第32話 ◆・・・ 回り始めた策謀 ・・・◆
現代における帝国の貴族は、言うまでもなく、獅子心皇帝の時代から誕生した八大名門が、他の貴族家へ対して、絶対的な立ち位置に在る。
実際、この点は他に言い様がない。
だが、帝国の貴族とは、獅子心皇帝の時代よりも前から存在しているのだ。
当時の帝位を巡る争いで敗れた側は、しかし、絶滅した訳ではない。
苦汁を舐めつつ。
しかし、何代先であっても必ずや復讐を果たす。
そう頑なに決意する者達の勢力は、ルテニア戦役を機に、ある計画へ着手した。
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今年の獅子旗杯も、いよいよ大詰めを迎えようとしている頃。
場所はキュンメル侯爵が暮らす屋敷の一室。
公爵に次ぐ身分に相応しい侯爵家の一室では、実家に居場所を失くした男性が一人。
この屋敷に匿われる様にして、今日までを過ごしていた。
「ボルドー。貴様のせいで余は・・・・耐え難い辱めを受けたのだぞ」
ボルドーと呼び捨てにされた高齢の男は、息子達と大して歳の違わない男性からの、この物言いも。
匿ってから日に一度以上は聞くと、慣れた感で宥めながら相手もしている。
ただ、はっきり言って、そんな事ばかりしか言えない程度だから。
こいつは、獅子皇女と評される姉の足元にすら遠く及べないのだと。
宥める腹の奥で、ボルドーの本心は、オスカルを侮蔑していた。
「オスカル殿下。その件は先に何度も申し上げたでしょう。あくまでも策の一部だと」
「ええい、そんな事はもう何度も聞いておる。だが、ボルドーよ。余がこうして死にも等しい屈辱を受けてなお。貴様は未だ手を打っていないではないか」
声を荒げる皇子へは恭しく頭を垂れながら。
しかし、ボルドーの胸の内は別である。
ったく。
この馬鹿皇子は、つくづく堪え性が無い。
事を起こすには、そのための準備が欠かせないくらいを、これも何度も説明したのだがな。
だが、まぁ。
その程度だからこそ。
此方としては、利用しやすい。
「未だ手を打っていない・・・・ですと。殿下、我らの計画は既に動き始めております。もう一つ。この企てを隠し通すために。だからこそ、シレジアからの人質を。今日まで生かしておいたのですぞ」
フフフ、ハハハハハ・・・・・・・
突然、笑い出したボルドーを、一方のオスカルには不気味にすら映っていた。
「殿下。計画は既に実行の段階へと移っているのです。それと、殿下の実力を世に知らしめるための手筈も。我らは整えつつあります」
「なっ・・・・それは、本当か」
一瞬、不気味だと抱きながら。
しかし、今日の状況には煮えくり返っているオスカルは、深く考えもせずに飛び付いた。
「はい。そもそも例の計画は、殿下の尽力あってこそです。資金だけでなく極秘に進めるための施設など。機材も人員も全て。殿下の威光なくしては成り立ちませんでした」
恭しいを振舞うボルドーは、途端に上機嫌な頷きを繰り返す馬鹿を、腹の奥で笑いながら。
お前がした事など。
名義と金くらいだろうが。
だが、オスカルの名があったからこそ。
かつての苦汁から至った我らにも。
先祖の無念を思えば。
今しばらくを耐える程度、そんなものは苦にさえならない。
「オスカル殿下。殿下にはこの計画。現地にて陣頭指揮を演じて頂きたく」
「うむ。最後まで言わずとも良い。事が成った後は、キュンメルを公爵へと取り立てよう」
「有り難き幸せ。なれど、この計画に協力した者達へも」
「分かっている。余を蔑んだ屑どもを排して。其方らを重く用いよう」
先ほどまでの癇癪とは、打って変わった威厳たっぷりなオスカルへ。
ただ、ボルドーの方は、深々と頭を下げる演技くらいを楽しんでいる。
やがて上機嫌な皇子を残して部屋を出たボルドーは、廊下を歩きながら不敵に笑っていた。
・・・・・輪廻の双竜よ。我は永遠なる不滅の名の下に。ただ真理のみが支配する世界を追い求めん・・・・・
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僕の対戦相手は、まぁ・・・・ね。
色々と凄かった。
