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第35話 ◆・・・ 負の連鎖 ・・・◆

33話、34話に続き、今回も暴力的な表現が含まれています。




最初に駆け付けた3人のシスターの中にはアンジェリークの姿もあった。

先に血塗れで逃げて来た女の子を見ていた事もあり、事態が非常に悪いことを察して駆け付けた3人だったが、大部屋へ踏み込んだ所で、そこに映った凄惨な光景は予想を軽く超えた衝撃を心身に叩き付けた。

それ程酷い有様を映した3人は、足が止まっただけでなく一時声まで失った。

受けたショックで表情も歪む3人だったが、そこかしこから響く痛みを口にする泣き叫ぶ声は、それまで僅かの時間でも我を忘れて立ち竦んでしまった心を奮い立たせた。


僅かの間を置いて、そこからシスターの一人は一番近くで泣いている子供を保護するために走り出すと、それとは別のシスターも反対の方向に映った負傷して泣いている子供の所へ同じ様に駆け出した。

そして、アンジェリークもほぼ同時に走りだす。

掃除道具を武器にして喧嘩をしている集団の奥に、一番遠い反対側の壁を背にして逃げ遅れている女の子達を映したアンジェリークは、ただ突き動かされるように走っていた。


シスター達が此処へ来て直ぐに映した光景は、ミーティングで何度も警戒が必用だと認識を共有した『問題児グループ』が、理由はともかく敵対して、そして掃除道具を武器に激しく喧嘩をしている状況だった。

床に散らかっている玩具の積み木ブロックにも血液が付着していたことで、同時にこれも武器に使われたくらいは察することが出来た。

喧嘩の当事者達の大半は一箇所に固まる形で激しく互いを傷付け合っている状況で、それとは別に無関係な女の子や小さな子供達を追い回して叩いている子供が何人もいる。

一度だけ視線を流して難を逃れた子供もかなり居るくらいは察しても、ただ、その後はどう見ても当事者達より巻き込まれた子供達の方が、明らかに傷付いて泣いている様にしか映らなかった。


3人が騒動の収拾よりも先に救助に動いた理由。

巻き込まれて負傷した小さな子供や女の子達が泣き叫んでいた事は勿論ある。

だが、その中でも特に際立って負傷している子供が二人いて、どちらも意識が無いのかぐったりしている。

一人は壁を背もたれに座り込んで、けれど、鼻の骨が折れた顔は出血と合わせて重傷だと直ぐ分かった。

もう一人は床にうつ伏せに倒れた姿勢で、頭部を負傷したのか大きな血溜まりが広がっていて、今直ぐ処置を施さねば死に至ると容易に察しが付いた。

それ故、取り残された被害者の保護と、そして重傷者の救助を再優先に、騒動の鎮圧は他のシスター達が駆け付けてからという流れで動き出した。


既に割れた窓のガラスの破片が散乱したその近くで、今も座り込んで泣き叫んでいる。

ガラスの破片で負傷したのか、血を流す子供が痛みを訴えて泣く声は、他で幾つも上がっている泣き声と合わさると、大部屋を悲痛で満たしていた。

そうした泣き声が満たした大部屋は今、喧嘩の当事者達の互いを憎む叫び声も『ぶっ殺す』『死ね』等と、それはもう異常でしかなかった。


先に駆け付けた3人のシスターは、元々午後のこの時間は大部屋で子供達を見ている担当だった。

最初は3人とも大部屋に居たし、その時には監視ではなく小さな子供達の遊び相手などをしながら、ただし警戒感も残していた。

途中、交代で小休憩を取っている際に、アンジェリークが炊事場で何事かをしていた男の子を映した事がきっかけで、大部屋に居たはずのシスター達は最初、何かしらの悪戯という懸念で炊事場の出入り口に集まった。

そして、大部屋をいつまでも離れる訳にはいかない事情と合わせて、それでアンジェリークが男の子へ何をしているのかを先ずは尋ねた。


アンジェリークは男の子の名前を覚えていなかったが、反対に男の子は自分を知っていることと、そして浄水器を作った等と口にしたことで、アンジェリークは他の2人と対応を協議した。

午前中の事もあって、その時の反省から先ずはもう少し詳細な確認が必用だとの認識で一致した後、既に男の子が窯の火を起こして水の入った鍋を沸かし始めた事で、アンジェリークだけがエストとスレイン神父の所へ向かった。


