第3話 ◆・・・ 狩りと買取と通帳作りと髪まで染めた一日 ・・・◆
季節は真冬の1月
しかも、あと十日ほどで極寒の2月へと移る。
俺とティアリス達は、ブルージュの街から南南西へ約15キロの地点で、そこで焚火を囲んでいる。
パッと見た感じで、景色は木々が茂ると、山の奥深く・・・・が、表現としては適当なんだろうな。
時刻は、後2時間もすれば日付も変わる。
今の状況は狩りも終わると、そうして野宿と言うよりは、かなり贅沢な野営だろう。
とは言え、テントは無いんだけどな。
火属性のアーツを駆動させた此処は、外の雪景色が嘘の様な暖かさだ。
焚火は、そこでコルナとコルキナが、今も夜食作りに手を動かしている。
ティアリスは俺の隣で、けれど、こうして寛いでいるような姿勢でも。
周囲の気配へは、僅かにも警戒を疎かにしていない。
俺と言えば、少し前の狩りで得た成果。
数が多過ぎる成果を前にして、今はミーミル先生から指導も受けると、隔離収納が出来る魔導器を作っていた。
だって、レーヴァテインが・・・・あんなに張り切るとは、思っても見なかったんだ。
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隔離収納が出来る魔導器。
俺は先ず、体内マナだけを使った錬成によって、クリスタルを一つ作り出した。
そうして、このクリスタルへ、刻印術式を用いた隔離収納と状態保存の二つを刻む。
ミーミル先生の授業では、隔離収納と状態保存の術式は、超文明時代には存在していたそうだ。
で、俺は教えられた通りの術式を刻んだだけ。
こうして、マナさえ在れば使える使い勝手のいい魔導具が出来た。
ただ、このクリスタルだけを使って、変に怪しまれると面倒だからな。
ミスリルで作ったブレスレットへ、クリスタルを埋め込んだ後。
此処から先はミーミル先生の・・・・拘りだと思う。
実は手先が器用だった先生は、自分と同じ様な模様を施した。
間もなく、デザインが腕輪ミーミルと酷似したブレスレットが完成した。
これがアーティファクトの類なら、買取所で成果をドドンと出して見せても。
まぁ・・・誤魔化しも出来るだろう。
だいたい、ギランバッファローを運ぶのに。
それで、今回は荷車も用意していないんだ。
と言うか、貰ったばかりの生活保護費で荷車を買うなんてさ。
此処の近くまで来た後、ティアリスから輸送方法を尋ねられるまでは、全く考えてもいなかったね。
じゃ、話を戻そうか。
此処とは異なる空間に収納が可能となる隔離収納は、ただ、その容量には、クリスタルの純度が関わって来る。
で、この部分は、状態保存でも密に関わって来るのだそうだ。
クリスタルの純度が低いと、手荷物程度も収納できない上に、食品などは直ぐに腐敗が始まる。
反対に、クリスタルの純度が高ければ高い程。
収納できる容量も増えれば、今日の狩りで得たギランバッファローの死体も。
例えば十年後でも、死体の鮮度を全く損なわずに保存ができるらしい。
まぁ、そういう話も聞いたので。
クリスタルの錬成には、今後も継続して修行を積もうと思えた。
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さてと、俺が何故、この様なアーティファクトを制作したのか。
最初、ギランバッファローの一頭くらいなら。
一先ず、ティアリスに異世界の方で預かって貰った後。
ブルージュの街へ戻った所で、そこで荷車を買うか借りるかして。
そうして、預けておいたギランバッファローを移した後で、買取所へ運び込む。
とまぁ、こんな風に考えていたんだ。
だからね。
狩りならアタシが♪ とか。
そう言って此処は任せてと言って来たレーヴァテインへ。
今回は任せたんだ。
そうしたら。
まさか、付近一帯のギランバッファローを、全て狩り尽くしたなんてさ。
予想もしなかったよ。
お肉大好きな剣神様は、こうして俺の下へ。
達成感で満たされたくらいも、それも分かりやすい笑みでのVサインだよ。
俺は、目の前に献上された百頭を超えるギランバッファローの死体を映して。
夜食用を除く残りを、だから、アーティファクトの制作に取り掛かった訳です。
次からは、狩る量を細かく命令しようと思います。
