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第5話 ◆・・・ 想い創る力 ・・・◆

・・・・・搭乗のお客様へご案内します。当機は定刻通り、シャルフィ国際空港へ着陸致します。前後甲板デッキへ出ておられるお客様。間もなく着陸に合わせて甲板デッキを閉鎖致します。係りの者が誘導しますので、お席へお戻りになられますよう。また、席へお戻りの際には、安全ベルトを着用して頂きますようお願い致します・・・・・


飛行船の機内に、利用客向けの女性アナウンスが繰り返し流される。

就航当時と比べて、近年では機内アナウンスをこうして流すことが常識になりつつあった。


利用客向けの機内サービス。

特に快適な空の旅という課題。

既に安全で安心は当たり前。

天候などの影響がない限りは定刻通りの運航も当然。

その上で求められるもの。

利用客が抱く満足度を上げるためのサービスは、決して安くない運賃とも関わっている。

高い運賃に見合うだけのサービス。

各国の航空会社は今日も知恵を絞っていた。


-----


ローランディアからシャルフィへ向かう飛行船。

先程流れた機内へのアナウンスの後。

客室乗務員達は、既にそれぞれの持ち場へと動き始めていた。

甲板デッキに出ている利用客を誘導するスタッフ。

客室へ戻って来た利用客が席に着いているかを確認しながら、着陸に備えて安全ベルトの着用も確認するスタッフ。


一般の客室側では多少の慌ただしさがある中で、その上の階。

此処には一等席の客室がある。

一般席の料金と比べて7倍以上と運賃は高い。

しかし、この一等席の客室。

ホテルで言うならスイート級の造りとなっている。

床面積は一般席の八割くらいだが、各種の専用施設を置いた結果。

この飛行船の一般席が100席あるのに対して、一等席の席数は僅か12席。


一般席と同じ階にある共用フロアから階段を上がった先。

強化ガラスを使った仕切り壁と、自動ドアの向こう側に映るロビー。

大理石を模した床と、柔らかく温かみのあるオレンジ色の照明。

観葉植物も置かれたロビーの正面。

そこには、受付や案内を担うフロントが置かれている。


この一等席の客室。

造るに当たって見本としたのが高級ホテルだった。

そのため、特に初めての利用客は、まるでホテルの受付の様な饗に驚くことが多い。

利用客は先ず、カウンターでフロントスタッフにチケットを提示する。

それから応接するフロントスタッフが呼び鈴を鳴らすと、待機していたベルスタッフがやって来る。

利用客はこのベルスタッフに荷物などを預けた後。

ベルスタッフの案内で自分達の席へと赴く。


一等席の造り。

船体によってこれも様々であるが。

この飛行船はオーソドックスな中二階の構造を採用している。

ロビー脇の通路の先。

客室扉の手前で、フロントとは別のカウンターが待っていた。

実はこの先の客室。

専用の履物を利用するために、利用客はこのカウンターで自分の履物を預ける仕組みが採られている。

履物の他、コートなども此処で預ける。


こうした仕組みは全てではないにせよ。

ヘイムダル帝国の高級ホテルを多分に模倣している。

帝国の高級ホテル。

そのスイートルームでは専用の履物か、或いは素足でも絨毯の床を歩く事が当たり前。

それがこの一等席の客室にも反映されたのだった。


今回の飛行船では、このカウンターで履物を預けた後。

預かったスタッフは注文されたサイズの履物を用意する。

馴染みのない利用客には面倒にも映る手順ではあるが。

扉向こうの高級ルーム。

馴染みが無い客は余計、入った途端に感嘆の声を漏らす。

そして、納得に至る。

それくらい、一等席というのは破格に特別な空間だった。


室内の造り。

床は一面に渡って、高級ホテルが採用する絨毯が敷かれている。

勿論、素足での利用を当然の様に織り込んだ逸品。

実際、大半の利用客は素足で利用している。


中二階の上の階に当たる部分。

入室した利用客を出迎える天井から正面にかけて広がる外の景色。

雲の上では『絶景』と呼ばれるくらい見晴らしが良い。


開放感溢れるこの景色。

特殊なガラス材を用いた造りによって可能となった。

同時に、空に浮いている様にも映るシャンデリア。

高級感は勿論。

