第4話 ◆・・・ 幼年騎士を目指す子供 ⑤ ・・・◆
反対を告げられた途端。
シルビアは糸を切られた人形も同然に崩れた。
アスランの望み。
シルビアは、自分を信じて欲しいと言っただけに。
信じてくれたアスランの笑顔がこの瞬間、粉々に砕け散った感に陥った。
深いところから一気に噴き出した抑えられない感情が、床へ崩れたシルビアの頬を流れ落ちた。
騎士になりたい望みを、けれど、これが困難な事は初めから理解っていたのだ。
今も抑えられない感情は、それが目の前の親友に対するものではない。
このやり場のない感情は、悪いようにはしないを口にした自身の不甲斐なさへ。
憤りも情けないも。
それから悔しいすらごちゃ混ぜになって向けられたものなのだ。
それでも。
シルビアはアスランの望みを、どうにかしてでも叶えてやりたかった。
不甲斐ない自分に腹が立った。
当然の反対へ、でもを抱く感情が低く鼻を啜るような嗚咽を漏らした。
直後、内側で膨らんだごちゃごちゃな感情が、嗚咽の中で一気に吐き出されると、それは室内を満たした。
この場に居ないアスランへ。
滲む瞳が映し出す幻のアスランに。
叫んだ後で蹲るシルビアの口からは、嗚咽が混じった謝罪ばかりが零れていた。
シルビアには、王権を行使する手段もあった。
王である自分だけが使える絶対権力には、逆らえる者など居ない。
だが、この絶対権力は、行使された側に不満を抱かせる事も少なくない。
まして今回は、何とか説得して味方にしたかった親友なのだ。
シルビアにとって、カーラは幼い頃からの付き合いである。
両親の死後、カーラは塞ぎ込んだ自分を立ち直らせてくれた。
即位した後もずっと傍で支えてくれたのだ。
カーラが傍にいてくれたから。
カーラの存在がどれだけ頼もしかったか・・・・・
ここで、自分の我が儘で、女王シルビアの半身を切るも同然な権力の行使。
それこそ、今を成り立たせる女王シルビアには、故に絶対出来なかった。
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カーラは、女王が泣き崩れた姿を映して。
きっと今も堪えているのだろう。
付き合いが長いからこそ。
それくらいも理解っていた。
ただ、押し殺したような嗚咽と、その中に混ざる謝罪の声が。
カーラにも望みを叶えよう。
シルビアが、そういう約束を交わしたのだろうも。
それくらいは今更聞かずとも理解った。
それでも。
自身の主張は、これが正しいを告げたに過ぎない。
反対の姿勢を示したことには胸も張れる。
なのに、こんなシルビアを見ていると、正論を述べたところで胸の奥が痛い。
ギュッと締め付けられるような苦しさもある。
私だって、本当は言いたくなかった。
貴女がアスランを傍に置きたい気持ち。
私は全部・・・・・
そう、全部を理解っているから。
レンズの奥で、瞼に滲むものがあった。
本心とも言えるこの想いは、私だって何とかしたい。
先に告げた正論は、事実、正論なのだ。
けれど、自分だって本心は何とかしたいを、そう思えるからこそ。
カーラは泣き崩れたシルビアを映しながら。
思考を、これ以上ないくらい働かせた。
最初に浮かんだのは、年齢への懸念。
これまでの任命が10歳程度からという事を前例に置いても。
流石に4歳は異例に過ぎる。
当然、これだけで強い反発が返ってくるのは確実だろう。
しかし、思考は次に、それ以上にあり得る懸念を示した。
騎士という世界。
ここには今も、偏見を礎にした歪んだ格調を重んじる風潮が根深く残っている。
現在も代を重ねる騎士の家柄を筆頭に。
次いで、箔を付けたい貴族。
中でも家長になれない次男や三男辺りが多く居る。
今では女性騎士も多く居るが。
此方も騎士家系や貴族ばかりが殆どを占めている。
こういった家柄や出自の者達に未だに残る風習は、その一つに『孤児』は人間ですらない思想が在る。
否、昔は孤児というだけで、『孤児狩り』の蛮行が奴らの遊戯にさえなっていた。
