第18話 ◆・・・ 教師エストとエレン先生?から学ぶ日々 ⑪ ・・・◆
魔法陣のことを知った昨日から、今日はずっと楽しみにしていた。
今日の修行も、場所は人気のない牧草地。
到着した早々、アスランはエレンから、魔法陣を教えて貰った。
エレンから言われた通りの文言を、静かに唱えたアスランは直後。
今度はエレンの声が、耳慣れない言葉を告げた途端。
それはアスランの意識の奥で、確かにはっきりと見えていた。
瞼を閉じれば、一層鮮明に見える、見たこともない文字や記号らしいもの。
そうした何かしらが書き込まれた円形や菱型などの紋様。
エレンは、それを魔法陣だと教えてくれた。
赤色の魔法陣=火属性
青色の魔法陣=水属性
緑色の魔法陣=風属性
茶色の魔法陣=土属性
金色の魔法陣=空属性
灰色の魔法陣=幻属性
黒色の魔法陣=時属性
様々な形の魔法陣は、けれど、発光色で属性は直ぐに理解った。
それと一度見ただけで、何か焼き付けられたような鮮明さで頭の中に残っている。
『後は意識感覚だっけ?アスランがやってたそれで、直ぐに使えるはずだよぉ♪』
アスランは届くエレンの声に頷くと、先ずはファイア・アローから試みた。
記憶に焼き付いたからなのか、炎の魔法陣は簡単に思い起こせる。
瞼を閉じれば、これも鮮明に見ることができる魔法陣を映して。
再び開いた瞳が映したもの。
アスランは立っている自分を中心にして、地面に描かれた赤い魔法陣へ。
見慣れたマナ粒子発光現象は、足元の魔法陣から立ち昇っていた。
魔法陣は、最初に魔法式を記憶させなければならない。
アスランは、意識の中で駆動式を、そして、発動式は声にして唱えた。
ビュッ・・・・
炎の矢は、アスランの頭上から真っ直ぐ空へ。
一直線に飛翔したまま、やがて見えなくなった。
続けて、今度は発動式だけを連呼。
全く同じ炎の矢が、連呼した数だけ、立て続けに空へ打ち上がった。
「出来た・・・・僕にもエレンのように出来た」
「(・・・まぁ、今のアスランなら。これくらいは出来て当然だよ♪・・・)」
指先にマナを収束させたのと似ている感覚。
この感覚が、魔法陣と繋がっている。
昨日、ノートへ纏めた内容の一つ。
魔法陣の可視化と不可視化は、直ぐ出来るようになった。
はっきり言って、意識でオンとオフの切り替えをするようなもの。
イメージでも問題なく出来る。
やって見ると、案外簡単に出来た。
以前に教えて貰った水と風。
それから、土の属性までは問題なくやれた。
魔法陣を使える。
この日のアスランは、エレンから言わせると、『とっても無邪気に笑っていた』らしい。
四属性を試した後で、それまで足元に描かれた魔法陣を、思い付きは、動かせないか。
こうした使い方を、エレンは教えていない。
無論、出来る側のエレンから言わせると、『自由で無限なんだから出来て当然』の範囲。
そんなエレンから見たアスランは、知識はあるのに、発想とか想像が下手くそ過ぎる。
一々聞かなければ、この程度も出来ないのかと、溜息が出る程。
それくらいアスランは、不器用に映っていた。
ところが、目の前のアスランは今。
魔法陣を動かせることを知った後は、夢中になって動かし続けている。
自分の周りを、くるくる回しながら。
それから遠くへ行かせたり。
後は、移動の速さを変えてみたり。
挙句、魔法陣が木登り・・・・・
アスランは魔法陣を、空中に浮かせられることも自分で発見すると、そこから魔法陣を立たせたり寝かせてみたりまでを、瞳を輝かせて楽しんでいる。
アーツは自由で無限。
だから、こんな事くらいは、直ぐに気付いて欲しい。
そう抱くエレンの視線の先で。
魔法陣を、向きや角度も含めて自在に動かせる。
そこまで知り得たアスランが、今度は一度に二つの魔法陣を描いて遊び始めた光景。
炎と水。
アスランの周囲で、二つの魔法陣が踊っている。
当然、エレンには、これくらいも出来て当たり前。
ただ、やっとアスランも、このくらいを出来るようになった。