利用客が口コミで広めた『空に浮かぶガラスの居城』は、これを見たくて利用する客も少なくない。


飛行船の客室は船体構造上、どうしても閉鎖的な空間になる。

そのため、視覚効果のある白系の内装が一般的。

だが、一等席の客室は天井に無限の空を映せる工夫を施した事で、色の効果を用いずとも室内を実際の面積より広く見せる効果をもたらした。


客席は幅のある中央の通路を挟んで左右に2席ずつ3列。

前後と通路側に対して天井にカーテンレールが設置されているため、利用客はカーテンを引くことでプライベートな空間も作ることができる。

2席ずつの造りは、利用客がカップルや夫婦であることが多い事情が絡んでいる。

また、富裕層は往々にして一人で2席を使う事が当然のように行われるため、これも相まっての2席ワンシート化が今ではスタンダードになっていた。


左右の客席は3列とも真横に窓が設置された造りをしている。

ただ、比べるまでもなく天井から正面。

ほぼ一面のガラス張りが見せる一等席だけの景色。

これに魅了された客も少なからずいる。

事実、一等席を再利用する客は今も右肩上がりである。


特殊な加工を施したガラス素材。

その多用を可能にした構造。

ここにも研究が進んだ導力技術が深く関わっていた。


稼動中の導力機関から発生される特殊なマナ。

この特殊なマナは、飛行中の船体を完全に覆うようにして力場を形成する。

力場自体は目に映る物ではないが、この内側では風を感じることが無い。


現在では『導力フィールド』とも『導力シールド』とも呼ばれながら。

しかし、この力場形成の詳細。

今以て明確な答えに至っていないのである。

至れない理由として、古代遺産が持つ未知なる領域が挙げられるのだが。

この辺りは現在も未だ、解明へ向けた研究が続けられていた。


それでも、フィールドが無ければ船体も強い空気抵抗を受ける。

しかし、船体を包み込むフィールドの恩恵。

空気抵抗を実質皆無にしてしまう力場によって。

飛行中の船体は、故に快適な航行を可能にしている。

また、未解明ではあるものの。

この技術が在るからこそ。

飛行中の甲板デッキを開放できるようになった事が、結果的には利用客を増やす好材料になっていた。


補足として、台風や乱気流などに突っ込めば無事には済まない。

これは実験に用いた飛行船が、荒れ狂った空の猛威の前にはフィールドを破られる結果を得ている。

自然本来の力というものが、古代技術ですら抗えない。

実験はこうした事実も証明したのだった。


一般的には余り知られていないこうした技術でも。

その恩恵によって、正面はガラス張りで造られた一等席で使われる座席。

一般席のものより5割増しの幅と、同じくらい割増しの厚みがある。

勿論、リクライニング式で、それも一般席の椅子と異なる。

完全な水平に倒しても、前後の椅子とは接触しないゆとりがあった。

また、長時間座っても疲れないように使われるクッション材。

こちらも一般席のものとは質が異なっている。


ただし、長時間ずっと座り続ければ、流石に身体も凝り固まる。

そのため一等席のサービスでは、こうした点のケアについても備えている。

この一等席には凝り固まった身体を解すサービスとして、専門のマッサージ師は当然。

付け加えて、万が一に備えた医師と看護師までが待機しているのである。


しかし、高い料金に見合ったサービスはこれだけではない。

此処でも空での長旅を楽しんで貰えるように。

多数のメニューを用意した食事の他、バーとカフェを兼ねたラウンジが一段下の階へ置かれている。

中二階造りは、上側の階にある客席。

正面を映すパノラマビューを遮ることなく。

その一段下の階側。

此処では景色を満喫しながらの飲食が出来るように造ってある。

しかも、ラウンジには一等席室専用の甲板デッキへ繋がる出入り口があるため。

無論、中には外で飲食を楽しみたい利用客の要望にも応えられる。


更に高級ホテルを模した以上、複数の利用客が居る場合には要予約制ではあるものの。

一等席ではシャワーを含めた入浴設備と、エステサロンまで備えてある。


これら備え付けのサービスが全て一等席の料金の内に収まっている。

つまり、この範囲を超えない限り。

利用客側へ追加の料金が掛かることは無い。

