第45話 ◆・・・ 騒がしく、そして、慌ただしい時間 ・・・◆
前回の投稿の後で、活動報告の方を更新しました。
獅子旗杯が閉幕した翌朝。
ヘイムダル帝国内で売られるどの新聞も。
今日の一面は、皇帝の宣言を、ある写真と共に大きく取り上げていた。
写真は、そこで皇帝陛下と並んだ獅子旗杯の優勝者。
皇帝陛下は、その優勝した者と並ぶと、片方の御手を優勝した男子を優しく抱く様に肩へと添えながら。
だが、神聖不可侵である皇帝陛下の、故に、かような行為は前代未聞。
言い方を変えた所で、前例が無い行為なのだ。
しかも、皇帝陛下の見せる穏やかな笑みの表情からは、優勝した男子への親し気がはっきりと表れた。
それこそ、親が子を慈しむかの様な印象が、顕著だったとも言えよう。
だからこそ。
この写真は、帝国全土に留まらず。
全世界へ、多くの思惑を抱かさせる波紋を起こした。
-----
――― ヘイムダル帝国軍 ルテニア自治州より撤退を開始 ―――
それまでに、停戦交渉などは一度として、行われなかった。
否、条約機構からの停戦へ向けた早期の交渉は、幾度も申し込まれている。
だが、交渉のための調整すら。
それさえ、困難を極めた故に。
事態を、これ以上は看過できない。
カサレリアを始めとした国際連合軍は、そうして遂に。
ルテニアを舞台にすると、侵攻を止めない帝国軍との間で、ルテニアの民を守るための戦端を開いたのだ。
故に、突然とも言える前触れの無い報せは、ルテニア自治州で帝国軍と対峙していた、国際連合軍から発せられた。
ただ、その連合軍側の情報発信より数時間前。
国境を越えて軍を展開していたルテニア自治州から、勅命によって全軍の撤退を始めたと。
最初の報せは獅子旗杯の翌日。
こちらは国内外から集まった報道機関を前にして。
正午を前に開かれた、ヘイムダル帝国正統政府の公式発表が明確に告げたのである。
双方の発信は、三日と経たずに全世界へ。
同時に、何故突然の疑問は、各国の政府が情報の詳細を、即座に強く求める程。
その関心は社会全体へも、小さくない余波を与えた。
ただし、何れにしても。
二年以上続いた戦争が終わった事は、それは世界のどこに在っても。
共通して歓迎されたのである。
-----
獅子旗杯が閉幕してから二日が経った。
外の空気は、ただ、獅子旗杯の余韻なのか。
まだ熱が冷めなていない様子だった。
決勝戦直後の一連は、二十万人以上が見ていた事もある。
だから、帝国政府も事件として扱っているけど。
事件の詳細は、捜査中の一点張りな感じだね。
まぁ、まだ二日しか経っていないし。
それは、仕方ないかな。
帝都で売られる新聞を読む限り。
犯人達の特定はおろか、手掛かりさえ掴めていなさそうだ。
あの真っ黒なドラゴンに関しても。
帝都から逃げた後で。
今の所は目撃情報も無し。
そのせいか。
新聞では、目撃した際の情報提供を呼び掛けていたよ。
あぁ、そうそう。
不本意な事に、新聞には今日も僕の事が載っている。
僕は、突如現れた脅威から。
コロッセオに居た二十万人以上を守っただけでなく。
帝都に暮らす人達までもを、勇敢に立ち向かうと守り切った正義の騎士。
僕のエクス・セイバーは、聖剣伝説物語に登場する騎士王の、エクスカリバーの再来とかなんとか。
空想でしかないと思われた天馬に跨る、世界で唯一の騎士とかなんとか。
しかしだ。
改めて、報道の力って・・・恐ろしいねぇ。
世界で唯一の天馬騎士 アスラン・エクストラ・テリオン
僕は帝国の報道機関によって。
頼んでもいない二つ名?を、一方的に付けられました。
-----
僕の方は、今となってはね。
もう、然して気にもしていなかったけど。
園遊会から逃げて行ったオスカル皇子の所在。
獅子皇女の話で、どうやら前線地帯に駐留している帝国軍の視察をしているらしい。
『フンッ、あれだけの恥をかいたのだ。帝都へは戻って来れぬであろうな。まぁ、いい気味だ』
はい、コメントは獅子皇女のものです。
それから。
シレジアの学生達を、人質にした疑いのあるボルドー宰相についても。
だけど、こちらは皇帝から、嫌疑不十分で不問とされたらしい。
