第0話 ◆・・・ 此処から始まる物語 ・・・◆
活動報告も更新しました。
ブックマークを付けてくださった方様。
お陰様で、今月の内に4章へ入るモチベーションでした。
本当にありがとうございました。
「マイロード。雪が止んだとは言え、此処は山奥の高地です。暖も取らずでは身体にも障ります」
「ティアリス。もう少しだけ、此処でこうして星を見ていたいんだ」
「では、せめてアーツでの暖を取るべきかと」
「此処は暗い様で、なのに不思議と気が休まる。静かで・・・けど冷たい。だけど、やっぱり・・・俺は此処に居ると。こんな場所に居心地の良さを得られるんだ」
ティアリスは主の穏やかな声へ。
それ以上は、自身の意見を口にしなかった。
此処はアイゼナル山脈の、その連なりに在る山の一つ。
小高い丘は見晴らしが良く、そして、周囲は茂った木々が囲んでいる。
この場所から一時間程度。
山を下れば、そこには温泉もあるマイセンという郷がある。
人口は五千程だろうか。
斜面を切り拓いて造られた郷は、印象としては長閑だった。
だが、この郷の者達は、一致して今も。
シャルフィの王都が滅んだ日から、もう一年以上が過ぎた今でも。
マイセンの郷は、マイロードの素性を隠し続けるために。
郷の者達が皆、協力し合っていた。
一つ、付け足しましょう。
五千人程が、何も無しに一致するなどは、特に情報の秘匿に関して。
此処は不可能です。
ですから、それを可能とするために。
リザイア様はこの土地へ、精神と認識の一部を操る禁術を施しました。
結果、マイセンの郷を囲む一帯では、マイロードを映すことが出来ても。
自然と深くは認識しない様にが、視界から少し離れた程度で、気にも留めなくなる。
私達は、郷の者達の好意へ。
なのに、禁術を使ってまで保険を掛けた。
非難は甘んじて受けましょう。
ですが、今のマイロードではウロボロスと、対立すら出来ないのです。
これが現実である以上。
マイロードがウロボロスと、せめて、対立できる所へ至れるまでは、時を稼ぐのが私達の役目でもあります。
こうして、マイロードは女王を失ってから、一年以上経った今も。
それと、ここまでの日々が平穏だった訳ではありませんが。
日中はマイセンの郷で、領主の姉弟へは家庭教師の様なこともしながら。
私達から見ても。
マイロードは、この郷の者達から好感を持たれる存在には映っています。
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この場所が選ばれたのは、それは、偶然です。
ウロボロスによって、シャルフィが滅ぼされたあの日。
ミーミルが行使した緊急避難の魔法は、そこへ直接干渉したのがリザイア様でした。
私達は、干渉したリザイア様が招いた魂の世界と、そう呼べる所で。
先ずは、シャルフィの王都が滅んだ事実と、同時に女王も殺された事を知りました。
私は、まだ幼いマイロードへは、女王の最期を見せなくても。
ですが、リザイア様から見たいかと。
問われたマイロードは、迷うことなく見ると言ったのです。
私達が見たのは、それは、リザイア様の持つ記憶でした。
あの日、女王もマイロードと同じ様に、仕事へと勤しまれていました。
突然の激しく揺れた事へ、反射的に顔を起こした女王は、直後。
外側で起きた大きな爆発が、女王ごと執務室を飲み込んだ。
リザイア様の記憶が見せた光景は、その爆発が、私も予期しなかったくらいの規模でした。
王宮は、マイロードも仕事をしていた騎士団の建物も。
否、王都全域が粉々に砕け散った・・・・と、それだけの爆発力をどうやって。
疑問を抱く私とは別に、マイロードは糸が切れた人形も同然。
力なく崩れると、『あ』しか発せない様な震えた声で、痛々しい等とは軽く言えません。
女王の最期は、あっけないと言えば、そうかも知れません。
一つ言えるのは、ミーミルが居たからこそ。
そして、賢神が権能の一つを行使したからこそ。
私達は、マイロードだけは、守ることが出来たのです。
見てしまった後のマイロードは、両手と両膝を地に着けた様な姿勢で、泣く声も詰まっていました。
ただ一度、マイロードは私を睨んだ・・・・様に思えます。
けれど、視線は直ぐに首ごと下を向くと、肩や背中が震えていました。
きっと、なぜ女王を助けなかったのか。
そう叫びたかったのかも知れません。
リザイア様は、そうなってしまったマイロードへ。
『アスラン。あんたには今から。シルビィとの最後の時間を。それを、あたしが作ってやるさね。だから、しっかりとシルビィの話を聞くんだよ。あんたにとっても、シルビィにとっても。あたしに出来るのは、此処までさね』
呆然と顔を起こしたマイロードは、そして、リザイア様が留めていた女王の魂。
金色のマナ粒子が、濃い密度で塊を成した様に映ったそれは、間もなく女王の姿を作ると、聞き馴染んだ女王の声が。
