第31話 ◆・・・ 剣神の指導 ・・・◆
「脚が疲れたからと言って、上体だけで剣を使うからこうなるのです」
叱り口調だけで怒っているくらいは感じられる。
それに引き換え、こっちは叱られるのも当然な有様。
太腿を襲う強い張りは、僅かに動かしただけでも激痛を訴えた。
膝頭の筋肉は酷い重さを感じさせると、普通に歩くことすら今直ぐは出来ない状態。
脹脛が痙攣を起こした事すら初めてな体験は、そのまま続行した結果。
脹脛の内側にある筋が激痛を走らせて、それは足首を動かす事も困難にした。
下半身に起きたこれら全部が、アスランには初めての体験だった。
「アスラン。貴方は私に同じことを何度も言わせ、そして同じ死に方だけを積み重ねています。私の動きだけでなく、仕掛けに翻弄された挙句。それによってアスランは無駄に消耗し過ぎです」
ゼェ・・ゼェ・・・ハァ・・・ハァ・・・
「今日、これでアスランは私に148回連続で殺されたのです。いいですか。敵は弱点だと分かれば当然そこを狙ってきます。同様にアスランも相手の弱点を戦いながら見つけねばなりません」
ハァ・・・ハァ・・・ゼェ・・ゼェ・・・・・
「アスランの弱点は剣の技量以前に、体力の無さにあります。確かに良い素振りは見ました。まだ4歳の身であれだけの素振りを連続で300回出来るのは素晴らしいと私も認めています。ですが、それを活かしきるだけの体力が決定的に欠けているのです。どれほど良い太刀筋でも、息が上がれば乱れます。そして、アスランの下半身はまだ脆弱です。先ほどの休息からまだ4、5時間ぶっ通しで剣を合わせた程度。その程度で音を上げられては困ります」
ゼェ・・・ハァ・・・・そ・・・そんなに・・・時間経っていたんだ・・・・
ティルフィングから真剣でバッサリ斬られた瞬間は、確かに死んだと悟った。
そして、これもティルフィングの言葉通りなら。
自分は148回連続で斬り殺されたという意味にもなる。
こんな事になるなど予想すらしなかった初めての稽古。
今以って、現在進行形の只中。
これだけ死ぬかもしれないと斬られたにも関わらず、挫折のようなショックは微塵もなかった。
否、表現を正確にするのなら。
ティルフィングの指導に際して、受けるアスランは挫折を感じる時間すら与えられなかったのである。
最初の稽古は、自分の想像を絶した体験のオンパレードだった。
ティルフィングからは此処までにも、何度か死んだ回数を告げられた。
ただ、アスランはその事を、途中から数えるのが無意味だと悟っていた。
真剣を使ったティルフィングの剣閃を前にして、肉も骨もお構い無しに斬られる体験は、同時に死んでいた筈の回数と直結している。
アスランはこれも深くは考えていないのだが。
恐らく、瀕死から死に至る数秒間。
この僅かな時間で、絶命を回避したから今がある。
斬られた後で、目が覚めると今回も金色に光る粒子が渦を巻くように自分を包み込んでる。
そこで内側に居る自分は、受けた傷が凄い速さで癒えていく所を見て来た。
だから。
癒しのアーツを使うエレンには、その声は別にして、命を助けて貰った事だけは感謝した。
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時間はティルフィングと直接の顔を合わせた所まで遡る。
日差しの暖かさが丁度良い晴れの午後。
時計の針は、まだ3時半を過ぎたくらい。
アスランは、エレンに教えて貰ったばかりの召喚魔法を使うと、そして、ティルフィングと出会った。
会話の中で、ティルフィングから剣の力量を見たい。
そこでアスランは、先ずはいつもと同じ素振りを見せた。
ティルフィングは、素振りを繰り返すアスランを、何か確かめるような眼差しでじっと見つめていた。
けれど、しばらく見た所で『なるほど、分かりました。ではマイロード。早速今から剣を合わせてみましょう』と、此処で何処から取り出したのか。
アスランは、自分と同じ木剣を握って構えたティルフィングに驚かされた。
そこから、どれくらいの時間が経ったのか。
疲労を回復させるために何度眠っただろう。
なのに・・・・・
何故・・・・・
時間は1秒も進まないのだろうか・・・・・
『マイロードを鍛える間。その間はマイロードを我らの理へ招いております。故にマイロードの世界とは完全に切り離されている。そう解釈して頂いて構いません』
この時のアスランは、ティルフィングへ何度か疑問を尋ねている。
そして、今は聖殿に居た時と同じだということを理解った。
他にも、ティルフィングにはエレンの声が聞こえない。
視認も出来ない事を聞いている。
けれど、気配というもので『そこに居るくらい』を分かるとも聞いた。
自分が今こうしてティルフィングから指導を受けている場所。
実は、それすらもティルフィングが造った世界と呼べるところ。
気兼ねなく?
