第23話 ◆・・・ 新しい剣と騎士王の夢 ① ・・・◆
春の暦は4月の中頃を過ぎた。
そして、日差しは更に、熱を感じられるようになった。
肌が感じる暑さ。
シャルフィに暮らす者達の中には、季節が初夏へ移った感を抱いていた。
アスランも日中の日差しに、今では初夏を、感じるようになっていた。
それは日の出前から始まる早朝稽古の際、最近は肌寒さよりも、暖かさを感じるようになった。
アーツを学び始めた頃と比べて、現在のアスランは、午後の時間までが過密になった。
そうなった事情は、基礎の鍛錬へ、時間を最も多く割いたからである。
――― マナ粒子発光現象の持続時間の延長=体内マナ保有総量が増える ―――
修行の内容は、特に変わらない。
魔法陣を多数使う。
これは無駄を省くための修行になる。
事実、複数の属性を一度に使うためには、単一よりも無駄を省かないといけない。
この修行で欠かせないのは『集中力』
理想は、特に意識しないで出来るようになること。
例えるなら寝起きでも、欠伸をしながらでも出来て当たり前。
それくらいを目指している。
そして、地味でも積み重ねが一番大事。
アスランは実のところ、午後の修行時間は、基礎鍛錬だけで終わってしまうくらい没頭したかった。
けれど、自ら名付けた『魔法剣技』は、魔法習得を秘密にしている。
そのため、午後の自由時間にしか出来ない。
他にも、ずっと以前から継続して来た、体力を付けるための走り込み。
走り込みは今でも、この時間を使っている。
午後の時間は、先ず最初に走り込み。
それから魔法剣技。
最後は空き地で、基礎の鍛錬を日暮れまで行う。
本当は、マナ粒子発光現象を見ていたいから、牧草地でやりたかった。
でも、不審がられないようにも、しないといけない。
まぁ、そうなるとね。
この修行だけは、空き地を使って、不可視化の状態で行うしか無かったんだ。
ただ、僕はね。
課題にした基礎鍛錬は、それで、まだまだ多く時間を使いたい。
で、色々と考えた末なんだけど。
走り込みをね、早朝稽古の前に移すことにしたんだ。
起床後の最初に、走り込みを持って来たことは、結果として、身体をしっかり温めた。
実は、これが続く稽古において、身体へ良い作用を与えていたのだ。
アスランはそれまで、素振りも型稽古も、身体の特に、筋肉や関節などを温めてからした方が良い事を、何一つ知らなかった。
そうして知らないまま、最初に走り込みをするようになって以降。
この方が素振りも型稽古も、身体が思うように動いてくれるを、感覚的に得ている。
この点、しっかりした指導者が携わっていれば、当然ながら、準備運動の必要性は教えている。
もしシルビアが、この事を知っていたら。
大学では、スポーツ医学も学んだシルビアなら必ず。
アスランへ、身体が冷えている状態でする危険性を、しっかり教えていたのは間違いない。
無知のアスランが、真冬の時期にも、早朝稽古で怪我をしなかった理由。
人目を警戒しつつ、焚き火のようにファイア・アローを使って、身体を温めていた。
それによって、怪我をせずに済んだだけ。
もっとも。
アスランは、ファイア・アローを応用した焚き火魔法。
そう呼んでいる。
後に、魔法陣で熱を起こせる事を知ってからは、不可視化状態の魔法陣の中で、身体を常に温めるようになった。
まぁ、凍えないように温かくしていたことが、結果的に怪我の回避へ繋がった。
という次第でもある。
魔法陣の不可視化について。
アスランは最初、魔法陣だけが不可視状態に出来ると、そう思い込んでいた。
けれど、実はマナ粒子発光現象も、不可視化が出来る。
習熟の結果と言えば、そうも言える。
けど、要はコツを掴んだ。
マナ粒子発光現象も、実は意識やイメージで、不可視化が出来る。
マナ粒子発光現象を起こせるようになった頃には、此処までは出来なかった。
今だからこそ、不可視化が出来る所まで、実力が付いただけ。
その証拠に、全力でマナを流し込んだりすると、不可視化が出来ない。
たぶん、自分の意識とかイメージよりも、事象干渉力が、ずっと勝るのだろう。
今でも知り得たことは、ノートへ記す。
既に知っている事でも、そこから新しい発見があれば、書き足すか修正する。
そして、これも今ではお馴染み。
アスランは、自分が出来ない理由を、『未熟者』と纏めるようになった。
アーツはずっと、今もエレンが指導?
