第44話 ◆・・・ 王様 ・・・◆
ハァ・・・ハァッ・・・・
アスランは自分が造り上げた防壁の上で、既に肩で大きく息を繰り返していた。
蓄積した疲労で本当は自力で立っている事さえ危うかった。
ただ、ティアリスが今は剣に姿を変えて、それを杖代わりに何とか立っていられた。
少し前、蓄積した疲労の辛さからアスランの姿勢は一度倒れそうになった。
ただ、姿勢が傾いた所で直ぐに姿を消しているティアリスの両腕に掴まれた。
そこから間もなく、アスランは自分の正面にティルフィングを突き立てて、その柄の上に両掌を乗せながら。
全然大丈夫を装ったアスランは、背筋を伸ばしてヴァルバースを真っ直ぐ捉えていた。
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別に意地を張ったとか、格好を付けたわけじゃない。
ずっとアーツを使い続けた事で、単純にマナ枯渇の症状が現れただけ。
倒しても倒しても湧いて出て来るバハムートレオの大群を相手にして、それこそ、この戦闘は最初から此処までずっと戦ってきた。
初陣のアスランは自分自身の異変にさえ気付いていなかった。
戦っている最中、アスランの思考はとにかく”皆を無事に王都へ逃がす”事だけを考えた。
否、バハムートレオの大群を相手にしてからは、特に余計なことを考える暇など微塵も無かっただけ。
自分より広い視野を持っているティアリスの声を頼りに、ただ、無我夢中で此処までは戦った。
故に、マナの枯渇に繋がる症状を引き起こすまで。
アスランは自身の異変だけでなく、心身の疲労にすら全く気付いていなかった。
不意に視界がぐらついた時、咄嗟にバランスを取ろうとしたアスランは、此処で足腰に力が入らない事を初めて自覚した。
そして、アスランの前のめりに倒れそうになった身体は、背後から両腕を掴んだティアリスに引き戻されるようにして姿勢を保った。
「マイロード。貴方が此処で倒れれば、後ろに居る此処まで守って来た民達は間違いなく動揺します。辛い事は重々承知していますが、ですが今は耐える時です」
後ろからずっと此方を見ている人達が居る。
ティアリスの声は毅然としていたけど、その中に複雑な感じもあったから。
本当は休ませたいって思ってる。
だけど、今の状況は僕にも理解る。
こういう状況は・・・・確か、聖剣伝説物語の中にもあった。
そして、騎士王は・・・・皆に自分が本当は苦しいのを隠し続けたんだ。
その部分も何度も読んだから憶えている。
騎士王は不利な状況で、もう後が無い困難な時ですら毅然と振る舞った。
本心では不安を抱いて、度重なる戦闘で身体は疲れ切っているのに。
だけど、最後まで気丈に振る舞った騎士王は、その姿勢だけで周りに勇気を与えたんだ。
・・・ティアリス。剣を貸して。格好悪いけど、杖代わりにしないと今は立てないんだ・・・
・・・マイロード。いいえ。私の柄に両手を乗せるようにして、そして背筋を伸ばせば見栄え立ちします・・・
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「インフェルノ・・・・聖剣伝説物語の中にあった魔法だけど、何度も読んだからイメージはしやすかった。だけど・・・・全部は倒せなかった」
「(・・・マイロード。いえ、初めて使ったアーツだとしても。この威力は凄まじいの一言に尽きます・・・)」
「そっか・・・・ハァ・・・・ハァ・・・。でも、ティアリスには躱されそうだけどね。敵が密集していたから纏めて倒せたってところかな」
此処までの戦闘ではヴァルバースと下僕獣に対して、ファイア・アローとアイスダガーをどちらも一度に100発以上を連続で、戦術としては集中豪雨をイメージした感じで使っている。
実際、敵のボスは巨大な化け物で、かなり離れた此処から見ても当て易い大きな的になった。
その周りで次から次へと湧いて出て来るバハムートレオは、その時にも駆逐した筈なのに。
だだ、結果的には、このバハムートレオの大群が防御壁によじ登るくらい押し込んでいる。
防御壁に押し寄せたバハムートレオの大群は、壁際に自分達の死骸を積み上げて足場を作ると、そこから登って来た。
正直、奴らは馬鹿じゃないと思った。
此処を越さない限り、奴らは王都へ近付けない。
だが、防御壁の頂上に手が届いた直後、奴らは神速で仕掛けたティアリスの斬撃で討たれた。
