第17話 ◆・・・ 教師エストとエレン先生?から学ぶ日々 ⑩ ・・・◆
新年の初日こそ、祝賀の行事があったくらいで、後はいつもと変わらない。
二日目からは、普段と同じ日常へ戻った。
けれど、今のアスランはアーツの修行へ、それこそ没頭するくらい、夢中になっていた。
マナ粒子発光現象を見るのが好きで選んだ修行方法は、素振り稽古以上に成果を実感出来た事が、余計に夢中にさせていた。
素振り稽古は、その回数を100回へ届かせるのに、数ヶ月掛かった。
これは、ただ振るだけでなく、途中に休みを入れずに連続して行える数での100回という意味である。
しっかりした基礎の鍛錬だからこそ、実は簡単なようで難しい。
ところが、それと比較してアーツの修行は、少し状況が異なった。
今は集中力の持続時間を、出来る限り伸ばす課題へ取り組んでいる最中。
アスランは此処で、目に見えて明らかな進捗を実感していた。
そうだね。
確かに今日も、僕はこの修行にばかり時間を使っているよ。
だけど、うん、実はさ、この修行は、それだけ多く時間を使うのが必然だったんだよ。
まぁ、そういう訳だから、要するに、この修行だけで、午後の時間は使い切ってしまうんだよね。
だけど、今だから言えるんだけどね。
僕は、この修行の初日で、そこで、一言でいえば挫折をしたんだ。
課題を意識して取り組んだ初日。
僕の中では、マナ粒子発光現象を、軽く1時間くらいは持続出来るだろうって、そう思っていたんだ。
ところがね、現実には10分程度しか、維持出来なかったんだよ。
ホント、あの時はね。
エレンからまで馬鹿にされてさ。
でも、すっごく、凹んだんだ。
アスランは意識感覚だけで、マナ粒子発光現象を起こせる。
同じ様に、マナの収束も意識感覚だけで行える。
更に魔導器が無くても、ファイア・アローが出来るようになった。
アスランが『これくらいは出来るだろう』と、何の確証も無しに抱いた錯覚は、だが、此処までの道程も平坦では無かったのだ。
それだけに。
現実が打ち砕いた錯覚はアスランへ。
それまで築いて来たモノまでを、この瞬間、否定されたを抱かせてしまった。
アスランは、マナ粒子発光現象の『持続時間延長』の取り組みに対して、根拠もなく1時間くらいと設定すると、結果は僅か10分程度。
現代魔導では、魔導器を使わなければ魔法が使えない。
アスランは、自らこれを覆した。
だけに・・・・・
この時に受けたショックは、兎にも角にも大き過ぎた。
人生初の挫折。
そう呼べる経験を、全否定された感は、露骨に表情へ現れていた。
きっと培ったものが無ければ、或いは挫折等という経験も、ずっと先でしかなかっただろう。
酷く落ち込んだアスランは、しばらく座り込んだまま動けないでいた。
視線も俯き気味に、塞込んでいた。
何もする気が起きなくなった。
頭では『修行しないと』や、『此処で諦めたら、シルビア様の期待に応えられない』等と。
なのに。
胸の中にポッカリ大きな穴が開いた感覚。
痛いのか苦しいのか重いのか・・・・・・
よく理解らない感は、夢中になっていたアーツの修行へ、それさえ今は、やる気が全く湧いてこない。
冬だから寒さも身に染みた。
見上げた空は晴れ渡っているのに・・・・・
それから今度はノートを取り出すと、ただ、呆然と捲っていた。
開いたノートを捲りながら。
でも、読む意欲さえ出て来ない。
パラパラ捲って・・・・・・・
『未熟者』
ノートの裏表紙の内側。
1ページを丸ごと使って、大きく書き記した三文字へ、不意に視線が留まった。
それまで働かなかった感情が今、グッと奥歯を嚙みしめさせていた。
マナ粒子発光現象。
出来るようになったときに、エレンから『未熟者』だと、はっきり言われた。
ファイア・アローが出来ないのも、『未熟者』だから。
楽しげな声で、自分を『未熟者』だと笑う存在へ。
面白くない感情はある。
でも、それ以上に出来る所を、見せつけられて来た。
僕は未だ未だ未熟者。
それを受け入れて。
だからこそ、出来るようになりたくて頑張って来た。
ああ・・・・・
そうか。
うん。
確かに僕は、ファイア・アローを魔導器が無くても、出来るようになった。
それで僕は、自分が『出来るようになった』って、思っていた。
