第9話 ◆・・・ 憶測だけが招くもの ① ・・・◆
実技試験まで10分くらい。
そんな時に始まった喧嘩のような騒ぎは、あっという間に当事者たちを囲む生徒達の、大きな輪が出来た。
まぁ、俺も・・・何が起きたんだくらいをな。
既に外野連中の一人と化した俺も見ている先では、一人の男子生徒を相手にして。
もう一方は、魔法使いコスの女子生徒が10人くらい。
最初、俺は人数の多い女子生徒が。
それで、一人の男子生徒を虐めているのかと。
と言うかさ。
俺が目にした時には、既に多人数側が、たった一人へ。
やりたい放題にしか見えなかったんだよ。
「この変態クルツ!! アンタ性懲りもなく、しかも、よりによってクリスティーナ様へ触れるなんて。その罪、万死以外に無いわ!!」
「そうよ!! このスケベ変態クルツ。アンタなんか正義の下に死刑よ!!」
「美しくお優しい可憐な乙女のクリスティーナ様への無礼。それを汚した以上。クルツ、貴方の死刑は免れません!! 」
どうやら、男子生徒の方はクルツという名前らしい。
そのクルツは、着用していた魔法使いコスが、ズタボロ・・・・だな。
ただ、ここからだと地面に横たわるクルツの方は、既に虫の息にも映った。
一方で、怒鳴る声でクルツを糾弾しているのが。
寄ってたかって一人を・・・・あそこまで虐げた女子生徒達だ。
彼女達の主張を纏めると。
女子達に守られる様に囲まれた中に居る・・・たぶん、あの金髪の魔法使いコスの女子生徒。
此処からだと黒っぽいキャミソールに、ミニスカートとニーソも同じ色かな。
とんがり帽子とマントは紫っぽいけど。
取り敢えず、主張通りなら。
彼女が、クルツという男子の犯した痴漢行為の被害者で、クリスティーナ様と呼ばれる女の子なんだろう。
少し気になったのが、外野の連中には、先生方も混ざっている。
けれど、先生方の誰一人として。
この状況へは静観を決め込んだ様な感じなのだ。
少し思案した後で、最初に抱いたのが決闘のことだ。
だが、現状では、決闘が成立していない。
決闘には、先ず双方の同意が必要。
そこへ、お互いが用意した立会人か。
もしくは、複数の第三者を立ち会わせる。
現状では、複数の第三者だけは満たしたかも知れない。
しかし、双方の同意の部分が成立したと考えるのは難しい・・・・のではないか。
このままだと、いくら痴漢の被害者とは言っても。
学院規則で定められた私闘行為への処罰。
最悪は、彼女達も命を落とすかも知れないのだ。
なんて事も思いながら。
さてさて、どうなる事やらとな。
状況は直ぐに介入が行われた。
囲みの中へ入って来たのは、魔法使いコスの、マントの内側に魔導器を背負った女子生徒が8人。
そして、彼女達の一人が、『私達は王立学院の風紀委員会に所属する者達です』と、かなり大きな声が、俺の耳にもはっきりと届いた。
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「私達は王立学院の風紀委員会に所属する者達です。先程ですが。初等科7学年の四席、クリスティーナ・カコンシスさんが。同7学年の五十二席、クルツから痴漢の被害を受けたと。目撃者からの通報を受けました」
被害者には『さん』を付けても。
容疑者には呼び捨てかよ。
シャルフィなら、有罪が確定した者であっても『〇〇氏』などの呼び方は、条約機構が定めた人格権が絡んで。
当然とするんだけどな。
心情的には、まぁ・・・呼び捨ても理解るけどさ。
確か、ローランディア王国は、シルビア様が殺された後の総会で、議長になっている筈だ。
なのに、議長を輩出した国家の人間が。
人格権を当然と踏み躙るのかよ。
しかも、踏み躙ったのは、風紀委員を名乗る女子生徒だぞ。
王立学院には、条約機構が定めて、ローランディアも批准した規約を踏み躙って構わない・・・・一種のローカルルールでも在るのだろうか。
風紀委員の大きな声での主張を聞きながら。
そこであれこれと、ツッコミというか疑問を抱いた俺だけど。
先頭に立って声を張り上げた風紀委員の女子生徒は、既にピクリともしない。
