第41話 ◆・・・ それは贄を捧げて解き放たれた ・・・◆
今回は、残酷な表現かもしれない所があります。
今年の獅子旗杯もファイナル・・・・なんたらかんたら。
ステージの中央へ向かう僕の耳には、これが最後だからだね。
しかし、ホント。
この司会役は、唐辛子入りの煙幕を吸い込んだ時くらいかな。
後は最後まで元気だったよ。
対戦相手は一応、準決勝の結果も見てはいたからね。
帝国正規軍の士官くらいまでは知っていたよ。
だけど、なんか顔色が良くない。
歩き方も・・・大丈夫そうには見えなかった。
もしかして、前の試合の負傷か何かだろうか。
ふらふらしながら此処まで来た対戦相手は、司会役の声が、余計な尾鰭を取り除くと。
帝国正規軍 特殊作戦群所属 エクリプス中尉
顔面蒼白も思った対戦相手は、僕の前に立ったところで、ニタァ~っとした気色悪い笑みを浮かべた。
一瞬、僕の中で・・・・
・・・・・こいつは何か変だ・・・・・
直感だったけど、とにかく嫌な感じがした。
試合開始の宣言は、直後。
ふらふらしていた筈のエクリプス中尉の、豹変って言っていいくらいの変わり様が。
突然、殺気を顕わにした踏み込みが、僕との間合いを一気に詰めながら。
両腕を背後へ、即座、握り抜いたファイティングナイフの一閃。
それは、この獅子旗杯で対戦した誰よりも、桁違いな最小動作で襲い掛かった。
でもさ。
まぁ、躱したよ。
だって、見えるし。
僕が一本取ったからも、それもあるかも知れないけど。
二本目を取らせてくれなかったティアリスの、初体験な速さに比べたらね。
もう、こっちは・・・・超超超スローモーションを、更に超超超スローモーションしたくらいかなぁ。
一応ね。
身も蓋も無しに、止まって見えたなんて言うと、傷付くかなぁ・・・って。
だから、当然。
「ぐがっはぁっ・・・・あぎゃぁッ!!」
「あのさ。無駄の無い良い動きだった。だけど、脇と懐がね。僕を相手にするなら・・・・そこはまだまだ、がら空きだったよ」
僕のティルフィングは、鞘に納めたままだ。
で、獅子旗杯では、よくやっていた柄打ち。
勝敗は、最初の攻防・・・・と言うか。
僕は躱しながら、エクリプス中尉の横へ回ると、握ったティルフィングの鞘を腰から抜く様にして。
そうして、柄を脇腹へ深々と突き刺しただけなんだ。
付け足し。
一撃で片が付く様にと、アーツで失神する程度の電流も流した。
何て言うか。
へんな悲鳴を上げたエクリプス中尉はさ。
硬直したまま倒れると、後はもう大きく口を開いたままね。
それでピクピクしていたよ。
でも、そうなるとだ。
あんな鋭い動きが出来たのに。
そう考えると、最初のふらつきとかって。
意表を突くための演技だったのかなぁ。
『勝者。シャルフィ王国騎士団長。エクストラ・テリオン!! 』
獅子旗杯の決勝戦も、あっけなく終わった。
そのせいか、僕はウォーレンさんとの試合だね。
真っ向勝負・・・・コルナやコルキナに、ユミナさんからも言われたけど。
でも、あれが僕の中では、一番印象に残る試合だったよ。
もっと大きくなったら。
その時には、最後まで真っ向勝負でやりたいな。
「(・・・マイロード。至急貴賓室へ!! 何者かが。それもかなりの数が、貴賓室の警護に当たっている者達を襲撃しています・・・)」
優勝の余韻なんて、そんなものは、たぶん最初から無かった。
そうして、ティアリスの急く様な声が。
僕の意識は一瞬で、シルビア様の事だけに染まった。
なのに、今直ぐ駆け付けたい僕は、ステージ上に居た主審以外の審判達が。
