第11話 ◆・・・ 故に、推定無罪の原則が在る ① ・・・◆
ローランディア王国 女王フェリシア・フォン・ルミエール
王立学院の理事長も務める彼女が、その事を知ったのは、学年末に行われる進級試験の前日だった。
条約機構の議長となって以降。
フェリシアの日常は、女王としての職務と合わせて、多忙が当然と化していた。
ただ、彼女は国王としても議長としても。
職務へは真摯に取り組んでいたと。
この点は、内外から手腕を高く評価する声が多かった。
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3月14日
定時よりも2時間の残業を経て。
女王フェリシアが政務を終えたのは、時計の針が19時を指した頃だった。
執務を終えた女王は、ただ、この日も夕食は私室で一人過ごした後。
今はソファーへ、深く腰を沈めた姿勢のまま。
そこで、目の前のテーブルに積んであった書類へは、前々から目を通しておかなければを抱きつつも。
重なる疲労と心労が、それで大した書類でもない。
どうせ、こういう事になりました程度の。
別に自身が検討したり、決済を求められた類の書類でもないが。
最後に目を通して片付けたのは、いつだっただろうか。
一度は全て片付けた筈の、しかし、それからまた届いた最初は数枚の書類も。
やがて増えに増えた今。
私室のテーブルの上には、幾つかの高く積み上がった山が出来ていた。
だが。
山となった書類には、今夜も未だ手が伸びようとしない。
疲れ切った感の表情で、今にも涙が零れ落ちそうな女王が映す先。
フェリシアの瞳は、積み上がった書類の山を背にした。
今宵も自らが手前に置いた二つの写真立て。
それしか映していなかった。
何れも拘った額縁の写真立てには、一つは自身とフェリスが、互いの肩を抱き合うと、楽しいのが伝わる笑みを並べている写真が、ずっと昔から収められている。
そして、フェリスの写真が収められた写真立てと比べれば、どうしても新しく映る写真立てに。
「シルビアさん。なんで貴女まで・・・・どうして、私を置いて行くのですか」
声はそれ以上、紡がれなかった。
込み上げた感情が、瞼から溢れて零れ落ちても。
程なく頬に筋を作っても。
フェリスを失った時も、そうだった。
私にとってフェリスは、未来のローランディアを託せる。
愛しい娘も同然で。
ウィリアムを支えながら、共に並び立てる存在だった。
そうしてシルビアさんも。
シルビアさんは、私が模範に抱くユリナ様の、その一人娘なのはそうでも。
ただ、シルビアさんは私から。
優れた王妃としても名を刻んだ。
私が偉大に思うユリナ様を、教えて欲しい・・・・・・
アスランを生む前のシルビアさんには、根を詰め過ぎると、反動で仕事も放り出して遊びたがる癖もあった。
けれど、アスランが生まれてからの変化も知っている。
私は女王シルビアの成長を、そうして、私はシルビアさんになら・・・世界の未来を託せる。
そう期待できる、たった一人の娘でもあったのに。
「なんで・・・なんで・・・私が未来を託したいと。そんな二人が何故・・・~~~~~!! 」
どれくらいの時間が過ぎたのか。
ようやく感情が落ち着いた頃。
フェリシアは身体を起こそうとして、けれど、意図せず脛がテーブルの縁に当たった。
強く当たりはしなかったが。
しかし、積み上がった書類の山が一つ崩れると、二つの写真立ては、共に雪崩に飲み込まれた様な倒れ方で。
絨毯が敷いてある床へと落ちてしまった。
慌てて身体を起こしたフェリシアは、先ずは落ちた写真立てを拾うと、ガラスに傷が無い事へ。
ホッとした感が、大きな息を吐き出していた。
直ぐにテーブルの片隅へ、写真立てを置いた後。
今度は、テーブルからも落ちて散らばった書類を、一枚ずつ拾い始めた。
大した作業ではなかったが。
全部拾った後で、思わず漏れた溜息も。
崩れた書類の山は、再び積み上げながら、けれど、今夜はもう休みたい。
偶然はそこで、最後に手にした数枚で一部の資料のような書類を。
裏表紙が白紙だった書類を、何気に表へ返したフェリシアの意識は、直後・・・・
時間は10分と経っていないだろう。
その晩遅く、女王フェリシアは呼び出した者へ。
翌日の予定を、急遽変更する旨を告げた。
思わず、強い口調で言ってしまったせいか。
