第2話 ◆・・・ 住民登録と最初の資金稼ぎ ・・・◆
それを映せたのは偶然だった。
否、中には何かを見間違えた。
実際、錯覚でも見たのだろうと・・・・そう抱く者達の方が多かったのだ。
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工業都市アメリア
その時のアリサは実家の私室で、冬休みの宿題と向き合いながら。
アリサが顔を起こしたのは、それは偶然だった。
椅子に座った姿勢で背伸びをしたアリサは、その瞳が偶然、窓の外を映した。
アリサが映したのは、僅かな時間だった。
だが、それでも彼女の表情には、一年以上も自然には現れなかった感情が。
はっきりとした嬉しさが、この瞬間に蘇った。
この日、アリサは自分だけの王子様が生きていた事を、映したペガサスだけで確信した。
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シャルフィ王国領 首都シレジア
政権代表を担うカーラが、それを映せたのも偶然だった。
書類仕事の最中、入室して来たマリューとイサドラの。
二人の突然の事へ、驚いた声が無ければ。
カーラは、その僅かな時間を映せなかった。
三人は、窓の外に映った旋回中のペガサスを捉えた。
ただ、ペガサスは直ぐに南の方へ遠ざかると、間もなく見えなくなった。
それでも。
三人は確信できた。
何故なら。
映したペガサスには、見間違える筈も無い黒髪の。
遠くからで、顔をはっきりと映せた訳ではない。
だが、三人には十分、アスランの生存が確信できた瞬間でもあった。
その日の内に、カーラから内密の依頼を引き受けたイサドラが、一人、南へ向かって旅立った。
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場所はシャルフィの王都が在った上空。
「・・・・写真と録画映像でも見たからだけどな。けど、実際に見ると。嫌でも実感させられるんだな」
「(・・・主様。地上付近は、毒を含んだ見えない霧が充満しているようです・・・)」
「分かった。ユイリンには安全な高さで、もう少しだけ焼き付けたら。後はローランディアへ行こう」
「(・・・主様の御意のままに・・・)」
ユイリンは、俺のためにギリギリまで低い高度を取ってくれた。
おかげで、俺は王宮があった所や・・・・
「ヴァルバースの時に作った壁と、その後で初めて使ったユニヴェル・クレアシオン。あれで作った草原は無事だったのか・・・・アーツって本当に凄いんだな」
でも、録画映像では、壁は残っていたけど。
草原は・・・・焼かれていた様な気がする。
「(・・・マイロード。恐らくは一度焼かれた後で。他の土地もそうですが。ですが、マイロードが作り出した土地だけは。急速に回復したのではないかと思います・・・)」
「ティアリス。それって、ユニヴェル・クレアシオンが影響しているのかな」
「(・・・全くないとは言い切れませんが。ですが、恐らくはカミツレの浄化作用が強く働いているのではと・・・)」
「ユニヴェル・クレアシオンで作った土地は、季節に影響されないみたいだからね。冬にカミツレが咲いている所なんて。此処以外だと、母さんの墓くらいか」
今は未だ憶測の様なもの。
どうしても気になるなら、それはその時に調べればいい。
実際、マイセンの郷に届く情報は、特に外国の情報が遅いというか・・・不確かな感がある。
アゼルさんも言っていたけど。
帝国内では、情報の統制とかもね。
要するに、捏造も当たり前なんだ。
けれど、王都の事を、特に今は毒のガスについて。
その点を知りたいなら、これはシレジアかローランディア王国が一番だと思った。
両国なら、何かしら隠す事はあっても。
露骨な嘘も無いだろう。
ユミナさんとミーミルの見解は、ティアリスも頷いた。
そんな事も思い出しながら。
けれど、程なくして。
俺はローランディア王国へと向かった。
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マイセンの郷を出て行く。
その事を決めた後で、けれど、じゃあ何処へ行こうか。
この件は、それで異世界の方で、ティアリス達ともよく話し合った。
