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第39話 ◆・・・ レイラ・エリザベート ・・・◆

アスランの5歳の誕生日は、本人よりもこの1年間ずっと会えずに居たシルビアの方が特に待ち焦がれていた。


孤児の男の子を幼年騎士に任命する意思を表明した以降から顕著になった仕草や行動振りは、暦が7月に入っても相変わらず。

一部では女王の品位に関わる奇行等とも噂が立ったくらいで、ただし、この件に関しては周囲の証言が幾つもある。


文官Aの証言

『シルビア様ですが、あれから毎日のようにですね。え?何がって・・・・それは皆知っていますよ。例の孤児が作ったという浄水器で態々水を浄水しているんです』

文官Bの証言

『ええ、自分も陛下が井戸水を汲んで例の浄水器に流し込んでいるのは見ています。まぁ、あれだけ頻繁にやっておられれば目に付きますって。しかも、何かとても楽しそうにやっていますからね。まぁ、変に癇癪を起こされるよりは全然マシですよ』

文官Cの証言。

『ああ、その話ですか。ええ、そうですね・・・・例の浄水器の事は陛下が頻繁に利用している。それは私も見ております。なんでも耐久性なども調べるとか。それを自らなさっている姿を見て、水道事業に携わる身としても見習わねばと抱いておる所です』

文官Dの証言

『シルビア様はあの孤児が作ったという浄水器がとても気に入ったらしいですよ。もう、幸せそうなお顔で一日に何度も利用されていますし。ですが、私もその水を飲んで確かに凄いとは抱きましたよ。子供の発想とは時に大学を出た識者にも勝るのですね』

側仕えの騎士Aの証言

『その話ですか・・・・そうですね。確かにあの浄水器の事では陛下が頻繁に利用している。それは承知しております。ですが、それ以前の時々起こす不機嫌な態度が、例の浄水器を使うようになってからは一度として起きていません。何より、政務へそれまでよりも熱心に取り組まれるようになった感じがします』

側仕えの騎士Bの証言

『ああ・・・あの孤児が作ったとかいう浄水器で、それを使う時の陛下が妙な笑みを見せるってやつか。楽しんでいるんだろうが・・・・表情が不気味だから近寄り難いんだよなぁ。この間だってさ、給仕係が自分がするって言った途端に不機嫌顔になったんだぜ。なんか、こう・・・・玩具を取り上げられて機嫌を悪くしたガキみたいにも見えたね』

側仕えの給仕Aの証言

『はぁ・・・・そうですね。この時期の井戸水ですから特にですが、それを陛下に態々汲ませるなど。ですから私としては、そのような事は私達がすると申し上げたのですが。陛下はそれがお気に召さなかったのか・・・・酷く怖い表情になられました』

親友兼補佐役の証言

『私としては、陛下が政務に真面目に熱心に。それでいて滞らせること無く仕事さえして頂ければ。後は手空きの時間に何をしようと口を挟む気はありません。不気味な笑みで浄水器を使っているくらいは問題にすらならないでしょう』


・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・


「ちょっとぉ~。ねぇ、カーラ。何、この私への当て付けのような報告書は。しかも最後のは貴女の証言じゃない。不気味な笑みって何よ。まったくもう!失礼しちゃうじゃない」


午前中も早々に、王宮にある執務室の中を満たす女王の声。

扉越しの廊下に控えている衛兵達ですら不機嫌だと理解る程の不機嫌な声は、その矛先を向けられた親友が特に悪びれもせず「コホンっ」と咳払い一つで片付けていた。


「陛下。その真実以外の表現が当てはまらない正確無比な調査報告書ですが、まぁ、これは後で息抜きの時間にでも目を通してくだされば結構です。あと、何を想像してあんな変な不気味でしかない笑みになるのかにも察する所はありますが・・・・陛下の夢見たバラ色の生活は、やはり、反発する勢力が動き出しております」

「そう・・・・やはりそうなりましたか。ですが、この事はある程度は予想出来た事でもあります」


親友であり補佐役でもあるカーラから切り出された部分は、その瞬間から女王の表情へ戻ったシルビアにも察しがつく。

目の前の机には厚さ数センチ程の書類が積まれており、一番上の一枚目の内容にさっきまではムキにもなった。


しかし、カーラが無言でその一枚目を除けた後、そこに映った書類へ視線を落としながら。

カーラが暗に何を言いたかったのかはこれで直ぐに理解った。


「幼年騎士への推薦状・・・・・ね。私がアスランを幼年騎士に任命すると宣言したことで、もっとも、その件は実績在って予想以上に反発が無かった事も事実だけど。貴族の、それも自分の血に連なる子供を推薦とは頂けないわね」