遠慮無しに?
『思う存分、強くなって下さい』
アスランは、招いた側のティルフィングからそう言われた。
ティルフィングから打ち込み稽古と聞いた修行。
最初はどちらも木剣を使った。
アスランはそこで、シルビアから習って以降は一人でしていた剣術を使った。
だが、敢え無く叩きのめされた。
と言うか。
瞬殺だった。
たった一度の打ち込み稽古は、そこでアスランは傷を負った。
まぁ、打ち身とか打撲の最も酷い程度。
あと、ティルフィングの顔が真っ蒼になっていた。
だけど、その時にはエレンが、まぁ、相変わらずの口調で傷を治してくれた。
『痛いの痛いの飛んで行けぇ♪エィッ』
これで僕の負傷は全快。
・・・・・うん。
そういう感じ・・・・・だったね。
真っ蒼になったティルフィングは、全快した僕を見つめながら固まっていた。
開いた口が塞がらない・・・・そういう表情だった。
ティルフィングは、でも、そこから早口で色んな事を聞かれたんだよね。
それで、僕も質問のいくつかは、エレンに出来る?って尋ねたんだ。
エレンは相変わらずだったけど。
ティルフィングの方は何か納得出来た。
そういう感じだった。
稽古はまた直ぐに始まった。
そして、ここからの稽古で、ティルフィングは真剣を鞘から抜いた。
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それから既に148回・・・・アスランは殺されている。
実際、当のアスランも、エレンが居なかったら死んでいるくらい分かりきっている。
事の発端。
アスランはティルフィングへ。
騎士王の剣術を習いたいと頼んだ。
アスランの望みは、そして、ティルフィングも頷いた。
その後でティルフィングからは『素振りを見たい』と、現在の状況は此処から始まった。
ティルフィングは、アスランへ。
最初から『自分の指導は厳しい』と繰り返し告げた。
一方で、告げられたアスランは、5歳の誕生日までに到達したい明確な目標がある。
しかし、今日までの修行の中で、時間的に間に合わない焦りを抱いていた。
シルビアが課した課題だけでなく。
そこに何かを足さなければ。
自分は騎士になれない・・・・・
孤児という立ち位置が抱かせた不安でもあるそれは、結果的にアスランへ。
分不相応な重圧だけを乗せてしまった。
・・・・ティルフィングさん。僕は今直ぐにでも強くなりたいんです。だから、どんなに厳しくても構いません。僕に騎士王の剣術を教えて下さい・・・・
最初の打ち込み稽古の後。
この時のアスランの瞳を映したティルフィングは、何か焦りを抱いている。
まだ4歳という幼さを考えても、やはり、不相応な何かに駆られている。
ただ、そう受け止めた感覚とは別に、向けられる瞳は真っ直ぐだった。
故に、剣がどういうものなのか。
何が出来る道具なのか。
ティルフィングは此処を、アスラン自身の身を以て知らしめた。
最初の稽古が始まる前。
アスランはティルフィングへ『稽古中は王様扱いしなくていい』と、伝えている。
そして、打ち込み稽古では、治癒を使えない身で、なのに、加減を誤って主を負傷させたことに青ざめたティルフィングだったが。
主の傍にいる精霊の実力。
青黒く骨折さえ伺える負傷を容易く癒した実力は、見せつけられた側のティルフィングへ。
単に非常識では収まらない考えを抱かせた。
それでも、この指導方法なら。
主の望みに沿える可能性がある。
思考は、故にどうしても確認が必要だった。
ティルフィングは、そして、主を通して精霊の方へ可能かを確かめた。
精霊の返答は、問題なし。
精霊の声を代弁する主の口は、そんな事は簡単だと告げた。
ティルフィングが抱いた非常識も突き抜けた指導方法は、この瞬間に定まった。