騎士王に、僕は近付くことが出来たって・・・・・
それも思っていた。
本人が気付かない内に。
アスランは、いつの間にか出来ない原因へ。
それは技術的な何かだと。
忘れたわけではない。
けれど。
だから、錯覚を抱いて砕かれた。
抽象的で言葉足らず。
指導者としては、適性に問題が在るエレンから習ったことも。
実は無関係ではない。
というか寧ろ。
この件では、指導者の質が試されていた。
そう見て当然な部分も在る。
けれど、剣術ではシルビアが。
勉強では、今もエストが。
二人はアスランへ、『基礎の重要さ』を、しっかり伝えて来た。
そして、アスランはこの二人から、重要だと幾度も言われて来た『基礎』について。
湧き出るように胸の内を満たした実感が、ようやく視線を起こさせた。
エスト姉は勉強を見てくれる時に、いつも『基礎が大事ですからね』と言っていた。
シルビア様は剣の稽古をしてくれる時に、『地味ですが基礎が一番大事なのです』と言っていた。
アーツを学ぶようになって、エレンから『未熟者』と言われた意味。
本当は、アーツを使い熟すのに必要な『基礎』が、まだまだ足りていないという意味だったんだ・・・・・
この日の挫折は、確かにアスランを酷く落ち込ませはした。
けれど、当日の内に立ち直らせたのは、ずっと書き続けて来たノート。
ノートに記された、初心と呼べる部分。
特にシルビアの言葉を、幾つも残していたからこそ。
アスランは今日の事さえ、糧にする事が出来た。
挫折はこの日以降。
アスラン自身が重点を置く『基礎の重要さ』に対して。
認識を一層、強くするきっかけになった。
『・・・僕のアーツには基礎が欠けている。だけど、基礎がしっかり出来るようになったら・・・・・もしかすると無詠唱アーツも。それで出来る様になれるかもしれない』
挫折を経験したその日の内に。
立ち直った後のアスランは、基礎鍛錬だけに打ち込んだ。
錯覚に陥った原因を突き止める。
取り組みは、これも当日中に分かった。
マナ粒子発光現象が出来るようになって以降。
アスランはマナ粒子発光現象を起こしては、その時から属性が持つ色の違いへ、胸を躍らせながら見続けている。
ところが、アスランはこの最中。
色を変える度に、実は一度ごとに間があった事実を突き止めた。
つまり、継続しての長時間ではなく。
実際は、断続的に長い時間。
錯覚に至った原因は、自身が認識を誤っていた部分に在った。
断続的になった原因。
一つは、エレンとの会話である。
会話に意識が傾き過ぎたために、気付いた時には、事象干渉が終わっていた。
他にマナ粒子発光現象を起こしている最中、気付いた事などを忘れない内にノートへ。
これも書く作業に意識が置かれた結果。
その時には、事象干渉が終わっていたのだ。
本当は断続的にしか、して来なかった。
これが事実で、その事実を失念したまま今に至ったのだ。
アスランは自分が、『マナ粒子発光現象をどのくらいの時間続けられるのか』には一度として、それもこの時までしていなかった事を、ようやく認識した。
証拠の一つは、今も書き込んでいるノート。
失念へは苦笑いのアスランも、もう一つの原因に対しては皮肉たっぷり。
「まぁ・・・先生がエレンだからな。うん・・・・仕方ないよな」
項垂れるくらい、大きな溜息を一つ。
後は没頭するくらい、基礎鍛錬でこの日を費やした。
ただ、アスランが見誤った事は、それだけでなかった・・・・・
翌日。
先ずは、前日の10分を今日の目標に。
そこから、出来る限り持続できる時間を延ばす。
課題を明確にして、後はいつも通り取り掛かった。
ところが、今日は一度目の取り組みで、軽く20分を超えた。
いや、うん、でもさ、やっぱり驚いたよ。
だって、昨日がアレだったんだ。
だから、今日の目標は、一先ず10分にしたんだよ。
で、僕の中では、そこから何分かでも伸ばす、だったんだ。
アスランの驚きは『何故?』の部分。
昨日の今日で、何故こうも出来るようになったのか。
染み込んだ追及癖は、早速のように原因の特定へ、一気に思考を深くさせた。
『あのねぇ。アーツは確かにアスランの言ってた集中力だっけ。それもだけどぉ~。でもねぇ~。アーツは、マナが無ければ使えないんだって。それでアスランのマナが増えたから、出来るようになったんだよ♪』
