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第15話 ◆・・・ 故に、推定無罪の原則は刻まれた ② ・・・◆


たぶん、神界だろうと思える場所に行って来た。

そうして、母さんからも聞いた事のある祖母と会って来た。


法にまつわる話をした事も。

それから王立学院の慣習の事では、フェリシア様が王権を使わなかった事には理由がある。


ユリナ婆ちゃんからは、否、婆ちゃんと呼ぶには若々し過ぎるのだが。

まぁ、そこは置いておくとして。


フェリシア様が王権を行使しなかった理由は、それで何かしらを背負った部分も。

ユリナ婆ちゃんは、大陸憲章の草案を調べろと。


まったく、愚痴話に時間を使わなければ。

きっと、確実に説明できる時間があった筈なんだ。


とまぁ・・・俺の不満も。

不満は当然でも、しかし、今回は脇へ置くしかあるまい。



話を進めようか。

婆ちゃんが言っていた大陸憲章の草案。

草案には、フェリシア様も関わっているらしい。

で、その辺りを調べれば、理解(わか)る筈だと。


「・・・・という訳でだ。此処はミーミルが最適だろうと思った。今直ぐ関連する資料を集めて欲しい」


俺の命令へ。

ミーミルは今回も、恭しい忠臣を崩さなかった。


「勅命、謹んで。直ぐに御用意いたします」


それから間もなく。

と言うよりも、俺が身体を起こした所で。


再び、ミーミルは両手に抱えた資料と共に現れた。


-----


「我が君から頼まれた資料。此方へ用意致しました」

「うん。助かったよ。ありがとうミーミル」

「いいえ、この程度は然したることではありません故」

「そう。じゃあ、ご褒美のなでなでは要らないんだ」

「我が君。些細な奉公でも褒美を与えてこそ。王たる者の器量が問われるかと」


結局というか。

こんな回りくどい問答の後でだ。

俺はミーミルの頭を撫でたんだ。


レーヴァテインなんか。

こういう時は、夕飯に肉を食べようって。

ホント、これで済むレーヴァテインは、だから、俺も気楽に付き合える。



脱線する度に時間を無駄にしているからな。

いい加減、先へ進めようか。


あぁ、一応ね。

場所は相変わらずの異世界です。

なので、時間の概念自体が存在しないから。


けど、先へ進めます。


俺は異世界へ身を置いたまま。

そこで今はだけど、ミーミルに集めさせた大陸憲章に関わる資料へ目を通し始めた。


因みに、大陸憲章のことは、聖賢宰相とも謳われたスレイン法皇が草案を作ったくらい。

まぁ、その程度の知識は、学校でも習う事なんだけどな。



「草案の写しだけじゃなく。草案を作るときの・・・会議かな。此処まで詳細な資料が在るなんて。流石、叡智の二つ名を持つ大図書館ってところか」

「我が君から資料を求められて。ですが、この件。かの大図書館には、全てが揃っていたと言えましょう」


俺が求めた資料は、それをミーミルは大図書館から集めて来たそうだ。

たった数秒程度で仕事をしたミーミルは、さすが賢神と言うべきだろう。


俺はミーミルが集めた資料を、その一つ一つへ目を通しながら。


憲章の草案文には、スレイン法皇だけじゃない。

此処だけで、ユリナ婆ちゃんやフェリシア様も携わっている跡が見つかった。


そうして、集めて貰った資料の中には、日記みたいなノートが数冊。

内容は日付から始まって、何処で誰と誰が話し合いを持ったのか。

場所も時間も、そうして話し合った内容さえも。


簡潔に言えば、議事録だと思う。

それが日記の様な形で、著者はスレイン法皇の他に二人。

一人はユリナ婆ちゃんで、もう一人がフェリシア様だった。



「・・・・なる程な。推定無罪の原則は、実はフェリシア様が最初の発案者だったのか」


