第2話 ◆・・・ 二人の再会 ~女王を支える宰相の備え~ ・・・◆
1話と2話。〇〇編的にすると完結していません。
が・・・・アスランの今後に関わる人物にはスポットが当たりました。
光る粒子が空へ一筋の柱を作ったような光景。
この日、王都でも多くの者達が同じように映していた頃。
そこへ、女王の跨った馬を先頭に。
後に続く近衛の騎士達の馬群が駆け抜けた大通りの一つでは、民達の間で直ぐに幾つもの噂が飛び交っていた。
同じ頃。
平民とも庶民とも言われる者達が通う中等科の一室。
現在は夏休みという事もあり通う生徒たちは殆どいない中で、唯一人。
見た目は少し癖のある栗色の髪を今日も輪ゴムで簡単に留めた修道女。
今年17歳になった少女は、二学期からの授業に合わせられるように教本を開きながら。
宰相が手配した選任教師と二人だけで教室を一つ独占していた。
多くは14歳から中等科へ通う。
そこで留年しなければ今頃は3学年のこの時期になって。
と言う声は、教師達からも少なからずあった。
しかし、王室から推薦を受けている。
更に、王室から彼女の為だけに専任の教師が大学から派遣されている。
こうした特異な背景が在って。
17歳の修道女へ向けられる教師達の関心は初日から高かった。
・・・・・あの修道女は一体何者なのか・・・・・
中等科の教師達を初日から騒がせた編入性。
瞬く間に広まった噂は初等科の教師達へも伝わった。
そして、少女の正体が明るみになる。
初等科で、当時は少女の担任も務めた教師によって。
態々中等科まで足を運んで確認した教師は、一致していた名前だけでなく。
大人びた中にも面影を残す少女を映して声を震わせながら。
嬉しい表情で間違いないと断言した。
中等科の教員室は一気に騒がしくなった。
若い教師達は興奮した感で盛り上がった。
逆に年配の教師達は、何か後ろめたいのか。
一様に苦笑いに汗が滲んでいた。
ただ、騒がしくなるだけの理由は全く同じだった。
それは中等科の教師達の間でさえ一度以上は耳にしている伝説。
当時は勿論だったが、数年経った今でも。
教える側は時として、彼女が打ち建てた金字塔へ至る物語を授業でも口にする。
その女の子は幼い頃に家族を流行り病で失くして孤児になった。
けれども、女の子は両親と親交のあった一人の神父に引き取られた。
家族をすべて失うという深い心の傷を負った女の子だったが。
傷心の女の子を引き取った神父。
老齢ではあったが、その神父はとても素晴らしい人物だった。
当時は生きる死人同然だった女の子は、神父の愛情によって再び生きる光を宿した。
老齢の神父が人生を全うするまで。
女の子は王都に在る大聖堂の近くで共に暮らしてきた。
明るく活発で、正義感の強過ぎる。
神父が勤めていた大聖堂や、近所では特に名の知れた女の子だった。
弱い者苛めを絶対に赦さない。
女の子は例え相手が年上の男の子でも。
更には複数人いても。
喧嘩で負けた事が無い。
女の子は武術の使い手だった。
隙あらば躊躇うことなく踵が男の子達の股間を打ち砕く。
膝蹴りや肘内に裏拳まで。
冴え渡る武術は、時に箒の柄を武器にした男の子達ですら。
容赦なく素手だけで打ち負かして来た。
武術の師範。
女の子にそんな存在は居なかった。
武術は大聖堂に通いながら、そこで見た神官騎士達の日々の鍛錬を見様見真似で覚えた。
そして、女の子はその時に単に蹴るのではなく。
片足を軸に腰を回すようにして。
遠心力が生んだ威力を最大限活かす。
必殺の『踵蹴り』を会得するに至った。
しかも、この鍛錬を見学しながら男性の弱点までを学んだ事で、女の子は男の子達との喧嘩で無敵を誇った。
付いたあだ名の一つは『戦乙女』
苛められた側の子供達からはそう呼ばれる英雄的存在。
一方で女の子は『栗毛の悪魔』等と恐れられた。
此方は女の子に、こっ酷く負かされた男の子達がそう呼んでいた。
女の子の身元を引き受けていた老齢の神父は、けれど、女の子が苛められる子供達を守る以外では喧嘩をしない心根を良く褒めた。
将来はきっと優れた武闘家になるだろう。
自分だけでなく神官騎士達の間ですら、女の子は将来有望な逸材に映っていた。
父のように慕って来た神父が大往生した後。
女の子は再び孤児となった。
だが、父のように慕って来た神父には、尊敬してくれる者達が多かった。
間もなく女の子は別の神父に引き取られると、その神父が営む郊外の孤児院へ移った。
その孤児院で半年ほど暮らした後。
女の子は初等科へ通うために学生寮へ移った。
ただ、女の子は学校が休日の日と長期休暇の間。
此処だけは孤児院へ帰って年下の子供達の姉の様な役割をして来たらしい。
そうした生活を6年半ほど。
ずっと学業と両立させてきた女の子は卒業前の一年間。
最終学年の年は途中から大聖堂へ進んだために。
もっとも、女の子はそれまでの成績から周囲よりも先に卒業した扱いとされている。
その上で、女の子は卒業前の一年間。
この間の全学期において、全科目の満点という類を見ない偉業を打ち建てている。
故に、最終学年の夏の終わり頃。
女の子は女王陛下の推薦を受けて。
最年少の若さで、難関の一つに挙がる大聖堂が行う修道女試験を受けると見事合格した。
初等科では今でも額縁に収められた女の子の写真が飾られている。
これは当時の偉業を讃えたものであり、それに見合うだけの努力をし続けた証を続く後の世代へも残して置きたかった。
