第17話 ◆・・・ 正義を振りかざす悪役 ② ・・・◆
ユリナ婆ちゃんから頼まれた件。
結局だけど。
ユリナ婆ちゃんの真意までは、聞いていない。
その点だけ。
言ってくれなかったのだから。
どうなっても、俺には文句を言わせないからな。
そんな事も思う俺は、けれど、俺が目を通した資料の内で。
フェリスに関わる資料と、大陸憲章の草案に関わる資料を、クローフィリア王女へ預けた。
あぁ、安心していいぞ。
俺の賢神様なら、瞬き程度の時間で、複写本も用意できるんだ。
さすがミーミルだね。
しかし、クルツの方は凄いな。
どう見ても十人くらいで食べる様な量を、一人で食べ尽くす勢いだ。
ただまぁ、飢えた時なんて。
そういうものかも知れないけどな。
じゃあ、そろそろいい加減、終わらせようか。
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母様の事を尋ねてしまった私は、そこでカミーユ・ルベライトから預かった本やノートへ。
本心は、今直ぐにでも開いて読みたかった。
「読むだけなら何時でも出来るだろう。いい加減、決闘を始めようか」
私は今、受け取った本やノートは少し離れた所へ。
マントを脱ぐのは、とても寒いから嫌だったけど。
大図書館の本や資料を、地面に直接置くなんてことも出来る訳が無い。
預かった本やノートは、マントに包み込んで、それを巻き込まれない所へ一先ず置いて来ました。
私が大事な本を、決闘に巻き込まれない所へ置いた頃。
他の風紀委員や、クリスティーナさん達は、みんな一ヶ所に固まった様な感じで、私も彼女達の近くへと戻った。
「俺様は、この決闘において。被告人達を殺さないと約束はした。だが、無罪放免にはしない。貴様らが勝てば、貴様らの思うままにすればいい。が、そうはならないだろう。そうして、俺様が勝った後は・・・」
――― 先ずは王立学院へ。大陸憲章と国際法を完全に批准させる ―――
「カミーユ・ルベライト・・さん。大陸憲章と国際法を完全に批准させるというのは、その・・・詳しく聞いても良いでしょうか」
私だけは、カミーユ・ルベライトから条件付きでも、自由な発言を許されている。
だから、疑問は尋ねても良いと思った。
「そうだな。学院規則へも介入するだろう。最高法規にそぐわない規則などは不要だ。それと、貴様ら風紀委員会も排除する。学院の風紀は、憲章と国際法の下。人道が保障された中で、新たに培われるべきだ」
「貴方の主張には、そこには私も正しいと思える事もあります。ですが、この決闘だけでは」
「お前がそれを心配する必要はない。今回の決闘だけは誰も殺さないが・・・・」
――― 以後、俺様の主導する改革への反乱分子は。一人残さず抹殺する ―――
その言葉を口にしたカミーユ・ルベライトは、私へ右手の人差し指を、空へ向けた様な仕草をして見せた。
「・・・・こんな事を。これは立派な脅迫じゃないですか」
空には先程と同じ巨大な火球が、一体いつの間にを抱きながらも。
それでも。
このやり方は、それこそ脅迫罪が成立する筈。
なのに、カミーユ・ルベライトは、傲慢不遜としか言えません。
「現在の王立学院は、力こそが絶対。そういう部分を育てて来たのは。そこに風紀委員会も多大な貢献をして来た筈だが。故に、俺様が断行する改革は。これまでの支配力を足元にも寄せ付けない、絶対的な力による支配から始まる」
「そんな事が。貴方は本当に出来るとでも」
「言って置くが、俺様は聖人君子じゃない。故に改革を断行するためには、反乱分子を根こそぎ抹殺もする。つまり、それだけの力を行使した支配の下でだ。俺様はこの学院へ。最初に憲章と国際法を完全に批准させた後。そこから次の新しい秩序へと移行させる」
「憲章と国際法に批准した秩序には賛成します。ですが、やり方は間違っています」
カミーユ・ルベライトの主張は、新秩序のために、絶対的な力を行使する。
私は、王立学院が憲章と国際法へ批准した新秩序に変わる点。
此処だけは、私も正しいを思えた。
「王女。貴女は不勉強だ。故に、この世界の歴史を分かっていない」
