第15話 ◆・・・ 教師エストとエレン先生?から学ぶ日々 ⑧ ・・・◆
エレンは相変わらず、簡単にファイア・アローを空へ打ち上げていた。
季節は12月、午後の空は晴れているから透けて見えるんだけど、寒さが肌の内側まで染みるね。
そんな中でさ、僕は、ピュンピュン打ち上がった炎の矢を見つめていたんだ。
はぁ~って、理解っているんだよ。
でも、どうしても出てしまうんだ。
僕の吐いた大きな息は、白い雲を作って間もなく、溶けるように消え去った。
あと半月も経てば、今年が終わって新しい年になる。
けれど、この日も僕のファイア・アローは、一瞬だけ炎の塊が出ては直ぐに消えてしまう。
まぁね、一番最初の時と、全く変わらないって感じだね。
で、その後でなんだけど、見ていたエレンが、手本を見せてくれるってさ。
そんな訳で、僕はこうして休憩しながら、今もエレンが打ち上げるファイア・アローを見ていたんだ。
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アスランが課題に位置付けるファイア・アローは、しかし、それとは別の課題。
『無詠唱アーツ』もまた、一つの壁にぶつかっていた。
無詠唱アーツを成功させるための要素は、先ず、体内を流れるマナの循環は感じ取れる。
続いて、意識感覚だけで指先へ収束させることも、出来るようになった頃と比べれば、より簡単に出来るようにはなった。
だが、問題は此処から。
駆動式は簡単に出来る、対して、発動式がそうではなかった。
意識感覚だけで駆動式を再現した後。
僕はその流れで、『ファイア・アロー』を起こそうとして、先ずは不発に終わったんだ。
で、この時もね、何度か試行錯誤したんだよ。
まぁ、そうして分かった事もある。
意識感覚で不発に終わった『ファイア・アロー』、つまり発動式の部分だね。
此処は、声にして唱えると、見て分かる通りの事象干渉を起こすんだ。
それから、直接声にして唱えるのとは違うけど、頭の中でエレンと会話をする感じ。
そういう感じで唱えた時も、まぁ、一応は事象干渉したよ。
けどね、この時の事象干渉は、口から声にして唱えた時と比べると、酷く弱々しい。
例えると、暖炉で火を勢い良く燃やすのと、マッチで火を灯すくらいの差だね。
その日は結局、雪が降り始めた事で、アスランは修行を終わらせた。
いつもと比べればずっと早く、空も未だ十分に明るかったが、エストを心配させない約束もある。
後は、雪で服を濡らすと、まぁ、こういう時期だけに余計寒くなる。
孤児院へ戻って来たアスランは、場所を教会にある図書室へ移すと、帰りの際にも考えていた発動式が上手く行かなかった原因を、ペンを執ってノートへ走らせた。
無詠唱アーツ【発動式】
発動式を口から声にしなくても、事象干渉は起こせる。
ただし、この時の事象干渉は、普段声にして唱えた際に起きる事象干渉と比べて、酷く弱々しかった。
検証事項
弱々しくても、事象干渉は起こせたのだから、先ずは原因を突き止める。
原因が判明して、そこから解決へ至れば、恐らく、意識感覚でも同じ様な事象干渉を起こせる。
一応ね、僕なりに考えた事は、こうしてノートにも纏めたよ。
でも、原因の部分。
はぁ~、それが分からないから、つまりは、解決方法も当然、思い付かないんだ。
この日、アスランの時間は、そうしてただ時間ばかりが過ぎ去った。
時間は、ちょうど午後も折り返しの頃。
アスランはずっと図書室で腕を組んでは、思案の世界に身を置いていた。
そんな折、アスランは、自分を探して図書室にやって来たエストから声を掛けられた。
『神父様が授業で使っている教室の暖炉に火を入れたので、アスランも勉強の続きはそちらでしましょう』
今更だが、アスランに拒否権は無い。
エストから誘われるまま図書室を離れた後で、授業で使う教室に入ったアスランは、この自由時間に勉強している子供が二人居ることを初めて知った。
