第30話 ◆・・・ スレインとシャルフィ王国 ④ ・・・◆
やがて、スレインはシルビアが大学を卒業する前に政治から離れた。
高等科に通う学生の身で即位したシルビアが、そこから大学の卒業を控えた時期まで。
この間、聖賢宰相と謳われるスレインは、中でも政治に携わる世代を若返らせるために、自ら率先して人材を育てることに注力した。
そうして、スレインは教え子たちへ道を譲るかのように政治から身を引いた。
血を入れ替える。
そういう表現もあるが、これはフォルスが王だった頃。
王妃のユリナと自分の三人とで描いた未来像。
シャルフィに新しい風を吹き込む。
一部の既得権が当然と蔓延ったシャルフィは、根底から変える必要があった。
三人で語り合った未来のシャルフィは、その為に先ず若い世代を育てる。
そして、育てた世代を積極的に登用する。
登用した世代が十分やっていける所へ至った段階で後事を託す。
託したその後は・・・・・
退任した後。
スレインは孤児院を営むつもりでいた。
残りの人生は、ユリナがしたかった事をする。
そう決めていた。
子供が大好きだったユリナは、王妃として積極的に孤児を減らす活動に力を注いでいた。
フォルスは、そんなユリナの背中をいつも押してきた。
自分はそのための制度案を考えて、三人で数え切れないくらい意見を交わし合った。
政治を離れ、再び無位無官となったスレインだったが。
それを知った教会総本部が今度こそ『司祭』として迎えている。
本来、次代の法皇候補者達にしか授けられない『司祭』の位は、特例も特例を積み重ねてまで迎えたことにも理由がある。
当時、国王夫妻の強い要請を受けた神官騎士が、辞任した後で直ぐシャルフィの宰相に就任した事件。
この話題は国を越えてアルデリアでも大きな話題となった。
ただ、それは芳しく無い意味合いで殊更大きく取り上げられた。
当時の法皇がこの件を『教会に勤める者が、政治権力を欲した忌むべき事案』だという声明さえ発した程の大事件。
では何故、大事件の当事者を再び。
それも今度は特例を重ねてまで『司祭』として迎えたのか。
シャルフィ王国は、スレインを宰相に迎えた後。
当時から大陸各地で起きていた紛争の解決。
そこへ一際に尽力してきた。
尽力した中には、王妃が中心となった戦災難民の保護活動もある。
スレインは、この活動に置いても王妃の補佐を務めて来た。
だけでなく。
シャルフィは国王夫妻と宰相を主軸に、人道的に特に評価される活動へ力を注いだ。
こうした活動は、シャルフィから友好国へも協力を求めると、反対に友好国の側から支援を申し出られる事さえあった。
友好国を含めた他国との外交。
スレインは、その中で歴史的な偉業とさえ呼ばれる実績を残した。
『大陸神誓条約』の復活である。
この条約は元々、大陸各地の国家や自治州などが互いの交流を通じて諸問題を平和的に解決しようという理念の下に作られた歴史背景がある。
騎士王によってもたらされた黎明時代が、その平和が末永く続くことを願うかのように作られた条約は、想い届かず時代はまた乱世へ移った。
シャルフィのスレイン宰相は、この条約を今の時代に合う形で草案から起こした第一人者。
志に賛同した権力者や名を馳せた者達の支持を多く受けた草案は、そして『大陸憲章』の名称で現代に蘇った。
大陸憲章は当時、シャルフィ王国の他。
ローランディア王国、サザーランド大公国、アルデリア法皇国、ノディオン、シレジア、カサレリア連邦、東部自治合衆国、アトーレ、レナリア、セントグレナ大公国等。
リーベイア大陸面積に置き換えると約8割が、最初の『大陸条約会議』への参加と憲章の批准を行っている。
その最初の会議の場において、演説と議長を務めた者。
これはシャルフィのスレイン宰相である。
悪戯に武力のみを解決手段とせず。
困難でも対話外交によって、その土地に暮らす者達の安住を守る。
為政者の在るべき姿を説いたスレイン宰相の演説は、会議の場に集った各国と自治州の代表から大きな拍手を受けた。
