第34話 ◆・・・ アゼル・ディスタードの素顔 ・・・◆
自分の作品ながら。この物語に出て来る大人達って・・・・・
アメリアは、ヘイムダル帝国で最大とも呼べる工業都市。
そのアメリアから、やや遠く西北に位置したところ。
ここには、中央から辺境地とも呼ばれるディスタード子爵の領地がある。
ただ、まぁ・・・爵位もある貴族にしては、辺鄙な土地を治めているのだが。
とは言え、これにも事情があるのだ。
ディスタード子爵の祖先は、この地に在った集落を纏めていた人物。
郷長と呼ばれる人物は、帝位継承を巡る争いの最初。
後ろ盾も無く逃げ延びて来たディハルト皇子を匿うと、交流のあるノディオンへと逃がした。
それ以外にも、ディハルトが皇帝になるために尽力した繋がりが、即位後のディハルト皇帝からはディスタードの家名と子爵の位を与えられると、厚く遇された。
辺境に在って辺鄙な土地でも。
そこはディハルト皇帝が直轄領とすると、以降は現在に至っても管理を含めてディスタード子爵が続けている。
更に言えば、ディスタード家は爵位序列こそ、第四位の子爵ではあるが。
獅子心皇帝によって、序列は八大名門と並ぶ扱いが不文律とされた。
言わば、神聖不可侵の絶対権力によって保障された特別な家柄なのである。
ディスタード子爵領に在って、人口5千人ほどが暮らすマイセンの町。
立地上から見ても辺鄙な場所に在る、しかし、唯一の町は、ただ、ここの者達は町よりも、郷と呼ぶ方が馴染んでいる。
マイセンの郷は、アイゼナル山脈を成す山の一つ。
その中腹から山頂寄りに在って、山の紅葉が早ければ夏の終わり頃から色を付け始めると、秋から冬にかけて。
寒暖の差が大きくなればなる程、景色は最も美しく映える。
また、郷を囲む実り多き自然豊かな土地には、山頂から麓の先まで至る渓流もあれば。
自然が育む果実を食する鹿や猪などの生態系も在る。
マイセンの郷が辺鄙と呼ばれる所以は、そもそも傾斜の大きい山肌を、階段状に開拓した土地の上にあるからだ。
郷の景観は、周囲の自然から切り出した木材を運搬加工すると、俗にコテージと呼ばれる家屋しかない。
領主であるディスタード子爵の屋敷も同様。
ただ、一部に煉瓦を使ったくらいの一際大きな屋敷は、太く立派な材木を贅沢に使っている。
麓までの移動手段が、現在でも徒歩かロープウェイしかないマイセンの郷では、家屋などの建築は全て現地調達した木材と言っても過言ではない。
まぁ、それだけで十分に辺鄙な所だと察せられるだろう。
その様なマイセンの郷に暮らす者達の生活は、麓に開拓した農地での生産と、郷の周囲で行われる狩猟の他。
上質な木材が得られることで、林業も盛んである。
もっとも、林業の方は地産地消なのだが。
また、郷には温泉が湧くことで、子爵家が直々に温泉宿を営んでもいる。
あとは狩猟によって得られた毛皮や角などの加工品と、伐採された木材の加工品の直売も、マイセンでの数少ない産業には違いない。
温泉宿と土産物の方は、マイセンの郷における貴重な観光収入源である。
だが、この土地を治める現在の領主。
アゼル・ディスタードは、領主として当然である領地の運営を、二年ほど前から。
出来る愛妻へ任せっぱなしにする事が当然となっていた。
そのため、アゼルのことを郷の者達は、皮肉を込めて『狩猟三昧のろくでなし』等と、しかし、親し気に呼んでいた。
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――― 神聖暦208X年 ―――
ユフィーリア様に仕える俺、アゼル・ディスタードは、その年のある日。
まぁ、軍機だからな。
詳細にいつとは言えんのだが。
その日も、俺はいつもの様に仕事を終えると、定時には帰ろう・・・・・
なのに、退勤の直前になって突然。
ユフィーリア様からの呼び出しを受けたのだ。
それで報せを届けに来た者からはな。
「ディスタード中将。元帥閣下からは、とにかく至急だと。申し訳ありませんが」
