第49話 ◆・・・ 大いなる力の一端 ・・・◆
此処で再び時間を遡ろう。
それはヴァルバースとの戦いの最後の所から。
アスランもその時の事はまだ憶えている。
自らティルフィングの刀身にライトニングを纏わせて、そうしてヴァルバースの眉間を刺し貫いた。
直後、青白い雷光とは異なる眩しい金色の光の奔流に飲み込まれる様にして・・・・・
そこから自分がどうなったのか。
その部分を、アスランは全く憶えていない。
そして、気が付いた時にはベッドの上に仰向けになっていたのである。
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あの瞬間。
余りにも眩し過ぎて、それで目を閉じた。
再び瞼を開いたアスランは、あの場所とは全く違う所にいる・・・・白い天井を映す瞳から思考がそう抱かせた。
後は背中から沈み込むような柔らかな感触と、首から後頭部にかけて触れる感触が枕だとも抱く頃には、自分が仰向けに寝ているくらいまでは漠然と理解した。
重いとも気怠いとも感じる身体。
思考もそれ以上には働こうとしない。
そして、再び瞼が重くなる。
暖かく柔らかい心地良さに身を預けるようにして。
微睡の中、再びアスランの意識は緩やかに落ちて行った。
それから、どれくらいの時間が経ったのか。
目が覚めた時、アスランの瞳は再び白い天井を映していた。
寝たいだけ寝たからか、今度は疲労を感じない。
頭の中まで妙にすっきりした感じは、寝覚めが良かった証だろう。
ただ、寝過ぎたのか背中や腰が痛みのように訴える凝りを解そうと。
無意識に寝返りを打って横向きの姿勢になったアスランは、そこで初めて暖かな日差しの入り込む窓際で寝ていた事を知った。
真っ白で綺麗なシーツ。
こんなに柔らかいベッドも初めて。
孤児院では使い込まれて硬くなったベッドマットと、これも使い込まれて黄ばんだシーツが当たり前。
それでも、天気が良い時は毎日エスト姉が当番の子供達とシーツを洗って干していたから、古くなって黄ばんでも。
洗い立ての、お日様の匂いが染み込んだシーツで寝れるときは幸せだった。
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日差しの差し込む窓際に置かれたふかふかのベッドの上で横たわる。
アスランの瞳は、漠然とただ開いた窓から入り込む暖かい風が、今も白いカーテンを靡かせているのを映していた。
「マイロード。お目覚めになりましたか」
不意に届いた聞き覚えのある声に、それでアスランはハッとした感で身体の向きを返す。
声の方へ自然と流れた視線の先で、そこに映ったティアリスの優しい表情を、何か見惚れた感で呆然としてしまったアスランだったが。
「良くお休みになられたようですね。もう何日も眠っていたのですよ」
再び紡がれたティアリスの声に、そしてアスランは自分が何日も眠っていたと告げられた途端。
反射的に「そんなに寝ていたの」と、返した声にもティアリスは穏やかにただ頷いた。
「マイロードはヴァルバースを討ちました。ですが、マイロードの負傷も。何よりも体内マナが枯渇した身体では傷も癒えません。特にヴァルバースに勝った直後のマイロードは瀕死と同じでしたので。目が覚めるまで、ですがようやく・・・安心出来ました」
たぶん。
ティアリスは自分が目覚めるまでずっと傍にいてくれた。
そう思えたアスランの安堵感は自然、表情にも現れていた。
「おはよう。ティアリス。いっぱい寝たから僕は元気だよ」
その言葉に、アスランが映していたティアリスは満たされた面持ちで微笑んでくれた。
「・・・・そうだったんだ」
目が覚めた後、今はベッドに腰かける様な姿勢で、アスランは自分が金色の光に飲み込まれた後からを。
ティアリスから今まで眠っていた経緯を聞いていた。
「僕が見た金色の光は、あれがティアリスの、ティルフィングの本来の力みたいなものだったんだね」
「その通りです。ですが、その・・・・私が力を解放した時に。それでマイロードのマナを枯渇させてしまいました。本当に申し訳ございません」
