第28話 ◆・・・ スレインとシャルフィ王国 ② ・・・◆
シルビアが未だ幼少の頃。
その当時のスレインは、王宮で国王夫妻の補佐役と幼いシルビアの守役と教師という仕事を兼務していた。
シルビアの母親であるユリナとは幼馴染。
そして、学生時代には妹も同然のユリナへ好意を抱いていた。
当時は王太子のフォルスと出会っている。
スレインは、自身を兄同然に慕うユリナへ好意を抱くフォルスから声を掛けられた。
ここがスレインとフォルスの最初の出会い。
王太子フォルスは、最初からユリナに近づきたい思惑でスレインへ声を掛けた。
ただ、王太子の女好きな噂は芳しくない意味で有名だった。
スレインは、だからこそ意図して暗な距離を置いた。
二人の最初はそうだった。
ただ、そこから互いを知る中で関係が親友へ至った頃。
スレインは既に恋仲だった二人を、当然の様に見守る立ち位置が確立していた。
ユリナを妃にしたフォルスが即位した後。
スレインは唯一人だけ、フォルスへ何時でも謁見が可能で意見も直接言える。
傍から見れば特権でしかない立場を与えられた。
ただし、ここはフォルス自身とユリナがそうさせた部分。
更にフォルスはユリナの頼みも受けると、王妃専属の護衛役。
これも当時は、まだ駆け出しの神官騎士だったスレインへ全面的に任せていた。
やがて、スレインは神官騎士の役職を離れる。
離れた後で、それからは王夫妻の相談役と護衛をしながら政治へ携わった。
スレインに対する二人からの信頼は絶大と呼べるほど篤かった。
王宮では、この事を知らない者もまた居ないくらい。
神に仕える神官だった事もあるが、スレインの性格は温厚で優しかった。
頭ごなしに何かを言ったりもしない為人は、もっとも、ユリナに言わせると学生の頃からそうだった。
そして、必ずと言って良いくらい比べられるフォルスは、当時から今も変わらずのやんちゃ。
王宮で働く者達は、これも王太子の頃からフォルスに手を焼かされたくらいは常だった。
ところが、この手を焼かす存在はユリナと、そのユリナが兄のように慕うスレインの二人にだけは素直に言うことを聞く。
この辺りが最たる理由で、王妃となったユリナと専属の護衛騎士に就いたスレインの存在は、特に貴重だった。
スレインが神官騎士を辞したのは、王夫妻から補佐役になって欲しいと懇願されたことを受けてのもの。
政教分離の原則の下で、ただし、スレインは夫妻とシルビアを傍で守るため。
それで辞したに過ぎない。
だから当然、一片も信仰を捨てていなかった。
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シャルフィ王国の始祖。
それは政教分離を宣言したユミナ・フラウとされている。
シャルフィ王国の建国史。
この部分の記述は歴史の本にも載っている。
学生時代は、そこでスレインも授業で習っている。
騎士王ユミナ・フラウを始祖とする所以。
この点について、実は正確な文献資料は無い。
そのため、定かでない扱いともなっている。
ただし、シャルフィ王国の国章。
国章は、これがユミナ・フラウの御旗に描かれた紋を模している。
建国史では、これが建国から今日まで続いている。
国章の由来も、多くは建国史の授業の中で学ぶのが一般的ではある。
それとは別に、図書館などに収められている蔵書からも同様の事実を知ることが出来る。
国章の由来。
文献資料などで判明している幾つかの事実によると、シャルフィの土地は、ユミナ・フラウ旗揚げの地とされている。
そこから本拠地が発展する過程で『シャルフィ王国』へと至った。
ユミナ・フラウの旗印は、シャルフィに咲いていたカミツレの花を描いた紋。
所以は、『如何なる苦難にも決して屈しない力』という花言葉とされている。
ただし、これも諸説が多い。
一説によると、ユミナ・フラウは、カミツレの苗を女神より授けられた。
そして、この苗を植えた土地が今のシャルフィとされている。
シャルフィで挙兵したユミナ・フラウは、自ら植えたカミツレ。