そんな蛮行が粛正されたのは、先王様の時代から。
私の先生は、その先王様を補佐していた。
きっと、並々ならない苦難の連続だったに違いない。
今のシャルフィは、先王様と先生が築いた礎の上に在る。
先達の苦労を思えば。
私はシルビアの想いへ。
事実、正論を断言できる反対の姿勢はそうでも。
この状況から叶えられる方策も何かあるのではを、泣いている親友のために献策出来てこそ。
これもまた、先生に託された女王の補佐役としての務めなのではないか。
出自が『孤児』の男の子を、4歳で王宮へ入れるのは非常に危険が伴う。
シルビアと私の目が光っている以上、露骨な凶刃は流石に無いかも知れないが。
それでも、きっと奴等は何かしらの手段で命を狙うに違いない。
その危険性だけは、たとえ予定通りの7歳だったとしても、絶対に排除してはならない。
そうか、なるほど。
だからシルビアは指南役に・・・・
確かに、あの御方であれば。
アスランに降りかかる身の危険も、間違いなく守ってくれる公算も立つ。
現在の騎士団にあって、あの方は間違いなく次の騎士団長。
その候補者の筆頭を、奴等も含めた周囲が認めている。
事務仕事を嫌う本人は拒むでしょうが、しかし、周囲は既に当確だと抱いている。
貴族という出自もあって、騎士と無関係の他の貴族達も、あの方を推しているらしい。
この部分。
シルビアは勅命すら使うと言った。
ふふ、そうですね。
確かにあの方が箔付きの勅で指南役になれば。
アスランに危害を加えようと抱く輩も、間違いなく手を出し難くなるでしょう。
何せ自らが推す候補者の足は引っ張れないでしょうから。
ここは、シルビアにしてはよく練った良案ですね。
それでも・・・・
この案は、それこそ事前の根回しが要ります。
ただ、あの方は私と同じ先生から指導を受けている。
何より、私以上に先生を敬愛しています。
ですから、此方が誠意をもって相談すれば。
きっと聞き届けてくれるでしょう。
後はシルビアから聞いた限りですが。
4歳を迎える子供にしては、備わった学力が異常なほど高い。
いいえ、これがもし事実であったなら。
だから、この点は今後、私自身も直接確認する必要があるでしょう。
その上で、真実、高過ぎるも思う学力が本物であったなら。
私としても、ここは任命に関わる好材料に出来ます。
シルビアは、私をこの部分で説得したかった。
それくらいは熱の入った口調から容易に伺えます。
恐らく、この点に嘘はない。
カーラの思考は、そうなるとへ傾いた。
アスランの学力は、聞けば未だ一年と経っていない中で備わった。
シルビアの評価では、初等科の中学年程度なら十分通用するレベルに届いている。
そこへ聖剣伝説物語を読めるが付いた。
確か、孤児院にある聖剣伝説物語は、かなり古い蔵書だったはず。
使われる文字は、高等科の学生ですら容易でないものが使われていたと思います。
なるほど・・・習熟力がきっと高いのでしょう。
だとすれば、もう少し時間を割いて磨く方が良いかも知れません。
そうですね。
後一年程度・・・・・・
カーラ自身、あと一年を抱いた思考は、そこからは幾つものプランが生まれた。
そう・・・・・
例えば、今から一年間を此方の主導で育てれば。
主軸は、これも基礎学力の向上に絞って構わない。
一年しかない。
そういう気構えで、だから、教育に必要な教材は全部こちらで揃えましょう。
更に私自身が作る教材も加えて。
そうすれば、私自身が最も把握しやすい位置にいられます。
一年後、と言うよりももっと明確な期日で、来年の誕生日。
そこまでに、アスランが初等科で修める基礎を習得出来れば。
たった一年ですから、全部でなくとも構いません。
最低ラインは、5歳の段階で初等科の高学年レベル。
それに匹敵する学力に至ったなら。
私からシルビアへ推す形も考えましょう。
熟考するカーラ自身、気付けばもう自分が何とかしようという方向へまっしぐら。
