第25話 ◆・・・ 新しい剣と騎士王の夢 ③ ・・・◆
「私が子供の頃に使っていたお古だけど、素材はシボレーよ。それこそ、そこいらの真剣なんかよりも強度はあるのだけど。それをまだ4歳のアスランが折ったなんて・・・・・」
場所は王宮。
シルビアは仕事を終えた後、夕食もすませると、今は私室でくつろいでいた。
思い起こすのは、午後の出来事。
無意識に表情が緩んでいた。
今日の午後、執務室で独り報告書などに目を通していた最中。
そこへ戻って来たカーラから、折れた木剣を見せられ時は、流石に驚かされた。
見た目は茶褐色に染まっていたけど。
この木剣を、見間違えることは無い。
私が父様から貰ったもので、それを私は、アスランへプレゼントした。
息を切らせたカーラの説明で、おおよその事情は理解った。
そして、本当なら5歳の誕生日に渡そうと、ずっと以前から用意していた。
あの新品の木剣を届けさせた。
もっとも、カーラはそこまで見越して持って来たのだし、『シルビア様。アスラン様には今直ぐにでも新しい剣が必要です』って。
慌てたカーラの表情は、今思い返しても。
滅多に見れないものだったわね。
もう久しく見ていなかった、親友の慌てた感の表情へ。
シルビアは思い出すと自然、クスクス笑ってしまうのだが。
ソファーに深々と座った姿勢でくつろぐ今は、折れた木剣を、まじまじと見つめている。
アスランの4歳の誕生日。
その日を最後。
今日まで一度も会っていない。
自分が稽古を付けてきた時の木剣には、こんなに多くの傷は無かった。
勿論、ここまで使い込んだ感も無い。
だから、まさか折れるまで使い込んだとは、夢にも思っていなかった。
「けど、この傷の感じは・・・・・まるで真剣と打ち合ったかのような傷。でも、まさかそんな事はあり得ないわ。アスランがいくら可愛いからといっても、それで瞳を曇らせるなんて。そうね・・・カーラのせいで1年近く会わせて貰ってないからよ。それで評価を見定める瞳まで曇っただけ」
折れた刀身部分は、細かな傷が幾つも目立つ。
傷の鋭さはシルビアへ。
最初、真剣と打ち合ったものでは、と抱かせた。
これが石や樹の幹などに触れて出来た類の傷ではないくらい。
シルビアも、子供の時から剣の修行をして来たから理解る。
けれど、アスランが誰かと、真剣で打ち合う稽古をしている筈がない。
仮にもし、そのような稽古を、していたとして。
だが、刀身全体が傷だらけになるような、打ち込みをするだろうか。
シルビアの疑問は、刀身に刻まれた、無数の細かな傷。
もっとも、その原因は、アスランが取り組んでいる『魔法剣技』
修行中に使った風属性の魔法によって、刀身は傷だらけになった。
しかも、この修行が、木剣の寿命を早めてしまった主因でもある。
アスランが独力で至った『魔法剣技』
此処には、本人ですら未だ理解っていない部分が、多くある。
木剣が折れた原因も、その中の一つ。
使用時に掛かる負荷が大き過ぎる点を、実際の使い手が、全く理解っていなかった。
シルビアが、アスランへ与えた木剣について。
これは、シボレーと呼ばれる樹木の幹から作られている。
シボレーの特徴は、その一つに並の金属程度を上回る強度、という点が挙げられる。
事実、達人と呼ばれる程の腕の者が扱えば、兵士たちが日頃使っている金属の剣や槍程度は、簡単に折れる。
シボレーは、他の樹木のように幹が太くならない。
木の高さも、大人の背丈程度以上にはならない。
故に、一本のシボレーからは、一振りの木剣しか作れない。
後は特殊な環境でしか育たないため、希少な樹木となっている。
アスランはずっと、知らずに使って来た。
