第18話 ◆・・・ 大図書館に座する支配者 ① ・・・◆
3月15日は学年末の進級試験が行われた。
そうして、翌3月16日。
王立学院に通う生徒達が、普段通りの登校を済ませた後。
当日の朝にあるホームルームの時間で、各学年の生徒達は、担任教師から『今日は、この後で直ぐ。臨時の全校集会があります』を、先ずは耳にした。
『貴方達も、昨日の事は噂でも耳にしていると思います。その件に関係して、学院理事長から。生徒職員への大事な話があるそうです』
昨日の実技試験では、初等科の3学年から7学年の試験会場で事件があったくらい。
否、あれだけ大きな火の玉は、そこに居なくても、はっきりと映っていた。
しかも、爆発した時の熱を孕んだ突風は、自分達の所にさえ熱いまま吹き抜けたのだ。
その結果、他所の試験会場ですら、試験が一時中断された等。
挙句は、ズィーロム地方の上空を巡回していた王国空軍の航空艦までが捉えていた。
そうして、王立学院には、ゼロムに駐屯している王国軍からの問い合わせもあったくらい。
事件に直接の関係が無い生徒ですら。
これらを耳にしている中で、今朝のホームルームは、この件に関係した全校集会がある。
ただ、生徒達の中には、どんな理由であっても構わない。
今日の一限目の授業が、臨時の全校集会へ変わった事へ。
授業が無くなった事を、内心で喜ぶ生徒達は、決して少なくなかったのである。
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暖房の無い大講堂は、昨日もそうだった寒波のせいで、とにかく寒かった。
そこへ朝のホームルームの後から集まった生徒達を待っていたもの。
生徒達は、壇上に立つと、此処では理事長と呼ばれるフェリシア女王の口から。
生徒会と風紀委員会の解体。
現行の学院規則の廃止と、新しい学院規則の施行。
解体された生徒達の自治組織についても、新たな組織が発足される。
一つ一つを説明する理事長の声は最後。
『大陸憲章と国際法。そうして現在の王国法とも照らした結果。王立学院は今この瞬間も。根底からの変革を突き付けられたのです。更に、私達が変革を受け入れなければ。憲章と国際法へ批准した国際社会からは。厳しく淘汰もされるでしょう』
今朝の臨時集会は、そこで理事長から生徒職員へ。
変革を受け入れられないと。
その場合には、変革を拒む者についても。
フェリシアは自らの声で、明確に『女王だけが持つ絶対権限で、学院より追放する』を宣言した。
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――― 臨時集会で行われた、理事長の宣言から遡る事、約18時間前 ―――
3月15日
時間は午後3時を過ぎた頃。
フェリシアとマクガレンの二人ともが、揃って大図書館の一階にある喫茶スペースを訪ねていた。
二人は、実技試験の後から姿を消した一人の生徒が此処に居ると。
報せを受けた後は、ただし、その時には『用があるなら出向いて来い』という伝言も付いていたために。
ただ、フェリシアは、それで構わないと。
反対に、目上に対する非礼を口にしたマクガレンを宥めた後は、そうして間もなく大図書館へと赴いた。
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実技試験を最初に終えた俺は、それも文句なしの満点を告げられた後。
特に居残る理由も無かったからな。
満点だと言われた後は、さっさと大図書館へ帰って来たよ。
なにせ、俺には今も未だ。
終わりの見えない調べものが在るんだ。
高度一万の空。
その何処かに封印された空中都市の一つは、封印を解くカギは握っているものの。
セントラルアークの所在が、一万年は昔の座標で記されていたために。
これを現在の座標にして場所を特定する作業は、ホント、かなり難航しているのが現状だ。
そんな訳で、試験の後は真っ直ぐ此処へ帰って来た俺ではあるが。
午前中の続きへ、さぁ取り掛かろうとした所で。
景色はミーミルが作った異世界の方へと招かれた。
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ミーミルは俺を招いた所で。
招いた理由は、先の決闘で、そこで俺が吐いた文言にある。
『そうだな。学院規則へも介入するだろう。最高法規にそぐわない規則などは不要だ。それと、貴様ら風紀委員会も排除する。学院の風紀は、憲章と国際法の下。人道が保障された中で、新たに培われるべきだ』
自分で言うのも何だが。
ミーミルからは、と言うよりも。
この時には、ティアリスやユミナさんもね。
コルナにコルキナも居たし、レーヴァテインだって居たよ。
皆からは、言った以上は実行しろ。
こういうのを、確か・・・有言実行って言うんだったよな。
結果、俺は調べものの続きへ取り組むためにも。
ただし、その前に処理しないといけない仕事へ取り組まされたんだ。
