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第47話 ◆・・・ 平穏未だ遠く ・・・◆

事件から数日。

直後はとかく不安定だった王都の空気も、今は平穏を取り戻したかに見えた。

確かに、傍目に映る日常の景色からはそうも感じられる。

しかし、目に映らない所や、映りにくい部分で、事件の及ぼした影響は残っていた。

また、直接の被害を受けた者達の今後について。

僅か数日で明確な見通しを立てられるほど、今回の事件は軽くない。

中でも生活の基盤を失った者達が多く、特に農耕を生業としていた者達へ。

彼らが王宮へ求める部分もまた、今の段階では何一つ明確な返答が無かった。


今日も避難所での生活を余儀なくされる者達にとって、特に大人達は今後の生活への不安を少なからず募らせている。

そうした不安も理解るからこそ。

ここ、シャルフィ王宮は事件直後から多忙を極めたまま今に至る。

その中でも、女王と補佐を務める宰相が机を並べて仕事を行う執務室は、襲撃事件の後から届けられる報告書や書類などで、今もペンを執る二人が多忙を極めた最中に在った。


「陛下。此方の書類にサインを。それから、先に渡した書類の方は済ませていますか」


普段の口調のようで、けれどシルビアにも分かる。

視界に映る自分とカーラの机の上には、今朝もまた高く積み上がった書類が決裁を待っている。

そして、カーラは自分が席に着く1時間以上前から先に取り掛かっている事も。

シルビア自身は、カーラが処理した書類への目通しと決裁のサインで済む書類が多く、しかし、それでも普段の十倍を軽く超えた量とあって手が休まる事は無かった。


けれど、シルビアにとって今の状況は、ある意味で救われていた。

事件が終わった直後の状態と比べれば、その時の叱り付けた親友の存在にも。

女王という立場が、その職務が要求する責任が。

今の自分を辛うじて繋ぎ止めていた。


返答が無い事に一度視線を上げたカーラは、ただ、決裁済みの箱へ移されている書類を映したところで、再び自らの仕事へ意識を戻した。

普段なら怒りを抱くような返答も平然と言ってくれる親友は、事件の後から数日。

今はもう何を尋ねても無視を決め込んだかのように口を開こうとしない。

代わりに、普段の数倍の処理能力を発揮したことで、今回の多忙な状況は此処まで何とかなっているとも言えた。


そう。

アスランへ会いに行くことを禁じた一年間。

その中でも後半に目立ったサボり魔女王を微塵も感じさせない。

何方かと言えば、アスランへ会いに行く時間を作るために身を削るような時間の使い方をしていた方が近い。


そんな親友を前にして、今はまだすべきことが多過ぎる状況故に構わないカーラも。

しかし、この状態のままでは不味い事くらい理解っている。

けれど、今の親友を本当の意味で立ち直らせられる要素の部分。

この部分の解決策だけは全く見出せていなかった。


-----


黒く焼け焦げた大地は、何度映しても心に重く伸し掛かる感が薄まることは無かった。

それは事件の時も、そして事件の後から今日まで変わらないでいる。

カーラからの命を受けて連日此処へ足を運ぶマリューだったが、見慣れた景色にも馴染めない心苦しさがある。


既に数日が経ったことで、事件当時の異臭のようなものは無くなった・・・・否、実際には無くても記憶が嗅覚へそれを感じさせている。

だからどうしても気分は重くなるマリューが朝から此処へ足を運ぶ理由。

被災地の調査団に同行しながら。

しかし、マリューの行動は調査ではなかった。


『マリュー。宰相として命じます。貴女はアスラン君の捜索だけに専念してください。そして、何かしらの手掛かりとなるものでも構いません。そうしたものが見つかった場合には直ぐに報せてください。事後処理のために動くことの出来ない私と陛下に代わって。この件は貴女にしか頼めないのです』


