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第41話 ◆・・・ 再び芽生えた疑念 ・・・◆

2018.08.23 本編の修正に伴い加筆も行いました。

※なるべく読みやすく、伝わりやすくを意識しましたが。そのために字数が増えましたので、後日、二~三話に分割するかも知れません。


暦が7月に入ってから数日が経っていた。

アスランも、あと数日で5歳の誕生日を迎える。


まぁ、僕の近況だけどさ。

この間の事件と言うか、大喧嘩の後からだいぶ変わったかな。


そうそう。

ゴードンとエルトシャンの大喧嘩。

それよりも前に、僕はティアリスと盟約を結んだ事で、それからは異世界の方で修業が出来る様になった事もある。


だからね。

僕の睡眠時間は、四時過ぎくらいに戻ったんだ。

四時半くらいまで寝ていても、余裕な日常になった感じだね。


それまでは午前2時くらいだったから。

2時間は多く寝られるようになったよ。


とは言っても。

エスト姉の寝相があんなだしさ。

痛い起こされ方は、そこは相変わらずだね。


冬の間は、起床後はとにかく寒かった。

もう、凍えていたよ。

なので、当番の水汲みも、僕は先ず身体を温めるために、先に走り込みをしたんだ。


今は、と言うか7月になると朝でも十分に暖かい。

だから、去年までの今頃には、もう先に水汲みからの流れになっていたよ。


ただ、ティアリスと盟約を結んだ後からは、気温に関係なく水汲みが先になった。

理由は、当番仕事をさっさと終わらせて、それから思う存分、稽古の時間を取る。


水汲みは頼んでいないのに、ティアリスも手伝ってくれたしさ。

『それがマイロードの仕事なら。私も手伝います』ってね。


結局、今日もだけど。

水汲みからティアリスが一緒だったよ。


まぁ、姿を消した状態で水桶を掴んでだからね。

見つかっていたら、かなり不味かったと思うよ。


-----


朝の水汲み、というか。

近所も含めて、使う生活水だけどさ。


僕が作った浄水器。

あれは近所でも大人気だった。

教会まで態々お礼を言いに来る人も結構いた。


でも、僕は修行だからと、後は雨で増水とかでもない限りは、なるべく川まで汲みに行っている。

それと、前に一度だけ。

僕はアーツで水瓶を満たした事もあるんだ。


けど、アーツで作った水は、もの凄く綺麗な水だった。

そのせいで、朝は朝食作りで一番に水を使うエスト姉がね。

とっても訝しがったんだよ。


まぁ、最近の事だし。

浄水器を作った後だった事もある。

エスト姉は結局、自分でこれが浄水器の効果だって。

勝手に思い込んでくれたのが救いだったね。


浄水器だけでも、僕や周りの日常はかなり変わった気がするよ。


-----


変化は、孤児院の中もそう。


エルトシャン達が来た最初、応援で来たシスターさん達は、昼と夜とで担当が分かれていた。

そうなった理由は、真っ暗闇を極度に怖がる子供が何人もいたから。

酷いと、ホント発狂って言えそうな状況だったらしい。

此処は後から、エスト姉がコッソリ教えてくれたんだ。


戦争が起きたルテニアで、そうなってしまうくらいの怖い思いをしてしまったのだと。

だから、教えてくれたエスト姉もね。

その子供達のことは、とっても心配していたんだ。


そこへ、僕が調べて試して貰った、カミツレの花だけを浸したお湯がね。

試しに毎日、寝る前に(ぬる)くしたそれを飲んで貰ったら。

効果があったのか。

ぐっすり眠ることが出来たって。

大人も子供も関係なく、そういう声があったんだ。


今じゃ、一番年下の子供が数人だけ。

夜はシスターさん達と、一緒のベッドでなら安心して寝られる。

そのくらい状態が落ち着いたことで、夜勤は無くなりました。


何というか。

概ね、平常運転へ戻ったって感じかな。


-----


神父として、教会と孤児院の運営を担う私から言わせて貰うと。

ルテニアから避難して来た、多くの子供達を受け入れた直後からの数日は、私達にも見誤りが多くあったことが。

そうして、見誤っていなければ防げた事も多く在ったのです。


此処は、私達の方が特に反省しなくてはならない部分です。


一方で、アスランには感謝しかありません。

あの状況を、結果的にはアスランが治めたからこその今だと思っています。


本人は気付いていないでしょう。

ただ剣の技量があったから。

エレンという名の精霊が傍にいるとか。


これらは、勿論それもあります。


ですが。

あの子の、あの場での声の質。

一時でも手を止めてしまうと、無意識に耳を傾けてしまう声質。


あれは誰にでも備わっているものではありません。


もっとも、一番の功労者で間違いないアスランですが。

だからと言って、私達までが頼る訳にはいきません。


あの子の努力と成果を、周りがそこで過大な期待を抱いたりしない様に。

そこを上手く舵取りするのが。

せめて、神父である私の務めでしょう。


アスランには、伸び伸びとしていて貰いたいですからね。


-----


僕が神父様や市場の大人達からも協力して貰って。

そうして今の形になった浄水器が、皆の役に立つようになってから。


起床後は先ず水汲み。

それから異世界での修行。

で、異世界でもかなり走り込んでいるけどさ。


終わって、異世界から戻って来た後。

最後に朝日を浴びながら、締め括りな意味での走り込み。

王都の城門を折り返し地点にして、孤児院へ帰って来る感じで走っています。


日中は湿気が多いときもあるけど。

朝の時間は結構涼しいんだ。

風も気持ち良いしね。


なので、最後に軽く流す感じで走るのが、稽古の締め括りな感じになっています。


そんな僕が稽古から戻ってくる頃。

最初に水瓶を満たした水は、僕よりも後から起きて、それから掃除当番の仕事を終えたカールとシャナがね。

二人は僕が汲んできた水を、浄水し始めているんだ。

そんな二人を、僕は途中からでも一緒になって手伝う。


これも今じゃ、日課というか馴染んだ朝の流れだね。