今直ぐの任命へ反対の姿勢はそうでも。
何とかしたいカーラの思考は、次の誕生日なら。
5歳の段階でなら何とか出来る道筋を描いた。
アスラン自身の努力が大前提ではある。
同時に自分は1年間で事前工作を終えなければならない。
何方が欠けても達成は不可。
けれど。
この時のカーラはもう。
達成しようという意気込みを強く抱いていた。
「・・・シルビア様。既に伝えた通り、4歳になる『アスラン様』を幼年騎士に任命するのは無理です。ですが・・・・来年。つまり5歳の段階でという事になりますが。その時に条件を満たしていることが絶対の前提です。これも現実にはかなり難しいですが。現状よりは周りの反発を押し切って任命しても理屈は通せます」
「!!・・・・何か、あるのね」
「ええ、ですが・・・予定では初等科の入学までは我慢する筈だった事を前倒しにするのです。アスラン様に課せられる条件は事実、非常に厳しいです」
泣き崩れた後。
シルビアの瞳は、そこからはもうずっと床ばかりを向いていたが。
カーラの今は無理でも来年ならを耳にした途端、それは勢いよく上を向いた。
一度は反対を告げた親友の、けど、今聞かされた来年ならの話は、シルビアの胸の内へ希望を灯した。
一気に上がった視線の先で、映したカーラの表情には、日頃見ているどうということはない雰囲気があった。
「シルビア様。何度でも言いますが。一年後であっても課せられる条件が厳しいのは変わりません」
視線が合った途端、カーラが見せる表情に厳しさが現れた。
カーラのこういう表情は、それも目付きが鋭さを帯びた時ほど敵にすれば恐ろしい。
ただ、逆に、これが味方であれば正に鬼に金棒も理解っている。
思わずゴクリと唾を飲んだシルビアを映して。
カーラは一度小さく息を吐いた。
そして、今度は自らが描いた計画を話し始めた。
普段の口調で話し始めた親友を、一転して聞く側に立ったシルビアの胸内は、安堵が満ちるのと同じくらい期待が膨らんだ。
カーラの考え。
聞いた感じでは既に初等科程度の教科書が普通に読めて、高学年レベルの書き取りも出来る。
であれば。
来年の誕生日。
そこまでの一年間を使って更に上積みをさせた方が断然良い。
そうやって今度は単に読めるから。
もっと踏み込んで、内容をしっかり把握出来る理解力を備わらせるべき。
この部分は必須。
何故なら、幼年騎士の受ける初等科の内容とは、一般の初等科よりも高度な教育内容になっている。
要するに、今のままでは仮に授業へ付いて行けたとしても。
その程度では、周囲を認めさせるほどには目立つ事が出来ない。
そもそも、先ず孤児というだけで、蔑まれるくらいは言わずと理解るはず。
それだけの不利な立場で、此処から蔑む奴等をぎゃふんと見返すのなら。
これこそ、本人が学業成績で奴等よりも断然優秀だと示さなければならない。
言いたいのは、結果で周りを黙らせるという事です。
もちろん、これも間違いなく難題には違いありません。
ですが、事実それくらいしなければ。
今度は孤児を理由に潰されます。
「5歳で任命されたアスラン様が、その初等科において。結果としての成績で中以上であったなら・・・それよりも成績の下の者は論外ですが。倍の年齢差に当たる他の騎士見習い達も。更には周りで反発してくるだろうと考えられる者達にも。何れも露骨なことは言い難い空気が出来るでしょう。なにせ、完全実力主義を掲げる騎士団です。アスラン様よりも上の成績の者でさえ。その年齢差から同年代よりは言い難くなります。まぁ・・・言った所で。その時は私が容赦無く言い返しますが。つまり、そういう事です」
一瞬。
知的な印象を抱かせる眼鏡を、然りげ無く直す仕草を挟んだカーラが不敵に微笑んだ。
見ていたシルビアは、内側を駆け抜けた寒気が、何か恐ろしいを一瞬でも抱かされた。
背筋をゾクッと、こう撫で上げた寒気には思わず大きな身震いもしていた。
それでも。
アスランへ吉報を届けられる嬉しさが。
この時は表情に現れていた。