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ティルフィングはアスランとの会話の中で、アスランが4歳とは信じ難いほど高い知識力を備えている。
言葉遣いや口調から感じ取った印象は、賢く真面目な男の子。
素振りを見ただけで、直向な向上心がある。
にも関わらず、焦りを抱いている雰囲気は、やはり何かあるとまでは察した。
直接の顔合わせをした後からの会話だけで。
ティルフィングは、アスランへ。
これだけのことを抱いた。
そして、何が原因で不安と焦りを抱くのか。
アスランは素直に事情を話してくれた。
聞いていたティルフィングは、故に主が無用の不安を抱えている事も察した。
ティルフィングも本来であれば、それは無用の不安だと主を諭すことが出来た。
そうしなかったのは、主が無用の不安に対して。
自身を強くすることで乗り越えようとする姿勢。
ティルフィング自身は、ここに強く感じ入るものがあった。
話を聞いていて理解ったことが一つ。
自分が剣を捧げた主は、自信が持てていない。
ティルフィングはアスランのことを、既に類稀な逸材だと理解っている。
理由も幾つかある。
ただ、その一つ。
普通の人間が神界へ赴く等は、それこそ絶対に不可能なのだ。
更に、アスランとの会話ではっきりした事実。
人間の、それもまだ4歳の子供が、マナの生命体である精霊と言葉を交わせる。
それも、ただ言葉を交わせるのではなく、『アーツ』を習得した点は、故に納得に至った部分すらあった。
・・・・マイロードには間違いなく資質がある・・・・
ティルフィングはアスランに自覚が無いだけで、まだ4歳の人間の子供が『大いなる力』の一端を手にしている。
それは脅威としか言えなかった。
『大いなる力』は、理すら消すことが出来る。
形は子供でも、中身は全くの別もの。
そして、今現在それだけの力を手にしていながら。
何故に自信を持てていないのか。
ただ、その事については、アスランから剣を欲した理由も含めて察しも付いた。
だから、騎士王の双剣を使った剣術を会得したい根底の部分。
ティルフィングは、アスランが騎士王の剣術を会得することでようやく届く。
会得は即ち、主が自信を得られる事と察した。
主のこの考え方は、他に置き換えても道理。
それも間違いない。
たが、しかし。
ティルフィングは胸の内で、自信欲しさに神界まで赴いた主は、突き抜けて無自覚だと呆れさえ抱いた。
なのに、この呆れは不思議なほど高揚を与えてくれる。
盟約など関係なく、ずっと傍に在り続けたい。
そうも抱いた。
自信が持てない問題。
ティルフィングは、これがアスランの無自覚さ故だと。
今は理解っている。
その上で、ティルフィングはアスランが自信を持ちたくて、騎士王のような騎士になれれば叶うと抱いている考え方へ。
ならば、主のそうした強い想いこそを、最も大事にするべきだと至った。
そして、ティルフィングはアスランへ。
会話の後は、直ぐ剣の指導を始めた。
アスランが双剣を使った剣技を会得したい想い。
これも自信へ繋がるなら当然教える。
ただし、双剣を使う前に。
先ずは基礎を身に付けさせる。
剣一本さえも満足に使い熟せていないアスランには、これで高い技量を最初から要求される双剣の技を、故に直ぐは教えられない。
ティルフィングは、自らの意見を快諾してくれたアスランへ。
そして、剣の指導を始めた。
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アスランは、此処が自分の世界とは異なる。
それは既に理解っている。
あの後で、148回目の瀕死から癒えた後。
また意識は沈んだ。
死を伴う激痛。
これは痛みだけで、体力と気力を著しく奪った。
「・・・僕はエレンに感謝しないとな」
「(・・・これもアスランの修行だからねぇ♪良いよぉ~何千何万回斬られても♪エレンがチョチョイのチョイ♪で治してあげるからね♪・・・)」