マリューの記憶に残るあの事件の最後。

その部分は今でも鮮明に映し出せた。

巨大な魔獣が眩しい光にしか見えない焔に包まれて。

そして、この光の焔は幼年騎士に任命されたばかりの幼い男の子まで飲み込んだ。

あの時の陛下の叫び声。

見て分かるほど取り乱した陛下は、自らも焔の中へ飛び込もうとした。

カーラ様と自分と、他にも傍にいた騎士達が力尽くで押さえなかったら、本当に危うかったのは間違いない。

目が血走って、周囲の諫める声さえも聞こえていなかったように映った陛下を、平手打ちで静めたのはカーラ様。

頬を叩かれた陛下は、そのまま今度は泣き崩れてしまうと、その時のお姿にはかける言葉が見つからなかった。


焼け焦げた大地は今も黒く、建物があった痕跡すら殆ど残っていない。

何処が道で、何処に何が在ったのかさえ。

変わり果てた土地を歩きながら。

そこで感じ取った事の一つは、魔導が持つ力の凄さだった。


特に、この辺り一帯を焼き尽くした炎の魔導は、それが何なのかさえ特定できていない。

教本はおろか、王宮の図書館にある専門書まで目を通した。

けれど、火属性の魔導に関する記述の中に、該当する魔導は無かった。


他にも、これは授業でも習った雷撃の魔導。

使用を禁止されるほど扱いが非常に難しい理由も習っている。

それを幼いアスランが使って見せた事へは、マリュー自身、震えが走ったくらい驚かされた。


今もこうして被災地を歩くと思い起こしてしまう記憶は、やがて今日もまた同じ場所へ辿り着く。

巨大な魔獣が居た場所からは少し手前。

事件の直前まで、此処には教会と孤児院が在った。


はっきり此処だと特定できたわけではない

ただ、熱で溶けかけた金属製の十字架だったものと、これも金属製の鐘だったものが残った場所の周囲には、瓦礫と真っ黒に焼け焦げた柱だったものが幾つか残っていた。


マリューは此処へ来る途中に在った井戸の縦穴の位置と、後はかなりの重量物である鐘が容易く飛散するとは考え難いなど。

思考が此処を教会と孤児院の跡地だと結論付けた所で、そこから今日まで瓦礫の除去作業へ取り掛かった。

消息不明のアスランを捜す任務は勿論だが、他にもアスランに繋がる何かしらを見つける。


カーラからの命を受けた後で、マリューが此処へ足を運んだことにも根拠があった。

最初、何の手がかりも持っていなかったマリューは、自分よりはアスランを知っているエストを頼った。

そして、もし何かあるとしたら此処しかない。

エストからアスランが使っていたノートの事を聞いて、その一冊でも見つける事が出来れば。

他にアスランに繋がる情報も無かった事で、命を受けた直後から数日間。

マリューはこの地で今も地味な作業に汗を流していた。


事件の後で直ぐ、戦場となった此処は調査が終わるまで立ち入り禁止区域に指定された。

今でも調査団と護衛の騎士隊以外には、自分のように許可を得た者しか来られない。

また、活動は日中だけに限られている。

夕方までには帰還しなければならないマリューは、汗だくになっても休むことなく身体を動かし続けた。


事件の直後、王都へ戻ったマリューは、そこでエストと子供達から当然のようにアスランの事を尋ねられた。

戻って来た者達の中にアスランの姿が無い。

だから、当然と言えば当然の問い掛けへ、ただ、この時のマリューはどう答えるべきか言葉が出て来ないでいた。

そして、カーラ様からアスランは行方不明で現在も捜索中だと・・・・・

自分に代わって答えたカーラ様は、無事を信じて待つようにと告げた。

途端に泣き出す子供達が何人もいた中で、気丈に励ます子供もいたことを憶えている。


梅雨が明けた7月の日中は気温が高い。

日差しの熱を受けた軽装鎧の内側で、籠った熱が余計に身体の水分を外へ流している。

一区切りつけた所で休息へ入ったマリューは、背負ってきた鞄の中から水筒を取り出すと、先ずは中身の水を一気に喉の奥へと流し込んだ。

氷を多く詰め込んだ水筒の水は、作業に汗を流したマリューの渇いてべたつく感さえある口の中と喉を、心地良い冷たさで潤してくれる。


こういった作業をするときに、普段は鎧を着けたりはしない。

しかし、事件直後から付近一帯に魔獣が徘徊するようになった事が原因で、そのため、調査団も護衛の騎士隊が同行している。

それほど脅威のある魔獣の報告こそ無いものの、無警戒とはいかない。

特に、マリューは単独でこの任務を受けている事情。

鎧は勿論、剣も装備する必要があった。


ただ、休息の間くらいは火照った身体を冷ましたい。

鎧を脱いで身軽になると、吹き抜ける風が汗で濡れた肌に心地良い。

適当な所に腰を下ろして寛ぎながら。

重労働ではあったが。

何と言うか、こういう時になって日々の鍛錬がより厳しかった等とも抱けるのは、実に複雑な気分だった。


素振り稽古の途中、腰をもっと入れろ等と叱っては、木剣の剣先でスカートを捲る指導役に内心は怒りを抱いた。

