第8話 ◆・・・ 取り巻く思惑の中で ・・・◆
シャルフィの暦は真夏の8月へ。
ただ、日の当たる時間帯の暑さは相当でも。
東西の山脈から吹き降ろされる風。
この風の恩恵が在るからこそ。
暑くても過ごしやすい。
と、昔の人達はこう口を揃える。
しかし、それも現在は発展した魔導技術によって。
導力式のエアコンは、稼働させれば冷風を送り出す。
昔のように風の抜ける側へ窓を開けなくとも、逆に閉め切った室内温度はエアコンによって快適な空間を作り出した。
時代は確かに変わったのである。
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王宮で暮らすようになってから既に半月以上。
新しい生活にも初めの頃と比べて慣れはした。
今は暑さの厳しい8月の中旬を過ごすアスランも、先日にはカーラから月末に叙任式を行うくらいは聞いている。
ただ、学校への入学は9月に行われる実力考査の後。
アスランが通うのは王宮に在る専門学校の騎士科。
その中の初等科という部分は説明も受けた。
他にも、幼年騎士という身分。
これが従騎士と同格である点は、ただし、初等科に在籍する期間は呼称が幼年騎士となる。
後は、幼年騎士が女王陛下の直轄に在るくらいなど。
今現在、幼年騎士のアスランがこれから先で従騎士になるための条件。
単純に初等科を卒業して中等科へ進学するだけ。
他に、幼年騎士は初等科での定期試験が免除される扱いにはなっている。
しかし、中等科では従騎士からが受ける定期考査と呼ばれる実技試験は当然。
高等科や大学への進学を希望する生徒は、定期の学科試験も受けなければならない等。
アスランへの説明は、意図してカーラが受け持った。
カーラなりに、母であることを伏せているシルビアへ配慮した部分も在るが・・・・・
それを抜きにしても。
この辺りの説明は自分の方が適任だと理解っていた。
『初等科の定期試験は学期末に行われます。そしてアスラン君の入学は学期途中ではなく新学期からとした事で。此処が理由となって9月の入学という流れになっただけです。ですが、見方を変えれば。今月は騎士の作法をしっかり身に付けられる時間を多く取れる。そういう事でもあります』
騎士科は既に完全単位制を実施している。
また、一学期中に取得しなければならない単位数が定められている事情。
来月に学期末を迎える今からよりは、新学期からの方が良い。
そして、学期末までの残り期間。
この期間で騎士としての作法を学べば、入学までには作法も身に付けられる。
カーラの説明は聞いていたアスランにも納得しやすかった。
もっとも。
真相はまた別に在る。
実はアスランが此処へ来てからというもの、我が子可愛さでとにかく傍に置きたい。
学校も別に今直ぐでなくとも構わない。
アスランの入学が9月になった背景。
正確には9月に行われる定期試験の後。
母親の欲望としか言えない意向が強く働いたことでそうなった。
更に。
アスランの9月からの入学も。
それまでに作法がしっかり出来ていることが条件。
ちゃんと出来るようになっていなければ・・・無論。
入学は12月の定期試験の後へ繰り下がる。
当然、これも我が子と思いっきりイチャイチャしたい母親の欲望がそうさせた。
真相は些末にも表に出さず。
そして、カーラはもっともらしく振る舞って説明したが。
暦が8月に入って一週間を過ぎた頃。
指導役から『作法については問題ない』の評価が早速のように届けられた。
故に先日の件もあって、9月の定期試験。
同じ日にアスランの現時点における実力考査を行う運びも決定。
学力評価は騎士科で教鞭を執る教務主任達が、実技評価は指導役のハンスが正式に任された。
執務室では満面の笑みを見せるハンスが『良く出来た子供だ』と褒めるのを他所に、9月から学校へ行かせることになりそうな母親の方はムスッとして頬も膨らませると唇を尖らせた。
カーラは、母親の露骨な不満を平然と無視。
自分は粛々と準備を進めるだけ。