3人は喧嘩のような事件ではなくとも、子供が一人で火を扱っている以上、これも目を離すことは出来ない。

アンジェリークは特に、直に言葉を交わした感じで悪意の印象を微塵も感じなかった事を口にすると、別のシスターからは男の子が確かエストの手伝いで事務室に入っているのを見た事がある証言が出た。

そこで3人はエストとスレイン神父の意見も聞いて判断しようと一致すると、大部屋の事もあるため、急ぎアンジェリークを行かせたのである。

そして、エストかスレイン神父が来るまで、残った二人は監視ではなく見ているだけの距離感で窯の火を調節している男の子を見つめていたのだった。


その直後、教室でカールやシャナ達に今日も文字の読み書きなどを教えていたエストは、ノックの後で中に入って来たアンジェリークから炊事場で男の子が浄水器を作った話と、しかも今は窯の火を起こして水の入った鍋を沸かしている事を聞いて、ただ、報せたアンジェリークから対応の仕方に迷っている相談には理解を示した。


エストはアンジェリークが彼女なりに過ちを繰り返さないように考えていることを感じ取ると、その気持ちには喜んで協力しようと思えた事もある。

ただ、同時に耳にした話の内容は間違いなくアスランだと、表情には出さず内心で大きなため息を吐きながら呆れてしまった。


アンジェリークがこの事をスレイン神父にも報せるため先に出て行った後で、話題の男の子が既に誰なのかを特定したエストは、勉強している子供達に『少し様子を見て来ますので、皆はしっかり勉強を続けるように。直ぐ戻って来ます』と、素直に頷く子供達に見送られながら教室を後にした。

そこから炊事場へ足を入れたエストは予想通りアスランを映すと、簡単に事情を聞いた後で、火を取り扱う作業そのものを此処で代わっている。


同じ頃、教会の私室で仕事をしていたスレインは、ノックの後で入室して来たアンジェリークから事の次第を聞いた後で、対応についての相談の部分には先に聞いているエストに任せて問題無いだろうと抱いた。

スレインも話題の男の子がアスランだと直ぐに察した後、エストが既に動いているなら大丈夫だろうと抱きつつ、それとは別に図書室の本から得た知識で浄水器を作った部分には関心が芽生えた。

アンジェリークが疑問形で話した内容は、ただ、アスランがずっと図書室で本を熟読する姿を見知っているスレインにも直に見てみたい気持ちを抱かせると、そのまま炊事場へ足を運ばせている。


そうして、炊事場にはアスランとスレイン神父の他、エストとアンジェリークを含む昼のシフトで働くシスターが4人集まった。

また、夜勤の後から少し前まで休んでいたシスターのナダルが起き掛けのコーヒーを飲もうとやって来たことで、シスターは5人になっている。

昼勤めの他のシスター達が今は食事の材料を用意するために市場に赴いている事と、ナダル以外の夜勤のシスターが未だ休んでいる事実とを合わせれば、子供達を見る大人が炊事場に全員集まったのはこの時だった。


二階で喧嘩が起きたのはこの少し後で、それも間もなく場所を一階の大部屋へ移すと、瞬く間に流血の惨事へ発展した。

この時に最初に大部屋へ向かって走り出したアンジェリーク達3人は、一様に自分達が受け持ちの仕事を怠ったから事件が起きたと抱いた。

事実、少し前までは大部屋でずっと見ていた仕事を、その少しの時間、目を離してしまったことで起きた騒動に強い自責の念に囚われながら走った。


午後の仕事へ就く前、アンジェリーク達3人は午前の事件のことで、スレイン神父から特に目を離さないよう言われていた。

監視ではなく、小さな子供達の中に身を置いて、例えば遊び相手をしながら意識だけは持っておくように。

そういう言葉で指示を受けていたにも関わらず、少しの時間でも目を離してしまった事を悔やんだ。


そして今、他の2人のシスターがそれぞれ逃げ遅れた子供達を救出保護している最中で、アンジェリークの瞳は壁を背中に年長の女の子が小さな子供を守ろうとしている姿を捉えていた。

年長の女の子のことはアンジェリークも憶えている。

否、絶対に忘れてはいけない女の子だった。

午前の事件の後で、エストを仲介に頼んで謝罪はしたし、その時には女の子から赦しの言葉も貰っている。

けれど、胸の奥では未だ償い切れた感はこれっぽっちも無かった。

その事について、エストは今後の行いが全てだと助言してくれた。


今、目の前でその女の子が暴力の標的にされた事に、襲い掛かったモップは次の瞬間・・・・・


騒動が始まって直ぐ、教室に居た子供達のうちで最初に廊下に出て喧嘩が起きたことを知ったカールとシャナは、此方に逃げて来た子供達に教室の中へ避難するように声を掛けた。