それくらい。
当時の女の子を見て来た教師達は特に思い入れがあった。
『文武両道』
『品行方正』
『公明正大』
『悪即打破』
初等科の4学年には既に風紀委員長をしていた女の子が掲げた標語。
5学年から卒業までは生徒会長を兼任している。
そして、この当時の初等科は正に苛めが撲滅された時代だった。
学科の成績は常に上位の五指が当たり前。
二回り以上体格で勝る男子相手にも臆することなく綱紀粛正を執行できる実力者。
常勝不敗にして初等科に一時代を築いた正義の英雄。
女の子の物語について多少の誇張や尾鰭が付いても。
生徒達から『写真の女の子は何かしたの?』等と尋ねられる度に。
教師達はこの伝説を口にする。
・・・・・まるで、自分が直接指導したかのように・・・・・
誇らしげに語る部分は、それこそ当人を無視した教師達の特権だった。
等と。
数年振りに学び舎へ通うようになったエストが聞いて思わず笑ってしまった物語。
『やぁねぇ・・・・こんなキラキラし過ぎた話。私はそんなに凄い偉人じゃないわよ』
可笑しくて笑う本人の感想を前にして。
本人が卒業した後で着飾って広まったこの物語。
語ったのは勿論。
今でもエストを最高の先輩だと抱くマリュー。
通ったことの無い中等科に『何故、自分の写真が、しかも額縁付きで』等と尋ねられたマリューは苦笑い。
そして、苦笑いを隠さないまま伝説を語ったのである。
マリュー自身は今も王宮にある専門の中等科へ通っている。
なので、初等科の教員室前に飾られている額縁写真の事は見知っていたが。
宰相から預かった編入手続きの書類を携えてエストと二人、中等科へ赴いた日。
そこで、中等科の学長室前に全く同じものが飾られていた事では、もう苦笑いするしかなかった。
『あれですね・・・・先輩が如何に偉大な存在だったのか。ですが、私にとってエスト先輩は物語に出て来るような英雄と同じくらい。それくらい格好良い存在なんです』
かつて、初等科の全科目で満点の成績を一年間ずっと保持していた記録を残す唯一の学年首席だという事実。
付け加えるなら。
卒業が前倒しになった初の生徒という事もそう。
『なに言っているのよ。貴女だって初等科で初の飛び級じゃない。今じゃ騎士様にまでなった自慢の後輩よ』
知らぬ所で勝手に伝説物語にされたエストにとっては寧ろ。
自分等よりも、マリューの方が額縁に収められて然るべき。
だが、マリューは語らなかっただけ。
飛び級した後で庶民から初めて騎士になった自分は、少なくとも初等科の教員室前に。
これも弟妹から聞く限り。
今でもエストの隣で同じ様に額縁に収められている。
尊敬する偉大な先輩と並んでいる等と。
恐れ多いと抱くマリューには、絶対口に出来なかったのであった。
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中等科の教室でエストが補習に勤しんでいた頃。
夏季休暇等というものが存在しない王宮にある専門学校では、当然この日も朝から授業が行われていた。
出自が貴族の者は当然のように此処で学ぶ。
それとは別に、騎士を目指す者達も此処で学んでいる。
この専門学校は主に二つの科で構成されている。
◆貴族の子弟が集まる『教養科』
◆見習いを含む騎士達が集まる『騎士科』
何れも初等科と中等科があり、更には中等科から高等科へ進むことも出来る。
特に高等科は大学との一貫教育であり、そうした背景が一般の教育課程よりも高度で進んでいる理由にさえなっていた。
教養科は、教師も含めて貴族で構成されている。
また、この科には定期試験が無い。
長期休暇は存在しないが、夏と冬にそれぞれ一ヶ月以上。
教養科の生徒は社交に出るための準備という名目で、多目的学習期間が設けられている。
ただ、実態は多目的学習等と、聞こえの良い休暇でしかなかった。
騎士科の教師は、現役の正騎士と教員資格を持った教師とで構成されている。
そして、3ヶ月に一度の定期試験がある。
また、見習い騎士達は此処で2期連続で赤点になると、『見込み無し』とされて退学処分が待っている。
特例として、幼年騎士と従騎士へ昇進した子弟は除かれるのだが。
ただし、従騎士へ昇進した子弟。
この者達は大人の騎士達が受ける定期考査(実技試験)によって。
例え同じ階級であっても。
序列分けの対象扱いとされた。
◆騎士の階級◆
シャルフィ王国の騎士の階級は以下の通り。
最上位=聖騎士 (極一握り)
上位=正騎士 (全体の2~3割程度)
一般=従騎士
特位=幼年騎士
※幼年騎士は従騎士と同格。
ただし、初等科教育が必要という部分により、初等科を卒業するまでの期間。
この期間は幼年騎士の名称を以って充てるものとする。
なお、騎士見習いには階級それ自体が存在しない。
また、学科へ籍を置く従騎士であっても。
この定期考査は通常通り行われる。
毎年、3月、6月、9月、12月の4回。
この月には定期考査が行われる。
そして、中等科に籍を置くマリューは同じ月に定期の学科試験があることで、勉学にも妥協が出来ない。
マリューの場合は特に、アスランの捜索を命じられた事情。
それによって授業を公欠した経緯がある。
もっとも、カーラから言わせると『多少休んだ所で、マリューの首席は揺るがない』という評価なのだが。
当人は、だからこそ。