現状、今の俺の実力では、輪廻の双竜と対立さえも出来ない。
対立出来るだけの力があれば、シャルフィの王都が滅ぶことは無かった。
此処は、ユミナさんから断言されたよ。
だから、居を移すにしても。
当分、と言うか、今後の数年かもっとか。
じっくり腰を据えて、俺個人の実力と、輪廻の双竜と対抗できるだけの戦力を整える。
それが出来る所を探す。
うん、基本的には、まぁ・・・そうなんだよな、と。
そうして、ローランディア王国なら輪廻の双竜の痕跡も無かった。
前にシルビア様と来た時に。
その時のユミナさんが、自分とコルナとコルキナの三人で調べたんだって。
行き先はローランディア王国へと決まった。
次は、ローランディア王国の何処へ腰を下ろすか。
でも、ここは直ぐにゼロムで意見が纏まったよ。
俺も、ゼロムは考えていたしな。
ゼロムには、叡智と呼ばれる大図書館がある。
そして、この大図書館を利用できるのは、メティス王立学院とアナハイムに籍を置いている人達だけなんだ。
俺が行き先にゼロムを考えた理由。
リザイア様から、大図書館の中には、超文明時代の本が収められている事を、教えられたからだ。
しかも、その時の話でリザイア様は、超文明時代の本を、俺にはきっと役に立つと言っていた。
『そうそう。その本だけどさぁ。あたしが認識疎外を施しているからねぇ。っつう訳だからさぁ♪ 埃もしっかり被っていると思うんよねぇ♪ 』
取り敢えず、大図書館まで行けば。
後はミーミル先生の権能で探して貰うさ。
リザイア様は、真実、詐欺師だけどな。
でも、リザイア様が超文明時代の本には、認識疎外を施した点が気になった。
俺には役に立つとも言っていたし。
ただ、恐らくは物騒な本・・・これも外れていないだろう。
結局、俺がゼロムにある大図書館に行きたい。
この考えに、ティアリス達は『御意のままに』と、従ったのだ。
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こうして、ローランディア王国へやって来た俺は、そのままゼロムの街へ・・・・とは行かなかった。
先に、戸籍を作る必要があったんだ。
ゼロムはね。
そこで戸籍不詳というだけで、いきなり牢屋送りなんだよ。
この点は、シルビア様とローランディア王国へ来た時の、そのために目を通すようにと。
カーラさんが事前に用意してくれた資料が今でも役に立っている。
因みに、資料そのものは異世界の方で、今もミーミルが保管している。
だから俺は、ローランディア王国の別の街へ寄ると、先ずは役所へと赴いた。
役所では、応対してくれた公務員さんへ。
ミーミルが意識と思考を操作もできる魔法を使うと、問題なく新しい戸籍を得ることが出来た。
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カミーユ・ルベライト
この名で、俺が新しい戸籍を手にしたブルージュという街は、ローランディア王国の地図で示すと、ローレライ湖の西側にある。
俺が目指すゼロムは、ブルージュの南東側だ。
ただし、ゼロムへ行くためには、陸路でなら途中の検問所を。
後は、飛行船の国内線と湖を渡る船での移動だが。
何方も、王都ヴィネツィーラとの間で、直通便しかないのだ。
そういう訳で、陸路以外だと、ブルージュから王都へ行く必要がある。
ユイリンで行くことも出来るけど、最初だけは港や空港、陸路でも街の入り口で。
そこでの書類審査があるからさ。
つまり、最初だけはユイリンを使わない方が、後々を考えれば怪しまれることも無い。
面倒でも、此処はしっかりやっておく必要があるんだよ。
ブルージュの街の人口は約40万人で、街の中にまで水路を作って湖水を引くと、移動手段にボートも使われている。
街並みの印象は、アルデリアの首都ルスティアールが、一番近い感じかな。
まぁ、そこはブルージュの観光ガイドにもね。
ルスティアールと同じ中世期を今に残す芸術の街・・・とかなんとか。
街全体が一つのアートを成した『屋根の無い美術館』とも、ガイドブックを見る限りでは、そういう誇張じみた表現も記されてあった。
戸籍を得た俺、カミーユ・ルベライトは、災害孤児という扱いになっている。
サザーランド大公国よりも西の、アラメイン王国で昨年の秋に起きた大雨による洪水災害。