「この難題を達成するために。これからは私が特別な課題などを用意します。それをスレイン神父に届けて、アスラン様には勉強して貰います。同様に習熟の度合いですが。此方は毎週テストを行いましょう。基礎教育の方針は、これで大丈夫かと思います。後は剣の指導ですが。最低でも素振りが300回出来る体力は必要です。勿論、陛下もこれが幼年騎士の技量査定で要求されるレベルなのは承知している筈です。他にも基礎的な剣術の型は身に付けて貰いたい所ですが。ただ、剣術の型よりは基礎教育の方を優先します」
述べられたカーラの考えは、聞いていたシルビアにも良く理解った。
剣術の素振り300回も、これは今の素振りをそのまま出来れば問題ない。
剣術の型より基礎教育を優先した理由も納得できた。
型そのものは任命した後からでも身に付けさせられる。
しかし、カーラの筋書きでは任命して直ぐ、成績優秀者として周囲に認知させる意図が含まれている。
そのために。
剣術の型より優先して基礎教育を行う方針には、シルビアも同感だと抱く事が出来た。
シルビアは、親友の考えを聞きながら・・・後一年。
今直ぐの任命こそ反対されたが。
アスランの任命を先延ばしにする代案と、その意図には、今は前向きに捉えられる心境になっていた。
しかし、続くカーラの発言で心境は一転。
その結末は、ある特殊な意味で、これがシルビアを聞き分けのない駄々っ子同然に泣かせた。
「アスラン様の4歳の誕生日を最後。そこからシルビア様には1年間。つまりアスラン様の5歳の誕生日までですが。会うことを我慢して頂きます。これもアスラン様を任命するための必要措置です」
「え?・・・・・ぇぇぇえええ”え”え”!!!」
この親友は、真実、絶対と断言もできる容赦ないところがある。
今回が正にそうだった。
シルビアにとって、非常とか酷過ぎるとしか言えない最後通告は、それを微笑む様な表情が、しかも優しい声色でさらっとであった。
故に。
聞いたシルビアの方は最初。
惑わされたかのような戸惑いの反応の後で、正しく意味を理解した時には殆ど同時の絶叫だった。
だが、いくらシルビアが絶叫を上げた所で。
床に仰向けの姿勢で手足をバタバタするくらいの嫌々も。
告げた方は全く意に介した感も無かった。
カーラは、それこそ此処からが本領。
とでも言わんばかりに傷口へ塩を塗り込んだ。
途中。
シルビアが駄々を捏ねる子供の様に泣き喚いてもお構いなし。
この親友は、それで誰からも恐れられた。
カーラの主張はこうだった。
今までシルビアが孤児院へ頻繁に通っていた件。
此処は王都で暮らす民達の間ですら、シルビアの慈しむ心の現れだと。
そういう声さえ当然と聞けるくらい好意的に受け入れられている。
ですが、まぁ・・・・
実は、本人の真意は別に在って、私はそれも知っているのです。
ただ、結果的に国民からシルビア様が、これで『聖女』の二つ名通りの女王だと好感を得ていることも事実ですから。
今の支持率へも繋がっているのですし、別に問題もないのです。
ただし、此処からが大問題です。
シルビア様は頻繁に孤児院へ通っていました。
その流れで、来年5歳になるアスラン様の身元を引き受ける気でいる。
身元を引き受ける理由は、幼年騎士にするため。
そろそろ気付いた筈です。
こういう流れでの任命は、そこは当然、身贔屓だと捉える者達が現れます。
そして、この者達は、もう理解るでしょう。
断言してもいいですが、アスラン様へ根も葉もない噂を立てるくらいも、陰に隠れての中傷もです。
こういった振る舞いが多発するのは、火を見るよりも明らかです。
シャルフィの騎士団は、建国以来の完全実力主義を掲げていますが。
後は幼年騎士の制度に置いてもそうです。
事実、アスラン様の実力が、5歳とは思えないほど抜きん出て優秀であっても。
シルビア様が孤児院へ通い続けた挙句の任命では、この身贔屓の印象が根深く残るのは自明の理。
はぁ・・・いいですか。