呼び出した者へは、それで何の不手際も無かったのに。
ただ、慌てた様な声での返事を残すと、閉めた扉の向こうから、廊下を走る足音が耳にも届いた。
明日の予定を変更させたのは、最後に手に取った書類の内容へ。
どうしても自身の目で直接確認したいと、殊更強い感情を抱いたからだ。
その書類に記された日付は、既に一月以上も前の日付だったが。
日頃の運営を任せている、王立学院のマクガレン学院長から届けられた書類には、一月下旬。
随時入学で行われる実技試験の最中。
魔導器を使わず、しかも、雷撃を行使して見せた受験者がいたという報せへ。
報告では、筆記の点数も過去に例がない満点で、しかし、魔導理論の問題へ。
そこにマクガレン自身が、特に気になる指摘も記載されていた。
信頼できるマクガレン学院長からの報告は、その受験者を制度上の末席ながら。
ただし、扱いは寮の個室を与える待遇で入学させたと。
学生の名前は、カミーユ・ルベライト
生年月日は、2080年7月7日
性別は男子
出身地はアラメイン王国
出身地に関わる備考として、昨年の秋にアラメイン王国で起きた、大規模な洪水災害が記されていた。
カミーユ・ルベライトは、この災害の被災者であり、災害が原因で両親とは死別。
身寄りも無いまま、そこから人身売買の商人たちを経て、最後は逃亡した後。
行き倒れた所を、冒険者に保護された。
保護されたカミーユ・ルベライトは、冒険者と共にブルージュの街へ辿り着いた後。
その時の冒険者の勧めを受けて、ブルージュの住民票を取得した。
王立学院へ来た理由として。
自分を保護した冒険者から、当学院の随時入学の制度を聞いた模様。
そして、その際、合格出来れば寮で暮らせる事を知った。
学院から届いた調査書を読み進めながら。
そこで書類に貼られた1枚の写真。
映っていたカミーユ・ルベライトなる男子生徒を、その顔写真を映した途端。
――― ユリナ様!? ―――
思わずでも、フェリシア自身は、事実、最初それ以外を抱かなかった。
それから僅かの時間で。
ローランディア王国女王 フェリシア・フォン・ルミエールは、シャルフィの王太子が生きていた。
アスランの生存を、はっきりと確信したのである。
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3月15日
今朝は、出勤直後に受けた連絡が。
王立学院の学院長を担う一人の女性は、突然の事態によって。
予定外の件は、そのため朝から慌ただしく、各方面との調整へ追われる身となった。
王立学院 学院長 セレーヌ・マクガレン
彼女は、王立学院の理事長に次ぐ地位に在る。
同時に、現在の理事長からは、ほぼ全権を預けられた学院の統治者でもある。
王国内では、上から数えられるマクガレン伯爵家に生まれながら。
ただし、セレーヌ本人は、王立学院の学院長に就任する際、就任式で行われる公正中立の宣誓により。
学院長の職に在る間は、実家との縁を、完全に断ち切っている。
しなやかで女性の平均よりは頭一つ高い肢体は、腰まで掛かる金を混ぜた様なオレンジ色の髪と、澄んだ紫色の瞳が。
白く艶やかな肌は、瑞々しさが実年齢よりも若く映ると、整った目鼻立ちもそう。
老いても美しいと、周囲が感服や敬服を声に表す彼女のことは、品と知性を思わせる片眼鏡も印象的と言えよう。
セレーヌ本人は、女王と歳が近い事もある。
事実、彼女はフェリシアが未だ王女であった頃からの。
当時のフェリシア王女も通った、王立学院の先輩に当たるのだ。
最初は一人の先輩として関わると、次第に良き学友としての付き合いが。
いつしか垣根の無い親しき友になっていた。
やがて、王立学院の学院長を頼まれたセレーヌは、そこで、理事長を兼務する女王フェリシアの真意。
王立学院に関して自らも抱く部分は、女王の真意を知った事が。
一度は拒んだ就任要請を、謹んで受けた最もな理由だろう。
王立学院の学院長に就いたセレーヌは、フェリシアを理解るからこそ。
王立学院の慣習へ、特に生徒達の自主自立の部分へは、殆ど干渉もして来なかった。
結果、多くの命が奪われる歴史を踏襲した今に至っても。
セレーヌ・マクガレンは、女王フェリシアの真意を理解る故に。
流された血に対する罪の重さは、女王と共に背負った自らも。
今も未だ、本心を胸内に秘すると、表は鉄仮面を被り続けていた。
