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第10話 ◆・・・ 追憶 ~作られた幻~ ・・・◆


アスランの様子がおかしい。

朝食の折、そう感じ取ったシルビアの思考は午前の政務中・・・・・

いつからそうだったのか。


意識を傾けて思い起こそうとする都度。

今日は、その度にカーラから小言を突き刺される羽目になった。


昼食の時間、我が子へ何かあったのかと尋ねはしたものの。

これも結局は何か伏せられた感だけを強く抱いた。

アスランとの会話を通して、シルビアが特に強く感じ取った・・・我が子が自分のことを気遣っている。

だから、何かあったのは間違いない。

それも自分が何処かしらで関わっている。


一年ぶりに再会した我が子は、最後に会った時と比べて確かに変わって見えた。

けれど、変わっていないと抱く所へ。

この安心感は、同じくらいの複雑で占められた。


シルビアは昼食の後で直ぐ。

頭では分かっていても苦手意識が拭えない。

しかし、あった筈の何かは把握しなければならない。

意を決して今度は苦手なご先祖様。

その瓜二つな妹の方へ。

これ以上ない強張りで、傍目にも映る酷い緊張を抱きながら足を運んだ。


双子だけあって真っ直ぐ向けられるあの視線。

これがシルビアの中では最も重なる。

同時に最も怖い記憶だけが掘り起こされた。


赴く途中。

シルビアは内心、必死に『この御方は妹の方』だと言い聞かせた。

それこそ自身へ、強い暗示をかけるかのように。

そして、今朝のアスランから感じ取った部分。

間違いなく何かあった筈のそれを。

失礼の無い挨拶の後、殊更意識して丁重に尋ねた。


『マイロードがそう話したのであれば。その通りなのでしょう』


剣神ティルフィング。

そう名乗った偉大なご先祖様の妹君を、しかし、我が子だけはこの御方を当たり前のようにティアリスと呼んでいる。

一方で、その妹君。

此方は誰に憚ることも無く、我が子を自分の王だと誇らしく振る舞っている。


公に残っている歴史でも、騎士王ユミナ・フラウに妹がいたくらい。

それくらいは知られている。


ただし。

知られている部分に、妹の名は記されていない。

同様に当時の聖騎士団についてもそう。

騎士王と共に名を馳せた聖騎士団の事は記録に残っている。

にもかかわらず、騎士団長を始めとした中核に在る筈の者達。

普通に考えれば名を残していて当然。

だが、これもまた揃って跡を残していない。


もっとも。

これらは全てが『廃れた言語』によるところもあるのだろう。

故に今も判明していない。

この程度は大学の専攻科で歴史を深く学べば、当然の内にも収まる。


けれど。

シャルフィの王位を継ぐことを認められた唯一人。

その者には同じリーベイア世界の、そこで意図的に消された事実。

当事者の手によって故意に消し去られた真相と、そうしなければならなかった背景が脈々と受け継がれて来た。


シルビアは剣神ティルフィングとの短い会談の最中。

そこでも何かあったくらいを確信した。

ただ、この剣神は自分の主へ。

此方の付け入る隙が無いほど忠義建てしている。


シルビアは結局、アスランのことでは何一つ聞き出すことが出来なかった。


それでも。

シルビアはティルフィングへ。

まだ日は浅くとも。

我が子がティルフィングを尊敬する部分には、それで胸中が複雑に占められても。

理解る所を認めている自覚もあった。


-----


午後の政務中。

シルビアは机の上に在る書類へ目を通しながら。

午前中よりも強くなった疑念は、思考を今も気になる我が子のことで一層深い所へ。

不意に、父から告げられたあの場面が鮮明に甦った。