集中力は確かに必要。
ただ、アスランは、エレンから言われた『マナ』の部分。
体内マナが増えたから、出来るようになった。
エレンは相変わらずの口調だったが。
この時のアスランは、言われて納得だと素直に頷いていた。
アスランが取り組む、マナ粒子発光現象を使った基礎鍛錬は、あれからまだ数日。
その数日の間で、持続時間は1時間を超えていた。
こうした事実は、アスランへ『体内マナ』というものが、実は増え易いのでは?を抱かせた。
事件の後は、今もずっと借りっぱなしの腕時計も。
アスランは、今日の持続時間を、時計の針を見ながら、ノートへ記録を書き込む。
あれからのエレンとの会話を纏めると、集中力をどれだけ鍛えた所で、先ずは体内マナ。
体内マナが無くなれば、それでアーツは使えない。
完成を見ない課題は、それで、集中力を鍛えることが欠かせない。
一方で、アーツを自在に使うためには、源である体内マナを、とにかく増やさないといけない。
体内マナを増やす方法。
エレンは、アスランが取り組んでいる、マナ粒子発光現象を使った持続時間の延長。
持続時間が伸びた分だけ、体内マナも増えている。
あぁ、うん。
そうだね、確かに言われてみると、なるほどね・・・って思ったよ。
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既に1月も、半ばを過ぎていた。
この頃のアスランが取り組んでいる、アーツの基礎鍛錬は3時間経っても、マナ粒子発光現象を維持できるようになっていた。
夕暮れには帰る約束がある。
今の目安は、午後4時くらい。
午後1時より少し前に外へ出て、誰も来ない牧草地へ到着すると、時間は1時を過ぎている。
そこから直ぐに取り掛かって、今では帰り時間ギリギリ。
マナ粒子発光現象は、午後4時過ぎまで出来るようになった。
付け足すと、感覚的には、まだまだ余力がある。
孤児院への帰り道、アスランは「もっと持続時間を伸ばすためには、今のままだと時間が足りない・・・」と、本心で修行を続けたくても。
現実には、時間そのものが絶対的に足りない悩みが漏れるようになった。
今日だって、もっともっと、修行に打ち込みたかった。
出来るようになったことで、更に上を向く意欲へ。
けれど、時間的な制約によって、これ以上は困難も分かっている。
物足りないを抱くアスランへ。
アーツの先生は、こういう時にならないと、的確なアドバイスをしてくれないらしい。
『アスランは火属性の他にだけどぉ。エレンから水も風も土も習ったじゃない♪だぁかぁらぁ~。一度に4つ、やれちゃうんだよね♪』
エレンからすれば、『何でこんな簡単なことで悩んでいるんだろう』と、何の気なしに返した程度。
反対に、聞いていたアスランは、またもハッとさせられた。
「エレン。それって・・・一度に4つの属性を起こすって意味で合ってる?」
「(・・・うん♪そうだよぉ♪と言うかぁ~。昔の人間は同時に2つ3つくらいはねぇ。簡単にやれていたんだよねぇ♪・・・)」
「そうなんだ。でもさ、それってどうやれば良いの?」
「(・・・えっとね。アスランはまだ魔法式を唱えて使っているだけなんだけどね。魔法式は唱える以外にも、マナを流し続ける限りは、魔法式の役割をしてくれる魔法陣で、代わりが出来るんだよぉ♪・・・)」
「魔法陣?」
「(・・・うん♪魔法陣は一度作ってしまえば。後はマナを流しているだけで、アーツを使える便利なやり方なんだけどぉ。でも維持し続けるのは難しくてねぇ~・・・未熟者には絶対に出来ないんだよね♪けどぉ、それが出来るようになったらぁ~。マナさえあれば、後はアーツを使いたいだけ使える便利なやり方でもあるんだよぉ♪・・・)」
アスランは孤児院へ帰った後で直ぐ、エレンから聞いたことを、走り書きのようにノートへ書き込んだ。
初めて聞いた魔法陣のことを、一気に書き終えると、更に踏み込んで尋ねた部分も、追記した所でもう一度ノートを整理した。
魔法陣とは、それまで魔法式を唱えて事象干渉させていた方法とは全く異なる。
具体的には、魔法式の詠唱の部分。