咲いたカミツレの花を紋章にした御旗は、苗と共に女神がユミナ・フラウへ授けたという説もある。
シャルフィではこの建国の歴史を、必修のように学ぶ。
それこそ初等科から学ぶ内容とされ、学生時代にはスレインもこうした内容を習ってきた。
ユミナ・フラウの没後。
そこからの200年程の間は、リーベイア大陸も一つの統一秩序の下に纏まっていた。
しかし、その内側では既に幾つもの歪みが起きていた。
ここは歴史資料に載っている。
歴史学者達の見解の内で有力な説を挙げると、ユミナ・フラウには直系の子孫が居なかった事が、歪の発端ではないかとされている。
ユミナ・フラウは最初、女性である事を隠して男装していた。
理由は家を継ぐ男子が居なかった。
そのため、両親が男として育てながら騎士にしたとされている。
後にユミナ・フラウが女性だと発覚するも、それは旗揚げ以前のこと。
旗揚げした騎士ユミナ・フラウの下には、既に彼女を慕う多くの仲間達が集っていた。
ユミナ・フラウは、集った者達から『勝利の女神』とも『希望の戦姫』とも呼ばれていたらしい。
ユミナ・フラウは生涯独身を貫いた。
その理由に関する確かな文献は無い。
ただし、ユミナ・フラウには妹がいた。
この事実は、幾つかの文献に記されている。
妹も姉と同様。
幼少から騎士の心得を受けていた。
だが、公に姉が男装して振る舞うようになると、両親は妹を女性として育てるようになった。
しかし、妹は姉を支えるため。
そのために、自らも男装して振る舞っていたらしい。
そんな妹は、独身を貫いた姉から諭されると、統一された世界の中で家庭を持った。
恋仲の男性騎士と結ばれた妹は、そして、数人の子供を授かった。
晩年のユミナ・フラウの治世。
邪教を討伐して大陸統一を成し遂げた後。
ユミナ・フラウは、広大な大陸を分割する統治を推し進めた。
旗揚げ以降に参加した国も在る中で、群雄割拠した土地が特に多かった。
それらを新たな治世の中で、幾つもの国家として独立させたのである。
こうした分割統治を進める過程で、ユミナ・フラウは『大陸神誓条約』を定めた。
『大陸神誓条約』
リーベイア大陸にある全ての国家と独立都市の代表者は、年に二度。
大陸中央のシャルフィ王国に集まって会議の席を設ける。
条約が定めた会議は、後世のための平和維持を目的としたもの。
また、この会議の席には、大陸全土に施設と職員を置く教会総本部の代表も参加する。
各国と独立都市は、大陸神誓条約が定めた憲法を最高法規として批准。
その下で各国と独立都市は国内法などを整備できる。
国家間で起きた問題事案は、その解決の最終的な役割を、年二回行われる会議の場での採決へ委ねること等が定められている。
暗黒時代の終焉は、そこから確かに平和な時代を手にした。
しかし・・・・・
確かに一度は平和を迎えた世界も。
当時を体験してきた世代が去った後。
先人が紡いだ平和の中で生まれ育った世代は、やがて私利私欲に走った。
結果。
そこからまた争いと膠着の時代を迎えたのである。
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学問を修め、大聖堂に勤めながら研鑽を積んできたスレインは、政治という世界が好きではなかった。
富と権力は、それを持つ人間を歪ませてしまう毒を持っている。
自身は、そうはなりたくない。
故にスレインはフォルスが王太子の時から諫言するだけはして、それもまたスレイン自身の軸となっている『善き人で在れ』の部分でして来た。
フォルスとユリナの間には、シルビアだけしか生まれなかった。
その事情もスレインは知っている。
初産は、母子ともに死ぬかも知れない難産だった。
その時のユリナが下した強い決断は、だからこそ、シルビアは産声を上げる事が出来た。
当時の事をスレインは『身命を賭した決断』として今も憶えている。
ユリナは、元気なシルビアを産んだ。
二度と子を産めないを引き換えに・・・・・・