そこから全てが上手く行ったわけではない。
それまでに根付いた怨恨が絡んだ国家間の問題や、選民思想的な風潮など。
自国の利権のみを守るために反対票が投じられた議題も数多ある。
それでも。
政治的な対立が生み出した争いによって生まれた難民について。
この難民の保護と救済に限定した条約等は賛成可決した。
これにより、難民の救助を示す『平和の鐘』の紋章が示された場合。
その周辺では戦闘活動の全てが行えなくなった。
併せて、この紋章を掲げた第三国が派遣した難民救助の部隊へは、如何なる政治的、武力的な介入も認められない。
一方で、この活動は教会や聖堂、大聖堂の各施設を起点に、それぞれ半径2キロ圏内までとする条項など。
後に飛行船が移動手段へ含まれるようになると、目視で判別可能な『平和の鐘』の紋章を船体に施す規約の他。
救助活動で飛行する際にも攻撃を受けない条項が盛り込まれている。
この条約案が初めて議題として提出された際、特に人道的な見地によって大陸各地の教会施設は真っ先に支持を表明した。
大陸中に在る教会や聖堂と、更には大聖堂からも支持の声が挙がった事は、最終的に教会総本部が全面支持の法皇声明を発するに至った。
この事が決め手となって可決成立へ辿り着いた。
同条約には難民の保護や、避難移転など。
これらの草案もまたスレイン宰相が主体的な役割を果たした。
そして、条約が施行された後。
必要に応じて条項の追加や修正を繰り返しながら。
やがてスレインは、周囲から聖人と賢人を兼ね備えた『聖賢』と謳われるようになった。
歴史を振り返っても、これだけ大きな実績は稀。
何よりこの大陸憲章が生まれた以降は、紛争の数が確実に減っている。
年に二回開かれる大陸条約会議。
スレインが政治を離れた時には、全土で加盟批准が成し遂げられた。
故に、スレイン自身は自分の役割は此処までとした。
以降は若い世代へ託して。
そして、政治から身を引いた。
志半ばで先立った親友と、兄と慕ってくれた妹同然の存在に対して、スレインは故に成し遂げた。
成し遂げて、そこから・・・・・
スレインは静かに孤児院を営むつもりだった。
ところが、かつて大聖堂で自身を強く慰留した大司祭が訪れた。
『貴方は神が課した試練を立派にやり切った』
大司祭は、スレインが辞任する際の理由を忘れていなかった。
受けた試練のために教会の職から離れた後。
今日までの在り様は、確かな跡を刻んだ。
だからこそ。
今度はこちらから迎えたい。
大司祭はスレインを迎えるために尽力していたらしい。
誤解を解こうと方々へ足を運んでもいた。
けれど、自分がそうしなくても『聖賢』と呼ばれるほどの人格者となった今のスレインは、多くの信者から尊敬を受けている。
ただ神に求めるのではなく、自ら尽力したからこそ得られた現在は、きっと神も認めている。
スレインは『司祭』の位を受けた。
生前のユリナが付けていた日記に残された想いを受けて、それを届けた女王シルビアの言葉でスレインは司祭となった。
王都では目立つスレインは、それならばと静かな郊外へ移り住んだ。
当時はまだ他所から避難した後の難民が暮らし始めた家が数件あるだけで、そこに建てられた教会付きの孤児院を営みながら。
表向きは一介の神父として生活するようになった。
スレインのそうした経緯をアスランは知らない。
もっとも、この辺りでは大人ですらスレインがあの『聖賢宰相』だと知らず。
同じ名前の神父が教会にいる程度の認識だった。
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政治を離れて再び教会に戻ったスレインは、そこで孤児院に預けられた当時はまだ生まれて間もないであろう赤子のことも覚えている。
赤子の名はアスラン。
アスランのことは、シルビアが友好国のローランディアへの訪問中。
その時に引き取ったくらいを聞いている。
