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第51話 ◆・・・ 精霊と神の血肉で創られた右腕 ② ・・・◆


「ようやく子供らしいところを見せてくれましたね。・・・・安心しました」


アスランは今もユミナフラウの両腕の中で、けれど顔は上げられないでいる。

何かこう言い様の無い恥ずかしさを抱えたせいで、さっきから視線が上がらないでいた。

ユミナフラウから子供らしいと言われた声に。

アスランは無言だったが、その胸の内では『僕はまだ子供です』と言い返した。

ただ、このような態度も見せてしまったアスランは、しかし、これも自分よりずっと大人のユミナフラウを微笑ませただけ。


覗かせた子供らしい部分は、それを愛おしいとも思えるからこそ。

ユミナは自然、アスランを強く抱き寄せた。


「孤児院で暮らして来た貴方が、何を内に抱えているのか。それが無自覚なものでも・・・・アスランにとってティルフィングは、だから特別なんでしょうね」


ユミナフラウに言われた事を、アスランの方は完全には理解出来ずにいた。

それでも、ティアリスが特別であることは間違っていない。


「レーヴァテインとミーミル。二人は必ずしも貴方を怒らせたかったのではありません。ただ、悔しかったくらいは在るはずです。アスランが、自分達の王が特に大切にしているティルフィングが。その王へ隠し事をしたと。そう抱いたから許せなかった。だから・・・」


・・・・貴方はティルフィングの王として、今度は貴方からティルフィングに真相を尋ねなさい。それによって沙汰を下す責任が、今の貴方にはあるのですから・・・・


騎士王ユミナフラウの言葉は、その両腕に抱かれたアスランの深い所にまで染み込むように届いた。


感情任せに力を振るってはならない。

抱き寄せられた後からのユミナフラウの優しい言葉は、その意味においてアスランも叱られたくらいは自覚出来た。

逆に優しく諭すような言葉だからかも知れない。

アスランの方は、騎士王が語る言葉の一つ一つが胸の奥で重く積もった感じを抱いていた。


その騎士王から、王の責任を果たすようにとも言われたアスランは、間もなくユミナフラウの両腕から解かれた。

解かれた・・・・というよりも、アスラン本人がこのままいつまでもこうしているわけにはいかないと感じ取ったからだが。

この瞬間は未だ気持ちが完全に落ち着いた・・・・とは言えなかった。

ずっとティアリスを殴ったレーヴァテインを赦せない感情が燻っている。

そして、ミーミルのあの目付きだって思い出すと腹が立つ感情が残っている。


だけど・・・・・・


騎士王が正面から見つめる先で、アスランは何度か深呼吸を繰り返した。

言われた事を、もう一度ちゃんと思い出す必要がある。

レーヴァテインが怒った理由。

ミーミルも怒った理由。

それは耳にしただけで、今も自分からは確かめていない事実がそうさせた。


ティルフィングが本来の力を解放した事が原因で、僕の右腕が消し飛んだ。

でも、今はちゃんと右腕があるし・・・・・

痛みとか、そういうのも無いから。

言われるまで全く知らなかったし、ただ、マナの枯渇以外に右腕が無くなる怪我もあったから瀕死になっていた?