一人は、アスランよりも少し背の高い。
それと少し癖のある茶色い髪と同じ色の瞳をした男の子。
名前はカール。
もう一人は女の子で、名前はシャナ。
背丈はアスランと同じくらい。
さらさらの青い髪を、シルビア様から誕生日に貰ったリボンで留めている。
瞳の色は髪と同じ。
アスランも、二人の名前くらいは知っている。
あと、カールは人当りが良くて友達も多い。
シャナは少しおどおどした感じでも、それでも、他の女の子達と一緒に居る所をよく見かけている。
二人とも自分より1歳年上で、エスト姉が振り分けている当番の仕事もちゃんとやっている。
けれど、アスランが知っている二人は、最近になって苛めグループの的になっている。
何故そうなったのか、理由は分からない。
でも、そのせいで、二人とも友達からまで距離を置かれた印象がある。
まぁ、僕にはどうでも良いんだけどさ。
だって、僕はずっと独りだったんだし、カールもシャナも知っているけど、でも、二人とも僕なんか居ませんって態度だったからね。
と言うか、孤児院の子供達はみんな、そういう態度か、でなければ、ボスみたいに威嚇して来る奴等かしか居ないんだ。
今はアーツの事もあるしね。
そっちまで興味も関心も持てないよ。
教室へ入ったアスランは、二人とは反対側、離れた端の席へ座った。
仲間外れを自覚している。
だから、意図して距離を置く。
席に着いたアスランは、図書室から持ち出した聖剣伝説物語を、一人静かに読み始めた。
他にも問題集と勉強用のノートなども持ち込んでいたが、これはアーツの修行で使っているノートを隠すためのカモフラージュ。
今でも秘密特訓の事は、誰にも知られないようにしている。
僕が隅の席で本を読んでいる間、エスト姉は、カールとシャナの相手をしていたんだ。
でも、だから初めて知ったんだよね。
カールとシャナは、どうやら、エスト姉から文字を習っているようだった。
僕は、気にしない様にしていたんだ。
けど、やっぱり聞こえて来るからさ。
で、自然と聞き耳を立てていたんだよね。
教室の黒板は、それも神父様の授業では使った事なんか無かったと思う。
そんな黒板には、エスト姉がチョークで書いた簡単な文字だね。
カールとシャナの二人はさ、書かれた文字を読むエスト姉に続いて、発声練習かな?そういう感じだったね。
たぶん、エスト姉は、文字の読み方を教えているんだと思う。
で、二人はちゃんとした発声で読む練習をしているんだろうね。
アスランの視線は、持ち込んだ聖剣伝説物語へ落としたまま。
けれど、意識はいつからか、聞こえてくる会話の内容へ傾いていた。
僕も、初めて文字を習った時はこうだった・・・・・
未だ1年も経っていないのにね。
なのに、それを何処かで、懐かしいと思えた。
『カールもシャナも、もっと意識して声を出すようにね。正しい発音を意識することで、声にした時にハキハキ伝わるようになります。コツはお腹に力を入れて声にすることよ♪』
耳に届くエストの声。
この教え方で自分も覚えた思い出は、それも無意識が何度も頷かせていた。
エストの教え方は本当に上手い。
アスランは素直にそう抱いている。
自分が、何が原因で理解らないのか。
そういう時ですら、エストはアスランが理解らないでいる個所を特定すると、そこから理解るまで、噛み砕いて教える方法を幾度もしてくれた。
『教師エスト』は非常に優秀。
僕は今でも、エスト姉は修道女よりもね。
実は教師の方が似合っているって、そう思うことがあるんだ。
授業を受けるカールとシャナは、まだ習い始めなのだろうか。
アスランの耳に届く二人の発音は、違和感と言うか、でも今一つ何か変な時がある。
う~ん、そうだねぇ。
何だろ、やっぱり聞いているとさ、合っていない感じなんだ。