「実は昨日の内に当人から面会を強く求められたのですが、執務外の時間ということと、既に夕食も済ませた後の私的な時間である事を理由に、私の権限で取り次ぎを拒んでいました。その事は相手方も一応の理解は示されましたので、ですが、この推薦状を代わりに届けて欲しいと」

「なるほどねぇ・・・・でも、アリガト♪貴女のおかげで私は煩わしい思いをせずに休めたわ。だから、この推薦状は私が確かに目を通した・・・・それくらいは勿論するわよ♪」

「まぁ・・・・これも私の仕事ですから。ですが、最初に応対したのはマリューです。もっとも、彼女も庶民の生まれで幼年騎士になった身。それで相手が強引に押し通ろうとしましたので、私も場に加わった次第です」

「そうだったのね。マリューにはきっと嫌な思いをさせたわ・・・・後で謝っておきます」

「その事で陛下が謝れば、マリューは真面目ですから逆に責任を感じるでしょう。労いにされるのが宜しいかと」

「ふふ。分かったわ♪マリューってば、本当に真面目さんよねぇ」

「ええ、是非とも誰か様には見習って頂きたい素養ですね」

「むぅ~っ」


何かこう親友に誘導された感を抱いたシルビアの不機嫌な振る舞いも。

けれど、これも子供の時からの付き合い。

だからこそ、手の内は知られている訳で、眼鏡の縁を態とらしく直した親友の目付きを映したこの瞬間。

シルビアは素直に白旗を挙げたのだった。


会話で脱線した事はともかく、実際に目の前にある推薦状について、シルビアは迷うこと無く保留扱いとした。

ただし、露骨に保留等と告げれば貴族だけに黙って『はい、分かりました』とは行かない。


シルビアは昔から代々続く貴族という存在が大嫌いだった。

立場を振り翳して庶民を馬鹿にするだけでなく、見えない所で虐げてすらいる。

父が王だった頃から取り締まりが厳しくなったことで、それによってかなりの数の貴族がシャルフィから追放となったことも知っている。

それによって大人しくなった貴族も多くいたが、自分が即位してからというもの息を吹き返した側面もある。

シルビアはこうした不満分子について、ゴキブリと同等だと抱いていた。


「カーラ。この推薦の件だけど、審査中・・・ということで返事を書いておくわ」

「理解りました。それで一月は静かにさせられるでしょう」

「まぁ、今月末までには何かしら方向性を示すわ。そうね・・・・・グラディエス団長に許可を貰う必要があるけど、ハンス殿を審査役に暫くの間は騎士団宿舎に住み込みで見習いをさせるというのはどうかしら。その時点で見込み無しなら却下しても筋は通せるでしょ」

「はぁ・・・・まぁ、恐らくはそう言うだろうと思っていました。既に騎士団長への許可は取り付けています。勿論、聖騎士ハンス殿へもそうなった際にはという事で、話はしております」

「あら♪優秀な補佐役のおかげで、この問題は何とかなりそうね♪」

「はい。ですが、騎士団長からは要望も受けております」

「要望?」

「アスラン様について、任命に異存はない。ですが、孤児であれば作法なども指南役が必要だろう。その事では特に『出来た者』を当てて欲しいとの事です」

「分かったわ。この件は後で団長とも話し合います。時間の調整をお願い出来るかしら」

「はい。既に午後の時間で騎士団長からは時間を頂いております。陛下の方も、その時間は休憩の時間ですので、茶飲み話感覚で出来るかと・・・・騎士団長からは、その方が陛下も『気楽に出来る』だろうと言われました」

「あはははは・・・・・・私が子供の時から知っている人ですからね。はぁ~~」


カーラも何かしら思い出した感すらある表情のシルビアを見れば、最後の溜息にも容易に察することは出来る。


「誰か様は子供の時にですが・・・・騎士団長へよく悪戯をして遊んでいましたので。今の苦手意識は後ろめたさの現れでしょうね。まぁ、自業自得です」


ピシャリと痛いところを突かれたシルビアの、しかし、此処では助けを求める仕草にすら親友は無視を決め込んだ。

そして、続く3枚目以降の書類についても、当然のようにてきぱきと処理を促すのだった。


「そうだ・・・・ねぇ、カーラ。あれはもうアスランへ届いたかしら」

「はい。スレイン先生へ急ぎ届けるように伝えてあります。マリューの事ですから授業の前には届けて、そして今頃は授業に集中している筈です」

「え・・・・って、それってマリューに行かせたわけ!?」

「はい。マリューなら確実に任務を果たしてくれますので。地図を渡して行かせました」

「ちょっと・・・・それって、いつ任せたのよ」

「昨夜の一件の時にです。例の貴族が私に推薦状を預けて帰った後で、何か申し訳無さそうにしていましたから、丁度いいと思って任務として与えました。教会の朝は早いので、早朝に伺っても問題はないとも伝えています」