だが、このシボレーから作られた木剣。
実は、超が付く程の高級品である。
新品は白木のような白さで、見た目が美しい。
しかし、シボレーの性質は、使い手が使い込んだ分だけ、それを、深みのある茶褐色へ変えていく所にある。
それこそ、経年で反ることはおろか、日焼けによる変色もしない。
そのため、剣に通じる者達の中には、特に高価でも、シボレーの木剣で修行を積む者が少なくない。
アスランを、立派な騎士にしたい想い。
シルビアはそれも込めて、アスランへ、シボレーの木剣を握らせた。
ただ、まぁ・・・・・
シルビアでさえ予想していなかった事を、アスランがし続けた結果。
自身が幼少の頃に使っていた木剣。
当時は悪戯に使った、玩具でもある。
殆ど汚れていなかった木剣は、3歳のアスランには、ちょっと大きいくらいのサイズ。
まさか、二年経たずに折れた等。
驚きの大きさは、シボレーを理解っている事にある。
この理解っているは、しかし・・・・・
折れた根本を、注意深く見つめたシルビアは、素直に受け止めることを選んだ。
最初は驚いて、それから疑問を抱きはした。
でも、素直にアスランが、寿命で折れるまで使い込んだ。
こう思うと誇らしいし、とても嬉しい。
シルビアはアスランの勉強。
毎週のテスト結果は、当然、把握している。
カーラも今の成績なら、大丈夫そうな私見を口にしていた。
だからこそ。
折れるまで稽古に打ち込んだアスランを想うシルビアは、文武両道に頑張っている姿を思い描いて、表情が緩む。
アスランの5歳の誕生日。
その日が来たら、絶対会いに行く。
そして、もう誰がなんと言おうとも、アスランを城へ連れて行く。
会えなくても、確かな努力の証をまた一つ。
シルビアは、アスランが折ってしまった木剣を、幸せそうに抱きながら。
5歳の誕生日がまた一層、待ち遠しくなるのだった。
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・・・298・・・・299・・・・300!・・・・
今朝も、ノルマの素振り300回は、達成出来た。
素振りの途中から、止めど無く滲み出ては流れる汗も。
アスランは腕で、軽く拭った後。
今は深く息を吸い込むと、ゆっくり静かに吐き出した。
ただの素振りでは、理想に届かない。
一刀入魂の素振りで、連続300回。
基礎についても、自分はもっと高い所を、そこを目指さなければ、絶対届かない。
この素振りも、意識して取り組んだ初日に比べれば。
今は余裕も、あるにはある。
しかし、この素振りで400回出来るかと言われると、今すぐは届かない。
地道な積み重ねの繰り返し。
時間はかかるが、欠かさずやれば、必ず届くことも理解っている。
それに今は、新しい木剣もある。
何と言うか、新品を一番に使えるというのは、それだけで気分が高ぶる。
3歳の誕生日に貰った木剣を、折ってしまった時には、目の前が真っ暗・・・・・
でも、シルビア様の手紙で、じっとしていられないくらい、やる気が出た。
あれから既に一週間・・・・・
新しい木剣は、以前のものより刀身部分が長い。
その分、重さがあった。
新しい木剣を使った素振り稽古は、最初、振った時の剣の重みで、身体が引っ張られた。
その前から、握っただけで、ずしっとした重さもある。
軽く振っただけで、腕ごと引っ張られる感覚は、それから一週間。
少しだけ、ましになった。
止める所を、前よりも強く意識した。
踏み込む足は、更に前へ出た。
腰を低く落とす感じで、そうすることで、姿勢が振られ難くなった。
剣の重みで、身体を引っ張られるようでは、素振りとして意味を成さない。
