第40話 ◆・・・ 片手間の後は決勝戦 ・・・◆
今年の獅子旗杯も、残すは決勝戦のみ。
と、言いたい所だが。
実は三位と四位の決定戦がある。
ただ、まぁ・・・こちらは決勝戦の前座の様なものらしい。
カシューさんとイサドラは、そう言っていた。
なんだけどねぇ。
『ったく。いくら嬢ちゃんが心配で仕方なかったにしてもだ。鞘で殴って胸部陥没のあばら粉々だぞ。しかも開始で瞬殺しやがって。そんな奴が前座の試合に、戻って来れる訳ねぇだろうが』
僕の対戦相手は・・・・命に別状が無いらしいだけで。
当面は絶対安静の入院だそうだ。
で、俺はカシューさんから拳骨くらったけどな。
『鍛え方が弱過ぎなんだよ。シャルフィじゃ、あれくらい。あれでも手加減しているんだぞって。まぁ、みんな言ってるよ』
はい、もう嘘です。
拳骨が面白くなかったので、つい、言ってしまいました。
でも、そうしたら。
あの獅子皇女までが、頬を引き攣らせていたよ。
ただ、決勝戦は前座が無くなるだろうから、早くなる可能性がある。
そんな訳で、僕はさっさとアリサを確保しないとな。
で、丁度良いタイミング。
僕にしか聞こえない声は、ゴッキーからの報せが届いた。
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時間は、ゴッキーから二人を発見した報せを受けて、たぶん、三分も経っていないだろう。
場所はコロッセオの管理室。
けど、なんで、そんな所に?
僕がゴッキーから受けた報せは、それで捜索するのに必要な物が、此処に在るを聞いたからだ。
僕は管理室の職員さんから、帝都の地図ともう一つ。
帝都に張り巡らされた地下水道の地図を受け取ると、今はこうして広げている。
で、僕の周りには、カシューさんとイサドラの他。
管理室の職員が、ペコペコしながら直ぐに用意してくれたのは、獅子皇女の・・・権威だな。
こいつの人柄に、周囲が当然と好感を抱くなんて。
中身を知っていたら、絶対無理だろうも言い切ってやるよ。
「おい、いい加減。索敵と通信の魔導とやらの説明をしろ」
「最高機密に属するので話せません」
「シャルフィで、その様な魔導が生み出されていたなど。しかも、魔導器すら使わずにか」
「その辺りも全部が機密です」
まぁ、僕とゴッキーの事は、噓八百で誤魔化してある。
だけど、シャルフィには魔導革命の祖として知られる・・・ものぐさフリーダムな婆ちゃんが居るからね。
そんな訳で、僕の嘘八百には、妙な信憑性を抱かれた。
話を戻そうか。
アリサと獅子皇女の妹だけど。
二人は今、ゴッキーの・・・・同胞だな。
で、その同胞たちが発見すると、今もずっと見守っている。
場所は帝都の地下水道・・・・の、何処かだ。
という訳で、僕は地下水道の地図を広げると、場所の特定へ取り掛かっていた。
もう察してくれたと思うけど。
だから、地図が必要だったのさ。
他にも、二人の場所が特定されても。
そこへ向かうための最短経路と、受けた報せで誘拐犯が近くに居るらしいもあったんだ。
そうなると、誘拐犯達の逃げ道を塞ぐ必要もある。
結果、地下水道の出入り口を把握するために。
帝都の地図も必要になった・・・・という次第だ。
因みに誘拐犯達は、アリサとは別の部屋・・・で、良いのかな。
でも、近くに居るのは間違いない。
「(・・・ゴッキー。地下水道だけどな。何か目印みたいなものはあるか・・・)」
「(・・・我が同胞達からは。どこも似たような景色だと聞いているぞ・・・)」
「参ったな。誘拐された時間から考えても・・・・そう遠くない所の筈なんだ。向こうが動いていない今の内に片付けたいのに。地下水道の景色が何処も似たり寄ったり・・・なんか、ないのか」
「おい。貴様の直属だったか。ミリィが無事だとは聞いたが。もっと詳細に言え」
そうか。
僕はゴッキーと、今もこうして会話しているけど。
二人を地下水道で発見した事と、取り敢えず無事くらいしか言って無かったな。
「二人とも拘束されている。けど、まぁ、無事と言えるだろうな・・・今の所は」
「他には、攫った連中の所在はどうなっている」
「恐らく誘拐犯で間違いないだろう連中が近くに居る。なぁ、地下水道には幾つも部屋というか倉庫か。そういう場所があるのか」
「ある。用途は様々だが。確かにそうしたスペースが無数にあるのは事実だ」