大学でも学んだ大陸憲章の事は、けれど、スレイン法皇が中心になって。

そこへ、賛同した権力者たちの協力が在って成立した。


ところが。

草案の前から。

後に草案へ至った会議の様な記録へ目を通すと。

俺も知らなかった一面が、此処には幾つも見つかった。


特に今回の介入では、俺が掲げた大義とも正義とも言える所で。

実は、フェリシア様から婆ちゃんと神父様へ。

大陸憲章には、この一文を是非とも盛り込みたい提案があった。


それが、推定無罪の原則。


人間が過ちを犯す生き物である以上。

そうして、現在のリーベイア世界は、そこに幾つも在る国や自治州についても。

権力を握る者が、己が私欲で定めた法さえも在るのが現実。


私達はそこへ、己を律するためを明確に示す。

大陸憲章とは、『大陸神誓条約』を今に合わせた面はそうでも。

根本となる軸の部分は、何一つ変わっていない。


己を律する事で得られる権利。

誤った人間の、誤った認識がもたらす不幸を防ぐための律。


律は、確かな証拠を基に下された刑罰が、確定するまでの間。

それまでは何人も無罪であることを、明確に保障する。



日記の様な記録は、けれど、フェリシア・フォン・ルミエールの想いが、此処には確かに記されてあった。


-----


フェリシア・フォン・ルミエール

現在もローランディア王国を治める女王は、13歳にして王太女へ至ると、公務へも参加している記録がある。


フェリシア様の事が気になった俺は、ミーミルへ追加の資料を集めさせた後。

資料と言っても、フェリシア様の足跡の様なものだな。


けど、分からない以上は、調べる必要がある。


大陸憲章の条文へ、人格や人権を明文化させた一人としても。

草案へ推定無罪の原則を、最初に提案した人物としても。


何故、フェリシア様は王立学院の慣習へ。

王権を行使しない選択をしたのか。

王権の行使が、根本の解決へ至らないと考えた部分。


もし、この部分を突き止められたのなら。

大義はこちらに在ると掲げ、後は悪役上等で構わない。

俺自身の力で、毛ほどの抵抗も許さない屈服を与える強引な幕引き・・・・とは違う選択肢が。



と言うかさ。

正義を振りかざして悪役になる選択。

フェリシア様は出来た筈なんだ。

寧ろ、この方法なら悪戯に命が奪われる事は無かった・・・・と、思うんだけどなぁ。


でも、俺もやろうと考えたこの方法では、俺自身が抱く根本の解決には至らない。

王権の行使が、結果として根本の解決へ至らないのは、そこは理解(わか)るんだ。


-----


「我が君。この資料ですが、恐らくは未だ学生であった頃の。その頃の女王の日記ではないかと」


資料は既に、半分以上へ目も通した頃。

未だ目を通していない資料の一つを手にしていたミーミルからの声へ。


顔を起こした俺は間もなく、ミーミルが手にした一冊のノートを受け取って開いた後。

最初の数ページだけで、確かに日記だとは思った。


王立学院に通っていた当時のフェリシア様は、学生の身分で王太女になった後。

政治の世界を怖いと記していた。

自分の発言が、その一部だけを切り取って、全く意図しない事へ使われる。


自分はこう伝えたかった言葉が。

けれど、思っても見なかった意味合いで拡がった。


そういう事が当然と起きる政治の世界へ。

日記には、もう何も話したくない。

もう誰とも関わりたくない。


王宮での発言が、意図しない事で好き勝手に拡がった後。

通う王立学院では、本当の自分とかけ離れた偶像が独り歩きしていた。



読み進めて理解(わか)った事がある。


王太女フェリシアは、単に王族の一人ではない部分が。

次期国王が定まっていた事実が。

そこへ絡み付いた周囲の思惑によって、当時13歳の少女は、酷く歪になってしまった。


歪になってしまった王太女は、通う王立学院で・・・・