だけど、これをやらないと朝食にも使う水がね。

僕とカールとシャナの三人で浄水した水は、浄水しながら出来た水を、水桶を交換しながら運ぶエスト姉が、台所の大鍋に流し込んで沸かすんだ。


一度沸かしてしまえば、後は普通に飲める水にもなるし。


まぁ、エルトシャン達が来てからはね。

単純に、人数が三倍になった事もある。


そこで発生したのが、追加の水汲みだ。

朝だけでも、水汲みが二回必要になった。


料理、飲み水、後は洗濯やお風呂にも使う様になったしさ。

とにかく水が要る。

浄水が出来る様になってからは、需要が一気に増えた感じだね。


けど、二回目以降の水汲みは、事件の後からだけど。

エルトシャン達が率先してやる様になったんだ。


実際、人数が三倍にもなれば。

後は季節柄もそう。

水汲み仕事は確かに増えたけど。


あの事件を、特にエルトシャンは背負った感もある。


――― 俺は自分に出来る事で。それで少しでも償いたい ―――


ああいうエルトシャンだから、人気があるのも納得だ。

僕も見習わないといけないって、そう思う所がいっぱいある。


そんなエルトシャンが、先頭に立って水汲み仕事を一生懸命にする姿は、エルトシャンとは同郷の友達が続くと、バスキーとゴードンのグループも。


二人と、そのグループは、エルトシャン達だけが褒められるとね。

肩身が狭くなるからな。


まぁ、そこは自業自得な部分もあるし。

だから、頑張れ。


-----


あの事件では、そこで確かに大人の側にも非があった。


と言うか、ゴードンやバスキーも含めてね。

大人も子供も、両方に非が在った。


問題を起こした子供達側は、最後に掃除道具や玩具、花瓶なんかも武器にしての大暴れだ。

けが人も一人二人じゃなかったし。

ほっとけば、間違いなく死人も出た筈だ。


大暴れした側の子供達で、一番に責任を感じているのはエルトシャンだ。

聞かなくても、顔を見れば分かるよ。


どっちかと言えば、ゴードンとバスキーの方が責任は重い筈なんだけど。


でも、エルトシャンの責任感が強い所。

仲間思いで男女関係なく面倒見が良いことも。


そういう全部をひっくるめて、僕は良い奴なんだって思ってる。


で、そんなエルトシャンがだ。

『事件の償いだ』って言っては、みんながやりたがらない当番仕事へ率先して取り組んだだろ。

エルトシャンをリーダーだって慕ってる仲間は当然と参加した。


けどねぇ。

エルトシャンと仲間達への印象って。

最初から悪くないんだよね。

寧ろ、同じ様に避難して来た他の子供達。

それも男女関係なく、みんなエルトシャン達が良い奴だって認めているんだよ。


勿論、カールやシャナとグループも同じだからね。

要するに、最初からずっと好ましい存在のままなんだよな。


何が言いたいのかって。


そんなの・・・ねぇ。

エルトシャン達が頑張れば頑張る程。

反対にどんどん肩身が狭くなる連中がね。


事件の後からは、エスト姉の言い付けも守って問題も起こしていないのに。

なのに、肩身が狭くなる一方の奴等はね。


けど、同情はしない。

自業自得だからな。


結果、『真の1番は俺様』だと。

事実、声のデカさだけは1番だよ・・・なゴードン君が、仲間達と自主的に、水汲み仕事なんかにも参加する様になりました。

そこへ、取り残されたバスキー君と仲間達。

彼等も、取り残されたままは嫌だったのでしょう。


こうして大暴れした全員が、結果的には日中の水汲み仕事なんかを、全部持っていきましたよ。


頑張れよぉ・・・じゃないと、ゴードンとバスキーの二人。

二人だけは、女子達からの寒~い視線が容赦なく突き刺さるぞぉ。


うん。

女の子を苛めると、後が怖い。

僕は二人を反面教師にして、そうならない様に努めるよ。


-----


エルトシャンのグループ。

ゴードンのグループ。

バスキーのグループ。


この三つのグループは、日中の水汲み仕事を含む力仕事を全部・・・ってくらい持っていきました。


たださ。

途中までは『俺が俺が』な展開だっただけにね。

これで喧嘩になっても困る。


三つのグループは、そして、支配者(エスト姉)の直轄扱いとなりました。

あぁ、猛獣に従えられた子犬が三匹・・・・って所だね。


エスト姉は、当番表を作ったよ。

なんだけど、文字の読み書きが出来るエルトシャンは大丈夫だった。

反対に、毎日誘われながら断り続けたバスキーは、全く読めず。

ゴードンは・・・最初から読めないと思っていた通りだった。


それでも、まぁ・・・エスト姉が完璧に管理しているからね。

付け足すと、バスキーとゴードンは勉強会へも強制参加です。


うん・・・バカは卒業しろよ。


こうして、事件後の日中。

僕は、午後の時間を図書室で、一人気楽な読書に耽られました。


-----


なんかさぁ。

エルトシャンとカール、それとシャナもだ。


三人とも僕のことを『孤児王様』なんて呼ぶせいで。

しかも、バスキーとゴードンも『孤児王様♪ 』とか。


おかげで、子供達がみんな『孤児王様』って呼ぶようになった。


はぁ・・・・

その呼び方だけ、何とかなりませんか。


因みに、事件後にはエスト姉から、恐ろしい鉄拳ドリルを食らったせいでね。


はい、エスト姉=支配者様。

孤児院の安寧のためにも、絶対に逆らってはいけません。


なので。

そんな支配者様へ、無謀な振る舞いをしようものなら。


僕が真っ先に動きます。

でも、そうなってしまったせいか。

僕がそういう子供へ、軽くでも注意しようとする前に。


カール、シャナ、エルトシャンの三人が先に動く様になりました。


おかげでね。

僕は近所でも、いつの間にか子供達の王様的な位置付けですよ。


-----


あの事件以降、エストから見たアスランは、本当に独りぼっちだったのかを疑うくらい。

それくらいの変化は、逆に一人になれないのでは? と。


そうね。

アスランったら、近所でも孤児王って呼ばれるんだから。