武器を使わずに素手で相手を制圧する組手の稽古では、胸や腰に内股なども触られる不愉快もあった。

そうした事を先輩の女性騎士へ相談した事もあるマリューは、そこで実力が無いから触られるのだと突き放された。


・・・・触られたくなければ、実力で相手を捻じ伏せなさい・・・・


同じ女性だからこそ理解ってくれる。

そう、当然のように思い込んでいたマリューが受けたショックは小さくなく、何度も騎士を辞めたいと抱いた理由にさえなった。

当時は指導ではなく虐めだと常々抱いていた。


・・・・所詮は平民の出だからな。我らと違って、この程度の軽過ぎる稽古にも付いて来れぬのさ・・・・


日々の稽古で罵られるくらいは、寧ろ優しい方。

剣は全くの素人だという理由で、自分一人だけ腕が上がらなくなるまで延々と素振りをさせられた時もある。

反対に、周りの同年代よりも体力が無い理由で、倒れるまで走らされた事もある。

野外訓練では、就寝中の夜中に夜襲を受けた事もあるし、それは後から知った事で、実戦を想定して先輩が後輩へ夜襲を仕掛ける事は最初から盛り込まれていた等。

挙句、夜襲に対して無警戒過ぎだと叱責された後で、罰則を科されもした。


そんな日々を送ったマリューだからこそ。

目の前の瓦礫の中から手掛かりを探すくらいは楽だと思えた。

不愉快になるようなこともされず、罰則もない。

寧ろ、此処から何か一つでも思い出の品が見つかれば、それで喜ぶ子供達がいる。

此処までの数日間は、アスランの手掛かりとなる物証こそ見つからないだけで、他の子供達にとっての何かしらの思い出の品が幾つか見つかっている。

昨日も王宮への帰り道の途中で立ち寄った避難所では、自分が持ち帰った品を受け取ったエストから礼を述べられた。

自分にはそれが誰のかは分からずとも、エストは誰のかを分かっているようで、言葉を交わしながら。

そこで感じ取った事は、先輩は選んだ道で充実している。


任務は当然だったが、自分が見つけて持ち帰った品が子供達を笑顔にする。

エストとの会話で、マリューも子供達の心が傷付いているくらいは推し量れた。

だからこそ。

今日もまた何かしら見つかるといい。

今は身体を休ませながら、そんなことも思うマリューの視界が、未だ捜索していない瓦礫の一点を映して留まる。

瓦礫の奥で光を反射した何かが光ったのを捉えて留まった視線は、直ぐにマリューの身体を突き動かした。


少しの後、瓦礫を除けたマリューは、鏡の部分がひび割れた手鏡を一つ。

光った物の正体はこれだったが、けれど、それとは別に表面が焦げた板の下から延焼を逃れたノートを数冊拾い上げていた。

そのノートを軽く捲ったマリューは、記された内容に最初は信じ難い面持ちを顕わにするのだが。

けれど、ノート全てに目を通した後は取って返す勢いそのまま。

マリューの脚は王宮へ向かって駆けていた。


-----


事件の後、暦の上では未だ行方の知れないアスランの誕生日も過ぎていた。

始め、3千人を超えた被災者は今も殆どが避難所での生活を余儀なくされている。

ただ、事件直後から王都内では被災者向けの仮設集合住宅の建設も始まった事で、そして、先に完成した所から順に入居も始まった。

柱と板を主材にしただけの、それこそ工事の現場で目にするような仮の建物でも。

何の敷居もない避難所生活よりは個々の営みが、特にプライベートな部分は守られる。

壁に使われた板が余り厚くない点は、声も物音も隣へ筒抜けになるのだが。

それでも、一先ずの家を持てる意味は大きい。

自分達の今後の生活の再建へ目を向けられると、事件から十日も経たない間で此処まで進捗が進んだ点は、女王への好印象を押し上げた。


同時に農業などで土地も生産物も失った所へは、昨年の生産量記録を基に一時金の支給が決まった。

他にも、昨年の所得に応じて一時金が支給されるなど。

ただ、必ずしも十分ではない。

けれど、一先ず見通しが立てられたことで、避難所で暮らす者達には希望が見えて来た。


この頃、被災者達への今後の見通しを先ずは示した王宮だったが、反対に政務の中心は危機的な雰囲気を孕んでいた。

女王が執務室へ姿を現さなくなった事で、これに伴って決済の一部が滞った。

それに関連して、この決裁を代行した宰相に対しては、一部の者達から越権行為だと反発の声が上がった事で不穏な空気を生み出した。


「・・・分かりました。陛下が今朝も食事をされてない件については、後で私が直接運びます。申し訳ありませんが〝いつもの特別メニュー″を用意してください」


指示を受けた女官が下がった後、カーラは大きく息を吐き出した。


「前々からこうなるくらいは理解っていたんです。逆に言えば、アスラン様の誕生日まで持ち堪えてくれた。ですが・・・・」


(・・・・シルビア。貴女は母である前に女王なのよ。早く立ち直ってください・・・・)