アスランは意識して右肩を回す様に腕を動かすと、指先の感覚も確かめるように握ったり開いたりを繰り返す。

聞いた限りでは、一度失くした右腕を再生して貰っている。

そして、今も動かした感じでは痛みや違和感は感じない。

それこそ、腕自体を本当に失ったのかを返って疑いたくなるくらい。

それくらい腕には何一つ変わった感じは見受けられなかった。


アスランは考えた。

右腕が消し飛んだ事はきっと間違いない。

第一、それが偽りなら、二人は全くの嘘でティアリスを虐めた事になってしまう。

レーヴァテインとミーミルの二人の態度は、思い返したアスランに嘘ではないと結論を出させた後。


そこまで思考を働かせたアスランはもう一度静かに、ただし、それまでよりも深く息を吸い込むと、間もなくゆっくり吐き出してから姿勢ごと向きを変えた。

今度は下を向いているティアリスを正面から見つめて、いつものティアリスじゃない・・・・そう抱いた事が、やはり右腕の件は本当だったと胸の内で確かなものに変わった。


レーヴァテインに殴られて、それから今もまだ無言でいる。

絨毯の敷かれた床に両手と両膝を付いたまま。

ずっと絨毯だけを見ているような感じで、顔も上げてはくれないでいる。


アスランの知っているティアリスはいつだって堂々として、それがとても格好良く映っていた。

気品があって、言葉遣いも礼儀作法も。

アスランは自分がティアリスへ抱く尊敬の部分。

憧れでもあるし、目標でもある。


だから、今の目の前に映るティアリスは、こんな風に弱く映ったティアリスは初めてだった。


「・・・・!ま・マイロード。その、これは・・・」

「良いから、このまま少しじっとしていて」

「で・ですが・・・その・・・」

「じゃあ、命令。少しじっとしていて」

「・・・・・分かりました」


ティアリスは突然のことに最初、訳も分からず驚いた。

自分の頭を後ろから抱くようにして、それを主であるアスランの胸に今は抱かれている事が、兎にも角にもティアリスを半ば混乱させてしまう程に驚かせた。


「ティアリス。正直に答えて。聖剣の力を使って、それは僕のマナをいっぱい。うん、枯渇するくらい使ったのは本当なんだよね」

「はい・・・その通りです」

「それで、さっき初めて聞いた僕の右腕が無くなった事だけど。ヴァルバースを倒せるくらいに強い力だからさ。そういう強い特別な力を使った事が原因で、それで僕の右腕が消し飛んだ・・・・のかなって」

「マイロード・・・・申し訳ありませんでした。私は・・・私の力のせいでマイロードを、取り返しのつかない過ちを犯してしまいました」

「それは、僕の右腕が無くなったことは間違いないって事だね」

「はい・・・・その通りです。どのような罰でも」

「罰しないよ」


罰しないとはっきり口にしたアスランは、勿論そのつもりでいる。

ただ、この場に居合わせる、それ以外の表情は三者三様。

一時、気を失っていたレーヴァテインは栗鼠の様に頬を膨らませると目も座らせた態度からして露骨に不満を顕わにしている。

反対に表情は普段通りでも、ミーミルの目付きからは不満だと訴えているのが分かる。

ユミナはアスランが腰かけていたソファーに今は腰を下ろしたまま、そこから楽な姿勢で成り行きを見守っていた。


「マイロード。ですが」

「何度でも言うけど、罰しないからね」


視線を上げて訴える様な瞳を見せるティアリスに、しかし、アスランも譲る気はない。

再び明言した後で、そこからアスランは自分なりの考えを述べた。


「ヴァルバースが現れた時だけど。その時の僕は先ず逃げることしか考えなかった。そして、もしティアリスと出会っていなかったら。たぶん、逃げた所で生きていたとも思えないんだよね」


誰よりも先ず、アスランはティアリスに伝えたかった。

壁の方から不満のブーイングを上げるレーヴァテインの声さえも、意に介さないくらい視線は真っ直ぐティアリスだけを映していた。


余談ではあるが、この最中。

アスランからは死角の位置にいるミーミルが、これも背後に投げ付けた杖があり得ない軌道を描いて、ぶぅぶぅ騒ぐレーヴァテインに直撃。

原理は全くの不可解でも。

剣神を一発で黙らせた程の威力は、杖の先端が壁に深々と突き刺さっただけで容易に想像がつく。

そして、情けないかな剣神レーヴァテインは目を回しながら。

またも気を失ったのであった。


「あの時にティアリスが居てくれたから。ティアリスが居たから僕は戦う事を選べたし、カールやシャナもだけど。エルトシャン達やエスト姉に神父様。メニラ婆ちゃんもトーマおじさんや・・・・皆が殺されずに済んだのは、それは間違いなくティアリスが僕の傍に居たからだよ」

「マイロード・・・・」

「聖剣ティルフィングの力ならヴァルバースを倒せるって。マナを使い過ぎて立っているのも辛かったけど。ティアリスが僕の傍にいる・・・・それだけで凄く安心できたんだ。確かにミーミルのおかげでマナの回復もして貰えたし。いきなり僕を投げたレーヴァテインも、それは後から理由を知って納得したから」


思い起こす事が出来る。

同時にそれは怖さよりも、寧ろティアリスが居た事で、どれほど安心を得られたのかを。

アスランはそれを再確認するような口調で紡ぎながら。


「僕の守りたいって思った全部は、それは叶わなかったけど。うん・・・・それこそ僕がインフェルノで焼け野原にしちゃったからね」

「ですが、それによって千は軽く居ただろうバハムートレオも。マイロードのアーツで殆どを討ち取れたのです」

「うん。だからさ。僕は住んでいた場所を焼き払う事でしかそれを成し得なかった。それぐらい僕は未熟で、そんな僕が聖剣ティルフィングの本気の力を使ったら。それで腕が無くなるくらいは当然だよって納得しているんだよね」

