幕間 中編 ◆・・・未だ知らない物語・・・◆
シャルフィ王国。
騎士王ユミナ・フラウを祖とする国家は、リーベイア大陸の中央よりやや南側に位置している。
また、隣接する中央の北側。
こちらは友好関係にあるシレジア自治州の土地になっている。
地形的には中央の北側地域に平地が多く、南側は東西の端を山脈が縦に連ねた。
このちょうど窪地となった中央の平野に王都は在る。
北側のシレジアは、その歴史においてシャルフィから独立した存在だった。
しかし、それも既に千年は昔の事。
ここ百年以内に限っては、東の東部自治合衆国と西のヘイムダル帝国の両国が領土権を巡って、そして何れかに帰するように強い圧力を掛け続けているのが実情。
東と西の国境線は何れも軍が配備されている。
それがヘイムダル帝国と東部自治合衆国で続く覇権争いなのは他所の国々でさえ分かっていた。
一方で、千年も昔には自治州となったシレジアの中では、東西の大国から事在る毎に受けた不平等極まりない。
それこそ搾取と言い切る者達が少なからずいる。
シレジアは議会制民主主義の下で今日まで。
ただ、その議員ですら両国の何れかに繋がりが在る者達が、血で血を洗う派閥争いを近年までしていた背景がある。
けれど、『シャルフィに聖賢宰相在り』と世界が認知していた頃から。
この辺りからシレジアでも良識ある市民が活発に動き始めた。
そして、後に良識派とも呼ばれた勢力から現在の首長が誕生した後。
それまでは大国の何れかへの帰化が当然の議題だったシレジアに、新たな選択肢が掲げられた。
『シャルフィ王国への帰化』
良識派の掲げた第三の主張。
この主張に市民の殆どが賛成の声を上げた事で、当時は聖賢宰相と国王夫妻が幾度も訪問したりする等。
設けた会談の中、良識派は帰化に向けての前向きな意見を交わし合っている。
当然、帝国派と合衆国派に属する者達は声を荒げて反対の姿勢を示したのだが。
市民感情は何れに対しても憤りだけが根強かった。
何方も様々な名目で金を毟り取る。
それを何十年とされ続けて来たシレジアは、此処にきて本格的にシャルフィへの帰化を加速させた。
その最中。
シャルフィ王国は国王夫妻を表向きには事故で亡くしている。
同時に、良識派から誕生した首長が何者かに暗殺される事件が起きた。
新聖暦2073年。
騎士王ユミナ・フラウの即位から始まった新聖暦は、この年にシャルフィ王国の国王夫妻と、シレジアの首長を失った。
シャルフィ王国の国王夫妻はヘイムダル帝国で事故死。
シレジアの首長は合衆国との外交の途中、その時の移動中に暗殺。
そして、世界はこの後になってから両大国へ厳しい姿勢を取るに至った。
シャルフィの国王夫妻。
当時のフォルス国王とユリナ王妃の事故死について。
これは後からヘイムダル帝国の一部が事件の首謀者だと明かされている。
当時、ヘイムダル帝国は大陸北西部にある幾つかの自治州と争いを起こしていた。
帝国側の主張は『自国の権益を不当に侵された』というもの。
反対に自治州側の主張は『帝国の主張は此方の権利を不当に侵している』というもの。
完全に食い違う双方の主張。
そして、この時に他国の大半が自治州側の主張を支持している。
結果。
複数の国々が双方の仲裁に入ったことも虚しく。
新聖暦2071年の秋。
ヘイムダル帝国は己の主張を通すために宣戦を布告。
当時から有名だった機甲師団を幾つも投入すると、自治州の領土を一方的に焼いたのである。
問題はこの時の戦争が『大虐殺』と歴史に名を残したほど酷かった事にあった。
攻め込まれた自治州側の要請に対して派遣された各国の調査団は、何の武器も持たない市民が数十万人規模で虐殺された調査結果を合同で発表。
それが現在進行形で今も続いている。
この発表に帝国政府は真っ向から『事実無根』の声を上げた。
しかし、既に完成された導力式の撮影機材が映した事実。
これが世界中を駆け巡った事で、それまで静観していた東部自治合衆国がヘイムダル帝国へ軍を派遣。
シレジア自治州政府が条件付きながら領内の通行を許可したことで、ヘイムダル帝国は東の国境線を侵される事態へと局面が傾いた後。