「・・・って。あのねぇ~・・・・マリューはとっても真面目な責任感の強い女の子なのよ。そんな風にして押し付けたら、学校に行く前に絶対届けているわ。はぁ~・・・もう絶対早起きして届けてるんだから」

「でしょうね。ですが、その結果。昨夜の件でマリューが『私に』迷惑を掛けたと背負い込ませずには済みました。そういう事でもありますので、陛下には是非とも労いの言葉をかけて頂きたく思います」

「あ・の・ね・・・・カ~ラさん。ちょっと・・・・良・い・か・し・ら」

「ふ~ん・・・・良いのですかぁ?即位後からの強引な制度改革の・う・ら・が・わ。私は隅々まで知っているのですが♪」


此処ぞとばかりに反撃に打って出た?

しかし、シルビアにとってこの親友の恐ろしさは正に天敵な所にある。

中でも声色が凄まじく可愛らしくなった時の恐ろしさは、此処にエレナが居ない今のシルビアには太刀打ちする術が無かった。


シルビアとカーラにとって、エレナは幼馴染の親友である。

今は遠い他所の国へ嫁いだエレナは、同い年でも姉の様な存在だった。


三人とも、背丈は仲良く同じくらい。


男性なら視線を向けてしまう様な。

そう言う意味での女性らしいスタイルをしたシルビアと、スレンダーでも知的美人が似合うカーラ。

二人から見たエレナは、髪と瞳はカーラと同じ。

色白という程でもないが、張りと艶のある瑞々しい肌は、二人ともが羨んだ。


ボンっと強調された胸は、体質で搾れば母乳が出る。

ただ、それがあったからこそ。

当時の生まれたばかりのアスランへ。

毎日は通えないシルビアに代わって、エレナは一時期を孤児院で過ごすなど、アスランの乳母をしていた事もあるのだ。


二人が見知るエレナは、学業も優秀だったし、明るい性格に母性も感じられるせいか。

きっと将来は良い母になれる。


まぁ、そんな風にも抱けるのが、エレナだった。


三人の関係は、シルビアの天敵がカーラで、そのカーラを宥めたり丸め込むのがエレナだった。

エレナは、カーラを扱うのは得意だったが。

反対にシルビアの事では、苦手ではないが手も焼いている。


この関係は子供の頃から変わらず。


今この瞬間のシルビアは、祝福して行かせた筈のエレナを、出来るものなら此処へ召喚したい。

それが出来たら。

目の前のカーラを、丸め込んでくれたに違いない。


非現実的な事を思うくらいには、追い詰められた感だった。


「陛下。制度改革はアスラン様が生まれる以前のこと。ですが、生まれた後で幾つか取ってつけたように改正した部分もあります。その改正した部分以外、それはスレイン先生がシャルフィを本当に良くしたいと思って行ったことです。まぁ、改正と言っても孤児であっても問題ないと表現を明確にした箇所を作った程度ですし、それでも先生の教え子である身分としては本当に苦労したのですが・・・・ね♪」

「そうよね・・・・聖賢宰相が居たからこそ。そして私たちは先生から託された。カーラなんか宰相の後継者にいきなり指名されて、あの時の慌てた顔・・・・・・今でも忘れていないわ♪」

「シルビア様が即位した当時、宰相は先生でしたが、世話や秘書のような役で補佐をしていたのは私とエレナでした。そして、私は先生の跡を継ぐのはエレナだと思っていたのですが・・・・先生からこう言われました。シルビアの天敵でなければ宰相は務まらない。ですが、私の諫言が行き過ぎても。その時にはエレナがシルビア様を守るから丁度良い」

「あははは・・・・・だからね。エレナが居ない今となっては~もっとこう優しくして欲しいのだけど」

「私は今のまま接します。そして、確かに今はエレナが居ません。ですが・・・間もなくアスラン様が此処へ来ます。そうなった時、その時には私が厳しくしなくとも。恐らく情けない姿は見せたくない誰か様は勝手に頑張られる筈です」

「当然よ。あの子の見ている所で叱られるなんて・・・・想像したくないわ」

「ですよね♪・・・・そういう事です。私としては一日でも早くその日が来てくれると皺を増やさずに済むので助かります」


やはり天敵は幾つになっても天敵だった。

口では到底勝てない?