彼等は全員が僕に向かって駆け出すと、分かり易い殺意は、エクリプス中尉と同じファイティングナイフを抜いたんだ。
-----
ステージ上で優勝を手にしたアスランが、直後、周りに居た審判達から一斉に襲われた少し前。
場所はコロッセオの貴賓室。
だが、此処もまた突然の襲撃者達によって。
既に警護の者達が、貴賓室の扉を守る状況となったそこは、覆面を付けた者達と、フードを深々と被る者達とで構成された襲撃者達を相手に、防戦一方と化していた。
通路には十人を超す警護の死体と、その倍近い数の襲撃者達の死体が、床も壁もを赤黒く染めていた。
床は互いの死体だけで、足の踏み場も無い状況も。
しかし、皇帝陛下と各国の要人を警護する者達は、今は未だ退路を完全に塞がれた中で。
そこで襲撃者の数がどれくらいなのか。
彼等の視線の先には、階段の下から此方へ向かって湧いてくる。
数に終わりの見えない襲撃者達が映っていた。
-----
選手控室でも、此方は優勝を決めたアスランへ、今度は周りに居た審判達が襲い掛かった光景を映して。
真っ先に立ち上がると、勢いそのまま飛び出そうとしたユフィーリアが、しかし、彼女もまた背後からの悲鳴の様な叫び声によって。
「緊急!! 正体不明の武装した集団にゲートの一つが占領。なお、そこから既に大半が貴賓室へと向かった模様」
バタバタと駆け込んで来た兵士の早口な報せへ。
飛び出そうとしたユフィーリアの足が止まると、しかし、間もなく。
「フッ、はははは・・・・・なぁ、ハルバートン。一個師団を動かしておいて良かったな」
獅子皇女の、してやられた感もある。
ただし、不敵にも聞こえる笑い声へ。
「ハッ、此処には現在、武装した一個師団が待機しています。ご命令を」
ビシッと起立した副将ハルバートンの返答に。
ユフィーリアの視線は、ステージ上の戦闘を映していた。
「ハルバートン。そ奴らは全て・・・殲滅せよ。降伏も撤退も許すな」
「ハッ。了解であります」
「現時刻を以って、一先ず此処に本営を置く。ステージの方は・・・まぁ、あの騎士団長なら。心配要るまい。我らは観客達の安全と。それからクラークへ伝えろ。麾下を率いて、貴賓室を襲った身の程知らずの掃討を命じるとな」
仁王立ちで命令を出す獅子皇女の声は、即座、周りが一斉に駆け出した。
「ハルバートン。襲撃者達が何処から来たのかが分かっていない以上。現在、この帝都に駐留している私の麾下。その全軍へ即時の招集を命じる。あぁ、それからベイラートにだ。あいつには地下水道も考えられると言っておけ。それで十分だろう」
「地下水道なら・・・先の誘拐犯達の件で」
「あぁ、だがな。帝都の地下水道が、どういう構造をしているのかを考えれば。それにだ。先の片付けた件では。未だ捜査もこれからだろう」
「ですな・・・・分かりました。ベイラートには、虱潰しに調べろと伝えておきます」
出入り口から外へ出たハルバートンが、そこで幾つもの指示を出している間。
此処まではベンチに腰掛けていたカシューが、やれやれと言わんばかりに立ち上がった。
「んじゃあ、俺はちょいとアスランの出迎えにでも行ってくるか。おい、イサドラ。お前は嬢ちゃんから目を離すなよ。また、勝手に居なくなられたら。なんだかんだで嬢ちゃんの事はな。あのガキが一番気にしているんだしよ」
「分かってる。でも、そういうあんたも。あたし、傭兵王が子供好きだなんて初めて知ったわ」
「あぁ、あいつのクソ生意気な所がな。ついでに、面白いガキだと思った・・・・それだけだ」
相棒を片手に、そうしてカシューは一人、ステージの方へと走り出した。
-----
「アリサお姉様・・・」