俺は、その災害で家族を亡くした後。
身寄りも無いまま人買いを幾人も経て、挙句は逃げ出した。
ブルージュの役所では、行き倒れていた俺を保護したミーミルが、せめて戸籍をと。
申請した書類の審査を待つこと約一時間。
こうしてブルージュの街には、住民登録を得た『カミーユ・ルベライト』が加わった。
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手続きが終わった後。
カミーユ・ルベライトとなった俺は、早速ゼロムへ・・・・とは、またも行かなかった。
理由は以下の通りだ。
ゼロムの街へ入るためには、或いはゼロムで暮らすためには、何れにしても滞在許可証を発給してもらう必要がある。
因みに、ブルージュの住民となった俺は、ブルージュの役所で滞在許可証の発給を申請すれば。
許可証だけなら直ぐに貰えるそうだ。
ただし、発給の手数料として1リラが必要となる上に、ブルージュからゼロムへ行くためには、空路、水路で一度は王都へ行く必要がある。
その点は知っていたけど。
だから、手っ取り早く陸路で行こうと考えていた俺は、自分は陸路で行きますと・・・・・・・
結論から言おう。
陸路はダメだった。
その理由も、聞けばなる程と。
現在は特に産業スパイ対策が絡んで、封鎖されているそうだ。
付け足しで、俺の様な子供が一人で険しい山間道を行くなどと。
そんな事は危険極まりないから、検問所で提出も必要な書類さえ交付できない。
おいおい。
俺はこれでも、去年の獅子旗杯で優勝もしたんだぞ
内心では、お前なに言ってんの・・・等とも思った事を。
しかし、表面上は聞き分けの良い子供を演じきったよ。
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陸路は使えない。
まぁ、産業スパイ対策なんて聞けばな。
そこは納得するしかないだろう。
残された移動手段は二つ。
一つは、国内線を使う空路。
もう一つは、湖を渡る船での移動。
何方も、王都経由でゼロムへ行く点は同じだ。
ブルージュからだと、飛行船なら一人16000マルク。
湖を渡る船なら、一人7000マルク。
大人も子供も料金は同じだそうだ。
そうそう。
ローランディア王国の通貨だけど、リラとマルクの二つがあるんだ。
1リラ=10000マルク
そうだね。
シャルフィの通貨とも似ているかな。
と言うか、呼び名が違うくらいだろう。
もっとも、為替レートはまた別だから・・・シャルフィの1エルを両替したとしても。
そこで必ずしも1リラとは、ならないんだ。
要するに、俺がここからゼロムへ。
一番安い方法で行くためには、滞在許可証と船賃に必要な金が要る。
それがはっきりした。
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金を稼ぐ方法。
ブルージュの役所で話を聞いていたら。
先に、『8歳の子供が就職できる口は殆どない』と言われた。
だよねぇ・・・・・
けれど、相談に乗ってくれた公務員さんの話では、稼ぐ方法は他にもある。
一つは、傭兵登録を済ませて、傭兵として稼ぐ。
傭兵になるだけなら、年齢に縛りはない。
うん、それは知っている。
でも、登録料が要るんだ。
因みに、説明を聞くと、ローランディア王国でも傭兵の登録料は300マルク。
親切丁寧に説明してくれる公務員さん。
きっと、俺が無一文だと思っているんだろうね。
まぁ・・・今の所は、文無しだけどな。
後は、街の外で獣や魔獣を狩る。
で、狩った獣や魔獣を、街にある買取所へ持ち込んで金に換える。
説明を聞くと、住民票を提示するだけで、買取所では取引が出来るそうだ。
何が幾らになるのかは、買取所で毎朝に示されるレートを確認すればいい。
俺へ、その説明をしてくれた公務員さんは、だけど、『子供が狩りをするのは危険だよ』と、お勧めはしない感じだったね。
けど、当座の資金稼ぎ。
金を稼ぐ手段は、一先ず決まった。
俺は狩りをする。
なにせ、マイセンの郷でも、アゼルさんが毎回ってくらい誘ってくれるからね。
二人で山奥へ出かければ、鹿でも野兎でも。
熊を狩った事も、それも何度もあったんだ。
アゼルさんと、猟師仲間の大人達から。