そんな事は、最初に教えて貰ったこと。
新しい木剣を使い熟すために、今は未だ、色々足りていない。
腕の力。
背筋と腹筋。
下半身も、もっと鍛えないといけない。
身体の軸が弱いから、振り回される。
つまり、振り回されないだけの身体を作れば、解決する。
幼年騎士に任命されるためには、勉強は勿論。
それと同じくらい、体力も必要。
素振りは、小手先の技じゃない。
連続300回は、体力が無ければ出来ない。
だから、素振りで振り回されるようでは、任命出来ないと言われた事も、アスランは憶えている。
新しい木剣を、前の木剣と同じくらい、使い熟す。
分かっている事は、木剣に対して身体が弱い。
木剣が新しくなって以降。
下半身を鍛えるための走り込みは、前よりも増えた。
他にも、初めてマナの枯渇を経験した時についた嘘。
これが転じて、その後からエストに、腕立て伏せ等も教えて貰っている。
身体を鍛える修行の内容は、充実していた。
ただ、その量を増やした結果。
アスランの起床時間は、更に早くなって、夜明けどころか、夜中からの稽古になっていた。
まぁ・・・・・
腕だけで、木登りをして落ちたという嘘。
エスト姉は、『どうせ腕を鍛えるなら、腕立て伏せでするように』って、呆れ顔で教えてくれた。
けど実際、教えて貰うと理に適っているやり方なのは、僕にも理解った。
その時にだけど、僕は身体を鍛える方法を、殆ど知らないでいたんだと分かった。
走って下半身を鍛えることと、素振りくらいは知ってたけど・・・・・
お腹の筋肉を鍛えたり、背中の筋肉を鍛えるやり方がある事は、知らなかった。
腕立て伏せという鍛錬の仕方も、そうだったし。
僕は、僕自身を強くするための鍛錬の方法を、もっと勉強しないといけないって、そう思った。
よく考えてみると、剣術は、シルビア様から教えて貰った事しか、していない。
走り込みは、郵便物を届けてくれる、お兄さんから聞いたこと。
腕立て伏せとかは、全部エスト姉から聞いた知識。
アーツのことは、エレンが先生なんだけど・・・・・
うん、教え方は理解り難いままなんだよね。
『・・・・テストで良い点数をとって。それでエスト姉や神父様から、褒めてもらってたのもあるけど。僕は僕自身を鍛えるための方法は、知らなさ過ぎたんだ。はぁ~・・・・僕って不勉強だよなぁ。もっと勉強も頑張らないとな』
そんな事もあったと・・・・・
今となっては、何処か懐かしいような感じもする。
アスランは、今朝も稽古を終えた後。
汗にまみれた身体を、川の水で洗うように流した。
孤児院では、お風呂を毎日ということが無い。
普段は、お湯で絞ったタオルで、身体を拭く。
理由は、燃料となる薪の代金が限られているから。
川の水は、まだ冷たい。
でも、アーツでなら、お湯は作れる。
川底に置いた魔法陣は、その中で温水を作ると、お風呂代わりに出来た。
湯上りは最後。
ちゃんと、タオルで身体も拭く。
拭いている間は、ずっと魔法陣の中で風も起こしている。
おかげで、今朝もサッパリできた。
身体の鍛え方。
その鍛錬の仕方は、今でも考えている。
アーツの修行が、今の形になったように、身体を鍛える方法だって、勉強すれば、もっと良く出来るはず。
ただ、その部分に必要な知識が、今も足りていない。
この事を不勉強だと、ぼやくような声にしたアスランだったが。
やはり、本人は、此処でも無自覚だった。
自分の周りにいる同年代を、よく見れば直ぐにでも理解ることを、当人は無関心だったことで、完全に見落としている。
アスランは、まだ4歳の子供。
なのに、考え方が、同年代から外れている。