ティアリスの神速の一閃は、よじ登って来たバハムートレオの首だけを綺麗に幾つも空に刎ねた。
それこそ瞬きする間もない速さで首だけが次々飛んで行く。
僕の剣術の先生は、本当に恐ろしく強い。
その事実を改めて認識した。
ティアリスが防御壁を登って来たバハムートレオを倒している間、アスランは足場となった死骸の山を、炎のアーツで焼き尽くす。
完全な灰にするまで焼かないと意味が無い事くらいは明白だった。
大群は数に任せて足場を幾つも作った。
しかし、ティアリスは神速で一気に片付けた。
そして、アスランも同時に全部の足場を焼き尽くした。
結果。
此処での攻防は一先ず膠着した。
膠着したその後で、ティアリスから『マイロードに、一度の発動で敵の全部を叩けるアーツがあれば』との声が、アスランがインフェルノを閃いたきっかけ。
元々、アーツを指導するエレンから耳タコで言われて来た教えがある。
アーツは自由で、無限で、それは自由に想像して良いものだと言われて来た。
異世界で修行を積む中で、アスランはティアリスの神速の一閃にしか見えない剣を、自らの技にしようと試みて今も続けている。
この修行の最中、エレンの一言がきっかけとなって、そこからアスランはライトニングを会得した。
アスランにとって閃光にも映るティアリスの剣技。
それをエレンは『雷みたいにピカッて光ったらアスランが斬られているんだよねぇ♪』と可笑しそうに笑う。
声の感じだけでアスランは馬鹿にされているとも抱くのだが、ただ、この時の『雷』の部分。
もし、アーツで雷を使えたら・・・・・
雷の性質は図書室の専門書と、後はティアリスからも知識を得たアスランがアーツで再現した。
これがライトニングを会得した経緯。
だから、魔導を習った者達なら理解っている雷撃魔導は会得が極めて難しい等という常識をアスランは知らない。
そして、ライトニングを会得した後で。
今のアスランは、その性質を応用したアーツも幾つか使える。
その一つ、ティアリスとの稽古では、視力と聴力を奪う目的でスタングレネードを巧みに使っている。
至近距離で行使したスタングレネードは、眩しい閃光が先ずティアリスから視界を奪うと、轟く雷鳴がアスランの動く音すら掻き消す。
しかも発動タイミングは剣と剣が斬り結んだ瞬間とあって、これを初めて受けた時のティアリスの驚きは大きかった。
もっとも、その時も本気を出したティアリスが、アスランを一刀に斬っている。
しかし、アスランにそうした技がある事は、無自覚な本人以上に指導するティアリスが脅威をまた感じ取っている。
主の理想の剣技は双剣を使った魔法剣技。
これから先で、しっかりした基礎の上に今のような技を多彩に使い熟したとき。
ティアリスは成長した主の将来を想い描くだけで、それだけで心が躍った。
そして今・・・・・
この初陣の最中でティアリスは、またアスランが一段成長した事を見せつけられた。
アスランはこの戦闘の最中で、エレンの教えと、ティアリスのくれたヒントを基に、自分が大好きで何度も繰り返し読んだ聖剣伝説物語に出てくる魔法をイメージした。
文章の表現だけでいつも思い描いていた・・・・・
騎士王が劣勢をひっくり返した幾つもの大魔法は、何度読んでもアスランの心を躍らせてくれた。
それ故に、インフェルノのイメージは簡単に出来上がった。
先ず、中心に向かって渦を巻く炎の大波を顕現させる。
そして、視界に映る敵の大群を全て焼き尽くす。
アスランが描いたイメージは、バハムートレオの大群の中心を起点にして、後は修行と同じようにマナを収束させると、最後はその口が「インフェルノ!!」を叫ぶように声にした事で、この世界に初めて大規模な事象干渉を引き起こした。
発動した後、戦場となった一帯が今は焼け焦げた大地に変わった。
発動前、それまで千は軽く居ただろうバハムートレオの大群は、殆どが焼き尽くされた。
今はインフェルノから辛くも逃れた数体程度の小さな群れが幾つか点在している。
アスランが初めて使ったインフェルノは、事実、ただ一度の行使で現在の劣勢を覆したかに見えた。
ただ、視界に状況を映したアスランに笑みはなかった。
全滅させる目論見で行使して、成し得なかった事が悔しい気持ちを抱かせている。
それでも、初めて使ったのだから仕方ないと。
後は自分の実力が足りないから完璧には出来なかった等と思考を結論付けた。
主が気難しい表情を浮かべている傍で、剣に姿を変えていたティアリスは逆に興奮していた。
そこに驚きの感情は勿論あった。
