第52話 ◆・・・ 精霊と神の血肉で創られた右腕 ③ ・・・◆
『右腕編』①~③で一先ず区切りです。
「改めて聞いてだけどさ。それで僕の右腕は一度無くなったんだね」
今も部屋の中ではレーヴァテインが壁の修復作業中。
といっても、マナを使っての修理というのは、アスランからは便利そうに見えた。
同じ作業をしているミーミルの説明を纏めると、これも一種のアーツという事になる。
それも壁だけでなく、割れた花瓶なども元通りに復元できるとか。
しかも、衣服の汚れや身体の汚れまで。
それすらもアーツで清潔に出来るらしい説明は、聞いていたアスランの知的欲求を大いに擽った。
もっとも、レーヴァテインの性格では細かな作業が全く捗らず。
寧ろ、力加減が大雑把過ぎて壁に余計な亀裂が走る方が目立った。
結果、これも今はアスランに頼まれた賢神が。
あからさまに優越感に浸ったような上機嫌さで殆ど全部を手際よく元通りにした後。
この賢神は主からのご褒美に頭を撫で撫でされると、勝ち誇ったようにも見える幸せいっぱいの笑みを浮かべていた。
一方、もう一人の不甲斐ない剣神と揃って、これもご褒美を貰う賢神へ瞳を座らせたティアリスは、その二人が壁を修復している間にも自分のものだと言い切ってくれた主へ。
主が失った右腕の事の他、自身も初めて使って理解った部分など。
もうアスランへ隠すようなことを何一つしなかった。
それくらい胸の内で明確になった想いがティアリスをそう在らせたのである。
アスランも右腕の事情を、今は正直に話してくれるティアリスから聞いて改めて納得だった。
二人の会話は、作業をしていたレーヴァテインとミーミルは勿論、ユミナフラウも聞いている。
何処かで偽ったり隠したりすれば、それで直ぐにでも口を挟むつもりだったミーミルは、しかし、主の1番はそんな事をしようとすらしない。
アスランはティアリスの話と、それで抱いた疑問にも。
今はもう自分の中では納得出来た事で十分だった。
「やっぱり、神様の力って凄いよ。うん・・・・さっき言ってた迂闊には使えないって事もだけど。それは僕もその通りだなって思ったよ」
叱責でも糾弾や非難の言葉でもなく。
主は納得した感じの感想を紡いだ。
「う~ん・・・・ティアリスが力を解放して、その力に耐えられなかった僕の右手。つまり、ティルフィングを握っていた右手が腕ごと消し飛ぶ事故があったんだ。だけど、そのリザイア様って精霊がエレンと同じように僕の腕を治してくれた。纏めるとこんな感じで合ってるかな」
「マイロード。その・・・・私は」
「ああ、別に気にしなくて良いよ。だって、ティアリスには毎日のように斬られて来たし。骨も内臓も筋肉もだけど・・・・エレンが簡単に治してくれたからね。妙な言い方だけどさ。慣れた類だから。後は消し飛んだと言っても、今はまた元通りだし。それで良いんじゃない」
既に作業を終えて、今は空いている椅子に腰掛けているレーヴァテインからまた不満を隠さない「ティルフィングだけ特別扱いでずるいぞぉ。ぶぅぶぅ~」という素直な表現は、態と聞こえない振り。
「ミーミル。僕の右腕の件だけど、この件はもう蒸し返さない事。じゃないと、もう撫でてあげないから」
「我が君の御意のままに」
さっきは不満を見せていた賢神も、今はもう見事な掌返しの姿勢である。
主に頭を撫でて貰うご褒美の効果は絶大だった。
等と、一人胸中で抱くのは面白くない感情が燻るティアリス。
そして、妹のそんな内心さえ見透かした姉の方は頗るご満悦。
「レーヴァテインは後でお肉をいっぱい食べられるように僕もシルビア様にお願いするからさ。それで機嫌を直してくれないかな」
此処で紡がれた主のやや申し訳ない感を抱かさせた声に。
レーヴァテインは嬉々とした満面の笑みで不満を取り下げた。
かなりあっさりした性格である。
新たな主を得た三人が見せる光景は、生前から馴染んできたユミナの方が、アスランよりもずっと人柄は理解っている。
ただ、そのユミナも。