エストやスレイン神父のように、日頃からアスランを見ている大人達に言わせると、『子供らしくない』思考の持ち方なのだが・・・・・
アスランは、関心の無い事には、露骨に無関心だった。
そして、これもまた、周囲の大人達が『子供らしくない』と、抱く部分には違いなかった。
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・・・・・見渡す限り・・・・・
そこには風を孕むと、一際大きく翻る戦旗が、幾つも映っていた。
瞳に映るのは、綺麗な蒼の戦旗。
銀色の紋章は、カミツレに双剣。
あれは間違いなく、騎士王の旗印だと分かった。
自分も知っている紋章の戦旗が、何十本。
否、百本以上は軽く掲げられている場所に、綺麗な鎧姿の騎士達が、大勢立っていた。
映す騎士達の視線の先・・・・・・
居た。
騎士鎧とは違う姿で、たった一人。
裾の長い白のコートに身を包んだ騎士達の王様は、一番前に立っていた。
辺り一帯を満たす空気だけで、胸が高鳴った。
鼓動はドクンッドクンッと、強く脈を打ち続けている。
そのせいなのか、息まで苦しくなった。
両肩は、見えない重圧を背負わされたのか、首筋から痛みが走った。
それから、全身が、何かに縛られているような感覚も・・・・・
僕の瞳は、次の瞬間。
駆け出す騎士王の背中を、凝視するように見ていた。
後ろ姿を追うように。
けど、瞳はそこから、騎士王の両手に握られた聖剣へ。
対を成す聖剣コールブランド。
美しい刀身へ、僕の視線は釘付けだった。
聖剣コールブランドの刀身。
透けているのでは?と、そう思ってしまう程。
この透き通った感を抱く刀身を、金色の粒子が包み込んでいる。
僕には、その様に見えていた。
騎士王は、コールブランドを両手に、戦場を駆けた。
剣の一振りは、まるで閃光。
剣を振るう度、金色に見える光の帯が後を引く。
閃光にしか見えない軌跡を、幾重にも描く剣の動き。
僕は、見失わないよう、必死に追い続けた。
憧れの騎士王は、本当に格好良い。
強くて輝いている騎士王を、見ているだけで胸がいっぱい。
いつか・・・・・
いつか僕も、そこに立ちたい。
誰よりも前にいて。
そして、誰よりも強く輝いている。
僕は、騎士王のような騎士になりたい!!
・・・・ラン・・・・・スラン・・・・・・アスラン・・・・・アスラン!・・・・・・・
!!
耳に入る呼び声へ。
声とは別に、肩を掴んだその手が、身体を揺さぶる。
ハッとしたかのように、瞳は開いた・・・・・
映った景色は、見慣れた図書室。
アスランは、それで今まで、眠っていたことに気付いた。
そして、自分を起こしたエストが、じっとこちらを見つめていた。
じぃっと、こちらを見つめるエストと、視線が重なる。
ただ、先に大きな欠伸が漏れた。
アスランは、エストの呆れた面持ちに見つめられる中で、そのまま大きく背伸びまでしていた。
「・・・・エスト姉。何か用ですか・・・ふぁあ~」
「まったく、こんな所でお昼寝をするなんて。さっきから何度も呼んだのですよ。よほど深く眠っていたようですね」
「あぁ・・・そうか・・・今日は雨が降っていて。それで此処で聖剣伝説物語を読んでいたんだ・・・・ふぁあ~」
答えながら欠伸を繰り返すアスランを他所に、お昼前から降り出した雨は、今もまだ降り続いていた。
時計の針は、午後3時を過ぎたくらい。
今日は久しぶりに図書室で、聖剣伝説物語を開いた。
後は読書の途中、気付かない内に眠ってしまった。
ふと、今日の午後は、後半から勉強会に参加する・・・・・
勉強会のことは、昼食の時に、シャナから誘われた。
カールからも誘われて・・・・・
じゃあ、書き取りの勉強が終わる頃に行く。
