第20話 ◆・・・ 多忙な簒奪者 ・・・◆
月が替わった4月の初日。
あの日からは、ずっと多忙に晒された俺にとって。
月替わりの今日は、月末にある飛び級試験の申し込みの日。
2月も3月も、初日に申し込んだし、もう固定で良いだろう。
と言うか、自動処理してくれないかな。
フッ、それを行える仕組みを導入していないのは、他ならぬ俺様なんだが。
一応な。
学院を簒奪した今の俺なら、こうした事の一切を、思いのままに出来る・・・には違いない。
ところが、現実はこうして以前までの制度や仕組みが、しっかりと残っているのだ。
まぁ、あれだ。
全権を支配した俺様とて、一度に全部を、思いのままに変える事なんか出来ない。
これも現実なのさ。
否、王立学院の全権を、それを女王から委ねられたのは事実だ。
じゃあ何故、思いのままに出来ないでいるのか。
並程度の常識を持っているなら、説明せずとも理解っているだろう。
王立学院とは、王立学院を成すための仕組みや制度が存在して、そうして初めて成り立っている。
故に、全権を委ねられた俺が、俺の思い通りにするためには、必要な制度を定め、仕組みを構築し。
以って施行させなくてはならない。
付け足すと、王立学院に籍を置く生徒職員の、学院での日常を保障もしなくてはならない責務も負っているのだ。
指導を行える権利。
指導を受けられる権利。
叡智を追求できる権利。
役職ごとに、そこでの職務を全うできる権利。
大陸憲章が定めた権利を害さない保障。
以って、王立学院に籍を置く全ての人間に対し、関わる王立学院で認められた権利の保障・・・だな。
理解るかい。
俺様は、簒奪した後で、事実、全権を委ねられたまでは良いのさ。
が、俺様自身が掲げた大義がだ。
事ここに至って、今は俺様を鉄鎖でガチガチに縛っている。
フェリシアの婆さん。
実に上手く謀ってくれたものだ。
はぁ~・・・忌々しい。
おかげで、学院理事長のフェリシア婆さんの方は、学院に関しては、何もしなくて良い身分になったんだぜ。
そうして、学院長のマクガレン婆さんもだ。
二人とも、自分達は所詮、傀儡だからを憚ることなく公言した後。
フェリシア婆さんは、趣味の釣りをする時間を作れる程度には、政務に勤しんでいるらしい。
マクガレン婆さんの方も、これで思う存分、好きな研究に没頭できるとか。
要するに、学院は今、面倒事という名の全権を握ってしまった俺だけが!! 今日も苦労しているのさ。
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学院憲章を定め、これはもう施行された。
以降、俺様が定めた制度や仕組みが施行されるまでは、以前の制度や仕組みを、学院憲章に抵触しない範囲で存続もさせている。
だって、そうしないとさ。
何かしらの手続きの流れとかもだ。
此処からして混乱をきたしてしまう。
授業時間や、年間授業日数など。
学院に籍を置く生徒達の中には、事実、就労学生も多くいる。
まぁ、この辺りはな。
必要な資料くらいは、マクガレン婆さんへ提供もさせたよ。
やることは、事実、いっぱいあるんだ。
クルツの様な就労学生は、本人から話を聞くと、日中の仕事の方が多い。
ただ、そのせいで、授業をサボりがちになっている。
同じ様な状況に在る生徒達は、これもマクガレン婆さんに調べさせたところ。
なんと、在学生の三割程度が、何かしらの就労によって、一定程度の収入を得なくては、王立学院に在籍できない実態が判明した。
ここ、成績と関係ない所で、既に問題が起きているんだよ。
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俺は学生寮で、与えられた個室だけど。
家賃の様なものは、一度も請求された事が無い。
他の同じ様に個室を与えられた生徒も、カチュアさんから聞いた話、この点は同じだった。
優秀だからこそ個室を与えられる生徒は、だから、当然の待遇がされる。
なんと、授業料までが、個室の生徒は全額免除なのだ。