その期待に応えるためにも妥協が出来ない状態だった。
アスランの帰還を知ったシルビアが馬を走らせた頃。
マリューは丁度、授業と授業の間にある短い休み時間を過ごしていた。
そんな折、ベランダで休憩を過ごしていた何人かのクラスメイト達が、視界に映る厩の方が騒がしくなった事に気付いた。
女王様が馬に乗って飛び出した。
宰相様も後に続いた。
近衛の騎士達が大勢後を追いかけている。
何かあったに違いない。
ベランダから覗き込むように見ていた生徒達の声が耳に入った途端。
それまで予習に勤しんでいたマリューは、近くの席に座っていたクラスメイト達が驚きを隠さない程の勢いで椅子から立ち上がった後。
「すみませんが、私も近衛に属する騎士ですので行かせて貰います」
そのまま返事も待たずにマリューは走り出した。
シルビア様とカーラ様の二人共が飛び出すような事態。
マリューの思考は直ぐに至った。
厩まで走ったマリューが、そこで自らの馬に跨りながら。
馬の世話をする者達へ行き先を尋ねたのも束の間。
返ってきた答えに予感が当たった感で直ぐに馬を走らせた。
遠くを見れば、これも直ぐに理解った。
マナ粒子にも映ったそれが一筋の柱を作っている光景。
それも、あの戦場となった場所の方角から。
手綱を握るマリューの手は、自然と力が入っていた。
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これが親子の一年振りの対面。
自分以外はそれを知らないまま立ち会っている。
カーラ自身、目頭が熱くなる自覚はあった。
そっと眼鏡を外して、ハンカチを添えた。
溢れる涙を染み込ませながら。
我が子を抱きながら憚ることなく声を上げて泣いている母親の姿を映す。
母親だけでなく、息子の方もしがみ付く様にして泣いている姿。
それは心に痛いくらい伝わるものが在った。
「カーラ様。あの子供が」
自分の隣へ静かに近付いて、耳元に小声で尋ねて来た一人の男性騎士へ。
カーラも無言で小さく頷く仕草を返した。
「ハンス殿。そうです。あの御方が・・・アスラン〝様”です」
他には聞こえない程の小声で返したカーラへ。
ハンスと呼ばれた青い瞳の騎士は無言で頷いた。
今年30を迎える聖騎士。
名はハンス・ウィーザルト。
近衛騎士隊に所属する騎士の中では、纏め役のような存在だった。
今も装着している磨かれた白色の軽装鎧。
白は近衛所属の証。
シャルフィの騎士は所属によって鎧の表面色が異なる。
故に騎士達はこの鎧の色で互いの所属をある程度知る事が出来た。
他に、鎧に施される印の形状によって身分を知る事も出来る。
知る側から見たハンスの人柄は『真面目な一匹狼』
中堅の騎士達の中では群を抜いた実力者。
性格は明るく前向きで、周囲からは『品行方正にして公明正大な人物』との声が多い。
そんなハンスは人当たりの良さもあって上下男女関係なく人望がある。
こうした性格や為人の部分について。
ハンスは『俺は見習い時代よりも前からだが。ずっと聖賢宰相の御指導を頂いた。それで、その時の薫陶が今の自分を成している』のだと。
堂々と語るハンスの模範はスレインであり、今も『師父』と呼ぶくらい敬愛している。
日々の鍛錬。
此処でもハンスは妥協しない真面目な一面を持っている。
また、そうして鍛えられた逞しい身体は、これが若手の目指す手本の様な扱い。
全く手を抜かない訳ではないが、締める所を心得ている。
これも聖賢宰相から学んだことが根底にあった。
ハンスの背格好。
身長は成人男性の平均より少し上。
だが、引き締まった身体に精悍な顔立ちは、周囲から見て。
若さに似合わない威風を感じさせた。
反面、金色の髪は少し癖があることで、寝癖を直す面倒さを嫌う本人は常に伸ばさず切り揃えている。
出自は貴族。
ただし、実家は裕福とは全くの無縁。
いわゆる下級とか没落等の類である。
まして三男のハンスは受け取れる財産が無いどころか。
実の両親が揃って何処かへ養子に出そうと追い出しを画策していた。
けれど、極貧貴族の。
しかも三男坊。
縁組先などもう皆無でしかなかった。
『自分の食い扶持くらい自分で稼げ』
ハンスは10歳になった翌日。
そう告げた父親によって、実家から追い出された。
僅かな金銭さえ与えられず。
この日、ハンスは貴族の三男坊から捨て子の一人になった。
そして、故国が捨て子や孤児に対して非常に冷たい事実を身を以って体験した。
昨日までは友達だった同じ貴族の子供達から石を投げつけられた。
両親の知り合いと親戚の家では門前払いを受けた。
お腹が減って、何でも良いから食べ物を求めて片っ端から家々の扉を叩いた。
だが。
そんなハンスは、逆に大人達が振るった暴力の餌食になった。
大人達の声と視線が恐ろしかった。
生まれて初めて殺されると抱いた。
命辛々。
それくらい必死で逃げて隠れた。
捨て子になった最初の日の夜。
ハンスは息を潜めて隠れていた。
空腹は水で。
食べたいものが浮かぶ度に、殺されるよりはと水で誤魔化した。
身も心も傷付いた。
服はボロボロで、顔と身体は青黒い痣に塗れた。
寂しいや怖い以外の感情がごちゃ混ぜになって、涙がずっと止まらなかった。
張り詰めた緊張の中、いつしか眠りに就いていた。
二日目の朝。
ハンスは転機を迎えた。
きっかけは空腹による飢え。
