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第50話 ◆・・・ 精霊と神の血肉で創られた右腕 ① ・・・◆

アスランが屋敷の主と直接顔を合わせたのは、これが二度目となる。

ただ、今回は初めから相手が騎士王ユミナフラウだと分かっているだけに。

正面から向かい合うソファーに腰を下ろしたアスランは既に緊張で固くなっていた。


騎士王ユミナフラウ。

後から暗黒時代の表現で歴史の本にも記された邪教が支配した世界は、これを終わらせて新時代を築いた大英雄。

その英雄譚が、アスランも大好きな聖剣伝説物語であり、シャルフィ王国の始祖とも伝えられている。

もう二千年は昔の大英雄と、アスランは今この瞬間も面と向き合っている。

憧れであり目標でもある。

故に生まれた強い緊張は、口の中に渇きを感じさせ、鼓動は一向に落ち着かない。

自然、呼吸も落ち着かなくなると、後は映る騎士王が微笑んだだけで無意識に肩から背中に力が入っていた。


アスランが此処に居るのには理由がある。

ティアリスから聞いて、自分が騎士王ユミナフラウの屋敷で眠っていたこと。

しかも負傷した身体の治療のために、そして、受けた傷が癒えるまで部屋を貸してくれた等とも聞けば、お礼の一言を伝えるのは当然である。


此処へ来る少し前にベッドから立ち上がったアスランは、ティアリスと二人で。

というよりも、ティアリスに案内されるままアスランはこの部屋へやって来た。

アスランを案内したティアリスから、「ユミナは来客用の応接室で待っています」と、青い絨毯が敷かれた廊下を歩きながら。

絵本で見た貴族の屋敷の中のイメージとも近い感のそれは、しかし悪戯に飾った感じは全くない。


案内された応接室へ入った時も、豪華よりは断然質素な感じで、でも華やかさがある。

テーブルやソファーは派手さは無くても高級感を抱くようなもの。

視界に映った花瓶やカーテンもそれは同じだった。


そこから騎士王ユミナフラウに促されてソファーに座るアスランは、ただ、この時にはもう怖さの様な緊張で固くなっていた。

正体を知らずに会っていた時は普段通りで居られた筈なのに。

今回は初めからそれで緊張していたアスランは、自分の隣にティアリスが腰を下ろしてくれた事だけで。

それだけでもう何か救われた感の安心を得られたのである。


緊張していても、独りじゃないと抱けるこの安心は、それさえも見透かしたような騎士王の声によって場の空気が動き始めた。


「そんなに固くなる事はありませんよ。それとも、私が貴方の憧れの騎士王だと知って怖気付きましたか♪」


アスランは自分を見つめながら楽し気な面持ちでくすくす笑い出した女性を、それが初めから本物の騎士王だと知っていたら。

たぶん、否、間違いなく。

あんなことは言わなかった。

だが、後悔先に立たずとは、こういう時に残された先人のありがたい言葉なのだろう。

神父様が授業でそんな話をしてくれたのを、今頃になってアスランは実感していた。


「ふふ。アスランは私を前にして今度は緊張している・・・・ですが♪どうやらまた色々と思案してるようですね。思慮深いのは良いことです」


場の主導権は騎士王が完全に握っている。

声の感じも表情も穏やかなのに。

アスランは自分の周りだけ、空気が圧迫しているような感覚に晒されていた。


しかし、この強い緊張状態も。

隣に座るティアリスから「マイロード。先ずはユミナへ感謝を伝えましょう」と、その落ち着いた普段の声が此処でもアスランを救ってくれる。


自然、それだけでアスランはまた、自分を縛る見えない何かから楽になると、隣にいる1番の存在へ頷きで返した後。