『あの古狸はな。だから古狸なのだ。ったく、忌々しい』
えぇ、これも獅子皇女の感想だよ。
ただ、シレジアの学生達の件はね。
この事は獅子旗杯の後で、その日の夜には、サンスーシ宮殿を訪問した獅子皇女がだ。
各国の代表者達も集まった部屋で。
学生達の今後を話す中、ホント、不満顔で毒も吐いていたよ。
で、翌日にはね。
シルビア様達は、獅子皇女個人の招待という形で、要するに非公式。
保護された後は、健康状態の確認もあって入院していたシレジアの学生達と、ようやくの面会が出来たんだ。
面会の席上。
獅子皇女はシルビア様達と、同席していたシレジアの学生達へ。
学生達全員の健康状態に問題が無ければ。
彼等の身柄は、自分が責任を持ってシレジアまで、丁重に送り届ける事を約束したよ。
まぁ、慰謝料とか。
その辺りの諸問題はこれからだね。
それでも。
獅子皇女からは、ユフィーリア・エオス・ラーハルト第一皇女の名で。
人質にされた学生達の一人一人へ。
一先ずの謝罪金を持たせる話があった。
あくまで、この件を問題視した皇女殿下の。
皇族に名を連ねる一個人としての、見舞いと謝罪らしい。
ホント、政治が絡むと面倒臭い事がいっぱいだね。
シルビア様達は、この獅子皇女の姿勢にだけ。
圧力が解かれた報道機関へも、好感を持てるコメントを出していた。
疑惑のある政府に対しては、ただ、今は未だ何かを言える段階にない。
と言うのも、この問題は、非公式であるにも関わらず。
自ら報道機関を招いた獅子皇女が。
自身が直接捜査の指揮を執ると宣言した。
よって、次の条約機構の総会。
その時までは、推移を見守る。
えぇ、これが政治・・・なんですよねぇ。
僕は将来。
政治にだけは関わりたくないなぁ・・・って、心底思いましたよ。
-----
獅子旗杯が終わった後。
三日目を迎えた今日も、スケジュールが満載です。
なにせ午前中から、皇帝との会談がある。
それと夜にも。
場所はサンスーシ宮殿の庭園で。
メインは獅子旗杯の優勝者を祝う園遊会が。
これも皇帝陛下の主催で行われるらしい。
付け足すと、決勝リーグへ参加した全選手が招待されているそうだ。
ただ、シュターデンさんから聞いた話。
表向きは全員を招待しているが、軍籍に身を置いている者は参加しないのが通例らしい。
それと、決勝リーグへ参加していても。
余り素行の良くない者は呼ばれていないのだとか。
でも、そうなると。
僕は、ウォーレン大将とはね。
もう一度会って見たかったんだ。
それから、カシューさんもね。
アリサが誘拐された件では、探すのを手伝って貰ったんだしさ。
僕がその話を、シュターデンさんにしたら。
シュターデンさんは、『わかりました。此方で確認を取ってみます』って。
だから、もしかすると、ウォーレン大将とは会えるかも知れない。
反対に、女大好きなカシューさんはねぇ・・・・そっちは無理そうかな。
朝食の後の休み時間。
僕はシュターデンさんと、そんな会話もした後で。
支度を整えたシルビア様達と一緒に、皇城へと向かいました。
-----
午前中に設けられた皇帝陛下との会談。
内容は、先ずルテニアからの完全撤退の確認。
それと、戦後に必ず問われる補償問題など。
撤退状況に関しては、皇帝と同席した獅子皇女から。
『直近の報せではあるが。既に国境線から帝国側へ約ニ十キロの地点。そこで全軍の再編成をしている所だ。また、再編が終わった後だが。周辺の治安維持に必要な最低限を残して。後は引き揚げる運びとなっている』
そういう事情なので、全体として一週間ほどは掛かるだろう。
幅のある長テーブルを挟んでの会談は、向かい側のシルビア様達も、この話は一先ず理解を示した。
ただ、そこから続く補償問題について。
皇帝は、自分からは殆ど口を開かなかった。
そうして、この補償問題の方も。
帝国正統政府の役人が、何人か同席していたけどさ。
僕が見た感じで。
帝国側の代表としてシルビア様達と言葉を交わすのは、それが獅子皇女だった。
シルビア様達と、帝国側を代表している様な獅子皇女の交渉。
何方も踏み込んでの会話には、未だ至っていない。
出方を伺っている、様にも見えたけど。
そういう話の仕方でも。
