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第37話 ◆・・・ 女王宣言 ・・・◆

「まったく・・・・だ・れ・が・・・野・獣・なのでしょうか。ねぇ・・・・ア・ス・ラ・ン♪」


ポカッ☆☆


「はい!・・・・エスト姉の中身は野獣・・!!!」


ボカッ☆!!


「今・・・・また野獣って言いましたねぇ~・・・・そんなに、私の拳骨が気に入ったのでしょうか♪?」


グリグリ・・・・・・


「え・エスト姉・・・は・・・普段はとても優しいです」

「ですよねぇ~♪こんなに優しくて家事全般も完璧な女性に向かって♪野獣等と口にすれば・・・もう、理解りますよねぇ♪」


グリグリ・・・・・・


「え・エスト姉・・・・左右から同時に鉄拳ドリルは・・・痛いです。美女と野獣が同居・・・・!!」


ぅぎゃぁぁぁああああああ!!!!


直後、大部屋を満たしたアスランの断末魔の雄叫び?かはともかく、ついさっき掃除を終えて綺麗になった孤児院の大部屋では、掃除の指示もてきぱきとしつつ、ただしそこで使われたエストへの表現について。

現在までアスランはエストから苦痛を伴う『事実確認』の審問を受けていた。


子供達が見つめる中で、そこには勿論スレイン神父達も居合わせていた。

本来なら騒動を終わらせた上に、こうなった経緯の解明までしたアスランは評価される筈なのだが・・・・・


ぁぎゃぁぁぁああああああ!!!!


再び叫んだアスランを前にして、怖い笑みで拳をグリグリとめり込ませるエストの姿は、カールやシャナ達ですら声を掛けられなかった。


数分後・・・・・・

そこには魂の抜けた?アスランがうつ伏せに伸びていた。

ピクピク痙攣しながら「し・・・死ぬぅ~・・・・」等と白目を剥く変わり果てた有様に、あのゴードンですらそこに映ったエストの怖い微笑みを前にして、絶対服従を誓っている。

ただ、そのアスランを今度は猫でも掴むように起こしたエストは満面の笑みで、一方の起こされた方は奥歯をガタガタ震わせていた。


「・・・・良いですか。アスラン・・・・私のように気立ても良くて、良妻賢母の素質が滲み出ている心の広い女神のような美女は滅多に居ないんですよ♪だ・か・ら・・・あまり、態とらしく誂わないように。理解りましたか?理解ったら・・・・・返事!!」

「サー・イエッサァァアアア!!」


最後まで見届けた子供達のうち、元から此処で暮らすカールやシャナ達はエストの怖さを分かっている。

そして、こんなに怖い女性を初めて見たかのように震えあがったエルトシャン達は、以降ずっとエストには逆らう素振りすら見せなかった。


-----


「シスターエスト。それからアスラン。二人ともお疲れ様でした」


夕方の礼拝よりも少し前、エストとアスランはスレイン神父に招かれるようにして、今は教会にあるスレイン神父の部屋へ来ていた。

そこで二人は今、見透かされたように察した感の笑みを浮かべるスレイン神父から労われていた。


「・・・・事の原因は確かに一つではありませんでした。そして、私達大人の側にも罪深い過ちがありました。あの時、アスランが収めてくれなければ。そして精霊の加護で負傷した者達を癒やしてくれなければ・・・・アスランには本当に感謝しています。それから、最後のお芝居は中々に見事でしたよ」


スレインには、一番最後に即興芝居を演じたエストと、その意図を理解して合わせたアスランが実の姉弟同然にも映っていた。

それくらい息の合った芝居は、互いの演技力もあって大人達は別に、子供達には十分伝わっただろう。


「そうですね。エスト姉が加減なしで鉄拳と拳骨をグリグリと入れましたので・・・・嘘泣きする手間が省けました」

「そうですか。ですが・・・迫真の演技のためには欠かせなかったんですよ。それに後からエレンでしたか。その精霊に治癒を頂けば瘤くらいは消えますよね♪」


互いに含んだ言い回しで、そして此処でも横目に視線を重ねる二人を見る側のスレインは、それだけで可笑しくて笑ってしまう。

一方でスレイン神父が楽しそうに笑うものだから、今度は揃って呆れた感の仕草を織り交ぜたエストとアスランは、ただ、その後で表情が柔らかくなった。


「まぁ、二人の見事なお芝居もでしたが、それにしてもアスラン。貴方は今回の事で立ち位置が大きく変わりましたね。既に子供達の王様・・・・孤児王という呼び名まで付いたようですし。それに友と呼べる者もまた増えたようですね」