満たしたい欲望が、ハンスへ人生初の泥棒を企てさせた。
如何にも弱そうな。
けれど、金を持っていそうな人物。
狙いを定めたハンスが襲い掛かった相手。
それは偶然にもスレインだった。
スレインは王妃であるユリナと二人。
警護を付けることもなく。
揃って身分を隠すように庶民の服装でミサへ赴く途中。
そこでハンスから襲われた。
・・・・・等というような扱いにはしなかった。
確かにハンスは襲い掛かった。
それも狙って背後から忍び寄って。
だが、スレインの身のこなしを前にあっけなく手首を掴まれると、簡単に背中から地面に着かされた。
そして、捨て子になったハンスは、その日の内にスレインの養子となった。
同時に、一人娘しか持てなかったユリナは、兄のように慕うスレインの養子を我が子同然に慈しんだ。
根は正直で真っ直ぐな男の子。
事情を聴いた二人は、罪人にするより正道へ導こうと一致。
聖騎士ハンスの歩みは此処から始まった。
スレインはハンスと同居する中で。
此処でも善き人の在り様を説いた。
間もなくハンスは見習いの一人として騎士団へ入る。
ただ、ハンスが受けた心の傷。
ずっと心配して来たユリナの頼みは、フォルスを頷かせた。
勅命によって、ハンスは初等科を卒業するまでスレインの部屋から通わされた後。
再びユリナの頼みを快諾したフォルスが、更に中等科を卒業するまでスレインの傍付きとして同居させている。
それくらい、ユリナにとってハンスは大切な家族になっていた。
もっとも・・・・・・
ユリナの心配も実際には杞憂だった。
原因は悪戯大好きな娘。
時々は笑いごとに出来ない悪戯をしたシルビアを叱る兄の役。
しかも、あからさまには叱らない。
何処までが笑って済ませられる線引きなのかを良く教える兄貴分は、故にシルビアが良く懐いていた。
そんな二人が見せる景色。
見守るユリナは『仲の良い兄妹ですね』と、幸せそうに微笑んでいた。
ハンスがスレインを自発的に『師父』と呼ぶようになった時期。
それは見習い騎士になった頃からになる。
騎士見習い等も通う中等科。
ハンスは17歳で卒業した。
また、周囲よりは遅かったが、卒業に合わせて従騎士へと昇進。
任命は騎士団長・・・・・ではなく。
箔の付く国王から受けた。
初任給は10エルで、従騎士の最低給ながら。
しかし、家賃の要らない宿舎生活と、メニューは選べないがタダで食える食堂。
制服を含めた衣類などは全て支給品。
故に、ハンスは給金を殆ど使うことなく生活が出来た。
更に、二日に一度は必ずユリナに呼び出されている。
『家族なんですから、食事を共にするくらいは当然です』
なので、昇進後からしばらくの間。
任務で王都を離れる等。
それで顔を出せない時には、不満顔の王妃が国王へ冷たくしていた等と。
結果。
尻に敷かれる国王の勅によって。
従騎士ハンスは昇進の翌月。
王妃専属の護衛騎士に任命された。
そして、表向きは王妃の命令で居を共にしていたのである。
『スレイン兄様の養子。それは妹を自負する私の家族も同然です』
そうした王妃の発言。
これは当時から仕えている女官達なら一様に知っている事実。
同時に、スレイン様とユリナ王妃様が育てられたからこそ。
ハンス様のような出来た人格者になる。
養子であるハンスが立場を良く心得ている部分もあったが故に。
それで余計に聖賢宰相の御養子は優れた方だと噂されるようになった。
時は流れ・・・・・・
ハンスは二年前に正騎士から聖騎士へ昇進した。
大半の騎士は引退するまでの間。
従騎士から上に昇進する事が無い。
従騎士という身分の中で、そこにある序列の何処かに収まっている。
また、単に『箔付』が目的の者達が少なからず居る事で、従騎士の数は必然して過半数以上を占めている。
正騎士は従騎士の中から選ばれる。
そこから更に極一握りが聖騎士へ至れる。
その意味でも。
聖騎士は単に最高位に在らず。
実績も実力も秀でた騎士にしか与えられない。
故に聖騎士とは、将来の騎士団を束ねる逸材。
或いはそれに準ずる逸材ともされる。
建国以来ずっと続く『完全実力主義』は、例え王家の縁戚となった貴族ですら実力が伴わなければ除外される。
他国には縁戚関係が上下関係に影響する所もある中で、シャルフィ王国はこの厳し過ぎる伝統を貫いている。
この伝統を守り通せた背景。
そこには代々の国王を選んだコールブランドの存在がある。
ハンスの聖騎士への昇進。
未だ二十代の若さで、けれど時に聖賢宰相を彷彿させるような人格者だった事が決め手の一つにあったのは事実である。
槍や剣を扱う実力は無論。
大学を卒業した点も評価された。
また、後輩への面倒見の良さや模範足り得る姿勢が、同年代や年配からの推薦を多々集めた。
実は聖騎士への昇進。
ハンスは数回に渡って固辞した経緯がある。
その結果。
現在の女王から勅命の様な形で無理やり昇進させられた。
当時は既に騎士団や王宮からも、ハンスは『騎士団長候補』と目されていた。
他にも候補者がいない訳では無かったのだが。
『ハンスは押しも押されもせぬ逸材』
等と多くが口にするくらいで、群を抜いた筆頭格。
でありながら。
既に当時以前の、それも最初の昇進を断った頃には『副団長の一人として名を連ねよ』と、騎士団長から幾度も求められていた。
だが、ハンスは堂々と。
それこそ声高らかに己が見立てを公言しては固辞して来た。