「あぁ、分かった。ユフィーリア様には直ぐに出頭する旨を届けて貰えるか」
「ハッ、了解であります」
襟の階級章を見れば、そいつは未だ少尉。
出入りの激しい小間使いの一人なのだろうが・・・・いい感じにコキ使われているな。
果たして、長続きするのやら・・・等と思いながら。
しかし、突然の呼び出しは、俺もまた「何か面倒事な押し付けか」等とな。
そんな事も考えながら、適当に合わせるしかないだろう・・・・と、足早に出頭したのだ。
「アゼル。貴様の故郷からな。子爵殿が愚息に後を継がせたい。まぁ、何度も嘆願されてなのだが。だが、私も使い勝手の良い玩具を手放すのは惜しい」
「どうせ、親父の事ですから。領地の運営なら執事のべラムが。ちゃんとやっていますよ」
突然の呼び出しで、これかよ。
実家から俺に子爵を継がせたい話はな。
これで、何度目だっただろうか。
どうせ、ユフィーリア様の事だから。
勿体付けても、また体のいい理由で先延ばしも理解っている。
俺は、ユフィーリア様お気に入りの玩具だからな。
居なくなれば、ハルバートン様などが卒倒しそうだ。
「アゼル・ディスタード。貴様の軍役を解く。故郷へ帰って後を継げ。ちゃんと仕事をするのだぞ」
「はぁっ!?」
俺はこの日、籍を置く帝国正規軍から。
ユフィーリア様のサイン入りの紙切れ一枚で、あっさりと退役させられた。
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元帥府を出た俺は、取り敢えず荷物を纏めなければと。
呆然自失とまでは言わないが。
予期しなかった事なのもある。
だが、官舎へと戻った俺の前には、既に荷物を全て処理された空き部屋がな。
で、俺の帰りを待っていたと。
備品である椅子に腰掛け、ニヤリと笑うハルバートン様が居たのだ。
「ディスタード。お前の私物は故郷の屋敷へと送っておいた。それともう一つ」
殺風景な部屋に様変わりしたそこで、俺の返事を待たないハルバートン様は、傍に置かれた真新しいトランクケースを掴むと、そのまま俺の方へと突き出した。
「中身はお前の私物だ。昼間の内に荷造りをした際にな。そこで立ち会ったユフィーリア様から分けておくようにと。中々に個性的な性癖を好む雑誌が詰まっている」
「!!」
「ユフィーリア様が全て目を通されたぞ。その上で、これは他と一緒には送らない方が良いだろうとな」
「本当に・・・全部、見たのですか」
恐る恐る尋ねた俺を、しかし、ハルバートン様は、またもニヤリと笑った。
「ユフィーリア様からの言伝だ。こんな性癖を持つ男が相手では、恋人もさぞ驚くだろうなと」
その言葉を受けた俺が、どの様な顔をしていたのか。
たぶん、青ざめていたのだろう。
ハルバートン様は、それ以上を言わなかった。
代わりに俺のコレクションが詰まったトランクケースだけを残して。
後は固まっていた俺の肩をポンポン。
そのまま部屋を後にしたよ。
どれくらい放心していたのかは分からない。
ハッとした時には、即座にトランクケースを開けていたのだからな。
天井裏にまで隠していた筈の秘蔵の品が・・・・もとい発禁処分のエロ雑誌まで。
一冊残らず収まっていたよ。
はははは・・・・・
この瞬間、俺の性癖は、それをよりにもよってユフィーリア様に知られてしまったのだと。
完全に終わったと椅子に沈んだ俺だったが。
その時になって、開けたトランクケースの内側に貼ってあった一枚のメモに気付いた。
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付録のア○ピー処女でも蕩けるローション
あれは愉快痛快だったぞ
面白そうだから、これだけ没収しておく
代わりに、このトランクケースは餞別にくれてやろう
なに、どうせ退職金から引いておくから気にするな
P.S:お前、私に股間踏み踏みされるだけじゃ満足しない奴だったんだな
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はぅわぁっ~~~~!!?