「僕としては孤児王と呼ばれるのは複雑なんですけどね・・・・・それに、エルトシャンとカールから僕が皆のリーダーみたいにも言われましたけど、器じゃないですよ」

「そうでしょうか。アスランはもっと自分に自信を持って良いのですよ」

「いえ、僕はまだまだ自分の事に打ち込みたいんです・・・・剣を使う前に、こんな事態になる前に・・・・それが出来なかった僕は・・・・!!」


ボカッ!☆☆


何かしら背負い込んだような面持ちになった男の子を映して、こちらは容赦なく不出来な弟を叱る姉のような存在となったエストの握り拳が少し強めに落とされた。


「まったく・・・アスランはまだ4歳の子供なのです。なのに、なんで貴方の考え方は大人び過ぎているのでしょうか。未熟者で結構なんです。だから私達のような大人がいる・・・アスランはもっと子供らしくして良いのです」


最初は呆れたような声で、そこから叱るような怒った声に変わった後、最後は今日一番優しい声だった。

アスランは拳骨を落としたエストから今はギュッと抱きしめられた。


「アスランは本当に頑張りました。とても4歳の子供には見えないくらい・・・だからカールやシャナ達も、それに今はエルトシャン達だって本当の意味で良い雰囲気になったのです。それだけは誇って良いんです」

「でも・・・僕は、あの時にゴードンを木剣で傷付けてしまいました」

「アスランがそれを罪だと言うのであれば、子供達を誤解して追い詰めてしまった私達にも罪があります」


会話を聞いていたスレインには、エストの言う通りアスランは4歳の範疇を逸脱している。

そういう印象は確かにあるし、実際にあの後から掃除の途中でも大聖堂から此処へ来たシスター達がアスランの事をあれこれ尋ねて来た。

その中には教会の機密に触れる表現を口にしようとした者までいた事で、ただし先に遮るようにして暗に口止めもしている。


もっとも、相手もまた教会の機密だと思い出した事で、そこからは追求も詮索もされなかった。


それよりも今、目の前のアスランは大好きなシルビア様から頂いた木剣で人を傷付けた事に罪悪感を強く抱いている。

先程までは微塵も感じさせなかったが、今はそれを強く抱えて、だから表情が暗い。


「アスラン。シスターエストもそうですが、アスランはあの時、シャナを助けたい一心で行動したのではないですか」

「はい。ゴードンが剣を抜いたの見て、それでシャナが怯えて・・・・後は身体が先に動きました。でも、シャナを守りたい。その想いは確かにありました」

「では、アスランの罪は問いません。もし、その事でアスランに罰を科してしまえば、シャナはもうアスランの前では笑えなくなってしまいます。自分を守ってくれた方が、その行動によって罰を科された。それではシャナにとってもアスランにとっても良いことは一つもありません。そして、アスランの行動によってゴードンは人の道を踏み外さずに済んでいます。故にアスランには罰を科す必要が無いのです」