そして、廊下の途中で転んだ小さな女の子を助けるため、カールとシャナは真っ先に走った。

後から何人か続いたが、先ずは転んだ女の子を助けた所で、その時になってシャナの瞳は大部屋の隅の方で逃げ遅れて泣いている年下の女の子を映した。

直後、シャナは先に助けた女の子をカール達に預けるようにして、自らは激しい喧嘩起きている大部屋の中へ飛び込んだ。


喧嘩をしている集団を回避するようにして、シャナは逃げ遅れた女の子の所には辿り着いたが、そこから教室の方へ避難することが出来なくなった後、喧嘩をしている子供たちと距離を取るように壁沿いに動いた所で、その時に見境なしに暴れているゴードン達のグループに見つかった。


襲い掛かるモップを映したシャナの瞳は、しかし、この時のシャナには守らなければならない存在があった。

アスランのように自分は強くない。

だけど、私を助けてくれたアスランなら見捨てない。

だから、私も今度は・・・・・


シャナは自分よりも小さな女の子を守るように抱きながら、そして迫り来る脅威に背中を盾にして瞳を閉じた。

そして、自分よりも大きな人にぎゅっと抱きしめられる感触で恐る恐る目を開けたシャナは、その時に映ったアンジェリークの優しい表情が、それだけで何かいっぱいに安心出来る心地を抱いた。


耳に入るモップで叩く音にも、シャナが映したアンジェリークの表情はずっと優しい感じのままで『もう大丈夫ですよ。痛い所はありませんか・・・』と、その声はもっとずっと優しかった。


アンジェリークは間一髪間に合った事だけで、そして、今は自身の腕の中に抱いている。

シャナともう一人の女の子の無事を確認したアンジェリークには、今も背中を襲う痛みは全く苦にならなかった。

目の前に映る、何とか守れた子供達が灯した安堵の面持ちの方が遥かに勝っていた。

途端に今度は安心してか、それで泣き出しそうになったシャナを瞳に映して、アンジェリークにはそれが何かとても大切な愛しいものに感じられた。


「大丈夫。今度はお姉さんが、シャナさん達を必ず守ります。だから、良く頑張りましたね」


この瞬間ですら背中を襲う痛みは繰り返し執拗に続けられていた。

それはモップと箒だけでなく、投げ付けられた積み木のブロックもそうだったが、そのどれもが今のアンジェリークに苦痛を抱かせることはなかった。

アンジェリークにとって、シャナともう一人の子供が傷付くことの方が遥かに痛む。

寧ろ、今こうして守れているのだと思うだけで、どこか救われた感すらあった。


バシッ!!

バシッ!!


何度も叩かれた背中が訴える悲鳴は苦にもならない。

しかし、襲う側のゴードンが発した言葉は、シャナ達を守る事では満たされたアンジェリークに、今度は自らの不徳と罪の重さを改めて突き刺した。


・・・・俺たちを汚いゴミみたいに見やがって・・・・

・・・・父ちゃんを畜生とか言いやがって・・・・

・・・・絶対許さないからな!!・・・・

・・・・お前なんか、お前なんか!!・・・・


問題児だから監視して来た。

事実、監視するだけの理由もあった。

ただ、そこに取り返しの付かない行き過ぎがあった。


ゴードンと仲間のグループを此処まで追い込んだのは間違いなく自分だと、アンジェリークはその事に胸が痛かった。

自責の念は、今こうして守っているシャナ達も、自分が行き過ぎた行為をしなければ最初からこのような目に遭うことは無かった。

自分は修道女として、その本質を何一つ・・・・・・!!


ガッシャーン!!