公に知られている『幼年騎士の制度』は、王宮に在る専門学校の一つ。
騎士科を此方の勢力下に置くという計画の表の姿に過ぎない。
アスランの件で若干の修正も行いはしたが。
現在に至って騎士科で教鞭を執る教務主任を含めた教員達は、全員が『女王派』と呼べる派閥に属している。
中でも若手の教師たちは皆、女王と学生時代を共に過ごした同志と呼べる仲間達。
全てはシャルフィに新しい時代を作るため。
そこで欠かせない既得権に支配された旧体制を掃討する幾つもの計画。
要の一つに置いた騎士科の掌握も済ませた今のカーラにとって。
ぬるま湯に浸っている教養科へ干渉する予定はない。
少なくとも今の所は・・・・・
報告を受ける間、女王の隣でいつもと変わらないを装って思案していたカーラは、最後に実技試験の監督官を任されたハンスが退室した後。
殊更呆れたを表すかのような大きな溜息を吐き出した。
「陛下。親馬鹿が過ぎますと周りからも疑われます。それからアスラン様も呆れますよ」
「むぅ~・・・だって、私のアスランは未だ5歳なんだもん」
もん・・・って。
オイ、ゴルァア。
お前は一応、私と同い年だろうが。
カーラの胸の内で一瞬にして臨界を迎えた憤怒。
しかし、ここは堪えると、一先ず押し殺すように吐き出した。
「ですが、身分は既に騎士です」
「でも、子供なんだから良いの」
醜いとしか表現できないバカ母の溺愛っぷり。
場の空気さえも平然と無視らしい。
これは一年間、遠ざけた後遺症だろうか。
「ほほう・・・だから食事と就寝以外に入浴も一緒にしていると」
「当然じゃない♪あのね、あのね。アスランてばねぇ♪もう、髪の毛なんかサラサラでしょ。洗ってあげるのが凄く楽しいのよねぇ」
「ふ~ん・・・そうですか」
「それでね。アスランをこうギュ~って抱きながら寝ると・・・・・」
今日も始まったいつ終わるとも知れない親の馬鹿話。
先日は胸が張ったとかで、5歳になった子供に母乳を与えたら幸せだったなどと。
此方は尋ねもしないし、けれど、この件はアスラン様も辟易したのではないだろうか。
幸せ満開としか言えない笑みで、終わるを知らない母親の話を聞き流しながら。
しかし、カーラはなる程、だから政務で異様に張り切っていられる。
本当に現金な女だと・・・・・
「では、今日も定時で終われるように頑張ってくださいね」
そう。
こうでも言わねば、バカ母の口は止まらない。
アスランが王宮で暮らし始めてから。
事件でも起きない限り。
バカ母は1秒足りとて残業する気も無い。
口はピタッと止まった。
直後、視線は書類へ。
程なくペンを握る手が一気に加速した。
カーラは小さく鼻で笑った後。
今度こそ自分の仕事へと戻った。
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先日にはそんなやり取りもあった。
ただ、あの後で今も見習い扱いにしている貴族の子供。
そう。
女王が孤児を幼年騎士に任命すると宣言した後で、自分の身内を推薦して来た存在から今日。
『陛下が任命された者と敢て比べるまでもありませぬが。イザークは将来を嘱望される逸材にて、当家と縁の在る由緒正しき身の上の者。にもかかわらず、陛下は一体いつまで見習い等という不当な扱いをされるのか。その辺りを直にお伺いしたい』
特に期限は設けていない。
取り分けこの件では、預けている聖騎士の方から取り立てるに十分な評価も得られていない。
此方側の回答へ、露骨な表情は不満の強さだろう。
面と向かって罵詈雑言でもしてくれれば、それだけで潰せるのだが。
では、イザークには一層精進するように伝えると。
表面的には大人しく引き下がった。
シャルフィにおける貴族には、階級とよべるものが存在しない。
一方で、ヘイムダル帝国などの貴族であれば、そこには公侯伯子男の爵位階級も在る。
シャルフィが貴族階級を設けなかった理由。
この辺りは建国の祖が後世にかけて、『厳禁』と定めている部分による。
それでも。