と言うよりも既に苦手意識とか負けて当然な感も根付いている。


ただ、そんな天敵にもなる親友が、今度のアスランの件では知らない所で何かと手を打ってくれている。

その事を意図して伏せている親友には頭が上がらない。

だから、親友がそうして自分を支えてくれる以上、自分も親友の立ち位置を全力で守る。

そこは聖賢宰相からも頼まれているし、今は嫁いだエレナからも頼まれている。


ふと、その事をまた思い出したシルビアは、カーラの事を小姑みたいだと抱いた思考をゴミ箱へ放り投げた。

同時に、自分がこうして時々は手を焼かせる存在で居続けることが、結果的には補佐役の立場と影響力を維持していることにも繋がっている。


ただし、思考はそこで近い将来からそれが出来なくなる事を示した。

カーラは意味深にアスランの事を口にした。

そして、自分はアスランの前では絶対に格好悪い所を見せたくない。


・・・・アスランが来るまでに、最後?のサボりを一度くらいはしても良いわよね・・・・


「シルビア様。アスラン様が来られる前に悪巫山戯をしようなどは・・・・許しませんからね♪」

「えっ・・・・あはははは・・・・やぁねぇ~・・・・そんな事しないわよ・・・・はははは」


思考は完全に読まれていた。

幼馴染の親友には、手の内どころか思考すら見通されている。


大きな溜息を一つ吐き出しながら。

それでシルビアは完全に白旗を掲げたのだった。


-----


「ねぇ、カーラ。エリザベート先生だけど。また・・・・面白いことをやっているそうよ♪」


午前中の仕事に一区切りついた後での憩いの時間。

シルビアはこのティータイムでも私的な手紙などに目を通すことがある。

そして、この日は届いたばかりの恩師からの手紙を早速開くと、今はもう楽しいのが分かる笑みを浮かべていた。


「そうですか。老いても若者には負けない・・・等と子供っぽく口にされる方ですしね。それで、今度は一体何に夢中になっているのでしょうか」

「先生の手紙だと、属性を持ったマナには何かしら個性のようなものがある。その研究の中で、どうやら各属性には異なった波長のようなものが存在することを突き止めたって書いてあるわ」

「相変わらず研究熱心な先生ですね。ですが、魔導理論の分野では今も先頭に立っていますし、その手紙の感じでは新たな理論が生まれる感じも受けました」

「私達が大学に居た当時もだけど、エリザベート先生の授業は面白かったわ。こう、夢のある授業っていうのかしら♪あの頃から先生は属性ごとに個性というか性格があるって言ってたから」

「魔導革命の祖とも、現代魔導の母とも呼ばれるお方です。私達が大学を卒業するのと同時に故郷に帰られて、今は確かゼロムで自由奔放な日々を過ごしているのでしたね」

「ええ、その先生にね。この間アスランが作った浄水器の事を手紙に出したのよ」

「それは存じております。手紙には違いありませんが、態々シャルフィ王家の親書として出したのです。ということは、先生からの手紙には何かその事も記されているのですか?」

「そうよ。アスランがティアリスという精霊から得た知識の裏付けをね。その事で何か良い方法がないかを尋ねたのだけど。どうやら先生も興味を抱いたようね♪レナリアに居る知り合いに早速持ち込んだって書いてあるわ」

「それはまさか・・・・レナリア自治州にある研究機関に持ち込んだ・・・・ということですか」

「そうよ。ホリスティア機関・・・最先端の医療研究では世界で一番のところよね。そこにアスランのレポートを持ち込んだって。先生がローランディアに持ち帰って育てているカミツレも一緒に持って行ったそうよ。結果が出るまでにはもうしばらく掛かりそうだって書いてあるけど。それでね・・・・手紙には、近々シャルフィに行くって書いてあるわ」


