第14話 ◆・・・ 故に、推定無罪の原則は刻まれた ① ・・・◆
今回の様なやり方を、ずっと以前にカズマさんから聞いた三文芝居・・・だったかな。
俺は胸内にミーミルを呼ぶと、一度、異世界で休ませてくれ。
主導したくせに、休ませてくれって。
ホント、情けないを罵られても・・・・反論できないな。
ただ、俺も。
今回は、意図して糞ババぁを演じたことで。
あいつを演じるのは、これで結構疲れるんだよ。
付け足しで、未だ幕を下ろしていないんだしさ。
催した側としても、そこまでは演じきって見せないと。
だから。
いいだろ、今だけ少しくらい休んでも。
休憩が欲しいのは、つまり、俺自身が作った舞台の幕を下ろすためなんだ。
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切り替わった瞬間は、それは直ぐに分かった。
けど、途端に下を向いたよ。
何故って。
俺の目の前には、俺を真っ直ぐ映すティアリスが立っていたんだ。
ティアリスは俺を、何も言わずに、ただ真っ直ぐ見つめていただけ。
なのに俺は、視線が逃げる様に下を向いた。
あの真っ直ぐな瞳に、突き刺さる様な責められた感が。
だけど、ティアリスから責められるのなら。
俺は、寧ろ、それでいい。
俺の1番であるティアリスの正義は、今の俺を許せない筈だと。
そこだけは、ストンとした感で、そう思えたんだ。
「マイロード。何故、下を向くのでしょうか」
やっておいて、なんだけどさ。
だから、分かっている後ろめたいのをね。
そこを素直に口にするのは、結構な覚悟がいる。
特に、ティアリスに対しては、そうなんだ。
「正す為とは言え、その手段に後ろめたさがある。だからマイロードは。私ではなく、ミーミルを頼った」
――― その様な気遣い。以後は無用にして下さい ―――
下を向いていて、そのせいで気付くのが遅れた。
俺の身体は、背中へ回ったティアリスの両腕が。
ハッとした時には、もう一番居心地の良い所へ収まっていたよ。
休憩が欲しいくらい疲れ切った俺は、ティアリスに抱かれる居心地の良さへ。
強がることも出来なければ。
糞ババぁなユフィーリアの真似を、し続ける事も出来なかった。
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意図して糞ババぁを演じる。
この件は、それでマイセンの郷では、する必要も無かったことだ。
ただし、輪廻の双竜から狙われている以上。
関係ない周囲の人間を遠ざける、何かしらを考えていた中で。
無関係な他人を巻き込まないためには、自分から距離や壁を置くだけでなく。
向こうからも、距離を取りたくなるように仕向けるのが、一番手っ取り早い・・・・を思ったんだ。
そう至ったからこそ。
俺は必要な時には、だからこそ、人から嫌われる役を演じよう。
周りが俺を、遠ざければ遠ざける程。
その分は巻き込まずに済ませられる。
嫌いな人間像。
幼年騎士になってからの時間が、上から目線で見下す奴、傲慢な奴、尊大な奴・・・・etc.
色々考えて思い至った。
俺には、この件では、最も手本に出来る全部を兼ね備えた唯一が近くに居る。
そう、俺を養子にした、最低最悪の弩腐れ糞ババぁ。
獅子皇女ユフィーリアこそが。
嫌われる人間を演じる俺の、真似るべき最高の手本だったんだ。
そうして俺は糞ババぁを真似る練習を、異世界の方で何度かはした。
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そこは雲の上にある、オレンジ色に染まった夕焼けの様に映る場所だった。
「ここは・・・・否、そもそも俺は」
俺は確か、ティアリスに抱き寄せられて、そのまま・・・・・・
「夢・・・・なのか」
夢だと思ったのは、制服姿じゃないからで。
俺は今、アストライアを着ると、足首を隠す程度の所で流れる、白い雲なのか霧なのか。
ただ、この場所は、ティアリスの聖殿が在る神界とも、雰囲気が似ている。
何となくだけど、そう思えた。
「初めまして。可愛い悪役さん」
突然、背後から耳に届いた女の人の声へ。
俺の無意識は振り返ると同時。
咄嗟に距離を取っていた。
「あらあら。おばさんは、貴方に危害なんか加えないわよ」
「貴女は・・・・誰ですか」
突然現れた女の人は、だけど、一瞬でも似ていると思った。
クリーム色のローブ姿だけど、背格好がシルビア様と重なる。
目の前の女の人が、シルビア様じゃないと分かっているのに。
凄く重なって見えるのは、これが夢だからだろうか。