シャルフィの貴族は階級こそ無いだけで、築き上げた富力。
その大きさが明確な上下関係を構築している。
そして、富力と言っても単に財力のみを指す等ということも無い。
金銭や土地といった資産は無論。
政略結婚は、他国の貴族や王族との間ですら幾重にも結ばれている。
今回、シルビアに身内を推薦した貴族にも、ヘイムダル帝国の大貴族との間に代を重ねた縁戚関係が在る。
しかも相手の大貴族の方は皇族との間ですら縁戚関係がある。
故に、身内を推薦してきた貴族が此方へ与えられる影響力。
外交政策へ暗な干渉は、これによって主導権が自分達に在るかのように見せつけられたことさえ度々だった。
今更ではあるが。
シルビアとカーラにとって、この貴族は『目の上のたん瘤』でしかない。
ただ、今日の件に関してはアスランが行方不明だった期間も含めて。
最初は一ヶ月程度、見習いとして様子を見る部分が延び延びになったことも事実。
平静を装っても。
シルビアの内心は謁見中、可愛い我が子を蔑む様な物言いをした貴族へ煮え滾っていた。
一方で、そんな女王の心中さえも手に取るように理解っている。
それでもカーラは、しかし、この件は当事者同士で決着を付けさせよう・・・等と。
思惑の内で、此方の見立てが事実その通りなら。
孤児の方が貴族の子供よりも優秀だと証明される格好の機会。
それを公の場で示す事が出来れば・・・・・
今も頬を膨らませたまま目も座っている。
我が子が絡むとバカ母と化す女王の表情を、レンズ越しに映しながら。
カーラの思考は、アスランを使った害虫の根絶に向けられていた。
・・・・アスラン様が使えるカードであれば。シャルフィに巣食う害虫の掃討。それこそ一気に推し進められるかもしれません・・・・
十年後のアスランであれば確実に使えるカードになる。
それくらいは抱いた。
だが、今の時点で手札に加えよう等と・・・・・
カーラも、あの事があるまでは考えさえしなかった。
そして、アスランのことでは未だ不透明な要素の方が大きい。
故に、来月に行われるアスランの実力考査は、単に今時点の実力を見定める機会・・・等ではない。
否、表向きはそうでも。
これを設けた自身の思惑は別。
実際に見なければ判断出来ない点がある。
けれど、カーラの思考はそこで。
こんな考えを抱くきっかけになった先日の一件。
魔導革命の祖と呼ばれるエリザベートの発言を思い出していた。
あの日、専門家ではない自身とシルビアが立ち会っている中で、一方の二人の専門家とアスランの面談は予定した時間を大きく過ぎた。
面談の目的は、アスランが本当に古代語を読み解けるのか。
夕暮れ時だったこともあって、この面談は何方かと言えば夕食を交えながらの懇談に近い雰囲気の中で行われた後。
テスタロッサ博士が自ら持ち込んでいた解読途中の文献を一つ。
文献と言えば聞こえは良いが、見た目はただの古本。
予め用意したその本について、テスタロッサ博士は意図して詳細を伝えず『この本が読めますか』とだけ。
ただ、受け取ったアスランの方は見開いた直後から集中している。
そう理解るくらい読むことへ意識を向けていた。
途中、読みふけっているアスランへ。
テスタロッサ博士は『何か気付いた事がありましたら、どんどん話してください』と、そしてアスランは視線を本に向けたまま疑問を含めた感想を述べ始めた。
これは専門書ではなく誰かの日記。
神聖歴とは異なるゲンガという年号。
暦も1月から12月で分けている今とは異なって、この本ではサツキ、ヤヨイといった聞いたことの無い分け方がされている。
そして、テスタロッサ博士は、アスランがそこから『ヤマト王朝というのは図書館に在った歴史の本に載っていた名称と同じなのかも』と呟いた所までを聞くと、納得した面持ちで大きく頷いた。
テスタロッサ博士の話によれば、自身もこの本を解読する中で。
途中から日記ではないかと抱いていた。
同時に、アスランが口にした内容。
自分が解読した範囲までの訳が概ね重なっている事を認めた上での私見をこう述べた。