シルビア様の駄々は、最悪の事態さえ招く危険性があるのです。
それこそ、幼年騎士制度を作ったシルビア様の真意すら、その駄々が原因となって暴かれる危惧があるのですよ。
そうならない為の結論は、この危惧を払拭する意味も含めて一年の間。
最低でも一年間は会うことは勿論。
孤児院へ赴くことも我慢して頂きます。
延々と聞かされたカーラの主張は、それをシルビア自身が一理以上あるを理解ってしまった。
否、理解らされてしまったのだ。
それでも。
尖らせた唇を、への字に歪ませたシルビアは涙の滝を作った。
アスランに一年間も会えないなどは、耐え難いを突き抜けている。
そうしてぶぅぶぅ叫んだシルビアは、次の瞬間。
親友が物凄く恐ろしい一面を持っている事を、冷めきった視線とより一層冷めきった声色を突き刺されながら。
全身カチンコチンに凍り付くような恐怖を、久しぶりに再体験させられた。
「それから、シルビア様の今後の1年についてです。今までずっと頻繁に訪問していた孤児院へ、ただ行かなくなったのでは評判に傷も付くでしょう。ですから、今後の1年は諸国への外交訪問へ比重を傾けます。幸か不幸か、緊張を孕んで不穏な空気になりつつある国がありますし。懸念を抱く聖女が、そのためシャルフィを頻繁に離れたとしても。それこそ『聖女シルビア』の重責を果たすという意味でなら。これも内外からの好感を得られるでしょう。結果、本心は孤児院の子供たちが不安がらないか心配で、胸も張り裂けそうなのに。なのに行くことが叶わない。どうですか・・・貴女の親友は、これで中々に親友思いの優れた参謀でもありますよね♪」
浸透する恐怖は、既に身体の芯まで凍らせた。
瞳が赤くなるほど泣き腫らしたシルビアが映すカーラは、それくらい怖く映っていた。
優しい口調なのに。
伝わる感情は真逆だった。
錯覚は今にも噴火しそうな地響きの音を鼓膜へも伝えた。
カーラから突き刺された有無を言わさない強い感情。
これ以上、自分の駄々を映す気さえ毛ほども感じられなかった。
ガチガチになった背筋は、さっきから悲鳴のような痛みを訴えた。
けれど、カーラはレンズの奥で、冷酷にも映った瞳が自分だけを見据えている。
そんなカーラとは、幼い頃からの付き合いが。
シルビアもカーラの性格は良く理解っていた。
貴女が突然言い出した無理難題。
対して、親友の私は、それを叶えるために表も裏も含めて理屈を整えたのよ。
更には貴女の真意すら隠しきって、それで体裁すら整えた。
だから、もう我儘も駄々も許さない!!
いつまでも子供の駄々同然に泣いていないで。
さっさと仕事しやがれ!!
今この瞬間も怒鳴られた気がしてならなかった。
シルビアはレンズ越しの骨の髄まで凍り付かされる瞳に睨まれた感もある。
睨む親友の背景に、轟く雷鳴と激しく燃え盛る炎の壁。
そんな怒り心頭な幻までが、錯覚でも鮮明に映っていた。
容易に伝わったカーラの心の怒号は、もう容赦なく鼓膜を殴っている感だった。
数分後・・・・・
普段の休憩時間を理由は別に。
しかし、結果として大幅に越したことは事実。
感電したかのようにピリピリした執務室で、ただし、原因を作ったのは女王の方。
既に鬼姑と化した補佐役を隣に、まだかなりの厚さが残る書類へ黙々とペンを走らせていた。
それこそ普段の4倍速以上。
勿論、終わるまで解放されることは無かった。
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アスランの4歳の誕生日。
そこから数日が経っていた。
ただ、4歳になった所で日常がこう特に変わった訳ではない。
それでも、依然と全く変わらない。
そういう事ではなかった。
気持ちの面は、誕生日よりも以前から一年後に向けて切り替わっていた。
シルビア様と交わした約束は、それで劇的な変化を起こしている。
今の一日一日は、アスランへ以前よりもずっと高い意識を持たせ始めていた。
夜明け前からの素振り稽古はそのままでも。