『・・・・誰が何と言おうとも。私は私の意見を聞かないケイトを殺してしまった殺人犯でしかない』


この部分は、懺悔だろう。

現在も続く王立学院の、一握りの才能を育てるために犠牲にした。

一握りに選ばれなかった者達の、その者達の命や尊厳を踏み躙った慣習へ。


王太女フェリシアには、当時、仲の良かったケイトという級友がいた。

そうして、王立学院の慣習へは、このケイトだけでなく。

フェリシア王太女も疑問を抱えていた。



――― 叡智とは、尊厳や命に勝る何かなのだろうか ―――


王太女フェリシアは、自らも抱く疑念をある日、王宮で『やはり間違っている』と発言した。

だが、この発言へ周囲は異を唱えた。


否、日記に目を通した限りでは、それも少し違う。

王太女の発言は、王立学院の内部にいる誰かが、王太女へ取り入ると、そこで故意に吹き込んだのではないか。


世間は王太女の、この時の発言へ。

王立学院には、不穏分子が存在していると騒ぎ立てた。


騒動は瞬く間に拡がると、そこで王太女の周囲に居る者達が、次々と槍玉に挙がった。

その中に、ケイトも含まれた。


ケイトは、自らも受けた取り調べの席で、ただし、犯罪者が確定していた。

何故なら。

彼女は最初から既に、学院内では有名になっていた。

ケイトはずっと、個人の命や尊厳に勝る叡智など存在しないを主張していたらしい。


フェリシア王太女は、何の罪も無い友人のケイトを助けようとした。

だが、王太女は自分でも収拾できなくなった騒動へ対して。


その無力さが、既に世間から王太女を騙した極悪人を貼り付けられたケイトを救うために。

王太女フェリシアは、ケイトが自らの考えが誤っていたと謝罪すれば・・・・・・・


捧げられた命も尊厳も。

全ては叡智へ至るための尊い犠牲であって。

決して過ちではない。



自身は大切な友人へ、今だけは嘘を付く様に求めた。

けれど、求めたフェリシア自身が、この事を馬鹿げた行為だと記してある。


それでも。

こんな事をしてでも、フェリシアはケイトを、死なせたくなかった。


だから、王太女フェリシアの説得は、ケイトから痛烈な叱責を受けた。


――― 貴女のその行為こそ。尊厳の蹂躙なのよ ―――


翌日も説得を試みようと考えていたフェリシア王太女は、ケイトが自殺したと告げられた。


日記には、ケイトを、私が殺したも同然。

王太女として不甲斐ない自分の弱さが。

そんな弱い自分の発言で、大切な友人の尊厳を踏み躙っただけでなく。

命さえも奪ってしまったと。


日記には、そう記してある。


ケイトはフェリシア王太女の説得の最中。

間違っている事を間違っていると主張する事が許されない世界など。

そんな世界は、既に人の世界ではない。

ローランディアは、暗黒時代のリーベイアを踏襲した事を恥ずべきだと。


「・・・・フェリシア様は、これも在るから。それで王権の行使が出来なかった」


結果的にだが。

王立学院の悪しき慣習を、フェリシア様は、王太女の間に容認してしまったのだ。


本心では間違っていると理解(わか)っていて。

しかし、ケイトを死なせた事実が、即位した後でも変えられなかった最もな理由・・・・かも知れない。


王権を行使して、絶対権力で否定することは出来る。

そうして、王立学院の悪しき慣習を終わらせること自体は出来た。


「けれど、そうしてしまったら。ケイトを死なせた事件それ自体が」


そう。

フェリシア様は、だから出来ないでいる。


「もしも今、例えば王権の行使でなくとも。女王が王立学院の悪しき慣習を。それを僅かでも否定する発言をすれば」

「我が君。そうなれば間違いなく蒸し返されるでしょう。更には、現在の王立学院の存在そのものへ。最悪は王立学院が潰される事もあり得ます」