『現在も続くシャルフィの王位。ただし、カリバーンに認められない以上。その座はあくまで〝代理”に過ぎない』


これを私に話してくれた父様は、それこそ二人きりで宝物殿の最奥。

私も触れられなかったカリバーンのある祭壇を、普段は見られない真剣な眼差しで見つめていた。


『何れ18の誕生日を迎えれば。その時にはシルビア・・・お前も招かれる。そして、知ることになるはずだ』


-選定の儀-

シャルフィ王家の、それこそ現在の王から次代の王へのみ受け継がれた儀式は、選定の呼び名の他に、継承という表現が使われることもある。

現在の王は、かつての自身がそうだったように。

先ず、コールブランドを用いた最初にして一度きりの候補者選びを行う。

ここで血を継いだ子供達の中より選ばれた唯一人は、そこから儀式に向けて剣を学ぶ。


父の口からそう聞いた当時のシルビアは、だからこそ、儀式では何かと戦わされる・・・・

そんな風には抱いた。


まさか、王国の始祖。

騎士王ユミナ・フラウと剣を交えるなどは、当時のシルビアも想像していなかった。

そして、これ以上ない恐怖を体験した後のシルビアだからこそ理解る事もある。


ご先祖様は紛れも無く最強にして無比。

聖剣を使い熟す騎士王の恐ろしさは、これと直に交えなければ理解らない。

儀式を受ける最中、その時のシルビアは、日頃の母の尻に敷かれる父。

高等科へ入学した娘へ当然と『一緒に風呂に入ろう』等と誘うスケベな父親が、実は偉大な存在だった事を思い知らされた。


18歳の誕生日。

その翌日。

シルビアは王国の始祖ユミナ・フラウから相応しいかを試された。


後になって、この件は内容を他者に明かすことを一切許されない。

禁を犯そうとすれば、誓約によって声を発せなくなる。

文字等にして残そうとしても、この誓約は死を直感させるだけの苦痛を与えて意識を奪い去る。

今日現在も、それはシルビアを呪いのように縛り付けている。


シルビアは18歳になった翌日の朝。

その日も普段と変わらない朝を迎えた。

いつもと同じように目を覚まして、それから着替えと身支度を整える。

寝室の扉の向こうから聞こえて来るエレナの声もそう。


・・・シルビィ♪朝食の用意が出来ているから。だから早く起きて来なさい・・・


これもいつものこと。

エレナはお母さんのように私の世話をしてくれる。

ちょっと過保護だけど・・・・・


姿見の出来る鏡台を前に、身形のチェックをしていたシルビアも扉の向こうへ返事を返しながら。

間もなく、いつもと同じようにドアノブを握って押し開けた。


そう。

此処までは当然の日常だった。


なのに。

ドアを開けたシルビアの瞳が映した場所。

一瞬、自分は夢でも見ているのだろうか・・・・・

映ったのはエレナが居る筈のリビング・・・ではなく、一面緑の大草原。

吹き抜ける風に乗せられたカミツレの香りも。

果ての無い碧い空の下で、カミツレは緑の大地のそこかしこに咲いていた。


呆然と立ち尽くし。

ハッとした時には、もう背後の寝室さえ跡形もなく消えていた。


これが夢か現実かさえ分からず混乱するシルビアへ。

やがて、背後から届いた若い女性の声が、反射的に振り返った瞳はそこで。

見覚えのある鞘に収められた剣を地面に突き立てた姿勢で此方を見つめている・・・・・


『貴女も父親から今日の事くらいは聞いている筈。今から選定の儀を始めます』


未だ混乱から完全には抜け出せていない。

ただ、そんなことはお構いなしに。

シルビアの映す女性は自らをユミナ・フラウとはっきり名乗った後。

此処は自分が作った自分だけの世界。

そこへシルビアを招いた。

招いた理由。

それこそ、王として相応しいかを見定めるためだと・・・・・


騎士王ユミナ・フラウは、鞘から美しい剣を抜くと、その切っ先は真っ直ぐシルビアへ向けられた。