視線は真っ直ぐ騎士王ユミナフラウを映したまま。

そして、先ずは足腰に力を入れて、背筋を伸ばしながらしっかりと立ち上がった。


「ティアリスから聞きました。負傷して意識の無かった僕の手当てをして下さったと。そして目が覚めるまで部屋を貸して頂いたこと。本当にありがとうございます」


意識して強めに発した声は、それを聞いていた側に響きの良い音となって伝わる。

主の強い緊張を感じ取っていたティアリスは安心を抱き、ユミナは自分を前にして萎縮していたアスランの気質の変化を感じ取った。


アスランは最後、述べたお礼の後で、腰から姿勢を斜めに頭を下げた。

ティアリスから剣を習いながら、その時からこれも習った礼儀作法は、見守るように主を映すティアリスの内心に、先ずは上出来だと抱かせた。

この部屋へやって来た時は明らかに緊張で萎縮していた。

それが今は堂々としているアスランの変化に、ユミナはまた微笑みながら。

ただし、首を小さく横に振った。


「いいえ。祖国を脅威から守って頂いたのです。寧ろ此方がお礼を述べねばなりません」


はっきりとそう述べた後、自身も立ち上がったユミナは視線を起こしたアスランへ。

アスランがしたのと同じように腰から真っ直ぐ頭を下げた。


「神獣ヴァルバースからシャルフィを守って頂いた事を、私はその事をアスランに深く感謝しています。ですから、貴方が受けた負傷を癒す程度は。何よりも瀕死に至った原因でもある失った右腕を再生するくらいは。それくらいは当然させて頂きました」

「・・・・・・え?」


騎士王の告げた声の内容に、アスランの方は突拍子もなく思わず反応してしまった。

そして、これで何か察したのか。

既に姿勢を起こした騎士王がまた可笑しそうに笑っている先で、事情が未だに呑み込めていないアスランが視線をティアリスへ向けた直後。


「王様っ♪ちゃ~んと右腕も元通りだね♪」


背後から突然抱きしめられたアスランの耳に届く元気な声の持ち主は、勿論レーヴァテイン。

アスランが内心でエレン(バカ)と被る名前だけは間違いなく格好良いと抱く臣下は、主の首の後ろに態と谷間が当たるように豊満な胸を押し当てながら。

此方は相変わらず元気いっぱいで、緊張とは全くの無縁だった。


「いやねぇ~。ティルフィングがさぁ~。まさか、神威を全開で解放するなんて。あたしも思ってもみなかったんだよねぇ。だから王様の右腕。ティルフィングが力を一気に解いたせいで消し飛んだんだよ♪」

「・・・・・・・・・・・」


アスランには首の辺りに触れて来る柔らかい感触など一切伝わっていなかった。

今も陽気な口調で話し掛けるレーヴァテインの声すらもそう。

それすら右から入って左から抜けるような感覚で、内容を理解しようと働いてさえいない。


だが、呆然としたアスランの前にもう一人。

同じく姿を現したミーミルの方は、ただ此方は臣下の礼を取るように先ずは恭しく片膝をついた。


「我が君が全快しましたこと。このミーミルも特に嬉しく思います」


穏やかな声と弁えた態度。

それだけで、今も背中から抱き着いているレーヴァテイン(バカ)とは違うのだと。

無言でそう告げている・・・・くらいを此処で理解っていたのはティアリスだけ。


しかし、ミーミルも恭しい臣下の礼を演じるのは此処まで。

直ぐに姿勢を起こして立ち上がった後は、露骨に目尻を吊り上げながらレーヴァテイン(バカ)と睨みあうように対峙すると、躊躇いなく口火を切った。


「レーヴァテイン・・・・貴女は我が君になんて無礼な振る舞いをしているのですか!?そうやって未だ幼い我が君を色仕掛けで誑かそうとは正に亡国の兆し。この場で滅さねば我が君にとって後の凶事となるは疑う余地なし」