航空会社側も、そうした全てを滞りなく提供出来るだけのスタッフを配置している。

故に、一等席の料金は一般席よりも格段に高く設定されているのである。


-----


その飛行船の一等席。

この便の機内には12席しかない一等席を、今回は占有している二人組がいた。


予め全席分の料金を払っての占有。

そのため、提供する側には特段の問題は起きていない。

もっとも、普段から一等席が満席になることも無く。

故に、全席分の料金を払って貸切る客に対しては、飛行船を扱う会社としても特に丁重なサービスを心掛けている節がある。


今回も貸し切り客に対して。

会社側は一等席専用の給仕を通常よりも多く配置して備えていた。

無論、こうした特別な客。

他より贔屓にすることが今後の利益に繋がる。

あくまで、見込みでしかないが・・・・・


だが、この二人組の旅行客。

一人は見るからに高齢の女性。

もう一人も女性で、年の頃は50くらい。

見た所では、高齢の女性を介助している風にも映った。


この飛行船は大陸南部のレナリア自治州から北部のアルデリア法皇国を結ぶ国際線の一つ。

レナリアの空港を発った後は、サザーランド、ローランディア、シャルフィ、シレジアの順に寄港しながら。

最終的にはアルデリア法皇国の空港へと着く。


二人組はレナリアからシャルフィまでの搭乗券。

その中でも一等席を全席。

つまり、空港の受付で一等席を貸切りで使える便を求めて今に至っている。

故に、この段階で空港の受付から連絡を受けた上司は察した。


こういった拘りのあるチケット手配を求める客。

上手く満足させれば贔屓にしてくれる可能性が高い・・・・・


最初、一等席を全席という条件を満たす便は無かった。

当日から翌日分を含めても。

どの便にも一等席が一席以上埋まっている状態。

上司は受付に対して、その上玉には少しだけ待って貰うよう指示を出した直後。

上役への相談も後回しに、自身の職権を最大限行使して、後は既にチケットを買っている客へ上手く満足できる内容を提示した。


凡そ15分くらいだろうか。

上司の連絡を受けた受付スタッフ。

それまで待たせていた二人組へ『ご要望の便を手配出来ました』と、営業スマイルを届けることが出来た。


上玉が乗り込んだ便は午後の空へと飛び立った。

職権を最大限行使した上司は、管制室から見届けた後。

無言だったが握り拳を作ってのガッツポーズ。

久しぶりの高売り上げは、やり遂げた達成感とも言えた。


今回の大きな利益の裏側。

これを掴むために別の客を一人。

同じ一等席でも、半値を示して便を変えて貰ったくらい・・・・・

今日、手にした利益に比べれば。

これくらいは些末な経費だった。


ただし、この上司は独断専行の件で。

後から上役の小言を聞かされる事になった。

・・・・・のだが。

それでも。

得られた利益の額面を盾に、堂々を胸を張っていた。


-----


レナリアの空港を離陸した後で間もなく。

一等席を貸切った二人組。

介助役にも見え映った女性の方から『先生が静かに寝たいそうなので。何かあれば私の方から呼びます』と、まだ何もしていない給仕はチップにしても多過ぎる対価をだけを先に受け取った。


通常の航行時間で、最初の寄港地であるサザーランドの空港までは凡そ6時間。

予定では20時頃の到着になる。

そこで乗客の乗り降りと補給で1時間程の寄港の後。

サザーランド発の最後の便として再び離陸した後は次の寄港地へ。

目的地のローランディアの空港までは約10時間。

到着予定は翌日の7時頃。

そして、此処でも1時間程の寄港の後。

次はシャルフィへ向かう。

ローランディアからは4時間も掛からない。


貸切った二人組。

高齢の女性の方はシートを倒して眠りに就いた。

その介助をしていた方の女性。

こちらは通路を挟んで隣側のシートに腰かけると、機内サービスのコーヒーを時々注文する以外はずっと読書に耽っていた。


日が沈む頃。

眩しい夕焼けの光が強過ぎたのか。

それまで眠っていた高齢の女性が目を覚ます。

何かこういきなりのハイテンションだったが。

もう一人の女性は慣れた風で相手をしながら『先生が夕食は魔獣ヒレ肉のステーキを食べたいと。メニューにあったギランバッファローのヒレ肉をお願いしたいのですが』と、受けた給仕は当然、用意できる旨を伝えた。