二人とも普通に会話だって出来るのに、それがね、だから、やっぱり変な感じで聞こえるんだ。
いつの間にか、アスランの意識は、二人が何故、本来の発音が出来ないのかへと傾いていた。
じっと耳を澄ませながら、そうして、今度は教えるエストを映した瞳が、アスランをハッとさせた。
例えるなら、ぎゃ、ぎゅ、ぎょ、と言った濁点と小文字の繋がった言葉を、カールとシャナの二人は、此処を日常会話では、普通に話せている。
ところが、音は知っているのに、恐らくは文字となった方を知らないのが、感じ取った違和感の原因なのではないか。
そうだね。
エスト姉は、黒板に書いた文字を声にしながら教えているんだ。
要するに、文字と、その発音を一緒に教えているんだよ。
で、それは僕も、そういう感じで教えられたんだ。
だけど、何と無く、カールとシャナの二人は、音だけ知っていて、文字を知らないでいる。
だからなのか、二人はエスト姉が黒板に書いた文字を見ながらだと、発音が変になるっぽいんだ。
でも、それが原因なら。
単語だけだと、それでちゃんと理解出来ていないだけなら。
「二人とも黒板の文字を見ながらじゃなくて。今は目を閉じて、耳から入るエスト姉の声を真似すれば良いんだよ。それがしっかり出来るようになってから。もう一度、黒板の文字を見ながら。今度はゆっくりで良いから。その代りに、しっかり口を開いて発声するんだ」
意見を口にするつもりなんか無かった。
アスランの無意識は、途端、向けられる三人の視線も眼中に無かった。
「エスト姉。二人はさ、文字と発声を一緒にやろうとして、今も上手く出来ないでいるんだよ。だから、先ずは出来る発声からもう一度やれば良いと思うんだ。それで発声が直ったら、もう一度、今度はゆっくりを意識して教えると良いと思う。きっと、知らない文字だから、それで知っている筈の音まで変になったんだと思う」
言うだけ言ってしまった所で、それで、無意識も離れたアスランは、既にじっと見つめられている状況へ、これ以上ない緊張で固まってしまった。
けれど、この時もエストは優秀だった。
エストは、アスランが何を言いたかったのか逸早く理解すると、それは自然な頷きの後で、唇は直ぐにカールとシャナへ目を閉じるように告げていた。
そうして今度は、アスランが言ったように、自分の発音を、意識して真似させ始めた。
効果は直ぐに現れた。
揃って瞼を閉じた二人の発音は、間もなく、アスランが感じていた違和感も失せていた。
それこそ、教える側のエストが拍手で褒めているのが、何よりの証拠だろう。
さっきまでは上手く出来なかったことが、いきなり簡単に出来るようになった。
一番驚いていたカールとシャナも、けれど、褒められると嬉しいのが顔に出ている。
そんな二人は、揃って視線が再び、アスランへと向いていた。
エストは、今はもう距離を置くようにも分かっている。
視線は此方を見ずに、聖剣伝説物語へ落としているのだし、意図して距離を取ったくらいは聞かずと理解る。
胸内では、アスランのこういう所へ、大きな呆れと言うか溜息が漏れる。
ただ、表情は自然、微笑んでもいた。
「なる程、アスランは既に慣れ親しんだ音から文字へ繋げる。そういう学び方を教えたかったのですね。読み方の理解らない文字をいきなり前にして。それで知っている筈の発音にも。だから、二人はぎこちなかった。今の教え方は、本当に良かったと思いますよ♪」
「そんなことはないです。これだって元々は、エスト姉が僕に教えてくれた時にもしていたやり方だったから。カールとシャナは、発音と読み方の理解らない文字とが、くっつかないから混乱したんだと思います。だから、普段の会話の感じで音から文字に繋げれば。文字から音よりは覚えやすかったので言ってみただけです」
「アスランは、そうして文字を覚えたのでしたね。ですが・・・その教え方は確か。シルビア様が最初にしたのではありませんでしたか」