「どういう意味ですか」
「別に教科書でも資料でも構わないさ。国や自治州も。政治の在り方や秩序も。全ては永遠じゃない。王立学院のこれまでは、今日この時を以って俺様が終わらせる。理事長が異を唱えようとも。その時には・・・」
――― そうだな。いっそヴィネツィーラごと滅ぼしてやろう ―――
「カミーユ・ルベライト。貴方は、自分の意にそぐわなければ。何の関係もない王都の人達を巻き込むと言うのですか。そんな事は、絶対に間違っています」
「今のお前では。弱者の遠吠えだな」
「な・・・ですが。貴方のやり方では、それは力による恐怖支配ではありませんか」
「王立学院で。王女が口にした恐怖支配が今も罷り通っている。それを気に入らない俺様は。故に俺様が支配することで生まれ変わらせる。文句があるなら・・・・決闘に勝ってから言うのだな」
「私達は恐怖支配など」
「風紀委員会は、十分に恐怖を与えて来た筈だ。同時に、こんな腐れ外道を容認した女王も。本件では同罪だと言えよう。俺様の正義は、お前等を存在ごと否定してやる」
――― さっさと構えろ ―――
カミーユ・ルベライトは、私達へ構えろと。
魔導器を装備している風紀委員へは、今直ぐ稼働させて構わない。
そうして・・・・
「被告人達へ手を貸したい。諸君ら外野の心情には理解もしてやろう。だが、諸君らの介入は。あの火球がゼロムの市街へ、叩きつけられるかも知れないを。その点には十分な留意もして貰おうか」
私達の目には、先ほどと同じくらいの高さに浮かぶ巨大な火球が。
でも、先ほどは爆発こそしたけど。
私達は誰も怪我をしていない。
「警告が二度も行われるほど。俺様は暇じゃない。ゴミは纏めて焼却するに限る・・・まぁ、基本だろうな」
さっきのが警告だと。
ずっと上から目線の傲慢な態度で、言った後には鼻で笑う。
まるで勝ち誇った強者の様な、だけど、ああいうのは嫌だ。
それでも。
私達を囲む周りからは、結局、誰一人として動いてくれる人も居なかった。
私達は今、というか既に、カミーユ・ルベライトの完全な支配下に置かれたのです。
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「そうだ。ハンデをくれてやろう」
カミーユ・ルベライトと決闘をする事になった私達は、そこで、クリスティーナさん達へも魔導器の装備が認められた後。
と言うよりも、カミーユ・ルベライトはクリスティーナさん達へ。
『素手で戦える程度の格闘技術があるなら構わんが。そうでないのなら。せめて魔導器なり武器なりを装備するくらいは許してやる』
そうして、クリスティーナさん達までが魔導器を装備するのを待った後。
今度は、ハンデをやる。
コケにされた感じはそうでも。
しかし、私達が一丸となった所で。
さっきのアイス・バレットの事もある。
もし、何らかの方法で魔導を、無効化する事が出来る術があるとして。
それをカミーユ・ルベライトが使えるのだとしたら。
私達は今、弓を手にしたクリスティーナさんを除いて。
あとの全員が、魔導器を装備している事からしても。
彼が魔導を全て無効化してしまえば。
後は、クリスティーナさんの弓か、私の様に剣技や護身術が使える風紀委員の仲間くらいしか。
惨めでも。
勝てる確率が上がるのなら。
彼が私達へ与えたハンデは、何であっても貰っておきたい。
決闘だけに傾いた思考は、不思議とさっきよりは考えが巡らせられた。
そんな中で、カミーユ・ルベライトは片方の足を伸ばすと、伸ばした方のつま先を地面に立てて、くるりと一回転。
そうして、カミーユ・ルベライトは、地面に自分を囲む円を描いた後。
「まぁ、こんなものだろうな。おい、俺様はこの円の内側から外へは出ない。反対に貴様らは、外野連中の囲みの中なら。何処から仕掛けて来ても構わん」
馬鹿にされた。
コケにされた。
此処まで露骨な侮辱は、それも経験したことなど無かった。
――― けど ―――
「カミーユ・ルベライト。そのハンデが貴方の敗因になったとしても。文句は言わせませんよ」
