第19話 ◆・・・ 大図書館に座する支配者 ② ・・・◆
今回の件は、最後まで悪役を貫く。
と言うよりも、以後もあるから俺への認識を、そうさせておく狙いがあった。
王立学院での俺は、聖人君子とは正反対で構わない。
けれど、正すべきは正す。
輪廻の双竜の事が在るから、俺は今後もずっと嫌われる役をする。
その上で、ただ今回は、ユリナ婆ちゃんの頼みを引き受けた。
あの日記に記してあったケイト・モンローサの死を、そのせいで、恐らくずっと背負って来た部分。
悪役だからこそ、悪役らしく簒奪もすれば支配もする。
でもまぁ・・・悪役が善政を敷こう等と。
実に滑稽も、理解っているんだよ。
不意に崩された気持ちの部分は、ティアリスのおかげで、しっかり立て直せた。
そうして再び、俺は本来の側へと戻った。
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「フェリシア女王。良かろう、貴女からの条件。だが、明らかな反乱行為へは」
「それでも、私は貴方には殺させたくありません。ですから、私が説得します。その上で、私の説得に異を唱える者へは」
――― 王権を行使して学院より追放します ―――
俺の声を遮りもすれば、しかし、王権を行使すると明言もした事へ。
フェリシア様の瞳を見れば、表情と雰囲気は今さらだろう。
「だが、そうして女王が関与するとなれば。俺様は、俺様の主導する改革に関しても。学院理事長の職を保障しなくてはならない。そういう足枷を要求された、とも受け取れるが」
「私はローランディアの女王です。同時に、王立学院が何故、王立の冠を頂くのか。ですが、私は女王のみが使える権限において。貴方へ王立学院の全権を。条件付きで委ねましょう」
なぁ、ユリナ婆ちゃん。
婆ちゃんの大切な友人は、そう簡単に、楽にはなりたくないそうだ。
「簒奪された学院の理事長・・・としてではなく。あくまで、ローランディアの女王として。俺の簒奪と支配を認めた。その行為自体、周囲から厳しく非難されるを分かっての発言か」
フェリシア様は恐らく、自分が矢面に立つ。
そういう責任の部分には、女王としての何かしらを、常に置いているのだと思う。
ただ、揺るぎない矜持の様にも思えた部分は、母さんも女王として見習って来たと。
寸分違わず重なって映るのは、それだけ母さんが見習って来たからだろうな。
「そうですね。この件が公になれば、私への非難は当然と起きるでしょう。ですが、その程度の些末事は今さらです。貴方も口にしたアナハイム事案では、パキア事件でも非難の声は在りました。万人を頷かせられる何かなど。ただ、それこそが。人が人で在り続けられる世界故、だからではありませんか」
「精神の自由だな」
「えぇ、精神の自由とは。つまり人権や人格を、命と同等に尊きものとして置いてあるからこそ。その事を説きながら力を行使した貴方になら。自らを嫌われる役にしてでも、そうしてでも直ぐの改革を断行しようとする意志へ。私は、女王として報いたい」
フェリシア様の声は、柔らかく聞こえるのにさ。
表情だって、雰囲気だって。
優しいを思えるのに、瞳だけが真っ直ぐ突き刺さる。
アルデリア国皇のミケイロフ4世や、ヘイムダル帝国の皇帝との会談。
と言っても、一対一ではないのだが。
あの体験は、こうして少しは王様と言葉を交わす重圧へも、免疫を付けてくれたんだろう。
しかし、まぁ・・・・こんな息苦しいのを。
母さんって、こういう状況で冗談も口に出来れば、見ていて楽しそうにしていたんだぞ。
やっぱり凄いなぁ。
経験値の差も、それは間違いない部分だよ。
付け足しで、付け焼き刃もいい所で演じる俺とは違う。
フェリシア様は、真実、立派な女王様だった。
俺はその事を、見知っていながら、また改めて体験したんだ。
俺は、強い女王様を相手にして。
今回は、名を取って実を取り切れなかった。
まぁ、正すべきを正した後は、返すつもりだったんだし。
良いんじゃないのかな。
フェリシア様は俺へ、この辺りを落とし処に持ち込んだ。
はぁぁぁあああああ”あ”あ”~~~~~~~・・・・・・・
そうして漏れた、俺の盛大な溜息は、フェリシア様がようやく瞳も優しくなると、笑っていたよ。
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フェリシア様にも譲れない意思がある。
その意思を汲んで。
と言うか、俺は折れる選択肢を拾わされた。
学院を改革するという面倒事は、そこは俺が拾った。
代わりに、そんな俺の行為を、女王陛下は承認した。
この件は、こうして女王陛下もまた、非難に晒される部分を買って出たのだ。
なのにさ。
王立学院を改革する点は、フェリシア様を何か嬉しそうな顔にしていたよ。
で、本題は此処からだ。
えぇ、そうですよ。
現在の学院規則を廃棄して、新しい学院規則を制定する。
生徒達の自治組織は、そこで風紀委員会の解体は決定事項でも。
学院規則を廃棄した結果。
風紀委員会どころか、生徒会までが消えたんだ。
まぁ、学院規則の下で存在した組織だからさ。
規則の廃棄に伴って消滅するのは、当然だよな。
この辺りは全部、俺とフェリシア様の会話を見守っていたもう一人からね。
そうれはもう、開口一番からして厳しく指摘されました。
準備して置いて、ホント、良かったを思ったよ。
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二人との話し合いは、最中に明日の発表と施行が決まったせいで。
この点は、俺が用意した草案に目を通した後のフェリシア様が、王権での専決処分を決めたことに起因するのだが。