地面に横たわるクルツの頭を、靴底で踏み付けた。
いくらなんでも。
痴漢の件は、未だ被害者の側に立つ女子生徒達の。
一方だけの主張しか聞いていない。
つまり、条約機構が定めた刑が確定するまでは保障される、『推定無罪』までが、此処では無視されたんだ。
流石に風紀委員なら頭に入っているんじゃないのか。
もっと突っ込むなら。
刑が確定した犯罪者でも。
人権や人格は、それが最低限、保障されているんだぞ。
仮にもし、クルツが有罪だとしても。
既に動けないくらいの負傷なら。
先ずは手当だろうが。
頭を踏み付けるなんて・・・・条約機構が禁止した蹂躙行為でしかない。
なのに。
クルツを、踏み付けた女子生徒は、足を離した所で、当然と顔を蹴った。
蹴った行為も胸糞悪いが。
その女子生徒は、そこから少し離れると、魔導器のスティックを握って、先端をクルツへ向けた。
魔導器のスティックを、先端をクルツへ向けた女子生徒を囲んで立ち昇った赤いマナ粒子。
魔導器が稼働したからこそ起きる、マナ粒子発光現象へ。
けれど、この状況を見ても。
王立学院の連中は、止めようともしなければ。
当事者側に立つ女子生徒達の、『お前なんか跡形もなく燃やされればいい』等の罵声にも。
外野の連中の誰もが、咎めようともしないでいる。
仮にクルツという男子生徒が、痴漢行為を働いたのだとしても。
お前等の感覚・・・・俺は、胸糞気に入らねぇぞ。
「炎の飛礫、猛る紅蓮と成りて、焼き キャッ!?」
クルツへスティックの先端を向けて詠唱を始めた女子生徒は、しかし、全員が見ている中で。
詠唱途中での可愛らしい悲鳴を最後。
その女子生徒は、大きく蹴飛ばされ激しく地面へ叩き付けられると、ゴロゴロと転がった後はピクリともしなかった。
俺の抱いた・・・憤りって、言えばいいのかな。
ハッとした時には、俺が蹴飛ばした女の子は既に虫の息。
そうして、自分でも安っぽい感が拭えないを理解っている。
俺は、自分の背後にクルツと。
自分の正面には、女子の集団とを。
安っぽい正義感な行動は、こうして、無関係を貫けたはずの騒動へ。
気付けばもう介入していたよ。
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あぁ・・・目立ってるなぁ。
俺って、堪え性が無いのかなぁ・・・・ホント、首突っ込む必要なかったんだぞ。
反射的に動いだ自身の身体へは、ドライな俺が、こうして今も呆れを隠せないでいる。
ドライな俺へ、けど、そうだよなぁ。
うん、ホント、何やっているんだろうね。
「はぁ~~~・・・・・ったく。何やってんだ」
まっ、しゃぁないな。
取り敢えず、後ろのクルツだったか。
「痛いの痛いの・・・飛んでいけ」
嘆く様な声で唱えた直後。
背後で起きた事象干渉なんかは、それでまた騒然となった事も。
俺は左の掌を額へ当てる様に、そうして、溜息を吐きつつ項垂れたよ。
「あ、あ、貴方は。貴方は!! ・・・・貴方は一体なにをしたのですか!?」
項垂れる俺に対して、外野連中の騒々しい驚きなんかも、これもどうだっていい。
けれど、魔導器を装備した別の女子生徒から。
こうして近くで正面から映すと、白のブラウスの上に着ている黒に近い紺色だろうか。
ベストの左胸の辺りに、校章とは違う見た事の無いエンブレムが映った。
俺の関心がエンブレムへと向けられる間。
女子生徒は、俺を大きな声で怒鳴っていたよ。
「私は初等科6学年 3席のミュリア・ゴルペールです。貴方のした行為は、風紀委員への暴力行為であり。風紀委員の権限において。当然と行使される筈だった処置への不当介入です。何れも死刑を当てられる罪状です」
王立学院って所は、ホント、何でもかんでも死刑だねぇ。
そんなに命を奪うのが好きなんでしょうかねぇ・・・・ったく。
だから、此処には馴染めないし、染まれないんだよ。
自然と漏れた「はははは・・・・・」な、空笑いも。
ただ、よく見れば、同じエンブレムを付けた女子生徒だけが魔導器を装備している。
なる程、あれは風紀委員の身分証みたいなものなのか。
うん、また一つ分かったよ。