それまで戦線へ投入した全軍を撤退させるに至った。
新聖暦2072年の冬。
自治州側の受けた被害は、第三国の調査団の発表によって一般市民の死者数だけで125万人を数えた。
大小合わせて百を超す町や村が世界から消えた事実。
証拠不十分なものを合わせて略奪誘拐が横行。
女性の人権を踏みにじる蛮行までが記された報告書は、全軍を撤退させたヘイムダル帝国が、その後になっても『虚偽に塗れた報告書』だと声明を発表している。
表立った武力紛争は終息したかに見えた。
新聖暦2073年の初夏。
甚大な被害を受けた自治州への慰問と合わせて、補償問題を含む外交の仲裁でヘイムダル帝国を先に訪れたシャルフィ王国の国王夫妻は会談の直後。
そのヘイムダル帝国の空で起きた事故によって帰らぬ人となった。
同じ頃。
一度は認めた領内通行が発端となった武装戦力の領内駐留問題。
締結した条件では『ヘイムダル帝国軍の撤退を期限とする』文章が明記されている。
だが、帝国軍が撤退を済ませた後になっても何かと理由を付けては駐留する合衆国軍に対して。
シレジアの首長は早期の撤退を求めて外交に赴いた。
この外交の途上。
合衆国が用意した首都のホテルから車両で移動中。
そこでシレジアの首長は何者かによって暗殺された。
狙撃された首長は殆ど即死だった。
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殆ど同時に起きた二つの事件。
最初の公式発表では、両国政府とも関与を全面的に否定した。
しかし・・・・・
新聖暦2073年
初夏に両親を亡くした後。
聖賢宰相が尚も補佐する形で即位したシルビアは、当時はまだ17歳。
高等科へ通い始めたシルビアは、両親の事故死に関する自国の調査団が帝国政府から暗な妨害を受けた事を告発。
帝国政府はこの時も『事実無根』を脅迫に近い内容で表明した。
だが、ノディオンがシルビアを全面支持する意思を示した事で立場が急速に悪化する。
ヘイムダル帝国は、特に皇帝とノディオンには神聖不可侵とも呼べる繋がりが在る。
ノディオンは精霊信仰が特に厚い遊牧民族が暮らす土地。
幾つかの集落を形成すると、広大な大草原の土地を季節に応じて移動しながら営む民族である。
そして、新聖暦1200年代。
当時のヘイムダル帝国で起きた皇位継承権を巡る争いにおいて、何の後ろ盾も持たなかった第三皇子がノディオンで旗揚げした後。
そこから味方を増やし、幾多の戦場を駆けた第三皇子は至尊の位へと就く。
『未来永劫、ノディオンは我が朋友である』
金色の髪が雄々しく、掲げた御旗は獅子をモチーフにした事から『黄金獅子皇帝』とも。
人情に厚い青年だった事から『獅子心皇帝』とも呼ばれたディハルト・ラーハルト第三皇子。
即位後のディハルトは、自らをこう名乗った。
『ディハルト・エオス・ラーハルト』
エオスとは、ノディオンに古くから伝わる風の精霊の一つ。
その中で『不滅の友情』を意味するエオスの名を、即位に合わせて自らの名に加えた。
ノディオンの部族長を束ねる長老から許しを得て。
そうして名乗ったディハルトは、その口からノディオンを自らの第二の故郷とも明言している。
以降、ディハルトの末裔に当たる代々の皇帝も。
ノディオンへ敬意を払ってきた。
故に、シャルフィ王国の国王夫妻が事故死した件について。
ノディオンがシルビアを支持した意味。
それまで、帝国政府が『事実無根』を声高に主張した中にあって、皇帝が態度を覆した。
『永遠の朋友たるノディオンが、悪戯にシャルフィの主張を支持したとは思えぬ』
この時の皇帝は、それまで政府の対応を静観して来た。
支配者として特に有能でもなく。
まして政治は面倒だとすら思っている。
礼節を重んじ、不正を赦さない正義感程度しか取り柄のない。
自身を凡庸だと認める皇帝ではあったが。
故に、ノディオンの姿勢は特に重く受け止めた。
帝国に置ける皇帝の存在。
一言で纏めるならば、『絶対不可侵』の支配者である。
要するに絶大な権力を持った反論を許されない存在。
皇帝が『真偽を明らかにせよ』等と言えば。
さらに『ノディオンの意見を是とする。真偽の調査は、これを行うシャルフィを毛ほどにも害してはならぬ』と。