途端に何処から?と、今回も言いたくなる衝動を抱えたアスランの目の前で。

賢神ミーミルが伸ばした右手が何も無かった空間を掴むと、そこから当然のように豪華な杖を引き抜いた。

そして自らの武器を引き抜きながら、勢いそのままレーヴァテインを叩きのめそうとしたミーミルだが。

序列は無くとも剣神が相手では分が悪かった。


ミーミルの行動に対して、レーヴァテインも迫り来る一撃を躱す程度は造作もない。

寧ろ、普段なら片手欠伸で余裕綽々。

それくらい理解っているミーミルが敢て正面から襲ってきた理由も。

主を残して躱す事が出来ないと見越しているから。


つまり、この一撃を自分は絶対躱せない。

淑女という名の分厚過ぎる毛皮の内側に在る狡賢く計算高い腹黒な本性を持つ賢神(ミーミル)らしいやり口に・・・・・

それでも、レーヴァテインの瞳は全く揺らがない。

内心で『ホント。ミーミルは腹黒だねぇ♪』等と鼻で笑うくらい余裕綽々だった。


襲い掛かる賢神の杖を、レーヴァテインは至って気にした感も無い素振りで左手の親指と人差し指の間で難なく受け止めた。

ただし、今度は賢神の杖を握り返しながら、「チッチ。この程度の攻撃じゃ、あたしを王様から引き剥がすなんてムリムリぃ~♪」と、露骨な挑発行為で応戦。


主を前後に挟むような形で、それも互いに怖い笑みで睨みあうレーヴァテインとミーミルだったが。


「ねぇ・・・僕の右腕が消し飛んだって・・・・どういうこと」

「「「・・・・・・・・・!?」」」


ティアリス以外が揃って思わず同じように反応してしまったそれは、けれど真っ先にティアリスを睨んだのはミーミル。


「ティルフィング。まさか、我が君に話していないのですか」

「・・・・・・・・」


視線も声もはっきりと厳しいものなのは分かるそれに、肝心のティアリスは未だ押し黙ったままで視線も下を向いている。

沈黙を肯定と受け止めたミーミルが更に問い質そうと言葉を発しようとして、ただ、それよりも先にアスランの目の前でティアリスが突然、殴り倒された。


拳一発でティアリスが床に倒される。

反射的に睨んだアスランの視界に映った。

殴ったレーヴァテインの冷めた表情は、特に相手を侮蔑したかのような瞳が際立った。


「ねぇ・・・ティルフィング。あたしはさぁ~・・・・あんたはそういう事をしない。そう思っているんだよね。王様が眠っている間、ずっと傍を離れなかった事も。本当に心配していたくらいは理解っているんだよ。それから自分の口で『王様の右腕を消し飛ばしました』ってちゃんと謝るだろうって思っていたんだ。なのに、ねぇ~。なんでその事を王様はあたし達に尋ねるのかさぁ。ちゃんと説明してくれるかなぁ」


怒りを押さえ付けた感の声に冷たさが宿っていた。

それでもなお無言でいるティルフィングの態度に、業を煮やしたレーヴァテインは再び拳を握りしめた。


アスランを挟んで近くに居るミーミルもまた、この時の心情はレーヴァテインと同じだった。

何よりミーミルが赦せないのは、ティルフィングが主から絶大な信頼を置かれていながら。

にも関わらず、主が瀕死に至った負傷の詳細を、中でもティルフィングが主の肉体の一部を消失させた事実を未だに。

その主へ伝えていない事が発覚したからである。

故にミーミルもまた、ティルフィングへ向ける視線は一層の厳しさを孕んでいた。


テーブルを挟んでいたユミナからも見ても。

レーヴァテインとミーミルから厳しい視線を向けられるティルフィングは、此処にきて明らかに態度がおかしいと映った。

それが何なのか。

巡らせた思考は、生前からの為人。

そして、ユミナは小さく息を吐き出す。


ユミナ自身はティルフィングが明かさずにいた事へ。

その理由とでも言える部分に思い当たる節がある。

何となく・・・・というよりかは確信があるそれに対して。

ただ、ユミナ本人はその部分へ踏み込む気も無かった。


藪蛇の様な事をしなくても良い。

ティルフィングの事はもう新たな主に任せよう。


そう抱けるユミナには、これも確信がある。

ティルフィングがアスランを選んだように。

アスランはティルフィングを信じて疑おうとしていない。

その部分の根に在るものには興味や関心もあるが、それも含めて藪蛇だから見守る選択肢を選んだユミナは一人。

まるで静かな観客を装って紅茶を口に運ぶゆとりさえあった。


ユミナが紅茶を片手に、その向こう側では今も無言でいるティルフィングが、レーヴァテインとミーミルの二人から軽蔑の視線を突き刺される。

だが、場の空気はここへ来て一変する。

瞬間、今度はレーヴァテインの身体が弾かれたように強い衝撃を伴って壁に叩き付けられたのである。


不意打ちと予想外の威力に情けない悲鳴を漏らしたレーヴァテインの身体は、壁にめり込むほど強かに叩き付けられた。

しかも、それによって壁全体に亀裂を走らせた事が衝撃の度合いを物語っている。

突然の事に目を見開いたミーミルは、ここで主から低い声で紡がれた「僕のティアリスを殴る奴は・・・・」の後で、それまでの気配とは明らかに異質な圧迫の空気に当てられた。