自責の念ばかりを強めていたアンジェリークの、その後頭部を不意に襲った強い激痛が思考も意識も一瞬にして遠のかせた。

頭から被った水が皮膚を伝って流れるような感触に、けれど、それが水でないことは揺らいだ視界にもはっきり映っていた。

シャナの顔に幾つも落ちた赤黒い雫は、それだけで自分が酷く出血している事を痛みとともに理解らせた。


・・・・ああ、でも・・・大丈夫ですよ・・・・だから・・シャナさん・・・・もう・・・泣か・・・ないで・・・く・・だ・・・・・・・


霞がかった視界にぼんやり映るシャナが何か言っている。

けど、その声が聞こえない。

直後、アンジェリークの視界は真っ暗になった。


一際響いたこの音によって、それまで騒々しいほど荒れた空気が一瞬にして静かになった。

その瞬間まで、剥き出しの怒りと憎しみを全部、エルトシャンも今はその手に奪ったモップを掴んで、無関係な子供達を襲ったバスキーに叩き付けていた。


バスキーの方もモップを掴んで此処までは凌いでいた。

けれど、表情は怯えきっているのが見て分かる程に明らかで、完全に逃げ腰になっていた。

エルトシャンは無関係な子供達も、そして仲間を傷付けられた怒りも全部、傷付けた側のリーダーであるバスキーとゴードンに向けて『貴様等は絶対に殺す!!』それくらい明確な程に激しく燃えた怒りの感情は、無意識の内に殺意へと移り変わっていた。


事の最初、エルトシャンの思考は、理由はどうあれ無関係な子供達を多数巻き込んで怪我までさせた。

既に死に掛けている仲間のこともある。

だから、一刻も早く終わらせて医者に見せないといけない。


その想いは、けれど自分めがけて投げ付けられた小さな花瓶を反射的に避けた結果、そのせいで小さな女の子を一人血塗れにしてしまった。

刹那、エルトシャンを襲った後悔の感情は、しかし、子分を庇うゴードンの暴言で噴出した激しい怒りがコインを裏返した様に明確な殺意へと至らせた。


『俺様に逆らうからこうなるんだ!お前が避けたから怪我をしたんだからな!俺様達は悪く無い!』


この身勝手極まりない暴言に、エルトシャンは理性を棄てた獣と化した。

そして、猛々しい獣になったエルトシャンは、モップを執拗に叩きつけるゴードンに初めて恐怖を抱かせた。


それまで、ゴードンは生まれてこの方ずっと一方的に勝ってきた経験しか無かった。

歳の割に大きい身体は、その腕力と合わせて同じ子供の中では負け知らず。

周りも短気で怒りっぽい性格のゴードンが相手だと、初めから降参してしまうのが当然で、故にゴードンは此処に来るまで歯向かう相手を知らずに居た。


それが此処に来て完全にキレたエルトシャンに掴み掛かられたゴードンは、自分が叩き付けたモップを掻い潜って懐に飛び込んだエルトシャンから股間に膝蹴りを食らって悶絶してしまった。

