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第5話 ◆・・・ 幼年騎士を目指す子供 ⑥ ・・・◆


「アスランは、今日も図書室で勉強を頑張っているんですね」


室内を覗いたエストの活き活きとした声へ。

聞えたアスランは顔を上げると、いつもと同じように頷いた。


昼食後の午後の時間は、自由時間になっている。

この自由時間を、アスランは教会の図書室で過ごしていた。

此処で一人、本を読むか、それか問題集を前にノートへペンを走らせて自習する。

そして、声をかけてくれたエスト姉は、これも毎日のように手空きの時間になると、ここで勉強を教えてくれる他に、解いた問題の答え合わせをしてくれる。


「もう少しで私も手が空くから。それから勉強を見てあげますね」


エストは、これもいつもの様に頷いたアスランへ。

意識して微笑むような笑み向けると、いったん図書室を後にした。


午後の自由時間は昼食の後から、だいたい夕方の礼拝の時間までとなっている。

自由時間になると、子供達の殆どは外で遊んでいる。

それと見比べれば。

アスランは独りだけ教会の図書室に籠っている。

大人達にはそうも映っていた。


しかし、この時間帯を図書室で過ごすアスランには目的がある。

シルビア様と交わした約束は、望みを叶えて貰うために頑張らないといけない。

その為に今日も図書室を利用している。


図書室を利用した午後の勉強も。

けど、実際には週の半分くらいしか出来ないでいる。

半分以上出来る時もあるにはあるが、この自由時間しか図書室を使えない事情もある。

最たるものは夜。

夜は暗くて図書室が使えない。


毎日の当番の仕事以外にも。

曜日によって、午前中は神父様の授業やミサがある。

近所の畑仕事を手伝う日は、午前も午後も関係なく一日中ずっと手伝いで終わる。

そうした事情が、週の半分くらいを埋める。

だから午後に自由時間がある日は貴重だった。


勉強が出来るのは、だいたい午後の1時くらいから夕方の礼拝時間まで。

礼拝の時間は5時から6時くらいで、季節によっても少し変わる。

神父様から日が沈む夕焼けの頃。

そういう風にも聞いている。

自由時間の日は、それで纏まった時間を勉強に使う事が出来た。


夕方の礼拝の後。

アスランを含む子供達と神父達は夕食の時間へ移る。

夕食の後から就寝時間が来るまで。

片付けの当番になっている子供達は別に、他の子供達は部屋の中で自由に過ごせる。

アスランも自由に過ごせる側で、実は此処でも勉強を続けている。

殆どの子供達は大部屋で自由にしていたが、アスランは神父が寛ぐ居間の片隅で勉強する事が出来た。


こうした部分は、主に受け持つ当番の仕事の内容が関わっている。

アスランの当番は毎朝の水汲み。

だが、実はこの水汲み仕事は最も重労働で、子供達がそれぞれに割り当てられた仕事の中では、一番に嫌われている。


孤児院の台所には、大きな水瓶が3つ並んで置かれている。

水汲みの仕事は、これを全て満杯にしなければならない。

そして、3つの水瓶を全て満杯にするためには、水桶で軽く50杯くらい。

それも水桶にいっぱいの水を汲んでの50杯だから。

つまり、両手に1つずつ水桶を掴んで往復するにも、単純に25往復かかる。


仕事は当然、雨の日も雪の日も関係なく毎朝欠かさず行う決まりだから。

子供達の誰もが早朝の早起きと合わせて嫌がっていた。


アスランはこの水汲みの仕事を、任されてからずっと独りでし続けている。


因みに、本来の水汲み仕事は数人で、それも4人くらいを定期的に入れ替える形が採られて来た。

主な理由は、子供達の誰もが嫌がるからである。


早朝の水汲みは近所に在る共用の井戸か、それより遠くの小川の水を汲んで来る。

この辺りの家は皆そうであり、そして、殆どが決まって小川の水を汲んでいる。


アスランが初めて水汲みの当番になった時。

その時の当番は、アスランも含めた3人だった。


最初は3人でしていた。

ただ、既に仲間外れだったアスランだけは、此処でも一人だけ多く水を汲まされた。

他の二人は最初の数往復だけで、二つ目の水瓶が満杯になると完全にサボった。

残り一つ分。

それをアスランは独りで満杯にしなければならなかった。


だが、それもしばらくした頃から一層酷くなった。

二人は一つ目の水瓶が満杯になった所でサボるようになった。

アスランは残る二つ。

これを独りで満杯にし続けた。

そして、黙々とこなすアスランへ。

二人は遂に、最初からサボるようになった。

そんな二人を、けれど、アスランは無視した。

自分が仲間外れな事は理解っている。

何か言えば酷い嫌がらせが待っている。

自然、アスランの起床時間はそれだけ早くなっていた。


事が発覚したのは、独りでするようになってから半月くらい後だった。

朝方から降った雨の音は、それで朝食を作るエストを普段よりも早く起こした。


エストはいつもと変わらない簡単な身支度くらいで台所へ向かいながら。

耳に入る雨音が、雨が降っている中でも水を汲む子供達がいるを思うと、だから着替えとタオルは勿論。

それから頑張っているご褒美に、今朝は温かい蜂蜜レモンでも御馳走してあげよう。


だが、その思いは台所へ入った途端に消え失せた。

当番の子供は3人いる。

ところが、その内の2人が台所と繋がる居間のソファーで寝ていたのだ。

最初エストは、もう仕事が終わったのかと抱いた。

けれど、二人とも衣服が全く濡れていなかった。

不審に思ったエストの見回した視線の先で、そこに映った水瓶は未だ、全て満たされていなかった。


反射的に寝ている二人を問い質そうと、エストが叱るような声で起こした矢先。

もう一人の当番。

3人の中では一番幼いアスランが、ずぶ濡れ姿で勝手口から両手に水桶を掴んで入って来た。

一瞬で状況を、聞かずとも把握したエストの声は此処からサボって寝ていた二人の子供へ向かって、怒りの感情が鉄拳を炸裂させると、怒号はまだ眠っている者達さえも目覚めさせた。