ミーミルは自分の首を絞めつけられるような強い圧迫感に声も出せず、そして息苦しさの中で満たされたのは恐怖。

幼い主に対して、この時のミーミルは一瞬でも背筋を冷たいものが流れたほど死を予感させられた。


「たとえ相手が神様でも・・・・ぶっ飛ばす!!」


剥き出しの感情の矛先を突き付けられて、しかし、ミーミルは自分がティルフィングを殴った訳ではない。

なのに今、まるで同罪だと言わんばかりに睨まれているミーミルが恐怖を抱くほど主は激昂している。

だが、忠誠を誓った王に対して。

その王が大切にしている者を傷付けた。


遅れた思考が理由を導き出した直後。

咄嗟にミーミルはアスランへ片膝をついて、そして深々と頭を下げた。


・・・・自分にティルフィングへ危害を加える意思はありません・・・・


目の前に立つ怒りを隠さない王へ、ミーミルが出来る意思表示はそれだけだった。

また、絶対的にそうさせてしまう程。

ミーミルは、はっきりと瞳に映していた。


アスランの周囲を光る塵の様なものが吹荒れている。

それも足の爪先から頭の上にかけて昇るように。

その正体が何なのか。

ミーミルは、王を包み込んで吹荒れる光る塵の正体が理解るからこそ。

故に言葉だけでなく姿勢によって、自らの王へ赦しを求めた。


-----


「まったく・・・・私の屋敷を壊されるのはさすがに困りますよ♪という訳で。レーヴァテイン・・・・ちゃんと壁を直して下さいね♪」


つい先ほどまでは二転三転した部屋の空気だったが。

それも、今はもう落ち着きを取り戻した。


それより前の出来事で、事情は分からないままでも、アスランは自分の1番(ティアリス)を傷付けられた瞬間。

それが引き金となって噴き出した激しい感情は、瞬く間に心を満たしただけでなく理性を決壊させた。

そして、理性を失ったアスランは、ただ、激情のまま突き動いた。


目の前でティアリスが殴られた。

それだけでアスランの胸の奥底から一気に溢れた感情。

瞳が映したレーヴァテインとミーミルの冷たい蔑視の視線も。


直後、自分が何をしたのかさえ。

この瞬間のアスランは全く覚えていなかった。


ただ、ティアリスを傷付けられた感情が、それをした二人を絶対に赦さない!!

それだけは確かだった。


自分を満たして収まらない激情の中で、アスランはティアリスを殴ったレーヴァテインを『ぶっ飛ばす』と、そう明確に抱いた。

ただそれだけで、直後。

目の前で強く弾かれたようにぶっ飛んだレーヴァテインの身体は、その声が悲鳴を上げながら。

そのまま部屋の壁がひび割れるくらい強かに叩き付けられた。


胸中は激情が渦巻く中で、アスランは何が起きたのか。

何故、レーヴァテインが壁に叩き付けられたのか。

全く解らなかったし、解ろうとさえしなかった。

それどころか心を完全に支配した激昂は、なおも強い衝動で捌け口を欲した。


壁一面に亀裂が走るくらい激しく叩きつけられたレーヴァテインが、そこから座るように床へ崩れ落ちてピクリともしない事へ。

けれど、アスランは何も感じないだけでなく。

ティアリスを殴ったレーヴァテインをぶっ飛ばしても全く満たされない欲求が、今度は目の前で平伏す賢神を次の獲物だと駆り立てた。


ゆったりした動きで振り上げた拳。

目に前で平伏す無抵抗の賢神を、この時の理性を失くしたアスランは、既に善悪の区別も。

また、それ以前に今の自分が完全に自身を見失っている事さえ理解っていなかった。


平伏した姿勢で抵抗もない。

そんな相手をただ感情に任せて一方的に殴ろうとしたアスランは、振り上げた拳を振り下ろすように踏み込んで・・・・


『アスラン。貴方は本心で、それをしたいのですか』


凛とした声の後。

自分とミーミルの間を遮った別の存在によって、アスランの感情任せの暴走は阻まれた。

それはミーミルを守るように、アスランの正面に立ち塞がっただけでなく。

踏み込んだアスランの身体さえ柔らかく両腕の中に抱き込むと、後はそのまま背中から包むように今も抱きしめている。


『もう一度尋ねます。アスラン。貴方は本心で、それをしたいのですか』


ビクッと、一瞬でも全身を駆け抜けた強い震え。

身体だけでなく心まで震撼させられた声によって、さっきまで絶対赦さないと激しく燃え上がった炎が弱くなっていくのを。

騎士王の両腕に抱かれながら。

アスランはようやく自覚出来た。


そして、残り火となった赦せない感情が、それまで激情で溢れ返っていた心が穏やかさを再び取り戻す中で。

抗おうと奥歯を強く噛みしめさせても。

けれど、そんな抵抗もユミナフラウの慈しむような声が霧散させた。


「アスラン。貴方がティルフィングをとても大切に想っている。その気持ちは痛いくらい理解りました。ですから、もう怒りに身を委ねないでください。でなければ、今度は貴方を想う大切な者達を失いますよ」