「神父様。僕はもっと強くなります。剣も勉強も、そして今度はそうなる前に止められるようになります」

「ええ、アスランにその強い志があるのであれば、成長する中でもっと多くの事が出来る様になるはずです」


本当に歳不相応な受け答えをする。

アスランは自分の力を誇示しようとしない。

それは歳に関係無く人として評価されるべきものだが、間もなく5歳を迎えるにしても。

それですら歳不相応だろう。


スレインの思考はアスランをそう捉えて、ただし、最後はやはり図書室で読んだ本が人格形成に多分な影響を与えている。

アスランが読んで来た本は全て、それが教会総本部の選定した著書。

つまり、善き人として認められた人物が著した本であり、そうした人たちの組織が制作した書物でもある。

それを3歳から読んで来たアスランだからこそ、今の人格を作った。


思考は最後に、アスランが此処から外の世界に出た時には、恐らくそこで本人が気付く筈だと至った。

ここに居るから分かっていないだけで、ただ、その時は恐らくもう直ぐ来るだろう。

何故なら、本当の母親が5歳の誕生日に迎えに来るはず。

実の息子のためにそれを伏して、即位後から数年で断行した制度改革にも後から手を加えている。

もっとも・・・・手を加えたと言うより表現をより明確にした。

それこそ、補足的に出自を問わないという表現の中に、孤児であってもそれを理由とした差別、処遇、或いはそれと類推できる一切を含む等と態々修正している。


スレインはこの部分の修正について親子だと察する以前までは、修正された当時の新聞にも載った初等科での苛め問題の記事が少なからず関わっていると思っていた。

孤児院で育った子供が、初等科の中で庶民の子供たちに差別的な苛めを受けていた内容を記す記事には、背景に親たちも少なからず関わっていた部分が載っていた事で、それにはスレインも心を痛めている。


ただ、そうした表向きに通した事情の裏側で、実は息子のために思惑を絡ませた。

或いは、息子のことで世間的に通す理由欲しさに、それで態と苛め問題をクローズアップさせた可能性すらある。

亡き親友の愛娘が、父親のそういう部分を色濃く受け継いだ性格くらいはスレインも理解っている。


だが、スレインにとってこの事は何一つ証拠が無かった。

あくまで憶測でしかないが、教え子の一人が今は宰相をしている事実もある。

そして、当時の自分がそうだったように、今の宰相と女王は親友同士でもある。

親馬鹿な女王の真意に、自分の全てを教え込んだ今の宰相だからこそ、理路整然とやってのけられた。


導いた結論にスレインは、今現在もカーラの苦労が垣間見えた気がしていた。


-----


事件の翌日、スレインは午後の時間になって教会を訪れた来客の相手をしていた。

雨が降っていた事もあるが、王宮からの馬車は造りからして一目で分かる。

ただ、そこにも恐らく来るだろう見越しもあった。


出迎えた早々、スレインは今は宰相として働く教え子から、孤児院の窓ガラスが何枚も割れた跡の事を尋ねられると、ただ、それについては子供たち同士が元気過ぎる遊びをした結果とだけ答えた。

いきなり30人以上の子供達がやって来て、その中には当然、元気が過ぎる子供だっている。

そうした子供達がこの雨続きの天気の中で、はしゃぎ過ぎて思わず割ってしまったのだから仕方がない。

質問への返事の最後、「まぁ、子供達には怪我をしないよう気を付けるようにと言ってあります」と、その返事に今の宰相は息を一つ静かに吐いた後で頷いた。


その後は直ぐに場所を変えると、今は教会の中にある私室へ招いている。

移動の途中、手空きのシスターにお茶の用意を頼んで、後はアスランへ準備を少し急ぐように言付けも頼んだスレインは、私室で向かい合うようにソファーへ腰を下ろしたところで教え子から改めて挨拶を受けた。


「改めまして、スレイン先生。ご無沙汰しております」

「そう何度も挨拶をしなくとも構いませんよ。ですが、カーラ。貴女も元気そうで何よりです」


来客のうち馭者の方は応接室へ通して、そちらも用向きが終わるまでの間は寛いで貰っている。

今は教え子だった当時から一番真面目で、そして、これも昔の自分と全く同じ役回りをしているカーラを前に、恐らくはあの手紙の事で何かあるのだろう。

そう抱く胸中は、やはりその通りだった事をカーラの口から伝えられた用向きで証明された。


「早速ですが、先生がシルビア様へ出したあの手紙の事で、その事で取り急ぎ確認したく来ました」

「やはりそうでしたか。手紙を出した時から恐らく直ぐに来るだろうとは思っていました」

「当然です。先生が王宮で政務を取り纏めていた時から水道事業は立案が進んでいました。その時の課題について、当時も非常に高価な導力式の浄水器を導入する案を考えたこともですが、今も続く試行錯誤の中で水質の維持が難題の一つなのも変わっておりません。ですが、あの手紙に記された内容はこの難題の解決に繋がる可能性があります」

「そうですね。私もアスランから聞いて、私達の及ばない知識が持つ可能性を昨日の内から体験していました」

「この件ですが、シルビア様からティアリスという精霊について、いつ頃からアスラン君は関わっているのか。特にそのことを気にされていました」

「それは私も気になったので尋ねています。アスランは先月、つまり5月には知り合ったようです。それと、エレンとは違って性格が真面目な印象だという事も聞きました」

「なるほど・・・・他には何か聞いていますか」

「そうですね。そのティアリスという精霊ですが、その名はアスランが付けたそうです。なんでも名前を付けて欲しいと頼まれたとかで、ですが、話を聞く限りでは良い精霊の印象を受けました」