帝国軍って、こんな凄くて面白い装備を開発しているんだなぁ・・・・って感じ。
全身を金属の鎧というか、装甲フレームだね。
見た目はとても重そうに見えたけど。
実際、試合が始まってみると、嘘みたいに速かった。
速さの理由は、足の裏にローラーが付いていた。
シャルフィでも、スケボーとかローラースケートとかは見ていたけどさ。
理屈はあんな感じで、導力機関がローラーを回している。
で、とにかく速かった。
付け足しで、姿勢も安定していたし。
速度の割に小回りが利く。
戦車や装甲車で構成された機甲師団だけじゃない。
この新装備・・・・の試作品。
はっきり言って、機動性だけなら。
今の段階で十分に脅威だよ。
それから、左腕の盾も、何かあるなぁ・・・とは思っていたけどさ。
「でもさぁ、いくら殺傷性が無いと言ってもね。ペイント弾のガトリングって反則じゃないの」
盾の内側に装着されたガトリング砲は、僕を狙って撃つとさ。
あっという間にステージをね。
すっかり青く染めているよ。
「(・・・さすがにバックパックのランチャーは撃って来ないだろうけど。と言うか、アレは最初から反則だろ・・・)」
なんて思っていたら。
「フフフ。煙幕弾などでしたら。ルール違反じゃありませんよ」
えっ!?
「ですが、煙幕弾かどうかは別ですけどね」
はぁっ!?
言ってる傍から撃って来やがった。
だけど、ランチャーから飛んできた金属の塊を、僕は一先ず避けた。
このくらいなら何てことも無い。
でも、やっぱりね。
着弾して弾けたそれは、周りにまき散らしたいのか。
濃い黄色の煙が噴き出すような勢いで、視界を奪うほど一帯を染めたよ。
僕と対戦相手の間には、互いが映らない濃さで、黄色の煙が今も撒き散らされている。
そうなった状況で、煙の向こう側から僕に襲い掛かるガトリング砲。
「戦術の組立てとしては、でも・・・やっぱり。ありだよなぁ」
躱す一方の僕は、でもね。
相手の戦い方には、感心していたんだよ。
で、ひたすら躱し続けていたら。
対戦相手が突然、動かなくなった。
導力源が切れたのか。
ただ躱していただけの僕は、一度も仕掛けずに勝ってしまいました。
ホント、あっけなかったね。
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今年の獅子旗杯。
僕はベスト4へ残った。
因みに、カシューさんは負けました。
勝つかなぁって思ってたんだけど。
でも、本人は余り悔しそうでもなかったね。
『お前みたいな奴がいるのに。それで勝ち残ってみろ。明日は間違いなく恥を晒すんだぞ。だったら此処で負けた方が良いに決まってる。ついでにベスト8なら賞金も出るからな。まぁ、こんなもんで良いんだよ』
だそうです。
ただ、カシューさんは明日も見に来るってさ。
付け足しで、獅子旗杯の予選初日の前日には、僕が優勝する方へ大金を賭けている。
だから、絶対に負けるな。
俺の儲けがかかっているんだ・・・・・・・とかなんとかね。
このオッサンは、ホント、食えないオッサンだったよ。
サンスーシ宮殿では、今日も遅めの夕食をね。
でも、シュターデンさんは、獅子旗杯なら遅くなって当然だって。
昔は日付が変わる頃に、帰って来た国賓へ夜食を提供した事もあるんだってさ。
料理を作る人とか。
ホント、ご苦労様です。
「アスラン。明日は一試合目を勝てば。それで決勝戦ですね」
夕食も入浴も済ませたシルビア様は、同じ様に済ませたフェリシア様と寛いでいる。
僕も済ませたし。
だから今も、話し相手をしています。
「今日の二試合目は、勝った気がしませんけどね。そのせいか、なんかこう違和感って言えばいいのかな。妙な感じです」
「そうですか。そう言えば、二試合目の相手です。何故動かなくなったのでしょうか」
「あぁ、あれは故障らしいですよ」
勝った後でなんだけど。
対戦相手の装備について。
導力機関に故障が発生したらしいんだ。
確かに、焦げ臭かったしね。
足回りの導力機関が壊れたのか。
ローラーが半分は潰れていたよ。
「そうですか。故障ですか」
