第22話 ◆・・・ 繋がりと可能性の開拓 ③ ・・・◆
陽射しの熱は、4月になると、その温かさを一層感じさせる。
シャルフィは今年も、暖かな春を迎えていた。
もう一つ。
シャルフィの4月は、新年度の初めに当たる。
そのため、孤児院では、今年度から初等科へ入学する子供達が、先日には巣立った。
入学に合わせて巣立つ子供達の中には、アスランを苛めていたグループのボスもいた。
だが、このグループの中では、新たなボスが誕生している。
まぁ、誕生と言うよりは、これも世襲だろう。
今までボスだった男子から指名されたのは、グループ内の別の男子。
これが掟というか、仲間内で、ボスの座を決める決闘もあった。
そこで勝ち残ったバスキーという男の子が、新たなボスになった。
バスキーは、カールやシャナと同じで、アスランの一つ上。
今年中に6歳を迎える新しいボスは、それまでのボスより大人しかった。
ここもまぁ、大人しいと言うよりも。
バスキーは、自分が勝てない相手には逆らわない。
それでいて、面子を保つために距離を置く。
一応、決闘で勝ち残ったくらいなので。
喧嘩は強い。
あくまでも。
子供達の中ではと、補足も付けて置く。
強さを誇示するための威嚇。
こういう所は、前のボスとも重なった。
反対に、エスト姉に対してはペコペコ。
絶対強者への姿勢は、今までのボスと比べて、少し卑屈に映った。
あと、ボスになったからなのか。
以前よりも、身だしなみが良くなった。
悪目立ちは威嚇くらい。
ボサボサ茶髪も、ボスになってから、並み程度には整えている。
シャナが、バスキーは変な所で、格好付けていると笑っていた。
あくまで、僕との会話の時にしか笑わないけどね。
でも、何となく分かる感じだからさ、僕も笑ってしまった。
後は、そうだねぇ、前のボスが大柄だったのと比べると、バスキーはスマートかな。
見た目の体格は、カールと同じ感じ。
喧嘩をしたがらないカールと、短気で喧嘩っ早いバスキー。
だから、喧嘩慣れしている分は、バスキーの方が、喧嘩は強い。
そういう印象をね、他の子供たち皆が持っている。
新しいボスが誕生した後の孤児院は、そこでまた嫌がらせが起きたのか。
否、今現在の所で、嫌がらせ等は起きていない。
取り敢えず。
僕はいつも通りの日常を送っているよ。
年長の子供達が巣立った後。
残った子供の内で、エスト先生から文字を習うグループは13人。
ボスを引き継いだバスキーのグループは7人。
アスランはというと・・・・・
エスト先生の勉強会には、今も余り参加していない。
にも拘らず。
そんなアスランを、カールとシャナの二人は、自分たちのグループへ誘った。
以前までのアスランなら、二つのグループの何れにも入れなかった。
『精霊と言葉を交わす不気味な存在』
このレッテルが在る限り。
アスランはずっと仲間外れ・・・のままだった。
アスランの孤立。
エストは、自らがそこへ関わった。
たった一度だけ。
それでも。
エストはアスランを遠ざけた。
そして、この事実がずっと、重い十字架になっていた。
エストの懺悔。
最後まで聞いたスレインは一言。
『善く尽くしなさい』
それからのエストは、アスランだけを特別扱い・・・・
等とはしなかった。
ただし、子供たち全員を、分け隔てることなく接しながら。
それは自然、子供達の姉の様な存在へ。
無論、この中にはアスランも含まれる。
子供達も、エストの見ている所では、アスランを悪く言ったりしなくなった。
アスランに限らず。
エストは誰かに対する悪口も行いも、先ずは注意する。
そこで反省しない子供は容赦なく。
と言うか、問答無用で拳が落とされた。
これが子供達にとって、恐怖でしかない『鉄拳』の由来?かはともかく。
善く尽くすことの一環ではあった。
アスランが文字を習って、当たり前に使えるようになった。
その年の冬、転機は訪れた。