「分かりました。今の先生からのお話は、私からシルビア様へ必ずお伝えします」

「よろしくお願いします。きっと気になって政務が疎かになっているのではと心配していましたので」

「はは・・・・先生。時々は王宮へお越しになりませんか。今の先生の立場では確かに言葉に出来ない部分もありますが、今朝も寝坊して・・・それから、かくれんぼで午前をサボったのです。おかげで私がどれだけ苦労したか」


スレインはカーラの口から伝えられた今のシルビアの状況へ、それには思わず笑ってしまった。

不思議と懐かしいと抱くその部分には、本来なら迷惑を被ったカーラへ労いの一言が先の筈。

ただ、この時は懐かしい昔を思い出して似たような境遇が日常劇だっただけに、目の前のカーラに自分を重ねて少し可笑しくなった。


「私もそうでしたが、やはり貴女もそうなりましたか。まったく・・・・父親のそういう悪い所だけは色濃く受け継いだようですね」

「つまり、私は先生の苦労を受け継いだ。そういう事でもありそうですね」

「そうですね。ですが、やはりこうなるだろうを見越して貴女を指名して良かった。今の話で見立ては間違っていなかったと思いました」

「苦労だけで老けてしまいます」

「かも知れませんが、貴女には頭が上がらない。そういう部分でも適任だったのはカーラだけです。ですから、貴女は貴女らしく在れば良いのです」

「ですね。今日も本当であれば陛下自ら此処に来たかったのです。ですが、あれだけサボられましたので。今頃はきっと後悔しながら政務に勤しんでいる筈です」


こういう時に癖なのか不敵な笑みを覗かせる教え子は、それだけで怖さを滲ませられる特技?を備えている。

自分とは異なるが、それでも彼女らしい部分で今の女王を支えている。

そこもまた事実であり、同時にそれはカーラにそれだけの実力が在る証でもある。


教え子の中でも適任な存在はカーラだけだった。

当時はまだ大学の卒業前で、それだけで周囲からは不安の声が多かった。

しかし、それも今では盤石となった。

実力を示した事も当然あるが、女王のそうした一面について手綱を握れるのがカーラだけという事も含まれている。

寧ろ、カーラが居なければ王宮は混乱するだろう。


それくらいフォルスのサボり癖をシルビアが濃く受け継いでいる事は、これも幼い時から指導役に就いていた自分だからこそ十分把握していた。


何故シルビア本人ではなく、カーラがこの件で此処に訪れたのか。

その理由を聞いて納得したスレインは、話が一段落したところで、先ずは自分の傍に置いていた昨日アスランが試作で作った浄水器を持ち上げると、そのままカーラの正面に置くようにテーブルに乗せた。

その後で、今度はアスランに複写を頼んでおいた浄水器の構造や仕組み、カミツレを用いた薬効の解説などが記されたレポートをファイルごとカーラへ手渡した。


スレインから手渡されたファイルを直ぐ開いたカーラは、内容に視線を走らせながらページを捲ってハッとした。


「・・・・手紙を読んでとにかく驚かされました。それとこのレポートは・・・その後でまた実験を行ったらしい記述がありますね」

「そうです。昨日の夕食に使った水を作る際からですが、アスランは色々と考えていたようでした。カミツレについては私も含めて実験に協力しています。それによって今日の朝食の後にですが、浄水器の改良品も作っていました。ですが、先ずはアスランが作った初作品を見せようと用意していました」

「これが・・・・確かに手紙にあった通りの試作品のようですね。なるほど、身近な物を上手く使って作った事も分かります。濾過装置の部分は、恐らくこの下にもう一層作ってある。そして、このプランターも・・・・これをまだ4歳の子供が作った。驚きは勿論ですが怖さも感じました」


昨日アスランが初めて作った浄水器を、カーラはプランター部分を持ち上げながら中を覗いて、濾過装置の部分は直ぐに理解出来た。

程なくお茶を用意したシスターが入って来た所で、二人の前に湯の入ったポットとカップを置いて退室した後、これもアスランの実験の産物だと述べたスレインから、カーラも湯を注がれたカップを手に、そこでまた一瞬ハッとした。