表情を見ればシルビアがとっても楽しそうなことくらいは分かる。

そんなシルビアから手紙を受け取って、カーラも先ずは内容へ視線を落とした。


なる程、相変わらず好きなことに打ち込んで楽しんでいる・・・・・


エリザベートからの手紙は、それを読んだカーラにも何かこう楽しい日々を過ごしているくらいは容易に感じ取れた。


「・・・・先生はアスラン様に興味を持たれた。そして相変わらず即断即決で行動に移しているようですね。しばらく滞在する予定だから宜しくと書かれています」

「アスランが王宮に来るから、先生にも王宮に部屋を用意した方が良いかしらね」

「ですね・・・・と言っても、以前此方に住んでいた当時ですが、書庫や研究室を私物化して住んでいましたし」

「そうよねぇ~♪一度何かに夢中になると寝食も忘れるというか・・・お風呂に一週間以上も入っていないなんて事もあったわよね」

「そうでしたね。白衣が黄ばんで臭っている事にもお構い無しで・・・・エレナが自発的に世話もしていましたね」

「そうそう♪エレナが毎日のように先生を洗濯したのよ♪『先生、洗濯の時間です』って言っちゃって・・・・あの頃は毎日が面白かったわね」

「よく憶えています。湯船に先生を入れて、洗剤を流し込んだエレナが泡まみれになって洗っていましたしね。シルビア様なんか、そこに混ざって一緒に遊んでいましたし」

「え~だって面白いじゃない♪それに、私とエレナが先生を洗濯している間に、カーラが着替えとかを全部用意してくれたじゃない」

「はぁ・・・・・・つまり、数年ぶりにそれが再現される・・・・という事でしょうね」

「色々と賑やかになる事だけは決定事項なんじゃないかしら♪」


思い出し笑い・・・・

カーラの瞳はシルビアが可笑しそうに笑っている姿を映して、しかし、心中は複雑だった。

どちらかと言えば身嗜みも含めて清潔感がない人間には距離を取りたいカーラにとって、それも理解っている親友のエレナは、だからこそ衣服の着替えの用意を自分に任せていた。

反面で、シルビアとエリザベートは相性が良い。

揃って同じ事に夢中になりだすと、二人で探検に出掛けてはボロボロに汚れて帰ってくることも多々在った。


ある時などは研究材料を手に入れるために出掛けて、狼型の魔獣の巣窟に強行突入した挙句。

持ち帰ってきた成果が『糞』だった。

なんでも糞の中に体内で生成された魔力の結晶石があるとかで、城に帰って来た二人は、出迎えた者達が思わず後ずさるくらい臭っていた。


故に、また懐かしくも恐ろしい?日々がやって来るのかと抱いたカーラの心中は複雑で、ただ、どうせならエレナにもこの事を教えてあげようと思うのだった。


-----


現代において、その分野では未だ右に出る者無しと謳われるエリザベート博士の得意分野。

それが『魔導』である。


今の時代において教科書や資料などでも目にする『魔法導力』について、この革命の祖と呼ばれる人物がレイラ・エリザベート博士であることは周知の事実。


そのエリザベート博士がまだ大学の一学生だった頃。

当時まだ駆け出しとも呼べず、それも考古学を専攻する学生でしかなかったエリザベートは、大学で博士号の資格を得るために。

そのための単位修得として、故郷であるローランディアの大学からシャルフィ王国へ留学していた。


エリザベートがシャルフィへ留学した事情。

考古学を専攻しているエリザベートにとって、古い時代の遺跡等について学ぶためには、故郷のローランディアよりもそうした遺跡が多数あるシャルフィの方が断然、環境が良かった。

