第24話 ◆・・・ 新しい剣と騎士王の夢 ② ・・・◆
修行を続ける中で成長した。
成長すると見えてくる。
今の修行の中身は、同じことを繰り返しているだけ。
だけど、違う。
自分が目指す、理想への課題。
それが一層、明確になった。
明確になると、もっと集中して取り組むようになった。
アスランの日々は現在、だからやる事だけで過密。
結果。
以前よりも1日を、ずっと短く感じるようになってしまった。
孤児院の子供達。
カールやシャナも、大好きなシルビア様と半年以上も会っていない事を、寂しがる時がある。
なのに、アスランの心には、僅かにも入り込む余地がない。
それほど過密に過ごす今。
アスランは、5歳の誕生日までに、理想の『魔法騎士』になるためには、時間がとにかく足りていない。
1日の時間が今の倍でも、全然足りない感に駆られていた。
目指す幼年騎士。
アスランは、4歳の誕生日の事を思い起こしては都度。
シルビア様がくれたチャンスを、絶対に掴む。
そう心に、強く刻んできた。
5歳の誕生日は、将来を左右する運命の日。
残り後3ヶ月も無い。
ただ、そこには指折り数えるとか、待ち遠しい等の感情は皆無。
寧ろ逆。
アスランは、自分が立てた目標へ。
達成出来なければ、幼年騎士にはなれない。
なのに、今のままでは間に合わない。
心は、焦りに近い感情だけを、色濃くしていた。
『ただ与えられた課題だけをやり切っただけ。でも、孤児の自分は、それだけじゃ幼年騎士にはなれない』
これはアスランが勝手に、そう思い込んでしまったもの。
思い込みで不安になって・・・・・
その不安を拭いたくて、焦るくらいもがいている。
不安をノートに書いた。
書くだけ書いて。
それから考えた。
どうすれば良いのか?
どうしたら、幼年騎士になれるのか?
自分は孤児だから。
課題だけじゃ、騎士になれない。
そんな心理状態で辿り着いた答え。
『魔法騎士』
焦りを抱く心理状態では、物事が見えなくなる。
無論、アスランも例外ではなかった。
ただし、アスランは未だ4歳。
そんな子供が、此処まで追い詰められるような焦りを抱く?
スレインやエストの知らない所で。
アスランの精神状態は、既に異常へ陥っていた。
精神状態は全く良くないにも拘らず。
悪い兆候を、スレインもエストも、感じ取れなかった。
理由の一つ。
この状態が、アスランの集中力を高くした。
帳簿整理や夜の勉強でも、アスランの集中には、凄みがあった。
きっと誕生日が近付いたからだろう・・・・・
スレインとエストは、それで全く気付く事が出来なかった。
この頃の修行時間。
アスランは、鬼気迫る空気を纏っていた。
エレンは、アスランの異常には気付いていた。
気付いていながら。
エレンは、自分の目的を優先した。
精神状態が悪い。
その兆候をスレインとエストが、感じ取れなかった他の理由。
何と言っても、見ていてもどかしい。
だけど、生暖かく見守れる?
アスランは今でも、会話中に気恥ずかしさを見せるシャナを相手にすると、苦慮しているのが、見て取れる。
と言うか、はっきり言って、アスランが『不器用過ぎる』
既に日常劇となった今では、これもカールが仲を取り持って難を逃れる?
アスランはシャナに対して、未だに付き合い下手だった。
エストから見たシャナの好意は、分かり易い。
食事の時は必ず、アスランの隣だ。
アスランを挟むようにして、もう一つの隣はカールが座る。
三人の会話は、ここでもフォロー役はカールだ。
アスランにとって、カールは話し掛けやすい。
下の子供達の面倒見が良くて人気がある。
だから、グループの男の子達からリーダーに見られることも納得。
シャナだってグループでは、女の子達のリーダーみたいな存在。
内気だけど、カールと同じくらい面倒見が良い。
僕と話すときは、あれだけど・・・・・
女の子達は勿論、カールや他の男の子達とも、普通に話せている。
だから、シャナはなんで、僕だけあんな感じになるんだろう?