「これは・・・泥臭さが消えているだけでなく、カミツレの香りがします」

「ええ、実はこの湯には生のカミツレの花の部分だけを浸しているのです。香りだけでも気分が落ち着く感じがしませんか」

「はい・・・そうですね。乾燥させたカミツレを使ったハーブティーなら、私も時々飲んでいますが、生花を浸しただけで此処まで香りが溶け込むのですね」

「実は、手紙にも記しましたが・・・これもティアリスという方からの知識だとアスランは言っていました。こうして湯に生花だけを浸して薬効を溶かすのだそうです。その効果は緊張の緩和。まぁ、精神を安定させる鎮静作用のことですね」

「確かに・・・この香りの溶け込んだ湯は、その香りだけで何か落ち着く感じがします」

「ええ、実際に昨夜は私達も眠る前に飲んだのです。その結果、今朝は子供達からいっぱい眠れたという声も聞いています。故郷を追われた夢を、そういった恐怖を昨夜は感じなかった。そう口にする子供も多かったですよ」

「専門的な立証が必要な点はありますが、それでもカミツレの薬効が何かしらの作用を与えた。個人的にですが、私はとても興味を抱きました」


最初に注がれた湯を飲み終えたカーラは、一度ポットの蓋を外して中を覗いて、紅茶を作る際に使うフィルターパックに入ったカミツレの花を直に確認した後、再び自分のカップへ湯を注いだ。

蓋を外しただけで立ち上ったカミツレの香りは、市販されているハーブティーよりも濃く、しかし、それでいて生花特有の柔らかさも感じられた。

ただ、驚くべき事は水の質にあった。


今日の天気からしても間違いなく井戸の水を使っていることは明白で、それはスレイン神父からも確認している。

つまり、独特の泥臭さのある井戸水を使っている割に、このカミツレの香りが溶け込んだ湯からは微塵もそれを感じない。


現在、王宮で使っている導力式の浄水器はその価格の高さもあるが、専用のフィルターを定期的に交換することで、王宮内で使われる水の問題は解決している。

ただし、それは一般の家庭では間違いなく買うことが出来ない程に高価な代物で、維持のために必用なフィルターの代金も合わせればその分更に高価となる。

それが、今こうして口にした手製の浄水器が同等の水質だと感じさせる事に、比較出来るカーラの受けた驚きは非常に大きかった。

まして、この手製の浄水器は誰もが手に入れられる日用品を基に、後は燃料として使った薪が暖炉や窯で炭化した物を使っている。

つまり、コストが極端に低く抑えられた上で、効果は導力式の浄水器にも劣らない。


カップを片手に湯をじっと見つめて、それだけ深く思考に身を置いている教え子を映しながら。

スレインはきっと手製の浄水器のことを考えているのだろう・・・・それくらいは簡単に察しがつく。


「カーラ。実はアスランが最初に作ったこの浄水器ですが、この時点では今ほど臭いが取れた訳ではないのです。もっともこの段階ですら苦にもならないくらいの臭いが取れたことも事実ですが、つまり、今私達が口にした湯は、改良された浄水器によって作られた水を使っているという事です」

「!!・・・・・アスラン君は昨日これを初めて作って、その結果から何かしらの改良を考案している。先ほど先生が話していた改良品・・・・まったく驚かされる限りです。心臓に良くありませんね」


最後の部分は聞いていたスレインも可笑しそうに何度も頷いた。

ただ、こういう驚きは何と言うか胸を躍らされる。

そういう意味でカーラが多少皮肉った表現には、彼女らしい性格が滲んでいた。


「ええ、確かに驚かされました。ですが私はアスランへ、この件ではとても協力したくなったのです。朝食の後で何か考えているようなアスランへ話しかけた時にですが、浄水器の改良品を図面で書かれたノートで見て、個人的に資金を出しています。と言っても窯で中途半端に出来た炭ではなく売っている炭を購入する代金などです。そのくらいにはしっかりした材料で作らせた方が良いと思って提案しました」