声だけで優しそうな感じもする色白の美人さんは、夕日を浴びた長い金色の髪と、オレンジ色にも映った金色の瞳が印象的だった。
自分のことを『おばさん』なんて言ってたけどさ。
『お姉さん』でも通じるんじゃないかな。
「可愛い悪役さんは、おばさんを、じぃっと観察している様だけど。喧嘩をしに来たのではないの。それだけは本当よ」
「・・・・分かりました」
確かに俺は、目の前の女の人を観察していた。
最初は夢だと思ったけど。
此処は恐らく、神界なんだと思った。
夢にしては、漠然とした感じが無かったんだ。
もしかすると、ティアリスの様な剣神か、或いはミーミルの様な賢神なのかも。
一先ず何か話がしたいのだろう。
そう考えた俺は、全く敵意を感じさせない相手へ。
此方も警戒を解いた。
「可愛い悪役さんは、輪廻の双竜の事が在るから。それで関係の無い大勢の人達を巻き込みたくない。だから、嫌われる悪役をしている。こう見えてもね。おばさんには、そのくらいが分かるのよ」
「貴女は、輪廻の双竜を知っているのですか」
俺と女の人は今、互いに腰も下ろして楽な姿勢を取ると、向かい合っている。
「輪廻の双竜の事は、騎士王ユミナ・フラウ様が、常世の未来を掴むために戦った最大の敵。可愛い悪役さんも、そのくらいは知っているわよね」
「はい。でも、この事を知っている貴女は、神様ですか」
「フフフフ♪ そうねぇ。今は神様って呼ばれても。そうかも知れないわね」
という事は、この女の人も、人間だった時間が在る・・・・・・
「可愛い悪役さん。私はね。貴方が本当はとても優しくて、正義感も強い事を知っているのよ。だって悪役さんは。悪役らしくない法律を口にしたでしょ。だから私、貴方と会って話をしてみたくなったのよ」
孤児院に居た頃。
神父様がよく言っていた。
人間の行いは、それが全部、神様には映っている。
だからと言う訳じゃない。
でも、この女の人も、俺の事を知っている様には思えた。
「ねぇ、可愛い悪役さん。どうして法が生まれたのか。何故、法が必要なのか。そもそも法とは、一体何なのか。私はね。今日はその事も、可愛い悪役さんと話したくて此処に来たのよ」
要件を告げられた途端。
夕焼けだった世界が、一瞬でカミツレが咲き誇る大草原に変わった。
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カミツレが咲き誇る大草原。
映る空は、何処までも果ての無い青い空に、白い雲が幾つも浮かぶと流れている。
吹く風が心地よく。
鼻に触れるカミツレの香りも。
此処は今、俺とティアリスが大好きな世界に変わっていた。
「さぁ、可愛い悪役さん。私の質問へ答えて貰いましょうか」
目の前でくつろぐ女の人は、とても優しそうな雰囲気で。
けれど、瞳だけは真っ直ぐ突き刺すような感がある。
優しいを感じる声とは全くの別。
問われた事は、もの凄く真剣らしいを思えた。
どうして法が生まれたのか。
何故、法が必要なのか。
そもそも法とは、一体何なのか。
今に繋がる法の起源は、暗黒時代にまで遡る。
この点は、ミーミルやティアリスからもだし。
通ったシャルフィの大学ですら学んだ。
暗黒時代には、強い者達が、自分より弱い者達へ好き勝手をする事が当然だった。
平等にとか、公正にとか。
孤児院で、神父様やエスト姉から学んだ善悪についても。
暗黒時代には、その全てが支配者の思うままになっていた。
要するに、最も強い極一握りが行う、無法無秩序が罷り通る世界だったのさ。
そんな世界を否定し終わらせたのが、騎士王ユミナ・フラウだ。
ユミナ・フラウは、自らが統一したリーベイア世界を、そこに生きる人が、人として在り続けられる世界に変えた。
更に、人が人として生きられる世界を維持するために。
世界を統一したユミナ・フラウは、一人一人が己を律するための決め事が必要だと。
現在に至る法とは、歴史を遡ると、こうした背景が在るを知れる。
では何故、法が必要となったのか。
法を定めたユミナ・フラウは、『人間は過ちを犯す生き物だ』と説いた。
その過ちを正し、在るべきへ律する事も出来なかったからこそ。
そうした先の時代を教訓にして、二度と同じ過ちを犯さないためにも。
――― 人間には、先ず過ちを犯さないための。次に過ちを犯した後でも正しく律される。そのための決め事が絶対に必要 ―――
人間には、理性と感情が在る。
だが、強い感情は、時に理性を失わせる事がある。
ユミナ・フラウは、これを『避けられない人間の業』と説いた。
避けられないのなら。
向き合わなくてはならない。
ユミナ・フラウが制定した法とは、つまり、人間の業へ対する抑止力。
誰かが誰かへ理不尽な力を振るったとして。