因みに、一度も授業へ出ていない俺の場合、そもそも請求の対象にすらなっていないらしい。
ハートレイ先生からは、前代未聞の現在進行形のような存在だと笑われた。
他にも、個室の生徒は年度初めに、冬服と夏服が一着ずつ支給される。
予備は自腹購入でも、初等科から高等科までの制服のデザインが同じではな。
まぁ、ジャケットの襟に留める襟章で、所属は分かる様になっている。
でもさぁ、俺は所属の襟章・・・・貰った事が無いんだけど。
あぁ、まぁ・・・ね。
これもハートレイ先生から、『どうせ登校しないのでしょうし。だから気にする必要も無いのでは』と、だな。
付け足しは、入学後から月が替わる度に進級して、挙句は一月に二学年の進級をする生徒へ。
一々襟章を取り換えるのも面倒では、ともね。
結果、俺は年度が替わった今日も、未だ襟章を貰えないでいた。
良いけどね。
その程度を嫌味とか苛めとか・・・・俺は思ったりしないでやるよ。
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ちょっとだけ疎外感を持っていますよぉ~~~的な話は置いておこう。
王立学院では、優秀な生徒への厚遇はそうでも。
反面、そうではない殆どの生徒達が、学費も寮費も納めなくてはならない。
彼等は制服もまた、必要に応じて自腹購入している。
クルツに聞いた話では、生徒間でサイズが合わなくなった制服の売買もしているそうだ。
特にジャケットが一番多く売買されている。
寮費はクルツも使っている8人部屋で、それでも毎月の寮費が一人4リラ。
マルクだと4万か。
一応、ゼロムの市街に在る賃貸住宅の平均相場が、月8リラくらいだ。
そこから見れば、半分くらいには違いない。
学生寮は、個室を除く全室が、最大8人で使える部屋しかないらしい。
室内設備は、二段ベッドが縦に二列の寝室の他。
トイレと8人で使うには狭い居間が在るくらいだそうだ。
個室とは、かなりの差があるな。
そういう訳で、殆どの生徒達が、入浴と洗濯は、一階に在る大浴場とコインランドリーを使っている。
後は、各階に在る自習スペースで、宿題などを片付けるのだそうだ。
食事はどうなっているのか。
俺の疑問もクルツからは、8人部屋の居間には冷蔵庫と導力式のポットが置いてある。
で、各自が買ってきた弁当等は冷蔵庫が使えるのと、カップ麵なんかはポットの湯で直ぐに食べられる。
この部分、聞いているとさ。
俺は生徒達の栄養面の問題にも、そこにも着手しないと不味そうだを思ったよ。
クルツ個人はバイトの報酬が、だから食費を増やせない事情がある。
俺から食料を貰った日以外で。
入学してから一度も、腹いっぱいは食べた事が無いそうだ。
せめて、食堂くらいは備えさせようか。
満腹になれるってさ。
それだけで、やっぱり幸せだよな。
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フェリシア様から全権を委ねられた今。
俺は、あの日からはちょくちょくやって来るクルツの話を聞いた事もある。
そうして、クルツの話は、プリムラさんやカチュアさんからも、嘘じゃないくらいをね。
王立の冠を頂く唯一の学院は、しかし、実態には問題を思える点が山積していた。
プリムラさんとカチュアさんへ、学院を支配した俺に、何か求める事はあるかって。
二人とも揃って『給料を増やして欲しい』ってさ。
だから、調べたよ。
マクガレン婆さんから、比較できる資料を貰って。
王立学院の大図書館で、司書をしているプリムラさんの場合。
国内の他所の図書館や関連施設で働く、同じ司書の資格を持つ人達との給与の差額は、プリムラさんの方が3リラは多かった。
同じ様に、事務員のカチュアさんの場合もね。
国内の他所の学校施設や、都市に在る役所の事務職の給与と比較して。
金額だけなら、カチュアさんの方が2リラは多かった。
もっとも、事務職の給与には、在職期間の長さで増える年功加算金や、関わる資格を得ることで増える資格手当なども考慮されるからさ。