ここは懐かしむ・・・ではなく。
寧ろ、これが今後どうなって自分を楽しませてくれるのか♪
幼いが故に。
そして、育った孤児院では出来過ぎた大人に囲まれた影響が、今の所は人が好過ぎるアスランに対して。
それだって大人への道程を歩む中できっと変わる・・・・筈♪
アスランの将来的な展開を妄想する余り。
特に自分を楽しませてくれる身勝手な未来図だけで表情を緩ませていたユミナだったが。
しかし、妹のティルフィングから座るような視線を向けられていた事までは注意が全く及んでいなかった。
「マイロード。例え騎士王と称賛される英雄でも。見てください。あの悪意に満ちた不気味過ぎる笑みを。ですが、私はマイロードはそうはならないと確信しています」
「あ・・・・うん。何となく言いたい事は理解った感じだから。そうだね・・・・こういうのは確か。そうだ、反面教師にするんだっけ」
「その通りです。そして、マイロードの至らなさを逆手に我欲を企む存在も。その狡猾な手口に陥らないようにマイロードも励んで下さい」
「うん。分かったよ。でも、取り敢えず今はティアリスが傍にいて守ってね。それで、僕はもっと勉強も稽古も積むから。だから宜しくね」
「はい。マイロードは私が全力でお守り致します」
またも暗に手痛い口撃を受けた。
この時、ティルフィングから受けた口撃を、作った微笑みで受け流していたのはミーミル。
今も主へは穏やかな淑女の微笑みを向けながら。
腹の底ではティルフィングへの反撃を如何にすべきか・・・・・
主の気付かない所で、これもユミナを楽しませるイベントの火蓋が切って落とされた。
当然、ユミナ本人は楽しいのが分かる表情で目の前の光景を生暖かく見守っていたのである。
そんな折、アスランの視線が突如動く。
ユミナの隣で小さな光が一瞬ぱぁっと広がったように弾けたのを反射的に捉えていた。
「なになにぃ♪なんか面白そうな空気だったからさぁ。出て来ちゃった♪」
突然の声は、口調も楽し気にそう言って、アスランの瞳に綺麗なピンク色の髪の若い女性を映させていた。
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「私の名前はリザイアよ♪だけど、親しみを込めてリーザって呼んでね♡あとねぇ~私はこれでも精霊だから。右腕はどう?パーペキに治したから違和感とかも無いと思うけどぉ~。恩を感じてくれるなら♪い~っぱい着せちゃうから、ヨロシクね♡」
リザイアと名乗った女性は、アスランから見ても若い大人の女性に映っていた。
綺麗なピンク色の髪と、よく見れば同じ色の瞳。
一見すると精霊も人間と同じ姿だと抱きながら、注意深く見ると耳の先端が少し尖っている。
ただ、それも長い髪の毛のが殆ど隠しているので特にこう目立つようには映らない。
アスランも本人から精霊だと言われなければ、そして注意深く見つめたりしなければ気付かなかっただろうくらいは抱いている。
人間との見た目の違いはそれくらいだった。
アスランがリーザを今もじっと見つめる瞳を横目に、ユミナはリーザを隣に招きながらクスッと笑う。
リーザも今はユミナの隣へ、こちらも馴染んだような感で腰を下ろしながら。
そこで隣に座るユミナが何か含んだような笑みを見せたことで、視線をアスランへ向けた後。
察したように今度は意味深な笑みがリーザからも浮かんだ。
「ふ~ん・・・・アスランのことはユミユミから聞いていたけどぉ。うん♪どうやら子供にしては賢過ぎるって所は間違っていなさそうね♪だけどぉ、初対面の美女に向けるその探るような眼差しは減点かなぁ~。でもでも~此処から一発。美人過ぎるお姉様を蕩かせちゃう台詞が出て来るようならぁ。減点をチャラにして加点してあげても良いわね♡」
し~ん・・・・・・・
ここで空気が痛いと感じたのはミーミルとティアリス。
揃って内心リザイアが滑ったくらいは抱いた。
ただ、これも同様に揃ってフォローする気など微塵も無い。
リザイアがこういう性格で、それで滑った所でお構いなしなことも分かり切っていた。