「シルビア様から教えられた後で。エスト姉はシルビア様から、今の指導の仕方を学んだ筈だったと記憶しています。カールとシャナは、まだ文字は読めないのかもしれませんが。既に認識だけは出来ている筈です。そもそも認識出来ているから会話が成立するのであって。要は既に認識しているものへ後付をする。この後付が、今は文字になっているだけですよ」
「なる程。それでは文字の読み書きが出来るアスランにも。カールとシャナが文字を覚えるのに、良いアイデアを出して欲しいと思うのですが。何かありませんか♪」
「そうですねぇ。既に認識は出来ているので。それに文字を付けてはどうでしょうか」
「アスラン。もっと理解り易い表現で話して貰えないでしょうか」
「じゃあ、黒板や机に椅子。窓やカーテン等のように、言葉で認識が出来ている物へ。名札を付けてはどうでしょうか。机という言葉は理解っていても、文字の方はまだ知らない。けれど、机が何かは理解っているのですから、その机に名札を付ければ。後は目で見て文字としても認識が出来る筈です」
「今のはとても理解り易い説明でしたよ。なるほど、アイデアはとても良いものだと思いました。カールとシャナも、黒板や机に椅子とかは認識が出来ていますし。そうですね。そこへ名札を付ける事で、今度は文字としても覚えられるようになる。早速試してみましょう♪」
この後で直ぐ、エストはスレイン神父から許可を貰うと、行動がとにかく早かった。
用意したのは、数枚の画用紙とハサミ、それからマジックペンとテープ。
作業は先ず、画用紙を均等な大きさのカードへ。
ハサミを使うこの作業をエストが担うと、出来上がったカードへ文字を書きこむ作業は、拒否権の無いアスランが任された。
出来上がった名札は、それをカールとシャナの二人が、この時もテープで貼り付ける際の場所を指示するのはアスランだったが。
エストは、意図して、この指示をアスランへやらせたのである。
作業が完了した後の教室は、最初と比べて、印象ががらりと変わった様にも映った。
カールとシャナは、名札の付けられた黒板や机などを見て回りながら。
そこで教えるエストの閃きは、ゲーム形式で、机や椅子の文字を、二人に黒板へ書かせている。
文字の書き順も、学べば自然と身に付く。
だが、教える側のエストが、今は未だ文字の形を認識させるのを目的にしているようで、書き順よりも文字の形で、〇や△を付けている。
エストは、カールとシャナが文字っぽく書いた文字へ、後から正しい書き順を丁寧に教えていた。
このゲーム形式を採用した文字の勉強は、受けるカールとシャナに大好評だった。
アスランは文字の勉強を夢中になって楽しんでいた二人とは別に、今度こそ独り静かに聖剣伝説物語を読んでいたのだが。
傍に来たエストから強引に?腕を掴まれると、当然、拒否権などあるわけもなく。
そのままゲーム形式の勉強へと、この時は強制参加させられた。
ただ、これが実は、アスランにとって年の近い他の誰かと、一緒に楽しんだ最初の体験だったのである。
三人とも共通して、苛めグループから仲間外れにされた存在という繋がりは、転じて新たなグループが生まれたきっかけにさえなった。
アスランは、二人が自分と同じように本を読めるようになりたくて、それで、エストから文字を習い始めたことを知る。
理解ると抱ける理由を聞いてからは、二人に対して、近しい感すら抱いていた。
勉強会が終わったのは、夕食の準備や礼拝の時間も近付いた頃だった。
その日、アスランはカールとシャナの二人と、いつの間にか自然な会話が出来るような関係になっていた。
これを目論んだエストから見て、子供達の中でも面倒見の良いカールが、やはり、アスランの兄貴分になった感はある。
内気なシャナも、カールが間に入れば、アスランと普通に会話が出来ている。
そうね。
