第36話 ◆・・・ 密会 ・・・◆
今回も主人公は出て来ません。
大まかには、ユフィーリアの部下で、今回から登場する者達の話です。
808が関与している以上。
その事が発覚してからの俺は、内偵へ殊更に神経を使うようになっていた。
そもそも、808について、ユフィーリア様と俺が把握している事と言えば。
簡潔に一言で、最恐のスペシャリスト。
808との面識は無い。
無いが、808に疑惑が浮上した直後。
その時に辛くも入手できた奴らの資料を見る限りにおいて。
奴らの一人一人が、ウォーレン並みの実力者で、かつ残忍でもあるくらいの推測が立った。
正直に言えば。
俺は奴らに、関わりたいとも近付きたいとも思えない。
ホント、精神安定剤や胃薬程度じゃ・・・ダメだな。
そんな俺の消耗しきった精神は、帰る度に愛しいエレナを求めた。
と言うか、触れていなければ安心できない程に。
それくらい情けない俺が居たのだ。
後は、今年の誕生日で5歳を迎える可愛い双子の子供達がな。
もっと触れ合う時間を多く・・・・・・・
・・・・・万が一にも、エレナと子供達が808の標的にされれば・・・・・
独身だった頃には、こんな考え方など思いもしなかった。
そういう意味でも、俺はきっと弱くなってしまったのだろう。
募る不安で任務に徹しきれない自分が居るというのはな。
詰まる所で、軍人失格なのだ。
自分の死が怖いのではなく。
否、だからと言って死にたいとも思っていないぞ。
だが、それ以上に。
今の俺には、何を捨てても。
守りたいモノが出来てしまったのだ。
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――― 神聖暦2087年7月 某日 深夜 ―――
帝都セントヘイムは、今年の獅子旗杯が始まると、今は決勝リーグへ向けた予選で盛り上がっている最中。
そこは皇城の在る中心の街並みからは、やや遠いが。
ただ、この辺りは整備された川が流れる通り沿いで、クラシックな景観は観光雑誌にも度々載ってる。
此処の街並みの景観は、道や建物に色違いの煉瓦や艶のある石畳を贅沢に使った所と、吊り下げたランプを模した外灯が、洒落た印象でよく知られるだけでなく。
他にも川沿いの通り路に並ぶベンチが、夕暮れ時からは恋人達のデートスポットとしても親しまれると、個性あふれるレストランや、お洒落なバーなどが居並んでいるのだ。
そうした中に在って、凝ったクラシックな店構えは、一際に拘りを感じさせるバーがある。
バーの扉傍には、煉瓦を模した壁に掛けられた黒いプレートが一枚。
プレートには金色の文字で『トロイメライ』が刻まれていた。
店内はオレンジ色のランプだけを照明に使う拘りが、そこへ黒いバーカウンターやテーブルの色もそう。
同じ通り沿いに在る他所の店よりも、トロイメライは薄暗さが際立っていた。
だが、営業時間中は店の外にもレコードから流れるクラシックなピアノの音色が、薄暗くもある店内を、何処か落ち着きのある大人の店へ。
トロイメライを訪れる客達は、この大人な雰囲気と、此処でしか味わうことの出来ないカクテルに魅了されてか。
不思議とまた足を運びたくなるのである。
そんなトロイメライが、今日も夕方からは訪れる常連客を相手にして、いつも通りの営業をしていたなか。
ユフィーリアは、このバーの一室へ足を運んでいた。
店内側からだと、出入り口が見当たらないという仕掛けの施された個室は、部下であるアゼルが、もうずいぶんと昔から。
そういう目的のために作ったくらいも分かっている。
「うむ。全員揃っているな」
部屋の中へ入ったユフィーリアの声よりも早く。
先に此処で、アゼルが用意した報告書へ目を通しながら待ってた者達は、主の入室に合わせたかのように起立すると、即座の敬礼も。
「よい。全員、楽にしてくれ。どうせ、これから先は・・・楽など出来ぬのだからな」
言いながら席へと向かうユフィーリアは、間もなく自らの席へと腰を下ろした。
「ハルバートン。アゼルが用意した書類へは、既に目を通させているな」
全員に着席を促しつつ、同時に確認した部分へ。
椅子に腰を下ろしたハルバートンは、直ぐ姿勢を主へと向けた。
「ハッ、此処に居るアゼルも含めた我ら全員。内容は既に頭の中へと焼き付けております」
「うむ。まぁ・・・ハルバートンとアゼルは問題ないだろう。それとウォーレンも大丈夫だな」