・・・・あのな。
一回斬られただけでも死ぬ程痛かったんだぞ・・・・・
何千何万回も斬られてたまるか。
何か簡単に治せるから斬られても問題ない。
そう感じ取ったアスランが、内心でムッとしていることも他所に、この精霊の先生は全く気にも留めない口調だった。
だから、アスランは余計にムッとさせられる。
目が覚めた後で、今は走り込みの鍛錬中。
アスランは、これもティルフィングから終わりを告げられるまで、延々と走らなければならなかった。
アスランは今日の午前中まで、修行のことを考える度に絶対的に時間が足りないと抱いていた。
それこそ1日が100時間でも。
あるいは、午後の時間だけ100時間でもきっと足りない。
そんな非現実的だと分かりきった想像も。
今は間違いなく現実に体験中。
ティルフィングから聞いたことを要約すれば、時間という概念のない世界で、そして自分は思う存分修行が出来る。
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「これで、連続345回。つまりアスランは私の剣で345回。死を体験したことになります」
・・・・そうだね。だから・・・・絶対やり返す・・・・・・・・・・・・
再び意識が沈んだアスランを映して、ティルフィングは地面に両膝を着くと、疲れ切った身体でうつ伏せのまま死んだように眠るアスランの頭を、そっと自らの膝の上に乗せた。
思惑が外れた部分はある。
まさか一度も音を上げずに、此度も意識を失うまで稽古を続けた。
マイロードから『今日はここまで』とでも言ってもらえれば、自分はそこで打ち切るつもりだった。
・・・・絶対やり返す・・・・
「ふふ・・・・。最初は賢くて大人しい印象でしたが、負けず嫌いな方なのですね。その幼い身体の何処に、あれだけの力を秘めているのか。中々に面白い稽古でしたよ」
ティルフィングにとって、今日の稽古には狙いがあった。
そして、この狙いは今後も続ける。
けれど、こちらの思惑とは全く違う所で、ティルフィングはアスランの使った技。
予期しなかった技のせいで、無意識の内に手加減を解かされた。
それまでのティルフィングは、アスランのことを、子供にしては筋の良い剣を身に付けている。
体力や剣技は、これからの成長が楽しみだと。
素直にそう思っていた。
それが、一瞬でも本気にさせられた全くの予想外は、だが、しかし・・・・・
ティルフィングは寧ろ、今になって喜びに近い感動を得ていた。
「剣とアーツを組み合わせた技。魔法剣技でしたか・・・・まだまだ未熟ではありますが。それでも初見は流石に驚かされました。あの剣技を双剣で自在に操れれば・・・・ふふ。やはりマイロードを選んだ事は間違いではありませんでした」
意識を完全に失っている今のアスランを見つめながら。
ティルフィングの方は、満たされる感を甘受していた。
今時点のアスランの剣。
事実、身体的な問題は勿論。
剣の未熟さは、礎から作る必要も当然ある。
聞いた限り。
剣の方は、シルビアという女性から素振りと初歩的な型を習ったのみ。
それも、ほぼ一年前を最後に今日までは一度も指導を受けていない。
その点について、ティルフィングはアスランがまだ4歳という幼さを考慮しても。
当然、これも本格的な指導はもっとずっと後でも良いを抱いていた。
最初、そう考えて指導に就いたティルフィングは、しかし、素振りを見ただけで考え方を正した。
未だ四歳でも。
アスランの素振りは、これが日頃からずっと高い意識の中で培われたくらい。
実感は、それで始めた打ち込み稽古で確信に至った。
指導方法の修正。
最初の打ち込み稽古で主を負傷させてしまった過ちは、今への発端。
ただし、元よりいつかは教えるつもりでいた。
身体の成長は別として。
剣技について学ばせる以前に、極めて大事な心構えに属する部分。