期待どころか何の反応も返って来ない事で完全に空振った感を抱くリザイアだったが。
やらかした感は「あははは・・・やっちった?」と苦笑い気味になった所で、今度はアスランから先に「初めまして。アスランと言います。それと、ティアリスからリザイア様が僕の治療をしてくれたと聞きました」と、そこで深々と頭を下げられた。
「右腕の事も治療して頂いて本当にありがとうございます」
掴みは失敗等と、それで苦笑いすらしていた所へ来ての予想外な挨拶返し。
しかも、未だ幼い子供に此処まで丁寧な挨拶をされたリザイアが今度こそ反応に窮してしまう。
だが、アスランは知らない。
というよりも憶えているわけがない。
更に言えば、人間が生まれたばかりの頃の記憶を知る由が無いのだ。
それも、産声を上げて間もない時間の記憶を持っていたら、寧ろその方が怖い。
リザイア自身、その時には既に会っているのだから初対面という訳ではなかった。
そして、あの時に連れていた娘の一目惚れした相手が、たった5年で目の前に立っている。
リザイア自身も、そしてユミナフラウもだが。
選定の儀において神託を受けた聖女が産んだ希望。
たった5年で此方側の理に足を踏み入れたこと自体、何方にとっても予想外だったのは確かである。
しかし、この原因を作ったのは間違いなくリザイアの娘。
そう、エレンが未だ幼いアスランへ深く考えることなく与えた力の影響は、こうして知る側にも波及していたのだった。
「まだ子供だし・・・・あと親が親だから心配していたんだけど。私と違って・・・・バカ娘は良い買い物をしたのかしらね」
呟いた自分にしか聞こえない程度の声。
これが何処か幸せにも抱ける感情でむず痒いリザイアの隣で、ユミナはアスランにまた座るように促している。
「本当はねぇ。あれだけの重傷だったからさぁ~。まだ寝ているかなぁって思ってたんだけど。うん♪その感じだと大丈夫そうみたいね」
先手必勝♪・・・を意識した訳ではないにせよ。
普段はこうして会話の主導権を掴んできたのもある。
それを今回は未だ幼い男の子の未熟さによって掴み損ねたリザイアは、故に意識した感の声で尋ねた。
そして、それすら気付くことも無いくらい無自覚なアスランは、素直にもう大丈夫と大きく頷く仕草で返した。
「右腕が無くなっていた事もついさっき知ったばかりなので。ですが痛みや違和感はありません。ただ・・・・知ってから妙なというか。その・・・」
そう。
アスランは右腕それ自体には何の違和感も感じていない。
けれど、さっきのレーヴァテインの事では不可解な感覚があった。
その正体が分からないでいる事が口籠らせてしまうのだが。
アスランの声の変化に、そして口籠った部分を聞いていたリザイアは当然だとばかりに笑い出した。
「そりゃそうよ♪アスランの右腕は確かに治したわよ。だけど、人間の身体はね。欠損した肉体を再生出来るくらい万能じゃないのよ。それで、治療する時に何だけどぉ~♪じゃじゃん♪私ってば天才過ぎるからさぁ~。私と、それから扱い的には神様になったユミユミの血肉を使って復元しちゃったのよね♪どうよ。この突き抜けた天才様がすることは凄過ぎるでしょ♪」
ぶいぶ~い♪
と、疑似音付きの両手は見せつける様なVサイン。
開いた口が塞がらないアスランが「・・・・・・」と凍り付いたのもお構いなしに、こっちは鼻高々と悦に入るリザイア。
「・・・・あの。今の話だと・・・その、僕の右腕は人間じゃなくなっている。という事でしょうか」
一度は思考まで停止してしまったアスランからの、どうにか気を取り直して尋ねられた部分に。
鼻で笑ったリザイアの頷きは、頗るご満悦なのが見て分かる。
「まぁ~、創って移植した右腕だけどぉ。これは精霊の血肉と、さっきも言ったけどユミユミの血肉とで創ってあるのよ♪特に精霊の血肉が拒絶反応を起こさないように~。ユミユミからはそれで骨まで貰ったのよねぇ。しかしさね。私がアスランを診たときはもう出血ドバドバでヤバヤバだったのよ。これぞ正しく虫の息ってやつぅ♪そんでね。足りない血は私とユミユミだけじゃなくティルフィングからも分けて貰っちゃったりしてるのさ♪そうやってアスランは復活したって訳なのよ♪」