空が白んだ頃に轟いた雷鳴。

ではないにせよ。

しかし、エストの怒号によって神父も他のシスターも。

当然、まだ寝ていた子供達まで何事かと目を覚ました。


神父は着替えもそこそこ足早に台所へ赴いた。

そこで映したのは、容赦なく拳骨を振り下ろされた二人の男の子と、そして、アスランだけが全身びしょ濡れで水が滴り落ちている姿。

察した胸内は、既に移動中にも聞こえた怒号の内容が、当番の子供が二人。

仕事をアスランに押し付けるとサボって寝ていた。


今はもう泣きながら謝る二人の子供へ。

しかし、怒りが収まらないエストは、拳を振り上げた姿勢で怒鳴るを止めないでいる。


神父は先ず、エストへ宥めるように声を掛け。

次いで、ずぶ濡れのアスランへも声を掛けようとした。

だが、エストの怒りを静めるまでの間に、アスランの姿は忽然と消えていた。


エストがサボった二人を叱っている間。

アスランは呆然とそれを見ていた。

怒ったときのエスト姉は、やっぱり怖いと抱いたが。

それでも。

エスト姉は公平だと思えた。


神父様がやって来てエスト姉を宥めた。


その時にはもう気を取り直したアスランは、掴んでいた水桶の水を3つ目の水瓶に移し終えて、さっさと外へ出ていた。

あと二回くらいかな。

それで今日の分は終わる。

そういう心境だった。


怒号から始まったこの日は、朝の礼拝の時間で、神父は子供たち全員を前に今朝の事件について語った。

内容を一つも隠さず話した後で。

神父はサボった2人へ、今回は罰を科すことも伝えた。


以降、アスランは独りで水汲みを受け持った・・・・・

まま、今に至る。

背景は、他に水汲みをしても良いと、そう言ってくれる子供が一人も居なかったのだ。


けれど、アスラン自身、これは『鍛錬』になる。

既にそういう捉え方をしていた。


素振り稽古と水汲みは、どちらも夜明け前からするのは同じ。

だから別に構わない。


目標の素振り300回を出来るようになるためには、腕や足腰を鍛える必要がある。

水汲みの仕事は、腕と足腰を鍛える修行に持って来いだった。

要するに、一石二鳥だから都合が良い。


アスランが水汲みの仕事を一人でするようになってから。

心配を抱くエストは、自分が手伝おうと何度も早起きをした。


子供達へ当番の仕事を割り振っていたのは自分だから。

それで、かつては自分もしていただけに、水汲みの仕事が一番きつい事も理解っている。


結果的にだが。

エストがアスランの水汲み仕事を手伝う機会は、一度として訪れなかった。

早起きをして台所へ向かう度。

水瓶3つとも。

エストが手伝うより先に満たされていた。


それからずっと。

今でも、エストは早起きをすると先ず台所へ赴いた。

一々確かめる必要もないが。

白み始めた中で満たされた水瓶を軽く映した後は、外へ足を運んでいた。


以前は庭だった。

けれど、今は孤児院から少し離れた空き地へ場所が移っている。

丁度良い散歩くらいに歩いたエストは、『今朝もやってるわね』と、声はやや呆れたようでも。

アスランを見つめる表情が微笑んでいた。


この空き地は、アスランがシルビア様に稽古を付けて貰った思い出の場所くらいは知っている。

なんとなくでも、そういう部分もあるから此処で稽古を続けているのだろうも思えた。


まだ薄暗い空の下で、孤児院に居る時とは印象が引っ繰り返るほど異なる。

それくらい雰囲気も表情も真剣だと理解るアスランは、4歳を過ぎてからまた印象が変わったように思えた。


汗だくの表情も。

一心不乱に素振りを繰り返す姿も。

明らかに同年代の子供の域から外れている。


本当のアスラン。

そうも言えるアスランが、此処に居た事を。

今のエストは知っている。

そして、だから余計に手を差し伸べたくなるのだった。