途端に慌てたを隠せないシルビアが尋ねた剣を交える理由。

半ば叫ぶような感の声は、何故それが必要なのか。

剣先を突き付けた姿勢を崩さない騎士王は、狼狽えるシルビアを鼻で笑った。


・・・・・先ず、貴女に名を継ぐだけの実力が有るのかを。それを私自ら見定めます・・・・・


平然とした口調で、シルビアは騎士王から『父親から今日の日に備えて、剣の修行を課されたはず』だと告げられた後。

そこから直ぐ、シルビアは騎士王と剣を交えた。

最初は気持ちの整理が全く出来ていなかった。

だから、地に足の着かない感で防戦一方となってしまったシルビアだったが。


そこから意識が目の前の騎士王へ傾く中で・・・・・

確かに手強い相手なのは間違いない。

だが、油断しなければ。

この勝負は、流れの何処かで自分も勝機を掴めると思えた。


・・・・・まさか。あんな真剣な表情で遊ばれていたとは思ってもみなかった・・・・・


一厘の隙も油断も作れない勝負は一進一退。

あの時点までは拮抗したとも言える一騎打ち。

だから。

凌ぎ続ければ、必ず勝機は何処かで巡って来る。


なのに・・・・・

自分は最初からずっと遊ばれていた。


あの瞬間まで、騎士王は真剣な面差しで・・・・纏う空気もそうだった。


『なる程、そこそこには楽しめるようですね。私が遊べる程度には双剣を扱える・・・といった程度でしょうか』


この直前まで、荒い呼吸が互いの両肩を大きく上下させていた。

それくらいの激しい一騎打ち・・・だった筈。


蓄積した疲労で呼吸が整わないシルビアが映した騎士王の笑み。

殆ど反射的に、それは考えるよりも速く全身を恐怖で満たした。


最初からずっと演じていた。

シルビアの思考がそこへ至った時。

騎士王は態と掠る程度の傷を受けていたこと。

自分の消耗に合わせて同じ様に消耗している。

そう映るだけの巧みな演技が指す意図。


此方はずっと全力でも。

騎士王は毛ほどにも実力を見せていなかった。


刹那・・・・・

シルビアは人生で初めて、その身を剣で刺し貫かれた。


-----


胸に突き刺さった騎士王の剣は直後、不快な塊が体内を抉りながら背骨まで激痛を走らせた。

一気に骨も肉も突き破られる感触は最後。

それこそ背骨を砕いた剣先が皮膚をも突き破った感触さえ記憶へ焼き付けた。


シルビアは、生れて初めて死を直感した・・・後で直ぐ、全快と表現しても過言でない。

ここで奇跡としか言えないような治癒を施された。


儀式は此処から。

シルビアにとっては、瀕死と全快だけを延々と繰り返させた。

致命傷は死の間際で全快へ。

全快して直ぐ死の縁へ追いやられた。


身体は無事でも。

心はズタズタ。

今だからこそ、それくらい精神は危機にあったように思える。


自我が壊れた。

そうも言える極限状態の中で、その時のシルビアは恐らく目くらまし。

何をどうしてそうなったのかさえ憶えがない。

ただ、気付いた時には既に身を隠していた。


シルビアは幼い頃からかくれんぼの天才・・・・

父と母だけでなく、似たような表現は親友や先生からも。


剣では絶対に勝てない。

正面から対峙する事にさえ心は拒絶すると、指先一つ動こうとしなかった。

シルビアの生存本能は、終わりが来るまで身を隠すことを選んだ。


儀式の終わり。

結果的に、それは才能によってもたらされた。


シャルフィの王位。

既に即位を済ませているシルビアは、これも騎士王から『代行者』としてのみ承認された。

もっとも・・・・・

騎士王が探すのに飽きるまで、『ひたすら隠れ続けられた』からこそでもある。

その騎士王から『貴女に名を継ぐ資格はありません』と、それは一騎打ちで逃げた者へ。

ただし、名とは何なのか?