自分が国璽を使って女王の決裁を代行する。

これは先王の時代に定められたものであり、現在の女王もまた自身に何かあった際には宰相の代行を認めている。

しかし、先王時代から利権を縮小され続けた一部の既得権益者達が、この事態に反発し始めたことも事実。

シルビアが普段通りであれば、自分が相対する事はない。

寧ろ、普段のシルビアは自分に相対させたりもしない。

それこそ、女王の絶対的な権力によって大鉈を振るうが如く粛清すら躊躇わない姿勢だからこそ。

彼ら反発勢力はずっと息を潜めていた。


「貴族の一部が動き出すくらいは想定内。もっとも、糾弾の矛先は私に向けてのもの。此方はどうとでも出来ます・・・・」


そんな事よりも。

今はシルビアを立ち直らせなくてはならない。

そのためには・・・・・


「・・・・アスラン様。貴方にしか出来ないのです」


親友が孤児院で暮らす息子のためになら平然と頑張れる。

それも此方が仕事量を管理しないといけない程に頑張って、それで作った時間を全部。

預けたばかりの頃。

その当時はエレナが同伴して、そしてシルビアは息子に母乳を与える時間を作った。

2歳になってからのある時に精霊の声が聞こえる事が判明してからは、それが原因で孤立している息子を想って必死に時間を作っては会いに通っていた。


カーラは理解っている。

アスランに会いに行った後のシルビアは、次の時間を作るために意欲的に働いていた。

子供が大好きな部分は事実そうでも、息子はやはり格別。

自らは子を産んだことが無いカーラにも、それは母として自然なことだと思っている。

同時に、見栄っ張りな所もある親友は、特に息子の前では立派過ぎる〝聖人君子″を演じる。

だからこそ、アスランが王宮で暮らし始めれば、それだけで自分の負担が軽くなる目論見がカーラにはあった。


頼んでおいた食事を携えたカーラが、シルビアの私室へ足を踏み入れたのは正午よりも少し前。

途中の廊下で立哨していた衛兵から一度も外へ出ていない事も聞いているカーラだったが、窓も開けていない室内は熱が籠って不快でしかなかった。

一先ず、窓を開けて風通しを良くしたカーラも、問題はその先に在る。

相変わらず寝室への扉には鍵が掛けられたままで、声を掛けても返事が無い。


視界に映る過去に幾度も叩き壊したドアノブは、これも壊す度に新調された。

この点、カーラは此度もそうしようかと相棒(破壊鎚)を持ち込んでいる。

しかし、今度の一件は親友の心情にも理解る部分があって、故に使いたくない。

複雑な心情を抱えるカーラの口から吐き出された溜息。

どうにも解決策が出て来ない思考に首を横に振りながら。

正に八方塞がりな所へ、耳に入った廊下を走る足音と、そして聞こえたマリューの声が、間もなく入室して来た本人が差し出したノートを映したカーラに転機を与えた。


「・・・・なるほど。アスラン君はこうして魔導を学んでいたのですね」


主の私室に置かれているソファーに腰かけながら。

今は寛いだかのように楽な姿勢で。

そこからノートを故意に読み上げるカーラの姿に、一方で向かい合う側に腰だけは下ろしたマリューの方は緊張で強張っていた。


「あの・・・カーラ様。本当にこれで良いのでしょうか」


カーラだけにしか聞こえない小声で、それもそのはず。

女王の私室を半ば勝手に使うような態度にしか見えない今の自分達は、まかり間違えば重罪でも言い訳できない。

ところが、緊張で全く落ち着けないマリューと異なって、今もカーラはマリューが届けてくれたアスランのノートを、声を出して読み上げている。

まるで寝室の奥にいる部屋の主へ聞かせる様にも見える行為は、勿論、意図的な行動。

しばらくした所で、カーラの目論見通り間もなく扉の鍵が外れた音がした直後。


バァッン!!


ドアノブではなく蝶番が壊れるのでは!?

それくらい強い勢いで弾かれる様に開けられた扉の向こう側から、カーラの背後に飛び掛かった主へ。

ビクッと震え上がったマリューとは対照的に、そのカーラは背後の気配へようやく出て来たかと不敵に微笑んでいた。


「・・・やっと起きて来ましたか。ですが、このノートを読みたいのでしたら。先ずは顔を洗って着替えてください。汗臭すぎです」


マリューには殺気立っているとも感じられる相手に対して、それをまるでどこ吹く風のようにいなしている。

この落ち着き払った普段の声に、部屋の主は間もなく身形を正して再び姿を現した。


「陛下。申し訳ありませんが、此方の書類への目通しとサインを早急にして頂きます」

「ぇぇえええ”え”~」


自らの私室で、そして、数日振りに身形を整えた後から再び姿を現したシルビアを待っていたもの。

入浴と着替えの間に用意された仕事の山を映して。

シルビアはそれを用意してくれたカーラから、「どうしても陛下の決裁が必要なものばかりです。ですが、終わればマリューが持って来た此方のノートを読んでも構いません」と、これ以上ないくらいの笑みまで向けられた。