「確かに、窯や暖炉ではしっかりした炭は作り難いでしょう。それに、炭を買うと言っても値段的には手に入れやすいものです。導力式の浄水器と比べれば取るに足らない金額と言える程の差があります」

「ええ、ですから理解っていると思います。此処までコストを抑えて作られた成果が如何に驚異なのか。確かにティアリスという精霊の知識は、私達の及ばないという意味で怖さに似た印象もあります。ですが、アスランは書物から得た知識と合わせて応用して形にしています。恐らく、アスランは自分の興味や関心事に対して、特に力を発揮できる子供なのかも知れません」


日頃アスランを見ているスレイン神父にも、アスランがこうした分野で秀逸でありながら、反面で人付き合いなどでは苦手意識を持っている。

ただ、そこには長く仲間外れにされた要素が根深く残っているとも見ていた。

そして、常に独りの時間が多かった中で、文字を学んだ以降は図書室が特に重要な位置にあったはず。

人間関係を育めずに居た時間は確かに今でも苦手意識を残しているが、代わりに身に付いた事が今こうして自分を含めた周りを驚かせるほど芽吹いている。

もう既に単なる才能とか素質ではなく、それもあるかも知れないが、やはりそこには間違いなく積み重ねたものが在った。

そうスレインは受け止めていたのだった。


その後で私室から出たスレインは、カーラを伴って真っ直ぐ孤児院の方へ向かうと、炊事場の勝手口から外へ出た所で、此処でもまた案内されたカーラの瞳が見開いた。


カーラの驚きはスレイン神父にも理解る。

実際、改良品が当初の図案からこのような形になった点では先に驚かされのだから。

つまり、これを見ただけでもカーラはきっと驚くだろうとは予測していたのである。


「先生・・・これは、この大きなプランターがそのまま浄水器なのですか」


外は雨の降る軒下にあって、壁沿いに1m四方の型枠が階段上に四段。

説明してくれるスレイン神父の話で、一番上から三段目までは同じ構造で作られている事をカーラは知った。

一段目から三段目までは底から細かく砕いた炭の層の上に、これも小さくサイコロ状に切ったスポンジと土を混ぜ込んだ土壌を作ってカミツレの花を植えている。


整えられた花壇のようにも映るカミツレの花を見つめながら、しかし、カーラには土壌にスポンジを加えたことの意味も予想が付く。

恐らくは流し込んだ井戸の水が出来るだけ長く滞留できるようにした工夫で、その意図する所は間違いなくカミツレの根の部分が持つ高い解毒作用を活かすためのもの。


自らの説明に深く思案しているのが見て取れる教え子へ、スレインは改良版が最初からこの形になったのではないこと。

この形に仕上がった部分には、そこに市場へ材料を買いに行ったアスランから事情を聞いた大人達が携わっている。

そして、アスランの考えに幾つかのアイデアを大人達がした事で、その大人達まで加わって改良版がこの形になった。


「実はこの型枠もですが、アスランに力を貸してくれた大人達の手で特別に作られたものです。元は廃材を使っているという事で代金は不要とも言われました。それよりも実際に出来上がった水をお昼の前には皆さん持って帰っています。夕方にはまた水を作りに来る筈です」


手伝った大人達は、型枠を作る間にも色々とアイデアを出していた。

一段目から三段目にかけて、それぞれ浄水が流れ落ちる仕組みにも工夫が施された結果。

底の水口に竹編みの板を着脱式で取り付けている。

そうすることで、下の段へ落ちる水が型枠全体に行き渡る工夫を凝らした。


「先生の説明を聞く限り、三段階に渡って井戸の水は浄化された後で、最後に四段目の濾過装置を通って浄水が作られる。仕組みは理解出来ました」


カーラの視線は濾過装置だと見て分かる四段目を映しながら、向けられるスレイン神父の頷きで、そして、これによって作られた水を自分は先ほど口にしている。

成果は申し分ないものだと、自然と大きく頷いていた。


そのカーラも、シルビアの頼みで出来れば浄水器を持ち帰りたい。

スレイン神父は教え子と依頼人の思惑まで把握していた感の表情で、「では、こちらへどうぞ。見せたい物があります」と、再びカーラを伴って倉庫の方へ歩き出した。


「!!・・・これは」と、倉庫に入ったカーラは自身が映した浄水器を前に足が止まった。

そこには軒下で見た物よりもサイズは小さいが、同じ構造の浄水器が映っていた。

そして、今もまだ製作途中なのだろう。

土壌を作るアスランの近くで、こちらはエストが数人の子供達と出来上がったプランターにカミツレの花を植えるなどの作業をしていた。


ふと、視線の合ったエストから「カーラさんが来たという事で、神父様からアスランを手伝って完成させて欲しいと頼まれていたんです」と、会釈を受けたカーラは更に傍へ近付いて作業へ視線を向けた。