少なくとも、エストにとって、これは好機だと思えた。
この頃には、アスランが良い意味で目立っていた。
文字が読める。
当然、文字も書ける。
図書室で自由に本を読める存在は、子供達の間で既に有名だった。
スレイン神父が、アスランのこの部分を、良く褒めた事もある。
筆記用具を与えたことでは、羨ましいと抱いた子供達も、少なからずいた。
だから好機がやって来た。
エストは、アスラン以外に文字を覚えたい。
自分の口で、ちゃんと意思を示した二人の子供へ。
一人はカール。
もう一人はシャナ。
子供達には、子供たち同士のグループが在る。
問題が在るグループとは別に。
カールとシャナは、それぞれ友達同士でグループを作っていた。
だが・・・・・
文字を覚えたアスランは目立つ。
しかも、それまで問題となったグループのボスは、過去にアスランを酷く虐げた挙句。
この時はエスト自身。
問答無用で拳を落としている。
更に、虐めに加担したグループの他の子供達までも。
この時のエストは、ズボンを引き剥がした後で、腫れ上がるまで尻を叩いた。
以降、アスランに直接何かしらの手出しをすることは無くなった。
だから、狙われた。
ボスの標的は、カールとシャナへ移っていた。
やり方は陰湿だった。
表立っての殴ったり蹴ったり等もしない。
声を荒げる様な事も、しなかった。
やれば勿論、此方からの厳しい躾けが待っている。
それくらいは学習していた。
ボスとそのグループは、カールとシャナのグループへ。
取り分け二人と仲の良い子供達から。
暗に脅しを、かけ始めた。
『あいつとは関わるな。関わればどうなるか・・・・・分かるよな』
誰だって虐められたくなんかない。
それによって一人、また一人。
カールとシャナは、徐々に孤立し始めた。
二人が、事の背景を知った時。
今度は自分達が狙われた二人とも、そこからエストを頼った。
エストも、ここしばらくずっと大人しかった問題のグループが、そんな事を等と。
カールとシャナから相談されるまでは、全く気付かないでいた。
けれど、言われてみると、思い当たる節がある。
ただ、カールもシャナも、同年代では精神的に大人だった。
当番仕事では手を抜かない。
自分より小さい子供の面倒も、他の子達より良く見ている。
エストはこの時も、『これは自分が招いた罪』だと胸が重くなった。
アスランの事では厳しく臨んだが、その結果が、こういう形で現れた。
問題の根幹。
拳では、決して解決しない。
再び自らの過ちだと責めるエストだったが・・・・・
視線を上げたシャナの、『エストお姉ちゃん。私・・・字を習いたい』に、思わずハッとさせられた。
シャナは、自分も字を読めたり書いたり出来る様になりたい。
字が読めるようになって、それで絵本を読みたい。
カールもシャナと同じだった。
二人とエストの会話は、そこから『どうせなら聖剣伝説物語を読めるくらいになろう』という、前向きな目標を持つに至った。
どちらか一人だったら。
このまま独りに、なってしまったかも知れない。
二人だったから、前を向ける目標も共にできた。
エストは此処から、二人へ文字を教え始めた。
アスランがカールとシャナと関わるのは、それから間もなくのこと。
間を取り持ったのはエスト。
そして、きっかけを作ったエストの想いが、この瞬間、一つ叶った。
新年度が始まってからの孤児院は、そこで暮らす子供達の中で、カールとシャナが纏めているグループは、アスランも加えて14人。
既に読み書きと計算が普通に出来るアスランは、余り参加しないでいるものの。
このグループは、午後の自由時間で、今日も文字の読み書きを習っている。
勿論、教えているのはエストだ。
ボスが代替わりしたグループは7人。
全員が、エストの怖さを身に染みて分かっている。
だけに、表立っての苛めはしなくなった。