挙句、「きっとお腹も空かせていると思いましたので、それで仕事が捗らない等も困りますから」と、用意された食事まで。

これを目にしたマリューは、内心でカーラの凄さを恐怖にも感じ取っていた。


-----


「なるほどね。あの子はエレンから魔導を習った。というか、精霊から魔導を習えるなんて・・・・」


今はすっかりアスランのノートだけに夢中のシルビアも、つい数分前までは溜め込んでいた仕事に掛かりきりだった。

ただし、これもカーラの目論見通り。

餌を前にした時の親友は、それで普段の十倍くらいは軽く処理できる実力を持っている。

何かとサボる癖もあるが、本気になった時の親友は間違いなく自分よりも上であることを、これもカーラは理解っていて仕向けた。

そして、思惑通りに処理して貰った後は、ちゃんと餌を与える事も忘れない。

そうする事で、次回以降も親友は頑張ってくれる。

カーラなりのシルビア操作マニュアルである。


「だけど、私達が学んだ魔導とあの子が身に付けた魔導は異なる。魔導器が一万年以前の文明の遺産という部分は習ったけど、それでも仮説の一つ・・・・」

「シルビア様。ですが、アスラン君がこうして自分なりに纏めたノートを見る限りでは、私は整合性も取れると感じました」


シルビアが手に取っているノートとは別の一冊を開いていたカーラも、そこに纏められた内容へ俄かには信じ難い。

同じようにまた違う一冊を手に取っていたマリューも、それはカーラと同じだった。


「陛下とカーラ様程ではないですが、私も此処の中等科で魔導を習っています。それと照らしてもノートの内容は何と言うか突拍子もない感はありました」

「そうね。だけど、マリューもエリザベート先生から学べば少しは理解るかもしれないわよ。確かに、アスランのノートの内容は突拍子もない・・・・そう見えなくもないのだけど。だけど、先生が最近になって発見した属性ごとの個性。ノートにも似たような記述があるのよ。実際に見た部分と合わせてだけど、私はこれ全部を事実だと捉えられるわ」


無詠唱

駆動式と発動式

魔導器と魔力結晶石

超文明時代

魔法陣の存在

召喚魔法・・・・・等々


シルビア達が学んだ知識では、魔導とは魔法式と魔導器という道具を用いて初めて行使出来るというもの。

しかし、アスランのノートでは此処からして異なる。

マリューが届けたノート全てに目を通した後、今も読み返しているシルビアを映すカーラの思考は、ただし完全には整理出来ないでいた。


「超文明時代に魔導器が生まれて、だけど、それ以前から魔導は存在していた。生まれつき体内マナが少なくて、それで魔導を使えない人達がいて。そうした人達も不自由なく生活できるように作られたのが魔導器・・・・・私達の知る定説は、此処からして異なります」


そこで用意させていた紅茶を口に運んだカーラだったが、ふと気づいた感の面持ちになると、その口から「アスラン君はエレンという精霊から魔導を学んだ事も書いていましたね」と、視線は真っ直ぐシルビアへ向けられた。


「シルビア様もリーザという精霊と契約を交わしている筈ですが。という事はシルビア様も。こうした知識を得られたのではないでしょうか」


自らの問い掛けに、聞いていたシルビアの方も視線を起こす。

けれど、返って来た一言目で、カーラは苦笑いの面持ちになってしまった。


「リーザとは貴女も会っているでしょ。あんな勢い任せのバカ精霊の何処に。そんな叡智があるのよって逆に聞きたいのだけど」

「・・・・そうですね。シルビア様とリーザとは、よく意気投合していましたし。似た者同士でしたからね」

「むぅ~。ちょっと、語弊があるから言うけどね。私がリーザの世話をしていたのよ。じゃないと、あのバカ精霊は問題しか起こさないんだから」

「リーザは悪戯好きですからね。マリューなど、今でも度々下着を勝手に使われているそうですし」


突如、自分の名を持ち出されたマリューではあったが。

一昨日には、そのリーザに自室を荒らされている。

もっとも、荒らされたのはクローゼット等で、これもいつものこと。

着替えの下着を取られた痕跡は、机の上に残されたメモ書きが誰の仕業なのかを伝えていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

マリュー。

下着また借りるわね♪。

それと合わせて服も借りるわ。

後で洗濯籠へ返すから。


追伸。もっとエッチィな下着の方が私は好みかな♡

あと、服はもっとお洒落なのがあると良いわね♪


                       あなたの友人 リーザ♡

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「あの・・・なんで私ばかりがリーザ殿から狙われるのでしょうか」


この件ではほとほと困った感が拭えないマリューからの疑問。

しかし、カーラは即答で「そうですね。マリューは年の割に胸とお尻が大きいですし、体形がリーザと近い事もあると思います」と、何一つ遠慮がない。

無論、返って来た言葉に気恥ずかしさで俯いてしまうのもマリューなのだが。


「そうよねぇ~」と、いつの間にか妖しい視線を向けているシルビアを映したマリューは、女王の口が紡いだ表現に恥ずかしいよりも汚らわしい感情が怒りにさえなった。


「マリューの歳で、その胸は脅威よねぇ♪揉んだり吸ったりされたら。もっと大きくなるんじゃないかしら♪悩ましいまでのエロボディをまだ15くらいでなんて・・・・周りの男たちは絶対。間違いなくオカズにしているわよ♡」


バァンッ!!