シルビアの疑問は、それは資格無しを理由に教えては貰えなかった。


遊び飽きた騎士王は、新たな代行者を屋敷へ招いた。

最も大事な話をしなければならないからと・・・・・


そして、今の世界は勿論。

それまでのシルビアも知らなかったもう一つの歴史。

騎士王はシルビアへ。

自らが意図して隠した事実を明かした。


『現在のアルデリアは邪教が終焉を迎えた場所。まぁ、それくらいも私が意図して残した事実ですが。同時に意図して残さなかった事実もあります』


招かれた部屋は荘厳や華美といった表現からは程遠い。

何方かと言えば、質素という表現の方が似合っている。

けれど、華やかに映らずとも気品があった。


シルビアは、騎士王が語ったその言葉の意味。

意図と表現した部分へ。

漠然とでも、何か良くない緊張感だけが強く残った。


『現在はヘイムダルと呼ばれる彼の地ですが。そこには私が生まれる以前。グリモア・インペリウムと呼ばれる最も禍々しい国家が在りました。当時のリーベイア世界における災厄の源とも言い切れる彼の国は現在で言うところの魔導。その力を用いて此処とは異なる世界から災厄の化身を招来させた事もあります』


じっと聞いているシルビアの緊張し切った表情を他所に。

騎士王は一度、間を置く様に紅茶を口元へ。

渇いた喉を軽く潤した所で、視線は再びシルビアを映した。


『現代に魔導と呼ばれる力が再び甦ったくらい。それくらいは私も把握しています。そして、現代に蘇った程度。その程度くらいの魔導であれば災厄には至らないでしょう。ですが』


ですが・・・と間を置いた時間。

室内をそれまで以上に強い緊張で一気に満たした空気は、じっと続きを待つシルビアを一層の縛り付けた感で包み込んだ。


『グリモア・インペリウム。災厄を招来させたあの一族の末裔が全くいないとは言い切れないのです。私の時代で根絶させた・・・と思いたい所ですが。何せ不滅を象る存在ですからね』


それまで恐怖一色。

そうも映った騎士王の瞳が、不意に悪戯を好む色合いを灯した。


『まぁ、グリモア・インペリウムについては、そういう理由もあって表現を邪教に変えて記録に残しました』


つまり・・・

シルビアは自分の知る歴史で邪教と扱われる部分。

教科書では起源が不明と記された発祥についても。

騎士王は発祥地が現在のヘイムダル帝国にある。

そして、邪教はアルデリアで終焉を迎えた・・・・


でも、何故?

その事実を意図して隠した理由。

シルビアには此処の線が未だ繋がらない。

当然の疑問に、騎士王はこれも分かっている感で頷いた。


『グリモア・インペリウム。その国にいた全ての者達が災厄を招いた・・・訳ではありません。寧ろ、殆どの民達は贄同然。虐げられた存在です。たった一握り・・・その程度の狂信者達のために虐げられてきた。未来に偏見や差別といった禍根を残さない為には、事実を隠蔽する程度。それくらいは仕方なかったのです』