アレは恋人に今度使おうと厳重に隠しておいたのに!!
他に私物が何一つ残っていない部屋で。
俺の思わずは大絶叫していた。
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俺は退役した後。
と言うか、当日の内に飛行船に乗った俺は、セントヘイムからアメリアへと移った翌日。
ホテルで昼まで寝ていた俺は、遅いチェックアウトの後。
夕方には故郷へと帰って来た。
で、それからはと言えば。
俺は父の後を継いで、領主としての仕事に励んだ。
というか、然して多くも無い仕事だったのだ。
だから、手早く片付けると、後は思いっきり羽を伸ばせる人生を謳歌していた。
子供の時から大好きな狩猟三昧な日々を約一年。
父の後を継いだ所で、領地運営などは適当。
面倒なことは全て、父の代から携わっていた執事のべラムの方が適任だった事もある。
あれだ。
べラムの方が分かっているのだから。
そこは適材適所というやつだな。
しかし、俺の自由奔放な日々は、突然の訪問者によって終焉を迎えた。
『私のお腹には。貴方の子供が出来ました』
まぁ、貴族の男性なら間々ある話でもある。
ただ、その事を告げるために。
遠く他所の国から此処まで来たなどと。
突然の訪問者のことは、両親やべラムにメイド達は勿論。
郷の者達の誰にも話していないだけで。
ちゃんとした付き合いをしてる・・・・まぁ、俺の恋人だった。
笑みを絶やさない恋人のエレナは、ただ、あの発言で俺は、声を失くすくらい驚かされたがな。
だがな。
我が家の連中ときたら。
退役後は人生を謳歌してきた俺が、狩猟三昧な日々で浮いた話も無かったものだから。
と言うか、面倒だから話さなかったんだがな。
しかし、こんな辺鄙な所へやって来たエレナには、揃いも揃って歓待していたよ。
もう、俺なんかそっちのけだったからな。
因みに、恋人の存在を話さなかった最もな理由はだ。
言えば、今直ぐ結婚しろが分かり切っていたからだよ。
俺にとって、結婚なんてものは、四十を過ぎてからでも良いって思っていたんだ。
だって、結婚したら遊べないんだぞ。
『アゼルさんは、結婚はもう少し先が良いって。でも、予定が少し早くなったと思えば。別に問題も無いですよね♪ 』
恋人のこの発言に。
俺に向けられた周囲からの殺気立った視線が、グサグサと突き刺さる。
おい、孕ませたんだから責任取れ。
まさか、遊びで身籠らせたなんて・・・・無いと信じてますわ。
ボソボソと周りがホント、煩かったな。
子爵である俺に対して。
この件での陰口し放題な連中は、ニコニコを絶やさないエレナの味方でしかなかったよ。
そうして、エレナの味方となった連中だが。
一体いつ、俺の子を妊娠したのだと。
まぁ、そこは当然、思うだろうな。
もう数か月ほど前だが。
俺は一人でエレナの故郷へ、まぁ、半月ほどの旅行もして来たんだ。
当然、恋仲であれば・・・・盛んにやった記憶もある。
朝から晩までずっと・・・・ベッドの中でイチャコラしまくったからな。
結果、年貢の納め時を迎える羽目になった・・・という訳だ。
こうして、俺の自由奔放にしか映らない日々は、生まれてくる子供達のために。
ここで終わりを告げたのである。
俺は、妻となるエレナの腹が大きくなる前に式を挙げさせられた後。
と言うか、だらしない扱いの俺の意向はな。
周り全員が完全無視だった。
それこそ、父と母を中心とした者達はな。
俺抜きで、結婚式までの一切合切を取り仕切ると、僅か十日で駆け抜けたのだ。
それくらいの有能さがあったら。
もっと、真面目に領地運営をしやがれ・・・と、心底叫んだぞ。
やがて、皮肉交じりに、ろくでなし領主様と親しまれた俺と。
美人で、とても気立ての良いと評判のエレナの間には、元気な双子の姉弟が誕生した。
俺はついに、父親となってしまったのさ。