ローランディアヘは招かれる形で、この時は静養も兼ねて赴いたそうだ。
随伴したカーラの話では、ローランディア王国の有名な行楽地でキャンプを満喫していた。
ただ、そのキャンプをした場所の近くで、山小屋のような民家を魔獣が襲った事件が起きた。
悲鳴を耳にしたシルビアは、それで真っ先に駆けて行った。
現場へ一番乗りしたシルビアは、両親と思われる遺体を二つ。
ただ、遺体の一つは赤子を抱いていた。
シルビアは、そして、両親を殺された中で泣いていた男の赤子を保護した。
子供だけは守ろうとして、咄嗟に抱き蹲ったのだろう。
そうも見られる姿勢で亡くなった母であろう遺体の腕の中で、生後間もないと見受けられる赤子は力強く泣いていたらしい。
既に両親は死亡。
生き残った赤子を両腕に抱いたシルビアは、自らアスランと名付けた。
生後間もないと判断したのにも根拠がある。
カーラの話では、赤子には臍の緒が付いていたという事だった。
丁重な葬儀の後。
シルビアは、ローランディアの女王からアスランを引き取る了承を得て帰国した。
名付けた以上は責任を持って育てる。
それがシルビアの主張で、けれど、独身の女王が理由はどうあれ養子を持つ問題。
カーラとエレナの二人は、故にシルビアの気持ちを尊重した上で、自分の所へ預けに来た。
帰国して真っ直ぐ此処に来たカーラから事情を聞き終えたスレインは、快くアスランの件を引き受けた。
それがアスランに纏わる出生の事実。
ただし、未だ幼いアスランには、既に両親が他界している事実は告げていない。
あくまで『行方不明』としている。
この行方不明扱いは、引き取った孤児の事情にもよる。
そして、未だ両親を知らない赤子を引き取った際には、当然と用いられた。
この点は教会総本部に昔からある指導書に沿った部分。
往々にして教会の出入り口に手紙を添えて置かれていた。
そう伝えることで、捨てられたのではなく今は育てる事が出来ない事情があったのだと教える。
どの段階で説明するのかは、それは神父の裁量に任された。
だが、アスランについて。
スレインは、精霊と言葉が交わせるかも知れない報せに飛び込んできたシルビアの様相。
だけでなく。
それ以前から気になっていた部分もある。
ただ、この時のシルビアを映したスレインは、これが真相なのだろうを察した。
シルビアとアスランは、先ず髪の色が同じ黒一色だった。
髪が黒いくらいで。
等と思うかも知れないが、実は大陸全土を見渡しても。
そこで目にする純色の黒髪。
これは稀も稀。
黒く映る紫ならば、未だそれなりには見ることもある。
この点をスレインは知っている。
他にも、預かった時から似ていると抱いていた。
生まれて間もない頃からのシルビアを見てきた自分だからこそ分かる。
面立ちも印象もそう。
何から何まで懐かしいと抱かせるほど重なった。
それらが結び付いた時、スレインはアスランがシルビアの実子だと強い確信を持った。
何故隠すのか。
その真相を把握している訳ではない。
断片的な部分ばかりで、しかし、親子だと思えるだけの要素の方が圧倒的に勝った。
精霊と言葉が交わせる。
これはスレインが亡きフォルスから聞いた王族だけに伝えられる秘密の部分。
それも王位を継ぐ条件を満たした唯一人のみにしか伝えられない。
それだけの秘密を、フォルスがスレインにだけは掟を破って教えた事情。
単に親友という理由以上に、当時の政情の中で何かしらを感じ取ったフォルスが保険をかけた。
その頃を知るスレインには、少し考えれば容易に察することも出来た。
精霊の件は、シャルフィの王族なら稀に起きる事らしい。
フォルスは、自分からは話し掛けられない。
先ず、姿さえ見たことが無いそうだ。
ただ、死んだ祖母が生前は精霊と言葉を交わしていた。
なんでも、男よりも女の方に遺伝しやすいらしく、事実シルビアは中等科に通い始めた頃から聞こえていたらしい。