私は、私が犯した罪を無かった事には出来ないけれど。
でも、だからこそ、アスランにも年の近い友達を、この償いは今日、一つ実を結んだのかも知れない。
こうして、アスランは孤児院で初めて、友と呼べる存在が出来た。
午後の一件が夕食の最中にも話題に上ると、スレイン神父は、カールとシャナが初めて書いた机と椅子、黒板などの文字が描かれた紙を手に取りながら、自然、表情にも嬉しい笑みが浮かんでいた。
『二人とも、とても上手に書けていますよ』
カールとシャナも、褒められると嬉しいのは同じだった。
スレイン神父からは、初めて書いた文字を褒められた後で、次は此処を良くすると、もっと上手く書けるという部分へも、いっぱいの笑顔を見せる二人は揃って大きく頷いていた。
授業で使う教室は、今も名札が至る所に貼られている。
その事もスレイン神父はエストへ、『子供たちが文字を自然に覚えられる助けになるのなら構わない』と、それから他の物についても、名札を作って勉強の時には使って良い。
この件は、孤児院へ新しい風を吹き込んだ。
教師役のエストと、スレイン神父はそう感じ取っている。
カールとシャナが神父様に褒められた翌日の午後の時間には、元々二人と仲の良い子供が二人、新たに文字の勉強会へ参加していた。
アスランも午後の時間は、そこでカールとシャナの二人から誘われてはいた。
だが、天気が良い日でなければ、外に出られない事情もある。
けれど、初めて仲良くなった二人の誘いを、ただ断るのは気不味くも感じていた所へ、それを少し離れた所から見守っていたエストが、最後に上手く取り持った後。
今日は午後の後ろ半分。
その時間からは、アスランも文字の勉強に参加する形で、そうして今は外へ出ていた。
教える側のエストから見れば、アスランは既に、文字の読み書きが人並みには出来る。
一方で、カールとシャナの二人は、昨日の勉強会で初めて文字らしい文字が書けたばかり。
そこへ今日から参加する子供達は、言うまでもなく、読み書きはこれからになる。
そういう訳でね。
今日の私は、勉強会の前半を使って、その時間で正しい発音と、後は簡単な文字を正しい書き順で教えるつもり。
アスランが帰って来た後は、そこからは昨日もやったゲームをする。
まぁ、アスランには、その辺りも伝えたし。
腕時計もしていたから、遅刻は無いと思うわ。
この日はエストが仲を取り持ったことで、アスランは約束の時間までを、アーツの修行に打ち込んでいた。
修行はそこで、昨日のカールとシャナの勉強を通して、一つ気付いたことを試していた。
アスランが気付いた事とは『意識』の部分。
今となっては馴染んでしまったこともあるが、それで極普通に唱えていた魔法式は、特に最後の発動式の部分。
考え付いたのは、発動式の部分だけを、今日は強く意識して唱える。
試した結果、ただ強く意識しただけでは、今までと大差ない事象干渉だった。
そこからアスランは、今度は意識の強さの部分へ。
単純に意識と言っても、やり方と言うか、解釈みたいなものだって何か在るはず。
要するに、意識という漠然としたものを、具体的な何かへ。
一先ず思いつくまま試すことにした。
頭の中で、強い口調で唱える事までは既に試している。
けれど、それだけでは、声にした時よりもまだまだ劣る。
難しい表情で、腕を組みながら考え込んでいたアスランへ。
この時、解決の糸口をくれたのはエレンだった。
『アスランはさぁ~。意識の強さだっけ?それで怖い顔で考え込んでいるの? あのねぇ~。大事なのはイメージの方なんだよぉ♪』
届く声の感じは相変わらずでも、アスランの意識は、初めて聞いたイメージという言葉へ一気に傾いた。
最初もそうだったし、それは今も同じ。
魔法式を、ただ唱えて上手く行かず。
無詠唱アーツに挑戦している今は、今日は発動式を特に強く意識した。