しかし、要望は別料金のメニュー。

そのため、確認を取らずに用意する事は出来ない。


「メニュー表にも記載しておりますが。中々手に入り難いギランバッファローですので。別料金になりますが。それでも構いませんでしょうか」

「ええ、それで構いません。先生はギランバッファローが食べられる事を楽しみにしていましたの。それで此方の飛行船を選んだくらいです」

「左様でございましたか。かしこまりました。それでは厨房の方へ用意するように伝えて来ます」

「ええ、お願いしますね」


この短い確認作業程度の会話の後。

給仕は二人に微笑みを残して。

そして、ラウンジのシェフへ要望を伝えに場を離れた。

だが・・・・・

上司から受けた指示の一つ。

この上玉客の好みについては簡単に掴む事が出来た。


まして、ギランバッファローは折しも最近から始めたばかりの特別メニュー。

ラウンジへ着くなり早々。

この内容を耳にしたシェフも。

無言だったが表情は露骨なにんまり。

給仕とシェフは互いに作った握り拳を軽くぶつけながら。

声なき声は『オッシャ~』を叫んでいた。


ギランバッファローとは、牛の亜種である。

温暖な地方に生息する肉食の暴れ牛として一般的に知られている。

見た目も一般的な牛より二回りは大きい。

普通の牛との違いは、鼻頭に鋸状の角を有している点と、肉食獣だけあって草食の牛とは歯並びが異なる。

獰猛にも映る牙が並んだ縦長の口。

そして、骨ごと噛み砕ける強靭な顎。

性格は荒々しく、空腹のギランバッファローに睨まれれば最後。

今でも人間がギランバッファローに襲われる事件は間々あった。


だが、このギランバッファロー。

その肉の旨味は正に絶品。

部位にもよるが、一番安い部位でも100グラム当たり15エルは下らない。

ドルに換算すると15万ドルを下回らないのだから高級肉である。


この日の夕食。

高齢の女性はギランバッファローのヒレ肉ステーキを500グラム。

ミディアムレアで焼かれた肉を一人で完食した後。

サーロインで更に300グラムたいらげた。


額面にして1000エル相当を胃の中へ満たした女性の向かい側。

相方の女性も全く負けていなかった。

なにせ、この女性もギランバッファローのサーロインを1キロ。

レアとミディアムレアで軽く完食している。

しかも・・・・・

二人揃って『デザートは別腹』と来たものだ。


二人が夕食に要した金額。

デザート等はサービスの内に含まれていたが。

別料金のギランバッファローだけで、2400エル。


支払いはローランディアの国営銀行が発行した小切手帳。

介助役の女性はその一枚に額面を記載。

給仕へ渡す際には此処でもチップを添えている。

服装からして貴族や富豪には全く見えなかったが。

実に羽振りの良い客だった。


食後の一休みの後。

給仕は女性二人から入浴施設を使いたい旨を承った。

勿論、此処でも当然の様に微笑むと早速、支度へ取り掛かった。


二人組が長めの入浴を済ませて席へ戻ったのは21時を過ぎた頃。

飛行船は既にサザーランドからローランディアへ向けて飛び立っていた。

ただ、翌日の朝食と昼食。

給仕は介助役の女性から先に、此処でも『ギランバッファロー』の要望を承ると、サザーランドの空港へ寄港している時間。

この時間で通常の倍以上。

ギランバッファローの肉を積み込んだ。


この時点で会社が得られた利益。

既にウハウハだった。


-----


「先生。エリザベート先生」


一等席だけに使われる極上素材のシート。

エリザベートはその背もたれを倒し、オットマンを繋いでベッドにすると、此処までずっと心地良い食後の微睡に身を預けていた。

だが、肩を揺さぶられる感覚と、耳元に届くルイセの声で沈んでいた意識が起こされた。


「・・・・真っ暗さねぇ。ルイセ。あたしゃ真夜中になるまで寝ていたのかね」


気怠げに開いた瞼が映す漆黒。

けれど、寝る前に着けた安眠マスク。

すっかり忘れていた存在を外された所で、此方を見つめる助手のやや呆れた面差しが映った。


「自分で安眠マスクを着けておきながら。はぁ~・・・・先生は相変わらずですね」

「ありゃ、そうだったかね」

「そうですよ。ですが、寝ている所を起こしたのは、あれを先生にも見て貰うためです」