悪いのは、理不尽な力を振るった側で、これは裁かれる対象となる。
だが、ユミナ・フラウは裁く側へ対しても。
一切の例外を設けず、常に理性のみで律することを、厳に定めた。
――― 過ちを赦さない感情で行使される力等。絶対に在ってはならない ―――
国や自治州によって違いはあるが。
現在の刑法が、罪状によって科される罰を細かく定めている部分。
此処はユミナ・フラウの制定した最初の法から至っている。
しかし、法とは事実、確かに己を律するためのものではあっても。
裁くだけでなく。
定め方次第で、人が人として、より幸福に生きられる。
一人一人が己を律する事で、幸福に生きられる世界へ至らせる。
刑法が善悪の悪を裁く力なら。
己を律する事で得られる善の部分も、ユミナ・フラウが定めた法は、善を律する限り。
善の部分は、この世界に生まれた一人一人に対して。
生まれた瞬間から得られる権利さえも定めた。
現在に至った人権や人格への概念も。
これが生まれた瞬間から得られる権利の一つで在り続けられた歴史背景は、最初の法を定めたユミナ・フラウへと至る。
質問の最後。
そもそも法とは、一体何なのか。
今も俺の返事を待っているこの人は、なんとなく・・・・こんな学校でさえ学べる、分かり切った答えを求めて等いない。
漠然とした感でしかないが。
それでも、強い確証の様なものもある。
リーベイア世界を統一した後の、そこから始まったユミナ・フラウの治世を。
憶えている事を一つ一つ思い出していた俺は、孤児院の図書室に在った聖剣伝説物語に記された一文。
「・・・・望む未来への願いが、理念を生み。生まれた理念は、将来への想いの中で法秩序を生む。法とは形を成した想いの結晶である」
思い出した記憶は、自然と口からも紡がれていた。
同時に、俺の声を聴いていた女の人は、その微笑んだ顔が。
俺には、大好きな母さんを重ねさせていた。
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「可愛い悪役さん。私は、貴方にその答えを得て欲しかった。だけど、私の手解きなんか。全然、必要じゃなかった。ホント、これが負えない程。それくらい私の手を焼かせたあの子の息子だなんて。はぁ~~~・・・ったく」
声の後半は、どう聞いても呆れとか怒ってもいる様な。
最後は明らかに長い溜息だった。
けど、俺には、余計気になった事もある。
「聞いても良いですか。貴女は、俺の母さんを。知っている人なのですよね」
意図して確信を含めた質問へ。
その人は、更に溜息を一度挟んだ後。
何度か小さな頷きもしながら顔を上げた。
「此処まで一度も尋ねられなかったから。でも、母さん泣かせで手を焼かせる事ばかりだったシルビアは。それでも、私の愛しい一人娘なのよ」
とても穏やかな雰囲気で、そうして紡がれた愛しい一人娘の声も。
「私の名前は、ユリナ。シルビアの母で、だから。アスランのお祖母ちゃんなのよ。こんな可愛い孫が得られるなんて」
母さんの母さん・・・・・
名前はずっと前から知っていたけど。
「あの、どう見ても。お祖母ちゃんには見えない若さですよね」
「フフフフ♪ そこはね。神様になった特権みたいなものよ♪ 」
特権なんて言われた途端。
俺は、近寄ったお祖母ちゃんに抱き寄せられながら。
そのまま、むぎゅむぎゅされ放題の思考は、ティアリス達が二十歳くらいにしか映らない理由へ。
あぁ・・・・だから皆、そうなんだ。
うん、最初から特に気にもしなかったけどさ。
言われて、完全に納得だったね。
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俺は神界で、今日初めてお祖母ちゃんと会った。
ユリナお祖母ちゃんは、母さんの母さんだからもだと思う。
大好きな母さんとは、髪と瞳の色が違うくらい・・・・かな。
教えられた後だと、一層似ている感しか無かったよ。
だけど、俺が『お祖母ちゃんと母さんは、よく似ていますね』とだ。
俺自身の素直な感想は、この一言が。
いつ終わるとも知れない事態を招いた。
『あの子の手に負えない性格は。そこは私の血が一滴も入っていない。えぇもう、そこだけは断言しますから。まったく、どうして性格はフォルスだけを受け継いだのでしょうか』
どうやら。
俺の知っている母さんと、お祖母ちゃんの知っている娘とは、瓜二つな別人らしい。
もう愚痴にしか聞こえない娘の話を聞く間。
俺は、そう思い込むことで、延々と続いたお祖母ちゃんの話に付き合いました。
どうでも良いけどさ。
お祖母ちゃん、最初の用向き。
忘れていませんか?