一緒に買い物に行くと、朝の走り込みを見たっていう人から『おっ、今朝も走っていたよな。孤児王さん』とか。

店の前でメモを取り始めれば、『孤児王さんよ。今日はこれとこれがお得だぜ』って、感じでね。


もう、すっかり孤児王が馴染んじゃっているのよ。


それに、今は大所帯になった事もあるけど。

ここの市場の人達は、だから色々と、売れ残りの品をサービスしてくれるのよ。


けどね。

みんながアスランに感謝している。

そういう雰囲気は、ここに来るとはっきり伝わって来るのよ。


アスランが作った浄水器。

それを市場の人達までが協力してくれて。

そうやって完成した今の浄水器が、この辺りで暮らす皆の食事へも、良い影響を与えたのは、これも事実なのよね。


浄水して、一度沸かす必要はあるけど。

以前の様な独特の臭みが無い水は、それだけで皆を幸せに出来たと思う。


私のために作ったって。

アスランのそれは、凄く嬉しかった。

そうして、今じゃ近所でも皆が幸せになれている。


あの浄水器は、今の形になったものを、それを数を増やして、井戸の周りにも置いているんだから。

今じゃ、いつ行っても。

誰かしらは浄水器を利用している。

それが当たり前のような感じにもなったのよ。


他にも市場で耳にしたのだけど。

確か、今度は一家に一台とかなんとか。

そんな話も、楽しい口調でされるんだからね。


アスランがした事は、本当、とっても素晴らしい効果を生み出したのよ。


そうそう。

近所の原っぱなんかに咲いているカミツレもね。

自分達の飲み水を良くしてくれる花だからって。

むやみに踏んだりしないように気を付け始めた。


そんな声だって、今は聞くようになったわ。


神父様は、アスランが解決した水の問題。

その事では、導力式の凄く高価な浄水器なら。

それは王都や王宮にならある様な話もしていたのだけど。


とても高価な品で、普通には買えない物だと。

ところが、アスランが作った浄水器は、あの子が最初に作った様なものでも効果が十分にあった。

そうして、何処の家庭にもありそうな材料だけで作ることが出来る。


その点を、神父様は特に評価していたように思う。

実際、アスランが最初に作った浄水器なんか。

1ドルも使っていないのよ。

穴の開いた水桶も、壊れた金ザルだってそう。

ゴミ同然になっていたものから。

そこから生まれた浄水器には、お金なんか掛けなくても、美味しい水を飲めるんだって。


だから、香草の代金とかもね。

浮いた分を、他の食材の予算に回せるようにもなったのよ。


そういう意味でも、子供のアスランがした事には、『リトル博士』とか。

あとは、『孤児博士』なんて呼び方も生まれた訳よ。


本人は、凄~く嫌がっていたけどね。

でも、顔が笑っていたわ。

嫌がる割には、嬉しい所もあるのかもね。



だけど。

私達の日常が、そういう風に明るくなった所へ。


突然、王宮からの使者が、それも朝早くから訪れて来た。


-----


私の名はマリュー。

ただ、貴族でもない私には、家名の様なものはありません。

というよりも。

シャルフィに暮らす多くの平民、或いは庶民と呼ばれる者達には、家名などと言うものが無い。

これも当たり前ですね。


私は、初等科に通っていた折、そこで飛び級を成した事を耳にされたシルビア様が、幼年騎士に迎えたいと。

パン屋を営む実家にまで、シルビア様は足を運んで来たのです。


仔細は省きますが。

その時のシルビア様からの話を聞いて。

私は、幼年騎士になってみよう。

後に続く者達のために・・・・とまぁ、そういう部分もありましたね。


本心は、憧れる大先輩にして、私を親友だと言ってくださったエスト先輩へ。

少しでも追い付きたかった。

ちゃんと肩を並べられる所へ立ちたいとも思いました。


私とエスト先輩は、同じ髪色で、と言ってもですよ。

シャルフィじゃ栗色の髪と瞳なんて、ごく普通ですから。


その髪は、幼年騎士になった後で出来た友人達の勧めもあり。

今は伸ばしています。

未だ、肩に掛かるくらいですが。

癖の無い綺麗な髪をしているから。

肩甲骨の辺りまで伸ばした方が似合っている等とも。

友人達からは言われています。


肌色は、別に色白でもありません。

だいたい、日々の訓練があるせいで。

どんな色白肌も、この時期には、そこそこな小麦色になるんです。


背丈は、周りよりも高い・・・ですね。

同学年の男子よりも背が高いせいか。

それに、私の場合は胸が大きい事が、ただ、仲の良い女子達は、とても羨ましいプロポーションをしていると。

私のことを、そう言ってくれるのです。


とまぁ、私の事は取り敢えず。

えぇ、そんな事よりも。


私は今朝、カーラ様から昨晩に受けた任務。

その件で、王都郊外にあるこの地まで赴きました。


私の目の前には、教会と併設された孤児院が映っています。


-----


カーラ様からは『早朝に伺っても問題ありません』と、そうして誰かしらは起きて仕事もしているから。

そのようには聞いてきました。


私は最初、教会の扉を何度かノックしました。

ですが、中からの反応がありません。

誰かしらの足音も聞こえなければ、人が起きている気配も無かったのです。


そこで、今度は別の扉をと思い、庭の方へ向かって歩きました。

すると、孤児院の方でしょうか。

煙突から白煙が昇っていましたので、ちょうど目に映った扉の傍まで赴くと、そうしてノックをして見ました。


ノックをした後。

私は王宮からの使者である旨を告げて、一先ず待ちました。


内側からは、子供の声も聞こえましたが。

聞き覚えのある様な声も聞こえたのです。


ただ、早口の様な声にも聞こえましたので。

恐らくは何か忙しく動いているのではと。


この様な時間ですし、朝食を作る等で、だから今は忙しいのではないか。


それに、此度の任務では、カーラ様から預かった陛下の勅書を、それをスレイン神父へ、直接届けなくてはなりません。

ですから、あまり忙しいようであれば。

その時には一度出直すの方が、礼を欠かないのでは。