自分との稽古の最中ですら一度として使ったことは無かった。
それだけに、今の主には”未だ扱えない力”だと思っていた。
ところが、主はいきなり使って見せた。
そして、此処まで大規模な事象干渉はティアリスの想像を軽く超えていた。
(・・・マイロード。貴方には本当に驚かされます・・・)
ティアリスはアスランが以前からこうやって予想を軽く超えてくれる。
幾度も体験して来ただけに、ただ、やはり心は躍った。
その感情を不謹慎だと分かっていても。
それでも、どうにも収まりようが無かった。
だが、この一連の光景は、アスランが気付かない所から見届けた者達もまた存在していた。
実際、一度でも振り返っていればアスランも気付いた筈。
それをしなかったアスランは、背後の離れた城壁から此方を見ていたシルビアの存在に。
未だ気付いていなかった。
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城壁の上からだと勾配の関係もあって、ちょうど緩やかな下り傾斜の先にある戦場となった一帯を良く見渡せた。
ただ、此処まで避難して来た者達が全て門を通るには、今しばらく時間が掛かりそうだった。
まだ半分以上の避難民が城壁の外に残っている。
そして、先に王都へ入った負傷者や身体の不自由な者達が、今は急ごしらえの仮設医療所で手当てを受けている報せも耳にした。
シルビアはマリューを時々は振り返らせた。
内側の状況をマリューから見たままに報告させていた。
この報告があるからこそ。
シルビアは、下で陣頭指揮を執っているカーラの状況も推し量る事が出来ていた。
また、此処に自分が居ることを示す旗が翻っている以上、各所の状況は遅からず此処へ報せが届く。
だが、思考はそこまで至った後。
今度は胸中を一層複雑にした。
現在の状況は、まだ5歳を迎えていないアスランの力で支えられている。
このこと自体、シルビアには想定外だったが、それはシルビアに限っていなかった事でもある。
自らの指示で負傷者や身体の不自由な者達を先に入れた事。
その判断は間違っていない。
しかし、先に起きていた混乱状態が負傷者を悪戯に増やした。
結果、本来であれば回避出来た時間が此処に乗せられた。
城壁の外側は未だ多くの民が通行の順番を待っていた。
シルビアは自ら此処に立った事が、混乱を鎮静化する一助にはなっている。
元より誰一人見捨てるつもりなどない。
自分のこの意思は今、下で陣頭指揮を執っているカーラが上手くやってくれている。
避難して来た民への対応と指揮はカーラに任せて、と言うよりも実務的な部分は親友の方が遥かに適任だとこれも理解っている。
同時に今の自分の役割。
シルビアの本心は、アスランを瞳に映して一層強く傍に駆け付けたい。
それ許さない立場が今は此処を動けずにさせている。
夜明け前に襲われて、見ただけで着の身着のまま此処まで逃げて来た。
それくらい容易に分かる身形で今も順を待っている。
一見落ち着いたようで、しかし、内側には強い不安を抱えている筈。
そこまで推し量れるからこそ。
今のシルビアは此処から動く事が出来ないでいた。
城壁の門の前で、今も通行の順番を待つ者達には確かに不安があった。
王都の正門からはかなり離れた位置で、此処の門は一度に大勢が通れる造りでないくらいは誰もが知っている。
だが、自分達は此処まで、追って来る魔獣の群れから必死に逃げて来た。
今は背後に長城とも言えそうな防壁がある事で、それで視界を遮られた後から魔獣の群れがどうなっているのか分からずにいた。
背後の壁を魔獣が越えて来たら。
順番を待つ者達が一様に抱く不安は、女王の姿を映しても完全には無くならない。
寧ろ、時間が経つにつれて再び不安と恐怖の感情が大きくなった。
しかし、アスランを知っている大人達は此処でグッと堪える事が出来た中で、そうではない大人達の一部が再び我先を口にした。
安全が確保されていない状況が、再び膨らんだ不安によってそうさせてしまったのだが、その一部が全体に負の連鎖を波及させることを、此処でアスランを知る大人達の声が粉砕した。
逆に、アスランを知る大人達の声は、同じ地区に住みながら噂程度には聞いた事がある。
そういった者達に納得と感心を与える作用を生み出した。
勿論、その声は城壁に立つシルビアにも届いていた。
馬鹿野郎!まだ子供のアスランが魔導を使って俺達を今も守っているんだぞ!!
