第39話 ◆・・・ 捜索開始 ・・・◆
今回は主人公の個性的な臣下が、久しぶりに登場します。
アリサが居なくなった。
そうして、正午前に行われた抽選会と、それからすぐに始まった一試合目。
だけど、僕は居なくなったアリサの事が、頭から離れなかった。
だから、最後の抽選で、また一番クジを引き当てても。
司会役が、それで何かを言ったかもしれないけど。
もう、どうでも良かった。
対戦相手が、何処の誰かなんてことも。
見た感じは傭兵だったと思う。
一応さ。
此処まで残るくらいだから、きっと、それなりには強かったはず。
でも、それでも僕は、アリサが何処にも居ない事の方が、ずっと気になっていたんだ。
それで、獅子旗杯の決勝リーグ、準決勝の試合を、開始一秒で片付けた後。
鞘打ちだから死んではいないけど、ピクリともしない対戦相手のことも、どうでもいい。
だいたい、真剣だったら。
・・・・・胴体が斜め真っ二つになっていた筈だ・・・・・
さっさと宣言しろ。
僕は呆然としている審判を睨み付けた。
で、ハッとした審判から勝利判定を受けた後、即座、踵を返して走っていた。
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控室まで走って戻った僕は、そこで待ち構えていた。
と言うか、なんで此処に糞ババぁ・・・もとい、獅子皇女が居るんだと。
最初、アリサが居なくなった事を知ったのは、会談もそろそろ終わる頃だった。
室内に入れないイサドラが、扉の外で警備に付いていた人達へ頼んだ伝言は、直ぐに僕の耳へ届いたんだ。
僕が外へ出ると、イサドラの報告は、それで直ぐに僕も探しに出た。
アリサのことは、イサドラがコーヒーを買いに行っている間。
混み合っていたから時間にして十五分くらいは、控室を離れていたらしい。
コーヒーを買って控室へ戻って来たイサドラは、アリサが居ないことに最初、トイレか何かだろうと思っていた。
けど、いつまで経ってもアリサが戻って来ない。
気になって控室のトイレを覗いたら、誰も居なかった。
イサドラが何か変だと感じたのは、この時だったらしい。
そこから直ぐに控室を出たイサドラは、近くにいた人達へ片っ端から声を掛けたそうだ。
そうして、イサドラが控室を離れていた間。
明らかに選手とは違う男達が十人くらい。
その男達は、控室の近くをうろついていたが、五分くらいで居なくなったとか。
聞き込みで得た情報を持って、イサドラは此処から僕の所へ走った。
報せを受けた僕が、イサドラと二人。
もう一度、この控室へ着いた時。
そこには、今日の試合を観戦すると言っていたカシューさんが来ていた。
挨拶もそこそこに僕とイサドラは、カシューさんが此処に来る途中で、アリサを見なかったかと尋ねた。
カシューさんはアリサを見ていないと。
だけど、僕とイサドラの雰囲気で、直ぐに何かあったくらいを察してくれた。
抽選会を間近に控えた僕は、カシューさんから『俺がお前に代わって探してやる。だから、お前は先ず試合に専念しろ』って。
それで、抽選会の後で直ぐに始まった試合を。
僕は開始直後に片付けた。
で、急いで戻ってきたら。
今度は獅子皇女まで居たという次第さ。
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待ち構えていた獅子皇女は、僕を睨みつけていた。
だけど、僕は今、お前の相手をする暇もない。
自然、僕も獅子皇女を睨んでいたよ。
「傭兵二人から話は聞いた。それで、ルーレックの女が攫われたらしい件だが。私の腹違いの妹もだ。どうやら一緒に攫われた疑いが強まった」
相変わらずの上から目線で、口の利き方も威圧的。
僕はこの獅子皇女を、たぶんきっと、好ましくは思えないだろう。
「・・・・アリサと一緒に攫われた。根拠があるんだろうな」
「ある。この控室に妹の、ミリィのハンカチが落ちていたのだ。それこそ私が此処へ連れて来る途中に直接持たせたものだ。見間違えるはず等ない」