そもそも、此度の任務は、儀礼的にも重きを置かねばなりません。

故に、私は礼式にも使う軽装な鎧姿で、此処へ赴いたのです。


少し待った後。

やはり忙しいのか、誰も出て来ない扉に背を向けた私は、そこから一歩二歩と。


「ごめんなさい。ちょっとバタバタしていて。お待たせしました」


扉が開いた音と重なる様なその声へ。

けれど、私は一瞬でも凍り付いたかのようになっていました。


聞こえた女性の声が、絶対忘れる事などない。

振り返った私の視界に。


「え・・・エスト先輩!?」


疑問形になったのは、驚いたからです。

あとは、何年も会っていなかった事もそう。


私の記憶に残っているエスト先輩は、見知っている性格からは反対向きも思った。

ただ、修道服姿の先輩は、ずっと大人びた感が。

私には、とても綺麗で格好良いも思ったのです。


「あら、何処の騎士様だろうと思って出て見れば・・・なんだ、マリューじゃない♪ 久しぶりね♪ 」


先輩も、一目で私だと気付いてくれた。


途端、込み上げた嬉しい感情の高ぶりが、頬へ溢れ落ちたのです。



-----


台所で朝食の準備に取り掛かっていた私は、今朝もカールとシャナが浄水してくれた水を、そのまま桶ごと受け取ると、大鍋に流し込んだ後は直ぐに桶を返す。

この作業を繰り返しながら、私は起きて来た他の子供達へ。

先ずは顔を洗う様にとかね。


朝って、ホント、とっても忙しいんだから。


孤児院の玄関から扉をノックする音が聞こえたのは、丁度その最中だったわ。


王宮からの使者・・・って、そんな風に聞こえた私は、でも直ぐには動けなくて。

忙しかったのよ。

仕方ないじゃない。


それで、やっと扉を開けた時には、目の前に背中を向けた見た感じで騎士様が。


「ごめんなさい。ちょっとバタバタしていて。お待たせしました」


鎧を着た後ろ姿だけで、私には王宮から来た騎士様だって分かった。

まぁ、シャルフィじゃね。

あんなピカピカの鎧を着るのは、騎士様くらいしか居ないわよ。


後ろ姿だけで、綺麗な女の騎士様だと・・・・・・


まさか、それがマリューだったなんてね。

もう、ホント、ビックリしちゃったわ。


-----


エストにとっては、通った初等科の後輩。

マリューにとっては、通った初等科の先輩。


互いを親友だと抱く二人は、それぞれの道へと歩んだ後。

数年を経て、偶然にも此処で再会したのである。


マリューからの用向きを受けて。

そうして今は、スレイン神父が支度を整えるまでの間。


二人は、互いのその後を語り合っていた。

と言っても、エストの方が先に大聖堂へと進んだ事は、そこはマリューも知っている。


だから。

この時の会話は、寧ろマリューが騎士になった経緯。


エストは、マリューが飛び級の後に。

その事を高く評価したシルビア様から誘われる形で。

そうして幼年騎士になった事を知った。


「私は今、騎士や騎士の見習いが通う学校の。その中等科へ席を置いています。後は、中等科への進学に合わせてですが。陛下から従騎士へと取り立てて頂きました」

「そうなんだ。あのマリューがねぇ・・・なんか、雲の上の人になった感じじゃない」

「そんな事はありません。私にとっては、ずっとエスト先輩が上なんですからね」


マリューに言わせれば。

エストからは勉強も見て貰った。

当時の自分を苛める意地悪な男子のことでは、エストが守ってくれた。


エストが、苛めを止めない男子達を、拳で打ち負かす姿へ。


マリューには、そんなエストが英雄にすら見えていた。


先にエストが大聖堂へ。

後からマリューも幼年騎士として王宮へ。


そこからは、何方も研修や訓練に明け暮れた、多忙と呼べる日々を過ごしたために。

何方も落ち着いた時には、互いが何処で何をしているのか。


ただ、居所は分からずとも。

自分の選んだ道で頑張っている筈。

そこだけは、僅かにも疑わなかった。


そういう存在だったのである。


もっとも。

エストとマリューの事では、二人ともの進路に携わりながら。

二人が親しい友人であることを知らずにいた人物。


だが、その人物が用意した勅書は、それと知らずにいた宰相の取り計らいの結果。


二人は此処で、数年ぶりに再会したのである。


-----


エスト先輩との会話。

話したいことがいっぱい在って、なのに時間はあっという間に過ぎた。

そんな気がしてならなかった。


支度を整えたスレイン神父が姿を見せた後。

エスト先輩も、仕事があるからと。


そう。

私もまた、此処へは任務で赴いたのです。


失礼が無い様に、私は作法通りの挨拶をスレイン神父へ。

そのスレイン神父からは『どうか、楽にしてください』と、姿勢を起こした私は、カーラ様から預かって来た勅書を、丁重に。


「宰相カーラ様より任を受けて来ました。シルビア陛下からの勅書です」


私の声を聞いていたスレイン神父は、ですが、封を見た時から。

何か察していたように思えます。


スレイン神父は受け取った勅書を、まるで見知っている様な手慣れた感が、そうして勅書の文面へ。


「アスランを幼年騎士に任命する・・・・分かりました。こちらもその準備をします」


不思議なことだと思った。

私は、目の前のスレイン神父とは、今日が初対面の筈。

なのに、スレイン神父の声の感じが、この件を予め知らされていた。

そんな感覚を得ている事に。

だから、不思議な感だったのです。


「マリュー殿。シルビア様へは、確かに承りましたとお伝えください。アスランを幼年騎士に任命する件は、私が必ず伝えます」

「ありがとうございます。ですが、出来れば私も。本人へ直接伝えたいのですが」


本人へ直接。

その事は、(めい)も受けていない。

ただ、カーラ様から聞いた今度、幼年騎士になる男子が、間もなく五歳を迎える部分。


五歳で幼年騎士への任命を受ける男子とは。

それだけに、私の関心は、機会が在れば会って見たいもあったのです。


「そうですか。それなら・・・・シスターエスト。マリュー殿をアスランの所に案内して貰えますか。恐らくはいつもの所で稽古をしている筈です」