『自分は人を束ねるような器ではありません。まして、それを殊更面倒だと本心で思っているくらいです。ですが、騎士となった以上は。掲げた誓いを。これを身命を賭して全うする所存であります』
要するに『組織を束ねるのは面倒だから嫌だ』という本音を、もっともらしい理屈で述べる様な手練れ。
聖賢宰相から受けた影響は、こういう部分にも見え隠れしていた。
そういう人物でもあった事が、女王に大鉈を振るわせた。
でなければ間違いなく。
今でも正騎士として権力とは無縁の自由を満喫していた・・・・・・
これも周囲のハンスへ対する一致した感想だった。
しかし、ハンスは絶対権力によって周囲が当然だと抱く地位へ置かされた。
同時に、聖騎士の慣例通り。
騎士団長が在任の間は副団長か第一から続く各騎士隊の何れかの隊長となって補佐を行う習い。
ところが、昇進後からの二年間。
ハンスは此処でも何かと理由を付けては拒み続けた猛者だった。
現在、聖騎士ハンスは近衛騎士隊に所属している。
そして、近衛騎士の中で最高位に在るハンスが役職を持ちたがらない為に。
近衛騎士隊の隊長職と副隊長職は空職のまま今に至る。
今の近衛騎士隊は女王の直接管理下にある。
そこで、代理を任された宰相が指揮権を預かっている。
こんな笑うに笑えない事情もまた、背景には確かに在ったのだった。
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宰相がアスランという子供へ『様』を付けた。
そのこと自体、耳にしたハンスは内心で『何かある』を察した。
けれど、この時のハンスはそれ以上の詮索。
既に無用だと弁えていた。
小さな動作で直ぐにハンスの手が挙がる。
この意図を理解した他の近衛騎士達は揃って沈黙を通した。
現在の近衛騎士隊は、騎士団長の露骨な意図によって。
実力は勿論だが、ハンスを慕う者達ばかりが名を連ねている。
勿論。
此処にはハンスへ『貴様が纏め役だ』という無言の圧力が加えられていた。
・・・・・事くらい、王宮と騎士団内部では公然の事実だった。
カーラ様が何故、そのような呼び方をしたのか。
今は尋ねるべきではないと抱きつつ。
ただやはり、ハンスは思案していた。
王宮内には以前から何かと噂が在った。
それこそ先王の時代も、現在のシルビア様の代でもそう。
根も葉もない風聞の類。
多くはそうであり。
中には誹謗や中傷の類まで。
故に。
伏魔殿とも揶揄される。
これは何もシャルフィに限った事ではない。
どの国でも大概似通っている。
ただ、こうした噂の中に時々真実が紛れ込んでいる。
今は場の空気から何も尋ねなかったが。
けれど、予感は在った。
その予感が確証無しに当たった・・・・気がしている。
根拠もある。
もう一月くらい前の事だが、カーラ様から呼び出しを受けた。
珍しく私室の方へ呼び出された事で、これは何かある。
そんな風に抱いた俺は、幾つかの予想を立てていた。
その日は午前中からして珍しいことがあった。
グラディエス団長から呼び出された俺は、内心で『ああ・・・・またか』と用向きを察した。
聖騎士になったにも関わらず。
慣例を無視して未だ無役な事でいる俺へ。
毎度の事だが小言を聞かされる・・・・・
等と簡単に予測できる呼び出し。
俺としては『いい加減、諦めてくれ』と、声高に主張しているのだがな。
しかし、これも給料の内。
面倒ではあったが、露骨に無視をする訳にもいかない。
何せ、上役からの呼び出しだ。
後輩連中への示しもある。
これが宮仕えの悲しい現実さ。
俺は渋々、この面倒臭い案件を片付けるべく。
出来るなら近付きたくない騎士団長の執務室へ赴いた。
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驚きは此処からだった。
騎士団長の部屋に女が居ない等・・・・・・
正に青天の霹靂!!
等と、俺は心の奥底で叫んでしまった。
呼び出したエロディエス・・・・失敬。
改め、老いてなお盛んな弩変態オヤジ・・・・いや、これも違うか。
先王と並ぶ歴代最強の女好きにして『双槍』の異名を持つチン〇野郎・・・・・
とまぁ、生娘ばかりを狙った撃墜数は今も更新中。
・・・・・だったよな。
ついでに口も尻も好む騎士団長の執務室。
そこは、淫魔殿の二つ名でも知られているのだが・・・・・・・
とにかく、呼び出された俺は、そこで人生初と言っても過言でない光景を目の当たりにした。
やらかした痕跡を臭いさえも残さない。
新築したと言っても過言でないくらい綺麗に掃除された執務室。
調度品まで新調したのかを疑うくらい磨き直されていた。
しかも!!
本棚には仕事関連の書類や資料が整理整頓されている。
今までは成人向けの雑誌だけ。
それが好み順に積み上がっていたんだが・・・・
屑ごみ一つ入っていないゴミ箱も。
以前まではイカ臭いティッシュ屑等が溢れ返っていた・・・・・よな。
ついでに机の引き出し。
そこには大人の玩具は勿論。
確か団長お手製の改造品がわんさか詰まっていた筈。
まさか・・・・それも掃除した?
否。
それは流石にあり得ないだろう・・・・うん。
『なんじゃ、その驚き様は』等と訝しがってくれたスケベ野郎。
訂正、誉あるシャルフィ王国の騎士団長様。
「まぁ、よい。貴様を呼んだのは例の件の事じゃ」
???
えっ・・・・例の件?