全然理解らない・・・・・
アスランは、この意味不明な部分を、エストに相談したことがあった。
夜の勉強が丁度一区切りついた後で、その時のエストは、自分が話している最中。
何かしら察したのだろう。
可笑しそうに笑っていた。
『そうですね。これもアスランにとって、勉強の一つになるでしょう。ですから答えを、今は教えられません。けれど、シャナはアスランと、もっと仲良くなりたい・・・・私から出せるヒントは、これだけです。どう仲良くすれば良いのか。これはアスランが考えることですよ』
笑った後のエストがくれたヒント。
アスランは、これがカールと同じような答えだと、先ずは抱いた。
二人とも同じような事を言っている。
シャナは僕と仲良くなりたい。
これは間違いないだろう。
でも、じゃあ・・・・・
突然下を向いて黙ったり。
それで今度は時々、こっちをチラッと見てはまた下を向く。
前にカールから言われて、それで僕は意識して、真っ直ぐ見ないようにした筈なのに。
どうしても会話が続かない。
何を話せば良いのかも、分からなくなる。
だからエスト姉に相談したのに。
考えろって・・・・・
結局アスランは、ベッドに入ってからも考え続けた。
問題のシャナとの関係は、別に悪く無い。
カールと同じくらい、仲は良いと思う。
だけど、それ以上にもっと、仲良くなる方法があるらしい。
それが何なのか?
眠くなるまで考えたが結局・・・・・
この問題は、お手上げだった。
それからしばらく。
アスランはシャナとの会話中、意識して言葉を選んだ。
だが、目立って改善した感じは無い。
寧ろ、此処ですら会話の最中に、突然俯かれてしまった。
こうなってしまうと、シャナは顔を赤くして、恥ずかしがっているようにしか見えない。
一度そうなると、シャナの声は、か細くなったり歯切れが悪くなる。
終いには、何を言ってるのか、理解らなくもなる。
注意深く観察したアスランは、『やっぱり自分が何か不味いことを言った』のだろう。
自分の何処が、不味かったのかは分からずとも。
シャナに謝った。
ところが、シャナは首を強く横に振って、『違う。アスランは悪くない。だから・・・謝らないで』と、それで後は逃げるように走り去ってしまった。
本当に意味が理解らない。
エスト姉もカールも、似たようなことを言ってたけど・・・・・
僕はどうすれば良いの???
シャナも、はっきり言ってくれない。
もう、僕は八方塞がりです。
アスランにとって、カールとシャナは、ただの友達とは違う。
二人のおかげで、仲間外れじゃなくなった。
グループの皆と仲良くなれたのも、二人のおかげ。
凄く感謝しているのに・・・・・
シャナのことで悩むアスランへ。
手を差し伸べる役。
それは、やっぱりカールだった。
アスランは、カールからの提案を受けた。
そして、当番仕事と朝稽古の後から、朝食までの自由な時間。
提案して来たカールと、もう一人。
此方も朝はカールと一緒に奉仕活動をしている、シャナの勉強を見るようになった。
二人の実力は、自分名前をちゃんと書ける。
他にも、簡単な文字は書き順も含めて、正しく書ける程度。
勉強を見る。
と言っても、実際には二人も覚えた文字で、シルビア様に手紙を出したい。
それは前にも聞いた事がある。
だけど、二人は伝えたい事を、ちゃんと文字にして書きたいらしい。
そのための勉強を見て欲しい。
カールとシャナは、そこでアスランから多少難しい文字。
習った文字を、当番仕事の後で、朝食までの空き時間。
ここでも書き取り練習を、するようになった。
アスランは最初、カールとシャナが、手紙で伝えたい内容。
それを自らペンを取って、紙に書き記した。
書き記した後で、今度は二人の手本にすると、先ずは同じ内容を、ちゃんと書けるようになるまで、繰り返させている。
二人が理解らない文字。
単語だけを、教える方法もある。
けれど、手紙なら、表現力だって欲しい。
アスランはそう考えて、手本は二人がシルビア様へ伝えたい内容。
練習しながら、手紙も書ける。
この方が良いと思った。
カールもシャナも、書ける文字はすらすら書いている。
たぶん、エスト姉が未だ教えていない文字とか表現。
簡単でも教えられていないから、ペンが時々止まる。
アスランはその都度、書き順と表現の意味を教えている。