私の視界には、優勝した筈のアスランが、何故か審判やステージの周りに居た係の人からまで襲われている。
それに、ミリィのお姉さんであるユフィーリア皇女。
獅子と謳われる皇女様が、今は堂々と構えた様に立つと、兵隊たちへ次々と命令している。
部屋の外はもうずっと騒がしい。
騒がしいだけじゃなく、銃を撃った時の音が鳴り止まないのよ。
だから。
私よりも子供のミリィが怖がるのは当然よ。
ミリィはもうずっと、私にギュってしがみ付いている。
でも、私だって・・・・本当は怖いのよ。
ユフィーリア皇女もそうだし。
此処に残っている兵隊さん達もそう。
みんな、目付きが凄く怖かった。
「ミリィ・・・大丈夫よ。私の騎士は強いから。それに、此処にはミリィのお姉さんだって居るのよ」
私は本当は怖いのに、強がった。
だって、こんなに怖がっているミリィを見て。
私の事を、お姉様なんて。
そんな風に呼んでくれたのは、ミリィが初めてだったんだから。
ママから、お婆様譲りだって言われるこの性格。
でも、それでミリィが。
ちょっとでも、安心してくれるなら。
・・・・・私は、最後まで強がって見せられるわ・・・・・
-----
「(・・・ティアリス。シルビア様は、シルビア様は無事なんだろうな!! ・・・)」
僕は、僕を囲むように襲い掛かって来た審判達。
と言うか、ステージの周りに居た関係者の全部かも知れない。
いっそ、バッサリと斬ってしまった方が楽も思ったけど。
これが何かの陰謀によるものなら。
シャルフィを出発する前。
カーラさんは最後まで、僕に念を押した。
今度の外交は、シルビア様が暗殺されても。
それが不思議じゃない状況なんだくらい・・・・・・
「(・・・マイロード。女王陛下なら大丈夫です。あちらには、最初から姉様が居ます。必要とあれば、姉様自ら動くでしょう・・・)」
すぅ~・・・・・はぁ~~~・・・・・・
「そっか。じゃあ・・・俺は取り敢えず。目の前の雑魚を片付ける事へ専念できるな」
「(・・・はい。ですが、マイロード。この者達のナイフ。恐らくは毒か何かが塗られています・・・)」
すっかり囲まれている状況なんだけどさ。
僕はユミナさんが居るならと。
焦っている感は、深呼吸で全部吐き出した。
軽く見渡しただけで、ざっと三十人・・・・でも、もっと出て来るかな。
あと、あの元気な司会役。
真っ先に逃げると、これが『エキシビジョンマッチ』だとか・・・よく言うよ。
ただ、そんな司会役の機転の良さ? で、僕が毒か何かが塗られたナイフを握る大勢を相手にした状況も。
観客席は、司会役の嘘八百で未だ盛り上がっている。
けど、ティアリスからの最初の報せ。
その後で直ぐ、ユイリンからの報せもあったから。
現在の状況。
先ず、コロッセオの外では、正体不明の武装集団が、観客席などへ繋がるゲートの一つを占領している。
それで、今はだけど、恐らく獅子皇女の部下達だな。
ユイリンからの続報では、銃撃戦が始まっている様だ。
まぁ、獅子皇女の方は、装甲車もあるからな。
武装集団が、戦車でも用意していない限り。
外の方は鎮圧出来るだろう。
だけど、ゲートを占領した武装集団は、既にその大半がコロッセオの中へ。
そんな状況で、観客席が騒がしくなっていない理由。
此処はゴッキーに確認させた。
侵入者達は、ゴッキーからの報せで、全員が貴賓室へ向かっている。
数は百人くらい。
で、その百人くらいの侵入を援護するために。
残りがゲート近くで抵抗を続けている。
「(・・・マイロード。女王陛下を心配する気持ちは分ります。ですが、今は・・・)」
シュッン!!