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あっちの世界で面倒な作業を片付けた後。
とは言え、ミーミルやティアリスには、確認もして貰ったし。
まぁ、頼んでもいないユミナさんは、勝手にチェックしていたけどな。
あぁ・・・何をしたのかって。
そんなの。
新しい学院規則の草案と、関わる新組織の構想諸々だよ。
でだ。
やっと終わって戻って来た後は、今度こそ調べものの続きへ。
別にずっと異世界でも良いんだけどさ。
何となくな気分転換を求めて、本来の側へと戻って来た後。
どうせなら、喫茶スペースで紅茶でもとね。
そうして、場所を変えた俺の所へは、毎度毎度なプリムラさんがやって来た。
俺にコーヒーとケーキを奢らせたプリムラさんは、俺が起こした騒動を、途中からは他の職員達と、遠巻きに見ていたそうだ。
で、それを聞いた俺としては、『それで、何か言いたいのでしょうか』とね。
プリムラさんは、『面白かった』ってさ。
特に最後の女子生徒達を素っ裸にした魔法。
プリムラさんは、同じ女性な筈なのに、とっても楽しそうに笑っていたよ。
なんなら、やってあげましょうか。
けど、どうやら用事もあったらしくてさ。
学院長が俺を探している。
それで、見かけたら学院長の部屋まで来るようにと。
プリムラさんもだけど、他の職員達へも同じ指示が出ていたそうだ。
「どうしても用があるなら、俺は調べものに忙しいので。だから、自分から此処へ赴く様に。そう伝えてください」
俺の発言は、プリムラさんから別の職員さんへ伝わると、因みに伝言の駄賃としてケーキを2個追加された。
けど、俺の言い分は事実、そうして本当にやって来たよ。
「カミーユ・ルベライト。理事長が貴方と、どうしても話をしたいそうです」
喫茶スペースで、四人席のテーブルを繋げて作業に没頭していた俺は、やって来た二人の人物。
うち一人のマクガレン学院長から紹介される形で、見知っている時よりも痩せた感がするフェリシア様と、面と向かっては初の会談を持った。
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場所は変わらず、大図書館の一階にある喫茶スペース。
作業を止めた俺は今、クローフィリア王女たちとの決闘の後で、直後には場へも介入して来た二人の人物と、別のテーブルを挟んで向き合っている。
一人は王立学院の学院長セレーヌ・マクガレン
彼女は俺の態度が気に入らないらしい。
場に介入して来た時からもそうだったが、口調だけじゃなく、怒っているのが見て取れる顔をしていた。
もう一人は、一年以上前に会った事もあれば、言葉を交わした事もある。
だけでなく。
オーランドでは、俺に肉を焼いてくれた・・・・・・・
ただ、その頃と比べれば、やはり、やせ衰えた様にしか映らなかった。
王立学院の理事長も兼務する、ローランディアの女王フェリシア・フォン・ルミエール
二人とは、今日は決闘の直後から場へ介入して来た時には、顔も合わせている。
付け足すと、俺は二人へ。
実技試験の決闘に関して、内容を改めろと脅しもしたんだ。
たかが試験に、命に係わる程の危険要素は不要だとな。
要求を受け入れなければ、どうなるか・・・・俺の悪役っぷりも、少しは慣れたせいか。
ここはフェリシア様が、二つ返事で受け入れてくれたよ。
もっとも、受け入れてくれたフェリシア様からは、代案も求められたんだけどな。
フェリシア様の言い分は、俺の要求は聞いたんだから、見合う実技試験の代案くらいは示して欲しい。
脅しに屈さないと反発するのではなく。
命も尊厳も保障されるべきだと掲げた俺の主張は、フェリシア様が自分も同じ考えだと、そうはっきり言ったよ。
だからこそ、命の危険を伴う試験内容の変更には、異存もない。
ただ、授業日程の都合もあるため。
今日の実技試験は、遅れても終えないといけない。
そういう訳だから、何か実技の試験に相応しい代案が欲しい。
相手の主張の、認めるべきを認めて、そうして自らの意見も述べる。
風紀委員会の馬鹿どもには、この部分を、心底見習って欲しいと思ったよ。
とまぁ、そういうやり取りの後でだ。
王立学院の魔導実技の中でも、特に基本的な的当てを提案した。
ただし、射程距離100mの、しかも的の大きさは10センチ。
この代案に、マクガレン学院長から『出来るのか』って、怒っているのが分かり易い口調で尋ねられたけどさ。
まぁ、出来る事を示した後は、しかも、的の中心だけを撃ち抜く芸当もして見せた。
結果、フェリシア様からは、実技試験として即採用の返事も頂いたんだ。
マクガレン学院長もね。
面白くない顔はしていたけど、基本の重要性を考慮すれば・・・・とかなんとか。
こうして、他所よりも遅れた実技試験は、ただし、決闘の方が点数を得られたかも知れない。
なにせ、俺の後はもう、0点尽くしの惨状を招いたのだからな。