習ったばかりの文字は不格好。
でも、カールもシャナも、手紙にすることは出来た。
そして、出来るとやっぱり嬉しい。
その嬉しいは、自分にも理解る。
朝の勉強は、カールの提案を受けてから、ずっと続いている。
手紙を毎日出している訳ではないが、この形式で勉強を見ている。
アスランは毎朝、先ずは二人に手本を作る。
後は手本を前に練習する二人から、個別に尋ねられたことを教える。
文字の書き順。
表現の意味や仕方など。
その中で、アスランは手本を作る際に、態と難しい文字を減らして作った。
別に書けるに越したことはない。
ただ、悪戯に急かしてまで、やらせることでもない。
文字の勉強そのものは、午後の時間で、エスト姉が教えているのだから。
しかし、アスランはこの時間を得た事で、内に在る焦りの感情を和らげていた等。
当人は全く、気付いていなかった。
アスランの意識は、単純に『シャナとも仲良くいられるようになりたい』だけ。
時々、質問攻めにしてくれるシャナとの会話は、何故か普通に弾む。
理由は分からない。
だけど、普通に話せるこの時間。
アスランも自然体でいられた。
アスランが朝の時間で、先生役をするようになってから。
朝食の準備の合間に、エストは何度も、アスランが手本として代筆した手紙を見ている。
当然、アスランが意図的に、難しい文字を減らして作ったくらい。
一々聞かずとも理解っていた。
ただ、殆どの子供たちは、難しい文字などを書けると、その意味を理解らないまま、満面な面持ちで自慢しあっている。
けれど、アスランは、それをしない。
更には、簡単な文字や表現に出来るものを、普通にそうしている辺りで、本人の知識力の高さを暗に示している。
エストは口にしなかったが、内心ではアスランを、本当に良く出来過ぎた教え子だと、褒め半分。
後はやっぱり、子供らしくないと抱くのだった。
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暦は5月へ。
新緑に染まる木々が、孤児院の近所でも目立つようになった。
日差しが孕む熱も、更に増している。
そこに時々は、肌寒い日があるくらいで、後は汗ばむような晴天の日が多くなった。
ところが、今日のアスランは、朝稽古で起きた事故。
それによって、表情が浮かないでいた。
外の天気は、気持ち良いくらいの快晴。
反対に、アスランの表情はどんより。
アスランの落ち込みは、事務仕事にも影響を及ぼすと、エストから見ても、酷く気落ちしているのは明らか。
アスランが落ち込んでいる理由。
原因は、シルビア様から貰った木剣。
朝稽古の途中、過って根本から折ってしまった事を、ずっと引き摺っていた。
エストは、アスランから折れた経緯を聞きながら。
稽古中、型の反復練習中に起きた事までは把握した。
いつもの空き地で、今朝も稽古に励んでいたアスランは、型の練習中に木剣を振り抜いて、その時に振り抜いた木剣が、樹の幹を直撃して折れたらしい。
折れた木剣は、シルビア様から頂いたもの。
それもシルビア様が、子供の頃に使っていた思い出の品。
悪戯に折ったのではないのだから。
エストは、シルビア様がこれでアスランを咎める・・・・・
それこそ絶対あり得ない。
だが、アスランは違った。
折れたのは、自分の不注意。
過ぎるくらい自分を責めて、そのまま酷く落ち込んでしまった。
折れた木剣を見つめながら。
エストは、木剣全体に付いた細かな傷。
前に見た時は、こんなに傷だらけではなかった。
そう抱いた。
何となく・・・・・
この木剣は使い込まれて、そして、寿命に至ったのではないか。
それくらいアスランの木剣は、使い込んだ跡が顕著だった。
午後。
エストは、孤児院を訪れたカーラとの定期会談の席で、最後に、アスランがシルビア様から頂いて使っていた木剣を、話題に上げた。
アスランが、3歳の誕生日にシルビア様から頂いた木剣で、稽古を積んでいる。
これは無論、カーラも把握している。
そして、シルビアが新品ではない。
自分が子供の時に使っていた物を、与えた真意も理解っている。
カーラは、エストからアスランが、その木剣を、稽古中に折ってしまった経緯。
話の途中、テーブルに乗せられた、折れた木剣を直接手に取りながら、一瞬、ハッとさせられた。