そのため、一度はローランディアの大学へ進学したエリザベートは、そこで専攻科の教授の推薦も在ってシャルフィの大学へと籍を移した。

そして、留学した後のエリザベートは、そこで後の人生を決定付けた古代遺跡に携わることになる。


当時もそれ以前もリーベイア大陸では、その全土で旧時代の調査が行われていた。

ただ、それはあくまで歴史研究の範囲内のこと。

ここでは主に考古学研究に身を置く学識者達が、それぞれ自国内のそういった遺跡などを調査していた。

それはシャルフィ王国も同じであり、しかし、他所と異なってシャルフィはそうした古い時代の痕跡が多数あった事が、特に考古学界で聖地のような扱いを受けていた。

そのシャルフィで、これまでに見つかった物よりかなり古い時代の遺跡が発見された報せは、現代ほどの速さはなくとも大陸全土へ衝撃を伴って伝わった。


この遺跡発見の情報が衝撃的だった理由。

そこには、考古学や歴史の研究をしている者達にとって、特にそうだった部分があった。

シャルフィからローランディアへ最初に届けられたこの情報は、そこから全土へ伝わったのだが、それまで学説上にのみ存在した古代の超科学文明の説。

これまでの研究と調査によって、恐らく遥か昔の時代にはそうとしか表現出来ない叡智の時代が存在していたのではないか。

極一部の学識者達が提唱した仮説は、この報せが届くまでの間ずっと学界では異端視され続けて来た。


最初、自国内で新たに発見された古代遺跡について、シャルフィ王国は友好国のローランディア王国へ、中でも王国直轄のアナハイムへ正式に調査と研究とで協力を求めた。

ローランディア王国が世界に誇り、そして世界もまたそれを一位だと認める叡智機関。

それがアナハイムと呼ばれる特殊な大学であり、便宜上は『大学』でありながら。

ただし、他所の大学と異なるのは、アナハイムが王国直営の事業組織である部分。


単に知識だけでなく、それを用いた最先端の研究によって世界を牽引する。

世界を牽引する等という表現について。

しかし、現実に世界はアナハイムの研究成果によって恩恵を受けている部分が多いことも事実。

そのアナハイムには下部組織とも言える『メティス王立学院』があり、こちらも英才教育機関としては世界で一番の教育機関ということを同じく世界が認めている。


故に、シャルフィ王国は友好国が直接管理するアナハイムを頼ったという流れになるのだが、ローランディア王国はこの求めを快諾して即座に先遣隊を派遣した。

この先遣隊は続く本隊の編成に関わるという意味で、発見された遺跡の構造や特徴などを報告書に纏める役割がある。


先遣隊が報告書に纏めた内容には、当時アナハイムが導入したばかりの湿式撮影技術によって撮影された写真が多数添付された。

それまではスケッチ技術に長けた調査員が行った部分は、これと併用する形で報告書が作られると、そこから壁面に刻印されたようにも映る古代文字だけでなく、保存状態が極めて良い古代文字で執筆された書類が束で見つかった事など。