けれど、思い描く結果には辿り着けていない。
そこへ来て教えられた『イメージ』は、告げたエレンが、珍しく大事だと言った。
まぁねぇ、エスト姉とは天と地の差がある教え方だったしさ。
だけど、今回は、正鵠を射た。
強く意識、じゃなくて。
たぶん、強いイメージなんだよ。
それで、このイメージは、もっと具体的に、そう考えるとね。
あぁ、成る程って思えたんだ。
エレンの様には出来ないでいた『ファイア・アロー』の課題は、それこそ難攻不落も抱いたことがある。
なのに、アスランは一瞬で解けた気にすらなると、行動も素早かった。
先ず駆動式を、意識感覚だけで再現する。
此処は今までと同じ。
でも、今回は感覚の再現と並行して、エレンが何度も見せてくれた『飛翔する炎の矢』を、此処をはっきりとイメージする。
アスランは、それこそ立体映像並みの鮮明さでイメージした。
そうして唇は最後、強い声が、はっきりと『ファイア・アロー』を唱えた。
ビュッン
唱えたアスランの眼前で、炎を纏った矢が、空へ向かって勢いよく打ち上がった。
呆然と映す瞳は、正に風を切って飛翔する炎の矢を、見えなくなるまで追っていた。
驚きが強過ぎた。
それで、どう反応して良いか分からず、だから、感情が失くなった様になっていた。
アスランの感情は、そこでも届いたエレンの「やったね♪アスラン♪エレンのと同じファイア・アローだったよぉ♪」と、楽しい声は、相変わらず騒がしい。
けれど、頭の中でガンガン響く大音響が、硬直していたアスランの感情を揺り動かした。
「・・・で、出来た。僕にもやっと・・・・エレンと同じ。ファイア・アローが出来た・・・・」
「(うん♪アスランやったね。エレンも苦労したかいがあったよぉ・・・うんうん)」
この時はね、いつもの僕なら、エレンに言い返したい言葉の十や二十はあるんだけどさ。
やっと出来たからさ。
で、なんかね、どうでもいいやって感じだったんだ。
エレンへの感情よりも、アスランは初めて出来たファイア・アローを、今はもう続けて何度も空へ打ち上げながら。
ようやく満たされた感は、ちゃんと出来るようになったんだ。
達成出来た事実へ、今はまだ感動に浸っていた。
課題にしていたファイア・アローはこの日、エレンからアーツを習い始めて、ようやく完成に至った。
それでね。
課題が出来たのもそうだけどさ。
僕は、此処から更にね、また色々と理解ったんだ。
アーツ=意識の強さは確実に関わっている。
意識の強さ=ただ強く唱えるだけでは不十分。そこには明確なイメージが必要。
イメージ=詠唱過程において威力、速さ等もイメージで調整が出来る。
エスト姉とした約束もあるからね。
でも、その時間の少し前まで。
僕は完成したファイア・アローを使って、思い付く限りの事を試したんだ。
けど、やっぱり今日は、ずっと何ヶ月も出来なかったファイア・アローが遂に出来たんだ。
出来た後で、また色々と思い付いたけど、でも、今日はこの成果が一番だね。
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12月も残り僅か。
新年までを、指折りで数えられるようになった頃。
孤児院の中にある教室は、午後の時間。
今はもう10人以上の子供達が、エストから読み書きを学んでいる。
そういう光景が、当たり前の日常にもなっていた。
カールとシャナの二人が初めて書いた文字で、スレイン神父に褒められたあの日。
そこから数日の間で、学ぶ子供の数が増えた理由。
一つは、元からカールとシャナと仲の良い子供達が、二人から話を聞いて強い関心を抱いたことにある。
後はやはり、教えるエストの指導が上手かったに尽きるだろう。
付け足しは、まぁ、苛めグループからのちょっかいを受けずに済む等もある。
今となっては備品は勿論、授業の時にだけ持ち込んでいる食器の他。