まぁ、プリムラさんの方もね。
年功加算金や、司書以外の資格によって加算される手当などもあるし。
結論。
今直ぐの賃金引上げは不要。
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学院の風紀問題。
解体した風紀委員会に代わる組織。
これは、必要だろう。
名称も、別に同じ風紀委員会で構わない。
ただし、風紀委員に与えられる権限には、違反した際の罰則を、厳しくしておく必要がある。
後は、風紀委員に相応しくない思想を持つ者を、これはもう入会させない事だな。
新しく発足する風紀委員会へは、所属する者達に『公明正大』『法令遵守』の二つを誓約させよう。
違反した際には、有期刑や学院追放を盛り込んで。
あぁ、有期刑を盛り込むなら。
この点は後で、フェリシアの婆さんへも。
ここは話を通しておく必要があるな。
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学院に籍を置く生徒達の自治組織。
これも生徒達を、組織や社会に適した人材へ育てる・・・・という意味では必要だろう。
問題は、生徒会へ与えられる裁量を、何処までにするのか。
此処には明確な線引きが要るだろう。
後は、抵抗勢力へ成り下がった旧生徒会。
とは言え、彼等は生徒会執行部の面々だが。
執行部のくせに、専決処分を幾つも行使した記録を見れば。
生徒会という組織自体が、健全な組織では無かったを証明している。
新しい生徒会は、先ず此処からだろうな。
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他にも細々と、着手の必要な問題はあるのだが。
半月の調査で、俺なりに優先順位は付けてある。
最初に片付けるべき問題。
俺は先ず、学院に籍を置きながら、就労が必要なために、満足に授業を受けられない生徒達へ。
彼等のしている就労の必要性は、収入を得るが第一なのは事実でも。
就労によって得られる社会経験は、社会人になった際には最初から活きるだろうを思える。
よって、授業の在り方を変える事が、必要だと判断した。
王立学院の授業体制は、午前9時から午後4時まで。
この間の時間で、最大6科目の授業が行われている。
ただね。
ハートレイ先生から聞いた話だと、教える側にも時間数の問題が在って、だから満足には教えられていない。
他の先生方とは、直に話をした事も無いのだが。
余り他人と関わりたがらない俺のことを理解っているハートレイ先生からは、他の先生方も似た様な事を思っている。
しかし、先生方の中には、授業で教える事よりも。
先ず、自分が専攻する分野へ、その研究時間も確保したい。
よって、現行の時間数では、満足に教えられないが。
かと言って、増やされても迷惑だそうだ。
俺の構想では、教員の数を増やす必要がある。
なにせ、24時間体制の授業を考えているのだ。
例えば、当日の同じ科目の同じ授業でも。
午前中、午後、夜間と、3回も時間を設ければ。
クルツの様に、日中はバイトをしている学生でも、授業を受けられる様にはなるだろう。
バイトの方も、例えば、市街へ出なくてもいい。
王立学院の中で、学生達が出来る就労を設けられれば。
働きながら学べる。
それで、しっかり食べられる。
日中は労働でも、夜間の授業には出られる環境の整備。
或いは、夕方からの労働で、それまでは授業を受けられる、でも構わない。
とにかく、学院内で充足できれば。
市街への移動時間なども省けるだろうし。
省けた分は、自由に使える時間にもなるだろう。
とまぁ、あれこれ考えながら。
俺は、多忙な支配者様をやっているのさ。
ただ、兎にも角にも4月の初日。
俺は久しぶりに、校舎へ足を運ぶと、用がある教職員室を訪れていた。
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教職員室は、まぁ・・・・予想を裏切らない反応はさておき。