ある意味、最も重要な核とも言える所を。
ティルフィングは、自らが主を負傷させた後での経緯から言葉よりも先に。
主自身が体験を伴うやり方で教え込もうと抱くに至った。
故に、ティルフィングは真剣を握ると、意図してアスランを、幾度も死の瀬戸際へと追いやった。
もっとも・・・・・
このやり方は、エレンの存在あって可能となった指導方法。
およそ真っ当な指導方法とは露程にも呼べないくらいも。
これもティルフィング自身、一番理解っている。
その上で、主に伝えたかった真意。
剣とは事実、殺傷力のある凶器。
自ら真理と言い切れる部分は、だからこそ。
言葉より先に、身を以て理解らせようとした。
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アスランがティルフィングから本格的な剣の指導を受けるようになって以降。
最も、それは常に治療を担当することにもなったエレンの口からまで『毎日毎日飽きずに何百回も死んでいるよね~♪』等と言われる有様。
しかし、この点は間違いなくその感想通りだった。
季節はそれから梅雨を迎えた。
アスランは未明から雨の降りしきる中で、先に当番の水汲みを終えると、後はティルフィングの指導を異世界で受けるようになった。
始め、神界とか時の無い世界等。
呼び方を幾つも考えた末、今は『異世界』と呼んでいる修行場所。
彼の地でアスランは、剣だけでなくアーツも修行するようになっていた。
その結果?
アスランの実力は、目覚ましい程の成長曲線を描いた。
そして、今なお成長曲線は上昇の真っ直中にあった。
「アスラン!踏み込みが甘いと何度言わせるのです!」
「は、はい先生!」
「踏み込みはもっと鋭く、踏み込みの鋭さは必然して剣速を押し上げます。アスランはそれが出来ていないがために、上体だけで強引に剣を振ってしまうのだと。何度言わせるのです」
「はい!もっと意識して踏み込みます!」
ティルフィングの指導は一言、厳しいに尽きる。
ただ、あのエレンの指導と比べると、こちらは厳しくても理解りやすい。
エレンの指導用語は『気合だぁ』『いっけ~』『ババァーン』『自由で無限』・・・・etc
指導は厳しくても、その都度、何処が悪いのか。
ここをティルフィングは的確に教えてくれる。
そのティルフィングから剣筋は良いと言われたアスランも。
だが、今の指摘は下半身の使い方。
広義で言えば、体力の配分まで含まれる。
疲労で脚が思うように動かなかった事も暗に釘を刺された。
ただ、習い始めた時と比べて。
そこから今は、少しだけマシになったかも知れない。
これ以上ないくらいに手加減したティルフィングを相手に、最近のアスランはどうにか打ち合っていた。
最初から筋が良いと言われた素振り。
これもティルフィングの指導を受けるようになって以降。
今は300回を100セットが当たり前。
・・・・マイロード。此処は異世界です。故に時間を気にせず存分に取り組んで下さい・・・・
素振りと同じくらい過酷になったのが、今も指摘された下半身を、だから鍛える走り込み。
何処から用意したのか巨大な塔にしか見えない砂時計は、これも砂が落ちきるまで走り込む。
実はこの砂時計。
砂の落ちが非常に遅い。
少なくとも、走る間のアスランはそう感じていた。
・・・・実戦において足の動きが止まる。その先は死だけです・・・・
そうだね。
うん・・・・
僕はもう数え切れないくらい。
いや、数えるのを放棄したくらい斬られたからね。
だから・・・・
絶対強くなって、そして今度はやり返す。
「・・・・マイロード。一度、休息を取りましょう」
「ハァ・・・ハァ・・・っ大丈夫・・・・まだ・・・」
「今の疲れ切った状態で剣を使う。それは返って意味を成しません。たとえ連戦の最中にあっても、そういう状況でも一旦退くなりして身体を休める。これは生き残る確率を少しでも上げるために欠かせない術です」