「大丈夫だよ。この程度の雑魚なら。読書しながらでも蹴散らせる」
「(・・・マイロード・・・)」
「ティアリス。俺はこいつら相手に油断はしていない。同時に状況を常に把握整理しながら戦う事も。その大事さも理解っているつもりだ」
ティアリスとは会話もしながら。
けれど、僕は左右から同時に仕掛けて来た二人。
中途半端な行為は、後で何を招くか分からない。
なら、確実に仕留めれば。
その憂いを絶てる。
練度が凄く高いのは、息の合った連携を見れば十分だ。
左右同時の仕掛けの後で、ワンテンポ送らせての前後の挟撃も。
「ったく。俺を仕留めたいなら。ティアリスの速さを超えるんだな」
タン・・・タタン・・・
鋭く踏み込んだ僕のステップが繰り出す踊るような動きが。
先ずは正面の、一瞬でも動きに躊躇いの出た一人の上半身を、斜めに斬り上げた後。
止めることなく振り抜いたティルフィングは、僕の切り替えしの動きへ、キラキラ光る軌跡を描きながら。
時計回りに二人目の肩から反対側の腰へ、抜ける様に両断した。
クルッ・・トゥン・・タタン・・・・
更に止まらない流れは、三人目の顔を横に真っ二つ。
そのまま振り抜いたティルフィングは、最後。
四人目は切っ先が縦に喉を貫くと、真っ直ぐ下へ斬り裂いた。
「死にたくない奴は、今直ぐ武器を手放して跪け」
一呼吸で、仲間が四人殺された後。
僕の通告は、だけど、囲んでいる全員が躊躇うことなく。
一斉に襲い掛かって来た。
ステージは、瞬く間に死体だけを増やすと、飛び散った赤黒い血で大きな池を作った様な惨状へと化した。
-----
業界じゃ、猟兵なのに傭兵王なんざ呼ばれもする俺の眼前で。
手練れも分かる、しかも大勢に囲まれたアスランは、心底ムカつくガキだった。
「あの野郎・・・可愛いガキの顔して、平然と殺しやがった。しかも踊っていやがる・・・なんだ。てめぇは、剣舞でも踊っているってか」
今回ばかりは人数が多かった。
だから、俺様くらいは加勢してやろうと出て来たのによ。
「おいおい・・・・せっかく出て来たんだぞ。全部持っていくなよな」
俺は残り僅かな敵を、まだ遠目に相棒を構えると、踊りながら剣を振るうアスランへ。
起き上がると握っていたナイフを投げようとしたそいつは、決勝戦で秒殺された中尉殿だった。
俺は、奴が此方に気付くより早く狙いを定めるのと同時に、引き金を引いた。
直後、放たれた戦車の破壊さえも可能な銃弾が、そいつの左胸を抉ると、首と左腕が千切れ飛ぶくらいの大穴を空けたぜ。
司会役がエキシビジョンマッチだなんて言っていたが。
此処はとっくに殺し合いの場だ。
剥き出しの殺意を向けられて。
それで殺さずに制圧しよう等と。
そんな事は、なにも分かっていない素人の。
阿保としか言えない妄想だ。
だがな。
コロッセオは既に、ステージ上の殺し合いを映して。
普通はもっと悲鳴とかだな。
なのに。
それが殆ど起きていないのは、全部、おとぎ話のコールブランドの様な戦い方をする。
踊るアスランの、金色の帯を流したような剣舞はな。
それで特に、魅せるものがあったんだよ。
ったく。
マジでクソ生意気なガキだぜ。
そんで、最後の一人も華麗に片付けたアスランをだ。
俺は面白くないから一発殴ってやろう等とな。
ところがだ。
今度は、殺された筈の奴等が全員、ふわふわと宙に浮かびやがった。
ふわふわと浮いた奴等は、たらたら零れる血で何かを書いているのか。
それぞれ浮いたまま、すぅ~って動きながら。
そうやって流れ落ちる血は間もなく。
ステージ上に大きな一つの模様を描いた。
血で描かれた模様は、直後、不気味な黒い光を眩しいほどに放つと、真っ黒な煙の様なものが。
それこそ火山の噴火のような勢いで、空高くまで噴き出した。
俺も流石にビックリさせられたぜ。
直ぐには何が起きているのかも分からなかったしな。
コロッセオの観客達も。
これには悲鳴とか絶叫が、一斉にそこかしこから聞こえて来た。
そんで真っ黒な煙みたいなものが薄れた空にな。
俺の瞳は、大きな翼をゆったりと羽ばたかせると、長い首が四本もある。
全身真っ黒で、赤く光った目が余計不気味に映った。
俺が映した空には、ゾッとした震えが走るようなドラゴンが映っていた。