フフ~ン♪
と、鼻を鳴らすリザイアが頗る上機嫌なのは、唇も滑らかで饒舌に語っているだけで十分伝わるものが在った。
何かこうやり遂げて満たされたかのように。
「それでね~。いやぁねぇ~。うんうん・・・・実はさぁ、人間の身体に精霊や神の血肉を移植したのは前代未聞。まぁ、初めての試みだったわけさね♪それでね~くっつけた後でどうなるか。私も全く予想できなくてさぁ~それがチョ~ッチ心配だったのよね♪」
「・・・・・え?」
変わらないリザイアの口調と雰囲気だから。
うっかりしていたら意識に留まらずに抜けていたかも知れない。
しかし、アスランは特にティアリスから鍛えられて以降。
こうした部分も子供にしてはあり得ないくらい注意力を備えている。
故に。
リザイアの口調と雰囲気に流されることなく気付く事が出来た。
「一応ね~。異なる複数の獣を掛け合わせて合成獣を生み出す禁忌はあるんよ。そんで、この突き抜けた天才としてはさぁ~。パーペキな理論が示した予想と、後は何とかなってくれ的な願望ださね♪それで私の頭の中で構築された新たな禁忌っぽいスペシャル過ぎた発想がこうキュピ~~ンって閃いた瞬間!?マジヤバイ。っつうかコレってイケるんとちゃうって♪そんでもう後は躊躇うこともなくやっちったってわけよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
果たして自分は感謝して良いのだろうか?
開いた口が塞がらない感で、完全に沈黙してしまったアスランは、横目で心配そうに見つめているティアリスから言わせると、もう完全に凍り付いて血の気も失せた様にしか映っていなかった。
一方、此処までノリノリに喋ってくれたリザイアは渇いた喉を潤すために、此方は隣で可笑しかったのを全く隠そうともしないユミナが用意してくれた紅茶を一気飲みで流し込む。
まるでビールジョッキで一気飲みしたかのような豪快さで、空になったカップをテーブルに叩くように置いた後。
「プッハァ~♪んでね。そういう訳だからさぁ~。今のアスランの右腕は精霊と神の血肉で創られた。もう超絶マジヤバで何が起きるかワッカリマセ~ン的な感じになったんよ♪しかもさぁ~、輸血した血まで精霊と神のじゃん♪んまぁ~目が覚めて今の所まで拒絶反応が出ていないんなら。問題ナッシング♡で良いんじゃない♪」
すっかり気分最高潮なリザイアと、こういう性格も理解っているユミナが隣で大笑い。
二人だけが意気揚々と盛り上がる空気を今も作っているのを映しながら。
完全に思考が停止した感じにも映る主を映すティアリスの口から洩れた呆れの溜息。
単に失った右腕をリザイアが復元再生した程度しか聞いていないミーミルとレーヴァテインですら。
これも揃って今はもう呆然自失気味である。
アスランの頭の中はもうごちゃごちゃで考えを整理する事も纏めることも。
それどころか自然に向いた先で映った右腕をぼうっと映したまま。
「僕・・・・人間じゃなくなった・・・・の」
合成獣等とも聞いて、それで漏れた小さな声。
ハッとして、そして不安を内に心配の眼差しを向けたティアリスが声を掛けるより早く。
ただ呆然としているようにしか映らないアスランを見つめるユミナから。
「それは事実ですが、常世の真理ではありません」
ついさっきまで隣に座るリザイアの語る内容で大笑いしていたのとは異なって、打って変わったかのような真剣な表情を見せた騎士王に。
変わった空気の質は、アスランへ再び強い緊張を纏わせた。
「今のアスランの中には、確かに人間以外のものが混ざっています。それは間違いなく事実ですし、故に単に人間でなくなったという表現も間違いではないのでしょう」
落ち着いた声に、目に見えない迫力のようなものがあった。