ティルフィングの進言はいつも考えさせられる。
言われたことを自分なりに考えて、そこで抱いた疑問は尋ねて。
そうして自分なりに得る結論は、ティルフィングは正しいことを言っている・・・・に繋がる。
休息の間、アスランは今はもうティルフィングの膝枕を独占している。
ティルフィングから聞いた話では、最初の稽古の時から自分が気を失っている間、ずっと膝枕で介抱してくれたらしい。
だから寝心地が良いと感じているんだ。
安心して寝られるって。
それだけでとっても幸せだよなぁ。
エスト姉なんか・・・・季節関係なく痛い起こし方してくれるし。
「はぁ・・・・ティルフィングの膝枕は、何でこんなに安心出来るんだろう」
「ふふ。私の膝枕は安心出来るのですか」
「うん・・・何かもう絶対手放せないって感じだね。この膝枕のためにも、僕は王様らしい事も出来るようにならないとって思ったよ」
「マイロードはまだ幼いのです。焦る必要はございません」
「来月には僕も5歳になる・・・・だけど、今の実力で幼年騎士になれるのか。それは正直、自信がないよ」
「幼年騎士という制度ですが。確か、マイロードに剣を教えたシルビアという女王が作った制度でしたね」
「そうだよ。僕が一番尊敬しているシャルフィの女王様なんだ。僕みたいな孤児でも騎士になれる可能性がある。シルビア様はそういう事が出来る制度を作ったんだ。だから・・・・チャンスを作ってくれたシルビア様に、その期待に応えたいんだ」
「幼年騎士というものについて、何歳くらいから任命されているのでしょうか」
「前に新聞に載っていた記事だと、今の幼年騎士の最年少は11歳らしいんだ」
「・・・・すると、マイロードがもし5歳で任命された場合。最年少記録という事にもなりそうですね」
「そうだね・・・だけど、カーラさんから聞いた話だと、幼年騎士が受ける授業。これは一般の初等科よりも高度な内容を学ぶらしいんだ。それに基礎の素振りが最低300回。他にも剣術の型とか、礼儀作法は指南役が付くらしいのも聞いているよ」
「なるほど。前にも少し聞きましたが、つまり素質が認められれば。任命される可能性はあるのですね」
「そうなんだ。それにシルビア様の話では、一般の初等科でなんだけど。飛び級で上の学年に編入した生徒を幼年騎士に任命した事があるって。剣術と作法とかは、シルビア様も指導したって聞いている」
「その方はマイロードのように剣が出来ずとも。恐らくは、勉学の方で素質を認められたのでしょうね」
「うん。同じような事をシルビア様も言ってたよ」
「・・・・ならば、マイロードは問題なく任命されるでしょう。来月には5歳を迎えますが、勉学の方は良い成績を修めているようですし、剣の方は未熟ながらも確実に上達しています。寧ろその幼さで此処まで出来る。これ程の逸材は稀も稀です。しかも、マイロードはアーツまで使えるのです。自信を持って下さい」
今の実力では自信がない。
そう口にしたアスランを見つめながら。
ティルフィングは、しかし、この部分にだけは、もどかしくもなる。
反対にアスランは事実、自分の実力へ未だに懐疑的だった。
アーツの比較対象は精霊のエレン。
そのエレンのことを、アスランはアーツに限って『天才』だと素直に認めている。
剣の方は、ティルフィングを相手に、相変わらずの敗戦街道をまっしぐら。
こちらはその終わりが全く見えないでいる。
唯一の救いは勉強だった。
毎週のテストは今も90点以上。
この部分だけが今の自分を、辛うじて支えている。
けれど、ティルフィングから自信を持っていい。
その言葉は、アスランの胸を軽くしてくれる。
その前に未熟だと。
此処も、はっきり言われはした。
だけど、その後でティルフィングは『寧ろその幼さで此処まで出来る。これ程の逸材は稀も稀・・・・・』そう言ってくれた。