夢中になって遊んでいるアスランの表情。
見つめるエレンは、頗る幸せだった。
夢中になると、時間はあっという間に過ぎ去る。
アスランはエレンから、『そろそろ時間じゃない』と言われるまで。
魔法陣で思い付く限りを試した。
魔法陣に流し込むマナの量。
多くすると、発光するマナの密度が濃くなる。
魔法陣を二つは、やってみると結構疲れる。
魔法陣の大きさ。
これも感覚で調整が出来た。
エレンから言われて、時計を覗いたアスランは、既に午後の4時。
今日は4時半くらいに戻る約束だった。
もっと試したい。
けれど、魔法のことは、ずっと秘密にしている。
また明日、楽しみは明日へ取っておこう。
帰り道。
エレンとの会話は弾んだ。
もっとも、エレンは『だからさぁ。自由で無限だって。そう何度も言ったじゃん♪』って、笑っているのが分かる。
聞いているアスランは皮肉っぽく、『具体的に教えて欲しかった』とは返した。
でも。
それも結局は『未熟者』へ繋げられる流れ。
ただ、エレンとは久しぶりに、ずっと楽しい時間を過ごせた。
孤児院へ戻った後。
アスランは、礼拝の時間までを図書室で一人。
今日の結果をノートへ纏めながら・・・・・
それよりも前。
図書室への移動途中、アスランは授業で使われている教室の前で足が止まった。
扉越しに聞こえてくる、楽しそうな子供たちの声。
そして、これも楽しそうに教えているのが理解るエストの声で、ふと立ち止まったまま。
「・・・エスト姉。やっぱりシスターよりも、先生の方が似合っているよな」
アスランの無意識は、小さく鼻で笑っていた。
きっと、暖炉にも火が入っているから温かい筈。
今日だって、カールとシャナから誘われていた。
なのに・・・・・
立ち止まっていた足は、間もなく図書室へ向かって歩み出した。
今日の修行で理解った事を、ノートに纏めないといけない。
何かそう、自分に強く言い聞かせた感さえある。
だから。
本人には、自覚が無かった。
同時に周りも、この時のアスランに気付くことはなかった。
心と頭の不一致。
そして、心の方は表情へ素直に現れていた。
それくらい明らかな寂しさ。
けれど、それを本人も、周囲の誰も気付くことは無かったのである。
-----
暦は2月に入っていた。
この頃のアスランは、7つの異なる魔法陣を使った修行を続けている。
先ず、七属性を一度に描き起こすと、自在に動かせるところまでは、出来るようになった。
課題の修行は、そこから維持できる時間へ。
これを可能な限り、伸ばすことに費やされた。
一方で、指導してくれるエレン先生?の教え方はというと、此方にさしたる進展は無い。
無い、というアスランなりの主張も、『解説が感覚的過ぎて、後は抽象的過ぎる』に尽きた。
そう。
奇跡でも起きない限り。
今でもエレン先生?の魔法指導は、理解り難いままだった。
だから、魔法陣の時は、エレンに奇跡が起きた。
それで、もの凄く理解りやすかった。
アスランは皮肉たっぷりに、こう納得することにした。
エレン先生?の教え方は、いつも『アーツは自由。アーツは無限の想像』と、要訳すればこれしかない。
これしか教え方が無いと言っても、過言じゃない。
こんな指導を、半年以上。
自然、アスランは課題を、いつも自分で作る癖が染みついた。
今の課題は、体内マナの保有総量を増やす。
取り組みは魔法陣を作って、マナ粒子発光現象を起こすだけ。
ただし、発光現象の持続時間を、出来る限り伸ばす。
自分で考えた修行方法は、先日、予期しなかった出来事が、ちょっとした事件を招いた。
結果、今は無理はしても、無茶をしないようになった。
アスランが起こした事件。
『マナの枯渇』
これは事件の後で、初めて知った。
勿論、教えてくれたのはエレンだ。
体内のマナを、著しく消耗し過ぎた結果。
そこでマナを完全に使い切った症状を、『マナの枯渇』と言うらしい。
具体的には、マナの枯渇に至ると意識を失う。
これ等の事実を、アスランは実体験の後、初めて知った。