魔法陣は魔法式の内、『駆動式』の部分を、術者に代わって構築してくれる。
よって術者は、『発動式』のみを唱えるだけで、事象干渉させられる。
魔法陣を使うための条件。
魔法陣を構築した術者は、維持に必要な魔力『体内マナ』を、常に供給しなければならない。
魔力を供給し続けられる間、その間は魔法陣を維持することが出来る。
魔法陣が維持されている間、術者は『発動式』のみを唱えることで、事象干渉が可能となる。
魔法陣を使った魔法『アーツ』の行使。
そのためには、属性ごとの魔法陣に、魔法式を記憶させなければならない。
この記憶作業は一度で済む。
つまり、一度は魔法式を、術者自身が唱える必要がある。
それによって魔法陣に記憶された魔法式を、以降は『発動式』のみで、事象干渉させられるようになる。
注意事項。
魔法『アーツ』は、個々に消費するマナの量が異なる。
例えるなら、膨大な量を消費する魔法を使う場合には、必然的に魔法陣へ供給するマナも増える。
整理したノートへ、改めて視線を向けながら。
アスランは魔法陣と、その維持に必要なマナとの関係へ。
『術者と魔法陣は、体内マナで繋がっている』のでは?ないだろうか。
この抱いた部分もエレンへ尋ねた。
自分考えを肯定した返事は直ぐ、これもノートへ書き足した。
アスランは更に、この時のエレンから、『魔法陣は可視化と不可視化が自由に出来る』ということも知り得た。
魔法陣=術者の意思で、可視化と不可視化が可能。
続く会話の中で分かったこと。
超文明時代の人間は、魔法陣を常用していたそうだ。
特に体内マナだけでアーツを使える人達は、この魔法陣を、当たり前のように使っていたらしい。
それから、今も自分にアーツを教えてくれるエレンも、実はこの魔法陣を極普通に使っている。
この点、何故もっと早くに教えてくれなかったのか。
不満を隠さないアスランも、けれど予想は付く。
そして、エレンはアスランの予想を、寸分違わず裏切らなかった。
『そんなのぉ。アスランが未熟者だからじゃん♪』
エレンの声は相変わらず。
アスランが、ムカつくくらい可笑しそうに笑っていた。
だが、これも既に慣れた付き合いと言うべきか。
アスランは、エレンがこういう性格だと理解り切っている。
逆にアスランでなければ、怒りの一つ二つは軽く買う事になっただろう。
しかし、エレンのこういう性格だからこそ。
アスランは、仲間外れにされていた時期にも、孤独感を殆ど感じずに過ごすことが出来た。
他に、シルビア様から『エレンとは仲良くするように』と、そう言われて来た事もある。
同じ事を、神父様やエスト姉にも言われている。
そんなエレンは今。
自分にアーツを教えてくれる『先生?』でもある。
教え方が物凄く下手な先生ではあるが、実際に見てきた実力は、間違いなく本物だと認めている。
加えてアスランは、自分の未熟さも、より具体的に把握している。
それくらい成長できた今だからこそ。
エレンのことでは、喧嘩に発展するくらい怒るような感を抱かなくなった。
あくまでも、今の所ではある。
夕方の礼拝の時間。
もうそろそろ始まる頃まで、アスランはエレンから、聞ける限りは聞いた。
そこでアーツの連続発動についても。
実は、常に同じ規模の事象干渉を連続して起こすためには、これも魔法陣が欠かせない。
魔法陣を構築した後、マナを供給し続ける。
この条件を満たした上で、発動式だけを連呼する。
連続発動を可能とする一連の流れ。
アスランもこの辺りは、聞いていて確かにその通りだと理解出来た。
魔法陣と連続発動。
エレンは最後、『何度も言うけどぉ~。マナが無ければ出来ないんだからね』と、日頃から何度もは言っていない。
聞く側が内心で収めた、その部分も。
体内マナを増やす鍛錬の仕方は、既に理解っている。
『体内マナ保有総量』を増やす。
具体的に、マナ保有量を何処まで増やせるのか。
当然の疑問は、けれど、その点はエレンにも分からないらしい。
「まぁでも。それならこれ以上増えない所までやれば良いか」
単純だからやり易い。
既にアスランの気持ちは、明日の修行の方へと傾いていた。
早く明日が来ないかと、今から楽しみで仕方なかった。
2018.5.22 誤字の修正などを行いました。