「ねぇ・・・ティルフィング。僕は自分では剣もアーツも、まだまだ僕の理想に届いていない。だけど・・・・」
「マイロードの理想。それは騎士王なのでしょう。故に目標が極めて高い所にあります。それと比較してしまえば、故に自信を持てずとも理解る部分がございます。ですが、騎士王ユミナ・フラウは5歳にして大成した訳ではありません。マイロードが憧れる騎士王もまた、日々積み重ねたものがあるのです。寧ろ、5歳で到達しよう等は、騎士王を愚弄するのと同義です」
仰向けの姿勢だから真っ直ぐ見つめるティルフィングの瞳。
それを間近で正面から受けてしまう。
・・・・本気で怒っている・・・・
それ程簡単に追いつける存在ではない。
強くはっきり伝えられた感じだった。
ふと、それで再びアスランは思い出した。
基礎の大事さを痛感したあの日の事は、忘れていなかったはず。
なのに、また何処かで忘れていた。
アスランは、何で今も基礎鍛錬を重視しているのか。
その根本を、今のティルフィングから暗に教えられた気がした。
そうだね。
僕は焦っていたんだ。
5歳の誕生日までになんて。
そんなの絶対に無理なんだ。
何故なら、僕の目標は僕の倍以上の年齢の時に騎士になっている。
騎士王を名乗ったのは確か・・・・二十歳くらいだったはず。
なら、せめて同じ年齢になる時まで。
その時までに追いつけるように努力すれば良い。
「・・・・・目標ばかり見て、そのせいで最近はずっと地面を見ていなかった。それがよく分かったよ。僕が読んだ聖剣伝説物語と歴史資料だけど。ユミナフラウが騎士王を名乗ったのは二十歳くらいだった。まだ僕は15年は足りていない。だから、ティルフィングの王様に相応しい僕になれるまで。あと15年くらいは待っててくれるかな」
「勿論でございます。マイロードならば必ず。私が誇りに出来る王となれましょう」
マイロード・・・・
貴方は理解っていない。
御身は未だ4歳なのですよ。
それなのに、今の言葉も4歳とは誰も思えぬ言葉です。
故に、マイロードのような存在は稀も稀なのです。
「マイロード。一つだけ、私の願いを聞いて頂けませんか」
「今の僕に出来る事なら。だけど、別に一つじゃなくても良いよ」
「ありがとうございます。では、私にマイロードより名を授けて頂きたいのです」
「名前って・・・ティルフィングの名があるのに?」
「その名は私の神名です。マイロードが私を剣として使いたい時はティルフィングで構いません。ただ、この姿の時は、別の名前が欲しいのです。マイロードの騎士として。相応しい名を授けて欲しいのです」
「分かった。そうだね・・・・」
ティルフィングがじっと見つめている。
同じ様に真っ直ぐティルフィングを映すアスランは、特に意識することもなく。
ただ自然に浮かんだ名を紡いだ。
「ティアリス・・・・」
「!!・・・・ティアリス・・・・ですか」
「うん。ティルフィングの顔を見ていたらさ。なんかその名前が浮かんで来たんだ。何か由来めいた格調のある名前とかも考えようとしたんだけどね。だから、気に入らなかったら言って。もっとしっかり考える・・・エリザベスとかクレオパトラとか・・・・」
「いいえ・・・・ティアリス。この名の響きが気に入りました」
「そっか・・・・。うん。でも・・・・意味は無いんだけど、似合うかなって思った」
「マイロード。ありがとうございます」
「じゃあ、剣の時以外はティアリスって呼ぶね」
「はい。マイロード」
ティアリスの表情は、映すアスランにも嬉しいのが伝わって来る。
幸せな感情で満たされたティアリスの笑みは、瞳に焼き付いたアスランの深い所で、『ティアリスに相応しい王様になろう』と、殊更そう強く抱かせた。
この時に見せたティアリスの笑みは、それくらいアスランを魅入らせていた。
2017/08/11 本編の加筆修正を行いました。