朝食の支度で、準備に忙しくしていたエスト先輩が、それから間もなくやって来た後。

外へ出た私は、エスト先輩に案内されるまま。


少しの後。

隣を歩くエスト先輩が立ち止まると、自然と上がった腕の先。

エスト先輩が指し示した先。


「マリュー。あの子がアスランよ」


場所は見た感じで空き地。

けれど、私の目に映った男の子は、此処からでも分かる。

それくらい、綺麗な素振りをしていたのです。


-----


「従騎士、マリューです。陛下からのお呼び出しにより参上致しました」


正午の時間より少し前。

私は城の中にある、騎士とその見習いだけが通う中等科の教室で。

今日は最後の授業が終わった直後。

そこで陛下からの呼び出しを伝えるために待っていた女官から。

報せを受けた後は直ぐ、速足で陛下の所へと赴いた。


女王である私は、マリューへの呼び出しを女官へ頼んだ後。

今日は昼食の席で、マリューが来るのを、カーラと二人で待っていた。


生真面目なマリューは、私とカーラの予想を裏切らなかった。

恐らくは相当に急いで来たのでしょう。

別に肩で息をするくらい急がなくても良いのにね。


ですが、先ずはマリューを席へ招いた私は、そうして呼び出した理由を説明したのです。


用向きは、一言で言えば労いです。

マリューは、どうやら私の(あずか)り知らない中で。

カーラから勅書を預かると、それを今朝の内には届けに行ったのでしょう。


本当に、申し訳ないことをしました。

ですから、労うのです。


まぁ、マリューは生真面目で硬過ぎな所がありますからね。

私は、敢て寛ぐようにと、言葉を足しました。


シルビアなりの配慮も、しかし、マリューは畏まった。

そういう性分だから仕方ない。


そんなマリューも理解るもう一人。

故にカーラは、此処で助け舟を差し出した。


「陛下は昨夜の件ですが。自分が知らずに寛いでしまった事を気に病んでいます。ですから、マリューに此処で寛いで貰えれば。それは陛下の心痛を楽に出来るのですよ」


カーラの言葉は、しかし、わざとらしい表現が含まれた。

けれど、察したマリューは、そこで深く一礼した後。

顔を上げた所で席へと着いた。


「・・・・そう。じゃあ、マリューはアスランにも。直接伝えてくれたのね」

「はい。カーラ様からは書簡について。勅書という事以外は何も聞かされていなかったのですが。恐らく幼年騎士に任命するためのものだろうとは思っていました。ですので、スレイン神父から直接聞いて。間違いなく任命書だったと抱きました」

「むぅ~・・・カーラ。その辺りは今度から。きちんと伝えてくださいね」


子供じみた?

そういう風にも見える、頬を膨らませて唇を尖らせたシルビアの表情へ。

向けられたカーラも、わざとらしく作った可愛い声色が。


「分かりました。シ・ル・ビ・ア・様♪」


この声色へ。

真っ先にビクッと怯えたが、マリューである。


「あぁ、マリュー。貴女が早朝から働いて。その上で遅刻せずに授業へ臨んだ一方で。この女王陛下は・・・・寝坊するわ、しかも扉に鍵まで掛けるわ。挙句は政務に遅刻しながら『朝食が無いとやる気が出ない』等とですね・・・・・はぁ~~」

「カーラ様。確かに私もその辺りについては。陛下にも非はあるかと思いますが・・・・あまりそうやって怒りますと。カーラ様の美容に掛かるお金が増えるだけかとも思います」

「まったく・・・・ですが、確かにマリューの言う通りです。そこの三十路女は好き放題にしていますから皺が出来ない。しかし、そのために心労過労を強いられる私は。同い年なのに・・・・エステに行かなければ皺を消せない。これは余りに不公平です」

「はははは・・・・・・」


こうなると、マリューに残された選択肢は『苦笑いで誤魔化す』の一択のみ。

その後しばらくの間、マリューはカーラから。

女王陛下の今朝の不祥事を、延々と聞かされるのであった。


「あっ、それでですね。私は今朝初めて、アスランという男の子に会ったのですが」


既に溜め込んだ不満が、小姑モードにしてしまったカーラの愚痴?を、マリューは強引に、今朝初めて会った男の子の話題へと戻した。

そうしなければ、マリューにとってせっかくの豪華な昼食が、勿体無かったのだ。


「良い素振りもですが。アスランという男の子の剣技。あれはどう見ても、素人などではありませんでした」

「あら♪ アスランはちゃんと稽古を続けてきたのね。もう一年も前だけど。それまでは私が剣の手解きをしていたのよ♪ それで、素振りと初歩の型くらいまではね。教えていたのよねぇ♪ 」

「素振りと初歩の型くらいまで・・・・ですか」

「えぇ、そうよ♪ 一年前の最後に見たときは、素振りは悪くなかったわ。型は完全に身に着くまで時間が要るだろうってくらいかしらね」

「私は今朝ですが。そのアスランという男の子と手合わせをして来ました」

「ちょっと・・・・中等科の首席がいきなりアスランと手合わせなんかしたら。アスランがコテンパンにされるじゃない!?って・・・・勿論、手加減してくれたのよね♪ 」

「いえ・・・・コテンパンにされたのは・・・・・・・私の方です」

「え・・・・・・!!・・・・うそ・・・・よね♪ 」


この話題は、誰が見ても分かるくらい。

マリューの表情は、見る見る神妙な面持ちへ。


それは、マリューを理解っている側の二人ですら。

察した以上に、空気が一変した感を抱かされた。


「陛下。本当に初歩の型しか教えていないのですか? あれは、剣を向けあってこそ分かりますが。私の間合いへの踏み込みも。そこから繰り出される一撃も。私も、最初は少し教えてあげるつもりで。ですが・・・・あんな子供は見たことがありません」

「マリュー・・・・・・」

「私は・・・・まだ5歳になっていない子供に。そんな子供から一本も取れませんでした。その子供は『僕に自信を持たせようとして、それで態と隙を作ってくれたんですよね』等と、言っていましたが。私の本気の一太刀すら、前に踏み込んで躱しながら。先に一太刀を打ち込んだのです。鎧を身に着けていなければ・・・・私の肋骨は折れていた筈です」