アスランが続けている水汲みと素振りは最初、素振りの後で水汲みをして来た。

今は水汲みが先になる日もある。

やって見ると先に当番仕事を終わらせることで、それからの時間を、ずっと修行に打ち込める。


色々試しながら。

ここ最近は水汲みを先にした方が良いように思えていた。


仕事と修行。

その両立も最初の頃と比べて余力がある。

前の晩から雨や雪が降り続く朝でも、ずっと欠かさず続けて来た。

そういう日と比べれば、晴れと曇りの日はまだ凄く楽にやれる。


あとは雨が降って、ずぶ濡れになった時だけど。

エスト姉は、いつも着替えを用意してくれる。

終わった後で僕が着替えると、エスト姉は『風邪を引くといけないからね。ちゃんと暖炉で温まるのですよ』って。

ホットの蜂蜜レモンまで作ってくれるんだ。


だから。

実は雨の日の方が楽しみだったりするんだよね。


-----


水汲みの当番仕事。

以前までは3人から4人。

多い時は6人でやっていた。

それを一人で受け持つアスランは、この部分を理由に他の仕事が割り振られていない。

事実、朝だけ頑張れば、後の当番仕事は免除扱いだった。


アスランを特別扱いしていると。

こういった不満を他の子供たちが口にする度。

此処では神父が『では、毎朝一人で4人分の当番仕事をしているアスランと。明日から仕事を代わっても良いのですね』を、先ず尋ね返す。

これも毎度だが、神父の言葉を受けて首を縦に振る子供など、未だ一人もいなかった。


水汲みはそれ自体が重労働。

行きは軽い水桶も。

帰りは水が入る分重くなる。

しかも、それを3つの水瓶が満杯になるまで繰り返す。


更にはこの当番仕事。

朝は誰よりも早起きをしなければならない。

そうした全く嬉しくない付録まで付いている。


結果、アスランへ時々不満は出るものの。

ただ、そこでアスランと仕事を代わりたいかを尋ねられると、こうした不満の声は直ぐ収まった。


夕食後のアスランは、就寝時間までの自由時間を神父が寛ぐ居間で、此処で文字の書き取りや問題集を解く勉強に過ごす。

ここでもアスランが勉強を始めると、頃合いを見計らった神父からエストが呼び出された。


『シスターエスト。アスランの勉強を見てあげて下さい』


この表現も、実はちゃんと意図が含まれている。


うち一つは、年配のシスターへ対する神父の気遣い。

もう一つ。

体面上は仕事としてするように言いつけることで、食器洗いの仕事などからエストを解放する。


意図した神父の計らいによって、二人の年配のシスターは、食器を洗って片付ける当番の子供達を、自らも作業に携わりながらの監督だけで済む。

まぁ実際、シスター達は、刃物や子供が触るのには危険な物を洗って片付ける程度。

後は子供達に任せると、時々サボっている子供へ注意する以外は、する事もない楽な仕事だった。

何より、終われば後は就寝時間まで、此方も自由に寛ぐ事が出来る。


他方、アスランの勉強を見るために呼び出されたエストは少し異なる。

二人の先輩シスターからすれば、就寝時間まで自由の無いエストは大変だろうと見えていた。


もっとも。

当のエストはそうでもない。

アスランの勉強を見たり教えたりする時間は、生徒の出来が良いせいか自然と熱が入った。

逆に無用の気遣いは、アスランが勉強を早くに終わらせようとした事を、軽く叱ったくらいもある。


『アスラン。ちゃんと勉強しないと夢に手が届きませんよ』


4歳の子供に此処でも気を遣われた。

された側のエストに言わせると、はっきり言ってそんな気遣いは、ちっとも嬉しくない。


ただ、アスランの事では神父様から頷けるくらい。

それも理解っている。

だから。


『私もこうして勉強に付き添うと。それで楽しかった学生時代を思い出しているんですよ。だから気にしなくて良いんです♪』