両掌で叩かれた机が上げた悲鳴。

まだ免疫の少ない年頃のマリューが見せた反応に、それを頗る面白そうに見ている女王と、向かい側で呆れた感ながら。

しかし、呆れの矛先は間違いなく女王へ。

そして、真面目なマリューには同情もしているカーラから「シルビア様。同じ女性として恥ずかしいです。アスラン君の前で口にすれば、確実に怒られるでしょうね。」このカウンターは強かな威力で、揶揄った女王を一瞬で凍り付かせた。


「マリューは確かに・・・・そうですね。年の割には発育している部分もありますが、だからと言って揶揄っていいものではありません。稽古などでは少なからずセクハラも受けているようですし。シルビア様にはもっとマリューを大事にして欲しいと思います」


マリューを完全擁護したカーラの口は、その最後。


「シルビア様のこういう部分。アスラン君が知ったら・・・・きっと幻滅でしょうね」


正に痛恨の一撃。

少なくとも、カーラはこれがシルビアを仕留める一番の表現だと理解って使った。

息子の前では尊敬される行いしかして来なかったツケを、完全無欠の聖女を演じて来たシルビアにとって。

今の急所は間違いなく此処。


カーラが意図して口にした「きっと幻滅」は、事実、それでシルビアをカチコチに凍り付かせた。

誰が見ても分かるくらい露骨に凍り付いた女王と、凍り付かせた側が見せる不敵な笑み。

この時、両者を見ていたマリューは、此処へやって来たばかりの当時を思い出していた。


-----


主に庶民が通う初等科で、マリューが飛び級で進級出来た事情にはエストが関わっていた。

マリューの実家は両親がパン屋を営んでいる事で、授業が終わった後は実家の店を手伝う事が当たり前。

両親が揃って店に出ている間、マリューは下の弟や妹の面倒を見る。

他にも家事手伝いは勿論。

学校から帰って来た後で、洗濯や炊事に掃除など。

家のことはマリューに任せきりの時も少なからずあった。


マリュー自身は、それを苦痛だとは思わなかった。

姉の自分が弟妹の面倒を見るのは当然だし、家事を手伝う事で両親が喜んでくれる。

弟妹からは慕われ、両親は家事を代わりにしてくれる事へいつも感謝してくれた。

だからもっと頑張ろう。

そう抱いていたマリューは、ただ、初等科での勉強はもっと学びたい気持ちを膨らませていた。

中学年の頃、その当時のマリューは、初等科を卒業した後は店に出て働くつもりだった。

家事手伝いや弟妹の面倒を見る日々の中で、大好きな勉強の時間はもっと増やしたいとも抱いていたが、それは我が儘だと自身を納得させていた。

家は決して裕福ではないし、自分を中等科へ通わせられるくらいのお金は無い。

寧ろ、自分も働くことで家計を支えなければならない。


この頃のマリューは、時間さえあればパン屋の仕事を教えて貰うようになっていた。

両親もそのつもりで、小麦の挽き方から生地の作り方。

時期によって異なる酵母や水の配合までを細かに仕込んできた。


そんなマリューの実家へ、初等科のカリキュラムの一つで通うことになったエストがやって来ると、二人の間に繋がりが出来たのはこの時から。

孤児院では下の子供達の面倒を見て来たエストと、家の手伝いと弟妹の面倒を見るのが当たり前のマリューは程なく親しい付き合いになった。


初等科の高学年から始まる就業訓練のカリキュラムは、国の事業の一つでもあり、就学生の受け入れ先には、就学生が受け取る賃金を含めた助成金が支給される。

マリューの実家も受け入れ先の一つで、そこへ今年は偶然にもエストが来ることになった。

受け入れ先の仕事柄、エストは住み込みとなり、授業のある午前中以外の時間は店に出て働いた。

両親は年の近いマリューに、エストへ仕事を教えさせることも多かった。

一方で、エストはマリューの部屋で暮らしながら、その時にマリューが勉強熱心な事を知ると、自ら家庭教師を買って出た。


二人には二学年の差があって、エストは此処へ来るまでマリューのことを知らなかったが、反対に初等科の首席生でもあるエストのことをマリューは知っていた。

そのせいか、エストは住み込みの初日にマリューから勉強の仕方などを質問されると、ここからエストはマリューを知るようになった。


マリューが飛び級で進級出来た背景には、この出会い以降からも指導してくれたエストが関わっている。

学びたいマリューへ、エストはノートの作り方から要点の纏め方など。

後は自分が使っていた上の学年の教科書や、問題集は写しを作ってマリューに勉強する機会を作った。

マリューの両親は、娘からエストが初等科の首席で、勉強を教えるのが上手いなど。

エストが来てからの夕食の会話でよく耳にするそれは、同時に娘にこういう一面があった事を知る機会にさえなった。


やがて、エストが初等科を卒業した後。