今は習った剣術の基本的な型の反復練習が加わっている。
踏み込みと同時に上段から振り下ろした腕を、真っ直ぐ伸ばした所で止めるまでが素振りの一振り。
シルビア様は、正しい姿勢ならピタッと止められると何度も見せてくれた。
続けて、そこから踏み込んだ方の足を、この足を此処から摺るようにして軸足より少し後ろへ戻す。
アスランの場合は右足が前に踏み込むので、これを摺るような動きで左足の後ろへ運ぶ。
正しく運ぶことが出来れば、左肩を前にした縦向きの姿勢になっている。
そして、この姿勢へ移る際には、両膝が溜を作れる程度の歩幅がベストも教えられた。
次の動作へ上手く繋げるためには、此処も姿勢だと何度も言われている。
特に両肩の線が的に向かって真っ直ぐ縦を向いているのが理想。
動作は、下半身が正しく動けば、それで上半身は自然と教えた通りの形になる。
後は、顎をしっかりと引いて、視線は的を真っ直ぐ映すこと。
最後に木剣を握る腕は、左腕が肘から畳むようにして脇腹に添えられる程度。
右腕は肘を肩の高さくらいで、姿勢は自然と平突きが出来る構えを取れる。
姿勢の良い平突きは、剣が顎と左肩の間を通る位置に収まる。
平突きは、下半身にしっかりと溜を作れれば難しくない。
そういう理由が、稽古では常に自分に丁度良い歩幅を意識してする。
そうやって稽古を積めば、自然と流れるような動きで出来るようになる。
実際に見せてくれたシルビア様の平突きは、アスランにもの凄く格好良い印象だけを刻んでいた。
型稽古の基本は、正しい姿勢に尽きる。
身体の中に真っ直ぐな軸を通すイメージをしっかり作る。
此処は素振り稽古の時から意識して取り組めば浸透する。
足の運び方も、これだって幾通りも在る。
ただ、自在な脚運びには、腰の位置が常に安定している事が欠かせない。
剣を自在に操る。
日々の稽古の中で、正しい姿勢を自然に出来るようになれば。
その時には剣を自在に操れるようになっている。
最初は一つ一つの動作を、ゆっくりで構わない。
正しい動作を意識して、後は繰り返すに尽きる。
地味でも身体がしっかり覚えるまでは、時間を掛けてじっくり染み込ませるのが大事。
此処で焦ると変な癖が付く。
そうなると正しい基礎が身に付かない。
動作が身に付いて来たら。
そこから徐々に早くしていく。
大事なのは、此処でも焦らないこと。
理想。
流れる様な動きで自在に出来る。
教えて貰った事を忘れないように。
そして、シルビア様は挿絵の付いた手作りのノートを、僕の参考書にと用意してくれた。
これも勿論、僕にとっては大切な宝物。
4歳の誕生日プレゼント。
一つは来年の約束。
あとは、そのための勉強道具。
騎士になるための条件。
この辺りにも見回りで毎日来る兵士さんの話では、『親が騎士か貴族でないと騎士にはなれない』と聞いた。
その時に孤児から騎士になった者などいない。
新しい制度になってから何年も経つが、今も孤児から騎士になった例は無いらしい。
それくらい。
騎士は別世界の存在だって聞いている。
だから。
シルビア様が難しい問題って言ったことも分かる。
でも。
シルビア様は約束してくれた。
剣術の稽古に役立つ手作りのノート。
勉強道具。
僕は絶対。
騎士を諦めない。
『騎士』
アスランが、今も剣の稽古では滝の汗を流す理由にして望み。
けれど、騎士に憧れた発端は、文字を学んだ発端と同じ『聖剣伝説物語』である。
今では極普通に読める『聖剣伝説物語』も、アスランは作中に登場する主人公へ。
物語では途中から『騎士王』と呼ばれる大英雄に強く惹かれていた。
孤児院にはアスランに限らず、騎士王へ憧れを抱く子供が多数いる。
それも理由で、シルビア様の朗読会では誰も騒がない。
騒がないルールは、しかし、子供たちが聖剣伝説物語を大好きだった事が、それを大人達が口にするまでもなく守られた要素にも深く関わっていた。
2018.5.3 誤字の修正などを行いました。