ちゃんと本心を言葉にして伝える。

そうすると、アスランも自然な笑みを見せてくれる。

見れば分かる。

アスランはそれくらい勉強に夢中になっていた。

その姿へ。

見守るエストは内心、自分の後輩で同じくらい夢中になって勉強していた仲の良い友達も思い出せた。


勉強を教えてくれるエスト姉だけどさ。

色んな事を知っていて凄いなぁって。

それで、僕みたいな子供でも理解るように教えてくれるんだ。

うん。

前にエスト姉から聞いた初等科の話なんだけど。

たぶんね。

エスト姉はきっと、本当の『先生』のような感じなんだと思う。


アスランは夕食の後の自由時間。

この時間を使ったエストから、初等科で学ぶ算数の指導を本格的に受けるようになった。

算数も最初は午後の自由時間で、簡単な計算から教えて貰っている。


最近からエストは、より集中して教えるために。

また周囲を気遣う意味合いも含めてアスランを自室へ招くと、付きっ切りでの指導に熱を入れていた。


エストは自分も初等科で使った教科書を机の上に開くと、椅子に座らせたアスランへ、授業のような形で教えるようになった。

授業と言っても、学ぶアスランに合わせた指導方法を、自分なりに模索しながら。

こうした部分はエスト自身にも、今までとは異なった感の充実をもたらしていた。


互いに夢中になると時間を忘れる。

これはエストもアスランも一緒だった。


二人の勉強時間は時々、就寝時間をとっくに過ぎた事さえ気付かせなかった。


そして、当然ながら。

最後の見回りをする神父が見つけて注意するという流れもよく起きた。

ただ、叱るような印象は全く無かった。


『もう就寝時間を過ぎていますよ。二人とも夢中になって勉強するのは良いことです。ですが、楽しみは明日に残して。今夜は良い夢を見るように』


声の感じは柔らかく表情も優しい。

何より神父様の雰囲気が、とても楽しそうに映った。


既に子供達は寝静まっている。

神父はその確認で見回った最後。

夢中になって勉強しているアスランと、此方も夢中になって教えているエストの部屋へ赴く。

これも今は当たり前になっていた。


神父に声を掛けられた後。

アスランもエストも、『お休みなさい』を神父様に返す。


以前のアスランは、仲間外れの影響が理由で空いている個室を、半ば独り占めの様に使っていた。

と言っても。

何台か置かれているベッドの一つを使っているだけに過ぎない。

はっきり言って、誰かに邪魔をされないだけ気楽で居心地も良かった。


そして、アスラン以外の子供達は皆、数人で一部屋を賑やかに使っているのが普通だった。


現在は少し状況が変わっている。

アスランはエストの部屋で夜遅くまで勉強した後。

エストから『今夜も遅いし。一緒に寝ましょう』という感じで誘われる。


エストは口にこそしなかったが。

数人で使うような部屋で、ポツンと唯一人。

寂しさを言葉にしないアスランは、ここでも無自覚に傷を負っている。

そんな風にも見えていただけに。


私が傍にいる。

貴方は決して独りじゃない。


見立ては外れていなかった。

隣で眠るアスランが時折り見せる涙。

眠ったまま涙を流すくらい。

本当は寂しさを抱えている現実へ。

エストの自然と伸びた片腕は、内側へ招き入れるように。

そして、起こさないように抱き寄せた。


ただ、今度はギュッとしがみ付く掌の感触が。

その晩のエストの胸の奥へ。

あの日に犯した消せない後悔を、それを再び刻み込んでいた。


-----


4歳の誕生日から一月くらい過ぎた頃。

8月のシャルフィは夏も真っ盛り。

昼間の暑さは勿論、夜でも熱帯夜の日があった。


アスランの勉強は今も続いている。