『アスラン君は間違いなく古代語を読み解ける実力を備えている。そう私は断言できます。もうはっきり言って驚きですよ』
面談が予定の時間を大きく過ぎたのは、テスタロッサ博士がアスランを試す目的で用いた文献。
この解読を最後までしてしまった事によるもの。
テスタロッサ博士くらいの実力者でさえ文献の解読は難しいもので月単位。
今回はまだ簡単な文献だと口にしていたが。
それでも半月くらいの時間は要る。
なのに、アスランは二時間程度で訳しながら読み終えた。
示された実力は驚嘆に値する。
最後まで読み終えたアスランの感想。
この日記が書かれた時代の、そこでのありふれた日常を知る事が出来た。
それから時代は違っても。
『人の社会というのは時代が違っても。それでも今と重なる部分も在るんだなって。読んでいて何となくそう感じました』
およそ子供らしくない。
もっと年相応に瞳を輝かせて「面白かった」等の感想で構わないのに。
ただ、それくらいしっかり読み解けたのだろう。
満面の笑みで評価したテスタロッサ博士から『先生の評価はどうでしょうか』と、此処までアスランが文献を読んでいる間は静かに見守っていたエリザベート博士の口から出たあの発言。
『アスラン。あんたは未だ5歳だけどね。もし、その気があるんなら。あたしがあんたを今直ぐメティスへ通えるようにしてやっても良いさね』
エリザベート博士は、そのためになら。
自身が直接ローランディアのフェリシア女王と掛け合っても良いと言い切った。
しかもテスタロッサ博士まで『でしたら、私も。私からも推薦状を出させてください』等と。
偉大な博士が二人。
揃って可愛い孫を見つめる様な面持ちで紡がれた突然の発言だったが。
しかし、女王と自分を驚かせるのに十分過ぎたものだった。
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「マイロード。今日も一日お疲れ様でした」
ティアリスは自分の膝で横向けなって寛いでいる主へ。
その主からの「やっぱりこの膝枕が一番だよね」は、内心で当然です・・・・・
王宮で過ごすようになった主との時間。
自分が直接携わっているのは朝の稽古くらい。
以前は朝の他にも午後の時間に携わることが出来た。
勿論、携わると言っても『此方側の理』でなのだが。
主は午前中、ハンスという名の聖騎士から作法を習っている。
ティアリスはそこへ保護者同然の立場で立ち会ってはいる。
もっとも、指導役にあれこれ口を挟むことはしない。
と言うよりも。
ハンスはティアリスから見ても敬意を払うに値する存在に映っていた。
故に、内心では彼の者が指導役であることに安堵すらしている。
そのハンスの指導が終わると、主は女王と昼食の一時を過ごす。
姉が絡んでいるのは事実だが。
女王は自分が居るだけで緊張してしまう事もある。
憩いの時間に緊張では疲れるだろう。
ティアリスは主の昼食の時間は席を外している。
それから午後。
午後の時間は最初、マリューからダンスの指導を受けている。
ティアリスから見たマリューも、やはり印象としては生真面目に映った。
ただ、生真面目ではあるがとても優しい。
何と言うかこう年の離れた弟の面倒を見る姉のような印象も、そこはマリュー本人には弟も妹もいるらしい。
自然、これも道理だと納得できた。
指導役のマリューが見る側に回る時には、その時には主の相手役を自分が受け持っている。
ミーミルなどは露骨に不満そうだったが。
だが、主は私を指名してくれた。
そう。
私は常に『主の1番』なのだから。
ダンスの授業が終わった後は、そこからは主の自由な時間になっている。
王宮へ来た翌日には孤児院で共に過ごした者達にも会って来た。
それからは週に一度くらい。
今も足を運んで同じ年頃の男女とよく笑い合っている。
普段は子供らしくない印象の主も、けれど、この時だけは子供らしくいられる。
此処は今もこれからも、主が守りたい安寧の一つ。
自由時間の後は入浴と夕食。