マリューの成績を審査した教師陣は飛び級の試験を行った後で、既に今の学年の内容は修了しているとの判断を下した。

それによって、マリューは進級間もない内に最後の学年へと進むと、庶民から飛び級の生徒が出た噂を耳にしたシルビアを動かすに至った。


そして、マリューは自分を直接訪ねて来たシルビアから誘われる形で幼年騎士となった。

最初、剣の使い方すら知らない庶民の娘を等と。

名誉な事でも不安を隠せなかった両親は、しかし、ここでも女王が自ら足を運んで、その時の話し合いが在ったからこそ娘を送り出した。


当時、マリューが幼年騎士になった事は、シャルフィ王国で発刊されている新聞の一面を飾っている。

それまでは庶民の出から騎士へ任命された事実が無かった事が起因しているのだが、それだけに、王国で初めて庶民から騎士が生まれた事件として特に注目を浴びた。


今のマリューは王宮の中に自室を与えられると、そこで生活している。

女王の私室へ近い部屋を与えられたのには、隣室のカーラが当人の知らない所で関わっていたが、無論。

当人は何一つ知らされていない。

ただ、幼年騎士へ任命された当時。

王宮へ来た頃のマリューはシルビアの私室で生活していた。

この辺りの事情は、庶民を騎士へ登用した事を疎ましく思う者達がとにかく多かった部分がある。

そんな事すら知らないまま王宮へ入ったマリューを、任命したシルビアが全力で守っていた点は、それを補佐して来たカーラが一番理解っている。


後に、マリューは自分が守られて来たことを知るのだが。

故にシルビアとカーラの二人のために騎士の務めを果たす。

生真面目な性格は、此処で不変の忠誠心まで確固たるものにしていた。


今、こうして目の前に映る女王と宰相のやり取り。

公の場では絶対に見せない部分であり、それは私的な場でしか見る事が出来ない一面。

ただ、この私的な部分を、自分も加わって見れる事は、それだけで何か絆を感じられることでもある。

マリューはこれまでに何度か、シルビアから「血の繋がりなんか関係ない。貴女は私の娘同然に育てます」と、だからこそ。

此処で過ごした日々は、特に騎士としての部分では周りから差別も侮蔑もあった中で支えを失わずにいられた。

女王陛下と宰相の傍仕え等という肩書も、それによって守られているくらいは自覚している。

そうした経緯が、今度やって来る孤児の男の子についても。

今度は自分もアスランを守れる味方になろうと強く抱かせた。


胸の中で、そして思考でも抱いた思いは、無意識にマリューを微笑ましくさせていた。

一方で、自分と親友のやり取りを前に何か微笑んでいるマリューを横目に映したカーラは、ため息の様な吐息を一つ。


「・・・・まぁ、アスラン君の前では良い所しか見せないでいた。ですが、マリューに対しても最初はそうでしたし。アスラン君がマリューくらいの寛容さを持っていれば、特に問題は無いでしょう」


自分で追い込んでおいて、窮地に立たされた相手を自分が救う。

分かりやすいくらい表情が明るくなった親友へ。

しかし、こういう部分もあるから自分は怖がられる。


「それでも、間違いなく呆れられるでしょうね」


途端に明るい兆しを見せた親友は、またも凍り付く。

この件は、間違いなく感情がころころと入れ替わる親友だったが。

マリューが笑ってしまった事で、作られた緊張の空気は何処かへ旅立った。


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「どう?あまり期待していないけど。同じ精霊でも、リーザにもエレンが凄い精霊だって分かるでしょ」


自分を呼び出したシルビアからの皮肉たっぷり増し増しの声を、さっき呼び出されたリーザは全く意にも介さず。

見た目は人間の成人女性と何ら違いの無い。

二十代くらいの若さに、服装も人間の女性と同じ物であることが、それで一層人間っぽく映している。

唯一、耳の形が少し上に尖っているくらいで、それも長い髪の毛が殆ど隠しているから目立たない。

鮮やかなピンク色の髪と瞳は、人間より色白な肌のせいか際立って映えているようにも抱かせた。


もっとも、リーザの服装を映したマリューの表情は複雑。

今もこうして自分の私服を勝手に着ているだけでなく、現れて早々「マリュー。ブラがまたワンサイズ大きくなったわね♪」と、笑顔でウィンクにグッジョブというこの態度。

マリューにとって、恥ずかしいのと怒りしか沸かないこの感情は、しかし、気配を殺して背後に回ったシルビアからの奇襲で、驚きの様な悲鳴が部屋を一瞬満たしている。


「あのねぇ~。マリューの背後に回っておっぱいを揉み揉みしていたバカ女王とは違うわよ。え~っと、そうね。アスランが学んだのはアーツね。うんうん♪ノートを見る限り、正しく認識しているのは分かったわ♪」