シャルフィへ到着した調査班の本隊は、その構成の内で古代文字に精通した学識者が半数を占めていた。

そして、ローランディア王国が派遣した調査班も含めた全体を、とある事情により実質的に先導する役割を担った人物。

それが後に革命の祖と呼ばれるエリザベート考古学生だった。


-----


最初、エリザベート考古学生は調査班の名簿に名を連ねていなかった。

その当時は単位修得のためにローランディアからシャルフィへ留学していた時期で、それが何故、今回の調査班へ名を連ねたのか。

実はシャルフィ王国が発見した古代遺跡は、この第一発見者がエリザベート考古学生だった。

この頃から既に関心事への行動力は旺盛だったと、後に調査班のスタッフ達は口を揃えてこう評している。


ただ、第一発見者のエリザベート考古学生は、この件を実際には王宮へ報せていない。

好奇心の赴くままに野山を探検している最中に偶然発見した遺跡について、エリザベート考古学生は未発見の古代遺跡だと認識すらせず、約3ヶ月程そこで過ごしていた。


この件が明るみになった背景はこうである。

当時、ローランディアからの留学生が何ヶ月もの間ずっと授業を受けていない事を問題視した複数の教授達が、学生寮にも長期に渡って不在であるという事実までを突き止めた。

外泊の申請も出ておらず、また病気療養などの届けも無い。

学生寮の管理人が日誌に残した記載を3ヶ月程遡って、そこに記された調査名目の外出記録を最後、留学生が帰寮していない事実までを把握した教授達は青ざめた。

青ざめた理由に、この留学生が友好国との親善交流事業で当国へ招いた、少し特殊な背景があった。


・・・・友好国との親善交流によって招いた留学生が何ヶ月も前から失踪していた・・・・


たとえ学生であっても、親善交流によって招いた生徒はある意味、特別である。

ローランディアの大学での成績も良く、そしてシャルフィは古い建築物跡などが多いことで考古学が盛んだった。

そこへ、考古学を専攻して将来は博士号を取りたいという有望な学生を、ローランディアの推薦によってシャルフィは招いた経緯がある。


にも関わらず、失踪した事に数ヶ月間気付くことすら無かったこの事実は、そこにも幾つかの事情があった。

考古学を専攻する学生は、往々にして単位に関わる最低限の授業のみに出席する傾向が特に顕著で、指導する教授もそれを当然だと認識している。

考古学を専攻する生徒は、週に数時間しか授業を受けない事が殆どで、後はずっと遺跡の調査で現場に寝泊まりすることが常だった。


勿論、失踪したエリザベート考古学生についても、留学した当初から現場で寝泊まりすることが常であり、そして幾つもの遺跡を掛け持ちで携わっていた。

そのため、この数ヶ月間の間で最初は現場が忙しく、そうした事情で授業を受けていないものだと。

教授たちは特に問題にすらしなかった。

そういう生徒が他にも多くいることと、遺跡の調査は季節や天候によって保存のために忙しくなることが多い。

同時に、素人に触らせれば遺跡そのものを傷付ける恐れがあって、故に現場で作業するスタッフは教授と生徒達ばかりになっている。


しかし、現地で作業に当たる教授達から届けられる日誌の記録から、エリザベート考古学生がどの作業現場にも携わっていない。

その事実は、大学の事務室から教授達へ問い合わせがあって初めて発覚した。


そして、此処でようやく問題だと認識した教授達の調査は、即日で失踪した事を結論づけてしまうと、責任問題の所在から何まで。

右往左往した挙句、王宮へ言い訳ばかりを並べて捜索願を届けるに至った。


当然、この事態を知った王宮は火が付いたような大騒ぎになった。

しかも、各部署はこの件を特に緘口令を敷くなどして、事の詳細が明らかになるまで噂一つ許さないくらいに神経を尖らせた。

事と次第によっては友好国との間に亀裂が走る。


捜索願は夕方に届けられたが、そこから数時間。

王宮から騎士団が捜索に馬を走らせたのは完全に日が落ちた後だった。


学生寮の管理人が付けていた記録によれば、調査名目で幾つかの場所に赴く。

そこまでしか記されていない記録を元に、騎士団は小隊を作って全ての箇所を一斉に捜索した。


結果。

翌日の正午になって、この時には既に王宮内にも捜索本部が設置されていたのだが、そこへ届けられた小隊の一つの報せによって事態は急転した。

その小隊は王都の西側にあって、周囲を深い森に覆われた丘陵地帯を捜索していた。

そこで、明らかに人が使った焚き火の跡を幾つも発見した小隊は、決定的な物証を一つ早馬で王宮へ届けた。


捜索本部に届けられた物証は、エリザベート考古学生の学生証だった。

早馬の伝令が届けた報せによって、また物証が間違いないものであった事から捜索隊は全てそこへ向けられた。


この段階で他の捜索個所からは特にこれといった報せが無かった事がそう判断させたのだが、王宮は最初の捜索隊に増員する形で延べ600人の騎士を現地に集結させた。

当時の騎士団は総数にして約1500人程の騎士がいた。

その内で王都に常駐している騎士は1200人くらい。

さらに王室付きの近衛隊に所属する騎士が200人。

残る騎士の半数以上が捜索に加わったこの事件は、特に過去に例のない一大事件として終始極秘の内に処理された。


通常、行方不明者を探す任務は兵士達の職務とされている。

ところが、今度の事件は捜索の対象がローランディア王国から推薦されたという部分で、此処を理由に扱いの格が跳ね上がっている。

それも友好国として長く付き合いのあるローランディアだけに、たかが学生とは言えず、それこそ場合によっては国賓と同格の扱いをしなければならない。


それが数ヶ月も前から疾走していた事を知らなかった等と・・・・絶対表沙汰には出来ない事情が、兵士ではなく騎士団を動かしての捜索となった経緯から見ても、シャルフィ王宮が事態を重く見ていたことが伺える。


このとき、数百人の騎馬隊が一度に動いたことで、王都では少なからず何かあったのではという噂の声がたちまち上がった。

平時なら絶対にない光景だっただけに、街で幾つも噂の声が上がった後、シャルフィ王宮から『予ねて騎士団より申請のあった突発事態に対する非常時の訓練』という公式発表が行われた。

本来、先に報せておけば変な噂も立たなかったこの件について、公式発表を先にするという手順すら忘れるくらい王宮も錯綜していた・・・・・という事である。


手掛かりを得た現場に数百人の騎士が集結した後、直ぐ捜索本部の現地指揮所が置かれた。

そして、この事件で現場の総指揮を執った人物が、グラディエスという10歳の近衛騎士だった。


実は此処にも幾つか責任転嫁としか言えない背景があり、その結果が当時はまだ近衛騎士になったばかりの・・・・・否、この事件の責任を押し付けられたという意味で、ほんの数時間前に騎士団本部から『近衛騎士隊所属、特務隊隊長』等という新設された肩書を与えられた見習い騎士。