エストはバスキーのグループも、勉強会へ誘っている。
ただ、今の所は来てくれないでいるのだが・・・・・
無理強いはしない。
それでも。
エストは、誘う事だけは欠かさなかった。
二つのグループは、午後の時間になると分かれているのが、浮き彫りになる。
それと当番仕事。
バスキーのグループは、掃除の仕事を受け持った。
掃除には一番多く人数を割いている事情、エストはこの仕事を、バスキーのグループに任せている。
一方でバスキー達は、掃除が一日に一回で済む。
掃除の範囲は広いが、一日一回の掃除で、後は自由に過ごせる。
この程度の思惑を、勿論、エストはそれで構わなかった。
残りの当番仕事についても、これをエストが割り振りする必要はなかった。
何故なら、こちらはカールとシャナが、上手く纏めている。
まぁ、朝の水汲み。
これだけは変わらず、今もアスランの仕事になっている。
でも、二人は何度か、アスランを自分達が手伝おう。
そうした場面もあった。
結果的にだが、この水汲みは、アスランが自主的に独占している。
本人は、手伝うと申し出てくれたカールとシャナの二人へ。
『水汲みはずっと続けて来た修行みたいなものだからさ。その代り、他の当番仕事は二人に任せるよ』
このやり取りも、エストは見ている。
同時に、アスランは、やはり気遣う優しさを持っている。
好意を悪戯に拒まない。
こういう部分が在るから。
そして、カールとシャナの二人は根が優しい。
水汲みが一番の重労働。
それを一人で、毎日やり切る友達がいる。
だから、自分達も見習ってもっと頑張る・・・・・
当番仕事を頑張る二人へは自然、元から仲の良い子供達が集まる。
それまでは、エストが平等を意識して、分けていた仕事も。
今ではもう、子供達の自主性に、任せるようになった。
嬉しい筈なのに少し・・・・・
寂しいとも抱くようになっていた。
カールとシャナは、教会と孤児院の近所を箒などで掃除もする朝仕事を、早起きが苦にならない理由で受け持っている。
更にその時間帯で、これも仕事と稽古を終えたアスランとの会話が、今では良く弾んでいる。
勉強のこと、図書室にある本でアスランが読んだ本の中から、面白いと感じたもの・・・・・
アスランは自分達よりも、1歳だけ下には違いない。
けれど、難しい読み書きと計算も出来る。
それでいて、シルビア様から剣術まで習った凄い存在。
何方かと言えば、ずっと年上に感じる友達にも映る。
二人からアスランが、そう映るようになったのには、事情がある。
今は巣立った前の苛めグループのボスが、巣立つ前日、アスランへ喧嘩を仕掛けた。
この事件は、カールとシャナだけでなく、他の子供たちも見ている前で起きた。
喧嘩の発端は、午後の勉強のための準備をしていたカールとシャナが、苛めグループから絡まれたこと。
ボスはこの時に、シャナが持っていた名札カードを取り上げると、返してと迫ったシャナを、力任せに突き飛ばした。
突き飛ばされた痛みで、シャナは泣き出した。
女の子を泣かせたと、ボスとその仲間には、周囲から冷たい視線ばかりが集まった。
だが、それが返ってボスを頑なにさせると、露骨な威嚇行動へ繋がった。
居合わせた子供達の誰もが、このボスに力では、到底敵わないを理解っている。
だけど、悪いのはボスの方も、強く抱いている。
本心では、言いたい事がある。
だけど、やっぱり、怖くて言えない。
雰囲気は、誰もボスとそのグループへ、何も言えないでいる。
そんな時、泣いているシャナの傍に立ったのが、アスランだった。
状況は、あっという間に片付いた。
アスラン一人を相手に、ボスと仲間たちは、軽く捻られた。
まぁ、見ている方から言わせると、ではある。
完膚なきまでにボコボコ。
終始、ここまで一方的だった喧嘩も、初めてかも知れない。
内容的には、突っ込んで来るボス達が、そこでアスランの足払いと手払いで、簡単に転ばされるかひっくり返される。