緊張でゴクリと生唾を飲み込んだアスランは、しかし、今は最後まで聞くべきだと。
肌から感じ取った感覚が沈黙を選ばせた。
「ですが、人間という種族も決して一つではありません。男女という性別だけでも二種類に分けられます。生まれつきの肌の色の違い。瞳も髪の毛も。身体の大きいものや逆に大人になっても小さいもの。身体の一部に障害を抱えている者も、逆に生まれた時から病弱な者とて・・・・人間という個体はそれだけで千差万別。たとえ双子であっても全くの同じではありません」
ユミナはそこで一度、態と間を取るように紅茶を口に運ぶ。
そして、一息着いた後。
「アスラン。貴方が貴方でいたいと思う限り、貴方は間違いなくアスランです。精霊や神の血肉が加わろうと、その程度で貴方は変わってしまうのですか?今まで在り続けたアスランはもう消えてしまうのですか?」
「それは・・・・・」
自分が変わる。
今までいた自分が消えてしまう。
その部分の問い掛けに、アスランは胸の内で『違う』と抱きつつも。
ただ、それとこれは何か上手く繋がらない。
こう自分を納得させられる結論を出せないことが、心にもやもやしたもどかしさを残している。
「アスランは、それが人間だからと。逆に神だから、精霊だからと。そんな括りで相手を見るのでしょうか。私はアスランを、アスランとしてしか見ていません。アスランである要素の一つに人間というものが入っている。その程度です。貴方の考え方や生き方は、それが人間だからそうなった・・・・そうではない筈です。貴方自身がそうして来ただけではありませんか」
「・・・・・・うん」
言われて思い当たることが多かった。
ティアリスが神様だから尊敬している・・・・訳ではない。
アスランの尊敬するティアリスは、出会ってからのティアリスと過ごした時間の中で憧れや尊敬となっている。
それを騎士王ユミナフラウから指摘された事で、胸の内でもやもやしていたものが取り除かれた感にさえなると、アスランの思考は簡潔に答えを示した。
「右腕の事でいっぱい聞いたから。それで僕はもう人間じゃないって、何か化け物にでもなったんじゃないかって。キメラとか禁忌とか、それでそんな風にも思ったんだけど。でも、僕は僕だって。それが分かったので十分です」
「このお調子者の口調では、貴方が不安を抱くのも当然です。ですが、私もリザイアも。特にティルフィングは貴方が助かるのなら自分の命ですら差し出すと言ったくらいです。アスランを助けたい・・・この偽りない想いによって今のアスランは存在している。それも事実です」
そう告げられたアスランが視線を隣のティアリスへ向けると、そこに映った1番の存在から「マイロードが助かるのなら」と向けられた微笑みに。
途端に胸の奥からいっぱいに溢れ出たそれは、一体何なのかを理解できていないアスランの頬を赤く染め上げた。
アスランの中では幾つもの感情がごちゃ混ぜになっている感じで、けれど、ティアリスが向けてくれる微笑みが堪らなく嬉しい。
しかし、熱いとも苦しいとも抱かさせられた初めての体験は、これも見つめていたユミナをクスクス笑わせる材料でしかなかった。
「アスラン。貴方はティルフィングと出会う以前から、姿こそ見えないまでも精霊と言葉を交わしていましたね」
「はい」
「その精霊ですが、貴方はどのような印象を持っていますか」
「エレンは・・・そうですね。はっきり言って明るい感じのバカです」
途端に今度はユミナの隣から噴き出した爆笑が部屋を満たす。
片手はお腹を押さえた感じで、もう片方の掌はテーブルをこれでもかとバンバン叩きながら。
そんなリザイアを敢て無視したユミナは、これも視線をリザイアへ向けているのが分かるアスランへ言葉を続けた。
「なるほど。エレンという精霊をアスランはそう捉えている。では、そのエレンをアスランは嫌いだと抱いているのでしょうか」