それから憩いの時間を挟んで床に就く。
主は入浴も夕食も女王と一緒。
コルナとコルキナは、女王がべったりな姿勢に殺気を孕みもしたが。
姉からそっとしておくようにと。
故に今は大人しくしている。
姉ははっきりとは言わなかった。
だが・・・
マイロードの母親が誰なのか。
私にも察するくらい出来る。
同時に、何故。
何故、マイロードは生まれて間もなく預けられたのか。
姉はその理由だけは語ってくれた。
『母親の両親は揃って奴らの手の者に殺されました。それからアスランを産む直前。今度は母親自身が狙われたのです。ただ、幸いにも母親には両親からも続く多くの味方が居ました。ですが。それ故にアスランを隠す様に預けたという次第です』
輪廻の双竜。
姉の口調から察するに、奴らはその時から行動を起こしていた。
もっとも。今の主はある意味で一番。
そう、一番と言っても過言でないくらい安全な場所にいる。
私は無論。
レーヴァテインとミーミルもだが、此処にはコルナとコルキナが居る。
それから姉も・・・・・
マイロードから一本取られた事が相当悔しかったのだろう。
普段はサロンで怠惰を貪っているが。
その裏ではコルナとコルキナを相手に、錆を落とそうとしている。
そんな姉が最近になって、マイロードに見聞を広めるようにと。
『アスラン。貴方の知る世界は未だ未だ狭い。ですから先ずはシャルフィを知りなさい。具体的には王都をくまなく歩くことが良いでしょう。そこで生きる者達を直に感じて来なさい。どのような暮らしをしているのか。どんな者達が生きているのか。見聞とは与えられるものではありません。自らの足で赴き、そして直に触れることです。これも王になるための修行ですよ』
私もだが、この件はコルナとコルキナも同意見だった。
ミーミルとレーヴァテインも同じように頷いている。
そして、主は翌日から早速。
午後の自由な時間の使い方として、王都を歩くようになった。
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午後は一日の中で一番暑い。
まぁ、それが8月でもあるんだけどね。
僕は今日も王都に出掛けている。
ダンスの練習の後で、着替えを済ませて。
着替えの理由?
えっとね。
街を歩くなら目立たない格好の方が良いって。
ユミナさんにそう言われたから。
コルナも目立つ姿で歩けば見聞を広げるどころではないって。
まぁ、王宮に居る時はこれを着るようにって、それでシルビア様から貰った服は見ただけで凄く高そうなものだったからね。
派手じゃないけど、光沢があって・・・カーラさんは一等級のシルクで作られた服だって言ってたっけ。
王都を歩く時に着る私服は、コルナが用意してくれました。
と言っても、見慣れた子供服だけどね。
Tシャツにハーフパンツとサンダル。
孤児院では全部が使い古しだったけど。
コルナは『王都の服屋で買ってきました』って。
なんかさ。
こっちに来てからだけど。
僕だけが新品ばかり貰っている・・・・・
カールやシャナ達は避難所で、それでずっと古着を着ているのに。
だから。
コルナは安物だって言ってたけど。
食事のこともあるし。
僕は此処まで贅沢はしなくても良い。
コルナは僕に『主様は既に騎士であられます。どうか身分相応にも慣れてください』って言うけどね。
それで妹のコルキナも同感だって。
僕は自分がいる場所。
住む世界が変わったんだって・・・・・
騎士にもなれて本当は恵まれている筈なのに。
だけど。
・・・・ここに居ることに寂しいって感じるのは、それも贅沢なんだろうか・・・・
王宮に居る時はふと、そんな事も考えてしまうんだけど。
見聞を広める。
その為に自由時間を使って王都を歩く。
そして、初めて歩いた王都の中心街。
ここは人がいっぱいいて、騒がしいくらい賑やかな所でした。
孤児院に居た頃からエスト姉に連れられて、僕も市場には何度も通ったけど。
もう、全然比べられないってくらい凄い。
ユミナさんは先ず、王都をくまなく歩けって・・・・・