しかも、姿勢を崩した所で、別の仲間ともぶつかり合った。
見ている側でさえ、あれは痛いと抱く光景は、最後。
叫びながら突進して来たボスが、これもアスランに軽く足払いされると、前のめりになった大きな身体は、飛ぶ様に宙へ浮いた後。
そこへ、アスランの手刀が振り下ろされると、悲鳴を上げたボスが、見ている側には、尻を強打され床へ突っ伏するように、叩き付けられたところで終わった。
この日、ボスと仲間達は、惨めなほど情けない姿を晒した。
ただ、その直後、姿を現したエストから、アスランは他の子供達も見ている目の前で、拳骨を落とされた。
『事情は皆から聞いたので理解りました。ですが・・・・アスランのその力は、そのような事に使うために得たものではないでしょう。”弱い者いじめ”をしてはいけません』
エストは暗に、アスランを強者だと示した。
事実、エストはこれまでのアスランを、ずっと見続けている。
知性と精神は、既に同年代から逸脱。
幼年騎士を本気で目指して、だから、身体も鍛え続けて来たアスランは、自分の実力を、恐らく分かっていない。
エストは孤立した後のアスランが、苛めグループから、何度も絡まれている。
それくらいも、把握している。
グループの力を誇示して、弱者に服従を迫る手口。
勿論、これも分かっている。
それでも、まだ可愛げのある範囲であれば、強く干渉しない。
スレイン神父の、『行き過ぎない範囲。そこまでは事を荒立てずに見守る』姿勢を、理解している。
子供達には、これも学習の機会だから。
ただし、エストは行き過ぎれば、問答無用で干渉して来た。
気の弱い子供が、何人も言いなりになっているのを見て来た。
同時に、『それは良くない』と、声にする子供達が居る。
一人では言えなくても。
同じ様に抱いている周りが一緒になって、グループを作って対抗する。
大人が頭ごなしに介入しても、解決しない。
子供達の問題は、それを、子供たち同士で解決させる。
大人は『行き過ぎない範囲』を設けて見守る。
歯痒さも、もどかしさもある。
だが、エストはそれも、自分がここまで成長したから抱ける部分。
意識しても手が出やすい自覚は、それをしないスレイン神父を、故に尊敬していた。
けどまぁ、堪え続けると、ストレスが溜まる。
そして、ガツンと叱った後は、スカッとする。
これもエストの、為人である。
今回のエストは、本心で『アスランを褒めたい』と抱きながら。
同じ様に抱いた懸念がある。
この懸念がエストへ、故意の喧嘩両成敗を選ばせた。
非が何れにあるのかは明白でも・・・・・
ここでアスランを、赦したり褒めてしまえば、それによって、確執が根深くなる恐れがあった。
しかも、今度はアスランと仲良くしているカールとシャナのグループから、苛め返しをする子供が出てくるかもしれない。
それでは、問題の本質が改善されない。
だから故意に、アスランを叱った。
エストは、子供達みんなから『恐れられる役』
それも自分の役割。
こちらが目を光らせていることで、問題のグループにも自制を利かせられる。
今回の事件は、結果的に、アスランが一方的な強さを示した。
事の原因を作ったのは、問題のグループでも。
圧倒的な強さを見せつけたアスランは、ただ、友達を助けようとしただけ。
そんな事は、助けられたシャナの表情を見れば、後はカールや他の子供達が、今もアスランを囲んで笑っている。
孤児院におけるエストの立ち位置は、事件の後でも変わらないでいる。
一方で、エストが故意に叱ったアスランは、どうなったのか。
アスランは今朝も、仲良しのカールとシャナの二人から、挟まれる格好で一緒に居る。
それこそ、こんな光景は、食事の時間と礼拝の時間が、特に当たり前にも見えて来た。
エストが、あの時に抱いた懸念は、何と言うかこれも、アスランが理解っている?