「そんなに何度も謝らないで良いよ。それにさ。聖剣の力を使うって部分は僕もちゃんとは知らなかったんだ。だいたい、ティアリスだって知らなかったんでしょ。まさか僕の体内マナをいっぱい使うだなんて。ちゃんと知っていたら・・・・ティアリスは絶対しなかった筈だよ」
此処まで聞き知った範囲で。
アスランが聖剣の力を行使するには、相応のマナを必要とする事を初めて知った。
そして、ティアリスもこの部分を知らずにいた事も。
ティアリスからの謝罪を含めた説明の中で、この事実をティアリスが知ったのはアスランが瀕死となった後のこと。
聖殿の奥にずっと籠っていたティアリスは、自身が選んだ存在が、聖剣としての自分の力を行使する際に、相応のマナを必要とする事実を知らずにいた。
何故、この重大な事実を知らなかったのか。
その答えに、聞いていたアスランも当然だと頷いた。
ティアリスの話によれば、アスランはティアリスが初めて盟約を交わした存在だった。
それ故、まさか聖剣としての自分が力を解放するのにこうした条件があった事すら知らないでいた。
憔悴したティアリスを映すアスランは、話を聞きながら酷く悪いことをして落ち込んでいる以上に。
今もまだ、知らないでいた自分を責め続けている。
それくらいは表情や雰囲気と、何よりも声の感じで伝わって来た。
ヴァルバースとの戦いでは、その最後の所に至るまで。
アスランはとにかく必死だった。
自分が挫けず戦う事が出来たのは、そして、勝てたのは間違いなくティアリスが居てくれたからだ。
だから。
例え瀕死になったとしても。
逆にそれくらいでヴァルバースを倒せたのなら。
それは寧ろ、その程度済んだのだと満足しても良いのではないか?
自分一人だったら最初から逃げていた。
事実、あの瞬間の自分は逃げることを考えて、それを叱って奮い立たせてくれたのは誰なのか。
にも拘らず、知らなかった事を今も罪のようにして責めているのは絶対違う気がした。
戦いの最後では、確かに自分も体内マナを使い過ぎて酷く消耗していた。
それでも、ミーミルのおかげで枯渇もしなければ回復さえして貰えたのだ。
レーヴァテインを得て、それで双剣で斬り込もうとして。
なのに、そのレーヴァテインは自分の体力を温存させる目論見であんなことをした。
勿論それはそれで驚いたけど。
今になって振り返ってみても、レーヴァテインのした事が結果的には良い方へ繋がったのだから。
これだって咎める理由は何処にもない。
少なくとも、アスランはそれで良いと今も思っている。
そして、ティアリスは自らを盾にして自分を守ってくれた。
自分を庇って負傷して、それで血塗れになったティアリスは、絶対痛かった筈。
なのに、痛いとは口にしないし、この程度は問題ないような表情と態度をずっとしていた。
だから・・・そうじゃないんだよ。
僕は、もしそれを知っていても。
聖剣の力を解放する事で、マナが枯渇したり瀕死になっても。
それでも守りたかったんだ。
だからもう・・・・ティアリスは自分だけを責めないで。
「ティアリスは知らなかった。そして、知らないままに使って。僕も知らなかったし、だけど。あの時はそれ以外に守り切る方法が無かったんだ。僕は未熟者だし・・・・だからさ」
この部分ではティアリスがとにかく酷く落ち込んでいる。
はっきり分かるくらい自責の念に駆られた1番の存在へ。
そうじゃないんだと、アスランは首を横に振る。
「待っててティアリス。僕はもっと修行して、それでティアリスが力を行使しても大丈夫なくらいに強くなるから。〝僕だけの剣″なんだよ。なのに、それを使い熟せないなんて・・・・そんなのは僕が嫌だから。だから、絶対に強くなって。それでティルフィングを使い熟してみせるよ」
「・・・・・マイロード。私は、とても果報者です」
まだ幼い主に気を遣わせてしまった。
非は自分に在る。
そして、本当はマナの枯渇だけでないからこそ。
主が生死を彷徨う事態になった。
けれど、主は自分を咎めないばかりか、使い熟せない自身を未熟者だとはっきり口にした。
そして、ティアリスが一番嬉しかったのは『僕だけの剣』だと言って貰えた事にある。
「ティアリス。今直ぐはきっと無理だけどさ。ちゃんと修行を積んで、だから・・・これからも僕を鍛えてください」