「ですが。あれは試作の装備だと聞きました。たぶん、今日の故障もデータ収集にはなったと思います」
「アスランは、実際に対戦してみて。どう感じましたか」
シルビア様の表情と声が、今だけ真剣さを増していた。
「帝国軍の機甲師団が有名なのはそうですけど。今日、対戦した新装備も。あれが歩兵の通常装備になればを考えると。将来的には脅威でしかないと思います」
うん、その事はね。
残りの試合を観戦しながら。
その時からもう、ティアリスやミーミルとも話していたんだよ。
「やはり、そう感じますか」
「戦車や装甲車とは別ですが。ただの歩兵なら。三倍の数を当てても全滅するかもしれません。今日は煙幕とペイント弾だったから良いですけど。実弾なら心底怖いですね」
「分かりました。それにしても、随分と考えて来たようですね。アリサさんから聞きましたよ。アスランが試合の後からずっと考え込んでいたと。研究は大事ですが。アリサさんを蔑ろにしてはいけませんからね」
「お昼も、おやつも、夕食も・・・全部、僕が奢りましたけどね」
そう。
未だ入浴中のイサドラとアリサについてはね。
今日の食事代金を全額。
僕が払っているんです。
ったく・・・・・・
「アスラン。貴方は騎士なのですよ。可愛い女の子の友達と、今は貴方の部下へ。食事を奢るくらいは当然でしょう」
「シルビア様。僕の財布は無限じゃないんですが」
「ですが。ユフィから十兆バリスを掴み取ったでしょう。子供が持つには大金過ぎですよ」
「通帳が届いたら預けますよ。額面が大き過ぎて。それで未だ実感も無いんです」
奢るのは当然だって言われたからさぁ。
僕はどうしても面白くないんだよね。
なんで女性だからって、奢らなきゃいけないの。
その辺りからして、全然、納得できないよ。
でも。
これも顔に出ていたんだろうね。
フェリシア様が楽しそうに笑っていたよ。
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獅子旗杯が今年の4強を輩出した、その深夜。
場所は、元からの帝都に連結したような造りの西側都市。
ただ、獅子旗杯で夜も賑わう帝都の中心と比べれば、この辺りはしんと静まり返っていた。
だが、一帯が静まり返った夜陰の中で。
此処に在る一つの建物を、武器を両手に掴むと、軍服に身を包んだ集団が包囲していた。
隊を率いるハルバートンは、建物を隙間なく包囲した後。
ほぼ同時に届いた他の隊からの報せを受けると、真っ直ぐユフィーリアの下へ向かった。
「ユフィーリア様。他の施設は全て空でした」
「そうか。やはりな・・・・アゼルの動きを勘付かれたか」
有能な部下であっても。
全てが上手く行くこと等、そうそうないのだ。
寧ろ、此度は最初から、後手に回っていた感が拭えない。
「そうですな。我らが包囲網を敷くよりも。一足早く動かれたかもしれませぬ」
「だな・・・で、アゼルの方は追跡をしているのだろうな」
「一時間前の定時連絡では、帝都から出発した輸送列車に潜入した所までしか」
「そうだな。移動中では連絡も出来ないだろう。問題は行き先が何処なのかだ・・・・どうも嫌な感がする」
「ユフィーリア様。アゼルの方は今しばらく待つしかありません。それにウォーレンも付けています。あの二人であれば。何があっても帰って来れるでしょう」
「そうだな。では、此方も始めるか」
「御意のままに」
ハルバートンが現場指揮へ赴いた後。
間もなく包囲された建物の内部へ、突入する兵達を遠目に映すユフィーリアの胸中は、しかし、今回もまた一手遅れた所に苛立つものがあった。
ハルバートンが直接指揮を執っている此処に関しては、アゼルからの報せで、シレジアからの人質たちが居る筈。
「だが。ボルドーの奴は何か別のことを企てている筈だ。しかもオスカルの奴まで姿を消している」
手元の情報だけでは判断がつけられない。
判断するための決め手を欠いている。
「輸送列車・・・・一体何を、何処へ運ぼうとしている」
眉間に皺が立つような難しい顔で考え込むユフィーリアの下へ。
やがて、シレジアの学生達を保護した報せが届いても。
受けるユフィーリアの表情は、それでも、険しさを強めたままだった。