そうよ!いい大人の男がなんて情けない!!
あんまりギャーギャー喚くなら、あんたをあたいらが魔獣の餌に放り投げるよ!!
しかし、まさか子供のアスランが魔導を使うとはな。
浄水器の時から頭の良い子供だと思っていたが、さすが孤児博士だな!
もういっそ、うちの息子にしちゃおうかしら♪
叱る声は途中から風向きが変わった。
風向きが変わって、今はアスランを知る大人達の何か我が子を自慢し合うような空気を生み出していた。
勿論、この空気はシルビアにも伝わっていた。
そこへカーラから案内されて階段を昇って来たスレイン神父が、やがて城壁の上に立つシルビアの所にも姿を見せた。
スレインの無事を映して再び表情が和らいだシルビアも、挨拶もそこそこにスレインから「魔導の事は別として、陛下が来られなかった一年の間に、アスランを取り巻く状況は大きく変わったのです」と、耳に届くアスランを可愛がる者達の声には、スレインも自然な笑みが現れた。
「陛下。アスランは己の力で状況を変えました。まぁ、変えたと言っても日頃の行いの賜物です。同い年の頃の陛下とは天と地ほどの差がありますね」
スレインからのこの表現は、非常事態だというのに、シルビアを思わず苦笑いさせるだけの力を有していた。
女王をそうさせたスレインの隣で。
案内したカーラは態とらしく眼鏡の縁を直しながら。
しかし、こちらは師よりもずっと楽しいと分かる笑みを見せていた。
「陛下。カーラから聞きましたよ。政務にとても勤しんでいる・・・・ようですね」
「あははは・・・・・先生・・・・・その・・・ですね・・・・今は・・・」
「負傷者の方は私からアンジェリークを通して、大聖堂へ支援を頼んでいます。ですから、もう間もなく魔導器を装備した支援隊が駆け付ける筈です」
「先生・・・ありがとうございます」
「まぁ、私が要請しなくとも、優秀な教え子が既に手を打っていたと思いますよ」
この事態に際しても、今は全く動じていない素振りを見せるスレイン神父の姿には、この場に居合わせた教え子の二人とも、現役の頃に見て来た聖賢宰相を彷彿させられた。
スレインは自らが此処に避難するまでに見て来た一部始終を話した。
勿論、その事はシルビアとカーラが特に知りたかった経緯。
そして、日が昇る手前の薄暗い夜明けの時間に襲われた事が判明した。
朝の早い仕事に就いている者達でさえ出掛けの事だった。
スレイン自身は大きな物音で目を覚ますと、続けて建物が破壊された音で異常事態だと察した。
直ぐに起き上がってベッドを離れた後、ローブを頭から被って外に出た所で今回の事態を映した。
ただ、此処までの経緯を話すスレインの表情と雰囲気は、それはアスランだけを残して逃げて来た罪悪感を口にしなくとも、報せを聞く側には理解るものがあった。
特に、聖賢宰相として政治を取り纏めたスレインの姿を幼少の頃から見て来たシルビアとカーラには、その時点では他に選択肢が無かった事くらい察する事も出来る。
スレインはアスランを置き去りにして皆と逃げたのではなく、ヴァルバースを足止め出来る力を持っていたのがアスランだけだった。
逆に悪戯にあの場に残っていたら、大群となって現れた魔獣達の餌食となっていただろう事も容易に予測が立つ。
故に、心情は別にして判断は必ずしも誤っていない。
それも今は女王としてこの場から動けないシルビアには、痛いくらい伝わっていた。
「あの巨大な魔獣を最初にヴァルバースだと声にしたのはアスランです。よくは分かりませんが、アスランは魔獣の事も何かしら知っている。そういう雰囲気はありました」
スレインはそう述べた後で、巨大な魔獣を前に僅かな時間でも動けずにいた自分達に対して、アスランが一番最初に的確な指示を出してくれたからこそ即座に動く事が出来たと。
「心情的にですが、あの時の我先に逃げる気持ちにも理解る処はあります。それでも、アスランは立ち竦んでしまった私達が誰一人置き去りになることなく、協力し合って避難出来る時間を作ってくれました。ヴァルバースが今もあの場所から動かずにいるのは、アスランが最初に使ったアースランス・テンペストで、ヴァルバースの巨体を針の筵同然に串刺しにしたからだと考えられます」
スレインの報せによって、巨大な魔獣の名前がヴァルバースだという部分。
これはアスランが何かしら知っている事が分かった。
また、今現在もあの場所から動いていない理由について、それがアースランス・テンペストに因るものだという点も判明した。
「アスランが一体何処で魔導を学んだのか。私が知っているのは図書室にある魔導を紹介する一冊の本だけです。本の中身は私も読み知っていますが、あくまでも魔導とはこういうものだと紹介する程度の本ですから、それが基になって魔導を使えたとは到底考えられません。しかも、魔導器も使わずという部分で、アスランがした事は常識外でしょう」