それがグラディエスである。


本来、こうした事件の指揮は騎士団長かあるいは数人いる副団長の何れかに任されるのが慣例である。

そう、そして実際には騎士団長と副団長の全員が、王宮の命によって捜索本部の中心に据えられている。


大任を与えられた者達にとって、エリザベートが無事であれば恩賞が約束された。

ただし、事は数ヶ月前に起きたもので、しかも最初の報せは昨日の夕方。

挙句、王宮からは暗に責任を押し付けられた経緯すらあった。


無論、騎士団長と副団長達にとっても、この件は責任の押し付けだと王宮に対して反感を抱いた。

しかも、押し付けられた側の出自が揃って『貴族』だった事が、当人達の実家まで巻き込んで、それで王宮内が徹夜で大荒れに荒れた。


王宮としては勅命に背く行為を以って処罰も出来る。

そして、内容は別に騎士団長と副団長達もそれくらいは理解っている。

まして王家に対しての反逆行為などは絶対にあり得ない。

彼らの実家もまた、それは理解っていた。


だが、事が外交問題になった時に備えて、今から先んじて責任を押し付けたとしか考えられない王宮の処遇は、これをいくら何でも横暴だと反発した側とで、双方の思惑の衝突は徹夜で翌日の正午まで妥協点を模索させた。


妥協点その一。

問題の責任について、これはエリザベート学生の所属する大学の教授陣を第一位として、王宮が生殺与奪を含む処遇を行う。

また、寮監の職に就く者もこれと同様とする。


妥協点その二。

王宮にはその対面上、この事件で一切の責任を負わせない。

そのため、事の仔細と捜索等については全て事後報告であった事として、一切関与しなかったものとする。


妥協点その三。

王宮へは事後の報告となった本件について、隠密裏に騎士団が総力を挙げて捜索した事案とする。

しかしながら、本件は初動において担当部署の責任者が捜索対象の身元の詳細を適切に把握しておらず、そのために事の重要性を著しく認識していなかった故、内容を騎士団長へ報せていなかった。

また、同様の理由によって副団長達へも報せず、担当部署の責任者はその裁量で捜索隊を動かした事とする。

結果、初期の捜索隊については、その殆どが将来を有望視される見習いの騎士達であった。


妥協点その四。

本件において当該の事案を騎士団長等が把握したのは、捜索願の届けられた翌日の午前中であり、そのため捜索本部の設置が正午前だった事とする。

第一報から捜索本部の設置までに一日弱という後手に回った状況において、しかし、捜索対象の学生の安否を含む確認が第一であった事は変わらない。

そのため、既に現地で事に当たっている者達から一時的に捜索指揮を執る者を選任する必要性があった。

しかしながら、現地の捜索隊の構成については、小隊全員が見習いの騎士だった事が判明。

ただ、それでも現地の状況を此処よりは把握している以上、こちらから然るべき上位騎士を責任者として派遣するまでの間。

それまでの間は小隊長を務めた見習い騎士に対して、一時的に捜索の全権を与える。


妥協点その五。

本件で、現地において証拠となる手掛かりを得た小隊の隊長を務める騎士が、まだ10歳の見習い騎士だと判明した件について。

本部はこの将来有望な見習い騎士を、現時刻を以って正式に従騎士へと昇進させる事とする。

また正規の騎士に任命した後の扱いとして、前項の通り一時的な全権を負う隊長権限を与えるものとする。


合意決定事項。

妥協点その五により、当該の騎士に臨時の指揮権を預ける名目で以下の人事を発令する。

見習い騎士グラディエスは、その成績の優秀さを以って正式に従騎士とする。

また騎士グラディエスには王室近衛隊への配属を命ずる。

なお、王室近衛隊所属の騎士グラディエスに対して、正式に以下の特別任務を与える。


◆特別任務◆

親善交流により当国へ留学した後、不慮の事故に巻き込まれた可能性のある行方不明者の捜索について、これを身命を賭して行う事を命じる。

なお、行方不明者はローランディア王国より当国へ留学したレイラ・エリザベート女子学生である。


尚、本件においては、騎士グラディエスが手掛かりとなる証拠の第一発見者だった事実と、当該地域の地理に明るい点を考慮し、本部から別命あるまでの間。

その間の現地での捜索指揮の全権を与え、これの責任を負うものとする。


今回の特別任務に当たり、非常時故の特例措置として、捜索隊を以後は特務隊と呼称するものとする。

また特務隊隊長の命令は本部から別命あるまでの間、これを騎士団長命令と同格として扱う。

故に、本件に携わる全ての騎士は実績や年齢などに関わらず、特務隊長の命令を遂行する責務を負う。


こうして世間の知らない所で、王宮と騎士団上層部との間で合意された件は、遂に全責任を現地で捜索の任務に就いていた見習い騎士へ押し付けるに至った。


2018.08.23 本編の一部へ加筆を行いました。

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