今じゃすっかり問題児の王様と化した俺様だからな。
あぁ、そうだな。
進級試験の後から何かあったのかって。
えぇ、それはもう平穏とは無縁な日々を送りましたよ。
今じゃすっかり『すっぽんぽん魔法』なんて呼び名を付けられた完全武装解除も。
パージを会得するまでの時間で。
そこで会得した透視は、『覗き魔法』とかなんとか。
でだ、付いた呼び名が『エロ魔王』だぞ。
あのさぁ・・・・せめて、『様』を付けろよな。
今日までに降り掛かった火の粉は、完全武装解除で片付けた。
クルツの意見を採用した俺は、俺に突っ掛かる雑魚どもを、日に一度は下着姿にすると、それでも、反抗的な目付きをする事へ。
結局は、殆ど全員が素っ裸になる・・・という流れだな。
もうすっかり日課になった感があるよ。
あ、そうそう。
男子も女子も差別することなく。
俺様は公明正大に、以って等しくパージを行使した。
中等科や高等科の生徒達へも、無論、俺様の威光は遍く敷かれた事と思う。
賢い奴等は俺様へ、面従腹背の姿勢が顕著だった。
まぁ、それで構わんさ。
王立学院を簒奪した俺は、つまり、それだけの力を示したのだ。
その辺りを、だから賢い奴ほど、表面上は従っている。
反対に、力無き正義を掲げて、日々挑んでくる者達も居る。
旧が付く風紀委員会と生徒会。
そこへ冤罪事件の被告人達も加わった抵抗勢力・・・・と呼ぶには、弱小過ぎるのだが。
なに、俺も一強体制には関心も無い。
というか、俺のような存在に対する抑止力へ育てば、それも良し。
もっとも、ただ気に食わないを謳うようでは、話にもならんがな。
要するに、現在の王立学院は、俺という存在を中心に、周りで少し波風が立っているのさ。
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「ハートレイ先生。次の飛び級試験の申込用紙を持って来ました」
「分かりました。えぇ、後は私が手続きを済ませておきます」
「よろしくお願いします」
別に、ハートレイ先生以外の教師に頼んでも問題は無いのだが。
そうさ。
此処で俺が話も出来る教師と言えば、ハートレイ先生だけしか居ないんだよ。
因みに、王立学院には、百人を超える教師が居るのにだ。
とは言え、そんなに居る事を知ったのは、簒奪した後だけどな。
クロに聞いたら、『なんで、その程度を知らないんですか』って叱られた。
で、叱られた事が面白くなかったから。
仕返しは素っ裸にした。
クロって?
そんなの、クローフィリア王女に決まっているだろ。
あいつは、あの一件の後で、祖母からこっぴどく叱られたそうだ。
だよねぇ・・・私闘行為だったんだぜ。
あれを、俺様が決闘にすり替えた事で、私闘行為への罰則を科されずに済んだのだしさ。
クロって呼ぶくらいは、目を瞑って欲しいね。
俺が提出した書類を受け取った後。
まぁ、此処に俺が居るだけで空気がね。
分かってますよ。
顔も見たくないでしょうし、だから、さっさと出て行きますよ。
「ルベライト君。君は私達からすれば。絶大とも言える力さえ示したからこそ。女王陛下が承認した。私はそう思っています」
俺への接し方が、ずっと変わらないでいるハートレイ先生は、返ってありがたい存在だ。
「もっと魔王様らしく。堂々としていれば良いと思いますよ。それと、一月に二学年の進級を遂げた初の生徒でもあります。順調に行けば、来月の初日には6学年ですね。期待していますよ」
そうなんだよな。
現在の俺は、初等科5学年の末席。
付け足しで、クロとは同学年でもある。
因みに、クロの方は首席だぞ。
ただな、俺だって飛び級試験さえ受けていなければ。
4学年の首席様だったんだ。
ハートレイ先生から、堂々としていれば良いと言われた。
別に、卑屈になったつもりも無いのだが。
たぶん、何処かしらで、そういう風に映ったのだろう。
教職員室を出る時には、そこから校舎を出て大図書館へ戻る際にも。
俺は意識して、胸を張って歩いた。