「無数って・・・自慢げに言うな。おかげで場所の特定が困難になっているんだぞ」
「貴様は馬鹿か。そうしたスペースには、必ず扉や近くに場所を特定する記号と数字が刻まれたプレートが付けられている。私の可愛いミリィが捕まっている所にも。当然、在る筈だ」
「(・・・ゴッキー。アリサが捕まっている部屋の扉。もしくはその近くにだ。記号と数字が刻まれたプレートがあるらしい・・・)」
「(・・・分かった。少し待て・・・)」
ゴッキーへ指示を出した所で、僕は地下水道の地図。
パッと見た時から気になった、やたらと多く記された記号と数字だけどさ。
獅子皇女から言われて、ようやく理解したよ。
「(・・・盟主。同胞達との視野を共有した。COー03だ。その隣の部屋らしき所では、二十人くらいの男達が金品の受け渡しだな。身形の良い男が何人もいるぞ・・・)」
「CO-03だな・・・って、此処の真下か」
地下水道の地図に記された、同じ記号と数字の場所。
その場所を帝都の地図に置き換えると、丁度このコロッセオの真下くらいの位置になる。
「位置は特定できた。不幸中の幸いと言うか、此処の地下に誘拐犯と、たぶん雇い主かな・・・丁度揃っている感じだ」
はははは・・・・・
灯台下暗しって、こういう時の例えだったか。
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場所が判明した後。
獅子皇女サマの行動は、迅速果断にして。
特に犯人達に対しては、残虐さが露骨だった。
居場所が特定されてから。
獅子皇女サマは先ず、周囲の逃走経路に成り得る地上への出入り口を封鎖。
マンホールやメンテナンス用の機械搬入口は全てが塞がれたな。
で、それとは別に自動小銃を装備した千人くらいかな・・・・たぶんだけど。
最初、リッペ・・・さんだっけ?
その人へ、ハルバートンに伝えろと。
一個師団とか・・・・本当に動くのかなぁ、なんて思ってたら。
コロッセオの周辺は、あっという間に軍人さん達がね。
戦車は見なかったけど。
代わりに装甲車がいっぱい・・・・・・・
あぁ、この獅子皇女サマ。
僕は、この時にだけど。
自分が糞ババぁと、何度も呼び捨てにした獅子皇女様が。
真実、一声でこれだけの事をやれる人物だと。
たかが誘拐事件ごときに、やたらとスケールの大きい事をするなぁ・・・とね。
もう、呆れたよ。
そうだ。
僕が呼び出さない限りは、それでティアリス達の様に姿を消している。
だけど、今も空から此方を見下ろしているユイリンからはね。
コロッセオを大きく囲むようにして。
帝国の兵隊が至る所に点在している。
それはきっと、獅子皇女様の命令で動いた兵隊なんだろうな。
でだ。
周辺を完全に押さえた獅子皇女様は、自らが率いる千人くらいの突入部隊をね。
まぁ、流石に一ヶ所からは地下水道へ入らなかった。
突入部隊は、アリサとミリィの捕まっている場所を囲むようにして。
幾つかのマンホールから潜入すると、あっという間に地下水道側の逃げ道も塞いだよ。
時計の針は、午後一時よりも少し前。
連絡のあった決勝戦までは一時間以上ある。
結論から言えば。
誘拐犯達は、突然の強襲に対して。
問答無用で、半分以上が射殺された。
残る半分弱は、最初の攻撃で運良く生き残ったに過ぎない。
だって、あの獅子皇女様。
犯人を捕まえる・・・・じゃなく、最初から抹殺するつもりだったんだ。
こいつの頭の中には、犯行の全容を解明するという思考が無いのだろうか。
等と思いもしたけどね。
一応、此処はヘイムダル帝国だからさ。
僕は、その辺りへの干渉もしなかったよ。
元々、こっちは誘拐なんかされたパンプキン・プリンセスの確保。
それしか考えていなかったからね。
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獅子皇女様の誘拐犯達へ対する強襲は、僕が捕まっていたアリサとミリィを、無事に保護した直後。
隣の部屋からは落雷の様な大きな音の後で、続けて自動小銃の発砲音が、まるで集中豪雨の様な激しさも思わせた。
鳴り止まない銃撃音と、その中で聞こえた悲鳴と言うか叫び声。
あぁ、断末魔の叫びって。
こういうものなんだろうね。
隣がどうなったのかは、見なくても何となく想像できる。
それから、見つけた時には不安でいっぱいだったも伺えるアリサだ。