ユリナの身体は、命が繋がっただけでも奇跡だった。
ただ、王家にとっては『二度と子を産めなくなった王妃の問題』が生まれた。
だが、その事実は、フォルスが生涯に渡って伏せた。
故に、この件が公になることは無かった。
スレインから見たユリナは出産後。
衰弱した身体は、半月以上の安静を経て、ようやく動けるところまで回復した。
しかし、もう二度と夫の子を身篭れない心傷の深さ。
幼い頃から兄妹同然に過ごしただけに。
ここは誰よりも推し量れた。
雰囲気にさえ出さないユリナの気丈な振る舞いは、普段と変わらず振る舞う姿に胸が締め付けられた。
どれほど愛の営みを重ねても。
ユリナのお腹は、愛の結晶を授かる事が出来ない。
当然この事実が明るみになれば、周囲はフォルスに側室を求める。
これは明らかだった。
ユリナはその事で夫が側室を迎えたとしても。
それは生まれて来た命だけでなく。
夫が自分の命すら救ってくれた事で、十分だと言い聞かせてきた。
一方で、ユリナが内に押し込んだ想い。
ここはスレインも強い葛藤を抱えていた。
しかし、自身の立場と肩書は、それを口にすることを赦さない。
政教分離の原則。
これがスレインの本心を、故に鉄鎖でガチガチに縛っていた。
スレインは自らの発言は素直に聞き届けてくれる。
そういうフォルスの為人だからこそ。
教会に身を置いた日からは、意識して政治に関わる事を、一切口にしないよう努めた。
そして、この件も政治と無縁ではないが故。
王妃となったユリナの件では、自身の本心を口に出来なかった。
宗教側に立つスレインの発言力。
それがフォルスに対しては、絶対的に大きいことを自覚していた。
本心を押し込んだユリナとスレインは、フォルスが決断する時まで。
結果的に、普段を装ったままの日々を過ごさざろう得なかった。
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シルビアが生まれた後で、二月ほどが過ぎた。
その日、スレインは午前も早くからの使者の報せを受けると、フォルスの呼び出しに身支度を整えた所で待っていた馬車に乗り込んだ。
赴いた先は王宮に在る王夫妻の私室。
親友を招いたフォルスは、相変わらず堅苦しい丁重な挨拶を欠かさない。
けれど、これも親友の為人を分かっている。
「今日はユリナの事で、だからスレインにはな。どうしても立ち会って欲しかったんだ」
フォルスはスレインへ用向きを告げながら。
身振りで、先ずは楽にしてくれと。
スレインも促された所で、これもいつも通り夫妻と向き合う側のソファーへ腰を下ろした。
「スレイン。俺はな、ユリナが今も俺の隣りにいる。そして俺達の間には可愛すぎて堪らない愛娘がいる。最愛の妻とは昨夜だってベッドでやることはやっているんだ。それで、何が言いたいのかというとだな。俺様は絶賛幸せ中なんだよ。っつう訳で、側室なんかに興味はない!!・・・・俺様の絶倫的なきかん坊はな。ユリナの喘ぐ声を聞きながら種をばら撒くためだけにあるんだ。どうだ。ちゃんと宣言したからな」
最初、ユリナのことだと告げられたスレインは、そこで大事な何かを聞いて貰うために呼ばれたくらいは察していた。
それだけで過った不安は、しかし、口調もそのまま楽しそうに笑うフォルスが目の前に映っている。
相変わらず王様としての品が無い発言内容だったが。
それでも。
この日頃やんちゃな印象に、今は安堵感を抱かされた。
フォルスは言いたいだけ言って大笑いもした。
隣に座るユリナを片腕で抱きながら。
ただ、本心は晴れ晴れした感で満たされた。
ユリナは今は眠っている赤子のシルビアを両腕に抱いたままの姿勢で、そこで夫の口から告げられた想い。
ずっと胸の内に押し込んだ。
頭で数え切れないくらい言い聞かせもした。
娘と自分と。
どちらも生きている。
だから・・・・・
夫の楽しいのが分かる笑い声。
ユリナは、そして、夫の片腕に抱かれた時にはもう・・・溢れた感情が止めどなく頬を流れていた。
二人に真意を告げた。