『ずっと前に、シルビア様が言ってたんだ。虐められても、虐め返したりしてはいけないって。それは喧嘩がずっと続く原因になるからダメだって』
聞いていたエストも、確かにシルビア様ならそう言うだろう・・・・・
そして、此処の子供達は、もうずっと来ていなくても、シルビア様が大好きなのは変わっていない。
アスランも入っているカールとシャナのグループ。
そこから苛め返しは、起きなかった。
と言うよりも・・・・・
子供達は、素直に感じ取っている。
エストの瞳には、今はもう『アスランのグループ』に映っていた。
グループを纏めるカールとシャナが、アスランを挟んで話し掛ける。
すると自然、その周りに仲間達まで、群がるように集まる。
見ている側には、アスランが真ん中に居るようにも見えていた。
アスランに一番多く話し掛けているのは、カールだ。
カールの気さくで人当たりが良い性格は、今のアスランに、特に見習って欲しい部分。
シャナは、アスランに好意を持っている。
あの事件の後からは、もう見ているだけで、大好きが分かってしまうくらい。
ところが、肝心のアスランはというと・・・・・
接し方が分からずに困惑?
しかも、距離を置こうとするから。
見ている側のエストは内心、『そうじゃないでしょ!!』と、両掌はギュッと力が籠る。
わなわな震えるエストが、そこでどうにか出て行かずに済むのは、こういうタイミングで、上手く間に入ってくれるフォロー役が居るから。
内向的なシャナの仕草や態度を理解って、それとどうしていいのか、分からず困っているアスランへ助け舟を出せる。
シャナとアスランの間は、カールが仲を取り持つ。
そのおかげで、アスランは上手くない人付き合いでも、なんとかなっていた。
ずっと孤立していたアスランにとって、エレンとは、普通に会話が出来る。
勿論、エストや神父様といった大人達でも、普通に言葉を交わせていた。
ところが、本人も自覚していなかった弱点。
弱点は、同年代の、それも女の子との接し方では、困惑することが度々なことにある。
アスランは、シャナとの会話中・・・・・
目の前で、何か気恥ずかしそうにもじもじされたり、下を向きながら、時々チラッと、こちらを見て来たり。
態度も仕草も、アスランには、その意味が理解らない。
理解らないから、無意識に距離を取る。
ここは、安全とか安心を欲する精神の逃避だろう。
一方のシャナは、アスランに距離を置かれた途端。
見て分かる程に、泣きそうな表情が顕わになる。
最近の二人は、いつもこれの繰り返し・・・・・
そんな二人を、やれやれと可笑しそうに笑いながら。
カールは先ずアスランへ、『シャナは少し恥ずかしがり屋なんだからさ』と、肩をポンポン。
そのまま視線を、今度はシャナへ向けながら。
『シャナはさ。もっとちゃんと言わないとな。じゃないと、こいつは分からないんだよ』
カールが向ける笑みは、ほっとした感も露わになったシャナを、何度も頷かせた。
カールは、アスランがシャナに対する、意味が理解らないと抱いた部分。
別に、警戒する必要なんかない。
シャナは内気で、恥ずかしがり屋な性格なんだ。
だから、自分を真っ直ぐ見つめられたりすると、思わず下を向いてしまう癖があるんだよ。
三人を、少し離れた所から見守るエストは、カールへウィンクとグッジョブ。
ただ、アスランが同年代の他の子供達と、こうも付き合い下手だった事実には、思う処がある。
ずっと仲間外れだったから、なのかもしれない・・・・・
でも、今のアスランには、カールとシャナだけじゃない。
だから、これからはもっと、同年代との交流を持って欲しい。
手を焼かせる弟を持った姉の気分。
エストの心境は、正にそれだった。
カールとシャナは、当番仕事の中でも、水汲みの次に早起きが必要な朝の奉仕活動を、ずっと受け持っている。
その二人が当番の仕事を終える頃に、だいたいアスランも帰って来る。
そこからは礼拝と朝食まで、三人とも自由な時間を過ごせる。
この自由に過ごせる朝の時間で、今のアスランは、カールとシャナへ、読み書きと計算を教えるようになっていた。