自分で書いた円の内側からは出て来ないと言った。
だったら私達は、十分な間合いから仕掛ければいい。
先に殺さないを約束した以上。
彼は私達へ、殺傷性の高い魔導を使えない。
それに、此方には弓を使うクリスティーナさんが居る。
魔導が無効化されても。
あの金色のマナ粒子は、飛んでくる矢は防げるのか。
「あぁ、そうだ。勝敗を何処で決めるのか。俺様は貴様らを殺さないと約束はしたが。何を以って貴様らを敗北と扱うのか。そこは未だ決めていなかったな」
「それならば。戦闘不能となった所で、敗北とするのはどうでしょうか」
「戦闘不能の定義は」
「実技試験の決闘では、負傷が直ぐの治療を要する程度になった段階。後は気絶もですが。他には武器の破壊か武器を手放した事も。戦闘不能として扱われます」
「なる程な。じゃあ、不殺さずを約束した俺様は。そうだな・・・此処から貴様らの武器を破壊か手放させる事としようか」
「分かりました。ですが、そんなに自分が不利になるハンデを与えて。その余裕が驕りにならなければ良いのですが」
「まぁ・・・・貴様らじゃな。俺様に掠り傷一つ。それすらも与えられないのは分かっているんだ。だから、どう勝つか。相手が女子なら、なるべく負傷させたくはない」
私達には、カミーユ・ルベライトへ、掠り傷の一つ負わせられない。
なに・・・・何処まで馬鹿にすれば。
分かっていても逆なでされた感じが、私の無意識は、彼を睨んでいた。
「そうそう。これもハンデとしてくれてやろう。開始の合図は、貴様らからの攻撃を以って開始とする。その上で。俺様からは故に先制攻撃は行わない。精々勝てるかも知れない一縷の望みへ。まぁ、賭けるがいいさ」
そこまで言い切ったカミーユ・ルベライトは、私を無視してクルツさんへ『さっさと避難しておけ』等と。
底無しの余裕を見せつける彼の態度へ。
完全に見下された私達は、だけど先輩のメイナさんから集まる様に声が掛った。
メイナさんは、彼を囲んで、そこから全員で一斉に仕掛ける。
私達はメイナさんの合図で一斉に、そこまでを確認した後。
「まぁ、少数を多数で包囲殲滅。用兵の基本ではあるが・・・・俺様を殺したいなら。神かドラゴンでも呼んでくるのだな」
カミーユ・ルベライトを、十分な距離を取って囲んだ私達は、短い作戦会議だったけど。
シンプルな作戦は、目的も明確で、だから集中しやすかった。
リーダーのメイナさんは、7学年の先輩だけでなく。
王国軍からの任務に呼ばれるほどの実力者。
そんなメイナ先輩は私達へ、決してカミーユ・ルベライトの挑発には乗るなと念を押した。
タイミングを合わせて、一斉に仕掛ける。
それも、カミーユ・ルベライトを殺しても構わない。
そのくらいの姿勢で臨まなければ、頭上にある巨大な火球の事もある。
けれど、あれがカミーユ・ルベライトの魔導なら。
カミーユ・ルベライトの死によって消失する筈。
メイナ先輩は最後。
『クルツの件は別にしても。カミーユ・ルベライトの行為を許す訳にはいきません。学院の風紀を担う私達は、その誇りにかけて。彼を此処で粛清します』
私達は、私達の外側を囲んでいる生徒達を背にして。
そうして、互いに準備を終えた後。
私の視線は、金色のマナ粒子をずっと漂わせているカミーユ・ルベライトを映しながら。
その向こう側に立っているメイナ先輩を。
次の瞬間、合図を示すメイナ先輩の右手が高く上がった。
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風紀委員会に所属する初等科7学年、メイナ・モランシーの事は、学院長である私も知っている。
真面目だが尖った性格をしている彼女は、自分の行為が正義ならば、悪と定めた側へ。
耳も傾けなければ、容赦もしない。
私が把握している限り。
メイナ・モランシーは、この一年だけでも。
十人を超す人間の命を、魔導で奪っている。
取り分け、火属性と相性が良いらしく、またメイナ本人も、火属性を好んで使っている。
彼女の実力は、メティス全体の序列においても十指に入る。
それだけの実力が在るからこそ。