促す様な素振りで、助手のルイセが正面のガラス壁の向こうを指さす。

エリザベートは、まだ完全に起きていない気怠さを抱えつつ。

シートの背もたれを少し起こしながら。

預け切った背中がシートごと起こされると自然、視線もガラス壁の方へ。

徐に映した外の景色だったが。

はっきり映った光景が、この瞬間。

それまでの気怠さを微塵も残さず追いやった。


「な・・・・あれは一体。一体なんなのさね」


驚きで上擦った声。

それは勿論、窓から映したものに対してである。

魔導革命の祖とまで呼ばれる自身ですら。

こんな現象は今まで見た事が無い。


「先生。私が見るに、あれはマナの発光現象の類ではないでしょうか。勿論、こんな事象干渉自体。私も見た事はありません。それで先生にも見て貰おうと。寝ている所を起こしました」


飛行船からだと、眼下に映った遠くの雲海を突き破っているようにも映る一筋の輝き。

幾重にも渦を巻いたマナ粒子の輝く奔流が空へ向かっていく先で。

自然、追うように視線が上がったエリザベートの瞳は、真昼の空の中に大きな黒点を描いた様な闇を映した。


ただ、それは短い時間で終わりを迎える。

それまで映していたマナの輝き。

空から地上へ向かって広域に拡散していった。

あっという間だったが、光景は二人とも焼き付いた。


直後。

船体を大きく揺さぶった強風の波。

エリザベートとルイセの何方も直ぐ気付いた。


拡散したマナの波。

その波動はフィールドの限界を超えていた。

そうでなければ船体が揺れることは無い。

二人揃って達したテンション。

あっさり振り切れた。


今も船体を揺らしながら。

信じ難いほどの密度で吹き抜けるマナ粒子。

それを二人はガラス壁越しに釘付けになって見ていた。

突き抜けた感動。

表現しきれない二人の歓声。


傍目には変人にしか映っていなかった。


-----


城壁に詰めていた物見の兵士達。

正午を迎えたこの時になっても。

普段なら気兼ねなく昼食と昼休みを過ごすこの時間帯。

けれど、この日は襲撃事件以来の緊張感に包まれていた。


一時間くらい前。

襲撃事件によって焦土と化した開拓地区。

位置的には教会や風車小屋が在った辺り。

そこから空へ向かって真っすぐ。

キラキラ光る塵状の何かが柱を作った現象に出くわした。


警鐘を鳴らすべきか。

だが、兵士長は直ぐに判断出来なかった。

何故なら。

光る柱の様なものが見えているだけで、魔獣が現れた等のような事が無かったのもある。

また、早まって警鐘を鳴らすことが返って悪戯に混乱を招く恐れがあった。


兵士長は迷った挙句。

一先ず事態を王宮へ届ける選択を選んだ。

その上で、判断は王宮に預ける。


ところが、兵士長から指示を受けた伝令が馬に跨って間もなく。

先に此方へ向かって駆けてくる騎馬の一団を映した。

先頭は見間違える筈もない。

紛れも無く女王陛下。

その後ろに宰相様まで。

更には近衛の騎馬隊が続いている。


伝令を預かった兵士は馬を止めたまま、同時に周りに向けて。

女王陛下と近衛隊が接近している事を、声を大にして広めた。


間もなく、女王と近衛の騎馬隊は目の前を通り過ぎて行った。

此方の状況を察してくれたのか。

陛下の後に続く宰相様が『警鐘は無用です』と告げて行ったことで、この報せを受けた兵士長は一先ず。

ほっと胸を撫で下ろすことが出来た。


先ずは安堵したものの。

兵士長は自らも城壁へ出た。

此処から注視するように現地を見つめながら。

やがて最初に現れた光の柱。

これは間もなく薄れるようにして消え去った。

それでまた一安心。

同時に、そこへ向かって行った陛下達は恐らく。

起きた何がしかが自分よりも分かっていて向かったのだと。


そう抱いた兵士長も、平時であれば昼休憩なのだが。

流石に、この時ばかりは休息を返上して見守る選択肢を選んだ。


それからしばらく。

交代で先に休憩を済ませた者達が、これから休む者達と入れ替わりを終えた頃。

城壁から今も見守る兵士長は、此処で再び異常事態を映す事になった。


場所は陛下達が集まっている所。

そこから今また、小さな竜巻にも見えた光る塵の柱が空へと真っ直ぐ伸びた。

雲を払うかのようにして。

光る塵の柱は空へ。

その先で。


真昼の青空を丸くくり抜いた!?