もっとも、この件だって最初は二人がアスランに頼んだことだ。
エストは、朝食の支度がてらに三人を映して、そこでも気付いた事がある。
アスランは自分がしていた指導方法を、よく真似ていた。
教える際には、悪戯に難しい言葉を使わない。
寧ろ、教えられるカールとシャナが理解る表現を、アスランは自然に使っている。
そうやって説明するアスランには、エスト自身、やはり才能を感じさせられた。
もっとも。
エストは、アスランの才能を認めた所で、やっぱり『子供らしくない』を抱く。
そうして今度は、アスランが、同年代との人付き合い以外には、弱点が無いのでは?等とも、抱くことがある。
けれど、カールとシャナの二人が、朝からアスランと楽しそうに談笑している光景へ。
ここでの良い雰囲気は、それが周囲にも良く働いていることを、見つめるエストは理解っていた。
特に二人のグループの他の子供達とは、アスランも会話をすることが増えているように映っていた。
4月に入ってから、雨空で外に出られない日の午後。
その時間には、アスランが勉強会へ参加するようになった。
エストが後から、アスランに聞いた話では、本人は最初、図書室に籠もる予定だったそうだ。
でも、昼食の後で、カールとシャナに誘われたから。
それで顔を出した・・・・・
アスランが口にした、『顔を出す』の表現へ。
聞いていたエストは、笑みの奥で苦笑い。
ニュアンスを理解っていても、子供が使うか・・・等とも抱かされた。
いつもと変わらない勉強会も、そこへアスランが参加しただけで、空気がいつも以上に盛り上がる。
ただ、やはりというか。
エストは、これも理解っている事には違いない。
今のアスランの実力は、他の子供達と比較できない。
何せ、アスランは既に、初等科の高学年で学ぶ内容に取り組んでいるのだ。
去年の冬から続けている勉強会は、今でこそ、しっかり読みが出来る子供は多くなった。
ところが、書く方は読みと比べて、思うような習熟には至っていない。
書き取りは、読む以上に反復練習が欠かせない。
エストはこの部分を、重点的に取り組みたい思いはある。
しかし、無理強いは出来ない。
そして、習熟が遅くても・・・・・
書くことに対して、苦手意識を植え付けてはならない。
読む方は、名札を使ったゲーム形式の授業が、今でも大人気だ。
夢中になって瞳を輝かせながら楽しんでいる子供達は、教える側としても、満たされるものがある。
エストはこの時の、黒板に書かれる文字っぽい文字へ。
書き順がバラバラだから、字体も当然、不格好になる。
けれど、子供達へは都度、正しい書き順を教え続けている。
ただ、それでも、思う様な習熟にならないのが現実だった。
本当はもっと、書き取り練習の時間を多くしたかった。
それを実行できない最たる理由。
一番はやはり、書き取り練習に対する、子供達の意欲にある。
ゲーム形式の授業と異なって、顕著な差が現れるのだ。
抱える問題へ、エストは未だ、解決策を見いだせなかった。
アスランへ文字の読み書きを教えた時には、エストも苦労らしい苦労をした覚えが無い。
今にして思えば・・・・・
アスランには、聖剣伝説物語を読めるようになりたい、目標が在った。
それで、一日でも早く読めるようになりたい、強い意志があった。
だから、貪欲とも言えるくらい、熱心に勉強していた。
試しに貸してみた辞書も、アスランは、読み方の分からない文字へ。
それを、字体の当てはまる文字が見つかるまで、ひたすらページを捲って調べる努力を、積み重ねていた。
傍に教えてくれる人が居ない中で、傍目には非効率にも映る作業でも。
アスランは黙々と続けた。
そして、辞書で調べた文字を、ノートに読み仮名付きで書き留めていた。
この繰り返しと、それで得た積み重ねが、今現在の知識を培ったのだ。
そう。
あの子は、アスランはこの教室にいる、どの子供よりも、桁違いに意欲的だったわ。
それくらい強かった本人の自発的な欲求が、今では初等科の高学年レベルにまで届かせたのよ。
アスランは幼年騎士を目指して・・・今は私も知っている。