獅子皇女は僕へ、一枚の水色のハンカチを、見た感じでシルクだろうか。
大きい刺繍のされたハンカチを見せる獅子皇女の、その睨み付ける瞳が、けれど、あいつが映している対象は、なんとなく僕じゃない気がした。
「貴様にとっては、私の妹などと思って貰われても構わぬ。だが、私とて同じだ。ルーレックの女などは、どうなろうと知った事ではない。だが、ミリィを攫った奴等には。榴弾の雨を食らわせても足りぬ」
「・・・・一つ教えろ。お前の妹が此処に来ることは。それは前以って決まっていたのか」
「いや、ミリィを此処へ連れて来たのは。それは今日の朝食の折に誘ったに過ぎぬ。ミリィはな。二つしか歳の違わぬ・・・お前の試合を見たかったのだ」
この瞬間。
僕の中では、はっきりと確信できた。
「・・・・犯人の狙いはアリサだった。お前の妹は、そこに巻き込まれた」
「だろうな。ミリィには最初。会談の行われる部屋からは、そう遠く離れていない別室で。私が戻るまでは待っていろと言っていたのだが。言い付けを守らず外に出て。それから何故か控室まで赴いた後。事件に巻き込まれる形で、攫われたのだと考えるべきだろう」
迂闊だった。
アリサのことは、園遊会の事があるからと。
シルビア様からも目を離すなって・・・・・・・
今日の会談中は、その間はイサドラに、だから任せていたんだ。
僕は真下を向くと、自分の油断が招いた。
その腹立たしさが、両拳は爪が食い込むほど強く握ると、大きな息を叩き付ける様に強く吐き出させた後で。
今度は真上の天井を睨みつけた。
「実行犯を雇った。そう考えられる容疑者は十八人・・・・だが、糞ババぁ。お前だって原因の一端以上に絡んでいるんだぞ」
「十八人・・・・何を根拠に言っている」
「糞ババぁ。十八人の容疑者はな。てめぇがでっち上げた冤罪の被害者でもあるんだぞ。園遊会で変態レナードを吊し上げした際に。お前は残りの連中が芋づる式に捕まる様に。声高に罪状をでっち上げしただろうが」
視線を再び糞ババぁへ戻した俺の、八つ当たりも同然な荒声に。
向こうも、ようやく気付いた。
この糞ババぁは、とっくに察した俺よりも遅く。
やっと、そういう顔をしやがった。
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今の段階で、俺が考えられる容疑者は、園遊会でアリサを虐めた後。
手酷くやられただけでなく。
糞ババぁのでっち上げな罪状で、貴族としては致命傷も言えそうな。
それくらい酷く家名や名誉に、尊厳もだろうか。
まぁ、そこら辺はどうでも良いのだが。
とにかく泥を塗られた連中が居たんだよ。
で、だから、そいつらがアリサへ報復を企むくらい・・・・・・・
しかし、俺はアリサへ暴行を働いた変態レナード君に関してもだ。
奴が何処の誰様なのかも分かっていない。
危害を加えるのが目的なら。
無事でいられる・・・まぁ、既にこの表現も疑問だけどな。
ただ、アリサと糞ババぁの妹に関しては、猶予も余りないかも知れない。
仕方ないから此処は、分かる奴と出来る奴に何とかして貰おう。
「十八人の容疑者貴族は、それは糞ババぁの方で洗い出せ。俺は別のルートから。アリサを直接助けに行く」
「(・・・ゴッキー。仕事だ・・・)」
「(・・・盟主よ。話は聞いていた。余には、その攫われたアリサと。もう一人の居所を突き止めろと・・・)」
「(・・・こんな事件が起きる予想なんか。出発前には思っても見なかったがな。だが、お前向けの報酬は用意してある・・・)」
「(・・・盟主よ。余は報酬さえあれば仕事はする。しばし待つが良い・・・)」
そう。
最初から、これを想定していた訳じゃない。
だが、何にしても備えの重要性は理解っているつもりだ。
ゴッキーが、この手の分野で特に有能なのは、それをカーラさんも認めている。
で、俺はそのカーラさんから。