・・・・それは、アスランの本意では無い筈です・・・・


ティアリスを殴ったレーヴァテインは、それだけで許せなかった。

それに、殴らなくてもティアリスをあんな目付きで睨んでいたミーミルも許せない。


故に、怒りだけでミーミルまで殴ろうとしたアスランだったが。

今も自分を優しく抱いてくれる騎士王ユミナフラウの。

その言葉の一つ一つが胸の奥で、じんわりとした温かさを広げていた。


それまでアスランの心を支配した、どうしても赦したくない感情。

だが、それもまたユミナフラウの慈しみによって、今はまた本来のアスランを取り戻させた。


背中を優しく何度もさする手の感触が何処か恋しいと思えた。

アスランはユミナフラウに抱きしめられながら。

脳裏に浮かんだのはシルビアと過ごした時間。


ふと、アスランは忘れたわけではないにせよ。

木剣で素振りを教えてくれるようになった後から、その中でシルビアが教えてくれた心構えを一度に。

それも鮮明に思い起こせた事で感情が溢れるほどに心を激しく揺さぶったのである。

思い出は最後。

アスランに4歳の誕生日の後で、別れ際のシルビアが自分をギュッと抱きしめてくれた事を。

その時の感覚まで甦ったアスランに、故に今度は湧き出た寂しさが頬を伝った。


『アスラン。剣はそれだけで力です。そして、正しい心が無ければ。力は間違いなく暴力、つまり良くない行いに繋がります』

『シルビア様。正しい心って・・・どうすれば良いんですか』

『そうですね。日頃から良い行いを続けることで自然と備わります。それに、スレイン神父やエストのように。アスランの周りには良い行いをする手本のような人達が居ますからね。そうした人達を見習うことも大事ですよ』


シルビア様はちゃんと教えてくれていた。

神父様も、それからエスト姉も。

怒り任せな事は絶対しなかった。


アスランの奥歯をきつく噛みしめていた力まで抜けた頃。

落ち着かせようと優しく背中をさすりながら抱き寄せていたユミナの方は、感じ取った気配でもう大丈夫だと。

そして、今までずっと抱いていた『子供らしくない』アスランが初めて見せた姿に。

内に抱える孤独と、故に出会って以降は自分のためだけに傍にいる。


ふとユミナは思った。

この両腕が包み込んでいる幼子は、当人が無自覚なだけで危うさを孕んでいる。

危険極まりない表現も決して過言ではない〝大いなる力″を未成熟な心で制御するなど。

それが困難な結果は、さっきのレーヴァテインが証明した。

しかし、それは幼子にとってティルフィングがどれ程に大切な存在かも証明して見せた結果ともいえよう。


アスランの無自覚な部分までを理解したユミナは、けれど、そのこと自体は欠点とも弱さとも思わなかった。

寧ろ、それくらい唯一人を強く想えるアスランは、故にティルフィングに選ばれた。


ユミナはアスラン以上にティルフィングを理解っている。

それは血の繋がった妹だからで、当然と言えば当然なのだ。

だから、ティルフィングが主を選ぶとしたら。

その者はきっと間違いなく似た性質だろう・・・・・だが。


(・・・・ティアはとても一途です。それで良くも悪くも独占欲が強いですからね。そんな妹に見初められたのですから。アスランは間違いなく、将来は苦労しますよ♪・・・・)


ユミナは本心、その日が来るのを楽しみにしている。

妹が嫉妬で右往左往でもしてくれれば。

それだけで十分に生暖かく観客を決め込んで楽しめるのは間違いない。


此処で久しく退屈していただけに。

アスランを両腕に抱くユミナの表情は、途中から含んだ笑みを浮かべていたのだった。


2016/06/07 文章の一部を修正しました。

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