陛下とカーラ様へ話ながら。

あの場面を思い出した私は、再び感じ取った怖さに震えが走りました。


ですが、私は一度席から立ち上がって。

私をじっと見つめている二人へ。


腕を上げて脇を晒した私は、そうして、自分でももう一度確かめようとする指先が。

木剣で打ち込まれると、はっきり分かる凹み痕へ触れていました。


「陛下。アスランという浄水器を作った実績で、幼年騎士に任命された男の子ですが。あの子供は剣技でも素人ではありません。一体何者が指導をしたのか。私も授業や午後の訓練でも。互いに打ち込み合う実戦稽古は幾度もして来ました。だからこそ、私の本気の打ち込みを。いとも簡単に見切った動きは、素人ではありません。しかも、そこから私の打ち込みよりも速い。そんな一撃を決めたのです。それで、もしかすると陛下は。ずっと以前から指南役を付けてたのではとも抱いていました」


私から見た陛下は、とても、とても酷く驚かれていた様に見えます。

カーラ様も、とても驚かれていたようですが。

ただ、カーラ様が瞳を細める時には、そこに何かあるとも思えたのです。


「マリュー。陛下も恐らく気になっているでしょう。今朝の経緯を。出来るだけ詳しく、話して貰えますか」


カーラ様からより詳しくを求められた私は、そこから記憶を辿る様に一つ一つを話させて頂きました。


此度、幼年騎士へと任命されたアスラン本人へ、自身が直接その事を伝えようと。

場所を案内するエスト先輩と二人で赴いた空き地には、綺麗な素振りをする男の子が一人。

エスト先輩から教えられて、初めてその子供がアスランだと知った後。


ただ、そこからしばらく。

自身はアスランの素振りだけを見ていた。

見ていたから分かる。

ぶれない軸と、そうして繰り返される綺麗な素振りには、これが日々の研鑽によって培われたものくらい。

見ていて素直に感心出来た。


『今朝、私がここに来た用向きですが。アスラン君。シルビア陛下から、貴方を幼年騎士に任命する勅書。それを届けに来たのです』


アスラン君への挨拶は、エスト先輩に仲介して貰って。

けれど、幼年騎士への任命を告げられたアスラン君は、目をぱちくりさせると固まってしまった。


その後で、私はアスラン君へ、あの綺麗な素振りは、誰かからの指導を受けていたのではないか。

アスラン君からは、シルビア様から素振りと初歩の型までを習ったと。


私は、話を聞きながら。

それで、少しは時間に余裕もある。

だからこの機会に、少し剣の手解きをしてあげられたらと。


庶民の出で幼年騎士になった私自身が、剣術では特に苦労もしたから。

後は、剣術に関係なく。

出自が庶民だからと、嫌な思いもたくさんあった。


庶民の私でさえ、あんなに苦労したのだから。

孤児から幼年騎士になるアスラン君は、もっと酷い思いもするだろうくらいは、そこは容易に伺えもした。


アスラン君は、見た限りで良い太刀筋をしている。

それなら少しでも剣術を磨くことが、アスラン君のためにも良いのではと。


私が少しなら手解きも出来ますがと、その尋ねにアスラン君は、いっぱいの笑みで『よろしくお願いします!』って。

実に、礼儀正しい一礼を返してくれました。


-----


私の父と母は、どちらもパン職人です。

私は長女で、下に妹と弟がいます。


王都にある実家のパン屋は、父や母の作るパンが一番おいしいと言ってくれる。

そういう人達のおかげもあって、大繁盛・・・ではありませんが。

私たち家族が、日々を慎ましく食べていける。


私は、それを貧しいと思った事はありません。


シルビア様から声を掛けて頂けるまでの私は、初等科を卒業したなら。

そこから先は父と母の下で、一人前のパン職人になるつもりでした。


そうして、妹や弟が中等科へ通いたいのなら。

私が頑張って通わせてあげよう。

そんな風にも思っていたのです。


ですから、幼年騎士となった後。

ここからの日々は、父と母の所へ帰りたい・・・・と、何度泣いたことか。


何も知らない王宮という世界で。

騎士の作法、テーブルマナー、言葉遣い、ダンス、剣術・・・・etc.

唯一、辛うじて何とかなったのが。

それが学校の授業くらいです。


だけど。

王宮という世界は、そこに在る騎士の世界とは、真実、庶民の私には酷い所でした。

侮蔑や差別なんて、されるのが当然。

男子だけでなく、女子からまで辱められそうになった事もあります。


お前は卑しい庶民なんだから当然だろう。


私を辱めようとした者達は、皆、そう言っていました。

これが、こんな事がまかり通るのが、それが騎士の世界だったのです。


もっとも。

私は、シルビア様から同室での生活を命じられていました。

そして、宰相のカーラ様が、私の勉強を見てくれました。

更に、騎士となった私へは、ハンス様が何かと声を掛けてくださった。


私は、陛下とカーラ様とハンス様のおかげで。

今は近衛に所属すると、陛下とカーラ様の傍付きを命じられる所へ。


ハンス様は、『マリュー。陛下とカーラ様が、お前を傍付きにしたのは。そこには陛下から聞いたのだがな。マリューの両親と交わした約束を。それを守っている証でもある、とな』と、だから俺にも。