直ぐに実感できました。
僕はシャルフィの王都がこういう感じだって事さえ。
それくらいも知らなかったんだよね。
知らなかった事と言えば。
僕は今住んでいる王宮のこともそう。
大きな石を積み上げて造られた城壁で囲まれたお城は、東西だけで2キロもあるんだよね。
南北だって1.5キロくらいあるって聞きました。
その内側に王宮と、後は騎士団の本部や訓練場なんかもあるそうです。
ティアリスの話だと、お城が広いのは昔の城塞都市だった名残りらしいです。
ユミナさんが王様だった頃のシャルフィは、今のお城の中に街が在ったと聞きました。
この辺の話はシルビア様もカーラさんもその通りだって。
つまり、ユミナさんの時代からシャルフィは大きく発展した。
そういう事でもあるんだよね。
シャルフィの人口。
社会科の教科書には200万人以上って書いてありました。
それから、僕の住んでいた場所は開拓地区の一つだったこと。
シャルフィには同じ様な開拓地区が幾つも在って、僕はその事も知らないままでした。
他にも、今の王都を囲んでいる城壁は、だいたい三百年位前に作られたそうです。
社会科の教科書と図書館で読んだ資料によれば、今から三百年くらい前のシャルフィについて。
当時はもう現在のお城を囲むように街が出来上がっていたようです。
何故、街を囲む程の巨大な壁が建設されたのか。
理由は魔獣が大発生したからだと書いてありました。
魔獣が大発生した原因。
教科書にも資料にも、これが原因だとする記述はありませんでした。
だけど、この当時に大発生した魔獣によって、多くの国民が犠牲になったという記述はあります。
そして、魔獣の脅威から国民を守るため。
今の王都を囲む巨大な壁が建設されました。
僕の疑問に、ミーミルは魔獣が大発生した理由。
『魔獣には周期的な大繫殖期があります。ですが、それでも。野山に食料となるものが在れば大挙して人里まで降りては来ないでしょう。恐らく、この当時は何か自然災害でも重なった故に。それで人里まで大挙して押し寄せてしまったのかと存じます』
だから現在の王都を囲む壁。
その内側には自給自足が出来るように農耕区画が在る。
ミーミルの説明だと、ユミナさんが王様だった当時も此処は同じ。
つまり、ユミナさんの時代よりも大きな城塞都市化が行われて、それが今に繋がっている。
壁って言えば・・・・
うん・・・
ヴァルバースの時に僕が作った壁。
あれも未だに残っている。
まぁ、カーラさんが『あの壁は上手く利用させて頂きます』って。
だから別に残してて構わない。
そういう話もあったんだよね。
王都を歩き始めて。
人がいっぱいいる。
それもエスト姉から聞いていた以上。
大きな建物もたくさんあった。
神父様とエスト姉。
それとアンジェリークさんが働いていた大聖堂は本当に大きな建物でした。
大きいのはそうだけど、なんか凄かったね。
造りが凄いって言えばいいのかな。
はっきり言って、こっちの方がお城って感じにしか見えないです。
あと、僕は大聖堂の中には入ったことが無いけど。
カールもシャナもエルトシャン達も入ったって聞いたからさ。
ちょっと羨ましいなぁって。
他にも王都は道路が整備されていました。
僕も王都に来てから見るようになったけど。
馬も付けずに走る車輪の付いた鉄製の箱。
これが導力で動く『自動車』だというのは後から知りました。
でも、シャルフィではまだ馬を使う生活が当たり前なので、それが理由で大通りの一部は馬を走らせられる造りを採用しているそうです。
まぁ、同じ道路でも片側が石畳で片側が土ってくらいなんだけどね。
これもカーラさんの話では、何れ全部舗装されるって聞いているけど。
その時には馬を使う生活が王都の外だけになるだろうって。
シャルフィの王都。
お城の北側は、その一部が貴族街と呼ばれています。
しかも、貴族街という所は身分が貴族でない者の出入りが制限されているそうです。
反対にお城を出るとすぐ南側。