この段階で一度尋ねたシルビアの問いに、スレインは去年の夏頃に図書室でアスランがその本を読んでいた事を返した。
その時にもアスランは辞書を片手に、後はノートへ自分なりに分かった事を書き記していたことも伝えたスレインへ、隣で聞いていたカーラがクスッと微笑んだ。
「つまり、先生の話では去年の夏。それは誕生日の後から始まった学習テストもまだ始めたばかりの頃ですよね」
「カーラの言う通りです。そうですね・・・・確か、魔導の本を図書室で熱心に読んで調べていた後だと思います。アスランはそれから午後の時間を外で過ごすようになりました。木剣を持って出かけるアスランは、いつもの空き地で素振り稽古をしていたようです。その事はエストを何度も見に行かせましたので間違いありません」
「なるほど・・・・いえ、もしかしたらアスラン君が外に出て誰かから魔導を学んだのではと。ですが、確かに魔導器を使わずに魔導を使うのは不可能。さっきの光景を見るまではそう思っていました」
「それは私も全くその通りです。魔導とは魔導器は当然ですが、魔法式も必要です。そして、アスランは魔法式すら唱えずに使っている可能性があります」
「「「!!」」」
スレインのこの発言に、俄かには信じ難いと抱くくらいは自然だろう。
目を見開くほど驚きの様を顕わにしたシルビアも、同じくらい驚きの表情を顕わにしたカーラとマリューにも、ただ、スレインの話す内容が、3人にもその可能性を抱かせた。
「私達は皆纏まって此処まで避難して来ましたが。途中、動けずに座り込んでいる者達もまた多かったのです。家々を一軒ずつ確認しに走って、そして家の中で取り残された者も連れて来ました。もう分かるでしょう・・・・この避難の仕方は時間ばかりを特に使う事が。そして、あの大群となって追いかけて来た魔獣は、大人が走る速さよりも速いのです」
城壁から見える戦場では、数が減った事で魔獣の動く速さもよく見えるようになった。
同時に、スレインの話した内容が間違っていない事を裏付けていた。
人の走る速さではなく、どちらかと言えば馬を普通に走らせたくらいの速さがある。
つまり、スレインの報せ通りの避難の仕方だった場合、此処に逃れる途中で間違いなく追いつかれているくらいは明白だった。
「アスランがあの長大な防壁を造ったのは、私達が城壁の門へ向かう中で、付近にもう家が無いこの上り坂に入ってからです。つまり、置き去りになった者達の有無を確認し終えた後という事になります。そして、それよりも先に大群となって現れた魔獣を相手に、アスランはたった一人で対峙し続けています。その時に私が見たのはファイア・アローとアイスダガーの二つ。ですが、どちらも一度に100以上は行使したでしょう。しかも連続で、それは止めど無く撃ち続けられたと言っても過言ではありません」
此処で一番先にハッとしたマリューから「スレイン神父が見たその事は、私も見ました。ちょうどエスト先輩から報せを聞いていた時にです」と、シルビアとカーラも此処でマリューの報告にあった空から炎の塊が雨のようにの部分から、その後で続くように氷の嵐という部分までがようやく繋がった。
スレインは避難民の最後列を歩いて来た。
故にこの事態では、背後で起きていた戦闘を一番近い所から見ている。
そして、現れた魔獣の大群によって生活の場を完全に壊された事も、この瞳に映していた。
城壁の門の所まで来たスレインも、そこから先へは人混みによって進めずにいた。
だが、此処で城壁に姿を現したシルビアの指示があったからこそ。
先を譲られるようにしてシスター達と一緒に子供達を連れて通る事が出来た。
そして、女王へ此処まで自分が見て来た経緯を伝えた後。
スレインの視線も戦場となっている場所を再び映していた。
風に乗って届く焼け焦げた異臭が鼻を触る感覚は不快でしかなかった。
だが、昨日まではそこにあった生活の場は、今は焼け野原の大地と化している。
しかし、そうならずとも見てきた限りでかなりの数の家々が壊された。
アスランの背中を映すスレインにも抱く疑問はある。
しかし、胸中では全員が此処まで避難出来た事を、その事実だけはアスランに感謝していた。
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「ティアリス。また増えて来たね・・・・」
「マイロード。ヴァルバースは己の一部を使って、それでああして下僕獣を無尽蔵に生み出すことが出来ます」
身体が少しだけ楽になった所で、アスランは自力で立つことを選んだ。
ティアリスは心配したが、何というか。
こう、剣を杖にするという事がアスランの中では格好悪い。
だから、足腰に力が伝わるようになった所から自力で立っていた。
ただ、酷く心配するティアリスにも配慮して?