マイロードは、こうして、女王との最後の時間を得たのです。
そうですね。
魂の世界という所は、私達の聖殿がある世界とは逆・・・でしょうか。
真っ白な世界と、真っ暗な世界。
これで伝われば良いのですが。
後は、魂の世界では、お互い以外の、それ以外の景色などが真っ暗に染まっています。
詳しくは話せない制約があるため、それ以上の詳細は控えさせて頂きます。
マイロードは、此処で女王の魂と。
魂と言っても、これは、ミーミルが普段から作り出している実を伴った幻が、イメージとしては最も近いですね。
女王は、そこで、姉様が制約を解いた後。
マイロードは、女王が真実、実の母親でもある事を知りました。
そこから、何故の部分も。
素性を隠した真相は、ウロボロスの存在も含めて。
つまりは、王位を継ぐ唯一人にのみ明かされた真相もです。
此処を姉様は、自分ではなく、女王の口から伝えさせるのが一番だと判断しました。
そうして姉様は、ただ、母親が嘘を付いていないを証明するために。
自らの記憶を一部。
この時に、マイロードの中にも焼き付けたのです。
全てを知ったマイロードを、母である女王は、語る間はもうずっと腕の中へと抱いていました。
抱いたまま腕の中に在る、泣いているマイロードへ。
もっとこうしたかった。
こういう事もしたかった。
それこそ、母親らしい思いをずっと、マイロードが泣き止んで、再び顔を起こすまで。
子を慈しむ母の優しい声が、語り続けていました。
顔を上げたマイロードは、ですが、私の目にも。
琥珀色の瞳には、赦せない感情が色濃く表れていました。
そんなマイロードの瞳を、表情を見つめる母親は、ですが、紡がれた声には・・・・
『アスラン。私も父様と母様を殺された時には。それで帝国なんか滅んでしまえと。だから・・・』
――― もし母さんの敵を討つって言うのなら。母さんごと王都を滅ぼした奴なのよ。だから、もう徹底的に。とことんやっちゃいなさい♪ と言うか、基本は億倍返しなんだから♪ ―――
私から見るに、女王への印象が崩壊した部分も、在ったのだと思います。
ですから、マイロードが唖然としたくらいは当然でしょう。
なのに、この母親ときたら。
『それとね。ウロボロスなんて得体の知れない強敵も。だから、母さんもご先祖様から教えて貰った時には、震えたものよ。騎士王の聖戦は、それで世界が滅ぶかも知れない。だけど、滅んでいたら・・・・』
――― ご先祖様の聖戦はリーベイア大陸の、その大半が悲惨だったと聞いています。それでも、私達のご先祖様が勝ったからこそ。今の世界が在るのです ―――
『母さんは、ご先祖様から教えて頂きました。ウロボロスは、この時代で何かを起こす可能性が強いと。それで、最悪は暗黒の時代が復活するかも知れない。母さん、それだけは回避して欲しいと思ってるわ・・・・』
――― だから。暗黒時代の復活を止めるために。いいえ、この世界の未来が。そこに母さんも望んだ安寧が得られるのなら ―――
『その為に、アスランが今の世界を。そこで未来の安寧を掴み取るために戦う貴方が。どれ程の土地を焼き、どれ程の犠牲を生み出したとしても・・・・』
――― アスランが背負う罪の全てを。母さんが赦します ―――
シルビア・フォルセティという人物が、それでマイロードには、どう映ったのか。
或いは、どの様に刻まれたのか。
あのような言葉の後で。
当然と続いたマイロードと母親の会話は、聞いていて、中には考えさせられる事もありました。
ですが一つだけ。
私が剣を捧げた唯一の王なのです。
だから、いくら母親でも。
余りふしだらな事を、吹き込まないで頂きたいものです。
女王が姉様の直系だという部分は、忌々しい程に納得させられました。
ただ、別れ際の最後。
母親は、マイロードが尊敬した女王へと戻りました。
『アスラン・エクストラ・テリオン・フォルセティ。私は貴方を誰よりも慈しむ母として。貴方を一番の誇りだと自慢できる女王として。最後の勅を与えます・・・・』
――― 私も生きたリーベイア世界を。どうか守り抜いて下さい。そして、私も望んだ安寧の未来へと繋いで下さい ―――
そこまでを告げた女王の、それまで何も持っていなかった右手が。
『私の意思は、常にアスラン。愛しい貴方と共に在り続けます』
その言葉を紡ぐ間に、女王の右手に集まったマナ粒子にも似た輝きが、女王だけが掲げられたルベライト色の御旗へと。
本来、意思と呼べるものは、映すことも触れることも出来ません。
つまり、意思とは何かしらの有形物ではないのです。
しかし、女王は自らの意思を、簡潔に言えば、物質化したのです。
女王は、自らの御旗をマイロードへ授けた。
否、その意思は共に在り続けると、確かにそう言いました。
ならば。
この御旗は、意思を象ったもので、託された・・・・という解釈も出来る。