・・・・まぁ、一応は事実だし。
もう一つの剣術は、4歳の誕生日まで。
それまではシルビア様が、教えてくれた。
誕生日の後からはずっと、独りで素振りと型稽古を続けている。
アスランは基礎の重要性。
ここを常に意識するために、今では『未熟者』を、よく使う。
ただ、理想から見れば、やっぱり未だ未熟には違いない。
それでも。
指導したシルビアの予測を、無自覚なアスランは、既に軽く超えていたのだ。
『孤児は騎士になれない』
慣習とも言えるこの考え方は、ずっと昔から続いて来た。
騎士になれる者は限られる。
極一握りを除いて。
つまりは、殆どの国民が対象外。
現在の女王が即位するまでは、当然の常識だった。
シルビアはこの常識を、敢然と全否定するが如く覆した。
ただし、騎士という地位は、それだけで爵位でもある。
また、叙任された当人にのみ帰するため。
跡を継いだ子孫が、そのまま騎士になれる、等という事は決してない。
シャルフィでは特に、『騎士』の位について、厳しい原則がある。
『完全実力主義』
文武の何れかに秀でる程度は論外。
文武ともに、基準以上を満たすことが最低限。
他国では、貴族や名家の出の者が、金品で騎士になる事もある。
だが、シャルフィでは、決して認められない。
特に現在。
それまでは『騎士の家系』『貴族』『由緒ある家柄』等といった条件が記された制度を、女王は敢然と撤廃した後。
出自は問わないことを、明確に宣言すると、制度にも明記した。
もっとも、出自は問わずとも実力は問う。
門戸は広くしたが、実力が無ければ、騎士にはなれない。
そして、騎士の叙任を受けられたと言っても。
実は此処から、シャルフィには他国と異なる事情が、また在るのだ。
この事を、アスランは未だ知らない。
反対に、知る側のシルビアは、故に孤児の登用が、如何に大きな反発を招くのかを理解っている。
まぁ、理解った上で。
シルビアは、アスランを引き取ることを、固く決意しているのだが・・・・・
既に心は、絶対権力を振り翳す。
そんな手段までを、手札に織り込んでいるために。
察しているカーラは、やはり、苦労が絶えない。
自分が知らないでいることは勿論。
未だ騎士のしがらみ等からも無縁のアスランは、1日が短いと感じるほど、修行に身を置いていた。
-----
~~~アスランの1日~~~
■午前3時:起床
■午前4時:当番仕事(水汲み)終了(予定)
■午前5時:走り込み鍛錬終了(予定)
■午前7時:素振りと型稽古終了
※今は稽古の後でカールとシャナの勉強を見るため、6時半迄には終わらせる。
■午前8時:礼拝と朝食
※朝食後から昼食までの時間、計算の勉強を兼ねた事務仕事と時々は手伝い。
■12時:昼食
■13時から日没手前まで、午後の修行時間
※今の時期の日没は18時くらい。
※日没までには孤児院へ帰る。
※18時には礼拝とそれから夕食になるので、明るくても17時30過ぎには帰る。
■18時:夕食
※夕食の後から就寝時間まではエスト姉の部屋で勉強。
■22時:就寝(本当は21時には就寝で、神父様が特別に1時間だけ許してくれた)
アスランの1日は、それを当人が自覚していないだけで、実際にはかなり過密なスケジュールと言える。
また、アスランは事務仕事をするようになると、帳簿の整理を、主に務めている。
ただし、この件は任せたエストが、責任者として必ずチェックしている。
他にエストが買い出しに出かける時には、アスランも手伝いとして、市場まで一緒に出掛ける。
買い出しに、アスランを連れて行く。
これもエストが考えた、算数の授業の一つだった。
実際に、市場でアスランに買い物を体験させると、その時の金額を計算させている。
市場で売られる野菜や肉、加工食品などは、行く度に値段が変わっている事が間々ある。
それはアスランに何故?と、関心を抱かせた。
アスランの関心は、売り物の相場が変わること。
どうして行く度に、値段が変わっているのか。