7学年に進級した後のメイナへは特例により。
本来は高等科へ籍を置かなければできない殺害を含む産業スパイ狩りの任務が、何度か回って来た。
メイナは王国軍の特殊捜査班に参加すると、そこでも魔導の実力を、高く買われた存在には違いない。
彼女に関する任務報告書には、王国軍から将来を有望視できる逸材だと記してあった。
だが、そんな彼女ですら。
私やフェリシア様の目に映った光景は、カミーユ・ルベライト一人を、全員で囲んでの一斉攻撃が失敗に終わった直後。
失敗というよりも、目に見えて効果が無かったのです。
カミーユ・ルベライトが纏っている、銀色なのか金色なのか。
とにかく、そういう風には映ったマナ粒子に触れた全ての攻撃が、跡形も無く霧散した。
メイナが撃ったファイアボールも、あのマナ粒子に触れた途端、吸い込まれると溶けた様に消えた。
クローフィリア王女の撃った、アイス・バレットも同じ。
ミュリア・ゴルペールの撃った、ウィンド・カッターも同じ。
それ以外の風紀委員や他の者たちの魔導も、結果は全員が同じだった。
一人だけ、メイナと同じ学年のクリスティーナ・カコンシスだけは、魔導ではなく弓を握ると番えた矢を射った。
カミーユ・ルベライトを狙って真っ直ぐ放たれた矢は、ですが、これもあのマナ粒子へ触れた鏃から霧散したように消えた。
私達が見ている中で、彼女達の先制攻撃は、その全てが無効のままに終わった後。
『じゃあ、これで終わりにしようか。完全武装解除』
退屈そうに聞こえた声の後。
カミーユ・ルベライトは右手の指を鳴らした。
途端、そこで起きた光景を、何故そうなったのか。
理屈は何一つ分からない。
しかし、眼前に映った決闘の当事者達。
カミーユ・ルベライトと決闘に至った者達の全員が、装備していた魔導器や武器を粉々にされただけでなく。
あろうことか、身に着けていた衣服の全てまでもが粉々になって散ったのです。
これが後の王立学院で、誰がそう名付けたのか『すっぽんぽん魔法』と呼ばれる事になる魔導の。
王女も含めた彼女達は、その最初の犠牲者となりました。
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俺が介入した事で、ナイター照明が眩しいグラウンドでは、今も遅れて始まった実技試験が続いている・・・・のだろう。
とは言え、俺を脅威として見てくれたのはある。
実技試験の決闘は、俺の脅迫を、あの場に姿を現した二人の人物が受け入れた結果。
表向き、今回は危険性を理由に見送られると、代わりは的当てになった。
もっとも、射程100mの的当てだからな。
ついでに、的の大きさは直径10センチだ。
一応な、俺がそうさせた事もある。
故もあるから、真っ先に試験を受けた俺ではあるが。
たかが100m先の、それで10センチの的など。
俺は苦も無く片付けた。
付け足しは、用意された的全部の中心だけを、小さく刳り抜く様に撃ち抜いた。
まぁ、この程度はな。
いつもの修行と比べるまでもなく簡単すぎた。
ただ、俺がやって見せた事は、これも前代未聞だったらしい。
その前にやって見せた『完全武装解除』も、あれは特に男子連中が絶賛していたな。
反対に女子達からは、無言の視線が痛かった。
別にさ、完全武装解除を受けたいなら。
俺はいつでも、相手をしてやるよ。
因みに、クルツから『先に下着姿。次に裸の方が効果絶大や』ってな。
クルツの意見は、一度目で下着姿にする事を『降伏勧告』に用いる。
そうして降伏勧告を拒んだ時には、残った下着も粉々にすればいい。
なるほど、二段構えというのは良い手かもしれない。
なに、せっかくの貴重な意見でもある。
さっそく次回から活かす事としよう。
少々脱線したところで、実技試験の方だったな。
俺は問題なく合格だと言われもしたが。
俺の後に続いた他はなぁ・・・・
最初だけ見たが、先ず的にすら届かない様では、全員揃って実技は赤点だろうな。
追試、精々頑張りたまえ。
実技試験の件は、一先ずこんな所だろう。
2019.05.07 一部へ加筆を行いました。