その時に起きた事件の経緯は、こうである。
アスランは、昨日までと同じ様に、七属性の魔法陣を描き起こした。
そこから、これも昨日までと同じ様に、マナを流し続けながら。
この日も持続時間の延長に取り組んでいた。
魔法陣は、不可視化が出来る。
それでアスランは、鍛錬の際に、雑木林の向こうにある牧草地ではなく。
素振り稽古で使っていた空き地で、取り組んでいた。
理由は移動距離が短くなった分、その分は長く修行に打ち込めるというもの。
事件の発端。
きっかけは、アスランの『今出来る最大出力でマナを流し込んだら、何分できるか』という、実に単純な思いつきである。
付け加えるなら、この段階で、指導役がちゃんとしていれば、事故は起きなかった。
だが、アスランの指導役はエレン。
故に、事故に至った。
後日、この件をノートへ記す際のアスランは、だから、このように纏めた。
思い付きを、即実践。
アスランのアーツの修行は、常にそうだった。
意識して、これが最大。
そう思える感覚で、自分のマナを魔法陣へ流し込む。
途端に内側から、グンっと引っ張られる様な感覚は、直後、アスランの視界は真っ暗になった。
それからどうなったのか。
関係者の話を総合すると、アスランは意識を失っていたらしい。
日中とは言っても、季節は真冬の二月。
午後の日の当たる時間でも、外は当然と寒い。
まして、雪が積もっている空き地で、アスランはずっと仰向けになっていたそうだ。
これは最初にアスランを見つけてくれた、近所のお婆ちゃんの証言である。
お婆ちゃんは、市場からの帰り道だった。
その時に、空き地で仰向けになって寝ているアスランを見つけると、声を掛けてくれた。
ところが、返事が全くない。
それで気になったお婆ちゃんは、アスランの傍近くへ来たそうだ。
そして、意識を失っている事に大騒ぎした。
血相を変えたお婆ちゃんは、大慌てで、直ぐ近くの家に駆け込んだ。
この辺りからは、駆け込まれた家の家主と、証言が一致する。
家主の男性は、突然のことに驚いた。
ただ、お婆ちゃんの捲し立てる様な声で、アスランの事を知った後。
そこから自分も飛び出したとか。
男性は、とにかく空地へ向かって走った。
そこから、駆け込んできた婆ちゃんの言った通り。
見覚えのある。
否、畑仕事では、小さいのによく頑張る男の子として覚えていた。
だが、傍に寄った所で、幾ら呼んでも、ぐったりして意識が無い。
男性は、冷たくなっていたアスランを両腕に抱えると、真っ直ぐ教会へ走った。
アスランはこの男性によって、教会へ担ぎ込まれた。
途中、男性の奥さんが、冷たくなったアスランを、毛布で包んでくれたらしい。
アスランを担ぎ込んだ中年の男性は、トーマという。
最初に見つけてくれたお婆ちゃんは、アスランも知っているメニラ婆ちゃんだ。
因みに、日頃、アスランが修行で使っている空き地と、その奥にある牧草地。
これは何れも、トーマの土地である。
後は二人とも、教会のミサへは欠かさず来ている。
だから当然、アスランのことも、ちゃんと知っている人達だった。
意識の無いアスランは、教会へ運び込まれた当時、毛布で包まれていても、身体が完全に冷え切っていた。
最初に応対したシスターは酷く慌てたが、それでも、直ぐ暖炉の火がある応接室へ移してくれた。
間もなく、知らせを受けたスレインとエストが、二人とも血相を変えた表情で駆け込んで来た。
アスランの雪で冷たく濡れた衣服の着替えは、それはエストがテキパキと済ませた。
他の二人のシスターは、お湯を用意してアスランを温めた。
ソファーに新しい毛布を敷いて、そこへアスランは寝かされた。
スレインはアスランの脈を取りながら。
そこで命の心配はないと、安堵の声を漏らした所で、トーマもメニラも、エストと他のシスター達も。
居合わせた全員が、ようやく一先ずの安堵を得られたのだ。
此処からしばらく経った頃、アスランはようやく目を覚ました。
けれど、周囲の心配も気付いていないアスランの疑問は、自分が何故ここに?