当時の中等科に通うシルビアが精霊と言葉が交わせる事は、最初に家族とスレインだけが知ると、後でカーラとエレナも知ることになった。
この頃からシルビアは、王位を継ぐための準備。
それをフォルスから本格的に指導されるようになった。
王位を継ぐ資格は、血統の他に証が要る。
それこそ、あれに認められて初めて王位を継ぐことが出来る。
その事で、生前のフォルスから『俺も完全には認められなかった。父も、その母もだが。あれに完全に認められた王は初代だけらしい』と、これは絶対の秘密だと強く念を押された。
シルビアとアスランが親子だとして、その繋がりを隠した理由。
この部分はかつて『聖賢宰相』とも呼ばれたスレインが最も理解る分野だった。
同時に、フォルスだけでなく。
娘のシルビアが、その時から既に狙われていた事が伺える。
シルビアは自分が命を狙われている事を承知で、付け足すと更にスレインが気付かない内にアスランを身籠った。
そして、秘密裏にローランディアで産んだ。
随行したのはカーラとエレナだけ。
移動もローランディア側の用意した王室専用の飛行船が使われている。
・・・・つまり、極限られた人数しか真相を知らず。それだけ秘匿を要しなければ安全が確保出来ないくらい危機的な状況だった・・・・
当時、3歳になっていないアスランとシルビアが実の親子だと察したスレインは、敢えて知らぬ側を通した。
アスランは事実、エレンという名の女の子らしい精霊と言葉を交わしている。
確かめたシルビアから聞いただけのスレインは、しかし、この部分は何一つ尋ねなかった。
それどころか、意図して精霊信仰が特に厚いノディオンでは、時々精霊の声が聞こえる子供が生まれるらしい等。
かつて知り合った教会総本部に勤める巡回神父から聞いた話を持ち出すと、リーベイア大陸が古くは人と精霊が共存していた歴史を記す文献も在る。
だから、アスランは何かしら声を聞くことの出来る感受性のようなものが在るのだろう。
自らそう述べることで、それで恐らくはシルビアも察したかも知れない。
だが、スレインはアスランが実子だとしても。
今度は父親が誰なのか。
ここを思案するのは極が付くほど難しかった。
はっきり言って、それらしい相手が居た記憶もなければ。
その当時のシルビアには、浮いた様な話が一つとして無いのだから。
しかし。
これは間違いなくと言っても過言にならない。
シルビアは・・・父親を色濃く受け継いでいた。
子供の時から性格は父親そっくり。
初等科からして授業はサボると、課題は幼馴染に任せっぱなしが当たり前。
まるで学生時代のフォルスが、今もそこにいる印象が際立っていた。
だから何と言うべきか。
問題ばかり起こすシルビアが、自らの学生時代を棚に隠したフォルスから叱られる様へ。
自ら強く仕向けながら。
なのに、見知っているユリナは可笑しそうに笑っていた。
反対に、そうして怒られて落ち込んでいるシルビアを、これも『後は任せた』と落ち込ませた父親から託される。
これがスレインの役割だった。
フォルスの学生時代は『やんちゃ』の一言に尽きる。
中等科の最終学年の頃は、女性の部屋に泊まって夜明け前にこっそり寮にやって来たことも数えきれない。
決まって自分の部屋に忍びこむと、午前中は寝てサボるのが当たり前。
その父の血が流れるシルビアを想像するスレインは、そして、流石にそこまで無節操ではない筈だと強く思い込むことにした。
確かにフォルスの血もあるが。
間違いなくユリナ血も受け継いでいるのだと。
だから、きっと。
相手が『数え切れない』等ということは有り得ない・・・・・・・・・・・はず。
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あれから二年余り。
当時はまだ3歳にすらなっていないアスランも。
来月には5歳になる。
ずっとアスランを気に掛けているスレインは、孤独から解放された今のアスランの方が、やはり面影を感じさせる自然な表情を見せている。