午後の自由時間と夕食後の時間は、既に専属の教師にさえなった感のエストが、初等科で使われる教科書を開いて指導に就いていた。


誕生日の後で、アスランには毎週必ず問題集が届けられる。

教える側のエストは、この問題集を最初に見た時から手製だと気付いた。


手作りの問題集は、同時に製作者の実力の高さが容易に分かった。

工夫を凝らした問題はどれもそう。

問題文をしっかり読み解かなければ正解へ至れない作りには、自然と『読解力』を養える。

そんな工夫が凝らされた問題集は、単にアスランだけが解くなど勿体無い。


エストは、ついつい一緒になって自分も解く方に参加していた。

アスラン宛に毎週届く手製の問題集は、これが週に一度のテスト範囲で作られていた。


テストは既に6回目を数えた。

アスランが記入した答案用紙は、神父様が手紙でシルビア様へ送っている。


アスランは、自分が勉強で使っている問題集とテスト問題が、何方もシルビア様から届けられたものだと聞いていた。


4歳の誕生日から一月以上が過ぎた。

ところが、それまで数日に一度は訪れたシルビア様が来なくなった。

此処はアスランも気になったし、他の子供達も同じように気になった。


ただ、神父様の話では、シルビア様は今とても忙しく働いているらしい。

何でも他所の国へ大事な仕事で出掛けているそうだ。

それが理由で、本当は皆に会いたいのに会えないまま過ぎてしまった。


神父は、シルビアが子供達へ宛てた手紙を読んで聞かせた後。


『シルビア様は、他所の国と国が喧嘩をしない様に。今も頑張っているのです』


新聞からある程度の情報を得ている神父は子供達へ、女王が多忙に置かれている事情を、使う表現を選んで説明した。

そして、喧嘩をしない様に日頃から良い行いをすることが大事だと、諭すように纏めた。


この頃、文字が読めない子供達は知らなかった。

反対に神父は、購読している新聞に記された幾つかの記事によって。

もうだいぶ前から続いている懸念へ。

シャルフィの外で燻る事案は、一触即発になりかねない危惧も抱いた。

そうした火種が起きている事を、神父は最初に知った時から憂慮していた。


女王は、この問題を未然に鎮静化するための外交に本腰を入れたのだろう。

だが問題の当事国。

憤りすら抱くその国が起こした火種だけに。

神父の内側では、危惧だけが一層深まっていた。


シルビアは確かに忙しく飛び回っていた。

会えない寂しさを、寝る間際にしか抱けないくらい多忙に身を置いていた。

それくらい親友が、恐ろしくこき使ってくれた。


しかし。

女王は寂しさを抱えながら多忙を極めても。

週に一度の幸福な時間も、あるから頑張れた。


もっとも。

親友はこれを餌に、その餌を確実に与える事で残りの6日間。

今の所は何とか見事に女王の手綱を操っていた。


幸福な時間は、週に一度だけ。

その日だけは、シルビアが楽しみな一時を迎えられた。

そして、この時間だけは幸せに浸っても咎められなかった。


但し親友曰く『諸事情により、この時間帯。何人であっても陛下への謁見。それを許可する事は出来ません』と固く門扉を閉ざしている。

内側からも鍵を掛けると、付け足しは、外に控える近衛の騎士に対しても『誰であっても一切の例外なく帰って頂く様に』と、女王に用意させた勅書まで張り出した。


それくらいしなければ。

室内で幸せ暴走に浸る親友の、変態も極まった醜態を知られてしまう。


だから絶対。

それこそ女王の仮面を些末にも傷つけさせない為には、故に何をしてでも。

そう、例え血を流した所で、絶対に隠さなければならなかった。


補佐を務める親友の気苦労も、その対象は、しかし、無自覚極まれりだった。


シルビアからすれば、私はこの日のために頑張った。

そして、この日届いたスレイン神父の手紙は、ただ、神父からの手紙は後回し。