俺はお前の先輩だ。

お前が一人前になるまでは、当然と指導もしよう。

だが、一人前になった後は、互いに陛下を守る騎士として。

肩を並べてやっていこう。


何度も実家へ帰りたいと、そうして泣いた日々もありますが。


今は、自分の居場所を得て、陛下の騎士を務めています。

ですから。

今度は私が、孤児から幼年騎士になるアスラン君にも。


私は、アスラン君を守れる騎士を、受けた恩に報いるためにも。

率先してやりたいと思っているのです。


-----


私自身が体験した思い出があるからこそ。

アスラン君には、孤児だからこそ。

きっと、間違いなく私以上の嫌な事もある筈。


それも思いながら見つめる先で。


アスラン君の素振りは、それはもう綺麗でした。

はっきり言って。

素振りの指導など、ハンス様でも必要ないを言えるのではないか。


それくらい、綺麗な型通りの素振りだったのです。


ですので。

私はアスラン君へ、陛下から習ったという初歩の型を、見せて貰いました。


はははは・・・・


まさか、此方も此処までとは。

一度見ただけで十分です。


アスラン君が見せてくれた型稽古。

陛下から初歩と聞きましたが。


ハンス様が見せてくれた型稽古。

それとさえ思える、一切の無駄が無い流れる様な動きへ。


これは、もしかすると、誰かからの指導を受けているのでは・・・と、そう抱かずにいられませんでした。


私も、幼年騎士になった後から直ぐ。

素振りと型稽古はそこから毎日、それこそ従騎士へ任じられた後も。


庶民の出で、王宮へ入る前には、剣術などはした事もありません。

だから、剣を握った事も。

当然、ありません。


反対に、騎士団では周りに居た同年代の全員が、この程度は出来て当然だったのです。

そういう中で、単に苦痛と軽く言えない苦労があったからこそ。


アスラン君の剣技は、既に見習いの域を超えていましたよ。

私は、何れ後輩と呼べるアスラン君へ。


此処まで出来るのならと。

そう抱いた私は、一度、実戦的な試合稽古をしてみようと。

ただし、相手は未だ5歳になる子供。

だから、十分に手加減が必要くらいを考慮していました。


「・・・・・試合稽古の最中。私はアスラン君を相手に、つい本気になりました。ですが、見事に負かされたという次第です」

「アスランがたった一年で?・・・・俄かには信じ難いですが。マリューの鎧に傷を付けた事からしても。それでも・・・・この一年で一体何が」


シルビア様は、そのまま視線を下へ落されました。

私の報告へ、信じ難いと思いつつも。

鎧に凹み痕を残した事実が、それで思考を深くされているくらい。


マリューの話を聞いたカーラにも。

親友の表情が露骨に曇ったくらいは、そこで察するところもある。


浄水器の件では、母親が知らない精霊の存在が明るみになった。

これだけでも、シルビアは酷く不安を募らせたのだ。


ただ、母親ならば、それも当然だろう。

しかし、剣技の方は、カーラ自身は見ていなかった。


マリューの報告は、自身に見落としていたと。

そこには、やや後悔めいた思いもある。


「カーラ。前にアスランが折ってしまった木剣の件。私はあれから折れた刀身を、何度も見てきましたが。鋭利な刃物で付けられたとしか思えない。そういう傷が幾つもありました。もしかすると、アスランは。私や貴女の知らない誰かから。本格的な指導を受けているのでは」

「マリューからの今の話で。私も確かに気になりました。ですが、その件は。前にエストから、そのような人物が近くにいた。その様な話もありませんでした」

「そうね・・・それは前から聞いていたわね」


母である自身には、この瞬間も芽生えた疑問へ。

同時に、一年という時間が、分からないからと。

良くない何かばかりが、次々と。


そんな中、女王と宰相のやり取りを聞いていたマリューは、自身が抱くもう一つ疑問。

未だ報告していないそれに関して。

この件には、やり取りを聞く限り。

女王が関わっていない確信を得た。


「陛下。陛下はアスラン君について。素振りと初歩の型だけしか。この二つしか教えていないのですよね」

「マリュー・・・ええ、そうよ。アスランの素振りと初歩の型は。そこは私が指導しました。でも、私がした事はそこまでなのよ」

「つまり・・・・陛下は今のアスラン君が。双剣を使う事も知らないのですよね」

「双剣!!・・・アスランが!?って・・・・あの子は、双剣も使うのですか!? 」


アスラン君が双剣を使える事実。

実際、試合稽古の中で交えた私には、あれもまた凄まじいを怖さにも感じたのです。


やはり、陛下は知らなかった。

そんな事は、ガタっと大きな音を立てた椅子と、テーブルに乗った食器などが擦れ合う音を立てるくらいで。

それくらいの勢いで立ち上がった陛下の、驚きを通り越して怖いも思えた顔を映せば。


それ以上の確認など。

私にも不要くらいは伝わったのです。


「アスラン君ですが。陛下から頂いたという木剣が、身体にまだ合っていないような事を言っていました。それで、最近らしいのですが。市場で仲の良い大人から、ずっと売れずに古くなった木剣を二振り頂いたそうです。それも自分に丁度良いサイズに仕立て直して貰って。それからはずっと双剣の技を磨いていると聞きました」

「って・・・・ね。マリューのこの報せが無かったらだけど。私はその事も今初めて知りました」

「あの・・・その時にですが。空き地まで案内してくれたエスト先輩からですね。『アスラン君は市場の武器商人さんと仲良くなって。それでもう古くなって売り物にならないからタダで貰った』。というような話は聞きました」

「そうだったの・・・でも、それなら双剣については。最近からという事になるのね。じゃあ、カーラも知らなくて当然よね」

「今のマリューからの報告。私が最後に孤児院へ伺ったのは、浄水器の件の時です。つまり、マリューの話の双剣の部分。ここは先月の後半から最近の間。という事になると考えられます」


カーラが態々手帳を取り出して、スケジュールの部分を開いた仕草へ。

母である私も、それくらいは聞かなくても分かる。


「マリュー。アスランの双剣の技ですが。最近からであれば、当然取るに足らないものですよね」

「陛下・・・・・いえ、実はその双剣の技が。どう考えても、たった数日程度で出来るレベルを超えているからこそなんです。あれは間違いなく。相当出来る腕の者が指導した。そうとしか思えないのです」

「そんなに、アスランの双剣の技は凄かったのですか」

「・・・・こう言っては不敬になるのですが」

「構いません。貴女は私が剣を指導した教え子です。今も私の稽古の相手をして貰っています。ですから、貴女の見たままの印象を話してください」

「その・・・・陛下の使う剣技とよく似ていました。それこそ、立ち合いの中で。私は小さな陛下を相手にしている感さえ受けていました。それくらい・・・あれは鋭い剣技でした」