それくらい変化した今のアスランの姿を映して、故に胸の内が暖まる。
スレインがそうであるように。
もう一人、エストも修道女になって帰って来た時からアスランを気に掛けていた。
修道女になって帰って来た後で、エストもアスランが精霊のことを口にするようになると何か不気味な印象を抱いた時期がある。
短い期間であっても。
自身は、それでアスランを酷く傷つけてしまった事を後悔した。
この件については、誰からも咎められはしなかった。
けれど、その事がエストを一層強く修道女として修行不足だと抱かせた。
否、人として未熟だと自責の念にも駆られた。
この件から以降のエストは、特にアスランに対して。
償いの感情を内に秘めると、完全に孤立しないよう何かと注意を払うようになった。
エストは、ただし、孤児院ではアスランだけを特別扱いに出来ない事情もある。
それでも。
転機はアスランが3歳の時に訪れた。
ある日、アスランから『エスト姉。僕に文字を教えて下さい』と、この瞬間のエストは、これもきっと償いになると強く抱いた。
アスランから文字を学びたい理由を聞いたエストは、以降ずっと文字の指導を口実に、関われる時間を増やした。
アスランを孤独に追い込んだ罪。
これは自分にも在る。
だからこそ、自分はその罪を償わなければならない。
自責を内に強く抱えながら。
文字を指導し始めたエストは、確かに最初はそうだった。
しかし、文字を覚えるたびに、言葉の意味を知るたびに。
知識を増やすアスランが、勉強の時間だけは子供らしく笑うようになった頃。
それは悔恨の念を抱えていたエストの心境にまで変化をもたらした。
『エスト姉。神父様が言っていた知識は人を豊かにするって意味。僕はエスト姉のおかげで少しずつだけど理解って来ました』
今年に入ってから、それは真冬の夜の時間。
いつものように指導をしていた時間の中で・・・・・・
『・・・僕はエスト姉に感謝しています。あと、修道女の仕事も大変なのに先生もやっていて。だからやっぱり、僕はエスト姉を尊敬しています』
その夜はベッドに入った後で、自分の隣で寝息を立てるアスランを見つめながら。
エストは謝罪と感謝と、それとは別の何か満たされたとも救われたとも言える感情。
胸をいっぱいに満たして目頭も熱くなった。
その晩だけは、アスランを起こさない様に声も殺すと、エストは枕を濡らした。
エストも来月には5歳になるアスランを映して、そのアスランの傍にはカールとシャナが何かと一緒にいる光景。
ここは素直に嬉しいと感じていた。
ただし、3人揃うと更に周りにも子供達が集まる光景まで映すエストに言わせれば、中心にいるようになったアスランには、もっと人付き合いも学んで欲しい。
そう思うこともまた増えている。
勉強をきっかけにもう1年近く同じ部屋で生活するようになったエストにとって、今のアスランは何と言うか不出来な弟。
だからなのか。
エストは自然、周りの他の子供たちよりもアスランだけを厳しく。
そう接してしまうことも常だった。
アスランに対してエストがそうなった事は、スレインも理解っている。
スレインにも周囲の年の近い子供たちと比べて、アスランは別次元の存在にすら感じることが実際にある。
そう抱いてしまう要因が、4歳になってからのアスランの成長。
事実、アスランは尋常ではない伸びを見せている。
身形は子供でも。
纏う空気は明らかに異質。
ただ、それは大人のような印象を子供が感じさせている。
見た目と雰囲気の印象の差が離れ過ぎて、そして、自分と同じように抱いたエストは、故に周りの子供達よりアスランを大人として扱っている。
帳簿の整理が出来る実力は目にした。
また、4歳で初等科高学年レベルの学習内容を修了しつつある現状もそう。
近所の農作業の手伝いでは、アスランの最後までやり切る姿へ。
それは周りの大人達から好印象すら耳にした。