素直な疑問は最初、エストから理由を聞いていた。
ただ、偶然二人の会話を聞いていた店の主人が、その理由を教えるようになると、アスランは知りたがりな子供として、市場でもちょっとした有名人になった。
有名人と言うよりも、大人達から可愛がられているだけ。
エストは此処でも、アスランの『子供らしくない』一面が、少なからず作用したと・・・・・
なにせ、言葉遣いが既に子供じゃない。
大人を相手に、丁寧な言葉遣いが当たり前。
発音も、同じ年頃の他と比べて、しっかりしている。
つまり、相手からすると、理解りやすいし聞きやすい。
先日の買い出し。
アスランはそこで、同じ野菜なのに、値段が二つ付いているものを見つけると、何故二つの値段が付いているのか。
勿論、この時も店の主人は、子供を可愛がるような声で色々と教えていた。
同じ野菜でも、大きさで値段が少し違ってくる。
この時にアスランは、大きさ以外に、重さも関わっている事を学んでいた。
教えて貰ったことは、籠に入れて持ち込んでいたノートへ、ペンを走らせて書き留める。
教えてくれた店の主人へ、最後は『ありがとう』のお礼も忘れない。
これはアスランの当たり前。
ただ、子供がこうやって熱心に勉強する姿が、市場の大人達にも好感を抱かせた。
アスランの言葉遣いと姿勢。
結果的に、市場の大人達から、好印象で憶えられる存在へと結び付いた。
エストは買い出しの最中で、意図して金額の計算を、アスランにさせている。
筆記用具を持って来ているのだから、数字を書き足して計算もできる。
でも・・・・・
アスランは暗算で、正しい金額が出せていた。
私は態と、値段の異なる商品を10個以上・・・・・
それをアスランは、店の主人が、計算機で数字を出すよりも早く。
エストは、これも一種の才能だと抱いた。
アスランはパッと見た程度の時間で、単純な数字くらい記憶できる。
買い出しに連れて行くようになってから気付いた才能に、磨けばもっと光るを、強く感じ取った。
もっとも、今となってはアスランが顔を見せると、店の主人たちが『今日は○○がお得だよ』等と・・・・・
アスランが可愛くて仕方ない。
そういう空気を、エストは肌で感じ取っている。
会計の後で『これはもう売り物にならないから』と、店に出ていない野菜等を頂くことも増えた。
ただ、それだって今日明日くらいなら、十分に美味しく食べられる。
エストはおまけ欲しさに、アスランを連れて行くわけではない。
けれど、市場の大人達が、アスランを可愛がって接していることも分かっている。
孤児院でのアスランは、不気味な存在として、気味悪がられていた時期がある。
ある・・・という過去形と、今の境目。
はっきり此処から、というのは無い。
それでも、周りのアスランへの認識は、良い方へ確かに変わった。
ふと最近、スレイン神父がアスランを、『未来の希望になる』と、口にしたことがあった。
その時の私が意味を尋ねると、可笑しそうに笑いながら。
『そうですね。ですが・・・それは未だ秘密。そういうことにしておきましょう』
あれは確か、アスランが纏めて、私が確認した帳簿を届けた時のこと。
教会の私室で、帳簿の内容へ目を通した後の神父様から、アスランの事を尋ねられた。
市場へ連れて行くようになって、変わった事はあるか・・・・・
そんな内容だったはず。
私は自分の見たままと、感じたままを伝えた。
私の話を聞いた後・・・・・
そう。
その後で、神父様がアスランを、『未来の希望になる』って・・・・・
私には、あの時の神父様の言った意味が、未だ見えて来ない。
でも。
神父様は、とても嬉しそうな表情で笑っていた。
視界は今日も、買い出しで連れて来たアスランを映している。
ただ、アスランはもう独りじゃない。
楽しそうに話しかける大人達がいる。
その輪の中で。
こちらも楽しそうに笑っているアスランが映っていた。
2015.1.15 本編の加筆修正を行いました。
2018.6.08 誤字の修正などを行いました。