女王である私は、マリューの事ではご両親と交わした約束もある。

ですが、その様な事に関係なく。

私自身が、マリューを大事な娘同然に思っているのです。


マリューを傍に置く理由など。

もう十分でしょう。


生真面目で硬い所もある。

そんな娘同然のあの子は、ただし、他人の数倍は軽く努力もしています。


マリューが持って来る報告は、悪戯に飾らない所を、カーラが一番に気に入っているのです。

つまり、私とカーラの二人には。

マリューの此処までの話が、嘘ではないと理解っているから。

内容へ驚きも隠せないのです。


-----


その日は陽射しが、だいぶ傾いた頃になっても。

午後は再び政務へ勤しむシルビアの胸中は、ただ、膨らむ疑問と不安ばかりが渦を巻いていた。


しかし、シルビアには、今朝からの問題が絡んで。

そうして、これもまた自身の身から出た錆が。


手が止まる都度、容赦ない親友からの遠慮のない叱責は、まるで楽しんでいるかの様にも思えた。


結局、シルビアの午後は、あくせく書類の山と向き合わされた。

しかも、小言の針ばかりが突き刺さる時間だった。

やがて、つい今し方になってシルビアは、書類の山を片付け終えたのである。


「ねぇ・・・・カーラ」

「予定ではアスラン様の誕生日にという事でした。当然、スケジュールもそう調整したのですが。既に明日の午後。少しですが時間を空けておきました。その時間で迎えに行きましょう」

「え!♪・・・・良いの?♪ 」

「えぇ、ですがそのために。明日の午後に予定していた視察。それを今から行うことになります。勿論、現場には既に連絡済みです」

「うんうん♪ 分かったわ。今直ぐに行きましょう♪ 」

「あぁ、それから。明日は通常よりも2時間早く政務に出て貰います。つまり、7時から午前中いっぱいは仕事という事になりますが」

「じゃあ、5時に起きて、6時から働くわよ!!・・・そうすれば、お昼前にアスランに会えるわよね♪ 」


あぁ・・・・シルビアの瞳は、マジでやる気だ。

昔から遠足とか、そういう時に限って。

夜明け前に起きると、はしゃぐ迷惑な癖。


はぁ~~~・・・・ここにエレナが居てくれたら。

少しは抑えが効くのに。


この一年間は、何かとストレスを理由にしてサボった女王が、明日の午後に解禁を告げた途端。

今は俄然やる気でハイテンションになっている。


間もなく、ハイテンションな女王を伴って執務室を出たカーラは、表情こそ普段と変わらず。

反対に胸中は、面倒しか掛けてくれない子供を引率する。

そうとしか言えない教師の気分だった。


私は、すっかり元気になると、もう手を付けたくも無い馬鹿な親友を伴って。

はぁ~・・・溜息しか出ませんね。


ですが、視察先へと赴く途中。

私は、廊下で見かけた使用人を呼び止めると、用意しておいた封筒を、宛先はスレイン先生の教会へ。

至急届ける様にとまでの言付けは、受け取った使用人が畏まって一礼した後。

そうして足早に離れて行った。


今朝、マリューが届けた勅書。

そこには任命する旨が記されただけで、迎えの日などは追って報せる。


とは言え、先生なら近日中くらいも察している筈。

ただ、それが明日になったという事には、故に急ぎの使者を走らせるくらい。

それは当然でしょう。


シルビアが、マリューから受けた報告で、午後はずっと上の空だった。

私は、それでも仕事は仕事だと、叱ってでも片付けさせましたが。


親友の胸の内、今直ぐにでも迎えに行きたい気持ちくらい。

これも、理解るつもりです。


幸いなことに、此度はスケジュールに融通が出来ました。

ルテニアの件が絡んで、次の総会までは、事務レベルの協議が増えるでしょう。


シルビアには、それまでは国内に居て貰う事になりますし。

まぁ、そういう部分もあってか。


明日の午後に、隙間程度ですが。

自由にできる時間を作ることが出来ました。


時間は多くありませんが。

馬車で往復する時間と、一先ずの挨拶も出来る程度の時間。

最悪、後の予定が翌日へずれ込んだとしても。


それを何とかするのは、私の仕事です。


そうですね。

明日の午前中を使って、迎えに行った後は自由にさせてあげたい。

各所への調整は、視察の後から連絡だけはしておきましょう。


「ねぇ、カーラ。今の手紙は、スレイン先生の所って」

「あぁ、勅書には記されていない迎えの日取りなどの部分です。明日迎えに行くと決まったなら。先ずはその事を報せておかなければ。スレイン先生も大変でしょう」

「あっ・・・そっか。そうよねぇ」

「連絡も無しに突然赴けば。礼を欠くというものです」


今さらではあるが。

やはり、この親友は馬鹿だ。


本当は、やれば出来る実力を持っているのに。

気分屋過ぎる性分が、私へ負担を強いると、だから馬鹿なのだ。


こうして歩く最中にも、舞い上がった馬鹿は、『何ならこのまま徹夜で政務を片付けて♪ それなら明日の夜明けにでも』等と、気分はもう今からの視察を無視して先走っている。


この馬鹿は、明日の視察が今日の、それも今からになった影響さえ理解っていない。


現場の者達は、予定の繰上りに対して。

相応には残業も強いられているのだ。


私は、彼等の残業代をケチりたいと思った事は無い。

それが必要で、そのために止む無く残業した彼等には、当然と報いるのが筋だと考えている。


此度は、そうさせた理由を明かしてはやれないが。


それでも。

宰相である私の、政務スケジュール上の都合くらい。

そういう表現での言い訳と、後は謝罪も必要だろう。


こんな馬鹿の宰相を務めるという事は、事実、計り知れない程の苦労を背負い込む事なのですよ。


それと、この馬鹿ですが。

私がこうして苦労を一身に背負っている・・・にも関わらず。


「ねぇ、カーラ。思ったのだけど。使者なんか送らなくても。孤児院なら、私が行ってくれば良かったんじゃない♪ だって、ずっと通って来たのよ♪ 」


途端、空気が凍り付いた。

否、張り詰めたものへ亀裂が走ったと言えよう。


女王シルビアの性分は、それで、地雷原を平然とルンルン気分に踊るようなステップで歩く癖があった。


「シ・ル・ビ・ア・様♪・・・・現場の者達が待っていますよ♪」


年齢に似合わない可愛らしい声色。

それは、シャルフィの宰相の口から響いた。


が、しかし、そんな可愛らしい声を奏でた宰相が振り向いた先。

この時の女王は、向けられたゾッと等と軽く突き抜けた恐ろしい形相へ。


以後、女王は視察先へ赴くまでの道中。

ガチガチに固まると、一言も発しなかった。


2018.08.23 本編の修正を行いました。

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