そのままモップを奪われたゴードンは、今度は仕返しだと言わんばかりのエルトシャンから滅多打ちにされると、初めて抱いた恐怖は顔中血塗れになって逃げ出していた。


この時、バスキーがエルトシャンを背後から襲ったりしなければ、バスキーもあんな怖い思いをしなくて済んだかも知れない。

同時にゴードンは、死ぬまで滅多打ちにされていただろう。


エルトシャンは逃げるゴードンを追いかけようとして、そこで背中からバスキーの叩き付けたモップに襲われると、此処でも怒り狂った獣同然に牙を向いた。

自らも赤黒く染まったモップを叩き付け、取っ組み合えば首と肩の辺りに噛み付いて皮膚を食い千切った。

恐ろしい獣を相手にしたような錯覚に陥ったバスキーは、痛み以上の怖さに駆られると、後は怒りを叩き付けるエルトシャンから身を守るので精一杯。

襲うんじゃ無かったと後悔しながら。

ただ死にたくないと、強く抱いた生存本能だけで必死に身を守っていた。


ゴードンはエルトシャンが標的をバスキーにしたことで距離をとった後、仲間達がモップでシスターを背中から叩いている光景に視線が留まった。

その瞬間、一度は恐怖を抱いた心が昨夜の光景を蘇らせると、途端に憎悪の感情だけを噴出させていっぱいに満たした。

憎悪が心を再び満たしきった直後、ゴードンの瞳は視界に映った大きな花瓶を捉えた所で、不敵なほど不気味な笑みを浮かばせた。

そして、大きな花瓶を両手に掴んだ後は背後から憎しみを叫びつつ、その復讐とも報復とも呼べる憎悪の感情だけを全部叩きつけるが如く襲い掛かった。


シスターを背後から襲った後、砕けた花瓶と倒れたシスターを映したゴードンは、満たされた達成感で歓喜の声を叫んでいた。


「俺様にあんな事をした罰だ!!いいか。俺様が一番だ!!」


周りにとって、この時のゴードンの叫び声は狂気にしか感じられなかった。

僅かな罪悪感も感じさせない。

自分が何をしでかしたのかも理解っていない。

そう映ったからこそ、反対にエルトシャン等は完全に正気を取り戻したのである。


花瓶が割れる音で動きの止まったエルトシャン達の瞳は、そのまま揃ったような視線の動きは崩れ落ちるシスターだけを追いかけた。

そこへ響いたゴードンの声が、その罪悪感を微塵にも抱えていない声に。

皮肉にもゴードンを除く喧嘩の当事者達は、一様に取り返しの付かない事をしてしまった罪悪感で心身を震わされた。


バスキーには、ゴードンが異常だとしか見えなかった。

エルトシャンは全部が手遅れだと背筋が冷たくなった。

ゴードンと同じ町から来た仲間達ですら、呆然と動けなくなったその先で、糸の切れた人形のように崩れ落ちたアンジェリークがぐったりしている。

その顔の周囲は、赤黒い血溜まりが今なお徐々に広がっていた。


此処まで当事者達は、確かに相容れない事情によって諍いを繰り返してきた。

今回の大喧嘩で、当事者達はただ相手を倒すことに血を流すくらい熱狂した。

そこにはお互いそれだけ抱えた負の感情があったし、それぞれに大義名分もあった。

だが、この瞬間。

ゴードンのしでかした行動がもたらした結末を瞳に映して、熱狂していた感情が一気に冷めた。

冷めたことでそれまで麻痺していた傷の痛みが鋭敏に訴えた。

ただ、それ以上に当事者達の瞳が映した惨状は、心に強い後悔の念を噴出させていた。

口では『死ね』とか『ぶっ殺す』等と叫びながら、それでも殆どの当事者達は相手を倒すことに熱中して、殺そうとまでは抱いていなかった。

自分達の強さを誇示することで、相手を屈服させようとしか考えて来なかった。


その中にあってエルトシャンの思考は最初、仲間を守るという強い防衛意識が働いていたにも関わらず、ゴードンの愚行によって殺意に駆られた猛獣と化した。

同時に、この時の殺意に染まったエルトシャンから向けられた激情は、主犯格二人を共に自分が殺されるかも知れない恐怖の底に突き落としている。

そして、殺意の獣と化したエルトシャンもまた、ゴードンが犯した取り返しの付かない過ちが与えたショックによって理性を取り戻すに至った。

しかも、この時の花瓶が割れる程の強さで殴られたシスターが倒れた光景は、瞳に映したエルトシャンに理性を取り戻させただけでなく、罪悪感だけで身動き一つ出来ない程の強いショックを与えた。


ゴードンを除く罪悪感を抱いた当事者達にとって、大きな花瓶を叩き付けられた後、僅かの間を置いて崩れるように倒れたまま動かなくなったシスターの姿は、今なお広がる血溜まりを映して一様に死を連想させるのに十分過ぎた。


そこにはもう一人、微動だにしないシスターの傍で、そのシスターが流した血によって顔も手も赤く濡らしたシャナが大声で泣いていた。


・・・・アンジェリークお姉ちゃん!!死んじゃ嫌ぁぁあああ!!・・・・


その悲鳴のような泣き声は、ゴードン以外の当事者達に、再び一様にやってはならない事をしてしまった事実だけを突き刺した。


-----


スレイン神父とエストが広間に駆け付けた時、二人が映したのはシスターの背後からゴードンが、それもかなり近い距離から大きな花瓶を叩き付けた光景だった。

正面奥で花瓶を両手で掲げたゴードンの背中と、その向こう側で子供を守るように抱きしめているシスターの後ろ姿が映った直後に襲われた。


二人にもまた、止めることも声を掛ける時間すら刹那程にも存在しなかった。


一瞬、時間がゆるやかに感じられたのは、襲われたシスターのよろめいた動きがそう感じさせただけで、後は糸が切れた人形のように肢体が横倒れ崩れ落ちた。

直後、泣き叫ぶシャナの声で、スレイン神父とエストはそのシスターがアンジェリークだと知った。


午前中にも騒動が起きた。

まさか、そこから同日の内に流血の惨事に至るなど。

スレイン神父もエストにも、こんな惨事は予想すら出来ていなかった。


数時間前・・・・・

昼食の後で、エストは教会にあるスレイン神父の部屋を尋ねていた。

出来るだけ早く相談したい事がある。

周りが昼食の後の片付けで動いている間、その時にエストから小声で申し込まれたスレイン神父は、エストの真剣な表情を前に、自身の胸の内の事もあって教会にある私室へ場所を移した。