「嫌な感じを受けることもありますが。でも、僕はエレンに凄く感謝しています。エレンはいつも馬鹿みたいに明るくて、えっと・・・確かああいうのを自由奔放って聞いた事があります。だけど、魔導の事で中等科へ入らないと習えないと知った後。それで落ち込んでいた僕にアーツを教えてくれたのはエレンです。エレンのおかげで、僕はティアリスと出会えました。そう考えると、ヴァルバースの事もエレンが居なかったら倒す事さえ出来なかった・・・とも言えるかな。うん・・・・だから、エレンはバカだけど。でも、僕の1番最初の友達で、凄く良い精霊です」
「どんな精霊なのか、姿を見てみたいとは思いませんか」
ユミナの問い掛けに、アスランも素直に「見れるのなら、ちゃんと会ってみたいです」と答えた。
「僕はエレンが声の感じで子供っぽい女の子くらいはイメージ出来るんですが、それで明るすぎるのと、後は物事の説明が苦手で、だからバカだって思う事が多いです」
ここでまたしてもユミナの隣は大爆笑。
そして、リザイアが爆笑する理由を知るユミナは、それを理解った上で敢て無視している。
「それだと、レーヴァテインとは似た印象もありますね」
「うん。エレンと被らなかったら。レーヴァテインなんて格好良い名前だけで、もう最高って思えるんだけどね」
その瞬間、アスランの背後で今まさに声を発しようとしたレーヴァテインではあったが。
まるで示し合わせたかのように、ティアリスからは裏拳が。
ミーミルからは握った杖が振り下ろされると、アスランが気付かない内に意識を絶たれてしまった。
神速で処理された一連の行動によって、アスランは自分の背後で起きていた事件?には全く気付かず、けれど、ふと抱いた事を素直に尋ねた。
「あの、リザイア様は精霊なのに姿は見れるんですよね。じゃあ、なんでエレンは姿を見せてくれないんですか」
アスランからの問い掛けに、ユミナは隣に座るリザイアへ視線を向ける。
一方で向けられた側は少しの間、何かを考えるかのように沈黙していた後。
「そうねぇ~」と、ようやく口を開いた。
「ちゃんと〝友達″になったら姿を見せてくれると思うわよ」
「それって、僕はエレンと友達じゃない・・・ってことですか」
アスランがリザイアからの返事に対して深く考えずに紡いだ言葉は、そうではないという首を横に振るような仕草が的を射ていない事を告げている。
「あのねぇ~。先に言っておくけどさぁ。精霊の声を聞ける人間なんて滅多にいないのよ。それとも、アスランの周りは皆揃って聞こえていたのかしら」
「それは・・・・僕以外だとシルビア様だけです」
「まぁ、普通の人間は精霊と関わる事も無いからねぇ~。実は声が聞こえて言葉が交わせるってだけでも稀なのよ。だけど、そこから踏み込んだ形になれば・・・・そうすれば姿だって見せてくれるわよ」
「それが、友達という意味なんですか」
「あんたさぁ~・・・・そのエレンって精霊にだけど。ちゃんと友達だよぉとか言葉にして伝えたことあるの?何かされて嬉しいって思ったら感謝の気持ちを言葉にして伝えたりさぁ」
リザイアから尋ねられて、それでアスランもハッとした感になった。
エレンに対して、今の気持ちは嘘じゃない。
ただ、エレンに感謝している気持ちも、友達だって言えるくらいは好きな感情も。
それを言葉ではっきり伝えた事があるかと尋ねられて。
思い返した限り、アスランはエレンへちゃんと伝えた事が無い・・・・のではと至った。
落ち込んだようにも見え映ったアスランへ。
リザイアは態とらしい大きな溜息を、それこそアスラン以外が一様に呆れたとばかりを演出したかに抱いた演技で、「人間も精霊も。後は神様もだけどねぇ」と、再び自分へ視線を向けるアスランを鼻で笑った。
「ちゃんと言葉にして伝えないと伝わらない部分もあるんだからさぁ。好きとか嫌いとか、感謝も不満も。そういうのを互いに言い合えるくらい気心の知れた関係って。そういうのを友って言うんじゃない・・・・っと、お姉様は思う訳さね♪」
アスランはリザイアの事を何処かでエレンと似ている雰囲気を抱いた。
特にバカっぽいと感じた口調やノリが、多分にそう思う理由となった訳だが。