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翌朝の午前8時
俺はレーヴァテインとミーミルの二人を伴って、買取所の受付カウンターの前に並んでいた。
と言っても、朝一で並んでいたのは、俺達を除けば二人だけ。
二人は、どっちもバーダントさんを思い出す、ボコボコ筋肉の男性だった。
一人は鹿を一頭、肩から担いでいた。
もう一人は、荷車の上に猪が一頭。
そんな二人の後ろに並んだ俺達は、傍から見れば手ぶらだよな。
時計の針が8時を指すと、合図なのか甲高い鐘の音が鳴り響いた。
同時に、カウンターのシャッターが一斉に上がり始めた。
『それでは、本日の買い取りを始めさせて頂きます』
横幅が三十メートルくらいのカウンターは、仕切り板を挟んで、同時に十人を受付できる様だ。
まぁ、俺の後ろには、誰も並んでいなかったし。
俺の前の二人ともが直ぐに呼ばれた後で、俺も3番の数字が付いたカウンターから呼ばれた。
パッと見で、カウンターに立っていた職員の人達は、男女に関係なく同じ服を身に着けていた。
少し濃い水色のシャツと、その上に紺色のベスト。
で、ベストと同じ色のスラックス。
俺が呼ばれた3番カウンターは、眼鏡を掛けた若いお姉さんが待っていた。
何となく二十代くらい。
栗色の髪は、後ろで三つ編みが二つ。
頬にはそばかすも映るけど、まぁ、俺はそういうのを気にしない方だし。
それに、表情だけで何となく優しそうも思えた。
「えっと、キミはお姉ちゃんの所に。何を持って来たのかな」
そうだよな。
お姉さんから見れば、俺はどう見ても子供にしか見えないよね。
ついでに、俺も手ぶらで此処に立っている訳だしさ。
「大丈夫ですよ。ただ結構な量なので。隔離収納が出来るアーティファクトに。まぁ、全部詰め込んで来たんです」
「え?・・・あ、アーティファクト?・・・って、えぇ!?」
お姉さん。
変に驚き過ぎ。
それだと、可愛い顔が台無しですよ。
「だいたい僕の様な子供が。猪や鹿を担いで来れる訳が無いじゃないですか。だから、異空間に収納が出来るアーティファクトを使って。そうして此処に来たんです」
「って、そ、そのね。キミはそういうアーティファクトを持っている・・・子供なのかしら」
「アーティファクトはですね。冒険者をしていた父の形見なんです」
「そ、そう・・・なのね」
「あの、そろそろ買い取って欲しい獲物を出しても良いでしょうか」
「あ、は、はい。申し訳ございません。それでは査定をしますので。その、アーティファクト・・・から出して頂けますか」
「えっと、かなり大きな獲物なので。何処に出したら良いでしょうか」
「お、大きい獲物ですか!? そ、それでしたら・・・・あちらのテーブルへお願いします」
なんか、落ち着きのないお姉さんだなぁ。
ナニ?
そんなに驚く様なことでしょうか。
俺は、カウンターの端から回り込むように出て来たお姉さんより早く。
指示されたテーブルの上へ、レーヴァテインが狩ったギランバッファローを、その内の一頭だけを乗せた。
と言うかさ。
指示された金属製の台にしか見えないテーブルは、小さくは無いけど。
ギランバッファローを一頭乗せるだけでいっぱいも思えた。
ただ、これも傍から見れば、俺が肘を畳んで翳した左腕にあるブレスレットから。
ブレスレットに半分以上埋め込んだ透明なクリスタルが、オレンジ色の光を帯びると間もなく。
テーブルへ照射されたオレンジ色の光からは、最初に輪郭が現れると瞬く間に、横たわるギランバッファローが姿を現した。
何というか。
この瞬間は、買取所の外にまで聞こえるんじゃないだろうかと。
それくらいの大声が幾つも、しかも殆ど同時の絶叫というか、悲鳴の様な声がね。
ホント、俺は耳栓が欲しかったよ。
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二頭目のギランバッファローを出した後。
まだまだ有るからと。
けれど、買取所は騒然としていた。
ギランバッファローが持ち込まれること自体は、それは頻繁ではないが、あるそうだ。
ただし、俺の様な子供が、ギランバッファローを持ち込んだ事例は無い。
最初の担当は、眼鏡のお姉さんでした。
