受け継がれたようである。


ユフィーリアはある意味で、間違いなく生贄になった。

もっとも、先に女王の親友二人。

既に餌食となった園へ。

だからユフィーリアも当然のように引き摺り込まれた。


結果的にではあるが。

これによってユフィーリアの刺々しさが幾分かは柔らかくもなった。

同時に、それまでの好戦的な素振りすらも。

相手が行き過ぎない限り・・・・ユフィーリアは穏便に努められるようになった・・・らしい。


やがて、ユフィーリアはシャルフィの大学を卒業後。

父である皇帝の命によって故国へと帰った。


その頃のユフィーリアはというと・・・・・

性格や為人には相変わらずの反感を買っても。

卑怯とは無縁。

公正で堂々とした振る舞い。

それで認める者達が多々あった。


シルビアには好き放題されることも常だったが。

気付けば腐れ縁。

そうとしか言えない関係は、互いの実力を認め合った部分が根底にある。


故国では初等科にしか通えず。

しかも中途退学。

当然だが、友人は一人もいない。


にもかかわらず。

生贄同然に送られたシャルフィで、此処では無二の友人を得られた。


ユフィーリアにとって、此処シャルフィで過ごした数年間がもたらしたもの。

それまで唯一だった唯我独尊と、絶対の自分が跪かせる世界。


今は多様な価値観の中で、何れ座る玉座と、そうして治める帝国の在り様。

漠然とでも、未来は友と共に在るべきだと抱けるようになっていた。


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