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3月15日 ――― 正午 ―――
朝から自分を忙しくさせた張本人が、今さっき到着したと。
学院長である私の部屋へは、事務員の一人が、その報せを届けに来た。
「いくら何でも。学年末のこの糞忙しい時に。たとえ女王様でもね・・・・グーの一発くらいはしてやらないと。気が済まないわ」
お尻から背中までを心地よく包み込んでくれる。
私専用の椅子は、背もたれと肘掛けにも値の張るクッション素材を贅沢に使った高級品。
正直、朝から忙し過ぎて。
本当は直ぐにでも挨拶へ伺わなければ・・・も、理解っているのよ。
けれど、見た目年齢は若々しくとも。
身体は実年齢の、だから、相応の疲労感が。
あと10分は、ぐったりしていたかったのよ。
コンコン・・・・
部屋のドアをノックする音へ。
椅子にぐったりしていた私は、恐らく事務員か職員の誰かだろう。
理事長が来たというのに、未だ挨拶にも伺わなければ。
こうして学院長室からも出てこないでいるのだし。
・・・・・ 分かっているわよ。今から行きます。もう、行けば良いんでしょう ・・・・・
コンコンコン・・・・
「どうぞ、開いてます」
マナーを守っているくらいも理解るけど。
それでも、しつこくノックをされた事が。
癪に障った感の私は、普段よりも強い口調で言ってしまった。
ただ、間もなくガチャりとドアノブの回る音が。
そうして内側へ押し開けられたドアも。
疲れ切っていた私は、背もたれに沈んだようにしか映らない姿勢が。
そのために視線は天井を映したまま。
「理事長が来た連絡なら受けています。今から行きますから。そう急かさないで下さい」
入室した相手が誰なのかを、僅かにも映していなかった私の声は、そこへ即座、飛び起こされるだけの声が返って来た。
「急な連絡でしたので。ただ、やはりセレーヌには申し訳ない事をしました。どうか許してください」
「ふぇッ!?・・いや、あの・・・陛下がどうして此処に。挨拶なら私の方から」
私は、まさか陛下の方から来るだ等と。
予期しない事への情けない驚きも。
ただ、陛下は面白かったのでしょうね。
噴き出しそうな笑いを堪えた笑顔で、でも、見た目にも分かるくらい・・・・・・
「陛下。いいえ、フェリシア様。お身体は大事になさってください。無理が祟って倒れられれば。そうなってからでは遅いのですからね」
痩せた、と言うよりも明らかに弱っている。
恐らくは、食事も睡眠も。
「そうね。本当はもっと休む時間を欲しいのだけど。そう言えば・・・大好きな釣りも。もう一年以上もしていないのよね」
元気を装った声からは、けど、そんな事は分かっている。
フェリシア様の今の姿を見れば。
マーレだって気が気でない筈も想像しやすい。
シャルフィのシルビア様を失ってから。
フェリシア様は、釣竿を見ただけで悲しくなる・・・・・・
「まぁ、議長職を兼任している間は。国王としての仕事も疎かには出来ませんからね。せめて、王立学院の事くらいは。それは私が面倒を見ます。ですが、今朝の様なことは。この時期が忙しいくらいを。それを知らない陛下ではないでしょう」
フェリシア様の疲れて落ち込んでいる感は、心中を察しても。
半面、ずるずると引き摺らせて良いものではない。
話題を今朝の件へ変えた私の、大変だったくらいも伝わった筈の憤りは、陛下も悪かったと頭を下げられた。
「それで陛下。私が今朝、受けた連絡では。カミーユ・ルベライト・・・ですが、何故今頃になって。彼のことは、二月に入って直ぐ報告書を送った筈です。それが今日になって突然、会いに行く等と」
陛下と私は、応接用のテーブルを挟んで、互いにソファーへ腰を下ろした後。
私は、当然と抱く疑念を先ず、陛下へ尋ねた。
「大変・・・言い難い事なのですが。貴女からの報告書は。昨夜も遅くになってから、初めて目を通したのです。それでカミーユ・ルベライトの事を知った私は。兎にも角にも直ぐに会いたいと思って。本当に申し訳ない事をしました」
ほほう・・・・
カミーユ・ルベライトの件では、あのユリナ様と似ている印象が。
だから私は、忙しい中で寝る時間を削ってでも。
フェリシアなら、目を通した途端に駆けつけて来ると。
・・・・・ったく。
それを、昨夜も遅くになって。
しかも、初めて見ただと!?