っつうか、お前が言う例の件って。
俺は内心、『なんだ、小言じゃなくてアレの後始末の話か・・・・ったく』等と、ため息を吐きたくなった。
「はぁ・・・・また孕ませたので後始末がどうとか。そういう問題ですか」
「バカ者が。儂がそんな下手を打つものか」
即答で叱られた。
どうも、今回は外してしまったらしい。
今までは必中だったのだがな。
「今の様なジョーク。品行方正にして公明正大を謳われる貴様には似合わん。まぁ、言い換えれば女を悦ばせられる術を持っていない未熟者とも言えるがのう」
言っておくが、俺は尊敬する師父を汚さないようにしているだけだ。
もう一つ、俺には出来過ぎた妻が居る。
そして、昨夜はそれなりに営みを持っていた。
他に女など必要ない。
「では、呼び出しの用向きというのは」
俺の質問に対して。
このチン〇団長は、殊更態とらしい大きな溜息を吐き出してくれた。
(・・・・頼むから変態的な菌をばら撒かないでくれ・・・・)
「・・・・陛下が孤児を幼年騎士に任命した件じゃ」
おお!!
今日は槍の集中豪雨でも襲って来るんじゃないか。
本心でそう抱いてしまうくらい真面目な話題。
その真剣さを演じた表情・・・・まさか、地ですか?
「それでしたら自分も噂くらいは耳にしました」
「このバカ者が。噂などではないから宮中が騒がしいのじゃ。貴様は、それでも近衛騎士隊を纏めている自覚があるのか」
「自分は近衛騎士の一人ではあります。ですが、あくまで。それだけです」
うん。
此処で売り言葉に買い言葉。
うっかり『自覚はありません』とでも言い返せば。
その瞬間から俺は隊長をやらされてしまう。
そんな手には乗るものか。
「ったく、貴様は何故こうも世話を焼かせてくれるのだろうな」
ええ・・・・・こういう場合は『世話を焼く』ではなく。
『手を焼く』が正しいのでは?
まぁ、ニュアンスは理解るけどな。
「幼年騎士の任命。それは陛下が見込まれた者という事で、身分も出自も関係なく選ばれる。確か、そう記憶しています」
「うむ。その通りじゃ」
なぁ・・・・
なんで、今日に限っては『じゃ』等と年寄り染みた語尾を使うのだ?
だいたい、お前のビーストは今でも衰え知らずの10代君だろうが。
俺は知っているんだぞ。
三日前に、お前が見習いの女子の尻を貫通した事をな。
昇進をちらつかせて欲望を満たしやがって。
俺は頗る腹立たしい感情を。
だが、今は未だ抑えつけた。
「では、陛下が孤児からそうした逸材を見出されて任命した。そうであれば、自分に異論はありません」
「当り前じゃ。この阿呆が」
「その言い方ですと。団長も異論は無い・・・・という事でしょうか」
「無論じゃ・・・・まして、そうかも知れぬ御方を・・・・フン」
そうかも知れぬ御方?
はて・・・・・
「ハンス。今から話す事。死んでも他言するな」
途端に凄む騎士団長を映して、俺は呼び出された件がこれだと察した。
「儂も未だこの件は確証があるわけではない。じゃが、幾つかの状況から考えてそうではないか・・・・・と睨んでおる」
「して、それは」
「今、このシャルフィ王宮を騒がせている孤児だが。何者かによって、意図的に孤児にされて来ただけかも知れぬ」
「つまり、本来は孤児などではないと。ただ、何かしらの事情があって孤児にされていた・・・・でしょうか」
これ以上を見た事がない。
それくらい今日の騎士団長は真剣だった。
今の殺気を押し殺しているくらい空気をピリッとさせた団長。
この感じは憶えがある。
先王様と王妃様が殺された時と今の空気・・・・・・
俺は、目の前の団長が心底真剣だと意を正した。
「ハンス。儂は確証が無い故、これ以上は言わぬ。だが、アスランという孤児については特に気を遣ってやって欲しい。頼むぞ」
「分かりました。孤児という出自であれば、マリュー以上に虐げられるはず。それくらいは私にも容易に察するくらい出来ます」
「儂はもうだいぶ前じゃがな・・・・一度、庶民を装ってその孤児を見に行ったことがある」
「どのような孤児でしたか」
俺は抱いた疑問を素直に尋ねた。
団長は両眼を閉じると、分厚いクッションが使われた高級な椅子の背もたれに身を預けるようにして。
だが、間もなく姿勢を起こすと俺を真っ直ぐ睨んだ。
「髪は黒いが、瞳の色と面影。これは間違いなくユリナ様の生き写しじゃった。あくまでも儂個人がそう感じただけに過ぎぬ故。しかし、これも他言無用と心得よ」
団長が何を含ませたのか。
ただ、それ以上の追及。
俺もしようとは抱かなかった。
「了解であります」
俺はその晩。
今度はカーラ様から。
これも突然の呼び出しを受けた。
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近衛騎士になってからの俺は、妻と共に王宮で生活している。
近衛の仕事上、城の外から勤める事が難しいからではあるが。
まぁ、家賃も掛からない生活は家計に潤いをもたらしてくれた。
しかも、結婚を機に妻と暮らして来たアパートよりも。
今の住居の方が、部屋も多く色々と充実している。
更に此処の防犯は完璧に近い。
近いのだが・・・・無視出来ない懸念がある。
そう、あの見境無しのビースト。
永遠の10代君が在る限り。
此処に絶対の平穏はやって来ない。
おかげで俺は、胃を痛めるくらい。
それくらい妻に貞操帯を着けさせようかと悩み抜いた。
けれど、俺の悩みは察してくれたカーラ様のおかげで殆ど解消された。