ただ、マイロードは、すうっとマナ粒子を立ち昇らせるようにして薄れゆく女王から、ルベライト色の御旗を、両手は柄をしっかりと掴んで受け取った。
『陛下からの勅命謹んで。必ずや果たして見せます』
途端に瞳を滲ませると、涙を堪えられなかったマイロードの。
けれど、強い決意も伝わる宣言へ。
消えつつある女王は、嬉しそうな面持ちが、微笑みながら頷いた。
直後、マイロードは魂の世界から。
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あの日からは、4ヶ月も過ぎた世界へと戻ったのです。
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マイロードが本来居る筈の世界は、シャルフィの王都が滅ぼされた日より。
4ヶ月が過ぎていました。
そうですね。
神聖暦2087年も、あと数日で終わる。
それだけの時間が過ぎていたのには、ただ、リザイア様はこう言っておられました。
『シルビィだってさぁ。親を殺された後は大変だったんさね。それでも、シルビィは。その時には17だったんよ。だけど、アスランは7歳になったばかりさね。そんでシルビィが、ホントは自分で伝えなきゃいけない事もさね。だから、あたしも禁を破ったんよ』
――― そうでもしなければ。アスランを真っ直ぐ歩かせられるのは。それは母親だから出来るんよ ―――
女王はマイロードへ、確かに自分の口から伝えなければならない事が在った。
これは、ずっと隠してきた素性と、何故の部分。
ですが、マイロードを立ち直らせられたのも。
それで母でもある女王が、4ヶ月を必要とした・・・・と、考えれば。
私は、そこには何の異もありません。
寧ろ、魂となった身で、マイロードを立ち直らせて頂けたのだと。
マイロードへ捧げる、それと同等の感謝を、私は女王へも捧げましょう。
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魂の世界から戻ったマイロードですが。
戻った先が、此処だったのです。
ミーミルが使った権能は、マイロードを避難させる際に、遥か遠くへ逃げ延びる。
ですが、行使したミーミルでさえも。
場所を特定させられない欠点の様なものがある・・・とは、聞いた事もあります。
これは後になって、私やミーミルが、だから此の地に来たのだと。
断言は出来ませんが。
マイロードが幼年騎士になった際、あの銀製の騎士章は、二つともが、女王からマイロードへ直接与えられたものでした。
マイセンの郷からは、山道を上った先にある此の地も。
私とミーミルの見解は、マイロードの騎士章が、それで此の地へ転送したのではないか。
白金の騎士章の件も、それもまた女王から直に頂いたものには違いありません。
ですから、これだとは言い切れないのです。
まぁ、マイロードが此の地を気に入ったので。
後は、シャルフィからは事実、遥か彼方の山奥。
避難先としては、一先ず良しと言えるでしょう。
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此の地へ転送されて直ぐでした。
そうですね。
あの夜も、今日の様な感じだったと思います。
地面は雪で白く覆われて、周囲の木々は漆黒の影にも見えました。
そうして、大気の澄んだ空には、満天の星・・・・と言えば良いのでしょうか。
マイロードは、この見晴らしの良い丘へ。
母である女王の墓を建てました。
そして、母である女王の想いを一つ叶えたのです。
マイロードが行使した『ユニヴェル・クレアシオン』は、この丘を含めて。
およそ百平方メートル・・・くらいでしょうか。
大地を、カミツレが咲き誇る草原へと作り替えました。
凄いものですよ。
此処だけは、季節に関係なく、カミツレが咲き誇る草原なのですからね。
因みに、女王の墓も。
それもユニヴェル・クレアシオンが、この景色の中に置いたのです。
――― 希望は見晴らしの良い所♪ それで、カミツレの花を植えてね♪ ―――
きっと、女王はマイロードを笑わせたかったのだと思います。
笑わせようと、茶化した様な声で。
自らの墓の希望を、偉そうに語っていましたからね。
『ティアリス。俺は、俺は何から始めれば。輪廻の双竜を討つことが出来るのか。それを教えてくれ』
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神聖暦2088年は、もうすぐ終わる。
ウロボロスを討つと、あの言葉から始まったこの一年は、過ぎて見ればあっという間でした。
そして、真実、平穏ではありませんでした。
ただ、もうだいぶ以前の内から考えていたのでしょう。
マイロードは、年が明けた後。
春の訪れより先に、マイセンを離れることを決めました。
行き先は、ローランディア王国のゼロム。
そこでマイロードは、メティス王立学院の入学試験へ臨むようです。