今は姿を消した状態で背後に立たせると、アスランは背中を預けるようにもたれ掛かっていた。
「もう一度インフェルノを使って、だけど、それでも致命傷には出来なさそうだなぁって・・・・。もっと優位に立てる方法を考えないと」
そのまま首を傾げて思案を巡らすアスランは、視線を落として見つめていたティアリスを小さく笑わせていた。
戦闘の状況。
はっきり言って形勢は良くないし、寧ろ主の消耗具合を考えれば此方が悪い。
そして主は最初、ヴァルバースを前にして臆していた筈。
それが、今は全く怖くないのだろうかと抱かせる態度を見せている。
故に、その事が不思議と可笑しかった。
「マイロード。その、怖くはないのですか・・・」
「え?・・・う~ん・・・・そうだねぇ~・・・・。だってバハムートレオはティアリスから見て雑魚なんでしょ。その親玉もティアリスより強くないならって・・・うん。そう思ってるからかな」
「まぁ、戦場で恐怖に駆られるよりは、それよりは今の方が断然良いと思います」
「あれだね・・・・。ティアリスに何万回も負けたから。きっと、それもあると思うよ。だんだん慣れて来たのと、この状況からヴァルバースをどうやって倒そうかって。それだけを考えていた」
ヴァルバースを倒す。
アスランの口から紡がれたその言葉は、聞いていたティアリスを今度は少なからずハッとさせるだけの驚きを与えていた。
初陣のアスランには、ティアリスも多くは求めていなかった。
幼い主には、持っている力で民達が避難する時を稼ぐくらいで十分だと思っていたし、その間に騎士なり兵なりが駆け付けて後はそれらに預けて構わない。
そう考えていたティアリスは、しかし、此処に至って主が本気でヴァルバースを倒そうと思案を巡らしている事に、それを素直に嬉しいと感じていた。
「ねぇ、ティアリス。ヴァルバースだけど、四属性のアーツでは倒せない・・・んじゃないかな。バハムートレオの大群はどうにでもなりそうだけど。だけど、ヴァルバースは何か違う気がするんだ」
「そうですね。奴はあれで神の眷属です。神獣とは神の格に連なる存在ですが、魔神ヴァルバロスの配下と言えば分かりますか?」
「魔神・・・つまり、悪い神様の子分ってことだね」
「まぁ、その解釈でも問題ありません。ですが、神の僕です。故に当然ながら強さはその辺の魔獣とは次元が違います」
「うん。でもさ・・・ティアリスよりは強くない」
「その通りです。ですが、私が奴に勝つためには、剣である私を奴に突き刺せる主が必要です」
「分かった。その事を最初に話してくれなかったのはさ・・・・僕の事を気遣ったんだよね」
「申し訳ありません・・・・」
声しか聞こえない状態でも、それでもアスランには今のティアリスの表情が思い浮かべられた。
「いや、ティアリスは悪くないよ。僕は最初、その時は逃げることを考えていたんだ。本当に怖かったし、だけど、そこで叱られて。そして今は倒したいって思ってる」
「マイロード・・・・」
「ちょっと確認するよ。先ず、ティアリスはヴァルバースよりも強い。だけど、勝つためにはティルフィングの姿じゃないと出来ない。これは合ってる?」
「その通りです」
「じゃあ、僕がティルフィングをヴァルバースに突き刺すとして、狙う場所は何処なの」
「奴の急所は眉間です。ですが、そこまで接近するのは・・・・」
「あぁ・・・そうだね。僕の未完成の必殺技じゃ・・・・失敗した時の方が怖いからなぁ」
「その、エレンという精霊が居ない今は・・・・」
「そだね・・・・僕が寝ている時はさ。エレンはお構いなしに起こす事もあったけど、逆は無いんだよなぁ・・・・」
ティアリスがヴァルバースを倒せる戦い方を提案出来なかった理由。