ユフィーリアを上座に、U字に席を設ける面々は、先ず主を挟んで傍に椅子を置くハルバートンとアゼルが無言のまま頷いた後。
続いてアゼルの隣に椅子を置くウォーレンもまた、無言のまま頷いた。
「エマーリンクとベイラート。お前達は今日初めて、この件に触れたわけだが。既に目を通した以上は察している筈。此処から先は、卿らにも手伝って貰う」
ユフィーリアの視界に映る、ただし、この場では末席に身を置く若い男が二人。
この面々の中では最も若い二人とも、先ずは無言のまま頷くと、自然、互いに横目で憂鬱な視線を重ね合わせていた。
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俺の名はウォルフガング・エマーリンク
帝国では、殆どの貴族が侮蔑もすれば差別もする平民の家に生まれた。
歳は、今年の誕生日が来れば、それで俺も二十六になるな。
そうだな。
先ず、今夜の集まりに使われたバーだが。
ここは、まぁ、俺の実家なのだ。
それでこの隠し部屋は、俺がユフィーリア様の部下となった後で。
当時は直属の上司だったディスタード様の命令というか依頼だな。
とは言え、ディスタード様は、俺が此処の息子だと知る以前からの常連でもあったらしい。
後から知ったのだが。
親父やお袋とも良い付き合いをしていたそうだ。
で、いつだったか親父が店の改築を考えている話を聞いてな。
ディスタード様はそれならばと、改築の資金を出す代わりに、この隠し部屋を親父に頼んだのだ。
以降はずっと。
機密性の高い会合を、それは此処でするようになったという次第だ。
はっきり言って。
親父もお袋もだが。
ディスタード様が此処を使っている事は、それを部下で息子の俺にも一切話してくれない。
まぁ、そういう口の堅い所も。
きっと、ディスタード様との良い付き合いが出来る所以なのだろう。
トロイメライを仕切るのは親父だが。
そもそも、この店は親父とお袋の、二人が自分達の店として構えたのだ。
今さらだが、巷で独創的な美味いカクテルを作るという。
そういう噂のあるトロイメライのバーテンダーとは、俺の両親だ。
俺はそんな両親の間に生まれた一人息子という訳さ。
両親が研究熱心なバーテンダーなせいか。
俺も、少しばかりカクテルには拘りがある。
と言っても。
親父もお袋もだが、俺をバーテンダーに育てようと躍起になった時期があったのだ。
でだ。
当時は未だ十四歳の俺としては、学校が終わると直ぐにバーテンダーの修行の日々がな。
どうにも窮屈で耐えられなかった。
それで、試験で優秀な成績を収めれば。
これが入学後の一期末までの学費無償を宣伝していた士官学校をだな。
当時の俺は、俺だけの道を探したかった思いが強過ぎた。
入学後も頑張って良い成績を取れば。
更に次の期末まで、タダで勉強できる。
志望者向けの説明で、その話を聞いた俺は、迷うことなく試験を受けた。
入試の結果。
俺は次席で合格すると、一期末まではタダで勉強が出来る事になった。
こうして俺は、軍の士官学校を受けた事すら知らなかった両親をな。
そう言えば。
あの時は次席で合格した俺を、親父もお袋も。
腰を抜かしていたのだったな。
それから、次席で入学した俺だが。
その年の新入生首席が、今でも公私に関係なく良い付き合いをしているオスカー・ベイラートだった。
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腐れ縁とは言わぬが、俺にとっては親しい友人であり頼れる仲間でもある。
そんなベイラートとの付き合いは、此処から始まったのだ。
首席のベイラートは、平民の俺と違って貴族だった。
だが、初めて顔を合わせた時も。
俺はベイラートから言われるまで。
あいつが貴族の生まれだとは、毛ほどにも思っていなかったよ。
『エマーリンク。俺も君と同じだ。此処にはタダで学べるから来たに過ぎぬ』
ベイラートのことは本人が、自分は没落の類だと話していた。
実家は借金塗れで、それで通える学校と言えば、金の要らない軍の幼年学校しかなかったそうだ。
借金取りが毎日やって来る。
そんな環境で育ったせいか、ベイラートには俺の嫌う貴族らしさなんか微塵も無かった。
生まれが貴族であれば学費の要らない軍の幼年学校へ通ったベイラートは、在学中に、卒業後は士官学校への推薦を得られるくらい優秀な奴だった。
あいつの身の上話を聞いて。
俺は、貴族様にも色々とあるんだと。
何と言うか。
平民でも、俺はかなり幸せな家庭で育ったんだなとな。