確か、そんな約束をしていた。
ようやく思い出した感の表情を見せたアスランへ。
呼びに来たエストは、「はぁ~・・・まったく」と、手を煩わせる弟のような存在の頭に軽く拳骨。
「大きな欠伸ですね。・・・・・少し、寝不足なのではありませんか」
「・・・・大丈夫ですよ。本を読んでいたら気付かない内に眠ってしまったみたいです。けど、おかげで良い夢を見れました」
「良い夢ですか」
「はい。夢の中で、僕は騎士王の後ろ姿を見ていたんです。本当に格好良かった。僕もあんな風に剣を振るえたらって・・・・だから、もっと修行を頑張らないといけないって。それくらい格好良かったんです」
「そうですか。ですが、頑張り過ぎて倒れては。元も子もないのですよ。時には休むことも必要なのですからね」
今はそんな素振りすら見せていないアスランを映して。
ただ、エストは最近のアスランが、寝不足なのではと心配だった。
エストがそう抱くようになったことには、理由がある。
夜は同じベッドで一緒に眠っているエストは、アスランがまだ夜も暗い内に起きて部屋を出て行くのを、つい最近になって知った。
エストは最初、単純にトイレで起きたのだろうと抱いた。
眠気に瞼を閉じて、微睡ながら。
けれど、その後のアスランは、戻って来なかった。
もしかすると、気を遣って前の部屋に行ったのかも・・・・・
しばらくの後、それはないと、ベッドから勢いよく起き上がった。
あの部屋は、使わなくなったから鍵を掛けている。
それと、さっきは眠気があったから気付かなかった。
トイレに行くのに、着替えはしない。
寝る前にアスランが脱いで畳んだ服。
それが無くなっている理由は、一つしかない。
外はまだ暗かった。
エストは自らも着替えると、静かに廊下へ出た。
真っ暗な廊下は、差し込む月明かりで、照らされる程度。
1階へ降りたエストは、そこで近所の犬が吠える声に。
自然、足が外へ向かった。
勝手口の扉は、内側から鍵を外した痕跡がある。
これは水汲みの当番が、いつもしていること。
つまり、アスランは外に出ている。
未だ夜中。
星が光る夜空の下、エストの足は真っ直ぐ、そこへ向かっていた。
居るとしたら、此処しかない。
目的の場所。
孤児院からは少し離れているが、大人の足で数分程度。
そして、エストは到着するなり、身を隠した。
あんな雰囲気を纏ったアスランを、初めて見た。
真剣・・・・・
それよりも、もっとこう・・・・・
そう。
鬼気迫る感じが、ずっと近い。
真夜中だから余計、怖さを感じさせる雰囲気。
近寄り難い雰囲気の中で。
アスランの素振りは、前に見たそれと、全然違っていた。
あれからまだ数日。
今までも水汲みをしていたアスランが、夜明け前に起きて、当番仕事と稽古をしているのは知っている。
けれど、今はその時よりも、2時間は早い。
時計の針は、夜中の3時。
この事が、エストを不安にさせていた。
未だ数日でも。
エストは、アスランが起きて部屋を出て行く度に、時計を見るようになった。
早い日は午前2時。
アスランは孤児院を真ん中に、空き地から風車のある倉庫の間を、何往復も走っていた。
そのアスランは賢い。
王都の方へ走れば、夜勤の兵士に見つかる。
たとえ走る鍛錬でも。
真夜中に幼い子供が出歩いていれば、見逃したりしない。
逆に王都とは反対の方向。
孤児院からは森へ続く道。
途中には、農家の倉庫が建ち並んでいる。
此処は、子供達の遊び場所にもなっている。
そして、夜中は人気が全くない。
走った後で水汲み。
水汲みを先にする日もあった。
順番は特に決まっていない、のかも知れない。
それから、精霊と言葉を交わしている?