ここにはシルビア様が演説もする中央広場があります。
広場の中心は噴水公園のような造りをしていて、普段は出店もたくさん並んでいるとても賑やかな場所です。
その中央広場を挟むようにして、東側が商工特区。
西側は大聖堂や初等科から大学院までの学校があります。
この辺りを一纏めに『中心街』と呼ぶらしいです。
お城を囲むような円を描いた大通りの内側は、だいたいこんな感じです。
地図を見る限り、大通りの外側から城壁までは国民の居住区が大半なようです。
あと居住区と言っても、そこには教会も市場もあります。
この辺りはシルビア様から聞きました。
他にも、これはカーラさんから聞いたのですが。
王都の東側の居住区は、主に農業や畜産を生業とした人達が住んでいるそうです。
自給自足はそうですが、野菜や穀物の品種改良の試験なども行われていると聞きました。
シャルフィの王都を地図で測ると東西間の距離は約7キロで、南北間の距離は約6キロ。
地図で見た限りですが、少し横長の八角形をしています。
王都の出入り口は主要なものが四か所。
特に南門と北門は、東門と西門よりも大きくて、これは北街道と南街道が在るためだそうです。
北街道はシレジアと、南街道はローランディアと繋がっています。
ですが、東西南北の大門以外にも、僕が見知っている小さい城門が幾つもあります。
それから王都で暮らす人達は、移動手段として乗合馬車を日頃から利用しています。
乗合馬車というのは、王都の中に幾つも在る停留所と停留所の間を行き来する馬車のことで、誰でも利用することが出来ます。
そして、僕が知らなかっただけで、乗合馬車は王都から近郊の開拓地区にも行き来しているそうです。
最後に王都を囲んでいる壁について。
見学に連れて来てくれたハンスさんの話によると、今から三百年くらい前に造られた大きな壁は、これも大きな石を積み上げて造られた壁の幅はだいたい10メートルくらい。
高さも30メートルくらいあるそうです。
また、この壁の上には見張りなどの仕事をする兵士さん達の詰め所が幾つも在る話も聞けました。
先に王宮を囲む城壁も見学はしたけど、王都を囲む此方の壁は本当に凄かったです。
何がって、壁の大きさだけでもう凄いってしか言えないくらい。
驚きでいっぱいの僕を、連れて来たハンスさんは満足そうに笑っていました。
『俺も子供の時に此処へ見学に来たときはな。今のアスランくらい感動したものだ。そして、此処から見つめる外側も内側もだがな。俺たち騎士はそのどちらも守らねばならん。お前にはまだ早いかもしれぬが、それでも知っておいてくれ』
実際にそこに立って見て理解ったこと。
三百年前に行われた事業は、本当に凄いことなんだって。
それから今はまた壁の外側に人が暮らす場所が出来ている。
カーラさんから聞いた話だと、シャルフィにはまだ人が開拓して住むことの出来る土地が豊富にある。
王都を囲む日当たりの良い中央平原には、まだ開拓されていない土地がたくさんあって、シルビア様は少しでも開拓地を広げる政策をしているそうです。
王都を囲む壁から両方を見つめながら。
ユミナさんの言っていた通り。
僕は常世の安寧を守る・・・そういう誓いを立てたけど。
現実には、シャルフィの王都も外側も殆ど知らないでいた事を実感しました。
でもね。
だから、今はこうして午後の自由時間。
この時間を使って出来るだけ王都を歩く。
僕の世界はちょっとずつだけど。
今日もちょっとだけは広がる。
大事なのはこの積み重ね。
この部分は基礎の修行とも似ている感じだね。
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夕食の後、ソファーで寛ぐシルビアから「アスランは今日も出掛けて来たみたいですね」と、尋ねられたアスランは素直に頷いた。
招かれるように隣へ腰を下ろした所で、「今日も王都を見学して来ました」と、アスランは午後の自由時間に赴いた王都見学の感想を話し始めた。
人通りやその時の雰囲気など。