「マイロード・・・私は」

「ティアリス。僕はまだ未熟者で、だからティアリスを使い熟せないでいる。僕だけの剣なのに・・・・でも、ティアリスは僕のものだから。さっきも言ったけど、もっと修行を積んで使い熟せるようになるから待ってて。だから罰しない」


アスランは言いたい事を言いきった。

それで胸の内からすっとした気分になれたのだが。

直後、今度はティアリスに背中から抱きしめられると、額を胸に押し当てたティアリスの肩が震えている・・・・ように見えた。


「私は・・・マイロードに・・・」


声の感じで、ティアリスが泣いている。

そうも感じられる声は、そこで見守っていたユミナフラウから「それがアスランの下した事であれば」と、続く言葉に無言でいたミーミルと途中からまた目を覚ましていたレーヴァテインが揃って頷く。


「ですが、アスラン。貴方はティルフィングだけの王ではありません。二人の間ではそれで良しとしても。王としての責務はまた別です。このままではミーミルとレーヴァテインは、尚更ティルフィングだけが特別扱いされる事へ不満を抱くでしょう。その辺りを熟考しなければなりません。未熟者なら、至れるように努力しましょうね♪」


最後は茶化した感の声でも。

その前までは真顔で、それで聞く側のアスランも緊張していた。


レーヴァテインとミーミルを納得させる・・・・

してくれるんだろうか?

罰を与えるにしても。

それだって、ティルフィングの力を使う事を選んだのは・・・・・


「ティルフィングの力を使う事を選んだのは僕です。だけど、それでもきっと二人とも納得しないんだよね」


空気だけで何となく理解る。

だから・・・・・

思案しながら、ふとアスランは閃いた様に頷きを繰り返した。


「うん。罰したくないけど。だから三人とも罰する事にした」


一瞬。

アスランの言葉に空気が凍り付く。

特に、ミーミルとレーヴァテインは何故?と揃った反応を顕わにした。


「ティアリス。右腕の事を気にしているティアリスには、僕を一人前に。そうだね・・・・ティルフィングを使い熟せるように稽古を付けて貰うから。あと、僕の傍にいて僕を守る事。付け加えて、僕に悪だくみをするような存在の排除も任せるから」

「マイロード。仰せのままに」


アスランを今も抱きしめたまま。

ただし、ティアリスの声は普段の感を取り戻していた。


「次にレーヴァテイン。いくら勝つためでも、何の相談もなしにいきなり王様を投げたのは問題だよね。それから、僕の一番のティアリスを殴った。罰として壊れた壁はちゃんと直す事。それから、僕もレーヴァテインをあんな風にはしたくないからさ。仲良くしようね」

「王様ぁ~。態と投げたんじゃないんだよぉ~~」

「うん。解ってる。だけど、それを言ったらティアリスだって同じだし。文句言わない」

「んにゃぁぁあ”あ”~~」

「お肉付きの食事。言うこと聞かないと頼んであげないよ」

「お肉!♪王様っ♪ちゃんと覚えててくれたんだぁ~。うん。あたし、王様の言うこと聞くからね♡」


食べ物で機嫌が良くなるんだ・・・・・

うん。

だけど、何となくレーヴァテインは分かり易いって理解ったし。

納得してくれたのなら。

それで良いや。


「ミーミル。最後はミーミルだけど・・・・」


さて、ミーミルをどうやって罰しようか?

一瞬でも過ったこの問題に、それよりも先に当のミーミルから「我が君。私に落ち度はありません」と、正にその通り。

アスランもそう思ってしまっただけに。

しかし、此処でレーヴァテインがミーミルの主張へ、開口一番に異議を唱えた。


「王様っ♪ミーミルは王様の知らない言葉で、その意味を正しく伝えませんでした。だ~か~ら~。それは間違いなく有罪でっす♪」


途端に怒りの表情を顕わにしたミーミルが、これも分かり易いくらい怒った声で「レーヴァテイン。貴様は我が君の御前で私を貶めよう等と。それこそ断罪すべき事案」とまぁ、早速のように噛み付いた所で。