結果、通勤も徒歩なら1時間だった以前と違って、今は走れば2分で通える。
全力疾走なら1分だ。
カーラ様に脚を向けては寝れんな・・・・等。
だが、それくらい俺は感謝していた。
逆に残念な部分。
強いて上げるなら。
夜勤の回数が多くなった事で妻との営みが減った・・・・・
精々、それくらいだろう。
まぁ、代わりに一回一回を丹念にやればいい。
妻は俺よりも5歳年下で、髪の色は俺と同じ。
肌は並み程度に日焼けする俺よりも白いが、美人で気立てが良い。
料理はいつも俺の胃袋を幸せで満たしてくれる。
月の半分は夜勤の俺へ。
交代で帰って来ると風呂と食事を用意して迎えてくれる。
妻には感謝しかないのが偽らない俺の本心だ。
カーラ様から突然の呼び出しを受けた夜。
午前中の件で仮眠が後ろ倒しになった俺は、しかも夜勤の日だった事で睡眠時間が短くなった分。
寝起きが今一つだった。
そんな俺に、妻は少し温めの風呂を用意してくれていた。
おかげで夕食前には頭の中もスッキリ出来た。
夜勤があるから普段より早めの夕食。
俺は妻へ素直な感謝を口にしながら過ごしていた。
カーラ様がやって来たのはそんな折である。
『陛下が今度任命された幼年騎士の件で。ただし、私的な相談をしたい』
訪問の用向きを述べた後。
そうした事情故に私室で受けて欲しいを口にしたカーラ様は、居合わせた俺の妻にも『宮中を騒がせている問題についての私的な相談ですが、故に旦那様を少しお借りしたい』と深く頭を下げられた。
俺の妻はカーラ様の事を『出来る女性の模範』だと常日頃から褒めている。
家事などが出来ずとも。
寧ろ、あのくらい忙しく過ごしておられれば。
家事に勤しむ時間を作れずとも当然だと理解を示すくらい尊敬している。
カーラ様は、食事の時間に邪魔をした事も謝罪していた。
妻は『支度を整えましたら直ちに行かせます』と、更に深く頭を下げた。
そこへ俺の選択肢は介在しない。
既に絶対の決定事項だった。
カーラ様が帰られた後。
俺は慌ただしく。
しかし、妻の手料理を残す愚も犯さない。
出来ればもっとゆっくりと堪能したい等と本心も口にしつつ。
俺の妻は実に出来る妻だった。
本心を理解してくれる。
その上で、身支度の用意も素早くやってのけた。
妻の献身在って普段よりも早く交代の引継ぎを済ませた後。
俺はカーラ様の部屋へ赴いた。
まぁ、俺の場合。
何も無ければ巡回以外は特にすることが無い。
勤務時間故に居眠りなどは以ての外だが。
この時間で勉学に励む若い騎士達を咎める気も更々ない。
腕を磨こうと素振りに汗を流す者いる。
勿論、これだって咎める気はない。
時々は俺も混ざって一緒に汗を流すくらいだ。
特に夏の時期は昼よりも夜の方が涼しい。
身体を動かすのも夜の方が気持ちが良いのを俺は分かっている。
何より、これが平和な夜勤ならではの風景だからな。
カーラ様の私室。
はっきり言って、宰相と呼ばれる方の部屋にしては質素だった。
何と言うか、勤勉な学生の部屋のような印象が近い。
小さな丸テーブルを挟んで、俺とカーラ様は向かい合う様に椅子へ腰かけた。
用向きは既に耳にしていた通り。
今度任命された孤児の件だった。
「事情を今は未だ明かせません」
先に口を開いたカーラ様の言葉に、俺は先ず無言を通した。
「ですが、アスラン君の事では。ハンス殿に是非。味方で居て欲しいのです」
「マリューの時もそうでしたが、自分は勿論。陛下へ忠誠を尽くす騎士で在り続けます」
椅子に座った姿勢で、テーブルに額が付くのではというくらい自分へ頭を下げられた。
カーラ様にとってこの宮中を騒がせる問題は、それくらいの大事なのだと俺にも理解った。
「自分は陛下の人を見る目を信じています。故にそれが孤児であっても。陛下が選んだ方であれば異論などありません。寧ろ、孤児と聞いてですが。今度は師父に習って自分が指導をしたいとも抱いているくらいです」
そう。
陛下が孤児を幼年騎士にすると宣言した日。
その日の晩は夜勤をしていて煩わしい事この上なかった。
陛下がお休みになられている時間にも関わらず。
貴族共は昼夜が逆転したかのような元気さで騒いでくれたからな。
だが。
俺は陛下の御母上様から頂いた返せないくらいの大恩。
報いるためにも。
陛下の忠臣で在り続ける。
まぁ・・・・・役職を持つのは拒むけどな。
・・・・・俺は書類仕事が、とにかく大嫌いなんだ・・・・・
椅子に座って机に在る書類の整理など。
全身に蕁麻疹が出来るくらい嫌なんだ。
あんなものは文官の仕事だ。
俺は騎士で、武官なんだ。
だから肉体労働を好む。
・・・・・それに、カーラに苛められながら書類仕事をするシルビアを見て。それで書類仕事に怖さを抱くくらい。当然じゃないか。だから俺はやらないと誓ったんだ・・・・・
俺は口を滑らせてしまったかも知れない。
等と、後から少しだけ抱いた。
姿勢を起こしたカーラ様が向ける満面の笑み。
これ以上ないくらい背筋が冷えた。
「そうでしたか。実は私もアスラン君の事では、出来た人格者に指導を任せたい。そう熟慮しておりました。ハンス殿がして下さるのであれば私も安心です」
「はぁ、ですが。いくら私がしたいと申し上げても。それを決められるのは陛下です」
言うだけ無駄だと理解っていて。
それでも言ってしまうのが俺なんだろう。
「いいえ。実はもう既にハンス殿に指導役をと。陛下と私もこの件は余人を以って充てられない。此度も遠慮されたら勅でやらせるなどと。陛下は既にそうも口にしていました」
はははは・・・・・