確かに、刀身部分が根本から、ポッキリ折れている。
けれど、カーラがハッとさせられた部分は別。
手に取って、間近で確認したからこそ、過失などではない。
寧ろ、此処まで使い込んだから、折れたのは当然。
細かな傷だけが、原因ではない。
そもそも、この木剣には、他の材質と異なる特性がある。
そのため、自分も見知っている色からすると、変色の具合で理解る部分が在る。
ただ、そこでカーラの思考は、一層深まった。
それでも。
再び映した、折れた部分へ。
・・・・ですが、確かに此処まで疲労が蓄積すれば。折れて当然です・・・・
「エストさん。これは明らかに剣そのものの寿命です。折れた部分をよく見れば分かりますが、恐らくは打ち込み稽古によって蓄積した疲労が原因でしょう。そうでなければ、4歳の子供の力だけで木剣を根本から折るのは考え難いです。色も新品であれば、もっと白いのですが、これはどう見ても茶褐色。毎日外で稽古を積み重ねた証です。アスラン君は何一つ悪くありません」
カーラの胸の内には、疑念がある。
だが、それはいくら何でも、考え過ぎだろう。
細かな傷が、刀身部分に集中している疑問。
そこで誰かが、アスランに指南したくらいの疑問は、既にそんな人物がいない事を、エストから聞いている。
まぁ、幼い子供を相手に、此処まで傷だらけになるような指導。
そんなものを、指導とは言えない。
だから考え過ぎ。
もっと当たり前に、アスラン様が熱心に頑張られた。
これはその証。
一方、こちらはカーラの見立てを受けて。
エストは、何処か胸が救われる感を抱いた。
間もなく、折れた木剣を預かったカーラは、馬を走らせると、急ぐような勢いで王宮へ戻った。
見送ったエストも、そこから一時間程度。
再びやって来たカーラの手から、今度は真新しい木剣を一振り、預かる事になった。
「折れた木剣の方は、シルビア様に事情を伝えました。そして、シルビア様から新しい木剣と手紙を預かってきています」
カーラが差し出した木剣は、白木のように綺麗な新品。
手紙と一緒に預かるエストへ。
微笑むカーラは、また直ぐに馬へ跨った。
自分には未だ、今日の分の仕事が残っている・・・・・
エストは、カーラがシルビア様の補佐役で、仕事を多く抱えているくらいは、聞いたことがある。
それでも時間を作って、アスランの勉強用の問題集やテスト問題も作っている。
本当は忙しい筈のカーラの好意。
エストは、カーラの姿が見えなくなった後もしばらく。
見送りを終えようとはしなかった。
その日の晩。
アスランは勉強を始める前にエストから。
自分宛の手紙と、真新しい木剣を受け取った。
そして、折れた木剣が、今はシルビア様の所にある事を知った。
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木剣が寿命を迎えるまで、そのくらい稽古に打ち込んだ事を私は嬉しく思っています。
ですから折れたことを気に病むことはありません。
それよりも、アスランが私の予想を超えて、剣術を頑張ってきたのだと思うと誇らしくなるのです。
アスランが頑張った証は、私の宝物として頂きますが、代わりにアスランへは今必要な剣を贈らせてください。
今はまだ忙しくて会いに行けませんが、誕生日には必ず。
その日には時間を作って会いに行きます。
アスランの5歳の誕生日を、その時にアスランの成長した姿を見られることを楽しみにしています。
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手紙を最後まで読み終えたアスランは、視線を起こすと真っ直ぐエストへ。
「エスト先生。今直ぐ手紙を書きたいので、少しだけ時間を下さい。今日の分は手紙を書いた後で、必ずやります」
その気持ちが理解るだけに。
エストの自然は、優しい表情で頷いた。
今朝からずっと落ち込んでいたアスランは、もういない。
逆に普段は見ることの出来ない。
それくらい嬉しいが、顔に出ているアスランが映っていた。
目の前で机に向かって、今もペンを走らせているアスランを見つめながら。
エストは今も暖かい胸の内で、明日にはその手紙を、出してあげようと抱いていた。
2018.06.19 誤字と脱字などの修正を行いました。