教会で扱う祭器も、名札が作られた。
名札を作るのはエストでも、あれもこれもと強い関心を示したのは子供達。
そんな子供達を、導くように指導するエストは、楽しく遊ぶ感覚を意識すると、勉強の時間割も自然、日々色々と考えるようになっていた。
大まかに授業の前半は、勉強会らしい発声練習や書き取りが中心。
その後で、後半は皆で遊ぶようなゲーム形式。
また、習う子供達は、授業で学んだ文字を書いた紙を夕食の時間。
そこで我先を競うかのように神父様を囲むと、今日の成果を見せあっていた。
スレイン神父は、自分を囲む子供達の表情だけでも嬉しいを抱けた。
見せられる成果も、スレイン神父は一人ずつ順番に受け取る度、そこでは漠然とではなく。
意識して具体的にここが良いを、そうやって子供達一人一人の、個性とも呼べる良さを褒めた。
漠然とではない褒め方だからこそ。
スレイン神父の褒め方は、それを見つめていたエストを上手いと頷かせた。
エストは初等科に通っていた頃。
当時は学生寮で、シルビア様が時々してくれた特別授業を良い思い出にしている。
その時のシルビア様の褒め方もこうだった・・・・・
瞳が映した子供達の表情や雰囲気に、実感を伴う納得が、教える側のエストの内心で『私ももっと意識して、この部分は見習わないといけない』と、そう強く抱かせた。
褒められると嬉しい。
子供達からすると、今日頑張った所を神父様が褒めてくれた。
だから、明日もを抱くのは自然だろう。
夕食の時間に交わされる子供たち同士の会話。
楽しいのが分かる口調は、そこで『今度は自分の名前を書けるようになりたい』とか、『本を読めるようになりたい』といった、以前にはない意欲的な声も増えた。
この事は、会話に耳を傾けるスレインも自然、喜ばしい感情が、笑みを浮かばせていたのである。
子供たちの変化は、特に意欲的な姿勢へ、此処はスレイン自身も歓迎している。
けれど、この数日間。
実は、夕食後も文字を学びたい子供たちの相手を、それもエストがしている事には、決して小さくない憂慮を抱いていた。
エストは修道女としての仕事も多く抱えている。
そこへ今までは、アスランの勉強の面倒を見て来た。
取り分けアスランの勉強については、文字を教えた最初の頃と異なって、今では午前中と夕食後の時間が掛かりっきりになっている。
つまり、エストが修道女としての仕事に勤しめる時間。
その殆どは、雑務と呼べるものについてだが。
集中して取り組める時間は、午後の明るい時間だけなのだ。
ところが、その午後の時間ですら、エストは子供たちの勉強を見た結果。
実は子供たちの知らない所で、任された仕事の方が置き去りになってしまった。
スレインが抱える問題は、エストが今日になって、先輩シスター二人から咎められた件にある。
そうですね。
私は、その件を教会にある仕事用の私室で、夕方の礼拝の前に受けました。
エストが仕事をしていないと、彼女からすれば、先輩に当たるシスターの二人からです。
二人の主張は、修道女としての仕事を置き去りにしたことを咎めたものでした。
そして、私は、この件をエストにも尋ねました。
彼女はそこで、自らの非を認めたのです。
ただ、今回については、置き去りになった雑務が急を要するものではありませんでした。
ですから、私としては、エストが子供達の学びたい姿勢の相手を務めていた点もあります。
咎める理由など、何処にも無いのです。
だが、エストを咎めた二人の先輩シスターは、口を揃えて罰は必要だと一歩も引かなかった。
二人の言い分も、それも間違いとまでは言いません。
ですが、私が心配しているのは、このままではエストと二人の先輩シスターとの間で、良くない亀裂が出来ることだったのです。
『エストの件ですが、近日中に処分方針を纏めます』
私は、結局ですが、この場では何かしらの罰を与えることを約束しました。