「はぁ~~~・・・・・」
噴き出た憤りの感情を、しかし、フェリシアの今の姿を見れば。
私は、どうにか堪えると、それでも、大きな溜息だけは吐き出さずにいられなかった。
「・・・・フェリシア様が、未だ王立学院の生徒だった頃。上の学年で先輩だった私は、口を酸っぱくして言いましたよね。目を通すだけで済むものは、直ぐに片付ける様にと」
私の声は、怒っているのが分かりやすくらい籠っていたと思う。
陛下は、懐かしそうな感で。
けど、苦笑いでしたよ。
「そうでしたね。あの頃の私は、風紀委員の貴女から。私生活までを指導される身でしたものね。おかげで無事に卒業出来ました」
「まったく・・・・私だって。カミーユ・ルベライトの件では、先ずユリナ様を思ったくらいです。だから徹夜で報告書も作って送ったというのに。それを昨夜の遅く等と聞けば。怒る気持ちも分るでしょう」
「本当にごめんなさい。私も、届いて直ぐに目を通しておけばと。本当に後悔したのです」
「分かりました。報告書の件は、私も矛を収めましょう。今度からは、忙しいのを承知で。なるべく早くには目を通して頂ければと思います」
「えぇ、それは約束します。本当に申し訳ありませんでした」
謝罪を述べる陛下は、そうしてまたも、私へ深く頭を下げられました。
このような光景を、マーレ以外には見せられませんね。
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私と陛下の会話は、あれから程なく。
今は陛下が、私の用意した魔導師の衣服へ着替えをしている。
陛下は今日の件を非公式に。
つまりは、お忍びで此処へ来ている。
まぁ、その事も含めて。
だから私が、一番忙しく働いたのですよ。
此処の警備はZCFと並んで、日頃から群を抜いた警戒網が敷かれていますが。
それでも。
万が一が起きない保証もないのです。
本当、ブライト中将へ何とかしろと言って良かったですよ。
あのサボり中将は、自らがサボれるだけの人脈を持っていますからね。
揃って魔導師の衣服に身を包んだ私と陛下は、実技試験の説明へも。
他の多くの教員達の中に混ざって参加しています。
とは言え。
私と変装した陛下のことは、教員達には伝えてもいるのです。
変装した陛下の視察など。
別に今回が初めてでも無いのですし。
過去の定期試験や、進級試験でも。
陛下はそこで、何度も変装しては、視察に赴いていましたからね。
帽子を深くかぶった陛下は、傍に護衛役が二人。
二人とも、陛下と同じ様に変装していますが。
イリア大尉と、ティルダ中尉。
二人のことは、私も勿論、よく知っています。
説明が終わると、そこからは生徒達が一斉に動き出しました。
私と陛下は、イリア大尉とティルダ中尉を後ろに。
足は真っ直ぐ、カミーユ・ルベライトが受ける実技試験のグラウンドへ。
ただ、移動した後で、時間は、そろそろ最初の受験者たちが呼び出される頃。
起きた一つの騒動から至った想定外の事態が。
騒動の中心で、あのカミーユ・ルベライトは、陛下を腐れ外道だと。
私達は、特に陛下御自身の『今は事の推移を見届けましょう』という声が無ければ。
警護の二人ともが状況へ介入したくらいも、当然の事態には違いありませんでした。
カミーユ・ルベライトの主張は、当然ですが、事実無根です。
その上で、陛下への度し難い非礼には、重い処分さえ当然でしょう。
「・・・・なるほど。あの子は、だから女王である私を、此処で持ち出したのですね」
私の隣で、陛下は、僅かにも怒っている様子が無かった。
しかも、護衛の二人には、重ねて「手出し無用」も告げたのです。
「フェリシア様。本当に何もしなくて宜しいのでしょうか」
陛下の耳元へ、そっと囁くような小声で尋ねた私は、陛下の言である以上。
ですが、カミーユ・ルベライトの発言と手法は、この騒ぎを囲む全員を引き込んでいるのです。
「セレーヌ。あの子の主張ですが。私のことを抜きにして、冷静に見つめて御覧なさない。あの子は、風紀委員の過ちを。それを、そのまま用いて。憶測だけがもたらす過ちの怖さを。それを、より実感的に説いているのですよ」
「「「・・・・!!・・ 」」」
陛下からの、私と護衛の二人にしか聞こえない程度の声へ。
告げられた後。
私も、イリア大尉とティルダ中尉の二人とも。