交渉が始まってから三十分くらいかな。
僕にも理解った事は、今は大雑把にこのくらい。
その点での認識を共有した事だね。
詳細を詰めるには、材料が足りていない。
と言うか、ルテニア自治州にも言い分はあるし。
それは帝国も同じ。
互いの主張には、間違いなく大きな隔たりがある。
特にルテニア自治州の方は、帝国軍がした暴行略奪は勿論、虐殺行為もそう。
でも、この主張は、帝国正統政府と帝国正規軍側が、一致して事実に極端と言える相違がある。
よって、ルテニア自治州の側に寄ったと扱われる内容には、断固として応じられない。
この辺はね。
会談に参加していた政府の役人と、獅子皇女とは別の軍関係者だね。
ただ、もしこれがシャルフィなら。
絶対、宰相のカーラさんは参加している筈なのに。
だから僕は、余計に気になった。
何故、こんな決して軽く扱えない会談なのに。
帝国正統政府の代表であるボルドー宰相が参加していないのか。
もっとも、シレジアの学生達の件があるせいで。
これが原因で、今回の会談には参加する事が出来ない・・・・のではと。
僕が思っているくらいだからさ。
きっと、間違いなくシルビア様達だって思っている筈。
けど、それを追及したり確認もしないで居るのは・・・・やっぱり、それも政治なんだろうね。
ホント、政治って。
スッキリしないんだねぇ。
ストレスしか溜まらないよ。
-----
補償問題の交渉が始まって。
時計の針は、長針が一周していた。
大雑把な部分では、認識を共有しても。
そこから一歩、踏み込んだ所で始まった論戦は、見ているとね。
シルビア様達の方は、一人も感情的になっていない・・・かな。
反対に帝国側は、政府の役人と軍関係者が熱くなっている。
で、それを我関せずな態度で、しかも、退屈そうにも見えるのが皇帝陛下だ。
獅子皇女はね。
政府の役人と軍関係者が、揃って熱くなり始めた辺りからだと思う。
黙すると今は両腕を組んでいるだけ。
ただ、両目も閉じると顎を引いた表情というか、雰囲気がだ。
何かは考えている・・・と、思う。
こうした状況の中でも。
シルビア様達の姿勢は、泰然としている。
まぁ、獅子旗杯が始まってからも。
滞在しているサンスーシ宮殿に居る時間は、そこで会議の時間を度々設けていたしさ。
もっとも、それは僕がアリサの相手をさせられた時間とも。
ホント、比例するんだけど。
おかげで。
アリサは、夏休みの宿題を一つ残さず片付けたよ。
脱線したので戻します。
あれだね。
一々論破されて、それで熱くなる帝国側の人達と比べて。
事前の準備を整えて来たシルビア様達は、だから、泰然と構えられたんだ。
此方は、時々はフェリシア様や神父様。
それからハルムート宰相も口を開いたけど。
全体の代表は、どう見ても一番多く言葉を交わしていたシルビア様だと思う。
うん。
見ているとね。
フェリシア様や神父様、ハルムート宰相もカズマさんも。
みんなでシルビア様を支えている。
妙な表現かも知れないけどさ。
そういう風に見えるんだ。
僕は、こういうシルビア様を、余り見た事が無い。
と言うか、こうした状況を直に見た事も初めてだしさ。
だからね。
ずっと落ち着いた声で、堂々としているシルビア様が。
本当、凄く格好良く見えました。
等とも思っていたら。
そんなシルビア様と、周りへも視線を一周させた皇帝が口を開いた。
皇帝の声は、だけど、それは同席していた獅子皇女へ。
『ルテニアとの件は、恐らく長く続く外交事案となるであろう。ならば、何れ余の後を継ぐユフィーリアへ。余はこの件を。その一切を任せようと思う。ユフィーリアよ。其方が生きている間に。ルテニアとも良き関係へ至れるように尽力するが良い』
ルテニアともか・・・・・・
皇帝は、単にルテニアだけを相手にした。
その程度の関係改善を求めた訳じゃない。
恐らく、今のヘイムダル帝国が、どんな状況にあるのか。
皇帝は、それも理解っていて。
次の皇帝になる獅子皇女へ託した。
と言うか・・・・面倒だから責任の押し付けをしたんじゃないの?
けど、この会談の最中に。
帝国の次代が、ユフィーリア第一皇女だという点が、内外により明確に示された。