遊び友達も居れば、お袋のバーテンダー姿を、格好良いと羨望の眼差しも向ける四つ年下の幼馴染も居る。
だが、ベイラートにはな。
話を聞く限り。
俺にはあった友達や幼馴染が居ないのだ。
俺は、自分をバーテンダーにしようと躍起になった両親を。
その事では、疎ましいも思ったのだが。
しかし、ベイラートの両親は、借金を返すために。
先ずベイラートの姉を売ると、だから、ベイラートは、軍の幼年学校へ。
軍の幼年学校へ入学すれば。
それで貴族なら学費を免除されるのはそうでも。
実はもう一つ。
軍の学校へ入った者は、その時点で軍籍へ身を置く扱いになる。
そして、この部分は、帝国の法が定めた所で。
――― 軍籍に身を置いた者は、身分出自に関係なく、帝国正規軍の指揮下に置かれる ―――
簡単に言えば。
ベイラートの身柄は、軍の幼年学校へ入学した時点で、軍の管轄下に置かれた。
因みに、俺も軍の士官学校へ入った時点で、此処は同じだがな。
まぁ、要するに。
ベイラートの両親は、ベイラートを人買いには売れなくなったのだ。
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士官学校へ通う俺の士官候補生時代は、そこでは、ベイラートと一緒に居る時間が多かった。
学校に通う間は、規則で寮生活だったが。
同じ部屋を使うルームメイトで、しかも、タダで学べる点がな。
そこが俺とベイラートを親しい関係にしたとも言える。
学校じゃ、周り連中から。
俺は明るく活発過ぎで、少しは落ち着けと。
反対に、ベイラートなんか、物静かを通り越して沈黙しているとな。
足して割れば丁度いい。
教官達まで、俺とベイラートについては、そんな風によく言っていたのだ。
因みに、俺とベイラートは成績も良い意味で競い合っていた。
在学中の期末試験は、ベイラートのトップが半分より少し多かった。
俺は二番目を取る方が、半分より少し多かったな。
他にも帝都じゃ士官学生は・・・・女達が多く寄って来る。
なにせ、卒業と同時に准尉か少尉での任官だったからな。
将来のエリート的な安泰が約束された身分は、それもあって、帝都ではモテる対象になっていたのだぞ。
なのにだ。
学年でトップか次席を不動にしていた俺達だけ。
全然を言い切れるくらい縁が無かったのだ。
俺とベイラートは、ベイラートの方が頭一つ背が高い。
まぁ、あいつの背丈は、ハルバートン様と同じくらいだろうか。
けれど、ベイラートは細身で、俺は結構がっしりした方だろう。
癖毛で金髪に青い瞳の俺と、サラサラの茶髪に茶色の瞳のベイラート。
どっちも顔は平均以上だと思うが。
女達と縁を持てなかった最大の理由。
それは、ベイラートのやや細い目付きだった。
ちょっとした事で、ベイラートの目付きは鋭さを帯びてしまう。
慣れ切った俺は何とも思わないが。
どうも初対面の奴等はな。
それで、男女関係なく距離を置いてしまうのだ。
だが俺は、ベイラートの鋭くも映る目付き。
自分の目付きが、幼馴染からは『丸く優しい感じで可愛い』を、言われた事もあってな。
こう、羨ましいを抱いたものだぞ。
ただ、結局。
俺とベイラートの士官候補生時代は、女とは全く縁のない青春時代で終わってしまった。
やがて迎えた卒業式は、ベイラートが首席で、俺は次席。
二人とも揃って少尉での任官を通達された後。
俺とベイラートは、受けた軍令によって、揃ってユフィーリア皇女殿下の元帥府へと出頭した。
そうして、俺はディスタード様の部下として。
ベイラートはハルバートン様の部下として。
あの頃の未だ新米士官だった俺達は、互いに獅子皇女と呼ばれるユフィーリア様の元帥府に配属された。
それだけで何か、周りよりも良い身分になれた優越感があった。
通った士官学校では、誰もが美女と名高いユフィーリア様の下で働きたいを声にしたものだ。
まぁ、実態を知るまでは、俺達とてそうだったのだからな。
だから。
全くもって、これ程酷いとは露程にも思って居なかったのだ。
俺からの人生訓を一つ。
美女は遠目に見るだけにしておけ。
それと、決して近付くな。
この世で最も恐ろしいもの。
それは即ち、獅子のごとき美女である。
by.ウォルフガング・エマーリンク
後から見直して、誤字や脱字が見つかれば都度修正しています。
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