けど、まさか此処まで本気だったなんて。
それくらい本気だったことを、私は最初から気付いていなかった。
でも、シルビア様は、去年の内に受け止めていた。
幼年騎士になりたいアスランの夢。
きっと、今の私が感じ取っているアスランの本気を、シルビア様はだから・・・・・
毎週のテストは、そのためのもの。
素振りだけじゃなく、型の稽古まで教えた事もそう。
シルビア様は、アスランの本気を、ちゃんと受け止めて道を示した。
そして、シルビア様が示した道で、アスランは真っ直ぐ夢に向かっている。
エストが映す今日の勉強会に参加したアスランは、いつの間にか、教える側になっていた。
確か、シャナがアスランに尋ねて、それからカールがそこへ加わって・・・・・
私が気付いた時には、もう何人かが、そこに集まっていた。
アスランは精霊の声が聞こえる。
その事が原因になって不気味がられると、独りぼっちになった。
なのに。
独りぼっちになったアスランは、寂しがったりして見せたことが無い。
あの頃は、はっきり言って、異質にしか映らなかった。
けれど、今ここに居るアスランは、本人は気付いているのだろうか。
・・・アスラン。貴方は今、とても良い表情をしているのですよ・・・
エストの瞳には、自然と出来上がった輪の中心。
そこで同年代の子供達から、質問攻め?にされている。
楽しげな雰囲気に包まれながら。
自然な笑みで、今も受け答えている、子供らしい表情をしたアスランが映っていた。
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先日の勉強会もそう。
これもアスランにとって、良い機会だった。
少なくとも、エストはそう思っている。
それから、あの時のアスランの提案は、子供達へ強い意欲を持たせた。
それがきっかけとなって、今は子供達が特に文字を書く事へ、熱心になっている。
『この間、僕はシルビア様から手紙を頂いたんだ。そこには大事な仕事のせいで、皆に会いに行く時間も作れないくらい忙しいって。大事な仕事で、他所の国へ何度も行ってるらしいんだ。だからさ・・・・皆が文字を書けるようになったら。自分の書いた文字で、手紙を出したら。シルビア様は安心してくれると思うんだ。一言、僕は元気だから大丈夫だよ・・・みたいなものでも良いと思う。でも、もっと文字を覚えたら、色んな事を手紙に書けるようにもなるし。そうしたら、シルビア様はきっと喜んでくれるんじゃないかな』
アスランが時々は自分で書いた手紙を、それをスレイン神父が出す手紙に添えて貰っている事は、エストも知っている。
そもそも最初は、スレイン神父がアスランへ持ちかけたのだから。
アスランがシルビア様に宛てた手紙は、必ずと言っていい程、シルビア様から返事の手紙が届く。
シルビア様について。
カーラの話では、今も月の半分近くを、外国で過ごしているらしいを聞いた。
それは去年からずっとで、今も大事な仕事に掛かりっきり、ということを聞いている。
此処で暮らす子供たちは皆、シルビア様が大好き。
だから、もう半年以上も来ていない事には、寂しさを募らせる子供もいる。
そこへ来て、習った文字で手紙を書くという、アスランの提案は、間違いなく、子供達のやる気に火が点いた。
エストから報告を受けたスレイン神父は、手紙の件について。
非常に良いことだと微笑んだ。
ただ、出来上がった手紙を送るための代金を、分かるからこそ心配するエストへ。
神父は、無用の心配だと、ここは首を横に振っている。
エストは孤児院と教会の帳簿を任されている。
だから、理解っている。
教会にも孤児院にも、資金的な余裕は全く無い。
まして、郵便物に掛かる料金を支払う余裕があるのなら。
子供達へ、食事のおかずを一品でも多く出したい。
エストの胸中へ、スレインには察しが付く。
そんなスレインは、心配を拭えないエストに対して、意識しての普段の声が、手紙の代金は、あくまで自分の財布から出すと告げた。
けれど、自分の言葉に、再び罪深いを表情に現したエストへ。