けれど、今の言葉からは素直に納得も出来た感を受け止めている。
カールとシャナと仲良くなった頃、アスランはシャナの態度に都度、嫌われている?と抱いては、本人とカールから『そうじゃない』と言われて来た。
特に、シャナから直接『嫌いじゃない』と言われて、それで安心したことを思い出したアスランは、この時のリザイアから言われた事を実感的に受け止められたのである。
アスランの表情の変化を、これも理解したかのような面持ちを見つめていたユミナは、内心で改めて聡いと抱きつつ。
そして、この聡いは単に知的なだけでなく、本人が持つ感受性が寄与している。
故に無自覚でありながら周りを引き寄せる素質さえ持っている。
そこまで推し量った思考は最後、示した答えがユミナを小さく笑わせた。
・・・・アスランは間違いなく苦労する性格ですね。ですが、半分以上は自業自得です・・・・
ククッと笑ってしまったユミナの隣で、これも怪しむ様な表情を態とらしくチラつかせたリザイアからの「ん~・・・ユミユミが何か企んだ笑いをしているぅ♪」は、しかし、首を横に振った後でユミナは真っ直ぐアスランだけを捉えた。
「リザイアと違って真面目に考えていただけです。ティルフィング達と盟約を交わし、それ以前から精霊と言葉を交わして来たアスランは何れ・・・・」
最初は憧れの印象とも異なって、何処かでエレンとも被る。
そうも抱いた騎士王が今は真剣だと理解るくらい。
だから、アスランも無意識に真剣な姿勢で聞いていた。
そして、騎士王は自分が何れと告げた所で言葉を切った。
続く言葉を待つ時間。
一拍の間を置いた騎士王と異なって、聞く側のアスランはこの時間が特に長く感じられた後。
「アスランが誓った常世の安寧は、今の幼いアスランには知らない事が多々あります。それは理解っていますね」
騎士王から尋ねられたことへ、アスランは首を縦に頷きで返す。
ユミナもアスランが頷くのを見届けた後で、再び言葉を紡いだ。
「先ずリーベイア大陸ですが、地図を見れば理解る通り。大陸中心にあるシャルフィ王国は小国です。そして、アスランはこのシャルフィ王国のことですら知り得ていない事が多々あります」
一度、言葉を区切ったユミナは、これもまた頷きで答えるアスランを映して、それからまた言葉を続けた。
「書物からも知識は得られます。ですが、常世の安寧を守ると誓ったアスランは、世界を歩きながら学ぶべきです。貴方の瞳で、耳で。そこでしか感じ取れない何かしらも含めて、そうして培ったものが貴方の常世をもっと押し広げるでしょう」
騎士王の言葉だけに重みがある。
特にこうやって真面目な顔つきで口調も真面目だと凄みの様な重圧を肌で感じるアスランは、けれど、世界を歩くという表現には心を躍らされた。
図書室で読んだ聖剣伝説物語以外の冒険物語の本では、読んだアスランが冒険者の主人公にも憧れを少なからず抱いている。
勿論、聖剣伝説物語とて、英雄譚である前に騎士王と仲間達の冒険の物語とも言える。
世界を歩いて学ぶということは、つまり、それだけで自分が騎士王と同じように歩けるような錯覚をアスランに見せたのである。
「そして、リーベイア世界とは関係ありませんが。アスランは盟約についても未だ知らない事があります。何より貴方が失った右腕は、盟約のことを完全には知らないでいた事が関わっているからです」
瞬間、それまで憧れの冒険者を半ば自分に置き換えて夢見していたアスランは、再び空気がピリッとした感でチクチクするような緊張を肌で感じ取った。
だが、意識は既に切り替わっている。
失った右腕の事は、それはもうアスランの中では納得の決着だった。
しかし、騎士王はそれも盟約を完全には知らないでいた事が関わっていると言った。
無意識の内に視線が厳しくなったアスランを見つめながら。
紅茶を一口、それくらいの間を置いたユミナは続きをまた語り始めた。