「これは、やはり軒下にあった物と同じ物でしょうか」

「ええ、軒下にある浄水器が完成した時に、その時に神父様がもっと小さいサイズで同じ物を用意して欲しいと言ったんです。それでさっき市場から型枠などが届いたので、皆で作っていたんです」

「そうだったのですね。ですが、こうして作業を見ることが出来たことも良い見学になります」

「アスランは一人でやろうとしていたのですが、こういう面白いことは皆でやろうって私がこの子達にも声を掛けたんですよ」


楽しいのが分かるエストの表情の近くで、カーラの方へ振り返った子供達は、けれど直ぐに作業へ夢中になって取り掛かっていた。

そして、カーラが視線を向けた先では、開いたノートとペンを傍にアスランが土壌を作っていた。


一度も振り返ること無く、それくらい集中しているアスランの傍へカーラは腰を低くして覗き込むと、ノートに記された走り書きを映して、今もまだ何かしら改良を考えていることには表情が和らいだ。


恐らく自分なりに気付いたことをこうして書き溜めているのだろう。

それを積み重ねて、そして今に至っている。


「アスラン君。お久しぶりです・・・その、私も作業を手伝っても良いでしょうか」

「・・・・あっ。申し訳ありません。傍に居たことにも気付かなくて・・・・」


やっと気付いてくれたアスランの、何か申し訳ない面持ちにはカーラも首を横に振る。


「スレイン神父がシルビア様へ送った手紙で、それで私が直接確かめに来たのです。先ほどは浄水された水で作られた湯にカミツレの花を浸したお茶を頂きました。とても美味しかったですよ」

「そうだったのですか。此処でもルテニアから来たエルトシャン達が『これなら普通に飲める』って言ってくれたので。あと、神父様からシルビア様にも見せようって言われて今も作っていたのです」

「そうだったのですね。では、私もシルビア様へちゃんと説明出来るように作業を手伝わせて貰えませんか」

「はい。それなら・・・・エスト姉。カーラさんも手伝ってくれるって」


アスランから名を呼ばれたエストがカーラを招いて、そして今から作る三段目の型枠を用意すると、カーラはこの部分の作業を一から携わった。

携わりながら、そこで抱いたことは間違いなく確かな知識を基にしている事実の裏付けが出来た点にあった。


それとは別に春以降のアスランが、これもエストとの定期会談でも聞いている部分。

今は他の子供達とこうして仲良く何かをしている光景は、出来ればシルビアに直接見せたかった。


アスランが仲間外れになった経緯を知っているカーラは、それもあってシルビアが特に時間を作るために政務を頑張っていた姿も憶えている。

逆に、会えなくしたこの一年。

そこにはストレスでサボったり、時には隠れんぼまでしたシルビアも知っているだけに、この成果実績を王宮でも証明した後は・・・・5歳の誕生日を待たずに任命しても構わない。

それによってシルビアが仕事をサボらずに済むのであれば、間違いなくアスランを傍においておくべきだと思考の中に抱いたのだった。


-----


その日の夕方、と言っても雨空では夕焼けも満足には見られないのだが、それとは逆に王宮の炊事場の片隅では、井戸から汲んだ独特の異臭。

もとい泥臭さが強烈に漂う水を、シルビア本人も立ち会った中で、カーラは持ち帰った浄水器を使った実演を自ら執り行っていた。


初め、その場に集まった水道事業に携わる文官達は、カーラが持ち帰ったレポートの内容に懐疑的だった。

当然、それはカーラも理解っている。

理解っている上で、そして、シルビアが実際に立ち会った中で実演したカーラは、先ずは浄水された水と、生の井戸水との明らかな違いを全員に確認して貰った。


シルビアは一番最初に自ら確認した後で、『これは・・・・レポートの内容を一つ。臭いについて事実だと認められるでしょう』と、傍で聞いていたカーラは内心、態とらしく誇張したという感じで抱きながら、ただし、成果それ自体は真っ当な評価だと受け止めている。