ミサの時などでも近所の大人達から『大人びた子供だが、その分しっかりしている』と、そうした良い評価の声を多く受けていた。
それもあって、エストがアスランを大人同様に扱う時があることには理解も納得もしている。
スレインは5歳を迎えるアスランを見ていると、やはり良く似ている。
そう抱くことも増えていた。
アスランの面立ちは、子供の頃のシルビアと似ている。
ただ、時々胸を締め付けられることがある。
それはアスランの中にユリナの面影を映した時で、瞳を滲まされるほど込み上げてくる強い感情が胸を締め付けた。
そのせいか、スレインはアスランを、どうしてもシルビアやユリナと比べて見てしまう。
アスランの素直で真面目な部分は、ユリナと特に重なる。
一方、負けず嫌いな所はシルビアで、それはフォルスもそうだった。
ただ、思いやりと優しさは三人から受け継いでいる。
今の所、やんちゃな部分は見受けられない。
恐らくはユリナの真面目な所が薄めたか取り除いたのかも知れない。
そして、スレインはアスランの瞳の色。
ユリナと同じ琥珀色であることが、故によく面影が重なる。
ユリナは金色の髪に琥珀の瞳だった。
アスランは黒髪で、これは母親のシルビアと、その父親のフォルスと同じ。
シルビアの瞳の色は青で、これも父親のフォルスと同じ。
今の所、アスランの人柄がユリナを色濃く感じさせる部分。
スレインは本心、そのまま成長してくれればと抱いている。
真相について、スレインはシルビアに今も尋ねていない。
それだけ秘匿しなければならなかった事情は推し量れる。
そこに関わる要素を全て考えれば、故にシルビアはアスランを守るために自分に預けた事と、母である事を伏せて頻繁に通っていた理由にも説明が付く。
そこまで思考を深くしたスレインは、突然笑い出した。
教育制度改革、職業選択の自由制度、王室付き幼年騎士制度・・・・・
「・・・・まったく、大人になっても父親そっくりですね。補佐役のカーラは特に苦労しているでしょう」
筋の通った理屈の中に真意を隠す。
露見すれば間違いなく公私混同の謗りは免れない。
フォルスが王であった時には、それで自分があれこれ考えた事が常だった。
私室で一人、椅子の背もたれに身を預けていたスレインは、思考が導いた結論へ。
呆れと懐かしさの両方で静かに笑っていた。
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今日も外は梅雨の空模様。
その中でスレインは、自室で今朝届いた手紙に目を通していた。
通常の郵便ではなく、それこそ王宮からの早馬によって届けられた手紙は、それだけで何かあるとスレインに緊張を抱かせた。
手紙の差出人はシルビア。
文面は他国の紛争が生み出した難民の一部を、今回シャルフィで保護することになった経緯が綴られていた。
保護した難民には、両親を失った等の子供が100人程含まれている。
その内で初等科へ通わせられる年齢の子供達は、一先ず学生寮で保護する。
ただ、そうでない子供達を孤児院へ預ける旨は、問題はその人数が30人ほど居るだろう部分。
此処数年は福祉政策によりずっと減少傾向だった事もある。
よって急に30人増えても部屋等は問題なく足りる。
問題なのは30人増えた分をどう賄うのか。
手紙を読む限りでは、明確な数を記していないため。
スレインは30人を超える事も容易に察することが出来る。
この件で城から早馬が来た理由は、保護した難民が明日にはシャルフィに到着する事と、故に明日中には此処に30人程の子供がやって来る事で理解出来る。
ただ、シルビアからの手紙の文末。
そこには謝罪の言葉が綴られていた。
恐らく・・・・何か予期しない事態が起きたのではないか。
それによって受け入れ体制が整っていない中での保護に踏み切った。
他にも状況が際立って危ういのかも知れない。
第一、あのカーラが付いていて此処まで慌ただしい対処。
余程の状況でもない限り。
カーラを知るスレインには考え難かった。