「シスターエスト。帳簿を管理する貴女が、心配している部分は理解ります。ですが、この件は心配いりません。それよりも、手紙を受け取ったシルビア様が、喜ぶ顔を想像しましょう。その為に、貴女がしなくてはならない事が在る筈です。貴女は、その事に専念して下さい」
「・・・・分かりました。私には学びたい子供たちを、導く罰が課せられていますから」
「そういう事です。貴女も今では、子供たちから先生と呼ばれるくらい慕われている。その事にエスト、貴女はしっかりと応えてあげてください」
会話の最後、スレインの見せた微笑みで、エストは迷いを断ち切った。
エスト自身、今は最初の頃よりも。
教えることに充実を感じている。
子供たちの知りたいという欲求は、見ていて眩しいものがあった。
教える自分の言葉は、子供達の興味が、わくわくした面持ちを見せてくれる。
今の自分は、知っていて当たり前の知識もそう。
未だ知らない子供達には、興味や関心をそそられるものがある。
初めて知ったことへの笑み。
もっとたくさんの事を、教えて上げたい。
応えたい気持ちが、エストの内側で、日毎に大きくなっていた。
エストから見た殆どの子供たちは、今の自分でも、まだ十分に教えられる。
ただ、アスランだけは、少し事情が異なった。
今の速さで習熟し続けた場合。
間違いなく遠くない内に。
初等科しか修了していない自分では、アスランへ、教えられなくなってしまう。
エストの胸の内では、この不安も大きくなりつつある。
こんなに駆け上るような勢いで、成長する子供を見たことがない。
それこそアスランが初めて。
アスランは、エストが初めて指導した教え子である。
確かに初等科時代には、そこで後輩に当たる親友にも、自分は教えたことがある。
でも、その親友は、少なくとも所属している学年で、既に十分な良い成績を修めていた。
それだけに、一から教えたと言い切れる教え子は、アスランが最初だった。
エストはアスランを、今では歳の離れた大人び過ぎる、弟のような存在にさえ抱いている。
勉強の成績は満点。
反対に、同年代との人付き合いの成績は赤点。
特に女の子を相手にした時は、間違いなく0点の時がある。
割ってどうにか平均点?なアスランは、そういう意味でも、エストにとって、ほっとけない存在になっていた。
エストから、そんな風に抱かれているとも知らないでいる。
この頃のアスランは、1日の中で、特に午後の時間が、貴重なものとなっていた。
午後の時間でしか出来ないアーツの修行は、魔法剣技と基礎鍛錬だけで、あっという間に夕方を迎えた。
アーツの基礎鍛錬は、今日も幾つもの魔法陣を構築して行っている。
殆ど同時に幾つもの魔法陣を作った後は、続けてマナ粒子発光現象を起こす。
その発光現象の持続時間を、昨日より伸ばすのが修行。
基礎鍛錬の取り組みは、特に変わっていない。
体内マナも、感触としては、日々増えている。
もっとも、実感ではなく、確実に増えている自覚がある。
持続時間の延長は、同時に魔法陣を増やす事へ繋がる。
今の魔法陣の数は、最初とは比べられない。
それくらい増えていた。
アスランの内にある、想像上の『魔法騎士』
剣と魔法を、自在に使う想像の存在だった魔法騎士は、此処最近。
素振りだけでなく、型稽古の中ですら、木剣の刀身へ自在に風を纏わせるようになると、それも感覚だけで、調整も出来るようになった。
あとは、斬りつけた刀身から放たれる真空の刃。
威力は、大きな岩塊でさえ真っ二つに出来た。
他に、最初と比べて力加減が出来るようになった分、鋭さが増した。
ただ、アスランは、大人よりも大きな岩塊を真っ二つに斬る。
最初は此処から始まった。
それを出来たときの達成感は、何と言うか、満たされるものがあった。
そして、満足は必然して、更に上を求めた。
なのに、子供らしくない一面は、これが基礎の賜物。
そういう風に、思考を纏めてしまう。
結果的にだが。
アスランの基礎に対する認識は、その重要さを、こうして再び、一層強く抱くようになっていた。
2018.5.25 誤字の修正などを行いました。