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母さんと瓜二つな娘の話をする、お祖母ちゃんでしたが。
うん、俺が眠そうな欠伸もしたからだな。
と言うか、途中からはもうよく覚えていません。
ようやく終わったお祖母ちゃんの、娘への愚痴話も。
「ごめんなさい。聞いていて疲れたでしょう。本当はこのような話をするために来たのではないのにね」
「いいえ、俺にはよく分かりませんが。親が子を育てるという事には。そこで親にしか分からない苦労なども在るんだと。そこだけは分かりました」
言い終えた途端の欠伸と背伸びも。
聞いていたお祖母ちゃんは、可笑しかったのでしょう。
楽しそうに笑っていましたよ。
「悪役を演じても。貴方は私にとって可愛い孫です。自慢も出来ます。そんなアスランには、私の大切な友人。フェリシアの気持ちを理解って欲しいと思ったのです。王立学院の慣習は、フェリシアが生まれる以前から在ったもの。そこで王立学院へ通いもしたフェリシアは、女王となった後で。王権の行使によって慣習を終わらせようと。それさえも考えた時期が在るのです」
お祖母ちゃんの声は、雰囲気や表情もそう。
また、真剣なのだと思わせてくれた。
「ですが、フェリシアは悩んだ末に。王権を行使しない決断をしました。王権によって王立学院の悪しき慣習を終わらせる事が。根本の改善には至らないと考えたからです」
「ですが、その結果。現状は俺も映した事が罷り通っています。フェリシア様の真意がどうであれ。無罪放免には出来ない事だと考えますが」
「そうね。フェリシアは、その罪を。女王として生涯背負う事になっても。それこそ、今の貴方が意図して演じる悪役を。彼女はもう何十年と演じ続けているのです・・・」
――― だからもう、その重荷から解放してあげてくれませんか ―――
フェリシア様の真意。
そこは未だ聞いていない。
だけど、糞ババぁを演じた俺には、分かっていても酷く疲れた。
そういう実感の様なものを、俺は休憩を欲しがった部分と合わせて。
フェリシア様は、こんな役を何十年もし続けている。
逆に俺なんか、今日は一時間も演じていないだろ。
だから、お祖母ちゃんからの頼みには、考える前に頷いていたよ。
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「お祖母ちゃん。その、フェリシア様の真意の事は。教えて貰えるのですか」
頼まれた以上は、そこで頷いた以上は何とかしよう。
こんな疲れる役を何十年なんて。
ところが。
「ごめんなさい。本当は私、貴方とこの事で使うはずだった時間を。だから、そのね。もう時間が過ぎているの」
「えっ?」
途端に景色が白くなり始めた。
この感覚は、神界から本来の世界の方へ戻るときのそれと・・・・・・・
「本当にごめんなさい。だけど、大陸憲章の草案。そこにフェリシアは携わっている・・・」
――― 後は自慢できる聡い貴方なら。答えに辿り着けると信じています ―――
教えて貰う必要があった部分は、何一つ聞けないまま。
付け足しは、調べろと。
肝心な部分を押し付けられた感の俺には、おい・・・・っていう時間も無かった。
景色は、あっという間に真っ白に染まって。
眩しさに目を閉じた途端。
「・・・・マイロード、大丈夫ですか。マイロード」
「ん・・・ティアリス」
「あぁ、良かった。眠ったまま酷くうなされていた様でしたので」
「そっか・・・あれは、やっぱり・・・・」
・・・・・ 何と言うか。肝心なことを教えないままって ・・・・・
「流石に、それはどうかと思うぞ」
ティアリスを膝枕に目を覚ました俺は、じっと見つめているティアリスに対してではなく。
ぼやいた声は、初めて会ったお祖母ちゃんへ。
ただ、まぁ・・・手掛かりも憶えている。
溜息を一度。
そうして俺は、怪訝な顔をしているティアリスを枕にしたまま。
唇は、こういう時の賢神様を呼んでいた。