なんだ。
既に勅命かよ。
って、俺には前科があるからなぁ。
「では、陛下へはハンスが謹んでお受けします旨をお伝え願えますでしょうか」
選べない選択肢を前に。
否、選んでも構わんのだが。
結局は同じ結論へ押し込まれる。
これも宮仕えの悲しい現実さ。
そう抱きながら俺はカーラ様へ。
此方もテーブルに額が触れるくらい頭を下げた。
「ありがとうございます。この件については後日。改めて陛下から勅が発せられますので宜しくお願いします」
勅という事は即ち『箔』が付く。
俺はカーラ様の私室から出た後。
夜勤の詰め所へ足を向けながら。
カーラ様は話題にこそ挙げなかったが。
箔を付ける意味は無言でも・・・・・・
『貴方に騎士団長をして貰います』
はぁ~~~~
漏れた俺自身の本音。
だが、カーラ様からは言われなかったが。
ビーストは言った。
・・・・・ユリナ様の生き写し・・・・・
これがもし。
もし、そうであったなら。
俺の思考に一瞬。
確かにはっきり閃いた。
『アスランとやらを近衛隊に入れて、そして団長にしてやろう』
そうだ。
かつてはビーストも近衛隊に配属されたのだ。
確か、伝説の特務隊隊長。
今じゃ永久空職になった伝説の地位だがな。
「よし。俺は師父に習ってアスランとやらを鍛えるぞ」
独り言程度の声で。
それでも。
俺は、俺自身の望む未来のために。
本腰を入れて今度やって来る幼年騎士を育てようと決意した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・
・
女王が人目も憚ることなく孤児を抱きしめながら泣いている。
カーラの隣から見つめていたハンスは、胸の内で確かに似ている。
自身の瞳に映ったアスランは、それくらいユリナ王妃を写させていた。
同時に、背後に立っている者達を映しながら。
これも揃って手練れ揃いだと。
感じ取った気配だけで。
ハンスはこれも相当な実力者揃いだと察していた。
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・・・・・女王シルビア様には隠された御子がいる・・・・・
この手の噂話は日常茶飯事だった。
何せ、先王の時代には王都中に御子が居るのでは等と。
それは即位する前から王宮で当然のように囁かれていた類。
師父スレインはさぞ頭痛の種だっただろう。
女王に隠し子がいる噂。
それは女王が頻繁に孤児院や学生寮へ通う中で生まれた・・・・・・筈だと。
そう俺は記憶していた。
6月の半ばを過ぎた時期・・・・
女王が孤児を幼年騎士に任命したのは、その頃だった。
王宮はその晩からしばらく大騒ぎだった。
その事では任命宣言の翌日以降、ハンスも一部の貴族から声を掛けられていた。
脂ぎった唇と贅沢の限りを尽くしたような肥満をこれでもかと揺らして。
『栄光あるシャルフィの騎士へ溝鼠を加える等は以ての外』
熱弁を振るいながら。
けれど貴族の熱意。
俺には全く届かなかった。
代わりに、撒き散らした唾だけが鎧のそこかしこに付着した。
要するに。
俺にも陛下へ孤児を騎士にするのは反対だと言って欲しい。
はぁ~~~~またかよ。
「分かりました。自分の口からも陛下へはそのようにお伝えしておきます」
この貴族は再三、面会要望を出しながら尽く門前払いにされていた・・・・筈。
少なくとも俺の記憶ではそうだった。
バランスボールに手足をくっつけた様なデブ。
貴様が廊下を歩くと横を通り抜ける事も困難になる。
だから。
さっさと転んで端まで転がってくれれば助かるんだがな。
俺の返事に気を良くしてくれたデブ・・・・いや、貴族様は頗るご機嫌に脂肪を揺らしながら帰ってくれた。
『陛下。陛下が認められた才在る者についてですが。栄光あるシャルフィの騎士へ溝鼠を加える等は以ての外などと豪語した肥満デブ。失敬、誉ある貴族様が居ましたのでご報告します。陛下に在っては大変耳汚しな報告ではありますが。その貴族が申すには何度赴いても会ってくれないと。念のため面会予約者の名簿を確認した所、そこに名が在りませんでしたので。自分の権限に置いて丁重に対応させて頂きました。代わりに預かった伝言を失礼ながら申し上げた次第です』
俺の報告。
聞いていた陛下は、さぞ可笑しかったのだろう。
椅子に腰かけ突っ伏した姿勢で、片手は机をバンバン叩いている。
表情は見えなかったが大爆笑しているのは声だけで十分だった。
その隣、こちらは立っていたカーラ様も。
呆れた表情は最初だけ。
途中から苦笑いへ変わると。
最後は片手で口元を隠すようにしながら笑っていた。
俺の意図は正しく伝わった。
この手の報告。
今日は既に8回目を数えていた。
翌日になって、俺は再び廊下で昨日のデブに会った。
否。
この場合はデブが俺を待ち伏せていた。
というのが正しかろう。
弾むような勢いで横から飛び出して来たからな。
「ハンス殿。私めの切実な忠義。賛同して頂けた貴方の口から言って貰えたのでしょうな」
「陛下へは確かに、栄光あるシャルフィの騎士へ溝鼠を加える等は以ての外だと伝えました」
デブは途端に大満足な笑みを見せると、そのステップは今にも転びそうな足取りで帰って行った。
はっきり言っておくが。
俺の意見だとは一言も言ってないからな。
そんな事さえ確かめない馬鹿だった事も。
この際は大助かりだと。
俺は素直にそう受け止めたのだった。
次話・・・・そろそろ忘れられた先生?が登場する筈です。(予定)