その部分は聞いていたアスラン自身が納得してしまった。
確かに此処にエレンが居れば、瀕死の重傷を負っても何とかなる。
だが、そのエレンが今頃はまだ夢の世界に行っている筈で、これもお昼くらいにならないと起きて来ない。
「ティアリスに言われたからだけど、バハムートレオってどんどん増えるよね。本体のヴァルバースを倒そうにも未完成の必殺技は当てに出来ないし。そして、エレンが居ない今はティルフィングを使える僕も迂闊に仕掛けられない・・・・・か」
そのままアスランはまた思案の世界へ身を置いた。
増え始めたと言っても、さっきの規模に戻すにはまだ時間が掛かるはず。
その間に手立てを考えて、そして仕掛ける。
方向性はあるのに、それを達成するための要素が足りていない。
ふと、その口から「剣がもう一振り欲しいな・・・・」そう呟いた所で、またエレンの言葉を思い起こしたアスランの表情が上向いた。
「そうだよな・・・・うん。ティアリス・・・剣神ってさ。ティアリス以外にも居るんだよね」
「そうですが・・・まさか」
「うん。今から召喚をやってみる。それで、上手く行ったらだけど。もう一振り剣が手に入れば、双剣の技なら斬り込めるって考えたんだ。バハムートレオは確かに凶暴だけど、動きはティアリスと比べられないくらい遅い。そして、今の所は動けない巨体のヴァルバースも完全に懐に入ったら爪も怖くない・・・・どうかな」
こういう時、未熟者ならば一か八かの賭けで未完成の必殺技を使う事に走る。
そして、主がそれをやろうとすれば当然、自分が叱ってでも止めさせた。
だが、主はそういう部分も含めて驚かせてくれる。
アスランの考えた戦術は不確定要素が一つ入っている。
しかし、尋ねられたティアリスには確信があった。
主ならば、きっと応える者達が居る。
「マイロード。臣下が増えても、私が一番ですからね」
何か念を押された感の声だった。
アスランはティアリスの声にそう感じ取った。
だが、再び「私が一番ですよ」と告げられた所で、今まで知らなかったティアリスの一面を垣間見たような気がした。
「大丈夫。ティルフィングは僕だけの剣で、僕の事を一番最初に王様だって言ってくれたんだ。だから、ずっと一番だよ」
「マイロード・・・・ありがとうございます。では、召喚を行っている間。私が全力でお守り致します」
視界に映す一帯を見る限り、それから前にティルフィングと契約した時のエレンの話もある。
神界に行っている間は時間が進まない。
そもそも、神界には時間の概念が存在しない事をティアリスから聞いている。
アスランは深呼吸を一度、それで気持ちを手中させた所で瞳を閉じた。
・・・・銀の杯を此処に。杯に注ぐは光の雫。我は杯を捧げ此処に誓う。我は常世の安寧を望む。故に常世総ての善と成り、常世総ての悪を敷く。我の誓約に応えし者よ。汝が安寧を欲するならば、我は汝の王たりて汝が願いを叶えよう。汝が忠誠を我に、我が誓いと命運は汝の御手に。互い違わぬ誓約を交わし、以て汝が王の御旗を掲げよ・・・・
瞼を閉じた後、アスランは既にそこに立っていた。
前にも見た事のある魔法陣は、やはり何かの紋章のように見えた。
そして、前もそうだったように紋章に刻まれた文字らしきものを極自然に口にして読む事が出来た。
最後まで読み上げたアスランはそこで一瞬、これも前と同じように真っ白な眩しい光に飲み込まれた。
反射的に瞼を閉じて片腕で光を遮ったアスランは、しかし、これも前と同じだと抱いたのも束の間。
再び瞼が開いた時、瞳が映した場所は間違いなく聖殿の中だった。
同時に、今回はティルフィングの時とは異なって、まるで自分を待っていたかのような存在と出会ったのである。
2016/03/09 誤字と一部の表現を修正しました。