それには抱き着いた姿勢で顔を起こしたティアリスからも、「マイロード。レーヴァテインの言う通り、確かにミーミルはマイロードが意味を知らない表現を用いて我欲を約束させました」と、此処でアスランの判断は決した。


「ティアリス。ミーミルのその事だけど。具体的に僕はどう騙されたの?」

「はい。ヴァルバースとの戦いの折、ミーミルはマイロードに寵愛という表現について深く愛するという意味合いでのみ説明しました。覚えておられますか」

「あ・・・うん。寵愛って言葉の意味は知らなかったし、それで憶えているけど。それが騙した事になるの?」

「いえ、意味合い的に間違いではありません。ですが、説明が足りていない事も事実です。特にミーミルが伏せた部分は、その解釈において無視出来ない部分が御座います」


レーヴァテインの発言だけなら。

だが、ミーミルにとっては誤算とでも言うべきか。

此処で強かに反撃して来たティルフィングの存在は、それも見越したお目溢しが貰える表現解釈にしたミーミルの計算を狂わす要因へと変わる。


アスランから「ミーミル。なんか二人の言い分だとね。ミーミルは僕に何か隠しているようにも聞こえるんだけど。隠しているのは間違いないかな」と、尋ねられたミーミルは、けれど、自身が答えるより先にユミナが口を挟んだことで退路が絶たれた。


「アスラン。ミーミルは貴方を謀った・・・そういう事ではありません。そして、寵愛の意味を単に深く愛するとだけ述べたのも。使われる意味合いや解釈を全て明かさなかった事情も私は理解ります」


ユミナフラウのこの発言で、ミーミルが援軍を貰えたくらい強気な姿勢を見せた直後。


「ですが、〝意図的に隠した″理由の部分は、それがアスランの幼さに在るからです。アスランが子供だから〝態と教えなかった″。まぁ、アスランも後十年くらい先になれば知っていると思うのですが・・・・故に、ミーミルは意図して。態と。その辺りの説明をしなかったのですよ」


意図的に。

しかも態と。

その表現を繰り返し使ったユミナフラウの発言こそ故意なのだが。

しかし、ティルフィングとレーヴァテインが此処にきて揃った反応を示した事もある。

同様に、ミーミルは隠し事をした事実だけは認めざろう得ない。


「ミーミル。不勉強な僕が悪いのは認めるよ。あと、きっと僕を気遣ってそうしたんだよね」

「我が君・・・・いえ。それでも、私が我が君へ隠した事は事実です。どうぞ裁いて下さい」


主から先に自分の非を謝られる。

その点ですら未だ幼い主に不勉強だなどと。

この辺りは賢神としての沽券に拘わった。


「じゃあ、ミーミルには・・・・そうだね」


そこでまたアスランは罰の内容を考える羽目になるのだが。

先に壁を叩くレーヴァテインを映して。

一層亀裂の走った壁に突き刺さっている。

恐らく間違いなくこれが原因で壁が更に壊れた。


「ミーミルも壁を直そうか。だって・・・・杖が突き刺さっているし。うん・・・自分が壊した分くらいは直そうね」

「そ・そんな・・・・私の杖が・・・・」


今頃になって気付いた?

壁に深々と突き刺さって、ただし、経緯はこうである。


レーヴァテインのブーイングを黙らせようとしたミーミルは、背後を見ることなく杖を投げている。

そして、この杖があり得ない軌道だった故にレーヴァテインを再び気絶させたのも事実。

なれど、この杖はレーヴァテインを撃ち抜いた後で勢い余って未だ無傷だった個所に突き刺さった。

そうして今頃になって気付いた当のミーミルが青ざめた次第である。


紅茶を片手に一人だけ寛ぐ姿を見せているユミナからも、「ミーミル。王様が下した罰ですから。綺麗に元通りにするのですよ♪」と向けられた微笑みに。


数分後。

バカと抱く剣神の隣で。

そのバカから『賢神のくせにバカな事したもんだねぇ♪」等と揶揄われて。

負けじと『貴様なぞ、普段からバカ丸出しであろう』という感じに盛り上がる二人を他所に。


アスランとティアリス。

此方は互いの距離をまた少し縮めた感で、それはそれで互いをバカ呼ばわりする二人から妬かれるのであるが。

その辺りは巧みに誘ったユミナの独り勝ち。

こうして、ユミナは久方ぶりに楽しい時間を満喫したのであった。


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