そこでエストは、午前の事件の後で子供達から聞いた話をもとに、自分達が事実を幾つも誤認している可能性について言及した。


問題児グループについて、実は大きな見落としをしている。

カールやシャナ達からの話では、エルトシャンとその仲間達は何一つ悪い事をして来なかった。

逆に、子供達同士でルテニアから此処へ避難して孤立感を抱く子供達の面倒を見ていた。

シャナはその時に、エルトシャンから女の子同士でないと出来ない気遣いもあるだろうから協力して欲しいと頼まれた。

その事をカール達も聞いているし、そして皆で協力しようという雰囲気になった。

しかし、その雰囲気を壊したのがゴードンとその仲間達で、私達大人側はその部分を誤解して、そしてエルトシャン達まで一括りに問題児グループへ仕立て上げてしまった。

結果、今日の午前中は乱闘事件になった。


『神父様。確かに子供達にも問題を起こした事実はあります。ですが、私達もまた罪を犯したと思うのです。無実の罪で・・・・もっと早くに詳細な聞き取りをするべきだったんです』


スレイン神父は、この時のエストの言葉に頷いている。

その通りだと先ずは自らの考えを述べた後で、ミーティングの時間で再度ここまでの事実の整理を行う事を告げた。

その時には子供達を全員参加させて、一つ一つ確認しよう。

何が食い違って、何が誤解へと至ったのか。

罰するために行うのではなく、全ての誤解を解くことでしか今回の問題は解決しない。


認識が一致した後でエストは勉強会の最初、この段階でカールやシャナ達へ夕方の礼拝の時間。

この時間を今日は早めて、その時に大人も子供も全員参加した事実確認の会議を行う事を告げていた。

勿論、その時には大人達が子供達をどのように誤解してしまったのか。

実際に問題を起こした子供が誰と誰なのかを、既に起きた問題を一つずつ明るみにする事で、此処で大人達がどう誤解してしまったのかを明らかにする。

ただ、これは罰を与える為のものではなく、皆がこれから良い関係を築くために欠かせない事で、そして今の悪い雰囲気も良い雰囲気へ変えたい目的で行う。


エストは子供達へ出来る限り分かりやすく噛み砕きながら要旨を説明した後で、最後に深く頭を下げた。


「私は午前中に起きた誤解が原因の事件を、そんな事を二度と起こしたくありません。そのために皆の力を貸してください。どうかよろしくお願いします」


深く頭を下げて頼んだエストに、カールもシャナも真っ先に協力する返事を返すと、それは同じグループの他の子供達からも次々と協力する声が紡がれた。

そして、実はこの時にカールとシャナは一度教室を出て大部屋に居たエルトシャンへ自分達が聞いた話を伝えている。


二人から今日の夕方の礼拝の時間が早くなることと、その時に誤解を解くための話し合いを全員参加ですることを聞いたエルトシャンは、だから夕方まで大人しくしていて欲しいとも頼まれて、それには了解の返事をしていた。

エルトシャンはカールとシャナの二人から、『自分達が必ずエルトシャン達が無実だと伝える』言葉を聞いて、次いでそれまではもう喧嘩などはしないで欲しい。

切実に頼まれたからこそ、エルトシャンは報せてくれたカールとシャナに大人しく夕方まで待つ事を約束していた。


エストは教室に戻ってきたカールとシャナからその事を聞いて、二人に任せて良かったと抱いていた。

本当は自分が足を運んで伝えても良かった。

それをしなかったのは、エルトシャンは理解してくれるだろうと抱きつつ、しかし他の子供達は近付いただけで警戒されるかもしれない不安があった。

午前のような事件になりそうな可能性は一つでも減らしておきたい。


そう思案したエストは、故に此処は伝言役をカールとシャナの二人に任せたのである。

だが、夕方の礼拝の時間を待たずして起きた騒動は、駆け付けたエストへ特に手遅れだった自責感を背負わせた。

そして、大部屋へ踏み込んだ直後に映した光景は、エストだけでなくスレイン神父にも単に手遅れだっただけでなく膨らませた憎悪の感情が暴発した惨事だと明確に突き付けたのである。


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