フォルスの胸中は爽やかだった。
自然、大笑いした後は、再びスレインを真っ直ぐ映した。
「本当はな。お前たちの何方かでも良いんだ・・・・俺に側室を取るなって言って欲しかったんだよ。なのに、ユリナが動けるようになって一月経っても言ってこないだろ。正直、俺は信用されていないとも考えた」
スレインの瞳は散々笑った後で、今度は一転して真面目な顔つきになったフォルスの声へ。
その真剣だと理解る声色には、内に憤りが在るくらいを察する事が出来た。
「だがな・・・考えたらさ。それはきっと言いたくても言えない事情があるって思えたんだよ。特に、スレイン。お前がこの件で、俺に何も言わないなんて絶対有り得ない・・・・・だから分かった。ユリナの事でお前が何も言わないのは、神官騎士の身分がそうさせている。政教癒着だと謗りを受ける事を考えて・・・・だがな。お前の道徳的な部分は、こういう時に子を産めないからと言って妻を増やしたり取っ替えるのは間違いだって。そう俺は言って欲しかった。それはさ・・・・政教分離じゃなくて、人としての在り様の範疇だろ。でも・・・・俺も悪い。もっと早く、この事を二人に宣言しておけば良かった」
怒りすら滲んでいた声は、途中から後悔の念が混ざると、最後は穏やかな声になっていた。
フォルスは最初からユリナ以外に妻を娶るつもりはない。
それは、恋仲の時には『将来は後宮にハーレムを作る!!』等とも言っていたフォルスが、今は夫として、父親として変化したのだと。
じっと聞いていたスレインには寧ろ、自らの不徳を糾弾された感すらあった。
その後は昔と変わらない雰囲気の中で、シルビアが夜泣するから寝不足になっただの。
幸せなのが分かるフォルスの声は、自分がオムツを交換しようとしてオシッコを盛大に掛けられたとか・・・・・
苦労しているようで楽しいのが良く伝わって来る。
そういうフォルスの声は、ユリナも相槌を入れながら揃って可笑しかったのか。
聞いている側のスレインは、そこに確かな幸せを見た気がしていた。
実はスレインもまた、今回の招きに際し、これも機会だと用向きを携えて来た。
そして、携えた用向きを告げるよりも先に不安が解消した事を、故に此処しかないと思った。
ただ、今はまだこの幸せな空気の中に在る会話の流れを、ユリナの表情を映した瞳は、故に損ないたくないも抱かせた。
スレインは、自身の用向きは最後でも構わない。
内にそう抱いたスレインへ、けれど、フォルスは間もなく笑い話に一区切り付けた。
一度静かに息を吐いたフォルスの口から「実はもう一つあるんだ」と、スレインは再び真剣な面持ちを映した。
「この事は、まだユリナにすら俺は相談していない」
フォルスはいつになく神妙な感じで切り出した。
また静かに大きく息を吐き出した後。
何か気を静めたようにも映ったフォルスは、一度視線を妻の腕の中で気持ち良さそうに眠っているシルビアへ落とした。
そこで小さい頷きの後、フォルスの視線はまたスレインへ向いた。
「実はな、ユリナの事で考えていた時にだ。俺は国王としては器じゃないって心底思わされたんだ。だからと言って、今の責任を投げる事はしない。要するに国王の仕事はするが、そのためには常に意見を言ってくれる存在が必要だと気付かされた。俺はスレインを、お前の立場も事情も理解った上でだ・・・・」
・・・・・シャルフィ国王として、神官騎士スレインを宰相に迎えたい・・・・・
声も表情も、纏う空気すらも真剣だった。
「俺が国王として、その責任を果たすためには、スレインを常に諫言出来る立場で傍に置くのが良いと考えた。あと、これはユリナが前に言っていたんだけどな。俺もそうするのが良いと思えたから頼みたい。シルビアの守役として、善き人の在り様を指導して欲しい」
宰相に迎えたい。
そして、シルビアの守役を頼みたい。
スレインは自身の用向きを、本当ならこの話題の前に持って来るべきだった。
そう抱くくらい胸中は複雑な感情で覆われると、瞼を閉じたまましばし俯いてしまった。