ベッドに腰かけた姿勢で、アスランは深々と腰から曲げて頭を下げた。
そんな主を映して、ティアリスも椅子から離れると即座、床に片膝をつく。
「非才なる我が身の全てを以って。マイロードへの忠誠を誓います」
そのまま此方も深く頭を下げるティアリスは、改めてアスランを選んだことを。
その事をこれ以上ない幸せに感じていたのだった。
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その後、またティアリスから話を聞いていたアスランは、自分が既に5歳の誕生日を過ぎている事も知る。
ただ、そこで感じ取った疑問は、『ここが神界なら時間が無いはず』であり、しかし、ティアリスから此処は同じ神界でも少し異なる事を知った。
アスランが眠っていた場所。
この部屋も含めて、此処が騎士王ユミナフラウの屋敷であり、窓から映る外の景色も全部含めてユミナフラウが創った世界らしい。
つまり、ユミナフラウは神界の中に自分だけの世界を作っているという説明には、聞いたアスランも少なからず驚かされた。
アスランが驚いた一つは、世界を創る部分をどうやってと尋ねて。
その返事がアーツを使えば可能だと告げられたことが含まれる。
ティアリスの聖殿も神界に置かれているのだが、此方は時間の概念が存在しない。
だが、ユミナフラウは自分が創った世界の中で太陽が昇る朝焼けや、反対に沈みゆく夕焼けの景色を見るために。
意図して時間を置いているらしく、同時に意図して時間だけを除くことも出来るらしい。
あくまで自分で創った自分のための世界だからこそ可能らしいのだが。
幾度も自分の疑問に答えてくれたティアリスからの説明を纏めたアスランは、最終的にこう結論付けた。
・・・・なんて都合が良い世界なんだろ・・・・
景色も、天候も、それこそ朝焼けを見た直後に夕焼けを見ることも出来るらしい。
気分で景色を変える事だって出来る。
今は緑の大地にカミツレの花が咲き誇る。
雲一つない澄み切った青空で、そこに映る眩しい太陽からは暖かな日差しが燦々と降り注がれている。
ただ、この景色もまた、世界を創ったユミナフラウの思い通りの中に在る。
「僕はエレンからアーツを教えて貰ったけど。アーツで世界を創るって・・・・そんな事は想像した事さえ無かった。『自由で無限』って数え切れないくらい言われたけどね」
そのまま呆れたような苦笑いをしてしまったアスランは、「本当。エレンの言う通りに何でも出来ちゃいそうだと思ったよ」と、大きなため息を吐き出した。
主を見つめるティアリスは何も言わなかったが、しかし、それこそが大いなる力の一端であるくらいは理解っている。
また、この力が誰にでもは扱えない類な事実と、寧ろ、そんな力の一端を既に手にしている主はまだまだ無自覚だと抱いた。
世界を創るという事は、裏を返せば世界を壊す事も出来る。
世界という〝理″を創る事も壊すことも。
そんな力を手にした主の行く末は、頼もしいと思える半面で不安がある。
今はそうでなくとも・・・・・
ティアリスは一瞬でも過った不安へ強く『それはない』と否定した。
主はそのような事に大いなる力を用いたりはしない。
盟約は結ばれた。
だから、自分が一瞬でも抱いたこの不安は杞憂なのだ。
「ティアリス。どうしたの?」
怪訝そうな面持ちで、こちらをじぃ~っと見つめる主の眼差しを受けたティアリスは小さく首を横に振る。
「何となくですが、マイロードがユミナへ幻滅したのでは・・・こんな自分勝手な世界を創った事に対してです」
咄嗟に口から出た言葉。
瞳に映った主は無言で何度か頷いた。
「う~ん・・・・そうかもしれないって。言われてそう思った。だけど・・・・」
幼い主はそこで一度言葉を切って、それから姿勢ごと窓の外を向いた。
「それでも、僕は此処から見える景色が大好きだよ」
本心だという事は上向きの声の感じだけで伝わる。
椅子から立ち上がったティアリスも同じように窓の外へ視線を向けて。
「私もマイロードと同じ気持ちです」
瞳に映る青空の下で。
日差しを浴びる緑の大地に咲き誇るカミツレの花は、風に乗って届く香りがティアリスを穏やかに微笑ませていた。