語られた歴史は、シルビアが学んだ歴史に僅かにも載っていない。

ただ、話を聞いて何となくくらいの理解は出来る。

暗黒時代の黒幕と呼べる邪教について。

恐らく発祥の土地で生まれただけの者達は、目の前の騎士王が語った内容だけで酷い扱いを受けていた。

それくらいは十分に想像もつく。


シルビアは邪教を、暗黒時代を生み出した元凶。

学校ではそう習った。

そして、邪教は目の前に座るご先祖様が討伐した。


ただ、学校の教科書の中にある邪教。

先に聞いた発祥の事も含めて、載っていない不明な事実が幾つも在る。


教科書の中にある邪教とは、先ず民に酷い圧政を強いた。

そして、邪教に異端とされた民は生きたまま焼かれた。

執り行われる祭事では、神への捧げものとして、死を強要された娘達もいる。

他にも、邪教の支配地ではカーストという階級差別の社会構造が作られていた。

そこでは上の階級の者が下の階級にある者達を、それこそ勝手気ままに虐げることが当然と認められていた。

特に大多数にして最下層に置かれた民達に、現在で言うところの人権等というものは無かった。

それどころか最下層では飢えや飢餓が平然とあるせいで、信じ難い事に赤子を始めとした人肉を食して生き延びる。

そういう禍々しい文化が蔓延していたらしい。


大学まで通ったシルビアが学んだ暗黒時代。

初等科から大学までの教科書には、過程によって露骨な表現を避ける等。

けれど、一様にこうした記述くらいが載っている。

そして、この暗黒と呼ばれた時代は、目の前で紅茶を片手に寛いでいる。

今も騎士王の名で跡を残しているご先祖様が終わらせた。


邪教は滅んだ。

これも授業で学んだこと。

教会でもこの部分はよく教えられる。

けれど、この点。

騎士王は先に否定したような言い回しもした。


シルビアが抱いたこの疑問。

その疑問に、騎士王はまた紅茶を口に運ぶ程度。

それくらいを待たせると、ここも悪戯を思い付いた小悪魔のような笑みを覗かせた。


『では、はっきり言いましょう。滅んでなどいません。と言うよりも、彼らは不滅です』


シルビアはこの時になって『輪廻の双竜(ウロボロス)』の存在を知った。


暗黒時代と邪教の存在。

けれど、この時代を生み出したのも。

それ以前の時代に生きた人間達が悪戯に作った偏見や差別。

当時には既に定着した固定概念が生み出した負の産物。

ただ一方的に虐げられた者達にとって。

その拠り所となったそれが、後の邪教にまで成長してしまったに過ぎない。


『単純にですが。誰しもが持つ負の側面。これがそこまでになったと言えば・・・まぁ、信じ難いとも思いますが。けれど、これも真実です。故に、シャルフィの王位を代行する者について。私はこの儀式を通して故国が邪に傾かぬよう。そのため特に厳しく戒めている・・・に過ぎません』