シルビアを遠慮無しにバカと言い切ったリーザへは、けれど、カーラもこの認識は同意とするところ。


「そうですね。さっきのは同じ女性として特に恥ずかしく思います。世界から聖女とまで呼ばれる御方がまさか・・・・と抱かれるのは間違いないかと」

「でしょでしょ~♪シルビアったらさぁ~全然子供なのよねぇ~・・・・・バカだからかしら♪」


視線は今もアスランのノートへ落したままで、しかし、口はシルビアをこれでもかとバカにする。

しかも口調からしてノリノリな気分を感じさせたことが、ここでは馬鹿にされた女王のこめかみに血管を浮き上がらせていた。


「へぇ~。それにしても、うちのバカ娘が此処まで教えられるなんて・・・・こりゃ、天変地異とか大災害が起きても不思議じゃないかも♪もう何年も会ってないからだけど~。魔法陣だけじゃなく、召喚まで教えていたなんて。なるほどね・・・・・だからユミユミが私にも・・・・・」


一人だけ納得顔で頷きを繰り返すリーザは、ただ、この場では自分だけしか知らない事実もすっかり失念していた。

そして、呼び出したシルビアの方はリーザが口走った事へ。

敏感に反応した部分は即答で「うちのバカ娘って・・・・どういうこと」と、怒りを抱えた口調にも。

返された言葉さえ意に介した感が無いリーザは「ああ、言ってなかったっけ?エレンは私の娘だけど。あの子ってば色々と馬鹿だから♪」この相変わらずの口振りを前にして。

シルビアだけでなく、聞いていたカーラは無論、マリューまでが声を失くすほど凍り付いた。

それすら気付いていないリーザは、ノートのページを捲りながら。

やがて、最後まで目を通した所でノートをテーブルへ戻すと、その手が隣のシルビアへと伸びた。


「ごめんね~。私ってばユミユミから頼まれて来たからさぁ。あれ・・・・この辺りじゃなかったっけ?」

「キャっ!?ちょっと、いきなり何処を触って・・・・!?」


シルビアの服の胸元から中へ侵入したリーザの指先。

それが下着の内側でごにょごにょ這う様な動きを繰り返す。

当然、肢体を弄られる様な感じしか受けないシルビアの抵抗は激しく、一方で、それすらお構いなしの強引さで手を更に深い所へ潜らせたリーザ。

その手は間もなく探していたものを掴むと、引き抜くようにして離れた。


「あったあった♪呼び出されてなんだけど。私の方はこれに用事があったのよ♪」


肢体を散々。

それも好き放題に弄られたシルビアが、気恥ずかしさを隠さない睨む視線の先で。

しかし、リーザに取られたものを映したシルビアも直ぐにハッとさせられた。


「リーザ。それは私のものよ。今直ぐ返しなさい」

「何言っているのよ。貴女はこれを〝貸し与えられた″だけじゃない。私は本来の持ち主から頼まれて来たのよ」

「本来の持ち主って・・・・」

「選定の儀で会って来たでしょ。それで、私は頼まれたのよ。コールブランドを今直ぐ持って来て欲しいって」


継承した以降、今日までずっと肌身離さず持っていたコールブランドは、それ自体が王位継承の証とでも呼べるもの。

リーザの言っている事を理解できるシルビアは、しかし、納得できない感情は素直に表情へ現れた。


「ユミユミは王位を取り上げるなんて言ってないから。だけど、あっちで今も修行中のアスランには必要だって。だから、これは持っていくからね♪」

「え!?って・・・アスランは神界に居るの」

「そうよ。私もあっちで聞いたからだけど~。5月にティルフィングと契約してからは頻繁に神界へ通っているみたいなのよねぇ。アーツはうちの娘が先生で、剣の方はティルフィングが叩き込んだみたい。あっ・・・ちなみに今はだけど。剣はユミユミが直々に教えている最中で、だからコールブランドを取りに来たってわけ。まぁ、偶然にも丁度良く呼び出してくれたから都合が良かったって感じね♪」


そのまま返事も待たずに「じゃね~♪」と、一瞬パァッと光を放った直後。

そこにいた筈の精霊は忽然と姿を消し去った。


突然知らされた事実は、それで思考が完全に止まって固まっていたシルビアの向かい側で、此方は逸早く事態を理解したカーラが「どうやらアスラン君は無事なようですね」と、まだ固まっている親友の頬を軽く叩いた。


「マリュー。今ここで見聞きした事は全て他言しないように。すれば貴女と家族の命はありません」


視線は頬を叩いて正気を取り戻させた親友を捉えたまま。

しかし、冷たいとさえ感じさせた声は、この場に居合わせた従騎士へ向けてのもの。


「分かりました。此処で見聞きした事は絶対に他言しません」


即答で返したマリューとて、事の次第全てを把握出来ていない。

それでも。

目の前のカーラからは、いつになく真剣だと肌で感じ取った緊張が只事でないくらいは理解らせた。


この日、意外な形でアスランの無事を知った三人だが。

中でもシルビアの胸中は複雑。

リーザが口にした事が全部その通りなら。

思考はそこから幾つかの事実を繋ぎ始めると、やがて、導き出した答えに胸中は更に重苦しさを上乗せしていた。


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