何か喋っている感じはあった。
走り込みと水汲みの二つ。
終わった後は、素振り稽古へ。
最初に見た時と同じ。
雰囲気は、がらりと変わった。
昼間、こんな雰囲気のアスランを、見たことは無い。
エストの瞳には、今のアスランの素振り。
一振りに込められる真剣さが、同時に怖く映った。
型の練習も、前に見た時とは比べられない。
型稽古は、シルビア様がアスランに教えているのを、見たことはある。
でも、あの頃のアスランの動きは不自然だった。
それが今は寧ろ、教えていたシルビア様の動きに近い。
ただ努力したと、表現するには異なる。
エストは、今のアスランの姿へ。
前に苛めグループを、一人でやっつけた実力。
此処は納得できた。
反対に、鬼気迫る雰囲気で修行を続ける姿へ。
それには、身体を壊す危惧を抱いた。
毎晩10時まで勉強した後からベッドに入って、2時には目を覚まして当番仕事と稽古。
4時間も寝ていない生活を、一体いつから。
褒めるような感情よりも。
寧ろ、不安とか心配の念だけが、強くなっていた。
「大丈夫です。今日は此処で眠ってましたが。天気の良い日の午後は、いつもの空き地で。お日様が凄く気持ちいい所で昼寝もしているんです。芝生が良い感じに柔らかいし。日差しは暖かくて風も心地良いんですよ」
一瞬、エストは自分を見透かしたような眼差しで、見つめている。
子供のアスランから、ゾクッとさせられる感を受けた。
意味も分からず背筋に走った寒気へ。
だが、こちらは心配いりませんとばかりな、アスランの笑みが。
それはエストへ、若干でも癇に障らせると、意味深に微笑ませた。
「そうですか。つまり、アスランは夜の勉強に備えて昼寝を取り入れている・・・・そういうことですね。疲れが溜まって眠っていたのであれば。私も勉強の時間を少し考えたのですが」
「エスト姉の教え方は本当に理解りやすいです。だから、勉強時間に寝るなんて勿体無いですよ。僕はカールやシャナ達が。エスト姉の事を先生って呼んでる事にですけど。それよりも前からエスト姉が教師のように見えていました。だから、教師の資格を持った修道女とか。格好良いんじゃないかなって。そんな事も思いましたよ」
「なる程、それは名案ですね。ですが・・・教員資格は大学に行かないと得られないんですよ。私の場合、先ずは中等科からになるので。教員資格を取る時には。アスランは初等科を卒業している筈です」
「そうですね。でも、僕はエスト姉が本物の教師にもなったら・・・・それを誇りに出来ます」
「えっ・・・・・」
「だって、こんなに勉強を教えるのが上手い先生に。僕は勉強を見て貰えたんですよ。それも教員資格を持つ以前にです。カールやシャナ達がどう思っているのかは聞いたこともありませんが。それでもエスト先生が本当の『先生』になれたら。それはきっと皆が喜べる気がします」
「おだてても何もありませんよ。それに、私にとってアスランは最初の教え子です。そして最も優秀な生徒です。貴方が騎士になったら。それは私の誇りにもなります」
「じゃあ、僕が騎士になったら。孤児が騎士になれたのは、エスト先生が勉強を教えてくれたからと公言させて頂きます」
何かこう、変な意地の張り合いをしている感は、二人とも同じ。
エストは最初、アスランを心配したにも関わらず。
ただ、少しカチンとさせられた。
寝不足が原因で、幼い身体が本能的に休んでいた。
等とも抱いたエストに、アスランの返答は、ちょっとだけ面白く無い感情を抱かせた。
けれど、今の会話では、素直に嬉しいを抱いている。
面と向かって言われると、何か気恥ずかしくもなる言葉へ。
だから、エストもお返しとばかりに、同じような言葉を返した。
そこから今は、お互いに察した感じで、同じように笑ってる。
この時の光景もまた、見る人によっては、仲の良い姉弟に見えたはず。
少なくとも、偶然通りかかって耳に届いた声で室内を覗いたスレイン神父は、温かい気持ちになれた。
2018.06.19 誤字や脱字の修正を行いました。