ウロボロスは不滅。

何れ、時代の何処かで再びの隆盛を迎える危惧が拭えない以上。

そのため、シャルフィの王は抑止力としても在り続けなければならない。


騎士王は新たな代行者へ。

だからこそ。

相応しい者を選ぶための儀式が在るのだと告げた。


-----


父であり王でもあったフォルスの死。

報せは突然のように届けられた。

その訃報から間を置かず。

当時、何一つ納得も受け入れも出来ていなかったシルビアは葬儀よりも先に。

これ以上を無い。

真剣よりも怖さを滲ませた宰相と騎士団長によって。

とかく急かされる様に王の地位へ就かされた。


仲睦まじい国王夫妻の訃報。

突然の報せは、しかし、当時のシャルフィ国内を満たしたのは、ヘイムダル帝国との間で一触即発の空気のみ。

それこそ世論の大勢は、『今直ぐ戦端が開かれても当然』を占めた。


ヘイムダル帝国から届けられた公式の報せ。

明記された専用機の事故が、国王夫妻を死に追いやった。

原因についても、シャルフィの技師が見落とした・・・・・

初歩的な整備不良が招いた当然の事故と決めつけた内容へ。


しかし、一方で国内世論は『計画的な暗殺』の声が圧倒数を占めた。

それくらい。

当時以前からのヘイムダル帝国は、自国の利権のためになら。

当然と嘘による正当化を、常套手段として用いる。


ヘイムダルがそういう国だという認識は、こんな事は誰でも知っている。

結果、一部の過激な声が『ヘイムダル討伐』を、此方も当然のように掲げた。


事件後の国内情勢は、瞬く間に不安定になると危機的とも言える状況へ陥った。

取り分け、その要素を作ったのが極一部の過激な者達の犯行。


憤怒の矛先は、シャルフィを訪れていたヘイムダルからの旅行者だけでなく。

ヘイムダルから国籍を移して暮らす者達まで探し出すと、見せしめの如く襲った。

それこそ、ただ生まれがヘイムダルという程度な理由で。

小さな子供までが、両親の何れかがヘイムダル出身という理由で命を奪われる事件さえ・・・・・


短期間で、危機とも言えたあの状況から辛くも建て直せた。

新聞では、これを即位したばかりの未だ若過ぎる女王の手腕として殊更持ち上げた。


それまでの国内を占めた憎悪の空気へ。

両親を失った女王の口から紡がれた『父も母も。こんな事を決して望んだりはしない』の声明。


女王は敢然と、シャルフィには建国の理念と、そこから生まれた法が在る。

故に、他所の生まれであっても。

この理念と法を守るのであれば。

滞在も永続的な居住をも認めると・・・・・


女王の声明は最後。


・・・・・如何な理由であっても。シャルフィの目指す平和への理念と法を犯したの者は裁かれる・・・・・


宣言とも呼べる声明を機に、それまでは愛らしい王女。

壇上では両親を失った悲しみで嗚咽を漏らし、涙を流す場面も在った。

未だ17歳の少女が、溢れる涙を必死に堪えながら。

痛々しいを感じさせる強い声で、両親の志を継ぐと語ったことへ。


王都の中央広場で、集まった国民の感情は、この宣言によって突き動かされた。


以降、新聞と広報では、女王の言葉を用いると、過激な存在を非難の的として吊し上げる。

そういう世論作りも、意図して行われた。


突然の即位は、事実、政治的な実力へ不安はあっても。

未だ若過ぎる女王が抱える悲しみと、それを堪えながら今の難局を乗り越えようと頑張る姿勢へ。

強く良心へ訴えるものが在る。

心情的に応援したくなるように。


記事に使われる表現描写は、世論受けの狙いは言うまでもなく。

販売部数の増加で得られる利益が多分に絡んだ事もそう。

だから・・・・・

執筆する記者達は一様に、悲劇の題材を未来志向へ繋げる美談へと飾り立てた。


結果、シャルフィは一先ず危機的な状態を脱するに至ったのである。


女王シルビアは、この日以降。

それで確かに一層の脚光を浴びると、内外から以前までとは異なる意味で。

特に注目される存在となった。


-----


中央広場で行われた宣言。

後のシルビアが『聖女』と謳われるようになった発端と背景は此処に在る。


そう・・・・・

あの宣言に至るまでの舞台裏。

時間を遡れば、訃報が届けられたその日からずっと。

本当のシルビアは、大好きな両親を失った悲しみで塞ぎ込んでいた。


やや叱り口調で『学校に遅れるから起きなさい』と肩を揺する母の声・・・・・

こめかみをピクつかせる母を他所に、父は当然と『学校なんざ適当にサボるくらいで構わない』と言ってくれる。

ずっと当たり前だったはずの日々・・・・・


最初、事故で死んだと聞いた時は、意味が分からなかった。

というか信じられなかった。


でも、私にその事を報せたスレイン先生の表情。

叱る時でさえ声も表情も優しかった先生の、だから、あんな表情は初めて。


殆ど覚えていない。

だけど、エレナとカーラが何かと話し掛けてくれた。