そっちはもう、どうでもいいのよ。


と、いう感じで同封された大本命へ手が伸びる。

封筒には、ちゃんと入っていた。

途端に頬が弛んだ。

もとい、緩んだ。


今週も得られた至福の一時は、自分にしか見えない幻のアスランを目の前に置きながら。

それでピンク色の独り言をぶつぶつ。


アスランが記入した答案用紙へ。

シルビアの握る赤ペンは、丸く円を描く軌跡を立て続けに走らせた。


採点を終えた後。

シルビアは堪らず渦巻き模様の円を書き記すと、その外周へ一筆書きで走らせた連続の円が、花模様はいっぱいの褒め感動の証。

今回は見事。

花丸満点だった。


満点の答案用紙を隣に置くと、シルビアは早速のように手紙を書き始めた。

勿論、宛はアスランへ。

今回のテスト結果への感想からを書き始めると、もう書きたい事ばかりが溢れていた。


手紙は毎週必ず書いている。

書きたいことはいっぱいあるが、テストで不正解の個所が在れば、これも必ず解説付きで手紙に纏めている。

答案用紙を見れば理解るアスランの努力に、シルビアは、少しでも何かしてあげたかった。


この手紙はアスランともう一人。

シルビアは、指導するエストへ宛てた手紙を書いている。


エストに宛てた手紙では、テストを通して自分から見たアスランの課題を綴る。

こうすることで、エストならきっと上手く復習に役立ててくれると信じて疑わなかった。


シルビアは、エストに宛てた手紙で、必ず感謝の思いを伝えている。

これまでのテストを通して、好成績を収めるアスランの努力はそうでも。

指導に携わるエストの手腕は、これも間違いなく優秀だからを、シルビアは理解っている。


一方で、シルビアから毎週必ず届く手紙に目を通すエストは、そこへ記された内容を基に、アスランへの指導方針を決めていた。

修道女のエストは、教員資格を持っていない。

けれど、学ぶことへ夢中になっているアスランの力になってあげたい。

シルビアの手紙は、そんなエストにとって、欠かせないものになっていた。


そうして教える側に立つエストは、意識してアスランの習熟と向き合いながら、急がずじっくり時間を割いて指導することを心掛けた。


シルビアはスレイン神父からの手紙も、これも後回しでも必ず読んでいる。

そこでアスランの勉強を、エスト以外に見ている神父の評価を重視していた。


アスランが勉強に使う材料は、カーラ特製問題集を中心に、指導するエスト本人が初等科で纏めていたノートを基にした指導方法も把握している。


エストがアスランへの指導方法を、当時の自分が纏めたノートを基にした事には、シルビアも知った後で直ぐ行動に移した。

シルビアは現在の初等科で使われる教科書と資料を一式用意すると、以降の勉強に幾らあっても困らない配慮が、ノートやペンを含む筆記用具を多く取り揃えた。


シルビアは更に、指導に携わるエストの助けになればと、教師が使う指導用の教本も一通り揃えた後、詰め込んだ荷物を急ぎ送る手配も済ませた。


孤児院へシルビアが送った荷物は、先ずスレイン神父宛に届けられた後。

受け取ったスレインから二人へ手渡された。


最初、スレインは自分宛てに届けられた大きな荷物を映して直ぐ察した。

同時に、教会の方にある私室へ荷物を運んできたエストには、アスランを呼んで、それから二人で来るように頼んだ。


届けられた荷物には、送り主の名が記されていなかった。

けれど、スレインには王宮から送られた品くらいを見た瞬間に気付かせた。


此処に女王が居るを示す御旗と同じ色をした上質な箱には、これも王家の紋章がパッと見で理解る大きさで押印もされていた。

故に、スレインには送り主が誰なのかを、聞かずとも理解できたのだ。


呼び出されたアスランが、エストを背後に駆け足で飛び込むようにやって来た。

