第19話 ◆・・・ 教師エストとエレン先生?から学ぶ日々 ⑫ ・・・◆
『マナの枯渇』を体験してから、半月ほどが過ぎていた。
2月も半ばになると、寒さは一層身に沁みる。
けれど、その寒さがアスランへ、アーツの無限という部分。
この意味を、また一つ教えるに至った。
この頃のエレン先生?の口調は、『アーツは自由。アーツは無限の想像』が常になった。
以前までは『自由と無限』
明らかに、『想像』が付くようになっていた。
その日は修行の途中で、寒さが突然厳しくなった。
余りの寒さに、凍え死ぬ。
そう抱くくらい、突然の寒さは強かった。
孤児のアスランは、防寒着を持っていない。
衣服は、常にと言えるくらい、寄付される古着だけだった。
ただ、冬になると、中には防寒着が寄付される事もある。
だが、それが全員に行き渡ることも、決して無い。
何故なら、サイズが不揃いで、数も少ないからだ。
だから、防寒着は、身体に合いそうな子供だけが貰える。
貰えなかった子供たちは、古着の長袖を重ね着して冬を越す。
孤児院では、これが当たり前だった。
教会が運営する孤児院には、養っている孤児達に、衣服を買い与えられるほどの余裕はない。
現実は、食べさせる事だけで、予算が逼迫している。
冬場はそこへ、暖炉で燃やす燃料としての、薪や炭の代金が上乗せになる。
台所事情は火の車だった。
計算がしっかり出来るようになって以降。
アスランは、エストに代わって、帳簿の整理をするようになった。
勿論、終わった後は、別の事務仕事を片付けていたエストが、ちゃんと確認している。
この事は、スレインも認めていた。
スレインは、あくまで責任者はエスト。
けれど、エストが最後に必ずチェックをする事を条件に、アスランが帳簿を纏める仕事をしても構わない。
無論、アスランの実力を評価してのこと。
それくらい寛容だった。
『指導役が良かったのでしょう。何の問題もありません』
実質、帳簿の管理は、アスランの仕事になっていた。
帳簿の写しで、計算の勉強をしていた頃から。
アスランは既に、孤児院の財務状況について。
これが毎月のように逼迫している事実を、把握していた。
孤児院の予算は、幾つかの収入で成り立っている。
教会から与えられた資金。
ミサの時に頂いている寄付金。
王宮から送られる資金。
これを簡単な比率に置き換えると、教会:1、寄付金:0.1、城からの資金:8.9となる。
つまり、逼迫した財務状況でも、孤児院がなんとかなっているのは、シルビア様の援助に依るところが極めて大きい。
スレイン神父とエストは勿論、今ではアスランも、此処を分かっている側に居る。
運営する教会から、与えられる資金が少ないのにも、理由がある。
シャルフィには、アスランが生活している孤児院のある教会を含めて、20棟の教会がある。
その上に、教会を束ねる大聖堂が1棟。
大聖堂は、教会総本部から毎年予算を与えられる。
この予算の中で、各地の教会は、年間予算が振り分けられる仕組み。
大聖堂に与えられる予算。
予算には、予め抱えている教会の数分だけの分配金が組み込まれている。
教会が受け取る予算額は、教会総本部から直接各地の教会へ、書簡で届けられるため、公金着服のような不正は起き難い。
ただし、リーベイア大陸にある全ての教会へ、教会総本部は予算を振り分ける都合。
一箇所あたりが受け取れる予算は、非常に少ないのが現実だった。
更に、孤児院を運営する教会へ、予算が上乗せになる事はない。
教会総本部からは、孤児院を設置するかどうかについて。
それは、各地の教会の判断に委ねる指針になっている。
シャルフィの場合、他国と比較しても、国が平和という事で、孤児が発生し難い環境はある。
それでも、両親を含めた家族の不慮の事故や病など。
毎年のように、親を失って孤児となる子供は必ずいる。
両親を不慮の事故などで亡くしても。
親類か、あるいは近くに引き取り手がいる場合。
養子として、引き取られる子供もいる。
シャルフィではその際に、国から手当が支給される仕組みがある。
こういった福祉の政策。
それはシルビアの両親の時代に、充実した制度として施行された。
そして、現在はシルビアも、この政策を継承している。
現在のシャルフィで、孤児院が一箇所しかない背景。
遡ること先王の時代まで。
そこで施行された福祉政策は、孤児の数を激減させた。
アスランが聞いたり調べたりで知っているのは、何でも王妃様が率先して力を注いだから、今がある。
とても素晴らしい王妃様だったくらいは、神父様が何度か教えてくれた。