ただ、ムッとした表情で睨むエストを脇にして、事情は、前に出たスレインが話した。
アスランは事情を聞いた後。
そこから今度は、スレインに尋ねられた。
『・・・えっとですね。その・・・以前から身体を鍛えようと思って、それで体力を付けるために。王都までの道を、門の所まで走って戻ってくる鍛錬はしていたんですけど。腕の筋肉も鍛えようと思って。それは空き地で木登りの時に、腕だけで登る鍛錬でしていたんです。それで・・・・今日も木登りをしていたんですけど、その時に腕を滑らせてしまって。背中から落ちた所までは、覚えているんです。後は気が付いたら此処に居たというか・・・・・』
自分を囲んで、心配そうに見つめている大人達へ。
けれど、アスランは、アーツの修行とは絶対に言えなかった。
咄嗟に思い付いた嘘は、胸を重くする。
ただ、あたかも本当のように口にしたことで、この場は難を逃れた。
アスランの嘘は、事実、全てが嘘というわけではなかった。
王都へ続く道を、アスランが走っている。
見たことのある大人なら、大概理由も聞いて知っていた。
4歳の男の子が、体を鍛えるために走っている。
その程度の話は、トーマもメニラも耳にしたことがある。
寧ろ、感心したトーマは、自分の子供たちに見習わせようとしたくらい。
だから、アスランが腕の筋肉を鍛える目的で、木登りを腕だけでしていた話。
聞いていたトーマは、心配ではなく愉快愉快と笑った。
『男の子なんだからな。それくらい元気な方が良い』
この部分は、スレイン神父も同感だったのか、可笑しそうに笑っていた。
メニラ婆さんは安堵の溜息を吐き出すと、『まぁ、なんじゃ。アスランが無事だったのが一番さね。』と、一安心。
安心した所で、緊張が解けたのか、腰掛けていた別のソファーに深く沈み込んでしまった。
エストは頬を膨らませて、アスランを上から睨んでいた。
当然、拳骨も落としている。
ただ、今回の拳骨は、アスランの頭に軽く乗せられただけだった。
『・・・本当に心配したんですからね』
睨んでいた筈のエスト姉は、瞼を滲ませていた。
そんなエストを映したアスランは、酷く申し訳ないことをしたんだと、余計に胸が重苦しかった。
事件を起こしてしまったその翌日。
アスランも何と言うか、一晩の内に近所全体に知られていたことを、朝の鍛錬の時には感じ取っていた。
なにせ素振りの途中から、今朝はトーマさんを始め、その奥さんもだし。
後は王都へ出稼ぎに行く人達からまで、同じようなことで声を掛けられれば、否応無く痛感させられる。
自分がちょっとした有名人になったことを、兎にも角にも自覚させられた。
『指導役がバカじゃなければ。事故は回避出来た』
この事件のことを記したノート。
アスランは、皮肉を込めてこう記した。
マナの枯渇を、実体験でも学んだ以降。
アスランは意識して、『今日は此処が限界』だと、線を引くようになった。
同じ失敗は繰り返さない。
と言うか、この件だけは、絶対に繰り返さない。
復習も兼ねて『マナの枯渇』とは、術者自身が保有している体内マナ。
これが文字通り、枯渇することを指す。
体内マナは、アーツを使うことで消費する。
そして、体内マナには、保有総量がある。
つまり、無限には使えないし、使い続ければ無くなってしまう。
体内マナを完全に使い切った状態。
これを、『マナの枯渇』と言う。
体内のマナが枯渇してしまうと、人間は意識を失う。
アスランは実体験を伴って学んだが、他人が同じようにして学ぶことは勧めない。
体内マナを枯渇させてしまった場合でも。
一定の時間休むことで、一先ず意識が戻るくらいには回復する。
けれど、酷い倦怠感や痺れなど。
身体の感覚は、まともに立つことも出来ないほど酷い。
ただし、徐々にではあるが、休めば元通り動けるようになる。
消耗した体内マナは、休むことで回復する。
実体験をもとに纏められたノートは、そこでエレンから、『ある程度消耗した段階で休息を取ることが望ましい』くらいを聞くと、並程度の保有量なら、一晩しっかり眠れば完全に回復する。
整理し終えたノートは最後。
『最初から、ちゃんと教えて欲しかった』
不満を抱く本心は、余白にしっかり跡を残していた。
指導役への不満。
ただ、それとは別に。
アスランは、記憶に焼き付いたエストの表情。
もう二度と、あんな顔はさせたくないを、殊更強く抱いた。
自身の深い所に刻まれたそれに。
アスランは、以降の修行中。
行ける所まで行く、といった類の無理はしても。
意識を失う様な無茶だけは、絶対にしなくなっていた。
2018.5.22 誤字の修正などを行いました。