驚きは、僅かに遅れてハッとさせられたのです。
私達の驚きは、それを陛下は自身を犯罪者に仕立て上げられたというのに。
この時の私は、陛下が何か楽しそうな表情をしている。
「あの子は、こんな事も出来るのですね。私を断じる証拠。それは何一つ示されていません。ですが、同時に。あの子の主張には。主張を嘘ではないと抱けるだけの。確かな事実が幾つも含まれています。それこそ、処分が必要な風紀委員よりも。あの子の憶測の方が。桁違いに真実味がありますよ」
「・・・・確かに。カミーユ・ルベライトの主張には、未だ陛下が犯罪者だと言える証拠が示されていません。代わりに此処まで真実味を持った嘘を語れるのには。大図書館の住人・・・生徒達がカミーユ・ルベライトへ付けた蔑称ですが。此方は畏敬を込めた二つ名というべきでしょうね」
『ウィリアム王子とイザベラ皇女との間には。フローラ王女が生まれた。そこで、此処に居る人間の中には。王宮の事情に詳しい方も居るかと思う。ウィリアム王子とイザベラ皇女のご結婚の前。ただ、当時のウィリアム王子には。先に別の女性が居た事を。その女性の名はフェリス。だが、彼女は一人娘を。自らの命と引き換えにして生んだ後で。女王の手で存在ごと葬られた』
この瞬間。
私と護衛の二人は、此処までは何処か楽しんでいた陛下の表情が一転した事を。
露骨に引き攣った面持ちを、はっきりと映しました。
カミーユ・ルベライトは、事実、陛下を憶測のみで犯罪者に仕立て上げました。
更に、この憶測は、嘘を本当だと抱かせるため・・・と言っても。
その為にクローフィリア王女までも巻き込む、カミーユ・ルベライトの続く主張へ。
カミーユ・ルベライトには、人としての良心は無いのかと。
自らの主張を、証拠も示さず。
否。
そもそも事実無根の嘘を、此処まで真実だと誘える実力へは、怖さを通り越した憤りをも抱けるのです。
私が抱いた憤りは、恐らくは同じ様な感情が行動に現れた。
真っ先に前へ出ようとしたイリア大尉は、ただ、ここでも。
感情を押し殺した陛下の、「手出し無用です」の声は更に。
「・・・クローフィリアの事は、遅くとも中等科へ上がる時にはと。そう思っていた事です。その時には、私自身が。クローフィリアから責められる。これも覚悟していた事です」
陛下自身が、気を静めようと努めている。
そうして、横目に映したイリア大尉は、もう一人のティルダ中尉が。
彼女はイリア大尉の肩を掴むと、奥歯を噛みしめた大尉の方も、ようやく引き下がりました。
カミーユ・ルベライトは、もし本当に、陛下が言った様な思惑で・・・・・・
けれど、超えてはならない一線と言うものが。
私はカミーユ・ルベライトに対して、そうした一線が無いのではないか。
此処を強く疑ったのです。
ただ、私が映す視界の先で。
紡がれ続けるカミーユ・ルベライトの主張へは、風紀委員の一人が。
彼女は、両膝を地面へ着ける様に座り込んだ直後。
両手は顔を覆うと、叫んだ悲鳴が、しかし、狂った様な奇声にも聞こえました。
そのまま、叫ぶ彼女の首を振る動きに外れた帽子が。
狂った様に錯乱したとも映った風紀委員は、なんと、クローフィリア王女だったのです。
ところが。
この様な看過できない事態を起こした張本人。
カミーユ・ルベライトは、激しく動揺するクローフィリア王女へ向けて。
『はぁ・・・お前さぁ。っつうかお前ら全員な。こんな嘘話にコロッと騙されるなんて。雑魚以下だな』
事実無根の嘘くらいは分かっていました。
ですが。
ここまで無慈悲を貫いた姿勢へ。
呆れすら彼方に通り越した私の瞳は、場の中心で、私達を、あからさまに馬鹿にした事も認めた後。
だから当然と、一人可笑しいのを隠さずに笑い続けている。
そんなカミーユ・ルベライトには、装備していた魔導器を稼働させると、握るスティックの先端を向けながら叫んだ詠唱が。
明言しますが。
クローフィリア王女の行為は、明らかな私闘行為です。
それを分かりながら、しかし、この瞬間の私は、寧ろ王女への同情が、結果的に目を瞑らせました。
『氷の飛礫、冷気纏いて、撃ち貫け。アイス・バレット!! 』
詠唱の最後。
叫んだ途端、王女が握るスティックの先端から。
収束した水のマナが作り出した、握り拳程の氷塊が。
それはカミーユ・ルベライトへ向けて、撃たれた。