「おい、後ろの・・・クルツだったか。もう痛い所は無いだろう。お前には聞きたい事がある。そうそう、黙秘は肯定として受け止めるぞ」
栗色の髪は、両側から胸への縦に巻いたロールが印象的だった。
で、睨んでいるのが分かる青い瞳は、でも、カーラさん程じゃない。
けど、そこそこには、きつい印象がある。
そんな怖い顔じゃなければ、色白の美少女なんだけどな。
ざっと見た感じ、スラリとしたミュリア・ゴルペールの声は、まぁ・・・無視で良いさ。
というか、仕掛けて来ても返り討ちに出来る。
それよりも。
俺は後ろへ振り返ると、気配で既に立ち上がっているも分る。
俺をじっと見ているクルツへと、此方も視線を重ねた。
寄ってたかってボコスカやられたんだしな。
土汚れの付いた顔や髪に服なんかも・・・・・まぁ、この身形は、後で証拠にも使えるだろう。
俺よりは間違いなく背が高い。
けど、身長の割に酷く痩せている感がある。
真上に逆立てた様な明るい緑色の髪は、前髪の一部に金髪だけの所もある。
たぶん、両親の髪色を、両方とも受け継いで生まれたのだろう。
栄養不足感も思える生気の無い肌と、頬もこけているし。
緑色の髪と同じ色の瞳は、白目がかなり充血している。
唇の色も血色の悪さが伺えた。
ぶっちゃけ、貧血を含む栄養失調の症状が出ている様な感じだな。
「おい、お前。見た感じで、食事をしっかり取っていないだろ」
「あぁ・・・学費納めんので精一杯や・・・・ここ一週間は・・・・水ばっかりやな」
「そうか。じゃあ、嘘偽りなく白状すれば。腹いっぱいの食事を提供してやる」
「ほ、ホンマかいな!? す、する。嘘偽り無く何でも答えるさかい。飯食わしてくれぇぇええ!!」
シャルフィでも、飢えから至った犯罪。
多くは食べ物の万引き行為なんだが。
取り調べの時に、嘘偽り無く白状すれば。
これを条件に満腹になるまで食べさせてやる・・・はね。
バーダントさんが、飢えている奴ほど、嘘を付かないとかさ。
まぁ、常習犯とか訓練された人間には効果も無いけどな。
そうじゃ無ければ。
飢える辛さが身に染みている者ほど、飢えを満たしたい欲求が、正直者にもしてくれる。
だからという訳でもないのだが。
今回の、生きているのか死んでいるか。
立ち上がった最初のクルツは、それが、条件付きで食事を提供すると言った途端。
衆人環視の中で、こうも清々しい土下座が出来る奴なんか。
俺は初めて会ったよ。
ただし、土下座だけは直ぐに止めさせた。
俺に、そんな趣味は無い。
だから、クルツには普通に正座をさせた。
「じゃあ、今から尋問を始める。先ずは所属と名前だ」
「わい、初等科7学年 52席のクルツと言います。あと、王立学院へは随時入学で入りました。生まれはゲディス自治州の、今年で13歳になります。そんで彼女無しの童貞ですがな」
別に、そこまでは聞いていないけどな。
付け足しで、俺はクルツの発音のリズムへ、独特と言うべきか。
真っ先に変な奴を抱いたよ。
「へぇ・・・ゲディスねぇ。イグレジアスで有名な所だな」
「あんさん・・・イグレジアスを知っているんか」
「大陸でも指折りの規模を誇る傭兵団で。団長のヴェンデルと、副団長のブラムくらいは名前も知っている」
「せやで。あの二人はな。ゲディスじゃあ、英雄の様な存在なんや。まぁ・・・わいは、人買いに売られて。そんでローランディアまで流れたんや」
「親はどうした」
「わいの両親は、とっくに死んだ。せやから孤児のわいは、色々あって売られたんや。んでもな。此処の随時入学に受かったおかげで。住む所は得られたっちゅう話やな」
此処までを聞いた感じで。
こいつの口調は、使った言葉もそうだし、それ以上にリズムが変だと思った。
ゲディス出身とも聞いたしな。
もしかして、ゲディスの人間は、みんなクルツの様な独特な口調なんだろうか。
けど、サザーランドで起きた事件の時には、こんな風に喋った奴はいなかったと思う。
否、或いは口調も訓練された奴等だけが・・・とかか?
あぁ・・・ダメだ。
確定させるためには、情報が足りなさ過ぎる。
俺はクルツの、変な口調について。
気にはなったが、一先ず脇へ置いた。