『運用方法さえ間違えなければ。あれは非常に低コストで有益に使える存在です』
カーラさんは、女性の使用済み未洗濯パンツを。
これが低コストだと言い切った。
なので、今回も出発前には、何かの際には使う様にとだ。
騎士団の女子が着用した、汚れの付いた色々と臭うパンツをランドリーバッグ一つ分。
それはまぁ・・・ミーミルに預けてあるんだけどさ。
だって、ティアリスにはな。
こんな汚い物を預けたくなかったんだよ。
付け足すと、ゴッキー専用の報酬についても。
カーラさんは、これを提供者側が喜んで協力してくれる。
詳細は不明だが。
そういう契約を交わしているくらいは、俺も聞いていた。
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ゴッキーへの命令を出した俺は、けど、そのやり取りを周りが知る筈もなく。
なにせ、姿も映せなければ、聞こえていないのだからな。
当然だろう。
だからまた、俺は獅子皇女から今にも突き殺されそうな。
そんな睨み視線を向けられた。
「おい。別ルートとは何だ」
「お前。シャルフィの騎士団長である俺が、陛下の護衛に直属を連れて来ていない等と。まさか、そんな事は思っていないだろう」
「ほぅ・・・つまり、お前は自分の直属を。それは騎士団の精鋭を動かすという意味か」
「騎士団の精鋭なら。当然、陛下の傍を離れさせる訳ないだろうが。だから、動くのは。俺個人の直属だ」
俺を睨み続ける獅子皇女は、けれど、黙り込んだ。
一方、ゴッキーの有能さを理解っている俺は、この件に関して心配していない。
あいつは望む報酬さえ与えれば。
任せた仕事を完璧にこなしてくれる。
「おい、お前の方もさっさと仕事しろ。今のところ考えられる容疑者十八人の洗い出し。腐っても皇女なら。そこそこには知っているんだろう」
「フンッ、リッペ!! 貴様は此処までの状況を今直ぐハルバートンへ伝えろ。それと出動命令もだ。一個師団も投入すれば・・・・私の可愛いミリィに手を出したのだ。生きたまま挽肉にしてやる」
後の方は怒りを通り越して、声が震えていた。
ただ、こんな皇女に仕える部下は、きっと可哀想だろう。
そこは同情できそうだ。
で、最初の怒鳴り声で呼ばれた軍人さんだね。
出入り口傍に何人かいたけど。
その中の一人が、悲鳴のような返事を残して走って行った。
けど、ゴッキーからの報せを待つ俺は、この件をシルビア様へはどう伝えようか。
それを考えると、今度は気が重くなってきたよ。
ホント、パンプキン・プリンセスはね。
何かと事件を起こしてくれる。
頼むからさぁ。
これ以上、手を焼かせないでくれよな。
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急に眠くなって。
それから、どうなったのか。
目が覚めた私は、口を塞ぐ布か何かで、声を出し難いのと呼吸がし難かったわ。
両手は背中で手首を縛られている。
足首も同じ様に縛られて、だから、悪い奴に捕まっているくらいは分かった。
こんなの、絵本に出て来る盗賊が、それでお姫様を誘拐しているのと同じじゃない。
此処は何処かの部屋か何かだと思う。
壁にはオレンジ色の明かりが一つだけ。
明かりが一つしかないから薄暗いけど。
床も壁も硬くて少し冷たかった。
しんとした此処は、けど、耳を澄ませば水の流れる音が聞こえる。
それに、壁の向こう側かしら。
よくは聞き取れないけど。
何人かの、それも男の話声が聞こえる。
笑い声も混ざっていた。
私は、もう一度、辺りを見回した。
そうして、私と同じ様に縛られると未だ眠っている。
ミリィは私の隣に居た。
でも、横になっていたから。
私も直ぐには気付けなかった。
けれど、今度はカサカサとした音が、あちこちから聞こえて来た。
薄暗いから本当に不気味な音だったわ。
カサカサの正体。
それは、私が初めて見る黒っぽい虫だった。