見たままの感想を紡ぐアスランの楽しそうな声へ。
今夜も夕食から同席しているカーラは、ハーブティーを片手に寛ぎながら。
それでも聞き耳は立てていた。
「・・・それで、王都のことは社会科の資料にも載っていましたが。ユミナさんは直に見聞きすることが大事だって。それから、この間はハンスさんにまた城壁へ連れて行ってもらいました。今の王都を囲んでいる城壁のことは歴史の資料にも載っていましたけど。実際にそこへ立って見ると本当に大きな事業だったんだと実感できるんです」
そっと視線を起こしたカーラの瞳は、息子の話に瞳をパチクリさせている。
これは内心、相当驚いているくらい。
もう分かり易いくらい顔に現れたシルビアとは別に。
口調からやや興奮している感は、けれど瞳を輝かせている。
アスランの年相応な部分は微笑ましく映っていた。
「王都の見学も、最初はただ歩いていただけだったんです。けど、そこで兵士長のバーダントさんと知り合いになりました。なんでも僕がメモ帳を片手にうろうろしているから声を掛けたって言われましたが。その時に王都の見学をしているって話したら色々と案内して貰えました。それからは今日もですが、バーダントさんの巡回に連れて行ってもらっています。とても勉強になるので、明日も行って来ます」
カーラはアスランの話から推測するに。
恐らく迷子にでも映ったのだろう。
それで王都の警備隊。
当然、兵士長であれば見逃しもしないはず。
静かに聞き耳だけを立てる自分とは反対に。
驚きで固まってしまったのか。
呆けた様な生返事しか返せないバカ母のなんと醜いことか。
・・・・まぁ、同じ5歳の頃のシルビアと比べれば。アスラン様はなんと真面目なことか。論ずるに値しませんね・・・・
けれど、カーラもこのままでは醜態を晒す母の態度が不味過ぎる。
仕方ない・・・・・
と、シルビアへ助け舟を出す様に視線を起こした。
「アスラン君は王都を見学して、それで何か勉強をしているようですね」
「勉強というか。知らないことだらけなので、先ずは知るところから始めた。そういう感じです」
それを勉強・・・というのですよ。
口には出さず。
内心で答えたカーラには、やはり年相応な子供らしさからの逸脱した感が強く残った。
恐らく知識だけでなく心の部分。
精神年齢は実年齢よりもかなり上。
ここを踏まえて見なければ、バカ母のように呆けもするだろう。
もっとも。
カーラから見た普段のバカ母は、心の年齢が実年齢を大きく下回る事が常である。
「では、アスラン君は王都で何を知ろうとしているのでしょうか」
此処までを聞いた限りでは、午後の自由時間を子供らしく遊んで過ごしている・・・等でなく。
勿論、母親はそうして構わない旨も伝えているが。
しかし、息子の方は此処でも勉強熱心の様子。
熱心に学ぼうとしている相手に対して、カーラの為人は自分の理解る事であれば教えてあげよう。
そういうつもりで尋ねたカーラの瞳は、そこで一瞬でも。
ちゃんと見ていなければ見逃していただろう。
それくらい僅かの間に下向きになったアスランの瞳は、カーラの琴線に触れるものが在った。
「王都は大勢の人が暮らしています。バーダントさんはとてもいい人で、巡回では僕に色んな事を教えてくれます。実際に行って見て、人がいっぱい集まっている大きな市場の在る所は普通に歩くのも難しいところでしたが。でも、大聖堂がある所は特に道が綺麗でした。場所によって印象が違うというのも・・・・だから、未だ行ったことの無い所はどんな感じなんだろうって」
商いが盛んな地区の方は王都の中でも指折りの混雑区域には違いない。
一方で、学校や大聖堂がある地区では奉仕活動が盛んに行われている。
道が綺麗なのは清掃活動が日々行われているからだろう。
カーラが聞いたアスランの感想は、単に見たままを述べているに過ぎない。
特筆すべき様な点は見当たらなかった。
だが。
一瞬だったあの仕草に、カーラは胸の内で残った何か引っ掛かるような感覚。
それだけはずっと消えないままだった。