シルビアに続いて直に臭いを確かめた文官達の反応も頗る良かった。

これだけで臭いを殆ど取り除いた成果は、そこから加熱殺菌を経て、出来上がった湯を全員で口にしている。

その結果、この手製の浄水器は紛れも無く確かな効果を有している。

全員一致でこの結論を得た後で、文官達から一体何者がこれを作ったのか・・・・・


カーラはこれが『聖賢宰相スレイン』の営む孤児院で暮らす孤児の一人が作った実績だと述べた。

その男の子は来月に5歳を迎える幼子でありながら、ただし、既に初等科を卒業できる程度の知識すらも修めている。

なにより、かの聖賢宰相が今は司祭として営む教会で、そこの図書室にある専門書ですら内容を理解出来る事を今回は証明してみせた。


ただの孤児だと言えば、それで再び懐疑的にすらなっただろう。

この辺りはカーラの独断で聖賢宰相の名を使ったことが、逆にスレインを知っている此処の者達には、それだけで説得力も信憑性も抱かせた。

そう・・・・今のシャルフィの国政に携わる者達にとって、引退したとはいえスレインの実績と存在は息衝いている。


カーラはアスランという男の子が、そこで培った知識を基にスレインですら驚くことを今回はしている。

そして、此処での発表の前には、スレイン神父が自ら実験に協力もしている。

故に、そのスレイン神父からシルビア様へ届けられた報せを、これを自分が確認しに赴いた。

そこから此処に持ち帰った成果は、これを今この場で皆が確認している。


カーラの瞳には、結果はともかくまだ5歳になっていない子供の実績という部分で、これも予測通りの反応を示す者達が何人もいる。

それはこの際、致し方ない部分も抱いていた。

なにせ、自分とて最初は信じられなかったのだ。

あれは実際に見た者でなければ納得出来ない。

それくらいアスランは規格外の存在だという事実を、この場ではシルビアの他に自分だけが理解っている。

それもまた当然だと受け止めていた。


もっとも、スレイン神父の存在感から俄には信じ難くとも、それでも結果は本物で、故にかの聖賢宰相ならば逸材を育てられる・・・・・

そう思い込んだ者もまた何人も居た。


ただ、シルビアは皆で確認したこの結果を以て、その場でアスランを幼年騎士に任命する意向を明確に示した。


「年齢的には幼いことも事実です。孤児であれば当然、騎士の作法も知りません。剣術も同様です。ですが、知識は既に初等科を卒業できるレベルです。でなければ、このような浄水器は作れません。しかも、私達の常識を全てではありませんが覆す成果も見せて貰いました。剣術も作法もですが、見方を変えれば5歳になっていない今の段階から身に付けさせられる事でもあります。よって、シャルフィ女王の名の下に、私はアスランを幼年騎士に任命します」


この任命宣言から数時間と経たない間に、王宮はそれをひっくり返したかのような大騒ぎと噂とでごった返す状態となった。

孤児を幼年騎士にする女王の意向について、実験に立ち会った文官達に異存はなく、それらと親交のある一部の理解ある騎士達からも異存はなかった。

特に、間もなく5歳になるのであれば、実際に子を持つ騎士達からも作法や剣術は今からで十分間に合うとの声が幾つも上がった。


一方で、貴族や名門と泊の付く騎士達からは、出自が孤児という部分で露骨な反発の声も上がっている。

現在の制度では身分も出自も関係なく実力さえあれば問題ない部分も、しかし、これだけは譲れないと言った反対の声が既にシルビアへ直訴する形で幾つか届けられた。


ただし、これらの反対の声は、前国王の時代から今も騎士団長としてその職に就くグラディエスが、『幼年騎士は陛下が素質ありと認められた者。我らが口を挟むべき事ではない』との姿勢を示したことで、王宮内には賛成派、反対派と別の中間派が出来上がった。


そして、この中間派には賛成とまでは言わないが、陛下が決められたことなら異存もない。

当然、不興を買ってまで反対する理由はないという者達がかなり集まっていた。


それでも、孤児院にいるアスランの知らない所で、アスランの将来を左右する決定だけは既に下されたのである。


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