新聖暦2074年の年明け。
ノディオンの全面支持を背景に、シルビアは両親の死の真相を突き止めた。
幾つか断定には至らない部分も存在したが。
協力者の一人でもあるエリザベート博士の尽力によって。
両親が事故死ではない事実が明らかになった。
帝国政府内の過激な一派の手によって。
シャルフィ王国の国王夫妻が乗艦していた特別機。
この航空艦の導力部分に手が加えられた。
離陸後の艦が高高度へ達した頃。
手が加えられた導力機関に異常が発生。
そのまま出力を失っての墜落炎上。
完全な究明は時間が経ち過ぎた事で叶わなかったものの。
明るみになった事実を以って、皇帝は関係者を全て極刑に処した。
それこそ、当人だけでなく血縁と親族を含む一族全てを極刑にした程。
此処での皇帝の怒りは凄まじいものがあった。
後の帝国史において、この事件は『柊園の大粛清』と記された。
検挙された者達を極刑に処した場所が、日頃は民の誰もが赴ける柊園であった事で、それも公開処刑という形式で此の場所が使われたからである。
シャルフィ王国の国王夫妻が亡くなった真相。
それとは別にもう一つ。
シレジア首長が暗殺された真相。
こちらは数ヶ月早く明らかになった。
その背景には、アルデリア法皇国が強く関わっている。
リーベイア大陸の東側。
大まかに南半分を合衆国が占めているのに対して、北半分。
これを治める法皇国は苛烈な対応を即座に起こした。
暗殺されたシレジアの首長。
この時に巻き込まれた随員の一人が教会の職員だった。
首長が信者であり、外交の途中においてもミサへ欠かさず祈りを捧げている。
政治の場へ宗教を持ち込むことは無かったが、当時のシレジアの市民も日頃の首長が日々欠かさず朝の礼拝へ祈りを捧げてから庁舎へ赴く姿は見慣れていた。
今回の外交においても、首長がミサや朝の礼拝を滞りなく出来るように取り計らう。
そのために教会の職員が一人、随員に名を連ねていた。
そして、暗殺された首長の隣で。
首長を襲った凶弾は、貫通した後で職員の命まで奪ったのである。
シレジアからこの事実が届けられた法皇国は激怒した。
政治の諍いで敬虔な神の僕が殺される。
その事を断じて許さない強硬な姿勢。
法皇国は『魔導師団』を主力に20万規模の戦力を以って合衆国との国境を越えた。
東部自治合衆国は、その名の通り数多の自治州が集まって巨大な一つの合衆国を形成している。
各自治州から議員が選出され、その中から大統領と呼ばれる国家元首が選ばれる。
今回の事態に際して、特にアルデリアと国境を隣接する州からの糾弾の声。
それも当然である。
国境に隣接する幾つもの州は、各首長が個別に。
或いは同じく隣接している他の州の首長と連携して。
侵攻して来たアルデリア正規軍と至急の会談を持つべく奔走した。
大統領府の対応。
奔走する側にとって、この時の大統領府の対応は遅過ぎた。
また、回答が不明瞭のために。
それこそアルデリアが矛を収められる内容では無かった。
侵攻したアルデリア正規軍は、しかし、戦端を直ぐには開かず。
先ずは合衆国側の態度を見極めようとした。
そして、この時のアルデリア正規軍に対して。
国境沿いの各自治州。
此方は一致して真相究明の姿勢を声高に主張した。
合衆国は決して一枚岩ではない。
それは当事者も、周りの各国でさえ認識している。
強烈な威嚇行動。
と言うには、既に通り越した武力行使の半歩手前。
この点、国土面積は同じくらいでも。
合衆国が寄せ集めの烏合の衆なのに対して。
法皇国は国皇の下で一つの国家を成している。
その差は歴然だった。
侵攻したアルデリア正規軍は、国皇から開戦の勅が下れば即座に武力を行使していた。
政教は分離しても。
教会の職員は、それが他国の籍にあっても同胞である。
その死の真相を明かすためならば。
武力を誇示した威力行動くらい平然とやってのけられる。
それとは別に、教会総本部。
本部組織の中で、それこそ秘密機関とも呼べる部署から挙がった証拠。
この証拠が在った故に。
アルデリアは即座に強硬姿勢を示した。
つまり、確信があっての行動だったのである。