「だよなぁ・・・ったく。先送りにした結果が面倒事を。より面倒事へ変えたんじゃないか」


もう呆れるしかないね。

と言うか、ユリナ婆ちゃん。

俺・・・匙を投げて良いよな。



「もしかして。ユリナ婆ちゃんは、最初から知っていた。だけど言い難くて言わなかった・・・」


おい・・・・だったらマジ、最悪ですよぉ~~~~



日記は未だ残りがあったけど。

この段階で、俺は心底、面倒を押し付けられたと嘆きたかった。


-----


資料は全部、あの日記も含めて目を通した。


「・・・・だよな。意識改革ってさ。結局は蒔いた種を芽吹かせて育てる。その事に尽きるのは、母さんやカーラさん。それにスレイン法皇も言っていたよ。時間も労力も掛かるけど。けれど、将来のためには誰かがしないと行けない」


友人だったケイトさんを死なせた罪が、フェリシア様が行使出来なくなった根幹に在るのなら。

それでもフェリシア様は、王立学院の悪しき慣習を終わらせる想い・・・と言うか願いも捨てていない。


「それにしても、後継者になる奴も・・・まぁ、大変だろうな」


日記ではない別の資料。

これもまぁ、ノートだけどな。


そこには、フェリシア様とユリナ婆ちゃんとの会話だろうか。

で、スレイン法皇が記録として残した。


『ローランディアの次の王位。私は、私には出来なかった事を出来た者へ。だから王立学院には預けるつもりです』


王立学院の悪しき慣習は変えられなかった。

けれど、女王となった後で。

フェリシア様は、言論の自由や主義主張の自由・・・・

人間の尊厳に関わる『精神の自由』を法の下。

生まれた命の全てへ、等しく与えるを明文化した。


「ミーミル。追加でフェリシア様の息子二人と・・・後はフェリスに関する資料。それと」

「我が君。そちらも既に用意してあります。勿論、クローフィリア王女に関わる資料もです」

「さすがだね。ご褒美に肩を揉んであげるよ」

「我が君に肩を揉んで頂けるなど・・・歓喜の極みに御座います」



俺はミーミルの肩を揉む間。

大陸憲章の条文をもう一度考えていた。


明記された人権や人格は、尊厳へ繋がると、つまりは精神を含む存在の自由へも至る。


まぁ、詳細にどうこうよりもだ。

一纏めに、一人一人の在り様へ。

憲章は、己を律する限り、自由を与え幸福に生きられる権利を保障したんだ。



「王立学院へ来て、それこそ大図書館へ用事が在ったから来たんだけどな。此処まで知ったらさ・・・・ほっとけないよな」


本当は、こんな事へ関わる必要も無い。

第一、これはローランディアの問題であって、より限定すると王立学院の内部問題でしかない。


「ですが。マイロードは此処まで介入した。これも事実です」

「うん。ティアリスの言う通りだよ」

「更に言わせて頂けるのなら。マイロードは今、この学院の生徒です。学院の悪しき慣習を、その学院に通う一生徒が変えようと行動すること自体には。何の問題も無いと考えます」

「分かった。そういう言い回しで背中を押してくれるティアリスが居るんだ。王様としても、此処は示さないとだな」


用意して貰った資料全てに目を通した後。

ティアリスとミーミルを交えて纏めた考えは、そうして結論。


「さてと。あいつらも身に染みて理解(わか)っただろう。納得できる証拠を示さず。裁く側の憶測や思い込みだけで処分することが。事実、どれだけの反感を買うのかを」


言いながら、先ずは両足でしっかりと立つ。

立ち上がった後で、両腕は頭よりも高く、何処までも伸ばす。

伸ばしたら肩も回して身体をほぐす。


そうして、深呼吸を数回。


「じゃあ、あの馬鹿共に。灸を据えて来る」



刹那、俺の世界は、本来の方へと切り替わった。


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