一箇所しかない孤児院。
つまりは此処。
アスランも暮らすこの孤児院には、今現在、30人ほどの孤児がいる。
ただ、来月。
3月の末には、初等科に入学する都合で、孤児院を巣立つ子供が何人かいる。
昔のシャルフィには、1000人近い数の孤児が居た時代がある。
それを憂いた先王夫妻の尽力と、両親の志を引き継いだ現在の女王の存在は、9割以上を減らすに至った。
この点、他国と比較して、明らかにシャルフィの方が目覚ましい結果を示すと、特に友好的な国々や自治州からは、今でも政策の参考にされる程、高く評価されている。
こうした事実を、アスランは教会の図書室にある本と、定期的に届けられる新聞とで知り得ている。
アスランがシルビアを尊敬する理由には、こういう部分も、少なからず含まれている。
そして、アスランに勉強を教えているエスト。
彼女も同じ様に、シルビアを尊敬しながら。
そこから、自分も何か孤児達のためにしたい。
修道女になった今のエストは、今度は文字も教える先生のような存在になった。
孤児院を運営するための予算の内、城から届けられる資金。
これは福祉政策によって捻出された、予算の一部。
他にも、それで支えられている子供達が大勢いる以上。
その事実も学んだアスランは、もっと多く欲しいとは口にしなかった。
反面、周りの子供たちは、その事実を知らないでいる。
だからもっと良い服が着たいとか、肉をもっと食べたいとか・・・・・
けれど、学んだアスランからすれば、一括りに『我儘』
もっとも。
そんなアスランの考え方を、エストやスレイン神父は、一層子供らしくない。
身近に居るから余計、そう感じるのであった。
防寒着も含めて、貧しいのには事情が在る。
アスランは理解るからこそ。
自分は与えられた長袖を重ね着することへ、不満はない。
ただ、この時の強い寒波はアスランへ。
偶然にも、暖を取る手段を掴ませた。
修行の途中、風が強くなると寒さが一層染み込んだ。
震えるほど凍えたアスランは、堪らず今日の修行を打ち切ると、孤児院への帰り道を急いだ。
その途中。
酷く凍えたアスランに閃いた、暖の取り方。
思い付きは、小さな炎を出して温まりながら帰ろう。
そして、アスランは直ぐ、炎の魔法陣を不可視化状態で描いた。
この時の無意識が想像した、暖炉の火の暖かさ。
瞬間、不可視化状態の魔法陣は、その内側が暖かくなった。
この出来事は、アスランにまた一つ、『アーツの自由で無限』を理解らせた。
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春の暖かさが訪れる前には、一番寒い時期がある。
今は、その最も寒い時期。
ここを過ぎれば、春がやって来る。
アーツで暖を取れるようになったアスランは、以前と違って、寒さも関係ない。
今日も当たり前のように、外で基礎鍛錬に没頭していた。
魔法陣を使った、マナ保有量の上限を伸ばす修行。
没頭していたからこそ。
アスランがこれ以前に取り組んでいた、『無詠唱アーツ』も、実は、こちらも完成に近い所へ迫っていた。
きっかけは、描いた魔法陣を自在に動かしながら、その時、つい調子に乗ったアスランは、手拍子で魔法陣を一回転させた。
何の意図も無かった。
調子乗って、思わずした事だったが、手拍子の音で、魔法陣はくるっと一回転。
直後、ハッとしたアスランも、そこからが早かった。
魔法陣を描いて、ファイア・アローの駆動式を構築。
今はもう、感覚だけで出来る部分の後は、発動式。
発動に際して、アスランは両掌を、合わせるように打ち鳴らした。
パァッン
ビュッ!!
手拍子の音で現れた炎の矢は、空へ真っ直ぐ打ち上がった。
それまでの、意識感覚で上手く行かなかった発動が、今回は上手くいった。
続けて何回か試した結果。
発動式は、手拍子でも出来る。
声にして唱えた時と変わらない規模で、事象干渉する。
それまでの無詠唱アーツが抱えていた難題は、この瞬間。
跡形もなく解決した感さえ、アスランは受けていた。
詳細な理由。
今の段階では、理解っていない。
けれど、出来た事実は在る。
手拍子の後で他の方法を、これも思い付く限り試した。
そして、アスランは『無詠唱アーツ』の発動式。
この部分が、外的な何かしらのアクションで行える事実を掴んだ。
この日を境にして、アスランは以降の修行時間。
どんなアクションが一番良いのか。
あれこれ考えながら、都度、試すようになっていた。
2018.5.22 誤字の修正などを行いました。