後から知ったリーザが毎日ずっと傍にいたなんて珍しい事もそう。

けど、何を食べたとか何を話したとか・・・・・


いつからそうだったのかさえ憶えていない。

私は父様と母様の寝所に。

扉に鍵を掛けて独り籠っていた。


何もする気が起きなかった。

だから、本当の私は何もしていない。

父様と母様が使っていた大きなベッドに横たわっていただけ。

此処で眠れば。

夢の中でなら会える。


もしかしたら・・・・・

こっちが悪夢で、きっと母様が煩く起こしてくれるはず。


起きていると涙が止まらない。

それでいて凄く寂しくて・・・・・

何故、私の父様と母様が・・・って何度も同じことを延々と。


最後は決まって。


・・・・・ヘイムダルなんか。この世界から消えてしまえ・・・・・


常に味方だったから特に大好きな父。

時々は喧嘩もしたし、それで煩わしいと抱きもした厳しい母。

だけど、居るのが当たり前だった。


ヘイムダルに両親を殺された。

事故死という報せ。

そんなの・・・都合のいい嘘だって分かってた。


シルビアを覆う哀しみ。

それは怒りを孕んで、表情に現れるほど内側に憎悪だけを満たした。


この時の本当のシルビアは、ヘイムダル帝国を心底滅ぼしたい。

それくらい激しく憎んでいた。


-----


シルビアが亡くなった両親の寝室に閉じ籠っている間。

取り分け、シャルフィの不安定に陥った治安。

これが訃報直後からの極端に悪化した状況。

それと比較すれば、そこからは持ち直した。


全ては聖賢宰相の尽力が生んだ賜物。

何もしていないシルビアは、聖賢宰相が奏上した献策。

これも全て事後報告だったが・・・・・


その時の私は、何日もずっと両親の寝所に鍵を掛けて籠っていたのだから当然。

ただ、それは突然ドアが壊されたことで終わりを告げた。


壊したのはカーラ。

最初、大きな木槌で殴られたドアは、バリバリっと音を立てた。

それで驚いた私の目の前で、何度も叩きつけられた木槌と、穴をあけられたように壊されたドアは、片側が潰れたドアノブがベッドの上までビュンって飛んできた。

そこからドアノブを失った扉がきしむ様な音を上げて開いた後。


木槌を振り回したせいか、カーラは両肩で大きく息を繰り返していた。

だけど、私を睨むカーラの瞳。

あの泣き腫らした瞳で凄く怒鳴られたのも、そこからはよく憶えている。


・・・・・貴女は、貴女はもう王様なのよ。なのに、なのにいつまで引き籠っているのよ・・・・・


叱るカーラに腕を掴まれて。

此処に居たい私は抵抗しようとして。

だけどその時に、私にはもう抵抗する力も残っていないほど弱り切っていたことを自覚した。


カーテンも閉め切った暗い寝所。

そんな場所からカーラは力任せに私を引き摺り出した。

引き摺り出された私は見慣れた筈の場所なのに。

この時は外の明るさが眩し過ぎた。


・・・・・シルビア。私だって大好きなユリナ様が死んだなんて。だから凄く悲しかった。私はユリナ様から。もっとたくさん教えて貰いたかった!!・・・・・


自分では腕一つ上げられない。

全然力が入らない私を、また叱ったカーラの抱きしめる腕が。

痛いのに、満たされる。

それまでポッカリ空いて満たせなかったのに。


カーラがドアを壊す前。

私はもう生きる気力も無かった。

違う。

生きている感覚が何なのか。

それさえ分からなかった。


在ったのは一つだけ。

私はもう・・・独りで居たくなかった。


カーラに抱きしめられながら。

気付いた時には自分でもあり得ない。

それくらい大きな声で泣いていた。


泣きながら自分が何を口にしたのか。

それをよくは憶えていない。

ただ、私が大きな声で泣いている間ずっと・・・・・

カーラは私をギュッと抱きしめていてくれた。


私は独りじゃない。

ポッカリ空いていた筈のそれは、泣き止んだ時にはもう。

いっぱいに満たされていた。

代わりに、それまで訴えなかった食欲。

私のお腹は、これでもかと盛大に訴えてくれた。


エレナが私のために作ってくれた食事。

本当に美味しかった。

貪るようにガツガツ食べる私を、カーラは外では見せられない。

そう呆れ声で笑う隣で、エレナまで可笑しそうに笑っていた。


父様と母様にはもう会えない。

けど、私はまだ独りじゃない。

親友二人のおかげで。

私はどうにか生きる気力だけを、ようやく取り戻せた。


それからしばらくはずっと、何をするのにも二人の親友が傍にいた。

ちゃんと食事が出来るようになっても。

それでも、悲しみと寂しさは波のように何度もやって来る。

そんな時、二人の親友は両親との思い出。

母様がどんな人だったのか。

父様が若い頃は女の敵としか言えない伝説を作った話とか。


独りで思い出していた時は、ずっと悲しくて寂しかったのに。

三人でする思い出話は、特に父様の武勇伝。

それが、お腹が痛くなるくらい笑えた。