僕がアリサの口を塞いでいた布を取ると、なのに開口一番が、『遅い。私の騎士のくせに、待たせすぎよ!! 』だった。
お前さぁ・・・・凄く怖がっていたくせに。
助けてやったんだから、一言くらいは礼を言えないのかね。
で、その隣でティアリスに拘束を解いて貰っていた可愛い女の子。
どう見ても獅子皇女の妹には見えないミリィも、発見時は凄く怯えていたけど。
ただ、ミリィの方は僕が獅子皇女と一緒に助けに来たと。
それを聞いて安心できたのか、笑顔も見せてくれたよ。
『あの。助けに来て頂いて、ありがとうございます』
ミリィのことは、僕よりも二つ年下だとは聞いていた。
へぇ・・・これが獅子皇女の腹違いの妹か。
彼女は、パンプキン・プリンセスと違って、最初から礼儀正しい印象だったね。
だからかな。
膨れっ面をしているアリサからの睨み視線よりも。
こんな礼儀正しいミリィが、本当に獅子皇女の腹違いでも妹なのかと。
僕の意識は、アリサから耳を抓られるまで。
姉妹の接点ばかりを、思わず考えさせられてしまったよ。
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僕がアリサと、そのアリサの手を離さないミリィを連れて。
再びコロッセオへ戻った時には、決勝戦の開始まで残り三十分くらいだった。
「ミリィは、フライドポテトは食べた事あるのかしら」
「えっと、その・・・無い・・・です。でも、美味しそうな匂いがするので気になります」
「じゃあ、お姉ちゃんが食べさせてあげる♪ はい、あ~んして♪ 」
パンプキン・プリンセスは、ミリィが皇帝の娘だと知って。
最初は物凄く驚いていた。
そう、最初だけな。
まぁ、あれだ。
ミリィこと、ミルフィリーネ皇女から。
アリサは、べったりされるくらい気に入られたんだ。
もう、ずっとアリサお姉様って、呼ばれているんだよ。
因みに、獅子皇女の方は、ミリィに対しては激甘だった。
結果、ミリィがアリサを、お姉様呼ばわりする事も容認している・・・・たぶんね。
ただ、今じゃすっかり、姉妹のような雰囲気がね。
そこはなんか馴染んだというか、和んでいる感もある。
けど、そうなって初めて。
この控室も、そこで僕とカシューさんの専用ベンチもだ。
これも今では、端からイサドラ、カシューさん、僕、アリサ、ミリィ、獅子皇女、ハルバートン・・・・・
ベンチ二つも繋げて。
途中から住む世界の異なる面子もね。
付け足すと。
今の控室には、獅子皇女とミリィ皇女の二人が居るせいで。
出入り口の外にまで、護衛の兵隊がいっぱい。
しかも、その人達、みんな銃を担いでの立哨だ。
そんな中で、決勝戦前に小腹でも埋めようと。
僕がフライドポテトを買いに行こうとしても。
『じゃあ、私も食べる』なんて、アリサが言ったせいで。
ミリィ皇女も『私も・・・一緒に食べても良いでしょうか』とね。
もう、こうなると。
買い物は獅子皇女の部下が、全部やってくれましたよ。
トイレに行こうにも。
その出入り口にまで、三人も兵隊が居るんだぞ。
・・・・・気疲れするから。お前等は貴賓室に行きやがれ!!・・・・・
そうして、ついに決勝戦。
僕は、ステージへ繋がる通路側から来た係の人の呼び出しを受けて。
「アスラン。私の騎士らしく勝って来なさい」
歩き始めた僕を、後ろで立ち上がると、両手は腰にくっつけて胸も張っている。
少し前まで怖がっていたくせには、まぁ、思ったけど。
「そうだな。相手が神様とか悪魔じゃなければ。ついでにドラゴンの様な化け物とかでもない限りは・・・・勝てない理由が見つからねぇよ」
神様=ティアリス
悪魔=ユミナさん
ドラゴン=レーヴァテインと、稽古中には幻のドラゴンなんかも繰り出したミーミル
面倒だから、ちらっとしか振り返らなかったけど。
で、直ぐに視線はステージへ戻したし。
だから、僕の適当な冗談が。
それでアリサだけでなく。
ベンチに座っていた全員と、聞こえていた周りへもね。
彼等が何を思って、どんな顔をしていたのかも。
ステージへ向かって歩く僕には。
この瞬間も、全く気にしていなかったよ。
僕はただ、この決勝戦に勝てば。
そうして、皇帝が約束を守ってくれるのなら。
・・・・・エルトシャンの故郷を、ルテニアを戦争から解放できる・・・・・
思っていたのは、それだけだったよ。