話し合いは、明日の施行を決められたせいで、そこへの欠かせない最低限の作業なども含まれた。
バタバタ作業が終わったのは、夜の9時を過ぎていたと思う。
しかし、何か降臨したのか。
3人の中では、フェリシア様が一番やる気もあれば、意欲的で元気だったね。
寧ろ、試験の採点なんかもあるのにさ。
一人でも手が空いた職員なんかは、作業の準備に駆り出されましたよ。
「セレーヌ。カミーユ・ルベライトの実力は、こういう部分でも卓越していた。まさか既に、此処までを準備していたとは。おかげで私も、これならば早速。明日から施行を決断できました」
俺がティアリス達から有言実行を促され、そうして準備した草案と諸々の構想は、あれから二人を相手に。
先ずは内容へ、目を通して貰った後。
そこから始まった会議だな。
これがホント、俺には異世界での休憩を何度させられた事か。
「フェリシア様。そうですね。既に草案まで、内容も非の打ち所がない。そういう意味で予想を超えたものでした。カミーユ・ルベライトの態度と行為には、好感を全く抱けませんが。ただ、為政者としても高い資質を持っている。此処は認められる所です」
へぇへぇ・・・まぁ、そうだよね。
糞ババぁを演じた俺からも、あいつへ好感を抱くなんて。
そんな事は、絶対にないを言い切ってやるよ。
もっとも。
この会議中、俺は休憩とミーミルやティアリスとの打合せ、だな。
異世界には、ちょくちょく移っていたよ。
相手、年季が入った実績のある女王様なんだぜ。
対して、誕生日が来ればやっと9歳になる俺だからな。
経験と実績と格の違いもだ。
どれもこれも、勝てなくて当然だっつうの。
故に、そんな女王様と、女王様の味方しか!! しないマクガレン学院長へはだ。
俺だって、1番と賢神様を隣に置いて渡り合った、に過ぎないのだ。
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神聖歴2089年3月16日
ローランディア王国に在る唯一の王立学院は、この日、学院憲章と呼ばれる新たな規則を施行した。
以って、それ以前の学院規則が廃された。
憲章という表現が使われた新しい学院規則。
そこには、こう記された前文が在る。
王立学院が追い求める叡智とは、かつて暗黒と呼ばれた時代を終わらせた後。
人が人として在り続けられる未来を望んだ騎士王ユミナ・フラウの崇高な精神へ。
王立学院が未来永劫に追い求める叡智とは、この崇高な精神へ賛同し。
以って、我らも未来へ対し。
人が人として在り続けられるために追い求める事を、此処に誓約し、広く全世界へ宣言するものである。
叡智とは、人間が持つ精神の自由を、生まれた時から存在する尊厳を尊きものとして。
この命と同格の尊厳が、以って良き未来を形作るへ寄与するために在ると定め。
より良き精神が育まれ、そして、受け継がれるためにも。
王立学院に籍を置く一人一人は、定められた規約を守ることで己を律し、自身を取り巻く社会全体へ。
良き社会の礎にならんと、その為にこそ必要な叡智の追求へ。
互いを敬い、手を取り合って。
そうして誰もが、等しく精励恪勤しなくてはならない。
生徒職員を全て集めた大講堂で、女王フェリシア・フォン・ルミエールは、新たな学院憲章。
その前文を、高らかに読み上げた後。
この学院憲章を内に温めていたカミーユ・ルベライトへは、当人が以後も断行する改革について。
集めた生徒職員へ対し、王権によって、これを承認した事を宣言した。
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「まったく、フェリシア様のせいでだ。俺は予定の調べものが随分と遅らされた」
だからさ。
昨日が、あんなだったんだ。
今日は朝から、大図書館に籠る。
そうして、勅命だろうと俺を動かすことは出来ないを示してやる。
「ルー君。私さぁ、女王様からお目付けを言われたから此処に居るけど。集会に出ないと不味いんじゃないの」
お目付け役とは、要するに監視役だ。
ったく、フェリシア様は俺を、問題児にしたいらしい。
まぁ、それは望む所だがな。
「じゃあ、俺の代理として。今日は何故か上と下で色柄の違う。プリムラさんが行って来てください」
「えっ・・・」
「昨日は光沢のあるピンクだったでしょ。でも、今日は上が黄色で・・・」
俺は今朝も隣の椅子に座っているプリムラさんへ。
恐らく察した感の表情は無視して、首だけを横に向けながら。
「うん。今日は上が黄色で、下はベージュですか。でも、プリムラさんって。カチュアさんと違って上と下で色柄の違う日が・・・たまにありますよね」
「る・・・ルー君」
「あぁ、ほら。俺って完全武装解除の魔法が使えるでしょ。あれの応用ですよ。やる気になれば、どれだけ着込んでいても。全裸同然に見れますよ」
「えっ!? ウソ」
「じゃないのは、今朝のプリムラさんを見て一つ。もじゃっとした所が散髪した後みたいに。まぁ、なんでそんな所をという疑問は置いておいて。取り敢えず、綺麗に揃えられていますよね」
椅子がガタッて、床を保護するワックスが、剥がれそうな擦られ方だったけど。
バっと立ち上がったプリムラさんは、顔を真っ赤にして逃げて行きました。
その日の内に、俺には『透視魔法の使い手』等という。
頼んでもいない呼び名が、また一つ付けられた。
だが、しかし。
俺様は、大図書館の住人という呼び名には愛着も感じていたのだ。
という訳で、王立学院を支配した今の俺様は、自らを『大図書館に住まう支配者様』だと、公言するようになった。
もっとも、この呼び名が定着するかどうかは分からんがな。