アルデリア正規軍侵攻の報せは、瞬く間に世界を駆け抜けた。
シレジアの首長が暗殺されてから半月と経たない短期間での軍事行動は、暴力的に過ぎるという声も少なからずあった。
けれど、この速さによって事件の真相と責任の所在は明らかとなった。
新聖暦2073年の秋。
約4ヶ月に及んだ法皇国正規軍の遠征は終わりを迎えた。
期間の殆どを合衆国の、それも国境を接する自治州に駐留する形で帰還の途に就く。
戦闘行動は一度として起きず。
その背景には勿論、合衆国側の現政権へ対する国境沿いの自治州が、離脱もあり得る姿勢を示した事も挙げられる。
調査の結果。
これも第三国のローランディア王国が中心となって行った報告書は、容疑者がマフィアと呼ばれる犯罪組織を金銭で雇った事が記された。
そして、この雇い主はシレジアを自国へ併呑しようと画策した現政権の代表。
つまり、大統領自ら主体的に関わった事が記載された報告書は、容疑を掛けられた大統領が、これも何者かに暗殺された後。
判明した事実を纏めている。
何者かが口封じを図った。
それは明白だった。
同時に、シレジアを半ば不当に占領していた合衆国軍は、これも逃げるように撤退した。
次の選挙まで臨時の大統領を務めることになった書記官が、第三国によって纏められた報告書を受け入れた後。
この書記官はシレジアに駐留している全軍を、即時撤退させる大統領令を発したからである。
本来なら複数人いる筈の副大統領の何れかが職務を代行するのであるが。
容疑を掛けられたのは死亡した大統領だけでなかった。
公開された容疑者名簿。
そこには副大統領達の名も連なっていた。
更に、その支持基盤である各州の議員の名前までが記された名簿によって。
新たな大統領は容疑の掛かっていない議員から選任すべしの声が。
既に議会内を当然の様に占めていた。
シレジア自治州は自領内から合衆国軍が撤退したことで。
暗殺に絡む賠償問題は別にして、一先ずの安寧を取り戻した。
この件によって、自治州内では合衆国側寄りの議員だけでなく。
帝国側に寄った議員までが勢力を急速に弱める事態へ繋がった。
新聖暦2073年の冬
それまで首長を代行して来たフランクリン首席補佐官が、選挙によって正式に首長へ就任。
そして、この時は未だ50代を迎えたばかりのフランクリン首長もまた『シャルフィ王国への帰化』路線の継承を表明。
これを市民は大いに歓迎した。
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・・・・・時は流れ・・・・・
新聖暦2085年の今。
この年の7月7日に5歳の誕生日を迎えたアスランは、教える側が意図して伏せた事もあって。
また、教会の図書室に並ぶ表向きの歴史関連の書物には、こうした腹黒い真相を表現を和らげた形でしか載せていない。
ただ、今も凄惨な真相を、こちらは各国の極一部だけで残している。
その真実の世界へ。
5歳を迎えてからも神界へ身を置くアスランは、今はまだ己の事にのみ集中できていた。
故に知らないでいる。
アスラン自身。
まだ子供の自分が知らない事は数え切れないくらい在る。
そう受け止めている。
もっとも。
こんな考え方や捉え方を極自然にしている5歳児を。
本人が無自覚なだけで、近しい者達は揃って異質だと認めていた。
『子供らしくない子供』
『子供の範疇を逸脱した存在』
等と呼ばれる所以。
この事をアスランが自覚するのは今しばらく先になる。
ただ、今のアスランは憧れの騎士王の剣技。
直に稽古を付けて貰える今に満足している。
そんなアスランを。
リザイアは可笑しそうに『あれじゃ、うちの娘も大変ださね♪』等と苦労の皺寄せさえ演じて見せた。
それとは別の口が『あれでシルビィの息子じゃん。こっちの方が絶対信じられないって』と笑った表情に。
ユミナと双子姉妹は揃って頷く。
アスランの帰還。
それはもう間もない先である。
ただ、現実に半月以上を此処で過ごしていた事も知らないアスランは、つい先ほどの稽古で気を失ったまま。
今はまだティアリスの膝枕の中で、安心した面持ちを浮かべながら眠っていたのだった。