ですが、二頭目を出した所で。
そこからは上役のオジサンにしか見えない男性が代わりましたよ。
落ち着きのないお姉さんだったけど。
なんか良い匂いもしていたしさ。
オッサンよりは、断然マシだったね。
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俺は持っていたギランバッファローを数頭だけ残して。
残りは全部、ここの買取所で買い取って頂きました。
ですが、一度に134頭ものギランバッファローを買い取った事例も無ければ。
査定もするし、買取もするけど。
今直ぐ、この場で全額を支払えるだけの金が無い。
まぁ、言いたいことは理解るよ。
うちのレーヴァテインが、本当にご迷惑をお掛けしました。
ギランバッファローは、一番小さいものでも、重量にして1トンを超えました。
一番大きなものでは、2トンに迫る重さでしたね。
ギランバッファローの肉ですが、最も安い部位ですら。
市場価格で、100グラム当たりが15リラ
マルク換算なら、15万マルクです。
買取価格は、一番小さな個体で7万5千リラ
マルクで換算すると、7億5千万になる。
一番大きな個体の買取価格は、15万リラ
マルクで換算すると、15億になる。
今回の134体の買取総額は、1608万リラ
マルクで換算すると、1608億になる。
因みに、解体から諸々の手数料を差し引いての金額です。
俺が大量のギランバッファローを持ち込んだその日。
ブルージュの街にある買取所は、営業を始めて以来、一日当たりでは初の数字を刻むことになった。
付け足すと、後日の入金をする事情が。
俺はこの日の午前中、ブルージュの街にある国営銀行へ足を運ぶと、そうして必要な通帳も作りましたとさ。
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結局。
俺はこの日も、ゼロムへは行けなかった。
と言うよりも。
買い取り所で意図せず目立った事情が、そこからミーミルの意見を採用した事もある。
今夜は街の宿に泊まった俺は、部屋にある鏡の前で、今は金色に染めた髪を映していた。
髪を染めたのには、それも、理由がある。
買い取り所で変に目立った後、名前は知らずとも黒髪が特徴の子供くらいが、とにかく噂になった。
結果。
髪を別の色に染める事で、一先ず難を逃れた。
まぁ、染めたと言っても。
これもアーツでやった様なものだしさ。
何というか。
ただ、母さんと同じ色の髪を、それを髪染めで染めたいとは思わなかったんだ。
だから、アーツで周囲からは金髪に認識させる。
幻の属性を使った、一種の認識干渉の様なものだ。
空と幻の二つを使う事で起こせる光学迷彩も、やれない事は無いけど。
それだと、周りからは俺の髪だけが映らなくなる。
頭部が無い人間なんて・・・・やった途端に騒がれるのは、容易に想像できるしな。
一つ、俺は決して邪まな目的のために。
そこで光学迷彩を行使したことは無い。
全てはティアリスから一本取る。
そのために、自分を透明化して挑んだ事もあれば。
握る武器だけを透明化した事もある。
因みに、自分を透明化した時は、けれど、気配で分かる。
ティアリスからは、目隠しと同じだって。
反対に、うん、武器だけを透明化した点は、これにはティアリスも苦戦したってさ。
剣なのか、槍なのか。
これだけでも、分からないと攻めと守りの両方が難しくなる。
寧ろ、俺自身が映るだけに。
余計やりづらいも聞いた。
ティアリスとしては、全く見えない方が、思い切って踏み込めるらしい。
黒髪を金髪に染めて、それはまぁ・・・異世界の方で直ぐに出来たんだ。
で、金色を選んだのは、それはティアリスと同じ色にしてみたかったからだ。
ミーミルとユミナさんも同じ金髪なんだけど。
色の理由を口にすると、喧嘩になりそうだから。
本心は秘める事にしたよ。
今夜は宿に泊まった最もな理由。
赴いた国営銀行で、通帳を作る手続きにね。
ここでやたらと時間を食った。
で、通帳を作った後に買取所へ戻って。
そこからまた、いつまでに入金されるとか。
そのための手続きとかもね。
結局、全部終わった時には、空も湖も、最終便が出た後だったのさ。
そういう訳だから、出発は明日の朝だ。