「ティルフィングが本来の力を解放した際、それによってアスランの右腕が消失した本当の理由。実は交わされた盟約が不完全だったからです。そのために、アスランは肉体の一部を失いました。ですが、ティルフィングも貴方との盟約が不完全だとは知らないでいた。これも偽りなく事実です」
「どういうことですか」
「同じことを繰り返すような言い方ですが、ティルフィングは聖殿から一度として出て来なかった。それ故に、この事実を知らないまま今に至ったのです。反対に、時々は私の話し相手にもなってくれたレーヴァテインやミーミル。この二人はそうした事実を私から聞いて知っているからこそ。それもあってまだ幼い貴方に時として露骨な表現も使っていた。盟約を完全なものにするためには、互いの接触が不可欠なのです」
「互いの接触?」
素直な疑問を抱くアスランには、その幼さを考慮したユミナも露骨な表現を避けた。
しかし、だからこそアスランは接触の意図する処を理解らず。
何とか理解しようと一生懸命考えるアスランへ。
ここで空気を全く読む気のないリザイアが、「要するに赤ちゃんが出来る様な事をしちゃえって意味なのよねぇ♡」と、あからさまに口にした途端。
それまで沈黙を貫いて来たティアリスが分かり易いほど顔を真っ赤に染めながら叫ぶような声で「リザイア様!!」と叱るのとは反対に。
同じく沈黙を通していたミーミルは、ほんのり頬を赤く染めながら期待の眼差しをアスランへと注ぐ。
「コホン・・・ええ、我が君に置かれましては。その、未だ幼子という事で。故に私も敢て伏せていたのですが。リザイア様が明かしてしまいましたことは事実その通りなのです」
ポカンとしてしまったアスランの思考は一旦停止中。
時々瞬きを繰り返す程度。
表情まですっかり固まっていた。
敢て伏せていた・・・・等と。
ティルフィングから露骨に白々しいと憤りの視線を突き刺されたミーミルは、しかし、これは事実だからと強気な態度で何食わぬを演じる。
寧ろ、一番最初に盟約を交わしながら。
にも関わらず、そうした事実を知らないでいたティルフィングの落ち度でこのような事態へと発展したのだ。
お互いが神格だから使える思念の会話は、それで今度こそ糾弾されたティルフィングが苦虫を噛み潰したような表情を顕わにした。
そんな中で、一旦停止はしたものの。
ようやく何のことか呑み込めた?
アスランの口から大きな吐息が一つ。
「なるほどね。赤ちゃんが出来る様な事が互いの接触なんだ・・・・うん。だけど、結婚って何人もの女性として良いものなの?」
し~~~~ん・・・・・・
前半は理解したかに捉えられた。
だが、後半は必ずしも正しく理解したかを疑ってしまう。
それで沈黙してしまった空気は、ただ、これも全く空気を読む気が無い。
ククッと堪えた笑いは、直ぐに堪えきれず大爆笑♪
片手はお腹を押さえて、もう片方の手はテーブルをバンバン叩く。
笑い過ぎて涙目になったリザイアへ自然と集まった視線も。
「ゴ・・ゴメン。あ”~だめだめ♪でも良いんじゃない。まだ5歳なんだし♪種付けの仕方なんて、もうちょい先の年齢になればさぁ。こっちが教えなくても勝手に覚えてくれるって♪」
「*#&~!!」
咄嗟に?かはともかく、リザイアの声を遮る叫び声はティルフィングのもの。
そのせいで、アスランはリザイアが何を喋ったのかを殆ど聞き取れなかった。
反対に、ティルフィングがそうした初心な反応を露骨に晒した結果。
これもミーミルは不敵な微笑みで、後はリザイアが口にした部分へは何度もその通りだと同意の頷きばかりを繰り返す。
そして、周りがこうやって個性的な反応を顕わにすることで、それが面白いから可笑しく笑うのがユミナである。
ただ、悲しいことに、この場に至っても。
レーヴァテインの意識は戻ってこないままだった。
アスランは隣で気恥ずかしいのか真っ赤になって喚いた?
おかげでリザイアの話を殆ど聞けなかった事は不満でもあったが。
けれど、その代わりにティアリスのこうした一面を見られたことは何処か得した気分で、それはそれで何か満足できる感を得ていたのである。