しかしまぁ、スレインは待ち遠しかったくらいも理解っている。


今回は手紙だけではなかった。

それでも。

アスランはいつもと同じように、最初はシルビア様が自分に宛てた手紙を開いた。

何と言っても、これが一番の楽しみだった。


今回のテストは、シルビア様が満点を取った事をいっぱい褒めてくれた。

それだけで次も満点を取ろうって。

凄くやる気が湧いてくる。


手紙はそれから、シルビア様の今のお仕事のことが書かれていた。

手紙には外国へ何度も行っている。

それで今は、前の様に孤児院へ行くことが出来ない事が、とっても寂しい。

あとは、僕の勉強のことでも、本当は傍で見てあげたいって。

それも出来なくて。

だから『ごめんなさい』


寂しいのはシルビア様も同じだった。

変な言い方かもしれないけど・・・・・

僕は、なんか嬉しかった。


お仕事は大変だけど、でも。

そこに映った景色。

外国でしか見られない景色。


手紙は最後。

僕が幼年騎士になったら。

その時は外国の景色を、必ず連れて行くから一緒に見ようって・・・・・


凄くわくわくした。

騎士になったら・・・・・

僕の騎士になりたい理由が、この手紙で一つ増えた。


エストは、自分へ宛てられたシルビア様からの手紙を、読み耽っているアスランの隣で開いた。


手紙は最初の一文が、大げさなほど感謝で綴られていた。

それから、今回も複写されたアスランの答案が同封されている。

手紙には、前回で明るみになった課題点が、見事に改善されている。


シルビア様からは、そんな内容で指導が功を奏したという表現もあった。


私は自分がどうしたら、教えたい事がアスランに伝わるのか。

それで、昔の私が書いたノートを参考にしただけ。


そこには、シルビア様の教えてくれたことが、いっぱい書いてある。

初等科に通っていた頃。

時々シルビア様がしてくれた特別授業は、学校の先生よりも、ずっと面白かった。

私にとって、シルビア様の授業は、今でも楽しい思い出になっている。


シルビア様。

私は、その部分を真似ただけなんです。

だから。

アスランが良い点を取れたのは、本当はシルビア様のおかげなんです。


私に宛てたシルビア様の手紙は最後。

今の私ならきっと使い熟せる。

そういう理由で、教師が授業で使う特別な教材。

学校に通っていた頃には、そこで私も先生が使っているのを見ている指導教本を、シルビア様は同梱したので役立てて欲しい。


任せてください。

エストはそう、胸の内で力強く返事を紡いだ。

教える側の自分にも。

シルビア様は何かとしてくれる。


その期待へ。

エストは、なにがなんでも応えたくなっていた。


テストは6回を数えた。

今現在、アスランの習熟状況は申し分ない。

前回の課題は今回、しっかりと習熟出来ている事が結果で示された。


次回以降も。

そこでまた課題点が浮き彫りになれば。

同じ様に習熟出来るまで繰り返す。

ちゃんと習熟出来るまでは、悪戯に次には進めない方針。


エストへ向けたシルビアの考えは、綴られた手紙を読んだエストも同感だと頷けた。


アスランとエスト。

二人は、互い宛に贈られた教材を手に取った。

真っ新の教科書や資料の外にも、いくらあっても困らないからと。

束になって詰め込まれていたノートやペンは、他にも定規等の文具まで。


二人の意欲は、揃って俄然と普段以上に燃え上がった。

今日は午後の時間と夕食後の時間で、届いたばかりの新しい課題へ取り組もうという会話が弾む。

アスランとエストのやり取りを、見守るスレインの瞳は自然、それを微笑ましく映せていた。


2018.5.5 誤字の修正等を行いました。

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