そう告げることでしか、二人の矛を収められなかったのです。
この日の夕食の時間。
スレインは、文字を学ぶ子供達が見せる成果と、胸の奥まで伝わってくる好ましい意欲へ。
学ぶということに、こんなにも瞳を輝かせている。
そんな子供達の夢中は、決して取り上げてはならないのだと。
寝る間際まで抱いた思案は、やはり、エストを心から慕っている子供達のために、意を決した。
翌日、朝の礼拝の後。
スレインは祈りを終えたエストと、二人の先輩シスターを前に、自らの考えを告げた。
エストに科す罰の件。
私は先ず、子供達が文字を学びたいと熱心になっている部分。
これは、エストが率先して関わった結果によるものです。
だからこそ、この件ではエストに、最後まで責任を持って取り組んで貰います。
中途半端に投げることなど、絶対に許しません。
子供達に対して、その責任を取ることが、エストに科す罰です。
私はもう一つ、この罰の期間については、無期限を言い渡しました。
更にスレインはエストへ、具体的に午前中と夜はアスランの指導を、これはシルビア様からも頼まれているので継続して貰う。
それ以外の午後の時間は、今まで通り、学びたい子供達の指導をして貰う。
もう分かるでしょう。
一日を通して、エストには、しなくてはならない事が出来ました。
つまり、手の離せないエストには、それ以上を任せられないのです。
スレインは最後、エストが修道女として一人前になるための修行。
そういう名目で受け持っていた雑務を、今この時を以って、全て免除することも言い渡した。
雑務を免除する理由。
勉強の指導との兼務が、時間的に不可能なこと。
他に、これまでの雑務をエストがしっかり行ってきた点を考えれば、既に出来ることを、いつまでもさせる必要はない。
それよりも、自らが招いた今回の事態に対して。
寧ろ、その責任を取らせることが、本人が負うべき罰であり償いにもなる。
この辺りは、私にも、こじつけた感くらいはあるのです。
それでも、理屈を通した差配が、先輩シスター二人からは異論も出なかった。
エストがここで働くようになってから受け持った雑務は、今日からは再び先輩シスター二人が分担して受け持つ。
しかし、エストはこの件の罰によって、一日を通して明確な休憩時間が無くなった。
比べて、雑務を再び受け持つ側の先輩シスター二人には、まだ休憩時間が与えられている。
雑務と言っても、エストが一人で、それも午後の時間の一部で済ませられる量だけに、再び受け持つ側になった二人には、これも元は自分達でして来ただけに、今更な異論を挟む余地がない。
私は、そこで一芝居を打ったのです。
スレインは、態とらしく悩み抜いたような面持を作ると、『何方を罰にすべきかを悩んだのですが。二人が子供達の勉強を見たいと希望するのであれば。その時にはエストに、これまで通り修道女としての仕事をさせます』との声が、逆に告げられた側の二人とも、揃って身を震わせた。
何と言いますか、もう露骨に首を横に振ると、表情までが青くなっていたのですよ。
『シスターカミーナ。シスターナダル。私は二人の希望によっては、それでシスターエストへ科す処分の内容を変えますが。どうでしょうか』
二人の態度を見れば、尋ねずとも明白でしたよ。
選択肢はある意味、二人の先輩シスターが二択を迫られたかに映った。
そして、二人が選んだのは無論、雑務を受け持つ。
修道女同士の問題は片付いた。
エストは課せられた罰によって、明確な休憩時間が無くなった。
にも関わらず、この件では満面の面持ちを見せていた。
この日、孤児院には、教師のような仕事をする修道女が誕生した。
修道女の名はエスト。
子供たちから『エスト姉』と呼ばれて慕われる彼女について。
この日から、やがて『エスト先生』とも、呼ばれるようになるのである。
2018.5.14 誤字の修正などを行いました。