そう映った兵士長の瞳は、そこで映した闇夜。

そんな風にしか表現できない光景へ。

背筋が一気に冷たくなった。

無意識の内に、青ざめるくらい恐怖心が駆り立てられた。


一瞬。

これは夢だと。

そうでなければ、何かの幻でも見ているのだ・・・・・


だが、兵士長は近くで同じ様に見つめていた部下たちの声によって。

これが紛れも無く現実だと突き付けられた。


いよいよ、これは何か恐ろしい事の前触れだと。

駆り立てられた恐怖心が、兵士長へそう抱かさせた。


途端・・・・・・

それまで真っ直ぐ伸びていた光る塵の柱。

まるで弾けたように、一気にぶわぁっと広がりながら押し寄せた。

兵士長は光る塵の洪水に飲み込まれた錯覚に陥った。

平衡感覚を失った身体は勝手に転んだ。

しかも光る塵の強風。

生きた心地が全くしなかった。


長いようで短かった。

そう感じられた後で、再び元の視界を取り戻した兵士長と部下達だったが。

ハッとする間もなく、直ちに陛下の安否を確認しようとして。

そこに映った一面緑の大草原。

焼け焦げた大地が何故そうなったのか。

ただ、誰からともなく驚きの声が先に上がった。


-----


余りの眩しさに、起きた事象。

その最も近い所に身を置きながら。

しかし。

シルビアもカーラも。

ハンスとマリューの他。

集まっていた近衛の者達ですら。

眩しさから戻った瞳が映し出した景色。


それまでずっと、事件によって黒く焼け焦げた土地が。

今は一変して緑が茂る大草原。

振り切った驚きは声を発する事すら失わせると、もう呆然とただただ景色だけを映していた。


焼け焦げて黒ずんだ土地は今。

心を落ち着かせてくれるような緑に覆われている。

そして、慣れ親しんだカミツレの花がそこかしこで咲き誇っていた。


周りと同様、驚きが過ぎて硬直していたシルビアの耳へ。

自分の手前に立ち尽くしている精霊の声は、背中越しでも苦笑いくらいは容易に分かった。

そんなリーザの「あははは・・・・やっちったねぇ~」は、続く言葉がシルビアを追い打ちの様に愕然とさせた。


「まさか、万物の創造をやっちまうとはねぇ。っつうか、これって。うん・・・どう見てもユミユミの世界まんまじゃん。ははは・・・・・・」


言われてハッとさせられた。

シルビアはリーザの声によって、その声が紡いだ内容に。

辺りを見回して凍り付いた。


見覚えがある。

此処で、此処に在った屋敷で・・・・・

18歳の誕生日の翌日。


・・・・・私は此処で必死になって身を隠したのよ・・・・・


あの時の事は思い出したくない。

あんな怖い思いをさせられた隠れんぼ。

もし、自分に隠れんぼの才能が無かったら。

きっと、間違いなく。

そう、それはもう絶対。


・・・・・見つかったら死んでいたわ・・・・・


なのに、何故!?

あれは此処とは異なった世界の筈。

ご先祖様が散々好き放題していた忌まわしき世界。

一応・・・・・神界と言うけれど。

どう考えても傍若無人な我が儘世界でしょ!?


ただ、そこまで一気に駆け抜けた思考。

それは瞳が映した我が子を捉えた途端、消え去った。

仰向けに寝かされた我が子・・・・・

意識が無いのか、ご先祖様と瓜二つな女性の膝に頭を乗せたまま。


考えるよりも早く。

母の心は我が子へ向かって、地面を蹴っていた。

以前、活動報告へ載せましたが。

0章の最初の数話について。

大筋を壊さないように手直し作業をしています。

そのため、1章6話ですが。

今現在、投稿時期が未定です。


この部分は後ほど、活動報告へも載せたいと思います。


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