いつだって親友が居る。

夜眠る時も。

私が使っていた大きなベッドには、両隣に親友が居てくれた。


独りで眠るのが怖いとか寂しい。

そんな私を、カーラは露骨な呆れ顔。

でも。

エレナを誘って一緒に寝てくれる。


この頃の私は未だ休んでいる学校のことも。

それから即位したと言っても。

政治のことなんか何も考えたくない・・・・・


だから・・・全部。

スレイン先生のした事へ。

私は、自分も何かしよう。

そういうやる気が起きなくて。

ただ、頷いたのと・・・後は父様が使っていた国璽をポンポン押しただけ。

名前を書くのも、それさえ面倒くさかった。


それから更にしばらく・・・・・

親友二人が私のために何かとしてくれる。

それで、自分でも少しは頑張ろう。

そうちょっとだけは思えるようになった。


エレナとカーラは、即位した私のために世話役とか秘書の様なことをし始めた。

政治のことなんか何も理解っていない私は、当時は高等科の生徒だったこともある。

ずっと休んでいた高等科にも通えるくらい前向きになった頃。

私は自分の意志で、自分からスレイン先生の所へ政治を学びに通い始めた。


スレイン先生は当時、聖賢宰相として最も多忙だった。

それでも、スレイン先生は私に政治の在り様。

私と一緒に机を並べた親友二人にも、先生は一から分かりやすく教えてくれた。


父と母が、スレイン先生を最も頼りにしていた。

その事実を、私は一番近い所から見続けて来た。

だから。

自分がこれから王として政治に携わって行くのであれば。

先生から政治を学ぶのが一番だとそう思えた。


父と母を失くした私が、その日から此処までに使った時間。

本当の私を、聖賢宰相は隠し続けていた。

同時に、本当は聖賢宰相の功績と評価される全て。

それを全部。

聖賢宰相は私の功績として世に示した。


それは筋が違う。

親友が居ることで前向きに歩き始められた私は、だから、スレイン先生の真の意図を未だ理解っていなかった。


真実の立役者は意図的に隠された。

そして、内に向けてはシャルフィの国民を安心させられる。

外に向けては、新たな王が若輩なのは事実。

だが、既に相応の実力を示した侮れない存在。


・・・・・たとえ、それが今は意図して作り上げた幻であっても・・・・・


聖賢宰相は歩き始めたばかりの女王へ。

自らが作った幻。

この罪過への償いは、故に本物を追い付かせる。

その時まで自分が身命を賭して導く・・・・・


聖賢宰相は、自身も生まれ育ったシャルフィが、ただ怒りと憎しみで染まることを決して望まない。

それこそ、シルビアの両親。

フォルスもユリナもシャルフィを愛していた。

だからこそ。

二人の死が引き金になって起きた現在の状況。

今のシャルフィに未来を示せるのは、両親を失った悲しみから始まった現在のシャルフィの在り様を望まない。

父と母が愛した故国へ立ち返らせる。

これを行えるのは、故に王だけが持つ特別とも言える影響力だけ。


当時の未熟を自覚出来るようになったシルビアへ。

それすら進言した聖賢宰相は『今、この役を演じきれるのは貴女だけです』と、強く背中を押して送り出した。

そして、シルビアは中央広場に集まった多くの国民へ向けて。

後に、聖女と謳われるようになるシルビアは、この瞬間から始まったのである。


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スレイン先生は、公式行事での私が愛想よく振る舞って。

それも舞台女優のような演技で、誰からも愛される淑やかな王女をやっていたくらい。

ぜ~んぶ・・・・ちゃんと、見抜いていた。


騎士王は、故国が邪に傾かないように・・・・・

それは聞いていたシルビアが、自身のことを叱られた。

そう抱くような重みが胸の奥を占めた。


叱られて当然だと思える胸の内で、即位から今日までを思い起こしたシルビアの、今さっきからずっと湧き上がって抑えが効かない感情。

溢れるくらいの想いが頬を流れても。

王の在り様。

聖賢宰相が傍に居てくれた事を、今は騎士王から告げられた儀式の意味と重ね合わせて。

嗚咽を漏らすシルビアを満たしたもの。

それは感謝だった。


騎士王は、泣き顔を見られたくない。

今も肩を震わせながら下を向いている新たな代行者へ。

感情が少し落ち着くまでを待った後。


『このウロボロスの存在ですが。貴女の両親を殺したのも。恐らくは彼らの側に在る者達です』


此処へ来てのこの発言。

驚きを隠さないシルビアへ。

一方の騎士王は、冷めたとも感じさせる平然とした声で『もう一つ。貴女は既に狙われていることを自覚するように』と、泣き腫らしたシルビアは一転。

向けられる真剣な眼差しを前にして、表情が凍り付いた。


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