もっとも、そんなこと以前にだ。
王立学院では、俺が代案した後でフェリシア様が採用した射程100mの的当て自体、やった事も無いそうだ。
とりあえず、決闘直後からも、実際色々とあったりした訳だが。
最初の騒動まで遡った今回の一連は、故に、これも必然なんだろう。
俺個人は、全くもって歓迎していない必然だけどな。
しかし、だからこそ関わりたくないから逃げて来たんだけどさ。
逃げた所で、やっぱりこうして俺だけは、避けられない面倒事の二回戦へと突入した次第だ。
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紅茶を一口、そこからマクガレン学院長は、さっそく俺へ口を開いた。
「カミーユ・ルベライト。貴方はこの学院を私物化できるとでも」
「法を無視した実力主義。その末路がこうなっただけだ」
「学院長として、法を無視した覚えなど在りません」
「既に今さらな問答をしたいと。言った筈だ。反乱分子は根こそぎ抹殺する。あの場に潜り込んでおいて、聞いていないとでも言い張るか」
「そうではありません。当学院の規則は、ローランディアの法の下で定められたもの。よって違法性は何処にも無いのです」
「人権も人格も無視した風紀委員会。あれを容認し続けた規則など。俺様には不要でしかない」
「では、どうあっても排除すると」
「聖人君子ではない俺様は、だが、だからこそ簒奪するのだ。王立学院の全てを、叡智とは命や尊厳に勝るか劣るかではなく。人が人として在ることが出来る世界のために。そのために寄与する叡智の探求こそ。王立学院の歩むべき道だと考えている」
言うだけ言って、そうして俺は自分の紅茶を一口。
渇いた喉を潤した所で、揃って沈黙を通す二人を映せば、未だ続きがあると思っているのだろう。
学院長も、それから俺と話をしたいから来た筈のフェリシア様も。
二人は、恐らく俺の真意を確かめることを優先したのかも知れない。
ならば、此方は手札を一枚でも見せるべきだろうか。
少なくとも、一枚見せる事で、状況を動かすことは出来るだろう。
カップに残る紅茶を見つめながら。
思案は、そうして先ずはカップを、テーブルへと置いた。
「ケイト・モンローサ。かつてこの王立学院が葬った一人の生徒は、しかし、力無き彼女の志は正しかった。故に、絶対的な力を行使できる俺様は。正しい志が、以後は在り続けられるためにも。現在の王立学院を否定し支配した。まぁ、あの程度で完全に支配したというのは。早計かも知れぬがな」
「「 !! 」」
ケイトというカードを切った俺に対して、二人が驚かずにいられないくらい。
そうした反応くらいが返って来るのは、まぁ、見越して使ったんだしさ。
さてと、俺が彼女を知っている。
そう抱いた二人の思考は、恐らくフル回転もすれば勘ぐりもするだろう。
「俺様はこれでも、大図書館の住人様だぞ。故に当時の事件に関しても。そこへ王太女だったフェリシア・フォン・ルミエールと。生徒の一人だったセレーヌ・マクガレンが居た事も把握している。よって、ケイトが何故殺されたのかも。彼女の死には、王太女が深く関与していた事も。それも勿論、調べてあるからこそ。現在の王立学院を否定し、生まれ変わらせるために簒奪もした」
このカードを最初に使ったのは、主導権を渡さないためだ。
対等の交渉などではない事を示し、逆らえば抹殺するにも真実味を持たせる。
二人がケイトへ対して、そこに後ろめたさが在るのなら。
悪いが、此方はそこを刺し貫くまでだ。
「王立学院は、先ず叡智に対する認識を根底から変える。現在の規則が、王国の法の下に承認されている、のだとしても。根底から変えるためには、それと関係なく排除しなくてはならない。故に、ケイトの死へ思う所が在るのであれば。今は俺様に従え」
言った後で何だけど。
このパターンは、火中の栗を拾うのと・・・もっとも、拾うのは危険ではなく、面倒事を拾うのだけどさ。
「分かりました。私は、カミーユ・ルベライト。貴方へ服従しましょう」
服従を口にしたフェリシア様の声は、何か、俺には安堵した様な感を受けた。
「セレーヌ。この件は、女王として。私が全責任を負います。そうして、全責任を負う私は。ただし、無条件ではありません。ですが、カミーユ・ルベライトが条件を受け入れてくれるのであれば。私は、王立学院を彼に委ねます」
「ですが」
「セレーヌ。これは決定した事です。異議は認めません。それから、カミーユ・ルベライト。私からの条件ですが」
――― 私は貴方に、この件では誰一人として。殺して欲しくありません ―――
フェリシア様の、そこで俺を真っ直ぐ見つめる瞳に。
俺は女王をしている時の、騎士として守り続けるを誓った・・・母さんが重なったよ。
途端に滲んだ涙は、思わず泣きそうになって。
だから、涙が滲んだ時には、既に異世界へ切り替えてくれた。
俺の1番、ティアリスの配慮へは、感謝しかなかったよ。