俺の腕前は、将来は間違いなく狩猟の名人だって。
俺はマイセンの郷で、そこでの狩りでは、狙った獲物を確実に仕留めて来た。
肉も毛皮も、結構な金額で買い取って貰えたし。
そうやって得た金で、俺は貯金も作っていたんだ。
ところが。
俺の貯金は、糞ババぁが根こそぎ盗んだ。
思い出した途端、糞ババぁに対して、また殺意が湧いて来た。
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説明を最後まで聞いたところで、じゃあ、今日は狩に行こう・・・・とは、またまた行かなかった。
既に日が傾いて、空がオレンジ色になっていた。
時刻を見ると、午後の4時を過ぎていた。
付け足しは、買取所が午後5時で閉まるそうだ。
しかも、最終受付の時間が午後4時だった。
はははは・・・・いきなり詰んでるじゃん。
しかも、こうなると今夜は野宿・・・・
無一文が宿に泊まれる訳もない。
アスランの名を伏せている俺は、アスランの名で作られた預金通帳を使えない。
と言うか、それ以前の問題がある。
俺の通帳は、シルビア様が管理していたんだ。
要するに、通帳自体が残っていないのさ。
もう分かったよね。
獅子旗杯の賞金も。
糞ババぁから勝ち取った10兆も。
騎士団長と鎮守府総監として働いて得た給金も。
しかし、こういう時こそ、前向きに行かないとな。
即座、意識を切り替えた俺は、今夜の内に狩りを済ませよう。
マイセンの郷でも、狩猟へ出かけては二、三日の野宿くらいも楽しんで来たんだ。
今夜は野宿で、狩りも済ませる。
で、狩りの成果を、明日の朝に買取所へと持ち込む。
午前8時から開いているも聞いたからな。
朝一で持ち込んで、金に換えたら出発しよう。
・・・・等と考えていたら。
あの公務員さん・・・・『ルベライト君は災害孤児ですので。国で行っている生活保護の制度が受けられます』って、おい。
貰った後で、こう言うのもなんだけど。
先に言って欲しかったね。
俺はこの日、今月分の生活保護費として。
8リラを手に入れた。
ゼロム・・・・行けるじゃん!!
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まぁ、なんだかんだと在った今日ですが。
先ずは、ゼロムへの滞在許可証の件。
これは、申請日を含む十日間が期限になっている。
それに伴って、滞在を延長するための更新手続きは、ゼロムの役所へ行けば出来るそうだ。
勿論、手数料が必要です。
という訳で、申請は今日の国内便と船便が終わった事もある。
結局、最短でも明日の申請となりました。
生活保護費を申請して、給付までに掛かった時間。
役所を出た時には、4時半を過ぎていた。
そんな中で俺の脚は、真っ直ぐ買取所へと向かって走った。
毎朝レートが変わると言っても。
そのレートがどういうものなのかを、先ずは一度、自分の目で確認して置こうと考えたんだ。
買取所は、これも行政機関が管理している。
そのせいなのか。
役所からは歩いても15分くらいの所に在った。
走りながらの移動中、ふと思った事が一つ。
行政機関で管理している買取所の営業時間が、朝8時から夕方の5時ってさ。
それって、まんまお役所仕事じゃん。
しかも、残業したくないから最終受付が午後の4時なのではと。
そう考えると、色々と納得だったね。
一先ず、目的のレートは確認できた。
食用の肉としても手頃な野兎、鹿、猪は、一頭当たり1リラ~10リラくらい。
野兎は、肉よりも毛皮の方が買い取り価格へ反映されている。
鹿の角は、装飾品類への加工などで、特に需要がある。
猪の肉は、大人になる前の方が肉質が柔らかい事もあって、そういう猪なら高値が付くらしい。
狼や熊なんかも、けど、熊は毛皮の需要なのか。
今日のレートでは、赤文字で数字が書かれていた。
気になったので尋ねてみると、大口の買い取り契約が入ったとかで、赤文字は期間限定の、そして、高額買取の意味があるそうだ。
レート表を見た限り。
魔獣の中でも、俺も絶品だと思うギランバッファローの肉。
一頭丸ごと持ち込んだだけで・・・・一財産になるな。
買取所を後にした俺は、その脚で真っ直ぐ街の外へと向かった。
狙う獲物は、ギランバッファローだ。